ACT280 寄る辺なき身に花が咲く
ACT280
灰色と黒の視界。
音は幕を通したように遠く。
不愉快な湿度と寒気。
影絵を見ているような不思議な感覚。
金臭いニオイに腐臭がした。
蟲はゆっくりとした動きで、街を崩しながら這う。
その体から生え出たモノが、やけに生き物らしくハタハタと動き回るのが不快だ。
そして粘液が滴る度に、亡者が産まれる。
否、亡者を模した何かだ。
目の前にボタリ、と垂れたそれが産まれる前に、踏みつぶす。
靴を溶かす程ではないが、酸性の液が飛び散って地を焼く。
中々、芸が細かい。
と、蟲が一つの建物にしがみついた。
「あぁ、蟹の足。最近、食べてませんね」
「蟹が好きだったよな、そういや」
「酒の肴に合うんですよ」
それを見てのモルダレオとの会話に、ミダスは乾いた嗤いを漏らした。
「ミダス、アレはわざとか?」
「多分、撒き餌だろう」
蟲が建物をこじ開ける。
そして中から、住人の死体を穿っては口に運んでいた。
「寄生者とやらが、扇動したのか?」
人擬きどもを殺しながら、わからない。と、ミダスは返した。
「私にはわからない。
狂わされて、愚かになったのか。
自ら選んだのか。
いずれにせよ、イアドの蓋になるには、自らの意思による死が必要になる。
殺されてしまえば、蓋になる事もかなわない。」
「それで蓋になるのか?」
「人は誰しも死にたくはない。
だが、それでも蓋になると選ぶ者はいる。
逃げられないという事も、知っているからな。」
(故に屈した。
自明の理だね。
子の親は選ぶかもしれない。
年老いた親をかかえる子は選ぶかもしれない。
愛する人を守ろうと、夫婦や恋人は考えるかも知れない。
人の情に頼ったお粗末な仕掛けだ。
人は誰しも死にたくない。
自分も愛する人も、一緒に生き残りたい。
騙されたいと思うのも、当たり前だよね。
恐怖に屈したんじゃない。
希望が欲しかったんだよ。
君ならわかるよね。
死の恐怖は麻痺するんだ。
代わりに、希望が怖くなる。
この当たり前の考え方に対する損害の可能性を軽くみたのは、この地の支配者の想像力が足りなかった訳じゃないんだ。
守護者の特質は神に近い。
考えて見ればいい。
人は蟻の考え方を理解できるかい?
蟻の生き物としての行動は理解できるけれど、感情なんて物が
あると思うかい?)
ミダス曰く、寄生者は必ず蟲の側にやってくる。
それを少し離れた場所から、擬きを潰しながら見守っていた。
「蟲を殺してからじゃ駄目なのか?」
「寄生者を先に殺さなければ、アレは潰せない」
こちらの不審に、ミダスは腕で顔を拭いながら答えた。
「叩き潰すだけならできる。
だが、大物だ。
我々も見たことがないほどのな」
女の擬きの口に穂先を埋めながら、ミダスは息を吐いた。
「小物も飛び散ると分離する。
働きかける寄生者を殺しておけば自壊する。
くたばるまで切り刻むには、蟲の数が多い。
殺せる場に持ち込まねば、火もつかぬ。
これは、本体の滓なのだろう。
だが、寄生者と接触すれば、同じ質になるやもしれぬ。
それに呼び寄せた蟲が産卵するには、寄生者が必要だ。
寄生者を殺すには、具現化した蟲が定着するこの機会が一番だ」
(もう、街には助けるべき生き物はいないようだしね)
蟲から分離する擬きの量が増えていく。
豪雨でも使える油薬があっというまに消えていく。
大気の成分が変化しつつあるのか、湿気った風が臭い。
「じゃぁ何処に、ソレはいるんだ」
問いに答えるように、街が撓んだ。
黒と灰色の世界に、影法師が立ち上がる。
人型の影が街のそこここに揺らめく。
擬きとは違う、影だ。
だが、それは息をつき、薄い膜の向こうに立っている。
この薄い領域の幕の向こうに、立っている。
「アレは何だ?」
ミダスは目をギラつかせると、槍を握りなおした。
「イアドから溢れる物は、人を喰い、この世を荒らす。
滅多に無いが、蟲の量が多いとこの世が薄くなる」
(領域の壁が薄くなるという意味かな。
つまり第四の領域が浸食してくる。
虚無と人は呼ぶけれど、これこそが滅び。
あの影が何か?
