Act30 巨人
ACT30
男の話はそこで途切れた。
「その男は何者なんだ?」
「その男は何者でもないのさ。俺達と同じ死人なだけだ」
少し、困った顔で彼は続けた。
「男は、王家の血族の一人と乳兄弟だ。大貴族だよ」
「政争が原因で落ちぶれたのか」
「違う。血族の女と婚姻を結ぶ予定だったし、問題は無かった。ただ、その思想が特異だった。」
「思想?」
「男の考えに賛同した者は一人だった。賛同者は王家血
族の五番目の王位継承者である乳兄弟だ」
私は頭の隅に何かが浮かぶのを感じた。
「思想とは何だ」
それに彼はやるせない笑みを浮かべた。
「神の否定だよ。神様はいないんだって子供みたいに言い続けたんだ」
「無神論者か」
「神は人を救わず、滅ぼすモノだ」
「存在は認めると」
「違う。国の宗教を否定したんだよ。国の崇める神は嘘だとね。それだけでも、異端審問で拷問を受けるだろうが、更に戯れ言を言い続けた」
その続きは言わずとも知れた。
男は己の考えを通すだけの愚か者だったようだ。
宗教色の強い王国で、その国教を否定するのは、王家を否定する事である。
私は、まわりの石碑群を見た。
「男は、狂人として家を逐われた。異端審問官が喜ぶような男だ」
「だが、異端審問にかける事もできなかったし、殺すこともできなかった」
「そうだ。彼を罪に問うと連座で様々な人間が死ぬ。それは王家と言えども影響が大きすぎた。それにどうやったら死人を殺すことができるんだ」
死人と言い続けるのに、私は眉を寄せた。
「あぁ、話の続きをしよう。ジグから戻った俺達の話しだ。だが、ちょっとアレが来そうだ。」
「アレ?」
「あぁ、生け贄の間の守人だよ。黙っていれば気がつかない。」
静かな石の街に、物音はしない。
聞こえるのは私の息の音だけだ。
「ほら、出てきた。動くんじゃないぞ」
灰色の石碑の列から薄ぼんやりとした影がわく。
モヤモヤとしたその影は、あの蝙蝠のいた広間の影に似ていた。
それが石碑の一つ一つからわき上がると、音もなく動き出した。
それらは公園の道に並ぶと、まるで行列のように中心地へと進む。
息を潜めている私の側を通り過ぎる。側で見た影は、なんだか人のようにも見えた。だが、どう見ても煙のような固まりに過ぎず、気味が悪いだけだった。
私は皆が繋がれている石碑から、そっと公園の中心を覗いた。黒い影は集まると形を崩し大きな固まりへとなっていく。どんどん大きくなり、町を見下ろすほどに膨れ上がった。
私は不用意に悲鳴を上げないよう、自分の口を手で覆った。
眼だ。
巨大な影に眼があった。
血走った黒い瞳が真ん中に一つある。
それは痙攣するように動き、あらゆる方向を見ていた。
眼が会うのではないか、気がつかれるのではないか。
私は恐ろしくて、眼を閉じた。
どこか建物に逃げなくては。
だが、動けば見つかってしまいそうだった。
やがて、それは動き出した。
ゆっくりと身を揺らしながら、石の町を這いずって進む。
眼は一通り町を徘徊すると、元の場所に戻った。そして、ザラリとくずれると影に戻って石碑に消えた。
「気がつかれなければ、大丈夫だよ。彼らは俺達罪人が逃げないようにしているだけだからね」
口を押さえて固まる私に、彼は笑った。
「死んだら終わりなんて、嘘なのさ」