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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
312/355

ACT277 存在証明⑥

 ACT277


 蟲の死骸を踏みしめて、奥へと進む。

 湿度は無く、匂いも焦げ臭いだけ。

 微風程度の風が奥から流れてくる。

 通路は坑道から、確かに回廊と思しき様相となり、某かの建物に入ったかのように思えた。

 向かって右側の壁は、群青色に濃い緑の蔦模様が細かに描かれ、左側は等間隔に石柱が置かれている。

 その石柱の合間は、ゴリゴリと掘り抜かれた岩肌で、それがまるで外のように見えた。

 通路は緩やかに下り、右に曲がっている。

 右側の壁が何で光っているのか見てみれば、玉虫色の薄い何かが壁にちりばめられていた。

 それが微かに明滅を繰り返してる。

 息をつくような明滅は、蒼い天井にまで続いており、それが通路を仄かに照らしているのだ。


「騎士の回廊みたいだな」


 少し落ち着いたのか、ジェレマイアが通路を見回して言う。


「そりゃなんだ?」


「知らないのか?有名な昔話だ」


 モルダレオを先頭にして、ジェレマイアを挟むように通路を進む。

 不審な気配は感じられず、風の音だけがした。

 それでも、ゆっくりとした歩みは、感覚の変化を追う為だ。

 そしてジェレマイアに喋らせているのは、意識への干渉を警戒してのことだった。

 散々、化かされている身としては、当たり前である。


「西にモーリタニヌスという繁華な国があった。

 そこには立派な城塞都市があってな、狂人の王が支配するまでは繁栄していたんだ」


「いつの時代の話だ?」


「まぁ昔々って奴よ、モーリタニヌスとは現在の西方辺境伯の領地だ。お前の家の隣だね。

 因みに城塞都市の跡ってのは、地下墳墓のことだ。

 辺境伯の領土北側にある廃墟だよ」


「知ってるか?

