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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
310/355

ACT275 閑話 お花ちゃんと俺 後編

注意)不愉快な発言、主張がありますが、狂人の戯言とお許しを。

 茸だ。


 壁に茸が生えている。

 点々と小さな白い茸が夜目にも、くっきり見えていた。


「茸だよね」


 念のため、ナシオの旦那にも確認してみる。

 旦那と俺は、街を囲む外郭まで来ていた。

 劣化した石積みの壁には、苔や羊歯が生えていて、もう、半ば役目を終えている。

 それでも結構な高さがあるし、人を吊すには十分で。

 そして、茸だ。


「食えるかな?」


(サーレルなら、食えなくても喰わされる)


「まぁ旦那方なら死なないからね」


 茸はちょっとした足場になりそうな石に生えていて、点々と上まで続いていた。

 白い茸が目印っぽくなっている訳だ。

 謎植物が、その茸を指してワラワラ踊っている。


「おぉ、何だか罠っぽいね~」


 俺の言葉に、お花ちゃんがピロピロと踊る。


「いや、踊ってもわからねぇよぅ」


 足場は脆く、暗い中を登るのは、結構大変だ。

 ボロボロ崩れていくし、掴んだ場所は直ぐもげる。

 旦那は旦那で、後からついて行く俺を気にもしないから、小石は当たるし、足をかけようとした場所があっという間になくなるしで。

 それでも、崩れた塔の元の高さぐらいは余裕で登った。

 んで、そこから見てみると、よくわかった。


「ナシオの旦那、こりゃぁもっと早く上に来るべきだったね」


(そうだな)


 まだ外壁の途中だけれど、炎が走る道と外郭の形が面白いことになっていた。


「俺は、そういう素養はねぇけども。こういう形はしってるぜ」


 旦那の視線を受けて、俺は肩をすくめた。


「俺の親を殺した奴らってのがさ。

 よくお飯事をしてたんだ。

 信心を真似たお飯事さ。

 生け贄って称して、綺麗な女を無理矢理犯したり。

 金持ちってだけで、焼き殺したりして財産むしりとったりな。

 そのお飯事でぇよく、こういうの作ってたわけよ。

 いかにも意味ありげだけど、意味は無い。

 虚仮威しの、まぁ子供の落書きだよな。」


(だが、規模が大きければ、無意味ではない)


「その通り!」


 炎は街の形を見せていた。

 不思議な円と三角、意味ありげな渦を作っている。

 そういう道を造っていたわけだ。

 多分、昔からじゃない。

 昔の建物や道はちゃんと生活にあった形をとって残っている。

 誰かが、家やら壁を破壊して、道を新しく通した訳だ。

 下にいると、その壊されたもんが、古さに負けて崩れたように見えていた訳だ。


(蛮行を成すだけの理由は何だろうか、一人がなした訳でもなかろう)


 呟きは怒りも含んでいたが、悲しいと言う感情が漏れていた。

 俺は知らずに笑っていた。

 とてもとても、愉快すぎて。

 それに旦那が鼻を鳴らした。

 おっとふざけている訳じゃないんだぜ。


「旦那と俺、いっしょなんだよね」


(なんだ、唐突に)


「弱いモノをなぶり殺したり、子供を殺す。

 女を犯す、金を奪い取る。

 これは悪い事だと、俺も知っている。

 つまり、俺も、属する社会の秩序を知っているわけよ。」


 胡散臭そうな表情を浮かべる旦那に、俺は笑った。


「けれど、ここを蹂躙した奴らには、欠片もそういった概念が無い、かもしれない、ヒヒッ」


 完全にオカシイ奴との間に橋はかからない。

 オカシイ俺と旦那の間にも本来は、橋はかからない。

 けれど、オカシイ俺が橋をかけているから、通じている。

 まぁ、生存戦略の一つって訳だ。

 でも、本来、共有すべき事は、無い。

 まったく、無い。

 旦那は、使徒らしく、正しい。

 その価値観を、俺の方が理解しようとして、共通の認識?が生まれるわけだ。

 で、俺は野蛮な事を見て、旦那の考えを類推できる。

 共通の価値観が土台にあるからね。

 でも、これ、案外、柔いのよ。

 道徳やら常識ってのは、画一的な環境を与えられないと、中々、同じにはならないのだ。

 おぅ、俺、今日は何だか口が回る回る。

 茸か?

 茸なのかっ?

