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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
316/355

ACT281 無敵の男 ①

ACT281


 汚水の波が打ち寄せる。

 その飛沫と共に、異形が猛然と向かい来る。

 素早い。

 愚鈍な見た目に反した素早さである。

 あまりの素早さに、目に見えない振動と衝撃が、輪を描くように届く。

 迎え撃つ、シャルルレッソの体が膨れ上がり、獣面が吠えた。

 突進してくる異形の頭部と鎧のトゲがぶつかり合う。

 鈍い音と衝撃が再び見守る者達を打つ。

 丸太のような腕が男を打ち据える。

 殴打の音というより、城壁を突き崩すような不気味な音だ。

 それに男の方も体ごと異形の腹を抉る。

 潜り込んだ男の肩に異形が食いつこうとした。

 その食いつきに、男の武器が迎え撃つ。

 刃物と牙が食い合うが、双方に傷は付かず、不快な音だけが続く。

 食いつきが無駄であるとわかると、異形は斧を振り上げた。

 斧の形をした何かは、頭をかち割る動きをしたが、鎖がそれを防ぐ。生き物のように巻き付くと、鎖は異形の武器を弾き飛ばした。

 くるくるとそれは放物線を描き飛び、そして...






「いや、俺、まっぷたつとか。ひどいぃ」


 オロフの目の前に巨大な斧が突き刺さっている。

 あと少しで頭から股まで両断されるところであった。


「個として存在しているのか」


 その隣では、コンスタンツェが異形の武器を興味深そうに見ている。


「面白いですか、コンスタンツェ様」


「うむ」


 どちらが怪物かわからない様相になっている分派長と異形の戦いを見ながら、オロフが面倒そうに聞く。

 周りの男どもは、大物以外にわき出すモノを警戒しつつ大声援だ。

 鉄球が器用に異形の肉を千切り飛ばしている。

 オッサンは絶好調だ。

 そして、こっちのオッサンも絶好調だった。


「これとアレは、同質の概念でできている。だが、個として確立した事により存在が別になっている。面白い」


「意味、わかんねぇっす。おっ、何か新しいのがわき出して来たっすよ。何か、アレ、沼地の生き物みたいですね」


「何処から調達してくるのか。」


 オロフの視線に、コンスタンツェは肩をすくめた。


「無から何かを生み出すことはできない。

 雑な作りだが、見たところ人を元にしている。

 どこで調達してきたのか。

 難民か、白夜街からか」


「普通に、化け物じゃぁ」


「異形を呼ぶには、それなりの才と力が必要だ。

 そして代償と多大な犠牲もだ。

 私も含めてだが。

 獣人の兵士がどのような者なのか、戦に行ったことの無い者には知り得ない話だ。

 私だとて、お前が死に物狂いで戦う時、どのような姿になるのか、想像もつかない。

 つまり、術者は、兵士を見たことがなかったのだろう。

 これなら、自滅は早そうだ。」


「どういう意味っすか?」


 それにコンスタンツェは嘲笑した。


「つまり、本物の獣人兵士が戦うとどうなるか見たことも無い、お育ちの良い馬鹿が呪っているのだろう。

 勝ち目なぞ初めからないのだ」


 両生類のような生き物が、泡のようにわき出している。

 油薬も投げられているが、わき出す数が多いのか、徐々に広場に歩を進め始めた。


 足場も徐々に水の質を強めているのか、分派長の足が沈み始めている。


「あっヤバいっすね」


「そうなのか?