 つーか、どんだけあの領地は逸話があるんだ。こっちの遺跡と繋がってんのかよ」


 モルダレオに問うと、肩をすくめて返された。


「まぁ、嘘かほんとかは分からない話だ。

 中央王国以前の昔話だからな。

 でだ、立派な城があったわけだが、地下には広大な墓が広がっていた。

 迷宮のような墓だ。」


「墓の上に街があったのか?」


「それほど不自然じゃないだろう。

 ミリュウも、地下は水路だと言われているが、更にその下は、過去の遺産である遺跡がある。

 どれほどの深さで、何があるかなんてのは、今の人間にはわからないよ。それに昔話には迷宮がつきもんだ」


「そうか?」


「まぁいいだろう。

 でだ、そこの王の頭が狂ってな、自分の息子を殺した。

 自分を殺そうとしたからってな、やっと歩ける程の子供をだ。

 お后は子供の亡骸を抱えて地下に入った。

 自分から入ったのかは謎だが、王は妻と子を失った。」


「后が王に毒でも盛ったんじゃないか?」


「さぁな、それから王は兵を募った。

 と、言っても、モーリタニヌス国と言ったが、城塞と町を二つ三つ従える小国だ。

 きれる身銭もたいした額ではない。

 だから、たいした数は集まらないし、集まったとしても本職は中々流れてこない。

 それでも集まったのが、遍歴の騎士を名乗る烏合の衆と喰い詰めた何処かの農奴崩れだ。

 そして肝心の仕事と言えば、王を守るようにと言いつけた。

 地下からやってくる息子と妻からね」


「王の兵士は、どうした」


「死んだ妻と子から守ってくれと言って誰が信じる?」


「そりゃぁなぁ、だが、身元不確かな人間を王の近くに寄せるのか?」


「もちろん、違うさ。

 言ったろう、地下墳墓から来る妻と子供から守ってくれと。」


「あぁ、嫌だねぇ」


「そういうこと。

 墳墓に彼らをぶっ込んで、蓋をした。

 頭がおかしいだろう。

 地下墳墓は迷宮と呼ばれるほど広大だが、出口は一つ。

 それを塞がれては逃げるに逃げられない。

 彼らは王の妄想に捧げられた生け贄だ。

 十日に一度、食料が投げ込まれ、后と王子を捜さしださねば出られない」


「昔話、らしいのか?」


「お約束だよ、お約束。

 って言っても、これが物語の本筋じゃないんだよ。

 一応、これが話の下地だ。

 墳墓に入れられた男達は、王の妄想が終わるまで出られない。

 おかげで、常に王を守る兵が募られる。

 国の人間は見てみない振りだ。

 だが、王は長くなかった。

 狂死して、モーリタニヌスは終わった。

 妻と子を殺す以前から被害妄想気味だったのが、最後の頃は誰も彼もが殺しに来るとわめく。

 食事もとらず眠りもせずに衰弱死だ。

 だが、次に王に収まった人間も長くなかった。

 あっという間に衰弱死。

 モーリタニヌスという国は、交易路として発展していた筈が、いつの間にやら衰退し、消え去った。

 妻子の呪いで、玉座に座る事はかなわないとね。

 で、本筋はこの王じゃなくてな。

 このぶっ込まれた男達の中に、真っ当な遍歴の騎士がいたわけよ。

 こっちが主人公だ。

 彼は、狂人の言葉を信じた。

 妻と子供が、王を迎えに来ているという話をな。」


「迎えか」


「死者が迎えに来るってのは、お約束だろ?

 そこで、彼は迷宮の詳細な地図を描きつつ踏破しようと考えた。」


「妄想ではなかった場合を考えた訳か」


「城塞を逆さにしたように、地下の墳墓が広がっていた。

 城の回廊と同じく地面の下にも回廊があり、片側を石に塞がれた通路があった。

 騎士の回廊と呼んだのは、力尽きるまで探索を続け、その通路を行き来したからだ」


「死んだのか?」


「否、助かったよ。物語はめでたしめでたしさ」


「何処がだ。王が狂死し、后も子も死に、墓に押し込められた男達が死んで、国が無くなってもか」


「死んだのは王だけだ」


 右に曲がるといっても角度は緩く、振り返って背後が見えなくなるのには時間がかかった。

 だが、それもやがて行き先に明かりが二つ見えると背後は閉じたように見えなくなった。

 風は相変わらず、微風程度が吹き付けてくる。

 そして、目視した限り、白っぽい両開きの大きな扉が行く手をふさいでいた。


「死んだのは王だけ、か。王子は命を取り留めたのか」


「そうだよ。后と重臣達は、狂った王を止められず。また、それを唆す輩を排除できずに地下に潜ったのさ。

 国は無くなったが、遍歴の騎士が手引きして、彼らは逃れた。

 まぁ昔々の物語だ。」


「昔々ね」


 扉の前に、騎士が一人。

 物語の中から抜け出したかのように、静かに男が立っている。

 ただし、男の体は半分、灰色に変色していた。

 石だ。

 その部分だけを見れば精緻な彫刻に見えなくもない。

 ただし、半身だけだ。

 男は我らを認めると、槍を握りなおして、顔をこちらに向けた。

 それを見やり、ジェレマイアがため息をついた。


「生きてる」


 それに答えるように、男は言った。


「何者ぞ」


 それはこちらが聞きたい。

 男は肩から下半身にかけて石と化していた。

 盾をもったまま石となっているようで、自由が利くらしい場所は、頭部と右腕だけのようだ。

 それで生きているというのも不思議な話である。


「石と言うより、縫い止められているのだろう」


 ジェレマイアの言葉に、男は表情を変えた。


「お主は、神官殿か?」


「如何にも、貴方は?」


 それに男は我々を眺め回した。


「獣の人か?」


 他にどう見える?

 蔑称ではないのだろう、古い言い回しを持ち出した男は、力を抜くように肩を下げた。


「囚われてはいないようで、なにより。

 どこから参られたのだ?

 ニッシェルもオルベルの教会も、壊されたはず。

 海路は、この時期使えまい」


「貴様は何者だ」


 問うと男は、分からぬか?

