ACT278 存在証明 ⑦
ACT278
隠れ潜んでいた部屋には、先へと続く扉があった。
塵と化した調度らしき物が山と積まれた奥に。
それはまるで、何かを閉じこめようとしたあとのようで。
気持ちを暗くさせる眺めだ。
「イアドの影響で、構造が変化している」
一人、部屋の奥へと引き返した所で、ミダスが追って来た。
その歩みは傾きよろめいていたが、自力で息をきらすこともない。
「どういう意味だ?」
「この場所は、もっと東だ。」
「意味がわからんな。
崩落、崩壊とは違うのか?」
「イアドは断絶と癒着を繰り返す。
空間が千切れて、かき混ぜられるのだ」
その言葉を吟味する。
この男は、その意味するところを理解して、言葉にしているのだろうか?
それとも、単なる現象として、述べているだけであろうか。
「法則はあるのか?」
「そこに人が入り込めば、その場所だけは安定する。と、考えられている」
「つまり、分からないのだな」
「そうだ。だから、イアドの探索など本来ならできない」
「踏み込む度に、地形が変わるのか?」
「浸食が広がった場所の確認をした限りでは、元の形を刻んでかき混ぜたようだった。見覚えのある場所が、脈略無く続く」
「はめ絵ならば、正しい形以外は繋がらないぞ」
「はめ絵ならばな。
人同士を縄で縛り、探索を試みたが、一つ二つの繋がりまでは何とかなるが、その先は飛ばされた。
縄毎引きちぎれて途絶したのだ。幸い地形変化だけでは人は死なぬが、戻るのは一苦労よ。単なる当たり外れを引くような物だ」
「だから、坑道にこの部屋か」
「坑道は確かにあったのだ。
イアドは本来、人の暮らす場所から遠く、こぼれ出たモノを討伐すればよいのだ。
このニナンの経堂までが、こちらに飛ばされたとなると、もう、その縛りも崩れはじめているのだろう」
「ニナンの経堂とは、言葉のままの意味か?」
問いに、ミダスは神妙に頷いた。
「俺の認識が間違っている訳では無いのか?」
「ここはイアドの上、坑道部分であり、本来はこのような混在が及ぶ場所ではない。
我々が足止めされたのは、この所為でもある」
「ここはニナンという街の一部なのか?」
「地上に影響は無い。だが、領域は徐々に壁を崩しつつある。
イアドは、本来、我が君と殿下の縛りにより、均衡を保っている。
盟主となるツアガ公のお力だ。
今現在も、我が君は無事にお勤めを果たされているし、今までと変わらず、縛りは存在しているのだ。
だが、イアドは広がり、人喰いどもは地上に蔓延り、土地は荒らされた。」
ミダスは大きく息を吐いた。
「約定が反故にされた。もしくは、裏切り者が手引きしたか」
「お前の考えは、後者か」
「あぁ」
と、足下が揺れた。
微かな地響きが聞こえる。
「組み替えの音だ。
探索は不可能としたが、できないこともない
組み替えには、一刻程の時間がかかる。
そして階層の上下は、大改変以外、混じらない。
食料と水と、喰われないだけの力があれば。
ただし、イアドは正気も失わせるが」
「大改変とは?」
「大物の異形が巣を喰う場所がある。
それが階層を保持しているようだ。
それを倒すとイアドの組み替えが上下でおきる。」
「深層に向かうには、逃げ回る他無いと?」
「誰が深層に向かうのだ。
イアドの深部に向かって、何か良いことでもあると思うか?」
「少なくとも広がりの原因は分かるだろう」
それにミダスは、口を閉じた。
「違うのか?」
ミダスは、困ったような、何とも情けない表情を浮かべた。
「イアドは必要なのだ」
「意味がわからないぞ」
足下の揺れが再び伝わる。
「上に戻ろう」
イアド、とは何だ?
(何だと思う?)
化け物の巣か?
