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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
296/355

ACT261 存在証明 ①

 ACT261


 死因は出血による諸臓器の機能低下だった。


「出血死ですが、男女で傷が違っています。

 男は背部からの刀傷、斬撃が致命傷ですね。

 三カ所ほど深く切りつけられていますが、女は腹部と胸部に石の破片が刺さっています。

 多分、この破片が突き刺さったのが致命傷と思われます。

 男の傷は他者による物と推察できますが、女の方は事故とも何とも区別ができません。腐敗もすすんでいますし。


 それから男の方は、臓器配置から短命種よりの人族種。

 基礎種族は長命種人族ですか。

 壮年ぐらいでしょう、特に中身に目立った異常はありません。

 薬物等の抽出を行うには本格的な解剖が必要です。


 傷そのもの大きさと角度は、腐敗を差し引いた物ですので不確実ですが、長刀で上から切りつけています。

 相手は大柄な者か段差のある所で襲われたのでしょう。」


「女は?」


「死後三日以上、腐敗具合からの予想ですが、これは殆どアテになりません。

 野天に置かれていたにしては、保存状態が良い事。

 屋外に運び出されたと想定した場合も日数に誤差がでます。

 他に薬物を使用した可能性も否定できませんし、もちろん、普通の人間では無い事も。

 なので大凡確実な部分だけ。

 内臓は溶けているので骨から見て取ると、人族。

 頭部と胸部を少し開きましたが、獣人族の特徴は見られません。

 骨盤配置から、成人女性と思われます。

 ただし、両腕部分の骨はありませんでした。」


「詳しく」


「人族で言うところの肩胛骨と上腕骨を繋ぐ関節部分から先がありません。

 断面部は非常に綺麗で、不自然な傷は見受けられない。

 先天的な発育不全か、変異形成の可能性があります。」


「混血だからか?」


「腐敗が激しいですが、男と同じ基礎種族は長命種、獣人亜人の混血では無いと思います。断言はできませんが、残っている歯の本数からも、人族短命種でしょう。

 混血による過剰な変異形成としても、極端な他種族の血が面に出たのが原因では無いでしょう。

 人族解剖論から補足説明をしますか?」


「長いんだろ、つまり病気か?」


「不自然という事です。それから、腕の代わりに義腕のような物があったようです。腐敗が激しいので何ともいえませんが、蛋白質と燐の分泌物が残っていましたが、何であったのかは不明です。」


