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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
300/355

ACT265 存在証明 ④

 ACT265


 山野の精気が集まって怪物になる。

 子供の頃に聞いた昔話を思い出した。


(夏祭りの晩のお話だね。

 諸処、様々な話があるよ。

 おおよその形があって、こんなふうかな?)


 グリモアが闇の中で語る。


(昔々、少し軽率で、少し愚かな、普通の若者がいました。

 主人公は男でも女でもいいんだけれど、皆、少し軽率で浮かれきった年若い者だね。

 彼らは男女の出会いの祭りに浮かれ、騒ぎ、そして少し羽目をはずす。

 道徳的にも不文律をおかしてしまう。

 例えば、行ってはいけない場所に行く。

 食べてはいけない物を食べる。

 哀れな者をからかう。とかね。

 いずれも、ちょっとした配慮の無い行為で、主人公にはそれほど罪にあたる行為だと思っていない。

 だが、そのちょっとした愚かな行いにより、恐ろしい宴に招かれてしまう。)


 闇の中で、グリモアが笑う。


(彼らは、どんな宴に招かれたんだろうね?)














 穴の底は白い砂地であった。

 階上も砂利だった事を考えると、この採掘場は脆いのかもしれない。

 石を切り出していたというが、地下水が溢れ所々に脆い地盤があるとしたならば、相当危険であろう。


(だが、ここは腐った秘密への入り口だ。

 君の目には見えるはずだ。

 主の目には、見える。

 崩落するのは何だろうか?

 現実か、それとも己が固陋か?)


 闇ではあるが、グリモアのおかげで月夜の明るさに思えた。

 だが、その明るさも届かぬ闇が囲いをなしている。

 救いを拒む邪悪な気配。

 グリモアは悪食な本性から喜び、傍らのジェレマイアは息を潜めた。

 見回し、闇の浜辺に立ち尽くしているようなわびしさがわく。

 空気の流れから広大な空間であろう。

 モルダレオは先に降りたザムを手招く。

 ザムと相方は闇の中から戻ってきた。


「逃したか」


 それに彼らは腹立たしそうに返した。


「返事はあるのですが、姿をみせません」


「距離を置いて我々を待っている感じです、近寄ると同じだけ距離をあけます」


「おい、何処にいる?」


 振り返って闇に問うと、年寄りの声がここだと答えた。

 声はすぐ側で聞こえ、気配らしき物も感じられた。


「出てこい」


 それにか細い声が返る。


 戻れない、と。


 それにモルダレオは、ニヤッと笑った。


「採石場跡と考えれば、ここは手押し車などの軌道停車場でしょうか?

 空気の流れが大きく見ても三カ所以上感じられます。

 声を頼りに進んでも無駄でしょう。

 反響と風に位置がぶれる。」


 そう言うと、おもむろに腰の手斧を引き抜いて笑う。

 ゆっくりと引き出された斧の刃が、闇に青白く光りを放つ。


「ロードザムよ、それで?」


「五パッス程度の影が複数」


「罰を与えねばならぬな」


 それにザムは無言である。

 当然、この調子のモルダレオは答えなど求めていない。


(彼は怒っているのかい?)


 怒っている?

 違う。

 この男は常に冷静だ。

 冷静だが、俺と同じく壊れている。


(元から残虐な質なのかい?

 それとも何か、招待客として既に名を連ねるだけの、笑える人生だったのかい?)


 それをお前が言うのか悪霊よ。

 お前は知っている。


(そうだね、君は僕だ。

 では、言葉にて、あの男を語ってくれるかな。

 既に、招かれてしまった男をだ。

 夜が来る前に、彼は選び。

 夜が来ることにより、彼は宿した。

 さて、語ってみてくれ主よ。

 どうやら、敵は未だに本気で我々を脅威と見なしていないようだからね。暇で暇で)


 暇つぶしかよ。


(そうそう)


「少しは残しておけよ、モルダレオ」


 モルダレオは壊れた。

 元からなのか、部族が滅んだからかは分からない。

 俺達は、たぶん、浄化を生き残った奴らは、皆、壊れている。

 皆だ。

 違いは、例えばエンリケは内観的で、モルダレオは自由というだけ。


(どういう意味だい?)