(何だと感じた?本当は、どう感じたんだい主よ)
ミダスの背中を見ながら、形になろうとしている考えに笑いが漏れる。
(結構、そうだよ。想像力だ。
案外、馬鹿馬鹿しい妄想が、答えだったりするんだよね。
じゃぁ、言ってみてよ。
今回は、当たり外れの判定をしてあげるから)
子供らの元へ戻る背中にだけ、届く大きさで言葉を紡ぐ。
「ここは、ヨルガン・エルベの庭か?」
強ばり動きを止めた背中に、言葉を続ける。
(演技ではないよ、正解だ。
君は感じる事ができた。
イアドは、君には馴染みの匂いがした。
攻撃してきたモノは、違ったけど。
このイアドの作りは、この世界の理だ。
君は、ちゃんと視る事ができた)
「塞げぬ穴に、蓋をした。
戻れぬように、漏斗のような蓋をした。
ここは蟻地獄の巣だ。
だから、中の怪物は殺してはならない。
ところが、蓋から余計なモノが溢れてくる。
蟻地獄を殺す馬鹿な奴らがいるんだろう。
お前達の命は、イトゥーリ・ツアガが握っているのではない。
最後の守護者、不死者の王、ヨルガン・エルベだ。
ここを維持する為に、ヨルガン・エルベは隠れた。
彼の者が失われれば、我々は滅びる。
蓋、その物が無くなってしまうからだ。
だが、何故か、綻びが塞げない。
グリモアの主にして、不死者、否、不死を司る神だというのに。
モーデンの子孫は約束を守っている筈なのに。」
立ち止まった男の側に並ぶ。
子供達は、ジェレマイアと共に並び手を繋いでいる。
その姿を見ながら、ミダスはうなだれた。
「我が君は、約束を守り命を捧げた。
奥方様もだ。
だが、裏切り者達が増えすぎた。
気持ちは理解できる。だが..。
名を聞いてもよいか?」
ミダスは子供らの方へ歩く。
「貴殿は何者か?」
「何だと思う?」
それにミダスは微かに笑った。
「断罪者だ」
イアドは悪ではない。
異形も悪ではない。
敵意は他にある。
牙を剥くモノは別だ。
人は全てが悪ではないし、善き者だけでもない。
全ては均衡を保か否か。
肝心なのは、秤を保つ行いだ。
子供らの前に立つ、モルダレオの背中は真っ直ぐにのびている。
続く女は、少し猫背で足を引きずる。
ミダスは、疲れてはいるが、安堵が見えた。
(重荷だったのさ。
子供たちを、本気で生き残らせようとしていたんだよ。
使命と真っ向から取り組み、誠実に約定を果たそうとしてきた。
だからこそ、哀れだ。
だってそうだろう?
この男は、とうに、死んで、いるんだから)
美しい配列の命の言葉、その真ん中に瑠璃色の丸い物が見える。
それは命の言葉を滑らかに回していた。
(詳細に検分するには、今の主では力不足だから教えるけど。
命は潰え、そこに呪術によって仮初めの宿を与えている。
これは不死者の王の力、ヨルガン・エルベの御技だ。
理に逆らわず、何れ死する定めを約束している。
そして、約定、つまり、ツアガ公の力となる役目により、神は容認している。
彼らは不死身である。
何しろ、死んでいるのだから。
一度、死に、そして留められた。
約束を手形として、裏切れば、末路は神の娯楽と言うわけだ。
君と同じだね。
でも、これは守るのが難しい約束だね)
確かに。
如何に誠実な者であろうと、命を捧げ未来を捧げるのは難しい。
最初は誓えるだろう。
だが、最後まで約束に従う事は難しい。
人は、自分の為に生きるからこそ、人の為にも生きられる。
(たぶん、ミダスという男の望みは、この土地の未来が続くことなのさ。
子供が生きてくれる。
生き残ってくれる事が、望みなんだ。
だから、彼は彼の役目を続けられた。)
だが、普通の人には難しかろう。
裏切り者というが、ミダスは断罪できない。
何故なら、それは人として普通の事だからだ。
自分も幸せになりたいと願うのは間違いではない。
死んでまで仕え、この世を支えるとは、どんな殉教者だ。
人、ならば、普通の毎日を送りたかろう。
(方向性を間違える下地は、それだね。
時の流れが、助長したんだ。
原因を忘れて、結果だけを見続けた。
不満の矛先は、何処に向かう?)
そして、敵につけ込まれたか。
(そうだね。陣地取りの遊戯盤だ。
取られた駒は殺されるけどね。
で、どうする?)
新たな約定を結ぶ、か。
(そうだ。
つまり、これが不具合の原因だね。
己を溶かして封印する?
死んで不死身になって人生を捧げろ?
頭オカシイよね、これ呪いでしょ)
それをお前が言うか?
(逆に聞くけど、こんな犠牲がなければ保てない世界は、いつか滅びるのが定めじゃない?)
