ACT258 挿話 狐と鶉と猟師の罠と 下
黒いうねりに息が詰まる。
人の一番柔らかい部分に、何かが食らいついてくる。
あぁこれは、熱帯の川底か?と、イグナシオは思った。
川底に棲む肉食の生き物に集られたかと。
集られても即死は免れた。
重さで沈むが、厭になるほどの装備だ。
目や耳、体の穴から入り込む事は阻めた。
ビチビチと音がする。
それでも隙間から潜り込んでは、食い千切られる。
重要な臓器に被害は無いが、獣化をしなければ凌げるような攻撃ではない。
それも何れ喰われるだろう。
流れは重く、泳ぐ事もままならない。
頭の片隅で、ヤンは、死んだか?
と思うも、苦笑が漏れた。
アレの生死を考える前に、己が水にふやけた死体になるのかの瀬戸際だ。
喰われ、ふやけ、腐れた物になるなぞ、そんな無様をさらす気は無い。
喰われて死ぬ痛みは苦しいが、恐れるのは死ではない。
残す事こそが気がかり。
己の肉を骨を残す事。
地獄に行くは定め、死は祝福。
視界は黒く塗りつぶされ、生ぬるいモノに包まれている。
息を止めるのも、そろそろ限界だ。
ならばと腰の物に手を伸ばす。
堅い金属装備のお陰で指は残っている。
叩けばいい。
それくらいならば、まだ動ける。
小さな雷管が潰れれば、体中に仕込んだ物が起爆するだろう。
楽しい。と、感じた。
息が、苦しい。
痛みも。
もちろん未練も、ある。
だが、楽しい。
惨めな気持ちから程遠く、予想とは違っていた。
楽しい。
楽しいと感じながら、何度も叩き、やっと雷管を潰した。
入り込んできたモノが体を食い破る。
それを感じながら、イグナシオは笑った。
これで、この呪いの鎧ともオサラバだ。
緑の森だ。
すがすがしい風に目を細める。
あぁ、気分がよい。
「おっ、お前もか?」
よぉ、と仲間が手をあげる。
それに彼も笑って答えた。
「あぁ、先に来ていたのか」
ここは?
とても静かで、綺麗な場所だ。
静かな緑の森だ。
さわやかな風が吹いている。
踏む大地も命が満ちていた。
「ありゃぁ何だ」
と、彼が示す場所には、不思議な物が置かれていた。
水晶の棚?
棚の上には、これもまた細工も美しい本が置かれている。
開かれた頁には、凝った藍色の文字がびっしりと並んでいた。
二人でのぞき込むと、文字が動いた。
禍々しい感じはしない。
実に楽しげに文字は踊りだし、彼らの周りをくるりと囲む。
囲んだ文字は手を繋ぎ、楽しそうに跳ねては踊る。
すると、声が聞こえた。
とても、優しい声だ。
(資格は得ている。
お主等は、十分、この世の糧となってきた。
故に、選ぶ事を許そう。)
美しい景色に花が降る。
(一つはこのまま、還る道。
痛み無く、後悔無く、嘆きの泉にて癒される。
魂は、流れに戻る祝福の道。)
花が降る、赤い花だ。
(そして又一つも、還る道。
苦痛多く、喜びは僅か、押し寄せる業を受け止める。
魂は、宮へと還る慈悲の道。)
闇が漂い花が降る。
赤い赤い花が降る。
(慈悲へと至る道程は、苦難苦痛が待ち受ける。
故に魂は多くを得るが、向かう場所は地の底ぞ。
堕落を選び異形となるか。
慈悲を学び異形となるか。
何れも向かうは宮の底。
還るは宮の闇の中。)
よくよく己に問うことだ。
と、声は消え、静寂に取り残される。
イグナシオは闇を見上げた。
見上げる闇には、炎が見えた。
赤い花をまき散らす、赤黒い炎。
神の炎だ。
美しい。
魂を救済する輝きだ。
それは自分自身をも焦がし、やがて魔物に変える炎。
神の炎は、魔を宿している。
人が手にすれば、身の破滅。
だが、それは圧倒的な力だ。
更なる邪悪を滅ぼす力。
得るために、己を差し出す事は、間違いか?
地獄に落ちるが、それは己には救いではないか?