 他人の罪を己が非と感じる者が、奴の義兄弟であるエンリケだ。

 目の前にある罪が、例え己が手を下した物でなくても、内罰を求める。

 だが、モルダレオは、切り離している。

 己の道義性を、疑いはしない。

 奴は一本の道を歩いているだけで、よけいな口出しは無用。

 自由なんだよ。

 ああいうのを動揺させるには、直接的な行動以外無理だな。

 共感する力が低いのではないが、反吐のでるような場所にいたとしても、奴個人の人生、魂は干渉を受け付けないと知っている。


(それを自由というのかな?)


 少なくとも自由だろう。

 当たり前の人生を歩む者が悩む部分をもっていない。

 過剰な罪悪感も、重圧もだ。

 何が起ころうとも、自分が背負うべき罪以上の咎は引き受けない。

 魂を守る確かな壁があるのだ。


(ほぅほぅ、なるほどね。

 面白い。

 主の人間観察と分析は、思うよりも深いね。

 まぁ、君の手駒で仲間だから、その感情と思考を把握できなければ支配下にはおけないか。

 でも、そうするとこの男は、異常じゃないかね、主よ。

 それは、フツウじゃぁない、違うかい?)


 風圧と共に頭上の穴からパラパラと瓦礫が落ちてきた。

 それを見上げて、モルダレオが肩を竦めた。


「カーン、一人二人残せば良かろう?」


「かまわん、今夜中に一二層下まで降りたい。

 糸の先、傀儡の主を確かめたい」


 フム、と、モルダレオは首を傾げ、そのままザムと相方を従えて闇へと踏み出す。


「いいのか、カーン。エンリケも無事かどうか」


 ジェレマイアが見かねて言う。


(あぁ、邪悪な気配があふれ出しているからねぇ。さすがに彼にも見え始めたか。まぁ手遅れだけどね、フフフ)


 冷静で静かな男。

 静かに壊れた男には、滅ぼされた群の意識が宿っている。

 だから、再び同じく群をつくるには何が必要で、何が間違いであったのかを常に考えている。

 常に、青白い炎を宿したかのように、その願いがまとわりついているのだ。


(僕達のような存在ではないね、祖霊と某かの意識だ。

 意識共有された何かだ。

 本来、現実に干渉するだけの力は無い。)


「もう、夜が来たんだ。目も慣れてきたろう。

 お前は、夜が来る事をわかっているが、信じたくないとも思ってるんだな。

 俺たちが、変わっちまったとしても、中身は変わらねぇ。

 安心しろとは言わねぇし信頼しろとも言わん。

 ただ、アレも、本質は同じだ。

 何にも変わってねぇ、アレもモルダレオなんだ」


 言葉にジェレマイアが闇に消える背中を見やる。

 同じ物が見えているだろうか?


(見えているよ。

 精霊と呼んでいる化け物が、あの男の体を這い回っているのがね。

 夜が来て活性し始めている。

 ヤンに似ているね。

 生きたまま、自然に変化している。

 精霊と称しているが、様々な念の固まりだ。)


「俺には」


(神官の目には、恐ろしい姿が見えているだろうねぇ)


 ジェレマイアは不安な表情をしていた。


「カーン、大丈夫には思えない」


「そうか?」


「早すぎる」


「そうか?」



 闇の中から絶叫があがる。

 そうして何かが飛んできた。

 ゴロゴロと転がり、自分たちの足下にたどり着く。

 それを見たジェレマイアが深く息を吐いた。

 声を出さなかったのは、見た目が人間には見えなかったからだろう。

 これが人間の首だったならば、叫び出したかもしれない。


 ツルリとした堅い素材に疎らな毛が縫いつけられていた。

 目玉を模した物は木の玉で、それが白目を向いている。

 見るからに人形の首だが、それはカタカタと蠢いていた。

 手に取りひっくり返すが、絡繰りのような中身は無かった。

 それでも、その人形の頭は言った。


 お許しを、と。


(これはこれは、我がボルネフェルトの伝統芸だね。

 ただし、人形は人形でも素材が悪趣味だ。

 知ってるかい?

