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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
321/355

ACT286 目を閉じて、そして手を ③

 ACT286 目を閉じて、そして手を ③


 終わりの気配を知っているか?

 それは静かで、ほんの少しの不安を混ぜている。

 別に嵐でもなければ、雷が落ちるわけでもない。

 子供は外で遊び、母親は家内で手仕事をしているかもしれない。

 男たちは仕事の列に並び、年寄りは塵を集めて燃やそうとしているかもしれない。

 そんな朝に、ひっそりと終わりは忍んで影を広げていくのだ。


 信じる必要は無いと、娘は乱調子に捲し立てた。

 目の下には青黒い隈、元々の具合を知らないが頬が痩けている。

 巫女頭殿が、目配せするので落ち着かせると一度寝るように促す。

 それに素直に頷く娘。

 手斧は寝るからと、再び巫女頭殿に預ける。そうして、ガックリと肩を落とすと出て行く。

 子供たちも娘の後を追った。何だかんだと、子供らは娘になついていた。

 高飛車な態度の割に面倒見が良く、棘のある言葉の影の気遣いが分かれば、好感ももてる。

 娘の父親が誰かを知らなければ、だが。

「まいったわ、風の紋様に何かが宿っていますよ。それもビミンの命脈とつながっている。」

 そう言うと彼女は笑った。

 そして眉間を片手で揉むと、斧を寄越す。

「宝物殿の呪具に似ていますね、アスター殿に確認しなければなりません」

 神殿長の名を出しながら、彼女の光彩が引き絞られる。

「あの子に、罪咎は無いとわかっておりますか?」

 改めての確認に、心からの返事を返す。

(ほむら)の使徒が憎むは邪悪のみでございます」

 嘘は無い。

 自分の中の憎悪は、己自身と穢れた魂を滅せよと、叫んでいる。

「生臭い臭い、海沿いの下は漁村でしたので気にもかけず、不覚」

「信じますか?」

 答えを出すには、根拠となる物事がなくてはならない。

「私は支度をしておきますよ。ウォルトに陸路をお願いすると伝えてくださいな」

 手斧の握りに目をやる。

 彫りこまれた鷹が嗤った。


 夜は深く城塞の町は静かだ。

 夜気を吸い込む。

 人の匂い生活臭、微かな汚水の臭い、潮の香り。

 それからそっと歩き出す。教会を見張る者に目配せし、先ずは裏の通路に向かうとしよう。

 人気を確認し、下水口へと身を投じる。

 暗闇を進み、轟音のする方へと向かう。

 城からの排水は、侵入者を阻む為に、潜り込めないよう管をまとめてある。その上で幾層もの蜂の巣状の濾過関が作られている。ただ、それは通常の排水口で、高温の熱湯が吹き出す一本の排気口にはあてはまらない。

 動力炉の排水の中でも、冷却の難しい内廃液を自然分解させる微生物と混ぜて放出させている。

 まぁ、簡単に言えば毒液の排水口だ。

 これを遡上する馬鹿はいない。

 普通なら。

 外気に触れると微生物と廃液が反応し中和するのだが、それまでは毒液の熱湯だ。

 ただし、この廃液が一時只の温水に変わる時がある。

 動力炉は日に複数回、機関反転、つまり動きを変えるのだ。

 この時に一時動きが止まり炉の外を流れる冷却水も止まるため、内部の反応も止めなければならない。高温で炉が壊れるのも、冷やしすぎて壊れるのも困るので、良い温度の温水がながされるのだ。

 まぁ、その反転時期は機密だが、その程度ならどうとでもなる。

 城塞の動力炉は地下にある。

 機関部は厳重に保護されているものだ。 まさか下から潜り込むとも思わないので、あとは簡単だ。二三ヵ所、開くはずのない鍵を空け、高温の隙間を這い進めば、狭い配管の集積する場所にたどり着く。

