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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
295/355

ACT260 夜にいたる扉 結

 ACT260


 巣穴は複数。

 イグナシオ達が向かった方向と開墾地、そして東側の森。

 何れも死体と変異した異形、そして蛆の山があった。

 水脈に混じっていた呪言を抉り断ってからは、蛭と稚魚は現れていない。

 そうした様々な痕跡はあったが、何があったのかという全体像は見えない。

 村を囲んでいた石塔にしても、崩してみれば単なる石ころの寄せ集めだ。

 何が起きた?


 何かが起きたが、それは命を奪い、暮らしを壊し、身の毛も弥立つ不完全な死をもたらした。


 焼き潰して行く中で、ツアガ公の守備隊の痕跡も発見する。


 すり潰されるのを免れた一部が、農道側の茂みから出た。


「北部人の特徴があります。」


「肉が残っているが」


「新鮮な状態なのは、雪の中に埋もれていた事。それに」


 つい先ほど切り取ったとも見える肉は、それが特別な物であると証明していた。


「まず、獣人ではありません。

 北部人、指の本数から人族である事は確実」


「残るということは、長命種ではない?」


「村の者の末路があのような化け物になるというのなら、死が一握りの砂となる確証はありません」


「ツアガ公の守備隊と断定する理由は何だ?」


「種の特徴は長命種人族が優位にみられます。

 少なくとも長命種混血種の可能性があります。

 混血であるか、特別な血の長命種氏族であるかです」


「根拠が弱い」


「そうでしょうか?