 さっき試しにしゃぶったからか?

 ヒヒヒ。

 なんだっけ、何の話だっけ。

 あぁ俺は普通の基準は知っている。

 だから、いっしょいっしょ。


「例えばだ。

 王都で女が一人夜歩きをした所で、犯されて殺されるなんて事は無い。

 まぁ無いって完全にはいえないけどさ。

 女だろうと男だろうと、勝手に殺したり犯したり、奪ったりしちゃうのは、犯罪なんだよって知ってるからね。

 けれど、都を一歩出れば、女が一人で夜に徘徊して見ろよ。

 輪姦されて、殺されるなんてのは、ざらだ。

 もしくは売られる。

 もちろん、獣人の怖い姐さん方にしたら、そんな男は去勢して、逆に奴隷にするだろうけどねん。

 でだ、都の治安が良いから、事件はおきないのか?

 答えは、ちょっと違う。

 罰を重くして、馬鹿でも理解できるようにしたから?

 これも違う。

 教育水準が、けっこう重要。

 証拠に神殿の活動範囲からそれる程、この手の犯罪が多くなる」


(どこに話は帰結するんだ、角の扉に向かうぞ)


「はいよぉ、っと。

 じゃぁそれを矯正するには何が必要か。

 オルタスは多民族国家だ。

 だから中央が強権を発して、秩序を構築したわけだ。

 子供の教育が宗教と結びついているのは、道徳と規範を最初に一つにしたいが為つー意味もあるわけよ。

 文化度の低い宗教には、女性蔑視弱者差別の教義が散見されるからね。これ、長命種人族と亜人に多かったようだね。貧富格差の大きな種族、後は環境の~って、話がそれた。えっとさ、家畜を躾るにも、追い込む犬が恐ろしいもんだと教えなきゃならないわけだよねん。

 そう、この躾っていう常識を、一つにするのは案外難しいもんでさ。改宗もそれが大きな理由でもあったと思うんですが、ヒッヒッヒ」


(なんだろうか、酷く殴りたくなった)


「まぁ人殺しのご高説なんぞ、腹がたつもんだよね旦那。

 でだ、ここで問題なのは、俺みたいな犯罪者が犯罪を犯してるんだってわかっていればいいんだけど」


(よくなかろう)


「まぁよくないだろうけど」


(長い)


「罪悪感ってのはさ、法律、宗教、道徳っていう共通の価値観がなきゃ機能しないって話だよ」


(思考の規範の統一、つまり同概念か否か。

 なるほど、ここは未開の蛮族の地とでもいうのか?)


 旦那は不意に止まると、外郭の内と外を眺め、頭を振った。

 ようやっと俺の長話の主旨を理解したようだ。


「病気でも知性が無い訳でもない。

 女をなぶり殺す男どもと理屈は一緒だ。

 間違ってるのは他人で、自分は正しいことをしていると信じている、クソに罪の意識はあるか?

 殺される者こそが理由であり、間違った行いの罰で死ぬと信じているのさ。

 ほら、少し、道理がわからなくなるだろ?

 弱いから殺される。

 間違っているから、自分たちが罰を与えたのだ。

 夜歩きするのは間違いで、女が一人でいるから、犯されて殺されるのは当然だ。

 報いを与えている自分たちは、正しい。ヒヒヒ。

 そいつらは、良き隣人で、家族で、親で、兄弟かもしれない。

 そして女を殺し、子供を生き埋めにし、自分以外を塔に閉じこめた。

 笑顔で、笑いながら。

 だって、それが普通だからね。

 人は、自分の価値観で相手を見るけれど、相手が同じ場所に立っているとは限らない。

 で、旦那の質問に対する答えは、こうだ。

 理由なんか、無いのさ。

 当然だと思ってるんだからね」


(なぜ、わかる?)