 死霊術士は元々、人形師でもあったのさ。

 素地として、人形師という生業と死霊術士という生業は同じなんだよね。

 職格があがると、その権能もあがる。

 高位の人形師は、神職と同等の力をもてた。)


「使う素材の違いか」


 暗闇に白い姿が浮かび上がる。

 悪霊は神妙な顔をしてジェレマイアに頷き、自分にはツルリと顔を撫でると舌を出した。


(これはご褒美だよ。

 グリモアが情報を解析し、再現してくれているんだ。

 君が受け取れるだけの量の、情報だ。

 エイジャ・バルディスの使命は、調和と繁栄だからね。

 逆行しようとする力には、未だに、その念を働かせる。

 新たな中継ぎの主にも、しっかりと分かってほしいのさ)


 差し伸べた指先から糸が垂れる。

 闇の中へと糸は降り、白い紙切れが浮き上がる。

 人型は三枚。

 薄っぺらい紙切れは、悪霊により、蛭と蛇と蛙になった。

 彼らは、座る。

 砂地にわいた泉の側に。

 すると糸は泉に垂れる。

 暗い泉にさざ波がたち、水の底から蝶が生まれた。

 美しい藻の色の翅に瑠璃色の紋様。

 その蝶を目にした三匹は、

 蛇は牙をむき、蛙は水へと入り、蛭は集る。

 やがて、蝶は蛭に吸い尽くされて綺麗な羽だけが水面に浮かぶ。

 蛇は泉の縁をのぞき込み、蛙は蛭を食おうする。

 食おうとするが、蛭も蛇も水の底に沈んでいく。

 蛇は泉の側で見るだけだ。


(さて、わかったかい?)


 幻が消え、モルダレオが奇妙な姿を蹴散らしている場に意識が戻る。

 蛙面の醜い小人が闇から這いだしてくるのが見えた。

 一様に同じ顔をしており、ヌメヌメとした体皮に衣服の残骸がまとわりついてる。

 手には武器。

 だが、いずれも錆びた金物や木ぎれ等、お粗末だ。だが、数が多い。

 そして問題は、その中に案内の年寄りの姿は無く、果たして人語が解せるかどうか。

 知能無しと判断したのか、モルダレオは無造作に手斧で異形を叩き潰している。

 蛙面どもも汚らしい爪や錆びた刃物を振り回しているが、こちらに来る前に三人の男たちによって挽き肉になっていた。


「残念だが、昔から比喩や教訓話は、さっぱり理解できない。」


「カーン」


「なんだ?」


「不本意だが、ボルネフェルトに同情する」


 ジェレマイアが人形の頭部を検分しながら呟いた。

 やっと状況に馴染んだのか、それとも呆れ果てたのか、無駄な緊張はなくなったようだ。


「グリモアに集いし方々には不本意だろうが、この男の情緒に期待をする方が無駄だ。

 理解しているだろうが、現実としての詳細な裏付けが無い限り、けっして理解したなどと答えない。」


(では、神官たるお前は理解できたか?)


 それにジェレマイアは、悲しそうに笑った。


「神殿の人間には、今の比喩で十分だ。

 おまけに公王だけが知っている事も、自分の血族の話も、彼女の魂が連れて行かれてしまった後に、手遅れになった後に聞かされた。」


(だが、君は沈黙する。

 この主にも何も言わない。

 タークという男も沈黙する。

 それは、己が罪を逃れる為か?)


「逃れられる罪など無い。ただ、認めるのが怖いんだ。恥ずかしくて、怖くて、惨めだ。」


(今なら言えるだろう?)


 モルダレオが化け物どもの首をかききる。

 そうして頭部を掴むと、押し寄せる群に叩きつけた。

 実に、愉快とその身にとり憑く者共が蠢く。


「モーデンは、長命種の雛形である。

 その雛形には三つだ。


 蛭に、蛙に、蛇だ。


 中央大陸に拡散したのが、蛇。

 そして蛇が見張るのが、このツアガ公領の蛙。

 蛙が食おうとしているのが、蛭だ。」


「蝶は、何だ?そして俺達の存在は」


「水面は領域の壁だ。

 モーデン、前の人間は壁を越え、この世にあってはならない者と交わったのだ。

 それが蛭だ。

 蛭は蝶と食い合い混じり合い異界に沈んだ。

 それが表に出ぬように、蛇は見張る。

 蛇とはモーデンを雛形にした長命種。

 だが、その罪からは逃れられない。

 いずれ、滅びるのだ。

 しかし強欲な蛙は、欲した。

 蝶をな。

 お前達は、本来ならば、美しく傷のない世界に生い茂る樹木なのかもしれない。

 蛭も蛙も蛇も、闇の中にいれば良かったのだ。」


「そうだろうか?」


 ふと、胸の奥がざわめく。

 禁忌を犯し、滅ぶ定めを逃れ、あがく。

 人は、そうして生きてきた。

 醜く愚かであろうと、生きたい、生きようとする事は間違いではない。

 故に。


 視線を戻せば、恐ろしくも美しい姿が見えた。

 モルダレオの体にまとわりつく、青白い炎。

 それは美しい蛇だ。

 このオルタスにある善き神とは、全て蛇の姿をしている。

 間違いは、間違いであるが、それが罪とはならない。

 間違う事は、人、ならば当たり前なのだ。

 では神が、滅ぼすべしと裁可する事は何か?