虚像だよ。
違う世の何かだ。
我々の神が支配する理とは別の何か。
人型に見えているのは、君達がここにあるから。
命の反射であって、存在は形にできない。
君達の形を投影しているだけさ。
つまり、アレが何か?なんて理解できない。
だって、アレが君達に見えるようになったら、君達はいないのだから。
蟻は蟻の世界に生きている。
君達はこの地上に生きている。
空には鳥が飛び。
雲の上には星が輝く。
だが、蟻に星の世界がわかるかい?
そもそも、アレはこの世界の理により生きてはいない。
もしかしたら、アレこそが人であり、君達は蟻なのかもしれないね)
「近くにいるはずだ」
蟲は動きを止め、影は揺らめく。
擬きを潰しながら、闇を見回す。
(気をつけてね)
不意にグリモアが忍び笑った。
「何をだ?」
(敵は、必ず、君達の意識を砕く攻撃をするよ)
クツクツと楽しそうに悪霊は笑う。
と、モルダレオが息を呑んだ。
日頃、動じない男が目を見開く。
その視線を追う。
灰色の視界に白い影。
飴色の髪の子供。
灰色の瞳に、父親にそっくりの顔。
「モルダレオ、まやかしだ」
「わかっています。ミシャは自分が殺しました」
崩れた石畳を懸命に歩く姿。
すると、その背後から再び白い影が浮かぶ。
ほっそりとした人族の女。
「ミダス、お前の知り合いだろう?」
「..はい。妹です」
「死人か?」
「患い、すでに鬼籍に」
「何から再現しているのだ?」
次に現れた姿に、嗤いがこみ上げる。
「くだらねぇ。アレは潰しても問題ないか?増殖したら面倒だ」
答えを聞く前に、懐から取り出す。
(取り込むんだ。自滅はするなよ、主)
女子供、そして少女に向けて、得物を抜く。
躊躇う隙など無い。
俺が殺す。
至極、当然だ。
「吠え喰らえ、悪食..」
体の熱が上がる。
だが、身のうちから吸い取られる事無く、それは走り出した。
アレは俺だ。
犬は嗤い、そして口を開く。
そして吠えつき、女達を喰らう。
芸の細かい事に、オリヴィアは悲鳴を上げて千切れ飛んだ。
驚愕の表情。
違う。
オリヴィアならば、そんな顔はしない。
俺が殺すと言ったら、そうかと真面目くさった顔で言うのだ。
そうか、わかったよ、旦那。
なんぞと言って許してしまうだろう。
あぁ、まったくどうしようもない。
喰らった犬は飛び散った頭もくわえると駆け抜け消えた。
すると駆け抜けた先、闇の奥で小さな悲鳴が聞こえた。
そして、微かな呟き。
意味は読みとれない。
その小さな呟きが地を這うように蠢き、こちらへと染み出してくる。
暗い。
夜が降りてきたのではない。
薄汚れて、全てが煤にまみれているかのようだ。
グリモアにより透明度が上がっていた世界が、濁って見えない。
そうか、これが..
「ナゼ?」
と、闇から問いが来る。
幼い声。
「死人は始末する。
それにオリヴィアは生きている。
くだらねぇな、人間なめんなよ。」
闇の中から、白い影が現れた。
凝った衣装の小さな娘。
人形のような小さな娘だ。
その娘は自分そっくりの人形を抱えて現れた。
白い襞飾りの洋服に、大きな装飾の髪飾り。
一見すると貴族の娘だ。
白い頬に青い瞳。
(ナニがつまっているのかな?