 シャルルは楽しそうだぞ」


「..激怒の間違いっす」


 美しく整えられた神の庭が汚された。

 敷石に汚水があふれるのを見て、分派長の体が更に変化し、とうとう四つ足の姿に変わる。

 刃物は腰に戻された。

 だが鎖と鉄球は肩に巻かれて動きによって飛び出すようである。

 時々、体のひねりに併せて、器用にも鉄球が飛び出し危険きわまりない。

 更に、その体は剣山のように鎧棘に覆われていた。

 怒号をあげて異形に体を当てる。

 肉と血飛沫が盛大に飛び散った。

 どうりで声援だけで、まわりの男達は加勢しないわけだ。

 巻き込まれたら挽き肉である。


「者共、こちらに近寄らせるな。

 姫様の寝所に、汚らわしい者共の息さえ近寄らせてはならぬ。

 神は見ておいでだ。

 存分に戦え」


 コンスタンツェの言葉に、館を囲む男達も獣面に変化を遂げる。

 言葉はうなり声と遠吠えになり、這い寄る姿に対した。


「オロフよ、出入り口は任せたぞ」


「わかっておりますよぅ」


「神殿から来る者があるはずだ。それらは通せ」


「はぁ~い」


 気の抜けた返事だが、その姿は大きく膨らむ。

 鈍色の鎧がきしみをたてて、広がっていく。

 そうして戸口の前に陣取ると、少し前屈みの姿勢であたりを見回す。

 中央正面では、獣どうしの戦いが辺りを破壊しながら続き、わき出す異形が館を囲むように這い寄ってくる。

 空は雷雲が渦を巻き、遠景の城が揺れて見えた。


 鎧甲の中、表情の落ちた姿がゆっくりと息をする。

 日頃の姿から想像もできない、無機質な顔だ。

 それがゆっくりと牙を剥き、耳を澄ます。

 獣面は黄金の瞳を輝かせ、見えない物を探す。


 するとオロフの予想道理、それは側面の西の方向より忍び寄っていた。

 臑に装備していた鉄串を抜き放つと、無造作に投擲する。

 ゾブリッ、と、その巨大な蛆虫のような異形が串刺しになった。


 チッチッチッ


 舌打ちのような音を口から出しながら、オロフは鉄串を投擲する。

 狙いなど付けてい

ないかのように投げる串は、吸い込まれるように異形に刺さる。

 狙いはつけていないが、わかっているので突き刺さるのだ。

 空気の撓み、音の反響、目で見ていないが、特定の音と振動を拾い上げている。

 例えるならば、川の流れの中にある石だ。

 石に当たった流れが、向きを変える。

 変えた部分がわかれば、その石の大きさや重さがわかる。

 流水の代わりに音が、そして、目ではなく耳で感じる。

 もちろん、把握しきれない事も多々ある。

 あるが、目に頼らないからこそ、不意をつかれる事も少ない。


 と、辺りが撓む。

 空気が撓む気配に見回せば、水場の緑が蠢くのが見えた。

 見えて、どうしたものかと首を傾げる。


「アレは、よい。捨て置け」


 館の中から、コンスタンツェの声がかかる。

 何が良いのか考えたくもないが、対処はしなくて良さそうだ。

 例えば、睡蓮と覚しきモノが、本当に植物かどうか?とか。

 もしかして、肉食?とか。

 館を囲むように、蔦が蔓延り、それが中身を守るのか溶かすのか、見たままでは判別できないが。

 まぁ、アレはよい、らしい。

 オロフは、アレが公王の気遣いなのか、それとも魔物からの贈り物なのか考えたくないので、考えないという事にした。

 人間諦めが肝要である。

 そうしてヌメヌメとした両生類擬きを始末する。