 と、嬉しそうに返した。


「..そうか、外の者か。

 あぁ、よかった。

 我はエレッケンの影竜騎士。

 イトゥーリ・ツアガ公爵の兵だ。

 獣の人よ、本隊がいるのだろう、できればお願いしたい事がある」


 何を持ちかけて来るのかと思い、先を促す為に口を閉じた。


「近隣の村を回り、急ぎ集めたが、遅きに失した。

 退路を断たれ、イアドを抜ける事にしたが、それも叶わず足止めとなった。

 どうか、中の者達を連れて、逃げてはくれぬか?」


「中の者とは」


「多くが女児よ。

 それに少数の街の者。

 女子供が殆どで、皆、足が遅い。

 男は戦ったが少数よ、殆どが取り込まれた」


「どういう事だ?」


 不審も露わなジェレマイアの問いに、男は頷いた。


「大人の女は敵になるが、女児は奴らにとって器になる。

 身代わりも尽き、いつ連れ去られるかわからない。

 これ以上、女児を盗られては、更に羽化が進んでしまうからな。

 それに男児も少数、集めてある。

 子供のうちに捕らえられると、向こうの者に取り込まれるかもしれないからな」


「お前は何故、生きている?」


 それに男は、微かに笑った。


「疑うもよし、これは盟約のせいよ。

 エレッケンの影竜騎士は、我が君が存命なうちは、不死身だ」


 それを聞いた俺達の表情があまりにも可笑しかったのだろう、男は声を出して笑った。


「文字通り、嘘偽り無く、不死身よ。

 ただし、頭を潰されると死ぬ。

 ここを襲ったモノが、知能の低い動物だったのが幸いした。」


「お前一人という訳ではあるまい」


「城からの使者は三人だった。

 少ないと思うが、島の守りに残す他なかった。

 一人は、街のモノに集られ、喰われ取り込まれる前に自刃した。

 不死身とて物量には勝てぬ訳よ。

 情けない事に、自分も蟲どもに毒を打ち込まれ、半身が石となって動けなくなった。なんとか門を閉じたが、ここまでよ。

 中に一人守りにいるが、たぶん、石化が進んで生きているかどうかまではわからん」


 どうやら先ほどの蟲は、毒持ちだったようだ。

 だがまぁ俺たちに効くかどうかは分からない。


「何処に向かうつもりだった」


「本城にて、船を仕立てて送り出すつもりであった。

 混乱も、時期が過ぎれば収まるはずだったからな」


「この状態が自然に終わると?」


 それに男は、笑いを変えた。

 ニヤリとした笑いに変えると、俺を見つめて言った。


「餌が尽きれば、蟲は死ぬ。

 人も死に尽くせば、結局は、敵も死ぬ。

 この領地を閉じれば、瓶の蓋を閉じてしまえば終わりよ。

 子らが生き延びれば、それでよし。

 後は我らが、強固な重石になればよい。」


「さて、その発言の真偽を確かめる術が我らには無い」


「我の死をもって」


「死の価値は下落中だ」


「それでも、この首を渡す以外に示す証はなかろう」


「確かになぁ、で、何で俺たちを通すことにしたんだ?」


「獣の人だからだ。

 奴らは、獣の人は喰わない。

 だから、殺す。

 だが、貴殿は生きているし、我には偽りは効かぬから、その姿は本物だ」


「偽りが効かない?」


「そうだ。

 我々は盟約により、我が君と命を同じくしている。

 我らの目は我が君と同じく、奴らの偽りを見抜けるのだ。」


「だが、騙されたからここにいる。矛盾してるぞ」


「矛盾はしていない。

 だから、女児が浚われるのだ。

 今までは、我らと似たモノがまぎれていた。

 だが、古来より女児の魂を喰い盗みとったモノでは、器はこちらの者故、見分けがつかぬのだ。

 中身だけ取り替えられてしまえば、我らには見分けがつかない。」


「住人は人形だったぞ」


「我らが来た時は、半数はまだ、人だったのだ」


 男は、もっていた槍をこちらに差し出すと言った。


「悲しみも苦しみも過ぎ去ってしまえば、残るは虚しさだ。

 希望は、繋ぐ命のみ。

 絶望は、貴殿の姿に駆逐された。

 故に、感謝とともに、命をもって証とす。我はエレッケンの影竜騎士、ミダス・ツアガなり」


 槍を受け取ると、ジェレマイアを振り返る。


「で、どうする?」


 それにジェレマイアは肩をすくめた。


「エンリケがいればなぁ、だって、それ毒なんだろ?」


「そうじゃねぇよ、どう見えるかだ」


「..見たまんまにしか見えないが、俺は俺を信じられない。すまん。で、グリモアは何て」


「何とも。どちらを選択してもいいそうだ。

 殺すもよし、見逃すもよし。

 答えは自分に返ってくるからな。

 つまり、これが見たままの存在か否は、俺の力では見分けがつかない。

 モルダレオ、斧を抜くな。」


 早速の解決策をとろうとするモルダレオを止める。

 エンリケの名前が出た所為か、いつも以上に容赦がない。


「..カーン、薬物使用の許可をお願いします」


「解毒から試せ、他は保留だ。

 ミダス・ツアガ、ツアガと名乗るのだから、縁戚か?」


「盟約を結ぶには、血の濃い者でなければならない」


 つまり、モーデンに近い者か。

 と、考えつつも、この男が偽りではないと判断している事に気がつく。


(まぁ、そうだね。

 君の目には、毒を受けた場所以外は、きれいな命の鎖が見えている。

 それも独特の命の言葉をもった、初めての命の形だ。

 これはモーデンという血の流れだね。

 精霊種とは違った、命の言葉が見える。

 この判断は、一応合格だ。

 偽りは、言葉をもたない。

 君も繋がった事のある、理の世界は、緻密な言葉と紋様で織られた素晴らしい物だった。

 命を見る事は、偽りも見抜ける事。

 この男の血は、命の言葉が踊っている。

 命とは美しいのだ。

 だが、彼を蝕んでいる毒はどうだい?)


 薄汚い濁りだ。


(そうだ。

 命とは美しい織りであり、理は美しい物なのだ。

 それは例え、この世界の塵や汚物であってもね。

 汚く見えるのは、この世界の異物だからだ。)