 ここから垂直に登ると、裏の通路、排気口だ。

 後は、屋根裏で埃掃除だ。

 変化は拾えない。

 何をもって異変と捉えるかにもよる。

 同じ獣人種だ。

 潜んで探るにも限界がある。

 先ずはタニアカーザの居場所だ。

 高官の居室、従卒、いつも通りだ。彼女は書簡を書いている。寝てはいずに、書簡は出来上がっているシリンダーが2つ。

 こちらの意識の問題だろうか、様子がおかしい。

 日頃の態度とは真逆、あの娘のようにビクビクとしている。

 時々、耳をすましては部屋を見回す。自分が見つかった様子ではない。

 さて、あの書簡が欲しい。

 ほどなく書き上げたものが従卒の手に渡る。伝令移送の部署へと持ち込まれ、仕分けを受けたところで拝借。中身の開封は専門の者に渡してからだ。

 次は娘の言う男を探す。

 いない。

 仕方がない、無人の部屋から適当な紙を手に入れると通路を歩く。従卒らしき者とすれ違ったので、用事を装い男の所在を聞いた。

 すると答えは外出中、アッシュガルトの囲いを見に行っている。

 深夜に?特別火急の事でもなく。

 何しにだ?

 従卒に聞くことでもないので、そのまま技術部へと向かう。

 顔を見せても問題の無い者、技術部の人間ぐらいか。当番兵で知っていそうな者を避けつつ、城の下部へと降りる。

 寝ていたコルベリウスを起こす。

 驚いたが納得したような表情に、疑問がわく。

 すると先祖帰りの男が、火薬の詰まった袋を寄越して言った。

「俺と仲間らもついていっていいか?あと、モルガーナと若いのもだ」

 何を言っているのか。

「団長だろ、あんたら寄越したのは。何かヤバいんだろう?上の奴ら、又、俺達を見捨てる気なんだ。モルガーナが若い奴らを死なせたくねぇって」

「どういう事だ。何があった」

「使える奴らがドンドン消えてる。ヤられたか、何だか分からねぇが。指揮能力のある中間の奴らがいねぇんだよ。上の奴らは欠けてねぇが、今じゃモルガーナぐらいだ。」

 叩き上げが、消えてる。

 何かの任務についている?

「逃亡は反逆罪だぞ」

「憲兵が消えてもか?憲兵隊がいつの間にか青帯の領兵に入れ替わってる。そんな報告は知らないってか?シェルバンへ行ってる兵力といつの間にか分断されてる。逃亡?いいさ、反逆罪けっこうだ。生きて証言してやる。どっちが国賊かってな」

 ならば、持ち帰るつもりのシリンダーをコルベリウスに渡す。

 彼は仲間を起こすと開封をさせた。


 カーザの書簡は三つ。

 本国、本部、実家。

 本国へは大貴族への嘆願書。

 不当不遇な状況、左遷同等の人事への口添え。

 まぁ、保身の手紙だ。

 本部へは、部下の裏切りの陳情書。

 裏切り者は、あげるだけ無駄なほど長い。つまり、殆ど自分以外だ。出した者の方が不適格と言われる書面である。コルネリウスの話を信じるなら、対処能力が欠如している。資質的に指揮官には向いていない。名誉職に着きたいのなら、職業選択から間違っている。