小さな肉袋ちゃん。
僕は、少し怒っているんだよね)
「ダレカ」
街の瓦礫から、奇妙な姿がわき出す。
ガラクタの寄せ集め。
街の住人の残骸だ。
(人形師を語るには、お粗末だ。
死んでいるのも気がつかないようじゃないとね)
「そりゃぁ人形師じゃねぇだろ」
蟲はと言えば、家々を押しつぶし身を落ち着けると何かを吐き出し始めた。
厭な想像しか浮かばないが、産卵とやらを始める準備だろうか。
代わりに擬きがたれ流されて、街の中の餌と自分たちに集り始めた。
「ドコ」
少女の呟きに、吠える者を振る。
走りだした犬に、彼女は首を傾げた。
その線上にワラワラと住人の残骸が入り込み吹き散れる。
幻の犬は消え去り、代わりに擬きと残った残骸どもが襲いかかってくる。
それにはいつもの武器を抜き、切りつけた。
モルダレオにしろザムにしろ、この程度なら対処は可能。
擬態を解く程でもない。
(時間をかけない方がいい。
巣を作り出す環境を予め仕込んでいたようだし、これでミダスが子供をかき集めていなければ、繁殖地が広がったんじゃないかなぁ。
あの肉骨粉は、多分、繁殖地の環境を整える為の準備だろうね。
ほら、土壌改善に土に堆肥を混ぜるだろう?)
あの吐き出しているのがそうか?
(多分ね。
元は人肉と骨だけれど、見ると血管のような管を形成しているね。
あれは特殊な植物様の環境を改変させる装置だ。
有機物による環境改変装置とでもいうのだろうか。
中々に興味深いね。
君達、人が手放した技術の一端に似ているし、呪術様にも見える。
彼らは、生命そのものを加工する技術に特化しているのだろうか。
君達は、その)
「ディーダー、黙れ」
(..因みに、僕とエイジャは似ているんだ。
ついつい、興味をひかれると他がおろそかになる。
ごめんよ、とても面白くてね。
さて、つまり汚染が進んでいる。
ミダスが先に倒れるだろう。
君達も蝕まれているが、加護により毒は薄められている)
グリモアの囁きにミダスを見る。
不死身の男にしては、動きが鈍っていた。
(領域の汚濁だ。
腐土風と同じ。
精神を先に毒するんだ。
彼は長命種でありモーデンの系譜だ。
不死身だとしても耐久性は落ちる。
まぁモーデンそのものだったら話は別だけれど。
ちょうど酒の海で泳いでいる状態かな)
「泳いでみたいもんだ」
幼い姿をとる何かは、ミダス曰く、成り代わり、とやらは暫し足を止めた。
そして、我々を見、そして蟲を振り仰ぎ、瓦礫の街を見回した。
不思議そうに、首を傾げる。
湿った冷気に、意味の分からない小さな囁き。
すると呪陣とは異なる、細かな黒い点が擬きの足下から染み出した。
大量の小さな蟲だ。
それは蠢き、繋がりなが
ら何かを呟いている。
子供のような声。
冷気と蟲が押し寄せる。
(蟲ではないよ、魔導だ。
破滅の扉を叩く言葉だね。
さて、僕はご立腹だから、ちょっとばかり、力を貸してあげよう。
さぁ、主よ、繰り返すんだ。
これはクラヴィス・オルウェンが、愛する妹を救った時の言葉。
力ある魅了の言葉であり、賛美する歌。
魔除けの祈りだ。
沈黙の泉に、星を混ぜ
新月の晩に、杯に汲み
雷と涙を注ぎ
安らぎと眠りの神に捧げる
嘘と偽りを凍らせ
憎しみと怒りを静める
偽りは剥落し
汚れは力を失う)
「汚れは、力を失う」
己が口から出た言葉を、本気にはしていなかった。
だが、グリモアは傍らで大きく息をつき。
押し寄せていた黒い蟲の固まりは動きを止めた。
我らの足下には、青白い光りの輪が明滅し、それは朧で頼りなげであったが、押し寄せる物を止めていた。
(さて、我がボルネフェルトのお家芸といえば、人形師である。
今は、グリューフィウスの娘がかろうじて続けてくれているね。
うれしいなぁ、これでボルネフェルトのお家芸は絶たれずにすんだ。
本当にうれしいよ。
という事で、我が血を脅かす、偽物はお仕置きだ。
どうする?
煮る、焼く、切り刻む?)
力をせき止められた成り代わりを守るように、残骸と擬きが更に我々に殺到してくる。
それを捌きながら、ちょっとした考えが浮かんだ。
(..主よ、それで良いのか?)