「命を差し出すというのなら、我らの薬を試してからでもいいだろう。人族にはキツい物だが、効果があれば儲け物だからな」


 モルダレオの差し出す薬は劇薬に近い。

 死ぬ覚悟があるのだからと、解毒剤も獣人用だ。

 男のうめき声や吐く音を余所に、扉に近寄る。

 豪華な大扉で、表面は白金の装飾が施されていた。

 城という雰囲気が間違いではなさそうな作りである。

 鍵穴は無く、どうやって閉じているのか、取っ手は押し開く為だけのもので、力をこめるがびくともしない。


「カーン、薬液注入もしていいか」


「解毒だけな」


 絡繰りは無いかと表面を探る。


「カーン、扉の開け方を聞いてからのほうがいいんじゃないか?」


 男の悲鳴に耳を塞ぎながら、ジェレマイアが言った。

 それにモルダレオが振り返る。


「カーン、石化は徐々に解けています。

 血管注入が効きますね、硬直は内部まで届いていないようです。

 虚脱感が激しいので、栄養剤を与えても?」


「それ以上、何かを入れたら、急激な臓器の機能低下で死ぬぞ」


 残念そうなモルダレオを止めると、硬直が解けて床に座り込んでいる男に目線を合わせた。


「開け方は?」


「内側から重石をしているだけだ。閂は無い。押し開く事に代わりはない」


「どれだけ重石を置いたんだ」


「中の者も必死だ。」


「力ずくになるが」


「どうしようもあるまい。ここにいても死ぬだけよ」



 扉は開いた。皆で押し開いた。

 重石は、皆、溶けていた。

 扉の前で人が溶けて、蝋のようになり、塞いでいたのだ。

 押し開くと、それが割れて崩れた。


「これは何だ?」


「イアドの封印術だ。

 街の者が大人になると覚える術だ。

 悪しき物があふれた時に使う。

 己が身を蝋のように溶かして、相手を閉じこめる。

 小結界のような物だ。

 これが使えるからこそ、この場所に街があるのだ。」


 ジェレマイアは両手を震わせ、その残骸に触れている。

 そして、その口からは、絶え間なく祈りの言葉が綴られていた。


「敵は狡猾だ。

 器が同じでは、皆、防ぎようもない。」


「お前の言う敵とは誰を指すのだ」


「難しい質問だ。

 オーレリア!生きているか、オーレ。

 外の者達だ、脱出を手伝ってもらえるぞ、子供達は無事か」


 扉の先は薄暗い大きな部屋だった。

 高い天井に、暗闇の中で見渡せる限り、木の長椅子らしきものや家具が散乱している。

 通路の奥にある場所、鉱山の一室にしては不自然すぎる。

 そしてガラクタの山の奥から、答えが返った。


「ミダス、本物か?」


「動けるか?」


「本物なのか」


 暫くのやりとりの後、出てこないのではなく、出てこれない事がわかる。

 生き残りの騎士は、腕の損傷と足の石化。生き残りの子供は飢餓と恐怖で動けなくなっていた。


「一旦、戻る他ないな」


「先行しますか?」


「彼らの話を聞いてから、再編して地下と地上に分かれて行動するかどうかを決めよう。

 ここの仕掛けをした奴も、子供を欲しているなら、どうせ向こうから襲いかかってくるだろうしな」


「了解しました」


「安心しろ、お前は攻撃に回す」


 モルダレオの鬱憤は、もう一人の騎士の治療で解消された。



 子供の数は、女児十七人、男児十二人。

 扉で溶けた大人が十六人で全滅。

 それ以外で絶命したのが四人、蟲の毒で死んだそうだ。

 そしてエレッケンの騎士を名乗るミダスと、オーレという女。

 子供は何れも赤ん坊からやっと脱した年齢の小児で、長命種。

 手持ちの食料が尽きてから、十日以上。