「バットルーガンの名がない」

 自分の呟きにコルネリウスと仲間が笑った。

「デキてんだから、そりゃねーわな」

 珍しくもないが、迂闊だ。

「それも男に鼻面を引き回されてる。引き回す方じゃねぇと舐められる。問題は、政治だろ。俺達は政治の為に心中したくねぇ。戦争なら腹をくくれるがな」

 最後は実家への書簡だ。

「それでも懲りずに逃げるのか」

 コルネリウスは手紙を握りつぶした。

 腐土で見捨てた仲間が夢に出る。ここから自分だけでも戻れるようにしてくれ。ここもいずれ腐るだろうから。そんな手紙だった。

 クシャクシャになった手紙を改めてシリンダーに入れる。それをコルネリウスに持たせた。

 もしもの時の打ち合わせをすると、火薬の袋を受けとった。


 珍しく海風が吹いていない。

 大気が澱んでいる。

 囲いは行く層にも置かれている。腰までの杭だ。

 乗り越えるのに難儀なように槍の穂先が上を向いている。

 見晴らしをよくするように低い囲いは街を囲んでいた。

 ウォルトから異変の報告がなかった。少なくとも、コルネリウスの言う話が上がっていない。シェルバンの兵力や都からの審問官達の動きも、変事の兆候は見えなかった。

 見逃したのだろうか?

 接触したのは二日前だ、配下は下には置かなかった。目立つのを避けたのが間違いか。

 住人は囲いの中では行動の制限をしていない。変化した者は海沿いの砂地に囲ってある。食料は配給制にして、この処置の期限を半年として約束していた。期限を設けることで住民を落ち着かせている。

 兵士が巡回していると、見えていた。

 それは囲いの回りだけで中には見当たらない。

 街は静かだ。

 波音だけ。

 自分の息と鼓動がうるさい。

 おかしい、二日前だ。

 街の灯りは落ちている。深夜だ、静かなのは、当然?

 落ち着け、存在を消せ。

 二日前、モンデリーの奴等と話した。

 ウォルトとも話した。

 もしも…

 憲兵の代わりの領兵が見えた。

 バカが。

 この地で人族の領兵が意味をなすのか?

 いや、カーザ達ならやりかねないか?

 無能以前、臆病者である。

 では、モンデリーは信じられるか?

 方向を海岸に変える。

 すると、波涛の側に人影が見えた。囲いは海側にはない。変異していない住人が海から離散しないように船は接収されている。

 深夜に何を?

(ツナガッタョ)

 不意に背後で誰かが言った。


 己はどんな無惨な最後をえるのだろうか?

 生きたまま喰われるのか、生木を裂くように肉を裂かれるのだろうか。

 どんな死に様が怖いか?

 以前、渇き死にしそうになった。

 その時の辛さよりも怖い死に様はあるのだろうか?

 時々、ふっと思考の隙間に浮かぶ時がある。

 刺され斬られる事や焼き殺される事を想像しても、さほど恐怖はなかった。ただ、擂り潰されるのは苦しかろうと思う。

 しかし、恐怖するのは、何故か生き埋めだ。

 生きたまま岩を砂を土をかけられた死体を見た時、想像した。

 埋葬されて目が覚める。

 そして、空気を求めて蓋をかきむしると土砂があるのだ。

 柔らかい土砂をかき分ける。降りかかる土を両手で押し退けると、そこには冷たい岩があるのだ。

 他には枯れ井戸や、焼き場の炉、ともかく狭苦しい穴の中で死ぬのが怖いと思った。

 だから、なんとなく自分はそうして死ぬのではないか?

 と、予感していた。

 そしてこれも一つの答え、恐怖の形。そしてとても興味深い。

 目の前に、彫像がある。

 砂地に、一人二人三人。

 精緻な彫像は手足を動かし絡め逃げる姿のまま、動きを止めていた。

 風に揺らぐ服、髪は逆立ち、大きく口を開け。

 歯の一本までが。

 暫く、認めるのに時間がかかった。

 人が、石になっている。

 まるで時を経たかのように、表面はひび割れ白くなって。

 如何すれば、このような事になるのか。

 指を伸ばし、躊躇し、手を下ろす。

 人造の物かとも思えたが、これほど精緻な石像を作る意味もない。

 芸術等と、今のアッシュガルトの海辺にて産み出す意味もなく。

 ましてや逃げ惑い髪の一筋まで彫ることなど、人目につかずできようもなく。

 見たままならば、それは人が石に。

 視線だけを動かす、無防備で間抜けな己を軸に、辺りを見る。

 誰もいないし動くのは波だけだ。

 臭いはどうだ?

