ACT269 挿話 雷鳴 中②
真実は往々にして醜いものだ。
室内は血の臭いと、ほんの少しの丁子の香り。
小花柄の壁には爪痕が無数にあり、血とはがれた爪が残っている。
肉塊に男女の区別は無いが、爪痕を見て女ではないかと思う。
それが断末魔の苦しみを逃すための物かはわからないが。
赤黒い染みが天井まで濡らしている。
腐敗にまでは至っていない。
湿度の問題か、まとわりつく臭気と湿りの具合よりも不快感は低い。
床に目を転じれば、壊れた品々がまき散らされている。
残る断片を拾い上げれば、他愛もない小物を売る店だと知れる。
若い女が喜ぶような、陶器の小物や造花の類の店だ。
割れた小瓶は安っぽい香料が入っていたようだが、それも乾いて名残だけ。
残るは丁子の香り。
その丁子の匂いは店の奥から漂ってくる。
オロフは静かに動いた。
薄暗い室内に気配は無い。
無人だ。
だが、よくよく店の奥へと意識をのばせば、そこには何かが蜷局を巻いている。
黒い固まりのような存在が、奥にある。
会計の卓を回り込み、奥との仕切であろう布に手を置く。
気配は動かない。
片手で幕をそっとめくる。
闇だ。
瞬時に肉体を変化させる。
瞳孔を変化させ暗闇に滑り込む。
布を戻せば隙の無い闇だ。
だが、オロフには昼日中と変わりない。
右手に階段がある。
上と下に向かう階段だ。
そして左手には扉。
その扉の横にある窓は塞がれている。
乱暴に板が打ち付けられていた。
澱みは扉の奥にある。
音をたてずに剣を抜く。
壁に身を沿わせ、扉の取っ手に指をかける。
キィっと音をたてて扉は開く。
が、中の気配は動かない。
彫像か岩か、そんな気配だけを感じる。
人の気配ではない。
剣を背に立て部屋へと滑り込む。
闇だ。
暗闇でも見通せるはずが、奥に闇があった。
それは動かず、目を閉じていた。
四角い部屋の奥には、椅子があり、それは目を閉じて座っている。
背後の窓は、やはり板が乱暴に打ち付けてあり、こもった空気が生臭い。
それは目を閉じて胸に両手を置いていた。
まるで儀式を受けるかのように、両手を交差し胸へと置き、目を閉じていた。
暫し、オロフが見つめていると、それは不意に息をした。
息を、今更ながら吹き返した。
そうして大きく肩を揺らすと、目を開く。
「盗人か?」
不機嫌そうに男は言った。
若い男だ。
神経質そうな細面の男で、なかなかの美男だ。
血にまみれていなければ、白っぽい髪の優男。
だが衣服も元の色がわからないほど汚れている。
大方は獲物の血肉のせいだろう。
「ご冗談を、こちらをお尋ねしたら、尋常じゃぁないようすなんで、ちょっとばかり確かめていたところですよ」
「主人に断りもなく進入してくるのは盗人だろう」
真っ白な肌だ。
血の気どころか、死体のように生気が感じられない。
そんな男は、ゆっくりと立ち上がると胴着をめくる。
内側には、大小様々な刃物が差し込まれていた。
「売り物が人肉とあっちゃぁ普通は確かめるんじゃぁないですかね」
背に回していた剣を戻すと、オロフはゆっくりと足を肩幅に開いた。
それに男は、馬鹿らしいと返した。
「そんな物は、売っていない」
細い刃物が飛んでくる。
オロフが避け、扉に刃物が付きたった。
それを合図に襲いかかってきた男と組みうつ。
相手の得物は、殆どが何かの道具だ。
皮を加工する鑿や小刀である。
切れ味は良いが、オロフの膂力で振り下ろされる中型剣を受けるには無理がある。
だが、無理なはずだが、男は正面からオロフの剣を受け止めた。
大型の鑿で刃を止めると暗闇に火花が散る。
至近距離でにらみ合うが、オロフには相手の力みも息遣いも感じられずにいた。
獣化以前とは言え、獣人の力を押し返す。
そんな男に、オロフは疑念が膨れ上がる。