 そういう奴らを腹一杯見てきたからね、俺を含めてさ、ヒヒ。

 人生の殆どを費やして。







 崩れかけの外郭を右回りに進むと、ちょうど西側に扉がついた出っ張りがある。

 物見台の残骸なのか、本来は上に突き出した部分があったのだろうが、外に向かって板が置かれているだけで、崩れ去って何も残っていない。

 その板端には、手首を交差し吊された骸骨がぶら下がっている。

 乾燥具合も中々のもので、まるで装飾品のように風に揺れていた。

 旦那と俺が歩いていると、烏がひっそりと外郭の石の隙間にとまっているのが見えた。

 それまで鳥の姿も、普通の生き物の気配もなかったから、俺は思わず壁からのりだした。

 烏は目を閉じ、こちらの気配を掴んでいるのだろうが、動く気配は無い。

 本物かよ、と、俺が思っていると、まるで、煩いんだよと言う感じで一声鳴いた。

 そんなどうでもいい寄り道をしていると、旦那は扉をとった。

 開けたんじゃないよん。

 うん、まぁ、爪にひっかけて扉をひき剥がすと、外に放り投げた。

 豪快だ。

 夜霧を巻き上げて扉が吹き飛び、派手な音をたてて下に落ちる。

 気がついたかい?

 ちょっとばかり、おかしいだろ?

 街の中心部では、派手に燃え、爆発する音や声が聞こえる。

 俺は首を傾けると、少し、ほんの少し愉快になった。


(どうした)


「静かだね、旦那」


 それにナシオの旦那は、ゆっくりと瞬きをした。


(行くぞ)


 黴の臭いのする石の階段を下りる。

 狭苦しい階段と、煤のついた壁をなぞり、下に向かう。

 湿った空気の先、外郭の中の通路は、半ば水に沈んでいた。

 闇の中に、青い輝きが見えた。

 水の中に光りが見える。

 それは幻なのか、実際に通路の先に何かがあるのか。揺らぐ水面は見ることができない。


「俺が、行くよ」


 水に踏み出した旦那を押さえる。


「なぁ、そうだろ?」


 俺の問いかけに、お花ちゃんは蠢いた。

 そりゃそうだ。

 お花ちゃんは謎植物だが、微かに、匂う。

 命の匂いがする。

 それは、とても、とても、楽しいお誘いだ。

 俺を埋めてくれる匂い。


(糸を残していけ)


 壁の燭台に糸を通し結ぶ。

 そうして糸を残しながら水に潜る。

 振り返ると、旦那は水際にお座りだ。

 ちょっとしたお留守番。

 俺の飼っていた猟犬は、皆、屠殺されちまったけど。

 基本的に犬は好きだ。

 水に沈むと、旦那の輪郭だけがゆらゆら見える。

 そのまま下へと沈む。

 冷たいね、寒いや。

 それでもお花ちゃんは、ツイツイと泳いで潜行。

 いや、何、やっぱり、化けもんだよね。

 つーか、花なの、ねぇ花なの?

 通路は冠水していた。

 息継ぎの場所を探すが、どうやら水は地下からわきだしているようで。

 外郭内部の床が割れており、そこの下に光りが続いている。

 まぁ、折り返しの距離を考えても、まぁ保つだろうという先まで進む。

 と、見えた。

 水面だ。

 暗い穴蔵から青白い光りに向けて水をかき分ける。

 何だか、既視感を覚える。

 いつか、どこかで、こんな事があった?