 やはり、コンスタンツェの言う通り、力のない者は持続力もないのか、両生類擬きの湧きが終わる。

 ピタリと湧き出すモノが収まると、今度は厭な臭いが漂いだした。

 幻の水が黄色く濁り出す。

 硫黄と燐が燃える臭いだ。

 ゆっくりと広場を見回す。

 耳障りな鳴き声が響く。

 ぶつかり合いの末に上半身が浮き上がった化け物の首に、分派長が喰いついた。

 噛みつきに化け物が声を上げる。

 それに頭を振り引き倒すと、更に深く食いついた。

 それに化け物が両手で獣体を殴り掻き毟る。

 唸りと殴打の音と鎧棘が刺さっては肉が飛び散る。

 醜い争いになっていた。

 厭な気配が消えない。

 オロフは再び、辺りの気配を探る。

 ひっかかるモノは無いが、落ち着かない。

 何かおかしい。

 靄が這い、その向こうでは分派長が化け物の首を喰っている。

 引き倒し、喉笛を幾度もかみ砕いている。

 その分派長の左わき腹には、化け物の手が潜り込んでいた。

 吹き出す血が黒い。

 だが、まだ、やれるだろうと、オロフは特段焦りもせずにみやる。

 そうだ。

 まだ、何かが、いる。

 やがて、広場に静寂が戻る。

 化け物は、首をあらかた喰われ、痙攣をし動かなくなり。

 分派長は、腹に食い込む相手の前足を引きちぎって捨てた。

 血塗れの口元は憎々しげにひきつっている。

 そして腹の傷を押さえると、うなりながら広場を見回す。

 館を囲む男達も、押し寄せていた敵の波が収まるとじっと耳を澄ませた。

 未だに、何かの呟きが聞こえている。

 広場を、建物の壁を、空に目をやり、再び辺りを見回す。

 耳にも届かず、呟きだけが漂う。

 すると化け物の死骸が不意に沈む。

 血溜まりは幻になり、死骸に蚯蚓のような触手が絡みつく。

 そうして溶けるように消え失せると、奇妙な事に、景色が変わった。


 まったく、唐突に、すべてが普通に戻る。


 夜に沈む、王都。

 物音一つせず、広場の敷石に傷もなく。

 臭いも何もなくなり。


 広場の端に、人影が見える。

 一人二人と、神殿の下働きと神官、それに神殿兵が数人。

 彼らは一端、立ち止まるとこちらを伺い見た。

 分派長は荒げていた息を整えるようにため息を吐き、武器を下げた。

 館の周りの兵士も武器を下に向ける。

 それを見届けると、神殿の者達が中へと踏み出した。

 足音だけが石畳を響かせる。


「オロフよ、影は見えているか?」


 コンスタンツェの言葉が届く。

 それにオロフは..


 予備動作は見えない、見せない。

 そして躊躇いもだ。

 神殿から来た者達の足下を見、踏み出して得物を抜き、投げる。

 振り投げた短剣は先頭の下働きの頭を割った。

 確かにそれは突き抜けて、ガクリと突き刺さった力のままに仰け反る。

 死んだか見届ける前に、釘を散蒔くように追加で擲つ。

 その動作に入る頃には、他の者達も武器を再び構えた。

 分派長は頭を振り、辺りを見回す。

 神殿の者の姿をした何かは、血を流すことなく肉を剥がし、足下の影には何かがウネウネと蠢いていた。

 矢が突きたち刃物が刺さり、人を模した者どもが足を止める。

 血は流れず、損傷だけが見えた。

 それだけでも異質であるが、彼らは声も出さず表情がない。

 足を止め、残骸と化した姿は何をするかと皆が見つめる。

 と、徐々に足下の影が大きくなっていく。

 影、黒い蔦、蚯蚓?