「アンタ、汚染されてるのか?」
汚染という言葉を、無意識にオロフは選んでいた。
病のように汚れは広がる。
這い寄る者、忍び寄る者に喰われ死ぬと、同じように汚れる。
オロフの言葉に、男は眉を潜めた。
だが、答えはない。
闇に刃物の軌跡が描かれて、それを無意識にさばく。
洗練はされていないが、男は素早く、隙無く攻撃をしかけてくる。
(武器の扱いは素人、膂力は獣人並、さて)
闇の中、数度のやり取りの後、ひょいとオロフは男の腕を片手で止める。
(耐久度はどうかな)
軽く相手の手首を握りしめる。
簡単に折れた。
(まだまだ、普通かな。う~ん)
そうしてもう一方、攻撃を受けていた剣を壁に突き刺し手放す。
ほんの一手間といった落ち着いた様子だが、相手の武器を軽く押し返しての一瞬だ。
それまで同等の力加減と思っていた相手の体が姿勢を崩す。
(手加減って難しいっす)
驚く相手にオロフはニヤリと返した。
そして、相手の武器ごとつかみ取ると、残りの腕を折る。
(まぁ、いいよね。頭さえ無事なら)
両腕をねじ曲げて男の体に巻き付ける。
骨も腱も無視して腕を男の胴体に巻き付けた。
(痛覚はあるね、でも、恐怖心は無い?
うめき声も出さないけど、失神もしないね。
血は、出血量が少ないなぁ。)
「化け物め..」
呟かれた言葉に、オロフは苦笑する。
と、オロフは小首を傾げた。
(ちょっと違うかな)
疑念が浮かぶ。
が、男の口にその辺の何かを噛ませる作業に集中する。
そして当然のように、両足首も握りしめ砕くのは忘れない。
(もしも、まぁ、アレだったとしても、いいよね。
一応、コンスタンツェ様の安全を図るには必要って事で)
男の首を後ろから握る。
片手で狩りの獲物のように掴むと、壁に突きたつ剣を引き抜く。
そうして男を引きずりながら、家屋に潜むものがいないか見て回る。
当然、男は暴れる訳だが、意識を刈り取るとコンスタンツェの土産にならない。
しかし拘束して転がすには生きがよすぎる。
面倒くさいが首を握りしめて無造作に引きずり回すのだが。
すると、光りを嫌うようで暴れ方に差が出る。
皮膚が焦げて溶けるような事は無いが、閉じられた
場所を開き光りが差し込むと陸に上がった魚のように跳ねる。
そこで見つけた布で頭部を包む。
すると男は静かになった。
窒息しかかっているだけかもしれないが。
(四肢の破損による痛覚や他への影響が少ない。
っていうか、血流がおかしいね、こいつ)
二階は小さな部屋が二つ、使われている様子は無い。
地下は倉庫で、こちらは店と同じく荒れている。
生活空間は先ほどの部屋らしく、店裏は塀に囲まれており小さな水場があるだけだ。
どうやら、男一人のようだ。
塞がれていた窓や扉を壊す。
裏口は一応通り抜けできるが、人家の隙間で煉瓦の壁が囲んでいる。
両隣の家も鎧戸が降りていて、人気が感じられない。
「コンスタンツェ様ぁ~オモロイ脳味噌あるんですけどぉ、見ますぅ?」
表に向かってオロフが言う。
「新鮮か?」
「まだ、生きてますぅ」
「よし!」
「ヨシ、じゃないですよ待って下さい!オロフ、制圧完了か?」
「ほぃ、一人確保してますよぅ、屋内は完了っすぅ~そっちに持ってきますよぅ」
「室内を見たい。中で視るように取りはからえ」
コンスタンツェの声に、護衛の声が何事か重なる。
が、押し負けたらしく、オロフが店先に戻ると、既ににコンスタンツェが入り込んでいた。
オロフの引きずる獲物よこせと両手を広げ指を曲げている。
満面の笑顔だ。
「はいはい、押さえてますんで、どうぞ~兄さんのどちらか、念の為、両隣と後ろの家の様子を見てきて下さいな」
「大丈夫なのか?」
どちらを指しての言葉か両方なのか、それにオロフは笑って返した。