 混血種は、緩やかに上位種に傾きます。

 それは世代を、時間をかけて元の特徴を駆逐していく。

 そして過渡期にある世代の肉体には個別に特徴がでるのです」


 エンリケは楽しそうに堅くこわばった肉を広げてみせた。


「基準種を人族にすれば、おおよその血統が予想できます。

 手足の指の数、主に手の指があれば十分に類推可能です。

 人獣の混血ならば、指の数は五本から六本。

 これは短長いずれもかわりません。

 人亜の混血ならば、四本以下。

 人族が混じらず獣亜だけの場合は、多指か極端な異形になります。」


 皮膚はなめらかで薄く、白い。

 少なくとも獣人ではない。


「北部人の皮膚に指が五本。

 亜人ではありません。

 そして我々と同じならば、骨格部分の強度が違います」


 切り離された断面を傾ける。


「骨の密度も獣人族の最低限以下。

 混血としても人族の血が優位すぎる。

 そして指の長さに特徴がでています。

 これは過渡期の人族にみられる特徴です。」


 小指と薬指が長い。


「そして特異な混血である混合体の方々の症例を、私は入手していませんが、ローレ殿下の指と公王陛下の指は、ほぼ同じ形をしています。

 そしてグリューフィウスの長子、使徒の家系のシュナイ殿の指も相似が認められる。

 もちろん、根拠としては薄いですが、これの持ち主は、長命種の血を持ち、混合体もしくは使徒の家系の血が入っている可能性がある。推論ですが、それを否定する材料も無い」


 そしてツアガ公ならば、その氏族に混合体の血、もしくは古い使徒の血が入っている。

 もちろん、古い古いモーデンの血もだ。


「代官が差し向ける差配の者が村を巡回するのは季節の変わり目か、税の徴収時期か」


「守備隊がいる村です。頻回とは言わずとも人の出入りはあったでしょう。」


「この事態に気がついていないと思うか?」


 愚問に鍋を抱えていたスヴェンが笑った。

 もちろん襲撃前に煮込んでいた、あの鍋である。

 奇跡的に無事だった訳ではなく、兵隊の一人が鍋をつかんで退避していた。

 食い物に関しては絶対に無駄にしないというか、食い意地だけは皆人一倍である。

 そして負傷した男に、更に中身を継ぎ足して鍋ごと喰わせている。

 日頃頑丈な男がひっくり返った事がよほど皆を驚かせたのだろう。

 継ぎ足し分は、他の兵隊が自主的に分け与えていた。

 そうして、やっと意識がはっきりとした男は、イグナシオと同じくひたすら喰い続けている。

 そして幸いにも擬態を戻しても、あからさまな異相は見られず、痛みにうめいているが本人は上機嫌だ。

 獣体の変化は、内部に取り込まれているようだ。

 不備不調がでるようならば、グリモアに願うところだが、本人は上機嫌で痛みも何もかも気にならないようである。


「中原ならば、それもあろう。

 平地の小村ならば、一夜にして壊滅し、領主が一季節気がつかない事もあるかもしれない。

 税をごまかす隠れ里や、冬の季節に行き来が途絶えた時に災害によって消滅する事もあろう。

 だが、ここは地形からして閉鎖している。

 そして元々開墾地であり、ツアガ公が認めた村だ。

 神官が常駐し、そこそこ人もいた。

 気がつかない方がおかしい。

 まぁ、すり潰された守備兵こそが、その巡回であったかもしれんがな。

 それなら不思議でもあるまい?

 常駐兵もいたかもしれんが、異変が起きて人が死に、そして助けを求めた。

 兵隊が来たが、何かにすりつぶされた。

 そして村が壊滅した後に、我々が来た。

 なんら不思議ではない。」


「だが、その後は?」


 腹をさすりながら、サーレルが荷駄の確認を終えて戻ってきた。

 ジェレマイアと公爵は簡素な神殿の順路図を見て話し合っている。

 女達を焼いて、もう一晩野営をしてから出立とした。

 特にジェレマイアを休めるべきだろうと言う判断だ。

 この先に何があるにしても、神官は守らねばならない。

 自分達もひとまず休みをいれて状況を話し合っている。

 たいした発見もないが、これからも異様な出来事に遭遇するのならば、落ち着いた会話もままならないかもしれない。

 車座に炎を囲み食事をしては辺りを警戒する。

 夜番の者は横になっていた。


「守備兵からの連絡が途絶えたとして、それを寄越した代官

 に動きが無いのは、どうしてでしょう」


「単純に考えれば、すり潰されたのと我々の到着時期が大差ないかだ」


 もしくは、代官の町も村と同じ有様であるかだ。


「つまり、コレの持ち主が派遣された時は、まだ、代官の町は無事だった。ならば、一晩野営するよりも、できればこの休憩の後出立したほうがいいのでは?」


 皆の視線が向く。

 が、結論は変わらない。


「計算上、我々だけならば一日もかからない距離だ

 が、生きてツアガ公の城に彼らを連れていかなければならない。

 急いだところで、汚染され巣となった町に頭から突っ込めば、サーレルやイグナシオの二の舞になる。

 神は為さねばならぬ約束を果たし、確実に答えを返せと望んでいるのだ。

 急いているのは」


 祭司と公爵を指し示せば、仲間も同意した。

 人族は、自分達の動きに合わせると弱る。

 例外は狂人とシュナイぐらいだ。


「確かに。我々の目的は、人族の救済ではありません。気になるのは、彼らが急いている理由です。それについてのグリモアの意見は?」


「代官の町の様子で判断する。

 悪霊は答えを用意しているが、正しく問わねば唆してくるだけだ。」


(でも、君は大凡わかってしまっているのではないかい?

 不思議な現象や化け者共、そして僕達悪霊なんていう、君にとっては馬鹿げたお話ではない。

 よくある人間同士の争い事だ。

 君の本業である戦争では、よくある事だね。

 だから、少し考えればわかる。

 君の好きな単純な答えだ。

 でも、君はこうも考える。

 なぜ、今更?とね。

 期限を切ったたのは神だと考えている彼ら。

 だが、君は違うと思っている。

 今、言ったように神は急いていないとね。

 本当に、そうだろうか?)


「村の備蓄等使えそうな品は回収しろ。ただし、除菌してな」


 エンリケは、防腐液に回収物を浸した。

 寂しい音がする。

 寂しい水音を皆で見つめる。

 己が最後もこんなものだろう。

 五体満足になぞおこがましい。

 ただし、何処かで楽しいと喝采する者がいる。

 己の中の悪霊か、それとも。


「どっちにしろぉ俺のやることはぁ、かわんねぇからいいやぁ~」


 狂人の言葉にイグナシオが唸る。


 剣と拳が通じるなら、確かに我々の行いに何ら支障が無い事だけは確かだ。


「代官のいる町で、みせるのもよかろう。案外知り合いなら、体の一部でも見分けられるかもしれない」


 それは何かを訴えているように見えた。

 つかみ取れ無かった何かを探しているのかもしれない。


 右手首はもがくように瓶の中で揺れた。






(君は大凡、見当がついてる。違うか?)