 そんな感慨を覚えながら、俺は水からゆっくりと顔を出す。

 ゆっくりとね。

 いきなり飛び出すのは素人だよ。

 影になる部分から、揺らさないようにでるんだよ。

 息が苦しいとか、そんな事は後回し。

 で、音や匂い、五感を動かして気配を探る。

 もちろん、ちゃぱん、と、音を立ててお花ちゃんが水面に飛び出して踊ってる時点で駄目だけどね。


 青い。


 最初に目に飛び込んできたのは、青い天井だ。

 天球儀である。

 ここの住人、というか主流の奴らの流行は、錬金術やら占星術あたりだったのか。

 道徳の水準は低そうだが、文化面では中々に洗練されていたのかもしれない。

 天球儀は、ほのかに発光をしており、ここが地下である事を忘れさせる作りになっている。

 壁には半円を描いた棚が複数埋め込まれており、蔵書というか残骸が詰め込まれていた。

 見る限り廃墟。

 ただし、中央に異物があった。

 青白い天井の光りに照らされて、その干からびた何かはあった。

 目測で二人分の木乃伊。

 それも普通の干からびた遺体ではない。

 遺体同士がくっつき溶けあい拘束しあうようにまとまり、天井を仰いでいる。

 黄土色の表面が皮膚なのか、溶けた衣類なのかの判別は難しい。

 ちょうと炎でとけた蝋燭?みたいな。

 そして、どこか儀式めいていた。

 罪人が膝をついている、または、神に祈る姿にも見えなくもない。

 水から体を引き上げると、俺はちょっとばかり膝をたてて休んだ。


「お花ちゃんさぁ、俺は、どちらかって言うとぉ、殺りあう方が得意なんだよね、こういうさぁ~なんていうのぉ、見せられても、はぁそうですかぁ~って感じな訳よ」


 すると、お花ちゃんは、ピピピッっと水気を払うと、一冊の書物を指さした。

 崩れた塵の山から転がっている一冊。

 背表紙も解けかかった暗赤色の本だ。


「なになに..パ..ビオ?フォン殿.美食?探訪記って料理本じゃん、ちょっと俺、感動しちゃうんだけど、つーか、これがどうし、た」


 その謎な料理研究本の間に、紙切れが数枚挟まれていた。

 劣化具合から、それほど時間がたっていない。


 薄暗い中で、それを開くとお花ちゃんが肩にとまる。

 するとうっすら光って、手元を照らした。

 なんて便利。

 つまり、このちっちゃい化け物ちゃんは、これを読ませたくて、ここまで連れてきたのだろう。

 他の化け物が寄ってこないのは、多分、お花ちゃんこそが、一番の化け物であり、俺が探していた鶉の欠片な訳だ。

 そして、これが答えだ。





 神様。


 昨日の晩、とうとうお父様が捕まった。

 塔から吊されるのを見て、私は、もう逃げられないとわかった。

 ユージン様も生きたまま喰われた。

 何とか、エレッケンの影竜騎士達と少数の者は、イアドへと逃す事ができたけれど。

 たぶん、この町は終わりだ。


 怖い。

 怖い。

 助けて。


 おかしくなったのは、いつからだったのか。

 住民の半数を失ってしまった。

 外へと向かった者も、目眩ましがきかなくなったし、多分、逃げられなかったと思う。


 ネガルス・エイガーが裏切ったのだ。

 あの疫病神を、この町に呼び込んだ。

 あの男が、婚約者だったなぞ、私の人生の汚点だ。

 悔しい。


 あの女。

 病のような熱狂と共に、この町は一瞬にして狂った。


 永遠を約束するという甘言を、どうして信じたのだろうか?


 既に私たちは、永遠を手にしていたというのに。

 平凡な日々こそが、永遠なのに。

 生きる幸せという感情をも否定するのか?


 怖い。


 イアドの恐怖に屈し、更なる邪悪に唆されて。

 大切な物を全部失ってしまった。

 私は、何も守れなかった。

 悔しい。


 ロドメニィ殿下が命を削られて押しとどめているというのに。

 騎士達も、皆、命を捧げて守ろうしているのに。

 どうして?


 残された者は、互いに喰い合い殺し合い、笑顔で命を奪い合った。

 永遠に至る扉は、すべての人に開かれてはいないという理由でだ。

 そして、豹変した家族に無抵抗の者が。

 あぁ、酷い。

 神よ。

 地獄の蓋を守る者が怠慢を、このような形で与えられるのか。


 柱を守っていられるのは、後、いかほどか。


 一年は保つまい。

 どうすれば、あの魔女を滅ぼせるのだろうか。

 あぁ、もうすぐ、やつらが来る。

 喰われるのは、嫌。

 喰うのも嫌だ。


 怖い。


 もし、ここに来るのがネガルスなら、共に死のう。

 あの男だけは、なんとしても道連れにする。

 こんなに怖くて苦しくて、悲しいのだから。

 あの憎らしい男だけは許さない。


 愛とは、何と意味の無い約束か。


 悔しいのは、あの魔女では無い事。

 否、魔女を憎むのは筋違いか?

 魔女は、魔女なのだから。

 裏切ったのは、ネガルスだけ。

 慎ましい幸せを足蹴にしたのは、あの男だけ。

 だって、魔物は魔物、悪い事をするのは当たり前ですもの。


 怖い。


 願わくば、私も魔物になりたい。

 悲しみを知らず、愛を知らぬ、私は、魔物になりたい。

 どうか、次の世があるならば、私は。


 助けて。






 料理本と一緒に紙片を懐にしまう。

 他にも意味ありげな諸々の言葉が連なっていたけれど、何となく、それは俺が見る必要は無いと思った。

 お花ちゃんは蠢きながら、木乃伊をツイツイと指さす。

 始末しろという訳だ。


「まいどまいどぉ密閉空間で燃やすとかぁ、俺、死んじゃいそう何だけど、つーか、空気の流れは..あるか。」


 火をつけると、水気の側だというのにバンバン燃えた。

 余計な物が燃え落ちると、骨が見えた。

 逃れようとした男を、女がしがみつき膝をつかせている姿のね。


「水を抜く方法とかある?」


 俺の言葉に、お花ちゃんが再び謎の踊りを踊る。

 壁の棚を指さして。


「わぁ、ご都合主義ぃ」


 水が引き、戻る途中で旦那と出会う。


(何か見つかったか?)