「両隣は無人かどうかだけ確認で、コンスタンツェ様が満足したら警衛を呼びますんで、兄さんは予備で人員を後、そうだなぁ手透きの奴ら全部呼んで下さい。今日中に後何軒か周りますんでぇ」
それに無言で耳をたてると、一人は隣家へ、一人は商会へと戻っていった。
その間にも、コンスタンツェは、いそいそと袖を捲ると、両手を捕虜の頭部へとのばす。
「良い笑顔っすねぇ」
それには答えず、コンスタンツェは押さえつけられた男の頭を握る。
暫くすると男が痙攣を始めた。
相当の圧力をかけているのだろうか、痛覚が鈍麻している様子の男が痙攣しているのだから、本来なら痛みで死んでいるのではないだろうか。
「さすがコンスタンツェ様~拷問大好きっ子っすね」
「失敬な」
男の頭部から少し出血し始めたところで、コンスタンツェは手を離した。
死んではいないが、仮死に近いようだ。
それでも念のため男を腹這いにすると、男の衣服を引き裂き縛り上げた。
複雑骨折に関節をはずし、且つ縛り上げるとは、相当の念の入りようである。
「これは想定範囲内なんすかね」
オロフの呟きにコンスタンツェは、唇を歪めた。
「私の想像する結果に一番近いだろう。
夜を迎え入れた者が何になるか。
お前はどんな風に考えていた?」
「どんな風ってそりゃぁ..」
コンスタンツェは室内に目を転じた。
「道はそれぞれに示されたが、おおよその形はあろう。
長命種という人族は、長い命を約束された者だが体力が無い。
病や怪我には強いが、繁殖力が低い。
短命種人族は、長命種の三分の一程度の寿命だが体力は倍。
ただし、病や怪我には弱く、代わりに繁殖力は高い。
そんな人族という二つの系統の者が夜を迎えるとどうなるか?
そもそも夜とは何か?」
棚に置かれた人肉を見やると、コンスタンツェは肩をすくめた。
「因果応報とお前は言ったが、その通りなのだ。
つまり、夜とは罰であり恩恵である。
亜人種も私のような混合体も、お前のような獣人も、等しく夜を迎えるが、それは個々に見合う物を与える。
ただし、その中でも、長命種という種には選択肢が複数用意された。
今回の齋は、特に彼らの罪が重かったからだ。」
足下に転がる男を指さして笑う。
「これも一つの夜を迎えた者の姿だ」
「嫌な予感がするんですがぁ」
「想像通りだ。
今、私が考えるに、長命種の末路は四種類ほど考えられる。」
「そりゃすごい..」
力のないオロフの返事に、コンスタンツェが首を傾げる。
「聞きたくないのか?」
血生臭い室内をわざとらしく見るように目を回してみせると、オロフは肩を竦めた。
「長命種の祖を生み出したのは三つの種族。
モーデンの元々の国には、三つの種族が暮らしていた。
滅びた前の人間だ。」
「それって何処の情報です?」
「神殿と公王が隠したい話だ」
「俺、聞いたら消されるとか」
「まぁ消す消さないを言うならば、以前ならばとうに消されているが、今更だ。
もうすぐ、現実として見ることになるのだ、隠しようもない」
隣の敷地から、空き家との声がかかる。
それにオロフは返事をすると、意識の無い男を見下ろす。
傷を負わせ拘束し、本来なら絶命してもおかしくない。
男が長命種だったとしてもだ。
「モーデンの国には、三つの種族がいた。
何れも今の人族と同じ姿形をしていた。
そしてその三つの種族の頭領が、モーデンという一氏族である。」
陳列物を検分するコンスタンツェに、オロフは頭を振った。
「聞きたく無いっていう、俺の意志は無視なんすかぁ」
「興味は無いのか?」
「この手帳に記されている人別の方々はぁ、苦労の多い人生だった訳ですよねぇ~元々、親の身勝手で苦しんでいた上に、こんな末路を用意された理由なんぞ、胸くそわるい話はぁ聞きたくないっていうかぁ」