 夜は何事もなく過ぎた。

 雨は降らず、黒い雲が空を覆う。


 悪霊の言う通り、自分なりの見当はついている。

 ジェレマイアの懸念を考慮せずとも、ロドメニィ殿下と付随する姫の話の意味は簡単だ。

 公王家がツアガ公へと姫を送り出すのは、何も融和や混血推進や、水源地の守護の為ではない。

 もちろん、多少その意味はあるだろうが。

 姫君は、否、姫と随行する女達や名を偽り送り出された者は、人質だ。

 婚姻の祝詞により送り出されたのも、結局は、昔からある婚姻による地固めに過ぎない。

 ただし、その意味が問題になる。


 ツアガ公本人との婚姻が目的なのか。


(何かの生け贄としてかだね。政治的な人質ならばいいけれど、君も祭司も懸念している。

 彼女たちの犠牲の効果が薄れたか、もしくは失われた。

 犠牲を上回る凶事がおこされた。

 ご立派なニンゲンが、醜く悍ましい行いをしているとね)


「生け贄が必要とは、どんな事だ?大昔の治水事業の名残か」


(以前、バルディスの娘と同じ事を話題にしたよ。

 生け贄の必要な出来事とはなんだろうかと。)


「何と言っていた?」


(ただでは教えないね。で、主は何をするんだい?物見遊山で先に進むのかな)


「物見遊山で先へと進み、土地土地の名物でも探すさ」


 生け贄の痕跡、もしくは、死体、墓、意図的に配置された儀式物。

 ろくでもない物を探し破壊する。


(お得意の破壊だね、まったく)


「野蛮の極みか」


 深い森だ。

 うっすらと消えかけた獣道を進む。

 先頭はイグナシオとヤンに変更している。

 イグナシオは獣体のままで、ヤンは鼻歌交じりで脇を歩いていた。

 彼ら二人が、今のところ一番感覚が鋭い。


 次にエンリケとモルダレオが攻撃を受け持つ兵隊を連れる。

 そして公爵と祭司長を囲みオービスとスヴェンが挟む。

 その後ろがシュナイとニルダヌス。

 囲みは更に厚く兵士を置く。

 殿はサーレルと自分だ。


「いつからだ?」


「おや、みえますか?」


 旋律が聞こえる。

 そしてサーレルの傍らを幼女が軽く飛び跳ねて歩いていた。

 子供だ。

 小さな黒髪の子供。

 ぼんやりとした白い面に、赤い口が一筋弧を描いている。

 それが軽く飛び跳ねては男と手を繋ぐようにして歩いていた。


(ハハハ、呪物が具現化しているねぇ。

 呪われているけれど、生気はそれほと喰われていない。

 干からびて死ぬことはなさそうだけど、これは祟るねぇ)


「祟られてるぞ」


「大丈夫ですよ、彼女は良い子ですから。

 むしろ、貴方のグリモアの方がマズイのでは?」


(主よ。

 あの呪物、バルディスの娘には近づけない方がいい)


「何でだ?」


(あの手の怨念の固まりは、女を嫌うからね。

 祟られるのは、この男の周りの女だよ。

 本人は平気でも、周りの女は悉く不運に見舞われる)


 改めて見下ろせば、幼女は素早くサーレルの陰に隠れた。


(おやおや、主は怖いそうだ。近づけずとも、彼女には手を出さないか。それでも彼女の周りの女達に不運をまき散らせば、副次的に祟ることになるからねぇ)


 大丈夫だ。

 その時は滅すればいい。


(おぉ怖いねぇ、でもまぁ、益があるならいいんじゃぁないかい?

 結びつきが深ければ、この男も中々死ななくなるしね。

 多少、女運が無くなるだけだし)