 エンリケの報告を聞きながら、森の中で待機する。


「人族短命種ってのは、長命種と何を掛け合わせた結果なんだ?」


「短命種の発生機序は、実は曖昧なんです。

 中央平原で長命種が広範囲に活動していた時期、つまり、王国以前の混乱期に、長命種と他種族との間に生まれた混血で、一定の割合で生まれたのが始まりと思われています。

 つまり、獣人にも亜人にも傾かなかった者ですね。

 長命種には戻りませんが、人族短命種としての特殊種族固定が発生します。

 これは長命種の種族決定権が非常に低いのに対し、低確率とはいえ、上位種に勝る事を意味します。


 生命力の強い上位種に傾くか、潜在種に傾くのが混血の法則です。


 ですが、そこから一定確率ででる先祖返りともいえるのが、人族短命種の原型と考えられています。

 種族確定の変則例ですね。

 故に、獣人種や亜人種との混血をする場合も、一定確率で変則例が現れるのが人族短命種で、彼ら人族短命種がいなくなる事はありません。

 当然、長命種と短命種の組み合わせでは、短命種人族となるわけです。 そして種族割合も、特殊固定の出現率が格段にあがります。

 長命種はこれとは逆ですね。

 混血がすすめが数を減らしていきます。

 そして変則例は滅多に出ません。」


「長命種どうしの婚姻に拘るのは、その所為か」


「まぁそういう事ですね。逆に短命種人族の方々が、異種族と婚姻を結ぶのに忌避感が少ないのは、低確率でも人族の血が勝る場合もあるからです。

 また、我々が他種族と交わるのを忌避するのは、生物学的に相手が懐妊すると死亡する確率が高いからです。

 故に、婚姻自体を障害とする意識は低いでしょう。

 長命種が、他種族を忌避し差別するのは、案外、種として生き残りたいという本能も働いているのかもしれません。


 話がそれました。

 あの死体に関しては、両腕の骨がありませんが、もぎ取られたわけではないようです。

 人族短命種ならば、先天的な変異というのも中々珍しく、どちらかといえば、先の村でのように某かの異常な出来事があったと考える方がいいでしょう」


 魔導か。


 薄暗い森の中で立ち、現実味の無い言葉を弄ぶ。


(君の貧困な想像力が伝わってくるよ。

 インチキ臭い感じがね。

 大道芸の、それも浮浪者めいた輩の偽興業かい?

 でも、現実はもっと厳しいのさ、主よ。

 さて、君は未だに力の正しい使い方がわかっていない。

 だから、愚直にできる事をするしかない。

 では、何をするのかな主?)


「見る事だ」


(そうだね、では、同じく見る事にだけは長けた神官を誘うが良いよ。

 彼は強いが弱い。

 バルディスの娘は、大層、心配するだろう。

 彼の者の心は耐えられるかとね、フフフ)


「憎しみに飲まれるのは、失われた時だけだ。

 何を企んでいるんだ、悪霊よ」


(君はわかっている。

 で、君はどうするかもわかっている。

 君は冷酷になれるし、無慈悲にもなれる。

 そして、神官は神官の勤めを果たさなくてはならない。

 君は僕だ、グリモアの主よ。

 答えは全て君の中だ)


 鬱陶しい虫を追い払うように悪霊の影を払う。

 そしてジェレマイアを呼ぶと二人だけで死骸が見える場所に移った。

 木々の間、町の方向から隠れるようにして。


「昼寝をしているような格好だな」


「腐ってなきゃな」


 草に半ば隠れ、土に還ろうとしている。

 静かだ。

 暗い場所で、風の音、木の葉の掠れる音がするだけだ。


「逃げてきたのかな」


「多分な、だが追っ手がいたとしても放置した。何故だ?発見できなかったというには町に近すぎる」


「止めをさして満足したんじゃないか?」


「違うな。男は死骸を担いで逃げてきた。そして、力つきて女を横たえた。

 顔の向きを見ろ」


 死骸の顔は二人とも見つめ合うように向かい合っていた

 。

 エンリケは部分部分を解体したが、大凡の姿はそのままにしている。


「男は、女の顔を見ながら死んだ。

 多分、女の死体を担ぎ出した。腐敗具合から、死んだ女を背負ってここまで来たんだろう」


 その推論に、ジェレマイアは顔をしかめた。


「死体を担いで、埋葬する気だったのか」


「さぁな、よく見ればわかるんじゃないか?」


 斥候は帰ってこない。

 暗い森に佇み、木の影から死体をのぞき見る。


「残っていれば見えるんだが、何も見えないな」


「神官は命を見るからか?」


「あぁ、生きている物を見るのは容易い。

 そして残る物も見える。

 崩壊し命の名残が消えてしまうと、見えない。

 何かが宿れば見えるのだが」


「命と不浄の者なら見えるってわけか」


「神の痕跡も見える。ただし確実じゃねぇのよ。使えねぇよな」


「呪術としてはどうだ?」


 二人でしばらく見つめる。

 そこには虚しい景色があるだけだ。

 細かな虫の羽音だけ。


(しょうがないねぇ、じゃぁ、これを見てどう思う?)


「じゃぁ仮にだ。見たまんま、どう思う?」


「普通はびっくりじゃね?」


「まぁそうだよな」


(..まぁ、君たちに普通を求めるのが土台無理な話だよね)