それにコンスタンツェは肉片を手に取るとオロフに見せた。
「凡にな、オロフよ、この男が犯罪者ではないと言ったらどうする?」
「へっ?」
コンスタンツェの笑顔が眩しい。
「えっ?」
心底楽しいという表情に、オロフは男を痛めつけた時にわいた疑問を思い出した。
「這い寄る者どもと被害者の区別が難しいと、私は言ったような気がするのだが?」
オロフは差し出された肉片を見た。
肉は、うねうねと蠢いている。
オロフは心底、仕事を辞めたいと思った。
結局、男は警衛には渡さず商会に一時収容し、治療をする事になった。
普通の男ではない事は確かである。
治療と平行して、商会の方でも尋問をする事となった。
「証拠隠滅ぅ~」
軽口も湿っぽい。
近場の茶屋に入るとコンスタンツェが笑う。
そこそこ人が入っていたが、数の増えた商会の男たちとコンスタンツェの姿に客がいなくなる。
その分の金を店主に握らせると薄曇りの空が見える席へと腰を落ち着けた。
「で、まだ聞きたくないか?」
「聞かないとならんようで、つまり、見分ける為の情報っすね」
「夜を迎えて変化をしても、滅ぼすべき者になるか否かの差はでる。
モーデンが苦悩し、神殿が隠し、公王が処刑を決める元があるのだ。
長命種の中でもモーデンと関係のある者、つまり株が同じ氏族は、特に吟味が必要だ」
「はい質問!」
「うむ」
「何で隠していたんですか?」
「では、何故、隠すと思う?」
「マズイかヤバいって場合っすね」
「そうだ。
使徒の家系やそれに連なる都の貴族どもは、隠したくなる話だ。
モーデンが何故、死を選び、私のような者を望んだかの理由につながるからだ。
たとえば、過去、犯罪を犯した者が血族にいれば、人は隠すであろう?
隠すのは当然だ。
子孫の、何の関係もない娘や息子の婚姻が壊れるかもしれない。
人柄も善く、正しい行いの者が差別されるかもしれない。
たった一人でも、間違いを犯せば、その血に連なる者は、多かれ少なかれ影響されてしまう。
如何に心が強く、自分は正しいとしても、社会の中では中々困難な暮らしとなる。
だから隠すし、隠したからといって非難はできない。
ただし隠してはならない罪も、そして事情もある。
多くの者の人生に関わる事柄を、一部の権益の為に隠す事は、後に大きな損失へとつながるからだ。
現に、ああしてあの男は夜を迎えてしまった。
何も知らずに、ああして変化していく。
実に、酷い。
他の者も手早く確認しなければならぬと思う」
薄い茶だが、水が貴重になった分だけ値段は上がっていた。
それをのぞき込んでオロフは、陰鬱になる。
珍しく暗い顔の護衛に、コンスタンツェは言葉を選んだ。
「救いはあるから、我慢して聞くのだ。
先ほどの男は、モーデンその人に近い特質がでただけだ。
モーデンは強靭な肉体を有していたが、その一族は情緒や優しさと言った感情が欠けている。
ただし、悪行に堕ちるほどの残酷さも冷酷さも無い。
合理的という言葉は少し違うが、まぁ、いままでの人間の中にもよくある性質だろう。
つまり、先ほどの男は四択の内の一番選ばれるべき姿だ。
長命種という者が選ぶべき夜を迎えた姿に近い。」
「アレでですか?」
「肉体の変化に意識が追いついていない。
まして度重なる襲撃に、思考が磨耗していた状態だ。
攻撃的で偏狭になっていたのは当たり前とも言える。
肉体は驚異的に変化している。
お前達と同等の肉体と考えて良いが、たぶん、極端に繁殖力が落ちているはずだ。
モーデンその人のように、子孫は望めないだろう。
ただし、長命種としては更に命が長くなっている。
死にがたく、長命にな。
性格や特質が、肉体に合わせようとしているために、より思考が平坦且つ攻撃的にもなっているのだ。」