思わずうなり声がでた。
(では、うまくやるしかないね、主よ。)
穴をうまく管理できるようにしなければならない。
犠牲を最小にして。
そして狂ってしまった人を導く?
人同士の争いも調停するのか?
(整理しよう。
この穴は、完全には塞げない。
これはエイジャ・バルディスもヨルガン・エルベも、そうしなかった。
つまり、そうしない方が、良いのさ。
理解した?)
何故だ?
(それは本人に、ヨルガン・エルベに聞くとしよう。
それが一つ目の目的。
次に、では、ヨルガン・エルベは何処にいる?)
イアドか?
(ミダス曰く、戻り道の無いイアドの下層に行く意味は無い。
とは、どういう意味かな?)
力押しなら、下に行ける。
だが、それではイアドが荒れて、ますます、余計なモノが溢れてくるからだ。
(そうだね。
では、どうやってミダスは不死者の王の加護を得た?)
ツアガ公か。
(そう、最初の目的だった本城にいるツアガ公に会えば、自ずとエルベにたどりつくだろう。
目的の二つ目が、これだね。
では、ツアガ公の元へ行くには、そうそう、子供連れで無事に着くにはどうしたらいいかな?)
少なくとも、この街の化け物を退治し、イアドの吹き出しを押さえる必要がある。
(さて、問題だ。
なぜ、イアドが広がる?)
それが分かれば苦労がない。
裏切り者とやらが、何かしたんだろう。
(考えろよ、この動物がっ)
お前なぁ。
悪霊が久し振りに姿を現す。
少年は、日増しに存在感を増し、その辺で泥にまみれて遊ぶ小僧のように生き生きとしてきた。
それが怒り顔で、指を立てて怒鳴ってくる。
悪霊、というより、誰かに似ている。
自分の周りには似た感じの輩が集まるようだ。
(ミダスは何と言った?)
ミダスとの会話を浮かべる。
が、特に何もわからない。
(何だろう、僕の、この納得のいかない感覚を伝えたいね。
どうして、コレが、主なんだろう)
おい。
(人が踏み込むと空間が安定する。
階層毎に怪異が置かれ、それが死なぬ限りは上下で混じらない。)
なるほど。
(..はぁ、つまり、下から階層の守りを打ち破って出てきたモノがいるのさ。大物の異形だ。
それを討伐すれば、すくなくともこれ以上の浸食はおきないだろう。
場が安定すれば、地下を行ける。
東の街に抜ける事ができれば、本城までは近い。
街を迂回する通路もあるかもね、ミダスに案内させればいい。
そうすれば子供の足でも何とかなる。)
何故、地下を選択するのだ?
(主よ、主自身が言っただろうが
ここは、ヨルガン・エルベの庭だ。
本来は、不思議に満ちた遊び場なのだ。
ミダスが生き残っていたのは、何も強靱だっただけではない。
そして敵は誰だ?)
人間だ。
(そうだ、では何をするべきか分かったね。
何だろう、こんなに優しい僕は、もっと敬われるべきだと思うんだ)
胸に手をあてて悪霊がクルクルと回る。
で、何か見返りがほしいんだろう?
それに少年の姿はニヤリと笑った。
真っ赤な瞳が弓のようになり、悪霊は囁いた。
(約束だよ。
その異形は、僕にちょうだいね。
お腹が空いたんだ。
そろそろ新しいモノが欲しいんだ。
珍しいモノを食べたかったんだ。
雑な主だと、中々食べられないからね。
食べ応えのあるモノだといいなぁ、ヒヒヒッ、ヒヒヒ、アハハハハ)
戻り道は姿を変えていた。
ただ、上に登る場所はあった。
登って上の階にでるかはわからないが、少なくとも子供の足で上れそうな石の階段が岩壁にできていた。
ロードザムが先にあがる。
「来た道とは違いますが、少し明るい。
狭い石の部屋です、天井が高い。
外のようです」
「位置関係がおかしい、どういう事だ」
ジェレマイアの言葉に、ミダスが頭を振った。
「地面の上には混在は及ばない。早く地上に出た方がいい。
この場所の安定が続くか、今は確信がもてない」
子供らを一人づつあげていく。
そうして小さな石の部屋に入り上を見上げると、遙か上部に四角く切り取られた空らしきものが見えた。
群青色の少し明るさを含んだ空だ。
その四角い小さな部屋は更に狭苦しい通路が一つ続いていた。
「俺が先に立つ」
「カーン、それは駄目です」
モルダレオの制止に、俺は手を振った。
「たぶん、出口にいける。俺に続いて来い」
(おや、わかるのかい?)