「思いつきに過ぎないが」
薄汚れた視界に、悪霊の白い歯が光る。
笑っている。
(案外、主はわかっているね。
ナニが罰になるのか。
さすが支配者の系譜は、ひと味ちがうね。
では、協力しよう。
正しく、理解して、力を使うがいい。
ウルリッヒ・フォメス・モルデン。
君が意識して使う力だ。
さぁ、この世の理を正しく敷くのだ)
芝居がかった仕草の悪霊を片手で吹き飛ばす。
吹き飛ばされてクルクル回るボルネフェルトは、気分が良くなったらしく踊りはじめた。
それにうんざりしつつも、闇に向かい合う。
あぁ、厭になる。
これを生み出した奴は、確かに邪悪だ。
中身が異形?
だから何だ?
すべてが消えてしまったとでもいうのか?
それは都合の良い話、嘘だ。
始末する人間には、楽な言い訳だ。
子供の姿をした別の生き物とでも考えれば、楽に違いない。
「だが、違う。
おい、お前、お前は誰だ?
名を名乗れ。
俺は守護者、グリモアの主だ。
お前は何者だ。
モーデンの子よ、名を名乗れ。
俺の罪を明らかにするためにも、お前は名乗らねばならん。
お前は、誰の子供だ?」
それに小さな娘は、こちらを捉え見つめ返す。
そうして、ゆっくりと瞬きが繰り返された。
俺を見て、空を見て、再び、俺を見る。
傍らのミダスを見て、その後ろのモルダレオ、そして街を見た。
瞬きを繰り返し、肩を揺らして息をつく。
街を、足下を、住人の残骸を。
すると湖面のさざ波のように、小さな娘に智が宿る。
感情など無い筈の、小さな異形が息を大きく吸い込み。
「..ママ、ドコ...」
そして、悲鳴をあげた。
悲鳴をあげて、人形を取り落とし。
初めて..
肉袋とはよく言ったものだ。
娘は、弾けて、中から肉の蔦が飛び出した。
それは肉の蔦になり、中身を弾けると動きをとめた。
(夢は覚めたかな)
娘が纏っていた魔は霧散した。
住人の残骸も崩れ、悲鳴をあげて死んでいく。
残った擬きを潰し。
「どうなっているんだ?」
呆然とするミダスに、悪霊が笑う。
(戦わずに、終わりそうだね。
主は、中々、酷い。
グリモアの主に名を問われ、この世界の住人が答えずにいられる訳がない。
この騎士は、成り代わりなぞ、器だけと言ったな。
だが、注がれた物が何であれ、器はこの世の物だ。
こちらのもの、所有権は我らの神にある。
まして、欠片でも人の何かを持ち合わせていれば、浸食はできる。
君の部下が言っていた、納得できるか否かさ。
どこかで、この騎士、いや、ツアガ公達は引け目を感じている。
だからつけ込まれるのさ。)
悪霊の言葉が聞こえているのかいないのか、ミダスもモルダレオも戦う前に形を失った異形に驚きを隠せない。
「俺も形を失うとは思わなかった。
名を呼び戻せば、少なくとも体は支配できるかと思っただけだ」
(運が良かっただけさ。
いい気になるなよ、主よ。
偶々、宿主が成体になる前だった。
服を着せて人形を持たせる家庭があった。
長命種人族の家庭で、真名持ちだった。
条件がよかったのさ。
そして夜の浸食が勢いを増している。
呪いが勝ったのさ。
おもしろいよねぇ。
神の呪いが優先された結果、あの通りだ。
異界の魂が調理されて、こちらの物になるとはね。
さて、結果はよかったけど、僕はお腹がすいたままだ。
食べていいかい?)
蔦は蠢き、小さな蕾をつけた。
黄泉の岸辺に咲く花は、こうして運ばれてくるのだろうか。
娘の名前は、何だったのだろうか。
成り代わりだ何だと脅かされていた割に、何とも呆気ない幕切れだ。
そして後は、掃除をするだけだ。
忍耐力を試されるわけだ。
「歯ごたえがなさ過ぎますね。
これでは南領の害虫退治と同じです」
モルダレオの文句に、ミダスも未だに納得がいかないようで同意している。
「勝手に自滅してくれたんだ、文句はあるまい?