「じゃぁ他の変化した状態との違いは?そういや、襲撃って何すか」
「そこでモーデンの時代、滅んだ人が何者であったかが重要になる」
「モーデンね、モーデン。
この有様は回帰しているだけって事ですか?」
「お前は見た目よりずっと賢いな」
「ホメテナイっすょ」
乾いた微風が吹き抜けていく。
店先にあった緑も今では元気が無い。
「何れ枯れるな」
「緊急処置として、地下の水を走らせる案もでているそうっすよ」
「飲料水にはならんだろう。それに地下といっても、相当深くなるはずだ。掘るだけでどれほどかかるか、遺跡にぶち当たる度に迂回するのか?それに重金属汚染した濁り水なぞ地上に出せば、この辺り一帯の生き物が死滅するぞ」
「最先端の濾過技術を投入して実験するとか、そういう話ですけど」
「それでも飲めまい」
「緊急処置として飲料水以外に供給するとか」
「モーデンも諦めたというのにか?」
「で、つまり昔の三種類の人間ってのはどんな風なんすか。
さっき凹った男はモーデンに似てるって事は、残りが最悪なんすよね」
「最悪なのは一つだが、当人にとってみれば他の姿も嫌だろう」
「聞きたくないなぁ~で、凡に一番最悪なのから宜しくっす」
「モーデンの氏族は、神の寵愛を得ていたのかも知れない。
美しく長命で強靭な生き物。
多少、繁殖力は弱くとも文明を担う程度には優れていた。
だが、彼らは少数だ。
如何せん繁殖力が低すぎた。
そして大多数を占めるのが、彼ら以外の三種類の人だ。
おぉ、この話には重要な要因が一つ抜けていた。
オロフよ」
「なんすか?」
「モーデンは何を糧に生きていたと思う?」
「何をって、肉とか野菜とか穀物とか..、人肉とかっすか?」
「人肉なぞ喰っていたら、崇めるのも難しかろう」
「確かに、人肉喰うのは神聖教的にダメっすもんね~じゃぁ生き血」
「想像力が貧困だな」
「植物じゃないんですから、水と光りで大丈夫とかだったら笑えるっす」
「食事はしなかった」
「はい?」
「口から物を食べなかったという話だ」
「いやいや、生き物なんだから何か喰うでしょ」
「そうだ」
「ははは、口から食べなきゃ、何処から喰うんですか、まさか背中に口でもあるんですか?」
「そうだ」
滅多に無いオロフの絶句に、コンスタンツェが笑う。
「背中に?冗談でしょ」
「正確には口ではない。蔦のような物だな。
お前達の尾とは違うようだ。
繊毛のような管が身体にあり、それが糧を包んで吸い取る。
背というが、私の想像では髪の中に紛れているのではないだろうか。
モーデンの肖像画が無いのは、多分に異形の部分を残したくなかったのだろう。
姿形は美しいとあるが、蛭か管植物のような器官を備えているのでは、如何にせん人間と同じとするには無理が」
「..」
「マジヤバいとか言わんのか?」
「マジで?」
「モーデンは生き物の生気を吸い取って生きていた。
もちろん、人の生気ではない。
植物や獣からだ。
己の性状を酷く嫌っていたからこそ、王にはならなかったとも考えられる。」
「どこ情報なんすか?」
「神殿長だ。結局、対処するのは神殿と軍だ。
私の問いに答えたのは、ジェレマイアの事が心配だからだ。
少しでも私から、否、地の底の御方から慈悲を賜りたいと考えての事だろう」
「カーンの旦那方は知ってるんすか?」
「知らぬよ、どうせ向かえば出会うだろう。
モーデンその人に似た者はいずとも、なぜ、モーデンが死を選ぶ理由とな。
それに知らせねば、知っていたとは言わずにすむ」
「いつもの対応っすね、汚いぃ」
「生き残りはいないはずだった。
封じたとも、殺したともな。
封じ見張りをたて、なかった事にした。
化け物はいない。
人間のような化け物はいないとな。
モーデンはすばらしい人間だったとしたいのさ」