 それは蠢き人を模した者どもをからめ取る。

 そうして再び歩き出した。

 ゆっくりと館に向けて。


「火矢を放て」


 分派長の声に、火矢が飛ぶ。

 それは確かに人型に突き立つが火は回らず消えた。

 未だ油薬を投げる距離ではない。

 広場の西側から彼らは現れた。

 真南に異形が湧き、分派長もそこに位置していた。

 館は彼らから北にあり等辺の三角を描く。

 ゆっくりとした彼らの歩みを見ながら、オロフは感心していた。

 まるで見せ物のようで面白い。

 大きな化け物、異形の蛆虫、神の使い。

 普通の感覚の人間ならば、恐ろしくて手を出せまい。

 が、そこは普通ではないし、人族でもない。

 大きな獣を模した化け物は、獣人を愚弄するだけのもので。

 異形の蛆虫なぞ、南領にはもっと吃驚生物が存在している。

 まして神官だろうが、女子供であろうが、人を殺める商売の者には今更で。

 これが誰の差し金であろうと、随分とお育ちの良いことで。

 と、コンスタンツェの言うとおり、たいした相手ではない。

 だが、未だに館へ接近しようとしているのは問題だ。

 分派長は彼らの進路を妨げるべくその進路に割り込む。

 わぁ、仕事が楽でいいなぁ~。

 と、オロフが考えていると、その巨体に黒い蔦が絡み出す。

 やべっ、おっさん、何かやべっ。

 分派長の足下の影から手が見えた。

 色と大きさ、それに徐々に見えてきたのは、先ほど倒した化け物である。

 少しずつ現れた異形の首は確かに千切れ抉れていた。

 両目も濁り死骸に見えるのだが、黒い蔦と共に分派長を背後から羽交い締めにしている。

 その妨害に怒りをたぎらせ、分派長は暴れるが拘束は弛まない。

 再び、大暴れが始まり、援護したものかどうか悩ましい。

 まぁ放っておいても死なないだろう。

 鎧棘に刺し貫かれたまま化け物は拘束するだけで攻撃はできていない。

 問題は、館へと行進してくる者共だ。


「油薬の距離になったらお願いしますよぉ。

 篝火を消した方がいいっすかね」


 影から湧くのなら、すべて夜の闇に落としてしまえばいいのではないか?


「影が必要なのではない」


「良くわかんねぇっす。けど、コンスタンツェ様は、もっと奥にいてください。俺の独り言が聞こえない奥ですよぅ」


「死霊術でもない」


 呟きが奥へと引っ込むのを待ち、オロフは首を傾げる。

 さて、どうしたものか。

 やることは単純だ。

 斬る、潰す、燃やすである。

 死んでも動くなら、骨まで溶かすほど燃やす。

 それでも湧き出すなら、でなくなるまで叩き潰す。

 人が相手の戦なら頭脳も必要だが、戦略を必要とするほどの相手ではない。

 油薬が届く距離まで待つ。

 その間は分派長と化け物の取っ組み合いを鑑賞だ。

 地面を転がり回って血肉を飛び散らせ、黒い蔦のような何かを引きちぎり、ぎゃぁぎゃぁがぅがぅと楽しい感じになっている。


「あれ、地面に沈んで引きずり込まれそうになったら」


 どうするの?と、オロフが問う前に、兵士達は鎖縄を掲げて見せた。

 どうやら分派長に投げ縄よろしく引っかけて寄せるようだ。


「えっ、用意よすぎじゃねっすか?」


 それにニヤリと笑顔が返ってくる。

 何となく、暴れ回るの前提なんだ~それで押さえるのに鎖が必要なんだ~と、納得する。

 オッサンはいつも前に前に出る性格らしい。

 でもまぁ、鎖を巻き付けたら感謝じゃなくて怒られそうであるが。

 ならばオロフも打って出るかというと、それは無い。

 オロフはあくまでも護衛だ。

 もちろん、ここを守る兵士もだが。

 オッサンは一人軍隊のようなものと諦めるとしてもだ。

 だが、それでも汚れを庭に立ち入らせるのは間違いである。

 そう、間違いであり、オロフは誰の味方かと言えば、自分の味方である。

 つまり、地獄へ堕ちたくないので、この這い寄ってくる奇妙な物体も粉砕しなければならない。

 分派長が暴力的解決をしてくれたら楽なのだが、敵も弱いなりにしぶとい。

 少し探りをいれてみるか。

 再び舌打ちをする。

 チッチッチ、と、小さく舌打ちをする。

 這い寄る者どもは、地獄の行軍のような有様で、半欠けの体を揺らしながらゆっくりと黒い影を引き歩いてくる。

 舌打ちは、奇妙なザワメキを伝えてくる。

 個体からの反響ではない。

 細かな蟲が溜まっている場所に向けた時と同じ、奇妙な気配だ。

 人ではない。

 あの審判施設の襲撃者に近い。


「ヤバいっすね~こりゃぁ、あっちも殺られてるか」


 神官が喰われたか。


「接近戦はヤバいっす。アレ、溶解型の蛞蝓っす」


 オロフの言葉に、周りの兵士が首を傾げた。


「消化液吐き出す蛞蝓、南部の湿地にいる大型の。アレと同じような奴っす。食いついてくる動作が見た目より素早くて、食いつかれると肉が溶かされるっすよ~この間、人型の奴が不定形になって足を喰われたっす。