それに、害虫退治なのは確かじゃねぇかよ。
世の邪悪云々よりも、わかりやすい。
害虫が繁殖して、人間を苗床にしているのを掃除する。つまり、掃除屋だな、なら、俺達の仕事だ」
確かに、と、モルダレオは蟲の残りを切り刻む。
変質していた場が、やっと正常になりつつある。
それと共に、蟲の悪臭が感じ取れるようになった。
色も匂いも音も、変質した場によって隠されていたが、それが薄まり正常になるにつけて、蟲の中身の臭いが酷くなる。
生臭く、腐れ臭く、そして目に痛い刺激があった。
成り代わりが力を失うと、蟲も弱った。
火は着くし、擬きが生まれる事もない。
解体し、燃やし、潰す。
淀みは薄くなり、視界も戻り、明るさが広がる。
夜が終わる。
街は死に、人も死に、それでも理という人間の領域は保たれた。
この場所だけは、留まった。
エルベの庭からは何も出てこない。
呼び出した者が、あの娘とは思えない。
仲間がいる。
あの娘一人では、騎士や守備隊を喰わせる事は、できないだろう。
蟲が解体されていくなか、成り代わりは地面に広がり動かなくなった。
粗方、始末が終わる。
「焼き潰さないのか?」
「エンリケに後で見せてから決める」
ミダスが蔦を槍で突く。
肉色から、植物の緑に変化し、それが元々人の形をしていたなどとは見えなかった。
槍で突かれても、それは普通に断ち切れるだけだ。
と、突然、蕾が薄く光り花が咲く。
「動いたぞ」
ミダスは慌てて体を引くと蠢いた蔦に武器を振り上げた。
「ちょーっと待ったぁ!」
槍を構えたミダスの足下に、鈍い光りを放って刃物が突きたつ。
「何をしやがる、始末されてぇのか!」
白い光りが空に混じり、闇は消えたが街も人も影に沈む。
崩れた外郭の向こう、東から見た顔が覗いていた。
「イヤイヤイヤイヤ、違うからぁ~、大将、その鶉は狙ってねぇよ。つーか、ダメだから、それ、始末しちゃダメ。
俺も始末しないで、で、その鶉は食べていいのか?」
「これはツアガ公の騎士だ。まだ、喰うな」
「まだかぁ」
狂人が爽やかに瓦礫から這いだしてくる。
虫が四つに動き這いだしてくる感じだが、表情は突き抜けて明るい。
そんな擬きに似た動きを疑って、ミダスは構えをといていない。
まぁ、それが正解だ。
「ナシオはどうした?」
「あっちの鶉の側だね。俺は様子見に来た。
ダナエちゃんがね、こっちにいけって踊るんだよねぇ~ケヒヒヒッ」
「何者だ?」
「あぁ、何だ、一応、公王の使者だ」
「何と!」
ミダスが礼をとろうとするのを慌てて止める。
「すごいねぇ~ダナエちゃんが騒ぐはずだねぇ~こりゃすんげぇでかい虱だぁ」
建物を押し潰す死骸に、ヤンが燥ぐ。
「ところでヤンよ、何故こちらに来たのだ」
当然のモルダレオの問いに、狂人は不思議そうに首を傾げた。
「さっきから言ってるしぃ、ダナエちゃんが、こっちがヤバいって踊るからぁ~」
「ダナエ?お前の妄想か?」
それにヤンは笑顔で首を傾げると指さした。
東の空から光りの帯が男を照らす。
「そしたら、お友達がいるしぃ、この子のお名前なんて~の?」
ケラケラ笑いながら、ヤンが問いかけると花びらがゆっくりと開いて閉じた。
「へぇ~ベルルシアちゃんねぇ~ベルちゃんっていうのかぁ、こっちダナエちゃんっていうのよん。
えっ?
ベルちゃんも頭に住み着くのん?
やめてぇ~寄生されるぅ~」
ケラケラ笑う男に、モルダレオがそっと刃物を抜く。
それを止めると、片手で顔を拭った。
「アレは何だ?」
それに悪霊は答えない。
成り代わり。
器。
黄泉の岸辺に咲く花。
意味はある。
ふざけた狂人の妄想ではない。
男の頭にソレは移ると、間抜けに蔦を揺らす。
「んで、もう、食べていい?」
「まだ、ダメだ」
(まだね)
白い光りが滅びた街を照らしていく。
すると幻のように、蟲が淡い光りとなって溶けていく。
ぼんやりとした考えが浮かぶ。
グリモアは正解を知っているが、自分はまだ手が届かない。
「どうします、カーン。始末しますか?」
「まだ、ダメだ」
モルダレオの問いに頭を振った。
(まだね)