「人間じゃないっすよ..」
それにコンスタンツェは頭を振った。
「人間なのだ。
モーデンは知性と理性に優れた人間だった。
だからこそ、人というくくりの中にいたいと願った。
たとえ、それが間違いだとわかっていても、諦められずにだ。
長命種との混血を望み、僅かに残った人間らしい氏族を連れて逃げ出した。
希望を失いたくなかったのだ。」
つまり、モーデンの率いていた者どもは、人間とは言い難いのだろう。
「モーデンは人間だった。んじゃぁ他の奴らは」
「人間と近しい姿をした化け物だ。彼らは存在が禁忌だ。」
「そいつらもモーデンと同じく生気を喰らったので?」
「モーデンは最低限の食事をしていたそうだ。
命をつなぐために、花や草木から吸い上げた。
まぁ、どこまでが脚色されているかはわからんがな。
そうそう、使徒の家系の元も同じく、モーデンと同じ特質だった
。
神殿は、彼らを吸生気の者、吸生の者と呼ぶそうだ。
今代の長命種である人と混血を進めて、経口摂取で養分をとる事ができるまでに改良した訳だ。
その改良により、異形の部分は消え失せた。
つまり、モーデンは改良の余地がある者だけを連れて逃げ出したのだ。」
質問に答えない理由を考えてオロフはげんなりした。
モーデンは、生気を吸った。
それは許される範囲だった。
では、許されない範囲を糧にするとは?
「あぁ嫌だなぁ~」
オロフはお茶をあおると、手帳を取り出した。
「じゃぁ、使徒の家系は大丈夫という事になるんじゃ?」
「本来ならば、だが、モーデンが突然変異であり、本来は他の化け物どもと同じだとしたら、その子孫である彼らが、本当の意味で先祖と同じになってもおかしくはない」
「因果応報、嫌な話っす。
それで最悪な残り三つの末路って奴は」
「実例を見ながらの方が、おもしろかろう。次は、ここがよい」
示された名前を見て、オロフは頭を振った。
「趣味が悪いっすねぇ」
「親戚にはなるのか?」
「一応繋がりとしては、アノ人の旦那の子供なんで、そうでしょうねぇ。
お相手は人族の短命種なのに、長命種で生まれちゃったもんだから、命の危険がマシマシになったっすね。
実子にしなかったのは、ある意味、配慮かもですね」
「あの女にバレるのも恐ろしいから金の援助も微々たるもので、堂々と養う事もできない。
冷酷にもなれぬ小心なゲスよ、あの女の夫に相応しいな。」
「そこはお優しいって事で、使徒の家系や大公家の御落胤は全部おかしくなってるって事ですか」
「違う」
さめたお茶を手に、コンスタンツェは笑った。
「モーデンの血を受け継ぎながら、嘘偽りの人生を与えられた者だけだ。
嘘と偽り。
これが鍵だ。
その手帳に記された者は、公的には存在しないのだ。
公的には、彼らは使徒の家系とはまったく繋がらない人族短命種となっている。
異端審問官の持ち物であるのを忘れたか?
それは強請の種だ。」
「まぁ、そうだとはぁ思ってましたけどぉ」
やりきれない。
と、呟いてオロフ達は腰をあげた。
不遇の人生をおくる特別な血の長命種の名前はまだまだ沢山記されている。
「また、変わった脳味噌みれますね」
「うむ、楽しみだ」
「凡に、さっきの男の感想は?」
「実はそれほど奇矯ではなかったぞ。
色々興味深い情報はとれたが、残りは他愛ない欲求だけだ」
「へぇどんなですか?」
「食欲だな」
「..」
「どうした?顔色が珍しく悪いぞ」
「..食欲」
「あぁ、甘味の焼き菓子を食べたいとな。
菓子屋が営業している昼間に活動するのが嫌だと葛藤を」
「何ソレ、俺、ちょっと嫌な想像しちゃったっす!酷いぃぃい」
「何で怒鳴る。相当旨いらしいぞ。
館の娘たちに買って帰るとするか、向かう先の近くだしな」
土産で行き先を決めているという疑惑が浮上した瞬間だった。