「たぶん。水が引いたけど、外郭内も見てまわる?」


 糸を回収してからの問いに旦那が頷く。


「ナシオの旦那」


(何だ?)


「パ、何とかビ?フォン殿の美食探訪記って知ってる?」


 それに崩れそうな通路に踏み出そうとしていた旦那が立ち止まった。


(..誰に聞いた)


「誰って、これ」


 懐から出した本に、旦那は顔をしかめた。

 そして石の通路を歩き出す。


(パンビオンではない、パールフォンゼン卿だ)


「え~違うっしょぉ、料理本だよ、旦那」


(料理本なら、尚更だ。

 レムルス・パールフォンゼン・バルドルバの料理本。

 パールフォンゼンの異形料理探訪記、上中下の三冊か。本の色からして、下巻だろう)


「うわ、詳しい。つーか、いやいや、美食でしょ」


(違う、異形だ。嫌な名前を聞いた、縁起でもない)


「え~初耳~つーか縁起?」


(下手物料理本だ。

 それも毒物やら石まで食うようなな。

 サーレルの愛読書だ。)


「うわぁ」


(..まぁ困難な状況で生き残りをはかる場合には、役立つ、かも、しれない)


「すげぇ~、アレ?何か、聞いたことある名前、かも」


(聞いたことも何も、前々バルドルバ卿だ。

 下手物料理に老後を捧げた奇人だ。

 カーンが出世した時の最初の褒美がそれよ。

 領地と名と、財産を丸ごと渡されたそうだ。

 その料理本のおまけ付きでな。

 それを片手に、あの毒殺魔が料理を。と、いう悪夢が時々領地に戻ると襲いかかってくるのだ)


「元の相続人はどうしたんで?」


(前バルドルバ卿は、干ばつが続いた年に領民蜂起で死亡。空席が続いていた訳だ。まぁ厄介ごと込みの褒美という訳だ。

 その後も順当に出世と共に領地が拡大されていった訳だが)


 ナシオの旦那は言葉を切ったが、つまり、南領浄化の始まりとなった例の土地が最後の恩賞だった訳だ。

 その後、南領南部西の大領主となった獣の大将は、考えてみれば希にみる出世街道を歩いてきたんだよね。

 けれど、それを羨ましいと思う奴は少数だ。

 そんな人生は嫌だね。

 俺みたいな半端者は、のたれ死ぬのも自由だけれど、大将は勝手に死ぬこともできねぇ。

 まったく笑っちゃう人生だろう、そりゃもう大爆笑。

 なのに今度は、たった一人の魂を取り戻そうと足掻いている。

 俺、ソンケーしちゃうよ、ほんとほんと。


「ヒヒ、ヒヒヒ」


 俺が笑うとナシオの旦那が蹴ってきた。

 お花ちゃんは嬉しそうに、俺の頭で踊っている。

 なんだか、今日は楽しいね。


「あぁ、ナシオの旦那」


(何だ)


「ダナエちゃんて言うんだってさぁ」


 闇の中、外郭の空き部屋を調べながら、通路を進む。

 腐った木の家具、壊れた何か。

 水に浸かってどれぐらいだったのか。


(ヤンよ)


「ほぃよっ」


 腐った木箱を開けると、何かの固まりが詰まっていた。

 それをつつき回している俺に、ナシオの旦那が唸った。


(それは誰だ)


 俺が頭の上を指さすと、旦那は珍しく目をそらした。

 お花ちゃん、改め、ダナエちゃんが触手で丸をつくっている。

 俺も一緒に掌で丸を作ったら、旦那に殴られた。

 でも、何だか楽しいから、いいや。

 俺が笑うと、彼女が光った。

 今度は目を逸らさずに、ナシオの旦那は俺を殴った。

 多分、ダナエという破片は、邪悪では無いのだろう。

 なら、別にいいや、ヒヒヒッ。

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