「一生独身だそうだ。よかったなサーレル、恐妻に悩まされる事だけはなさそうだ」


「何ですかそれは」


「で、どうだ?」


 未だに腹が落ち着かないのか、手のひらで胃の辺りをさすりながらサーレルは答えた。


「順路どおりなら一三の町に四つの村、都市と呼べる程の場所は無いでしょう。

 代官が置かれているのは一三の町のうち二つ。東西で一カ所ずつですが、それも図に書き込まれている話が本当ならばです。

 ツアガ公の防衛拠点等の記載は当然ありませんし、神殿の順路図の正確性もわからない。

 一緒に行動していた者は全滅。

 先行させているのは二名。

 生き残って戻ってくるかは定かではありません。

 カーン、申し訳ありません」


「非があるとすれば俺だ。

 情報として引き出せた部分が弱い。

 公王は情報を開示したが、それはあくまでも彼個人でできる範囲だ。

 そして、脅し殺して王の周りの者共から何もかも絞りとる事をしないと決めたのは俺だ。

 神殿が伏せ、公王はあえて詳細な地図をよこさない意図。

 詳細な地図が失われたか、我々に与えても無駄と考えている理由。

 悪意ばかりでは無いから質が悪い。」


「ですが、私達にはコレがある」


「違うだろう、お前にはだ」


 サーレルは懐から、小さな帳面を取り出した。

 薄汚れた皮の表紙に赤茶けた紙の束。

 何の不思議も伺えない雑記帳である。


「中々、人外にモテるなぁお前。益々、ニンゲンの女から遠ざかる」


「冗談は止してください」


 サーレルは敢えて隷下から武器を受け取らなかった。

 代わりに武器以外に役立つ物が欲しいと要求していたのだ。

 それが、隷下の夫であるグリモアの主だった男の手帳である。


 ありとあらゆる毒に関する覚え書きが記された物。

 そしてありとあらゆる毒となる物がある場所も記されていた。

 小さな帳面でありながら、頁の最後が無い。

 いや、最後までたどり着かない異形の道具だ。

 唯一残念なのは、新たに何かを記せない事。それに筆者の没以前の記載故に情報が古いことだ。


「毒となる生き物、植物、鉱物、

 場所、考えられる全てが記されています。そして、毒をまき散らす異形の化け物もです」


 当然、このツアガ公の領地の動植物もだ。

 分布図らしき物も探せば出てくる。


「用途も用法までもです。ただし、解析できていない物はそのままですね。異形の図鑑とでもいいますか。

 エンリケと共に精査すれば、新たな薬もできるでしょう」


「そして見ようによれば地図として使うこともできる」


「どうして彼らには見せないのですか?」


 先を行く公爵とジェレマイアを指しての言葉に、少しだけ考える。


(フフフフ、答えは君の中にある)


 人の心は不思議である。

 信じているが、信じていない。


「ジェレマイアや公爵に見せても良いとは思う。

 だが、彼らは我らでは無い。」


「偏見ではないですね。つまり、残酷な選択をできるか疑わしいという事ですか」


「俺達は選んできた。

 当然として、無辜の命を奪い焼き潰してだ。

 彼らに同じ選択を望む方が無理だ。

 特に、ジェレマイアは神官だ。

 己で思うよりも、残酷にはなれない。

 公爵は選べるだろうが、選ばせてはならない。」


「だからこその王の配慮ですか?」


「ヤンにしろ、その手帳にしろ、使うのは俺達だ。

 で、この方向であっているのか?」


「分布図によれば、この方向で進めば村が二つに大きな町があります。

 記述時期は不明です。

 たぶん、この大きな町というのが代官の置かれた場所でしょう。

 外壁が二重になっている中々規模の大きな町ですね。」


「名物は何だ?」


「馬殺しと呼ばれる刺草ですね。

 人族だと接触刺激だけで死ねるそうです。

 それから」


「公爵達に顔も覆うように伝えろ」


「それから小型の蜘蛛で緋色の体色に黒い毛の生えた物が有毒です。特にこの先の町の近くに生息しています。

 殆どの下生えに生息しており、葉を巻き込むようにして巣にしています。

 まぁそれほど危険ではないでしょう。

 噛まれると高熱を発し、皮膚が溶けるだけですから。」


「装備に入り込まれんようにしろ、公爵達に」


「それから」


「まだあるのか」


 素晴らしいですよ。と、言いつつ手帳をなでる姿に溜息がでる。

 隷下の主人も、このような男だったのだろう。


(まぁ彼よりもイカレた男で、似ているといえばむさ苦しい感じが、ほら、あそこで炊事用具を担いでる彼が)


「そんな情報はいらん。獣人じゃないだろうが」


(似てるかどうかの話だからね)


「器のセイルとは似ても似つかないな」


(当たり前だよ、魂の器は大切にしなければならないけれど、外見の相似は必要ない)


「では、ヨルガンエルベなる男は、どんな姿をしているのだ?」


 それに悪霊は首を傾げた。


(不死者の王の姿なんて、人間の器じゃない事ぐらいわかってるでしょう?