「空間は千切れて癒着しているが、選択を間違えなければ、同じなんだろ?」
それに悪霊は笑った。
「つまり、これはバラバラに置かれているだけで、それの繋がりは断たれていない。されさえわかれば、簡単に通り道が見える。」
(動いていなければね。改変の動きがはいらなければね)
「次に混ぜられる前にいくぞ」
暗闇に踏み出すと、子供を従えてジェレマイアが、そして仲間が続く。
殿のミダスが背後を見る。
すると踏み出した途端に小さな石の部屋が消えた。
皆、無言で闇の中を歩いた。
(何を考えているの?)
少し思い出した。
闇の中、手をつなぎ歩く。
子供の頃を思い出す。
そして、大人になり、トゥーラアモンの丘を思い出す。
神の印を探して、オリヴィアを抱えて歩いた。
何も無い草原を、風に吹かれて。
(君は、彼女を許せるかい?)
許す?
(もしも、彼女が失ってしまったら、許せるかい?)
どういう意味だ?
(君の事を、彼女が忘れてしまったら、君は、彼女を許せるかな。
君は、君なりに、こうして全てを彼女に与えようとしている。
でも、きっと、どのような結末になろうとも、彼女は知る事はないだろう。
君の、その行いに対して、何も、知ることは無いだろう)
そうか。
(あれ?
何で、安堵するんだい?)
思わず、笑う。
「モルダレオ、扉だ。」
闇の中に石の扉が見えた。
押し開くと薄暗い藪が広がっていた。
近い夜明けに、息をつく。
子供らを外に出し、ミダスとオーレリアと呼ばれた女が膝をつく。
虚脱したようだ。
「明け方か?」
「カーン、街の西側だ。外壁が少し壊れている。
ここは墓のようだ」
炎が見えた。
「合流地点に向かう。後、少し歩けそうか?」
手をつないだ子供らは、肩で息をしていた。
「食料と水がある。
ここで待つか、一緒にいくか」
子供らはジェレマイアの手を離さない。
そして衣服にまで手を伸ばし、子供ら同士も手を離さない。
怖いのだろう。
「ゆっくりと行くぞ」
モルダレオが先に立ち歩き出す。
「上には広がらないのか?」
ミダスも立ち上がり、後に続く。
生きの良い死人だな。
と、皮肉が浮かぶ。
もちろん、一度死んだだけで、生きている。
だからこそ、ミダスの仲間に裏切り者がでているのだが。
「人喰いは出てくるが、イアドは地面の下までだ」
なるほど、あくまでも呪術か。
街を大回りして、例の男女の死骸が置かれた場所にたどり着く。
「これは何だったんだ。
境界線という意味だったのか?」
「目くらましだ。
人喰いならば、これでごまかせた。
だが、指揮をとっていた女は、成り代わりであった。
イアドは管理されているのだ。
女が最初に殺される。
だが、本当ならそこで術が広がる。
目くらましよ。
だが、絶命前に成り代わりが、手を加えた。
女は、作り替えられ、異形となった。
女の次は、男だ。
男は取り込まれやすい。
だが今回は、男も、作り替えられた。
何か、今までとは違っていた。」
「普通とは変な言い回しだが、普通、どういう事がおきるのだ」
「人喰いは、上の人間を殺す。
それも、女を殺し、男を取り込む。
そうすれば、子供は人喰いになる。」
「女だけか」
「殆どの人喰いは女だ。
だから、自分の女を守り、男は戦う。
それでも女が殺されれば、その命が目くらましになる。
そして子供を守れば勝てる。
蓋が重みを増して、奴らは出てこれない。
下の者も、この世界に出たいのだ。
だが、今回は違った。
人喰いも出たが、成り代わりが地上にでた」
「ん?