 死により終わってしまっていた。

 骨になりかけている死体と、腐敗し始めた死体。


「まぁ強いて言うなら、女の顔が綺麗だ。」


 ジェレマイアが首を傾げながら言う。


「あぁ、それは女の使っていた白粉の所為だ。白くする奴に防腐剤の効果がある」


「うわぁ、嫌な情報」


「巫女は使ってないだろうから安心しろ、大体は客商売の女だ」


「という事は、あの女は水商売か」


「多分な」


「もったいねぇ、死ぬなんて。腐っていても結構な美人だぞ」


 と、ここまで見てから、改めて不自然な点が浮かぶ。


「そうだな。綺麗に残りすぎてるな。

 エンリケの言う通り、薬が使われているかもしれない」


「どういう事だ、カーン?俺は死体の専門家じゃねぇ」


「都の行き倒れじゃないんだ。

 野っ原で死にゃぁ、虫やら動物に喰われて、こんな腐り果てて肉が残ってる状態にはならない。

 もっと分解が早いはずだ。

 それに腐敗臭が少ない。

 死体の臭気はこんなもんじゃない。

 雪の中に突っ込んでおいた訳じゃないんだ、もっと臭っていた筈だ。」


「死んでから運ばれたんじゃね?」


「同じだ、運ばれてきてから数日はたってる。死体を運んできたにしても、残りすぎだ」


「残り過ぎって、動物も喰わない不味さとか?」


「人間、死ぬとな..」


「何だよ、キモチワルイ話しか?勘弁しろよ」


(彼は生まれながらに神官で、父親が罪人だとしても高貴な生まれだ。

 だから、腐った死体も行き倒れた死体も目にしているが、実際、腐敗した死体の処理には関わった事がないんだよ。

 腐敗し腐乱し、放置され、そのまま土に還るような死に様をね。

 死んだ人間が日にちをおけば、元の姿からは想像もつかないほど分解していく事を理解していない。

 自然に置けば、菌類は繁殖するし、肉は喰われ集られ素晴らしい事になるなんて想像もつかないんだよ)


 目にしたとしても、そうとう年数を経た乾燥した遺体か。

 手の入った死体だろう。


 考えてみれば、女の腐敗具合は見られる程度だ。

 女と区別はつくし、顔も生前を想像できるぐらいには残っている。

 男の方も、鳥につつかれもせず、眼球は残っているし、体の傷に動物の喰い痕が無い。


 目を凝らす。


(気がついた?)


 死体の下の地面に不規則な力の流れが置かれている。

 不定形の敷物のような何かだ。

 ただし、汚らわしい気配はない。

 腐敗を遅らせ、獣を避けている。

 何故だ?


(ほら、気がついた。

 さっき、遺骸を見た男も、君も、そして神官も、見方が少し間違っている。

 君たちは邪悪な物を追うが、総じて呪術や魔導は、悪として残らないのだ。

 力の性質うんぬんや、目的を別としてね。

 この意味がわかるかな?


 悪、ではない。


 だから、君たちは混乱するのだ。


 では、何の痕跡を追えば良いのか?

 重要なのは、素直な感覚だ。)


「この場所にある物は何だと思う?」


「質問の意味がわからないな」


(普通、どう思う?君達獣人の戦士や、神のしもべ以外の、そうだね、可愛い女の子が見たら?)


「これを見て、何を感じた?」


 それにジェレマイアは少し空を見上げた。


「感覚的な事か?

 だとすれば、狂ってるかな。

 何かやむにやまれぬ事情があったとしても、腐った女を担いで笑って野垂れ死ぬ?

 気持ち悪い男だなぁって。

 まぁ、男女の事だ。

 そういうドロドロした関係もあるんだろうが、気持ち悪いってのが一つ。

 それと、まぁ、なんだ。

 哀れだ。

 こういう人間同士の業みたいなもんを見せられると、情けないような、気持ちがな。」


(神官であり、彼女と近しい彼は、慈悲と人間愛を持っている。

 だから、ダメなんだよ。)


「悪い事じゃあるまい?」


(君は、ある意味、グリモアを得る前から、恐怖の感情が欠けていた。

 弱い犬はよく吠えるが、君は、狂った犬で噛みつく訳だ。

 恐怖から吠えないし噛まない。


 だから、恐怖や嫌悪する物に対して、耐性が高いが、痕跡や構築された術を見落とす。


 魔、とは恐怖を呼び覚ます物。

 魔導、とは嫌悪を感じる力だ。

 そして、呪術も実は同じ源泉から汲み上げている。


 もちろん、恐怖に耐性があるのは喜ばしいけれどね。

 一々、異形に腰が引けているようでは、理解も何も無い。)


「程度の問題か」


(神官の彼が見えない理由は、君とは違う目隠しが作用している。

 信仰心と人間への哀れみ故だ。

 悲しみの心が多すぎて、人の醜さを理解できない。

 理解していても、彼の最低と思う醜悪さは普通より甘いのさ。

 君とは逆という訳だよ。

 神官の彼は、醜悪な部分が欠落しているから、理解できない。

 君は、醜悪さを理解しすぎて、麻痺している。)


「今更、普通が理解できるかよ」


(想像するんだ、馬鹿じゃないの?