 どんな姿か?

 虫や魚では無いと思うよ。

 たぶんね、多分だ、フフフ)







 暗い緑、薄い光。

 湿り気と肌寒い風が吹き抜ける。

 時折、生き物の気配を感じた。

 この様子なら、開墾が旨く行かずとも人は飢えずに暮らせていただろう。

 何事もなく、森の中を進む。

 とば口の村での出来事が嘘のように静かな道のりであった。

 ゆっくりとした歩みで、野営もしたが何も襲い来る物はなかった。

 何も起こらず、時折狩りをしては食料を補充す

 る。

 本当に物見遊山だ。

 ただし、ジェレマイアは無口になっていた。

 考える事が多すぎるのだろう。

 静かであればあるほど、己の中の考えに沈むものだ。

 静かだ。

 肉食獣の気配は無い。

 いたとしても、獣人の集団に挑むような群は感じられなかった。

 公爵は時折ニルダヌスが背負った。

 本人は嫌がっているが、足の傷は癒えていない。


(ニルダヌスの修復部分が見えるかい?)


 先を行く男を指して、悪霊が言う。


(加工技術を凌ぐ命の修復ができるのは、唯一、グリモアだけだ。

 グリモアはこの世界を構築し修復できる道具だからね。)


 男の胸の部分に美しい円環が見える。

 美しい織物のようだ。


(以前より、ニルダヌスは力が強くなっているはずだ。

 バルディスの娘の修復は、技術的に高度だからね。

 君は雑巾一枚縫えないが、彼女なら巨大な綴れ織りを作り出せるってわけだ。)


「訓練しろか」


(修復部分を見分けてみるといいよ。幸い見ることはできなくもない)


 だが、理解できるかは別だ。

 ニルダヌスの円環は黄金に輝き、見るだけならば容易だ。

 ただし、どこが後から修復された部分か見分けるとなると、難しい。

 輝きは全て均一である。

 継ぎ目もない。

 美しい綴れ織りというのは本当で、繊細な紋様は、どこが後付けされたものかはわからなかった。

 と、夢中になっていたのか鬼の形相で睨んでいたらしい。

 ニルダヌスは身をこわばらせており、公爵は振り返るとイヤそうに口を曲げた。


(まったく、しかめっ面をしても見えるわけじゃない。

 相手に悟られずに見て取らなければ、ダメだよ。

 不意打ちができないじゃないか)


「何で不意打ちが」


 悪霊が笑う。

 その言葉を確かめる前に森が終わった。


 先頭の二人が歩みを止めて振り返る。

 前に向かいながら、考えた。

 悪霊は、無駄な事はしない。

 そして、森の終わりにたどり着き、見た。


(見ることだけはできるよね?)


 朽ちた女をかき抱いた、男が一人死んでいた。

 腐り落ちた女を腕に、男が倒れている。

 両足は投げ出され、衣服は破れ。

 男は笑って死んでいた。

 まだ、死んで間もないのか朽ちてはいない。

 だが、かき抱いている女は腐っていた。

 腿は骨が見えている。


 それらの死体の向こうに、灰色の壁が見えた。

 町だ。


(さぁ見に行こうか、楽しい楽しいお祭りを)


「エンリケ、死因を確かめろ。公爵達は後方で待機。モルダレオ、斥候をだせ」


「カーン」


 ジェレマイアの呼びかけを手で制する。


 夜は満ち、既に扉は開かれている。

 人は元より愚かで野蛮。

 何もかもを化け物や異形の所為にする事はできない。

 人を殺すは、人なのだ。


「情報の確認をするぞ」


 死体をそのままに、森へと引き返す。

 斥候が戻る迄、待機だ。


(見えた?見えたよね?フフフ)


 暗い森に戻りながら、振り返る。


「あぁ、見えた。」


 女には、ある物がなかった。


(フフフ)


 朽ちた下肢は人の骨をしていたが、両腕は違う。

 べたべたとした黒い煮凝りのような何かが地面に広がっていた。


(楽しいねぇ)


 腕が無い。

 腕のような何かがあったが、アレは違う。


(きっと楽しい事が待ってるよ)


「そうだな」


 昼日中だというのに、闇の中にいるような気がした。

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