「モルダレオ、右の奴は喋りそうだ。その緑色した頭のデカい奴を捕まえろ」


「了解した」


 悪霊は微笑んでいる。

 ジェレマイアと自分を見比べて楽しそうだ。


(さて、地の底に座す神は、何と問うたか?


 例えば、王へ向けての問い。

 人族長命種へ向けての問い。

 姫が生かしたいと思う者どもへの問い。

 神官への問い。


 魔の神は、一つの問いを投げかけたと思うかい?


 答えは、否、だ。


 答えずとも夜は来る。

 選ばずとも夜は来る。


 つまり、夜は来るのだ。


 ヨルガン・エルベを探しだし、古の違えられた約束を再び結び直すとしても、夜は来る。

 夜が来て、皆、魔になって如何するか。

 簡単だ、主よ。

 常に答えは示されてるのではないか?)


 臓腑を砂地にまき散らし、嬉々として武器をふるう。


「野蛮に戻る。

 人もすべて野生か?

 人対魔という戦いの夜が来る。

 そして、異界の神と人との争いも起きると?

 血を流し、今一度この世が誰の物であるか争えと?」


(我らの神は裁定する。

 それが異界の侵略者だとしてもだ。

 この世界は脆いが、理という仕組みに関しては一番感度が高い。

 秩序を構築する事もできよう。

 善なる行いに対しての報いも必ず与えられる。)