 接近されると重装備でもヤバいっす。まぁ多分だけど」


 でも、アタリならモロ激痛~で死ぬっすよぉ~。


 と、いうオロフの気の抜けた口調とは逆に、兵士達は火矢を番えた。

 油薬の小袋を縛り付けた機械弓も準備を始める。

 接近してから攻撃する事は辞めたようだ。

 程なく油薬の準備が終わり、機械弓を一人が構えた。

 狙い目は先頭を歩く下働きだ。

 頭部にオロフの短剣が突き刺さっている。

 一見すると滑稽な姿だが、街の者がみたならば恐ろしい死者の歩みだ。

 機械弓から放たれた油薬の袋を下げた矢は、一直線にその下働きの口に突き刺さり袋が顔で押さえられ突き抜けずに留まった。

 そこに狙い澄ました火矢が突き刺さり、一気に液体が振りまかれ炎が天に突き立った。


「しぶといねぇ~」


 白く輝く炎が消えると、そこには不定形の固まりが残った。

 人間を構成する何か、子供の悪戯書きのような代物が蠢く。

 目玉や肉や骨、腱や筋、髪や爪やら、臓物も寒天のような血の煮凝りのような物と蠢く。

 再びの掃射により、それにも油薬と火矢が降る。

 燃え尽きるか?

 と、見守る。

 すると、オロフの目にも何かが見えた。

 それは小さな囁きであり、文字が踊る。

 奇っ怪な異形のその影に、歪な文様が見え隠れする。

 恐れを抱く代物には見えないが、緻密とはかけ離れたが故に不快な力を発していた。


「備えろ」


 オロフは剣を抜くと横に寝かせ片手を刃に添えた。

 腰を落とし、面貌の馬銜を奥歯で噛みしめて笑う。

 歪な肉塊から黒い毛むくじゃらの脚が突き出した。

 一本突き出してから、それは歩脚を引き出し体を引きづりだす。

 蜘蛛だ。

 ただしそれには、人の頭が生えていた。

 奇妙奇怪ではあるが、オロフは笑った。

 つまらない顔をしていられないほど、くだらないモノを見て、思わず笑う。

 ふと、子供の頃を思い出す。

 自分は強く、何者にも負けない。

 等と思えるほど、根拠の無い自信にあふれていた子供の頃の事だ。

 まぁそれも仕方がない話で。

 重量獣種の子供だとしても、オロフは筋が良く飲み込みも早く、力も強く、そして何より、見事な馬鹿だった。

 本当に、馬鹿だった。

 戦い方も今とまったく違っていた。

 強いて言うなら、腕力のみの力押し。

 力で押し流す典型で、好きな言葉が。


 無敵の男。

 俺は無敵の男だ。


 と、冗談ではなく、そう呟くと自分が本当に無敵の男に思えた。

 馬鹿は馬鹿なりに抑圧された恐怖があったのだろう。

 そう言い聞かせれば、旨くやれた。

 もちろん、うまくやれたが生きる事が塵屑になった。

 塵屑だ。

 それでも人は生きていく。

 賢くなった訳ではない。

 大人になったからではない。

 惰性で生きる事もできるわけだ。

 別の人生を生きたかった。

 だが、生きるとは何だ?

 今だって生きている。

 自分を捜すなどとほざく奴もいるが、じゃぁ今生きているのは自分じゃないとでも言うのか?

 言い訳である。

 では、例えばだが。

 戦う事をやめられるのか?

 もっと正直にいえば、自分から、やめる事などできるのか?


 戦う、暴力に身を置く理由は、いつも用意できた。


 家業だから、獣人の重量獣種だから。

 金が溜まるまでは。

 護衛だったら、まだ、ましだ、とか。

 用意できる言い訳には事欠かない。


 では、戦わない。

 自衛以外で武器をとらない理由は、あるのか?


 笑える。


 俺は無敵の男。

 殴られ、斬られ、這い蹲って足蹴にされても、オロフの本質は、暴力を頼りに生きている。

 だから、笑ってしまう。

 今の状況は何だ?

 これは用意された言い訳としては、最大級の物だと。


「..俺は、無敵の男..アレ、殺したいなぁ」


 その呟きに答えるように、人蜘蛛が黒い泡のように無数にわいた。

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