 塩と湿気った何かと、かび臭さ。

 汚臭がする。

 砂浜の灌木、低木の影にゆっくりと寄る。

 ひそめた己が息の震え、背中に汗が滲む。気配は?

 人の気配はない。

 なのに圧が上がる。

 誰かの声が。

 少年の子供の声が。

(セイカイ)

 影に身を置いて、存在を薄くしようとするのに、何故かダメだった。

(ダイジョウブ、マダ、ダイジョウブ。ケレド)

 声は言った。

(ソッチジャナイヨ、コドモタチハ、コッチ)

 町中へと進もうとして、止められる。

(ナミウチギワヲ、ヒガシ)

 後ろ髪をひかれたが、声に従う。

(マチガイジャナイヨ、ニイサン)

 平坦な感情の動き。

 統制はとれているのに、どこか他人事のように混乱がある。

(カンガエルノハ、アト)

 砂浜の先、黒い岩場に何かが見えた。

 投げ出された靴先、それに続くのは。

 私を認めた娘は、青白い顔を後ろのものに向けた。

 横たわる男の回りに四人の子供だ。

 横たわるウォルトの腹には何かが刺さっている。

 怯えた子供と虫の息の男。

 認めてから、殊更辺りの気配を探る。

(ダイジョウブ、ミツカッテナイヨ)

「失敗しましたぜ旦那、俺達にもとり憑きやがった」

 腹部の傷は塞がらない。

 傷に刺さるモノを探るが、金属ではない。

 蠢くのを感じ、一瞬躊躇するが掴んだ。

 引き抜くときに臓物をいくつか盗られたが、ウォルトの腹からそれを引き抜いた。

「寄生虫か?」

 金属の手袋に絡み付くそれは、腸詰めの白い肉に見えた。

 細かな歯を持つ蚯蚓か?