 普通は、こんなものを見たらどう思う?)


「グリモアは何と?」


「小賢しい理屈を並べているが、まぁ想像しろとさ。」


「それであの遺体の説明はつくのか?」


(つくだろう?)


「まぁ、大凡な。

 斥候が戻り次第、町に入る」


「斥候の情報を聞いてから判断するんじゃないのか?」


「少なくとも、コレを置いた者は、お前の仲間だ。正常な奴も生き残っているだろう。話が聞けるかもしれないぞ」


 言葉にジェレマイアは驚いた様子で死体を再び見やった。







「中規模都市ぐらいの大きさです。出入り口は東西二カ所。

 壁は城塞程度を構築していますが古く劣化しています。

 一応隙間はありませんが、強度は低いでしょう。」


 地面に木の枝で図が描かれる。


「こことここの五カ所に死体が置かれています。やはり男女の組み合わせで倒れていました。

 目視だけですが、何れも外傷による死亡のように見受けられます。それから」


 斥候の男二人がジェレマイアと公爵を伺うようにして黙った。


「他にも死体があったか?」


 促すと、気まずそうに報告を続けた。


「外壁に等間隔で死体が吊されていました。

 何れも腐っていたり骨が見えていましたので、死んでいると思います。

 外郭の門は閉じられていました。

 兵士の姿は見えませんが、何かが燃える臭いが常時漂っています。

 臭いは虫除けのような燻された草のようでした。」


 向かうにあたり、先頭に旗を持たせる事にする。

 王国中央軍旗と神聖教の聖句が描かれた青と白の旗だ。


 歩哨が外郭に立っていないという事だった。

 だが、古い外郭だ。

 矢を射る穴も多数あろう警戒は十分にしなかればならない。


(正面から、のこのこ行くのかい?)


 殿にジェレマイアと公爵を置きたいが、事は中々面倒である。

 我々が無害と知らしめねばならない。


(冗談でしょう、誰が見たって武装集団が襲撃に来たって感じだよ。)


 殿をヤンとイグナシオに変更している。


(で、先頭が一番ごつい男二人にしたら意味あるの?)


 先頭はオービスとスヴェンだ。

 ごり押しで何事も対処できるだろう。


(誰か一人二人様子見で中に入れたら?)


 結局、無理矢理開門する事になるだろうさ。

 まっとうな手段があるんだ、利用するのが一番だ。


(無策だね。中に入ったら全滅だ)


 入って出てくるだけの武力はある。

 逆に疑惑を招く行動をすれば相手は襲いかかって話にもならない。

 話を聞きたいのだ。


(生きている者がいたらね)


 我々に必要なのは、何が起きているのか地元の者から聞くことだ。

 だから、最低でも代官の町だけは押さえておきたい。

 それこそ、この町の様子で後の行動が決まる。


(フフフ)


 それに悪霊はニヤニヤと笑った。

 いつも通りの悪意まみれの忠言という奴だ。


 死体の意味は理解し、受け取った。

 町に入り、状況の把握に勤めるべきだろう。


(さてさて、その読みはあたるかな?)