 長命種だったから生き残っていただけで、死の一歩手前だ。

 地下に逃げ込んだのは、大凡二月前。

 立ち往生したのと食料が尽きたのも同じ頃。

 とりあえず、手持ちの水を一口二口含ませて戻る事を言い聞かせる。

 もちろん、ジェレマイアが。

 モルダレオは斧を片手に、介抱ともつかぬ行為をオーレという女に続けている。

 実に、にこやかに愛想よいモルダレオ、不気味だ。

 子供は許すだろうが、大人は容赦なく上に引っ立てるつもりだろう。

 これほどの人数を賄える食料も水も無い。

 戻る以外の選択肢がなかった。


「お前は飢えていないな」


 それにミダスは笑った。


「不死身だからな」


 一応、答えになっている。

 彼らはモーデンの血が濃い。

 そして、その血により、この土地を守っているのだ。

 だとしたら、


「なるほど」


 ミダスは徐々に笑いを消すと、真っ直ぐにこちらを見つめた。

 そして何か言いかけたが、口を閉じると目を閉じた。

 鎧は煤け、その頬には無精髭が生え伸び、窶れている。

 だが、子供らの飢餓に比べれば、扉の前で動けなくなっていた筈の男の方が元気だ。


「なぜ、イアドに入った」


「まだ、イアドではない。それに目的地は本城だ」


「だが、お前は下を進み、立ち往生だ」


「徒歩の子供を大勢連れて逃げ込める場所がここだけだった。目くらましは、代官の娘がかけてくれたが、地上を動き回るほどの威力はなかった」


「そもそも、目くらましとは何だ?」


「人喰いどもを欺く術よ」


「人喰いとは何だ?」


「文字通り、人を喰う者だ。

 本来は、イアドの封印からあふれる事は無い。

 人喰いは、イアドの魔物だ。

 ところが、その魔物と同じく、地上の者が人喰いとなった。

 目くらましも、魔物にはよく効くが、親兄弟となると効果が薄い」


「つまり、それが異変か?」


「そうだ、魔が地上にあふれたのではない。

 イアドは我が君、そして奥方様によって封じられている。

 そのお力は、未だ保たれているのだ。」


 ミダスは、大きく息を吸い、そして瞼をあげた。


「異変は素早く、そして人の入れ替わりが行われた為に発覚が遅れた。

 気がつけば、小さな村落の殆どは潰され、大きな街では地獄のようなありさまだ。

 巡回の兵は戻らず、教会は潰され神官は行方知れず。

 城は防備を固め、島は影竜騎士団を張り付かせた。

 内乱の形をとっているが、争っている本人達も気がつかぬうちに蝕まれている。

 誰が敵か?

 問われて答えるのも難しい。」


 島?


「ニナンのレワルドとは、どうなんだ?」


「レワルドか、誰に聞いた?」


「上の人形に。

 新興勢力だとな」


 それにミダスは嘲笑を浮かべた。


「既に脳味噌も残ってはいまい。

 魔に荷担する愚か者よ、封印術を恐れたのだ。

 貴殿は、信じるか?」


「信じる必要はない。

 名も名乗らぬ獣人の兵士に、こうして話をするのは、対価をほっしているからだろう」


 ミダスは、子供らを並ばせて話しかけてるジェレマイアを見ながら、呟いた。


「裏切り者がいる。

 同胞は信じられない。

 だから」


  面倒が、また増えた。


(殴って終わりにはならないね、御愁傷様)


 殴って解決する事は滅多にないが、モルダレオと同じ行動をしそうで厭になった。


「子供らを逃す手伝いをお願いしたい」


 お人好しを探して押し付けては駄目だろうか?

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