「戻せるか?」

 蟲を踏み潰して問えば、ひゅーひゅーと息をつく男は頷くと体を戻した。

 赤黒い体毛が伸びると腹の穴が塞がる。

 子供達は口を引き結んで声ひとつ上げない。

 その間に子供らの首を改める。

 何もない。

 そして、半身を起こした男の首を見る。

 枯れた根が見えた。

「とれるか試すぞ」

「ヤッテクレ」

 小刀を取り出すと突き立てる。

 致命の一撃に、さすがに子供らが悲鳴をあげる。それでも己の口を手でふさぐと身を縮めやり過ごそうとしている。

 異物は男の体内にめり込んでいた。

 しかし、獣体が異物に抗ったのか肘の長さほどの根を引きずり出すと抜けた。

 念のため回りの肉と神経を更に抉る。

 人族で言う急所、一撃死を与えられる場所を切り取る。

 背中は裂け人ならば死ぬ有り様だ。

 人ならば、普通の獣人ならば。

 ウォルトは幸運だ。

 ちょっと変わった中身のお陰で、背開きにしても即死はしない。

 一度、脊髄を損傷し被験体として背骨と中身、神経を加工している。

 元々、首から下が一度ダメになっているのだ。

 骨も大部分が置き換えされ、神経をも人工のものに置き換えている。

 だから、首から入り込まれても、寄生がうまくいかなかったのだろう。

 傷も刃物で切り口を揃えたので、塞がるのも早い。

「動けないか?」

 問いかけに泡を吐きながら、ウォルトは頭を振った。

 更なる獣変化をとると四つ足の姿になった。ダメージが深い、が意識があるならいい。

「何があった?」

 今更の問いに、子供の一人が答えた。

「海神が夜に出るようになった」

 囁くように少女が言う。そして睨み、悔しそうに唇を歪めた。

「誰も信じてくれなくて、どんどん奴等が増えた」

「海神とは何だ、変異体か?」

「違うよ、化け物を食べる神さ」

 意味のわからない自分に、少女は噛んで含めるように言った。


 この世の神は、異なる世の穢れを祓う。

 どちらも、人には良くないものだ。

 けれど、この世の神は人の犠牲により、異形を滅ぼす。


「つまり、化け物同士が戦っているのか?」

「海神は海から来て、穢れを殺す。そして、穢れを振り撒くモノを喰う。けれど、穢れだけを殺すのは面倒だから、皆、死ぬ。どっちも人間を殺すんだ。」

「商会の奴等はどうした?」

 問いにウォルトが唸った。


 夕食までは覚えていた。

 商会の建物で数人と食事をとった。

 記憶はそこで途絶えている。

 ウォルトが言うに、気がつくと腹が裂けていた。

 そして、自分を奪おうとする何かに抗った。

 その時に、彼女ら逃げる子供と一緒になった。

 変異体になりかかった町の者を避けて、奇妙だった。

 変異体は動かない。

 町の人間も子供以外は、起きているのに寝ているように静かで。


「お前は何処から逃げてきたんだ?」


 大通りの下にある下水で目が覚めた。

 口の中が生臭くて、腸は裂けて異物が内臓を喰っている。

 気の狂いそうな瞬間、それでも自我を手放さず痛みを更に求めた。

 何かが眠れと催促するから、絶対に眠るかと。

 這い出すときに何かを掻き分けた。

 アレは、きっと仲間だ。


「チクショウメ」

 罵る男に薬を飲ませる。

 手持ちの薬を漁る、虫下しが効くだろうか?

「オレハ、ムシガナカニ、ノコッテイルカモシレナイ」

「大丈夫だ、一度死ね」

 有無を言わせず、エンリケ特製の劇薬を口にねじ込んだ。

 ウォルトの獣体が砂地に沈んだ。

 この所業に子供らは腰を抜かし逃げようとした。

「一度、仮死にして様子を見るだけだ」

 逃げても良いのだが。

(ソウダネ、デモ、マモノニミツカルヨ、ココナラシバラクハ、ダイジョブ)

 仮死状態で虫が増殖すると言われている。

 数を数えながらウォルトを仰向けにする。

 そして、心臓の上に手を当てて変化が無いかを見守る。

 限界までみてから変化なしと判断し胸骨を貫くように蘇生用の薬を挿した。

 力一杯、杭を胸に射す様に更に子供らは怯えた。

 ウォルトの体が海老反り、のたうち吐きちらすという惨状が加わる。

 戦地では、珍しくもないのだが。

(ニイサン、ソレハ、フツウヒクネ)

 手持ちの薬をあらかた男にあたえると、どうしたものかと考える。

 商会は使えない、手勢を動かすか?

 コルベリウス、巫女、その集団を逃す人員。

 そしてウォルト。

(ユウヨハナイヨ)

 コルベリウス達は考えなくて良い。

 何人かつければ、自分達でなんとかなる。

 問題はウォルトだ。

(ミステナイノ?)

 子供も含めて、検査しなければ巫女達と接触はさせられない。

(キイテミテ)

 探索を優先することは諦めた。

(カミサマニ、キイテミテ)

 ここは撤退するしかない。

(ジボシンサマニ、キイテミテ)

 獣人に寄生するとは、ウォルトには悪いが再び被献体として生き残ってもらわねばならない。

(キコエナイフリ、シテモムダナンダケド)

 諦めて、子供たちに手を伸ばした。

 一人一人の頭に手を置く。

 怯えて首をすくめる子供に手を置くと、子蛇はニヤリと笑った。

 笑い、子供を見ると頷く。

 それが大丈夫なのか駄目なのか、わからない。

(ダイジョブダッテ)