 森を抜け、死骸をそのまま迂回し進む。

 静かに、そして外側に堅い武装の者を置き、中に公爵達を置く。

 行くも退くも速やかにできるようにして陣を組む。

 木立は疎らに、低木に代わり視界が開けてくる。


 焦げ臭い。


 何か草を燃やしているような臭いだ。


「虫除けとは違いますね」


 エンリケの呟きに、困惑が混じる。


「幻覚剤でもありません。もちろん、未知の物ですので断言はできませんが」


「公爵達に中和剤を飲ませておけ」


 やがて外郭の詳細がわかる位置にたどり着く。

 赤茶けた土の道が門へと続いている。

 轍の草は生い茂り、長らく荷車や馬の行き来がなかったようだ。

 モルソバーンの外郭よりも低く、昔ながらの石積みの壁だ。

 雑草や苔、土が外側に蔓延り、崩れそうにも見える。

 戦では使えないだろう強度だが、賊や風雨ぐらいならば防げるか。


 それに等間隔で上から縄が下ろされている。

 下がる死骸を見るが、何れも腐乱し原型は無い。

 骨の形から、やっと人間であると分かるが、衣服も破れ煤けて男女の区別は見分けられなかった。


「鳥がいないな」


 見た限り、外壁には見張りも、死骸をつつく鳥も見えない。

 臭いはあるが、煙りもだ。

 我々の接近が容易に見て取れるだろうに、町からは何の反応もない。

 門が見える道の中央で一度歩みを止める。

 外郭から矢が届く際ぐらいだ。

 そこから旗を持った兵士と、オービス、スヴェンを門へと向かわせる。

 口上はモルダレオだ。


 外壁は堀など無く、そのまま草木が覆っていた。

 静かでひっそりとしているが、死骸が塀から揺れる様は何とも不快であった。

 本来なら、不快、ではすまない景色である。

 恐怖は感じ取れず、怪しげな術も読みとれない。

 問題点は分かるが、こればかりはどうしようもない。

 戦地では串刺しの死体を並べ首を転がして置くなどザラだ。

 恐怖を振りまく方が自分たちである。

 だからこそ、悪霊もあきれる感性になってしまう。


 悪霊の態とらしい溜息を背後に、門を見やる。

 某かのやり取りをしていたが、オービスとスヴェンをそのままにモルダレオだけが戻ってきた。

 珍しく困惑の表情をしている。


「どうした、何と言っている?」


「シリスという町だそうです。

 代官のいる町で、今は人を入れないという話です」


「理由は?」


「疫病だそうです。

 人族の女がかかる病気だそうです」


「我々に人族の女はいない。

 神聖教本殿の祭司長と殿下の縁戚となる公爵を連れているとは伝えたか?」


「恐れ多く、易無き場所にお二方を招き入れる事は辞退したいと」


(筋は通っているね)


「疫病の場合、中央軍には確認の義務があると伝えろ。

 隠し立てした場合は粛正、浄化を執り行うとな。

 それでも開門しない場合は、我々の権利を行使する。」


(結局、蜘蛛の巣に自分から頭を突っ込む訳だ)


「我々は無法者ではない」


(やってることは、無知無策の無法者と変わらないねぇ)