下にいるのが人喰いなのだろう。成り代わりとは、その人喰いが女に化けたんじゃないのか」
「人喰いとイアドの蓋の下は違う。
イアドに暮らすのが、人喰いどもだ。
そしてイアドの蓋の下には、蟲がいる」
「蟲?」
「蟲といったが、蟲のような何かだ。
それは女児に寄生する。
それが成り代わりだ。
人喰いは、それらの仲間であり子であり親だ。」
「まて、待てよ。
理解できない。
なんだそれは。
最初から話せ。
俺の認識とお前の知識は違うようだ。
イアドの住人だと?」
「イアドは蓋だ。
蓋の下は別の世界だ。
そこから、我々の世界に彼らはやってくる。
彼らの見た目だけなら蟲のような何かだ。
人喰いや我らを餌とし苗床とし、そしてこちらを蝕む。
第四の領域、虚無の住人というのが、神聖教徒にはわかりやすいだろうか」
「魔導師の事ではないのか?」
「それは人間の事だ。
本来の言葉道理、異界の住人であり、我々の世界に混ざってはならない者の事を言っている。
この世界の異物であり、この世界に混じると言うことは、この世界が終わると同じ意味だ。
そして、イアドには、彼らと交わり、神罰を受けた者が暮らしている。」
「異形と交わったのか?」
ジェレマイアの呟きに、最早隠す気も無いのかミダスが続けた。
「異形と交わった、だから、終わったのだ。」
モーデンの過去は裏付けを得たのだ。
人喰いとは、前の世の人の事。
モーデンが逃げ出した世界の同族だ。
「彼らは、我らを餌とし苗床とするが、この世界の者だ。
彼ら人喰いは、悪行の末の姿。
故に、地上に暮らす我らは戒めねばならなかった。」
モーデンは、否、モーデンの時代の人間は、別の世界と繋がり、別の生き物と交わった。
本来は交わる事も繋がる事もできないはずだ。
「何故、そんな事ができた?」
森の中、空き地に、一人待つ姿が見えた。
神罰により、彼らは滅んだ。
だが、穴は塞がらない。
新しい世界になる筈なのに。
それはモーデンが逃げたからか?
逃がしたからか?
だから、燃料代わりに滅ぶ筈の命を蟻地獄に入れた。
この場所はエルベの庭だ。
魂はこのイアドの中だけで循環する。
それが燃料だからか。
「カーン、ご無事でなによりです」
「他の者は?」
それにサーレルは、ニコリと微笑むとミダスを見た。
「ツアガ公の騎士と領内の子供らだ。
食い物と水を与えてくれ」
「了解しました。
中は、粗方攻略できました。
後は、多少の塵掃除で終わりそうです。
ですが、害虫の親がみつかりません」
「それについては、皆が戻ってからだ。
他の者は?」
「予定道理に」
「周辺は?」
「特に動きはありません。
夜襲による被害も、想定内です。
ただ、貴方の方も回収したように、オービスが三人ほど子供を増やしましたよ。
それに狂人が面白い物を見つけました。
そちらの成果は?」
「仲間が揃ってからだ。」
子供を空き地に座らせて、馬の側に置かれていた水袋から水を飲ませる。
ジェレマイアは当面の子供の世話に意識を向ける事にしたようだ。
「お前たちも体を休めろ」
ミダスとオーレは、それに困惑したように立ち尽くす。
「休み、お前たちの話を聞く。
全てはそれからだ」
「了解した。ただ、一つ、先に言っておきたい」
「何だ?」
「人喰いは、見ればわかる。
だが、成り代わりは見分けがつかない」
「成り代わりとは何だ?」
「器はこちらの物で、中身が異界のモノの事だ」
「混血か?」
「違う。
混血は、人喰いになる。
だから、見分けられる。
女児を浚い、中身を食って成長したのが成り代わりだ。
中身は異界の者だが、見分けがつかない。」
「同じ害虫だろう?」
首を傾げた俺に、ミダスは噛んで含めるように言った。
「失うのだ。
喰われた女児は失われる。
神の庭にはたどり着かない。
そして失われた分は、増えないのだ。
我の言葉を証明する術は無い。
無いが、意識の欠片に残しておいてくれ。
人を殺す、喰う者はおぞましい。
だが、もっと恐ろしいのは、成り代わりだ。
アレらは、この世界を蝕むだけのモノだ。
そして、神の存在が証明不可能だからと、存在を否定する愚かな者は、そんな邪悪な者を神とする。」
「見分けがつかないのに、どうして知っているんだ?」
「行動を見るんだ。
彼らは感情が無い。
賢いが、人に対する思いが無い。」
「見たんだな」
だが、確証がない。
ミダスにしても、神の存在を肯定しても、存在証明は不可能なのだ。