 四人の子供は、大丈夫、のようだ。

 自分の頭は大丈夫ではないが。

 先程の少女が、海を見ながら口を開いた。

海神(わだつみ)の眷族は頭が良くない、だから海に来たんだ。海神は一応、選別はするから」

 少女は編んだ髪を払うと、蛇の指輪を見た。

「それ、風の神様だね」

「わかるのか?」

「あたしは、白い魔女だからね」

 胸をはる子供に、何と返したものかと困る。

「他にいるか?」

 問いに、彼女は困ったように返した。

「少しは無事な人間もいるけど、眷族が餌にしてる。誘き寄せる餌だよ、だから話を聞かないんだ。それに元々、街の中にいたからね」

「中だと?」

「外のアンタらには区別はつかないよね、化け物の種類なんてさ」

(ソコノ、イワカゲニ、カクレテ)

 ウォルトを引きずり、子供と岩影に潜ませる。

 海辺に影が蠢く。街の囲いの側にも何かが見えた。

「あれは先触れだよ、昔から、街の中には一人二人眷族が居たんだよ。ちょっと生臭いニオイの奴等さ。街の女と所帯をもってさ、子供もちょっと生臭いね」

「亜人か?」

「違うよ、眷族は海神の意思を伝えるのさ。だから漁師町だったころは、一人二人いても受け入れてたのさ。海の事なら奴等に聞けば良いからね。けれど、内地から変な信仰が広がってさ。」

「内地とは中央か?」

「違うよ、ラドヴェラムさ。新月に海神が眠ると奴等が増えてさ。だから眷族も増えた」

 少女は波打ち際をみやった。

「この間、大神様から光をもらったんだ。そしたらね、アタシもわかるようになった。それまではね、絵札から読んでた。アタシんちはさ、魔女の家系だからね。」

 波打ち際の沫が蠢いている。

 すると夜の海が鈍く光る。

「海神だよ、見たからって石にはならない。石になるのは」

 水面に漂うのモノは、海月に見えた。

 薄緑色の藻のような何かだ。

「水妖は蚯蚓みたいだろ、海神も似てる。双子なのさ、だけど海神は蚯蚓じゃない、蛟だよ」

 目を凝らす。

「ほら、波間にいる」

 凪いで黒い海に巨大な影。

 縮尺を間違えて見ていたと気がつく。

 黒い海に穴。

 目だ。

 一つ目巨人、天の月。

 海に穴が開いている。

 大渦潮の中心か。

 あまりの大きさに、知らずに力が抜けた。

 怖じ気も過ぎた。

 喰われるのなら一口だ。

「だから、海には逃げられない」

「邪魔を?」

「穢れを海にいれたくないのさ。縄張りだよ。だから、街に眷族を住まわせてる。大昔の契約さ。手順がいるんだ、昔は生け贄を出してたようだよ。神様だからね。ちゃんと奉れば怒らない」

 外洋船位か。

(フルイ、カミダヨ。タタルネ)

「どのみち海路は無理か」

 商館を確認する気はない。

 ウォルトがこれで、無事な奴がいるわけもない。

 それに一人残れば役目は果たせる。

(タスケナイノ?)

 今更ながら、認めるのをためらう。

「これから、城塞の巫女と子らで逃げる。来るか?」

 それに四人は頷く。

(フーン)

 東マレイラの現状報告、巫女頭の保護。

 課せられているのは、それだけだ。

 助けに来た訳ではない。

(ココガ、オダクニシズンデモ、ヨイト?)

「弟の姿をとる魔物よ。俺は魔神の道化ではない、供物の姫の(しもべ)である」

(ソウダネ、センベツハナサレタ、ニイサンガバカモノジャナクテ、アンシンシタヨ)



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― 新着の感想 ―
[良い点] この小説のことは一生忘れないと思う。 オリヴィア視点の世界がとても美しくて切なくてたまらなく好きです。 カーン、かっこいいです。二人の穏やかな、幸せな未来があるといいな。 他のみんなも大好…
2020/12/13 22:53 退会済み
管理
[良い点] 更新ありがとうございます。 [一言] 獣人さん達の肉体改造具合って激しい!
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