「そう言うな、お前の言う想像力の結果からの判断だ」


 門が開く。

 ゆっくりと中へと進む。

 二重の壁とサーレルの雑記帳にはあったが、内側の外郭は崩れて用をなしていなかった。

 門も木造の物で、外敵の進入を防ぐには強度が足りない。

 全体的に見て、手入れがあまりされていないようだ。


 門を開けたのは、人族の男、否、老人達だった。

 そして外郭を通り抜けて目にした光景も、古く壊れかけている。


 町よりも都市に近い。

 外郭は往時、天を切り取り二重に聳えていたのだろう。

 その内側の崩れた壁を背にして家々が立ち並ぶ。

 往時、そう過去はそのままに立て替えられることもなく、古い町並みが残っていた。

 ただし、手入れはなされておらず、屋根は崩れ雑草が蔓延り、石畳は穴が開いている。

 窓硝子は高価すぎて割れたまま、板が打ち付けられていた。

 苔と雑草と石と、過去の何か。


 救いと言えば、年寄りの姿に混じり、子供の姿もある事か。

 ただし、一番労働を担うべき年齢の者がいない。

 一人もだ。

 年寄りと子供。

 武器をもって外郭を守っている男達は、引退して久しいような腰の曲がった者さえいる。


 多分、モルダレオの困惑は、こんな年寄りに高圧に接する事が不快だったのだろう。


 その外郭を守っていた年寄り達は、深々と公爵と祭司長に頭を垂れ、そして我々にも腰を折る。

 そこには何も害意は見られず、逆に不安も恐れも見られない。

 そんな年老いた男達に先導され、町の広場に到着。

 広場には櫓が組まれており、そこで草を燃やしていた。

 町中を漂う匂いの元だろう。

 深い青色の草を火にくべている。

 作業するのは、やはり年老いた女達だ。


「何の草です?」


 サーレルの問いかけに、案内の年寄り達は無言で頭を振った。

 そして、我々にここで待つように言うと、そそくさと奥の通路へと消えていく。

 すると草を燃やしていた老女が馬の水場を指し示した。


「無言の行でもしているのですか?」


 サーレルの皮肉に、老女は少し笑った。


「我らのような者は口を閉じているに限りますゆえ」


「我らとは?」


 それに獣人の兵隊達を見上げ、見回し、再び笑う。


「代官は何方が勤められているのですか?」


 再びの質問に、老女は暫し口を閉じた。


「代官の町と聞いていたので、もう少し賑やかな雰囲気かと思っていたんですよ」


 奥に向かった年寄り達は戻って来ない。

 ただ、何か仕掛けてくるにしては、広場では草が燃やされているだけで何ら動きは無い。

 動きと言えば、我々が珍しいのか子供が集まってくるぐらいである。


(死骸を外に晒す町とは思えないね。それとも地下に破壊活動の拠点でもあるとか?)


「代官のメルドン様は、巡回で村々を回っておられる。

 今、シリスをまとめておられる方は、別でございますよ。それに」


 腰を伸ばし、老女は溜息混じりに言った。


「栄えていたのは一昔前。

 シリスは、封印地にございますよ。ご存じなかったので?」


 と、案内の者が戻ってきた。

 まずはジェレマイアと自分、そしてエンリケとで向かう事に

 する。

 ジェレマイアの護衛に二人を付け、残りは公爵と共に広場で待機。

 老人と子供だけなので狂人もおとなしい。

 そして唯一獣体のイグナシオの周りを子供達が囲んでいた。


「後は頼んだ。それからオービス、特にそいつらを見ていてくれ」


 誰をと言わずに頷きが返る。


「封印地とは初めて聞く。それはどういう意味だ」


 迎えの年寄りに聞く。

 それに我々を見上げ、ジェレマイアに視線を移すと答えた。


「忌み地の事にございますよ。

 この地にて疫神が滅んだのです。」


 馬鹿な。

 と、ジェレマイアの呟きだけが辺りに漂う。


「疫神とは何だ?」


「病をふりまく神にございますよ」


「神なぞ」


 いるわけがない。

 そう続けようとして黙る。


 疫病がこの地で蔓延り、町が終わったと解釈してもいいだろう。


「いつ頃の事だ」


 それに年寄りは、ゆっくりと町を抜けながら答えた。


「幾度も幾度も、疫神を殺し、我らは汚れてまいりました。

 ですが、此度は、女が死にました。

 子供を守らねば、もう、滅ぶだけです。

 シリスが滅べば東のニナンの負担も増えましょう」


 石積みの低い塀が道を囲む。

 町中は、それなりに人の姿があった。

 だが、やはり年寄りと子供の姿だけだ。


「男はどうした。

 女が死んでも、働き手の男がいるだろう」


 それに年寄りは答えず、奥に聳える建物を指さした。


「シリス代官の館です。

 メルドン様は不在ですが、大奥様が差配していらっしゃいます。

 先にお伝えしておきますが、大奥様は身が不自由でございます。

 故に、床に伏した状態でお迎えする事に。

 どうか、ご無礼をお許しくださいますようお願い申しあげます。」


「構わぬ、無礼はこちらだ」


 ジェレマイアの答えに、年寄りは建物へと促した。

 尖塔を集めたような作りの館だ。

 そして、その塔の全てから縄が下がっていた。


「ずいぶんと斬新な装飾だな」


 エンリケの呟きに、年寄りの一人の肩が揺れた。

 笑う年寄りとは別に、ジェレマイアは憂鬱そうに溜息をついた。


 風に揺れる骨と肉は、ここまでくると滑稽だった。

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