父母を焼いた罪も、友を、知人を、全てを殺し焼いた事は消えない。
元より、地獄に生きているのだ。
宮に、還るのは当然だ。
生きている間の全てを、邪悪を滅ぼす事に費やす為に、汚れを受け入れる事は、正しい。
迷うことが、あろうか?
傍らで仲間が言った。
「そうだな、知りたいぞ。
宮の事も、そして娘の先行きも、それから、そうだ。
我等がカーンの行く末もだ。
未練だらけよ。
それにどうせ逝くなら、地獄を見てみたいぞ。
私は、知りたいのだ。
この世界は、どうしてこうも残酷で美しいのか。
そしてどうして、醜く優しいのか。
私は知りたいぞ」
闇の中、赤い花に手を伸ばし、仲間が呵々大笑する。
「己だけ楽になるのは業腹よ、それにな、この欲がな。どうしようもない、悪い癖だ。」
お前は、どうする?
と、聞かれてイグナシオも笑った。
屈託のない、そして狂った笑いである。
それはヤンと同じ笑いだ。
「悪い癖が俺も出た。
きれいに死ぬなど、おこがましい!
神に捧げるは行いのみ、我が魂は地獄に落ちるは元より定め。
そして天命ならば、苦痛苦悩を友として、更に多くを炎に包むと誓おう。
魔物となろうと、この世の邪悪を焼き尽くす。
焼き尽くすまで、誰が死ぬか」
言葉と共に、文字が輝いた。
輝き回転を増し、彼らを包む。
(名は捧げられた。
魂が還る場所は一つ。
生きて苦しみ、命の炎を燃やすがよい)
激痛が走る。
己が無様に叫んでいるのを感じた。
本能が優位になり、肉体が驚異的な勢いで変化していく。
人の姿から、完全な四つ足の獣体に。
そして変化と共に、手当たり次第に噛みつき引きちぎる。
何がどうなっているかもわからないが、ともかく痛みから逃れようと暴れた。
噛み、走り、転がり、叩きつけ、全身で暴れた。
口からはうなり声だけが漏れ、伸びた爪で自分を囲む物を切り裂いた。
「旦那ぁ~、正気に戻ってくれよぅ」
間の抜けた声。
だが、よく意味がわからない。
コレは、殺した方がいいのか?
「イグナシオの旦那ぁ、目は見えるかい?
抉れてないからぁ、こじ開けて、ちゃんと見ろよぅ。
そうすりゃ、全部、始末したってわかるからよ」
威嚇音を漏らす。
言葉だ。
人間の言葉。
「おぉ、すげぇなぁ。
獣人でも大型は、こんな風になるんだねぇ。
大戦場で、人族なんぞ紙っぺらっつうの納得ぅ。
野生の熊よりデカいってどうよ。
つうか、どんな内臓してんのかな、ウケケケケ!」
殺そう、世のため人のため。
「おわっ、食いついてきたよっ!
旦那、俺、俺だよ」
クソッ、相変わらず動きが早いな。
「今、ぜっってぇ、ワザと食いついたよな。ヒデェ」
呪いの鎧は木っ端微塵であった。
叔母には悪いが、ちょっとだけ嬉しいイグナシオである。
お陰で気分は思うより良いが、体調は最悪だ。
おまけに油薬どころか、火薬も火種も何も無い。
大問題である。
全身に仕込んであった爆薬のおかげで敵は燃やし尽くせたが、手持ちが無いのはダメである。
勿論、イグナシオ的に、ではあるが。
そのイグナシオは、全身火達磨になるも、不意に息を吹き返し大暴れ。と、言う具合で今に至る。
「デ、ナンデ、オマエ、ムキズ」
食いちぎられ、一部、爆発により欠損した肉は、異常活性のお陰で再生しつつある。
己は異形となりつつある。
汚れを受け入れて生き延びた。
生きる事を受け入れた。
己でも意外だが、死して許される道を拒み、汚れる事を選んだ。
神が命じたからではない。
神がお望みの事を遂行するには、地獄の悪鬼になる事が必要。と、自分が選んだのだ。
少なからず、狂人の生き方に感化をうけたのかもしれない。
己が正しくあろうとする事は、今更、卑怯だと感じた。