「どういう意味なんだ、カーン?」


 奇っ怪な生き物を捕らえると、モルダレオは踏み倒し拘束している。他の二人は、数を減らした蛙面をひたすら処置していた。

 ジェレマイアは、聞こえてくる悪霊の唆しを鵜呑みにし、言葉の意味を欲しがる。


「意味も何も無い。

 答えはお前も公王も、理解している。

 公爵も、そして、誰も彼もうっすらと考えただろう。

 中央王国は、人間は、戦う相手が変わっただけだ。

 最初の一手は、敵が勝った。

 だから、大本の大将を殺し、新たな約定を結ばねばならない。

 局地戦から本土全体に広がり始めている。

 次に狙われるのは首都だ。

 公王共々、オリヴィアを殺されればおしまいだ。

 だが、それは人間が終わるだけで、夜が来るのは変わらない。

 人の犯した間違いが元だとしても、やっている事はなんら今までと変わらない。

 俺もお前も、誰も彼も、変わるのは包み紙だけで中身の飴は同じだ。

 野蛮が更に野蛮になり、神の掌の上で戦うだけだ。」


 縛り上げた異形は、その面相に相応しく鳴き声をあげている。

 わき出していた蛙面も、すべて残骸と化した。


「年寄りは?」


「この化け物だけです。」


 薄緑色の皮膚に粘液が滴っている。

 べったりと張り付いた頭髪は、赤茶色をしていた。

 濁った目玉は焦点があっておらず、生臭い息を大きな口から吐き出している。

 手は水掻きのような物があり、指の本数はよく分からない。

 エンリケがいれば、これが何からできているか想像できたかもしれない。


「ジェレマイア、尋問するか?」


 引き据えられた化け物を前に、彼は困惑している。


「これにか?」


「俺達は、使役する者の方が重要だ。その点はお前と違う。」


 涎を垂らし、暴れる異形を前にして、ジェレマイアは一度目を閉じた。

 そして粘つく異形の頭髪に手を置くと言った。


「異界の者よ、この世の理に名を連ねなさい。

 そして、神の理に準拠し、救済の道へと進むのです。

 名を、魂の名を教えなさい」


 呪力が白い靄となり、その体から流れる。

 異形は動きを止め、口を開いたまま涎を垂らし続けている。

 すると唐突に異形の体が跳ね上がった。

 拘束されていた為に、それは跳ねるだけだったが、ジェレマイアの手が外れ彼は後ろに下がった。

 悲鳴よりも、裂ける音が生々しい。

 見えない手が、真っ二つに異形を引きちぎっていくように見えた。

 そうして異形は身を弾けさせ、肉と骨に分かれた。

 果実が叩きつけられたように、白い骨と赤黒い臓物、四散した肉がまき散れる。

 捕らえていた縄を手に、モルダレオと他の二人が困惑している。

 と、その汚物の山から、モヤリと白い煙が上がった。

 モヤモヤとあがる煙は形を作り、ジェレマイアと向き合う。


「…貴方は?」


 煙は人の輪郭をとり、口と覚しき部分が開く。

 そして男とも女ともつかぬ囁きが答えた。


「ダレ、オマエ、ニオウ」


「貴方は何者か?」


 重ねられた問いに、煙は揺れた。

 そして再び、早口の囁きが答えた。


「トラレタ、トォラレタ、アナ、キコエ、キコエルゥアナ」


「名を」


 煙の描く輪郭は、人で言う胸のあたりを押さえた。


「ヤツラ、オナジィィィ」


「さまよえる者よ、名を言いなさい。」


「オナジ、コトシタ、ダカラ、オカ、アト、カゲ、イド、エサ、イア」


「名だ。お前の魂を開くのだ」


 煙は身悶えするように揺れ、ジェレマイアの手を拒んだ。


「コロシタ、トウノニシ、ナキガラ、スマナイ、ヒィヒィイイイイィ」


「では、誰を殺したのだ?」


 煙は黒い穴をあけると呟いた。


「メルドン」


「何故?」


「ミナ、タノシンダマツリ、サイゴマデ、テイコウ、シタシタシタァァアア」


「誰に逆らったのだ?」


「オノレ、ウエ、クワズ、イア、ド、カコミ、オノレオノレ」


「オノレオノレとは?」


 煙は腕の部分を上げて示すと霧散した。

 最後に示したのは、ジェレマイアの胸だった。


 酷い臭いだ。

 生臭い腐った臭いがする。


「カーン、あちらに年寄りの残した灯りが残っている。

 行っても良いか?」


 モルダレオが背後を指さした。

 灯りというが、闇が覆って何も見えない。


「少し歩くと、急に視界が開ける。自分が先行しようと思うが」


「待たせるのも悪かろう。さて」


 異形の残骸を前に、ジェレマイアは沈思している。


「少し、見えてきたな」


「分かりたくもない」


 頭を振るとジェレマイアは苦笑した。


「思ったよりも悪い状況だな」


「そうでもないだろう?」


「お前達にはな。だが、まさかこれほど酷いとは思わなかった」


「腐っていないだけマシだ」


「日常が恋しいよ」


 モルダレオ達の背を追いながら、ジェレマイアは言った。


「民は、殆ど死んだのかな」


「上が殺し合えば、末端も死ぬさ」


「それでも、まさかと思っていた。この先、無事な者がどれほどいるだろうか」


「一人二人、生き残っているだろうよ。まだ、根絶やしにはなっていない」


「町の、上の住人はどう思っているのか、操られているのかな」


(おや)


「おい」


「何だ?」


「見ただろう?」


「俺は..クソッまたか!」


 一瞬の間の後、ジェレマイアは悪態を吐いた。


(ほぅ)


「そうか。悪ぃ、結構、気がついている奴が多かったから、お前も見えているかとな」


「また、視界が俺だけ見えていない状況なのか?」


(違うね、この場合、血筋が問題だったんだろう)


「なるほど、血筋か。

 確かに我々が現れた事は、想定外だろう。

 彼らが想定したのは、ツアガ公の手の者か、同じくこの土地にいる蛆虫だろうからな。

 罠を仕掛けるにしても、対象は人族長命種の貴族階級だろう。

 お前自身の能力よりも、敷かれた物が大きい。だから、偽装がよく効いちまう。」


(目隠しの手がかりは、女だ。

 長命種の女には、偽装が効かない。

 だから、女はいるかと問いかけてきたのだ。

 だが、彼らは重量の獣人兵士を範囲指定しないで術を構築していたようだ。

 偽装の効果が男だとしても弱まった。)


「標的は、長命種人族。

 それも男を惑わす術を展開している。

 神官の特性を術が凌駕して、偽装が勝った。」


 ジェレマイアは片手で顔を拭うと呻いた。


「生きている住人はどれほどいた?」


「さぁなぁ、オービスがそりゃもう暗い。

 あの暗さはヤバいな、暴れ出したら誰が止められるかな。

 スヴェンもどっちかっていやぁ煽るだろうしなぁ」


「それじゃぁ上は」


(クスクス、クスッ)



 死人の町だ。

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