人を殺めて生き残ってきたのだ。
今更、自分だけ安らかな死を選ぶなど、卑怯。
元々卑怯なのだ、許されてはならない。
そして、神の元へ至る道も、一つではない。
地の底に向かう終わりを喜びとし、多くの汚れを滅ぼさねばならない。最後の裁きには、己自身と多くの汚れた命を差し出さねばならない。
選んだのだ。
一心に突き進まなければ、神の御心に答えなければ。
故に、先ずは体を戻す事が肝要。
なので全身の傷と火傷を回復する為に、イグナシオは未だに獣の姿のままだった。
そして地の底に広がる穴蔵を歩いている。
何故か、無傷の狂人と共に。
神は、とても理不尽である。
「ナンデって、そんな不満そうにぃ。
旦那がピカッと光って爆発してくれたお陰でしょうが。
その後、焦げ焦げで死んだかと思ったら、起きあがって大暴れだしぃ」
奇妙な魚もどきの化け物だったそうだ。
その群に飲み込まれたが、大方を自爆して焼き尽くし、僅かな残滓を潰したり、かみ殺したりしたらしい。
らしいだけで、イグナシオにしてみれば、記憶が無い。
「それよりもぉ、旦那、なんだかさぁ。変じゃね?」
「ナニガダ?」
「俺の天才的感覚からすると、ここ地下じゃないよん」
言葉はフザケているが、ヤンは真面目だ。
「地下でもないし、何か、微妙に歪んでる。
気持ち悪い感じ、しない?」
問われて、イグナシオはブルリと全身を揺すった。
肉体の苦痛と感覚の麻痺が続いていたので、言われるまで気にもかけなかった。
「地下じゃないよぅ、この空気の匂いは、違う。
目で見てることと、感じてる事が違う。
酔っぱらってるみてぇなんだよ、旦那。
俺は頭がオカシイけどよ、こういう感覚は狂っちゃぁいねぇんだよねん」
それにイグナシオが唸った。
うなり声をあげ、大きく吠える。
「ヤンヨ、ウズラ、ドコダ?」
それに狂人は、珍しく逡巡した。
「ドウシタ」
「娘に怒られるのは、ちょっとばかし不味いからなぁ。
帰った時がヤバい。
口きいてくんなくなりそう、そうすっとトーチャン、寂しくて、もっと殺しちゃうかも。」
「オイ」
「でも、少し我慢しないと、公王にバレてるしぃ。
例の条件だと、娘にもチクられるぅ。
んで、娘は言うよねぇ~一人で都出ろとか。
お姫様と暮らすとか。
そうすっと、娘特製の肉の煮込みが食えない。
ガーン、トーチャンカワイソウ。
ムムム、つーことは見なかった事にすんのは不味い?」
「ヤンヨ、カミコロスゾ」
「まっ、いっかぁ」
逡巡も一瞬のようで、再び笑顔の狂人は指をたてると明るく言い放った。
「見えねぇけど、多分、殺して良い鶉と、殺しちゃダメな鶉が一緒に近くにいるね。見えねぇけど。多分、こっち方向?」
指し示したのは岩壁だ。
そうして無精髭の男が、可愛子ぶって頬に手をあてると首を傾げる。
それにイグナシオは、前足を素早く振りかぶった。
「ぐわっ、マジで死ぬから旦那」
「シネ」
爪はギリギリ、ヤンの胸を掠ったが、苛つくフザケた仕草で逃げた。
イグナシオはそのまま前方に突進する。
もちろん、ヤンに向けてではない。
突進すると、そのまま石壁に頭突きをあてた。
洞穴が揺れるような突撃を、手当たり次第に繰り返す。
モウモウと粉塵が舞い、ガラガラと辺りが崩れ出した。
「わぁ旦那、生き埋め、生き埋め」
イグナシオは吠えた。
そして、ひび割れ始めた壁に猛然と体当たりを続ける。
やがて土煙が落ち着くと、そこは山肌が抉れむき出しになった場所に変わっていた。
洞穴でも地下でもない。
山が削れ、見上げれば崖下のようだった。
夜の闇の中、白っぽい地面は砂利のようだ。
大小の石ころが散乱している。
二人が辺りを見回すと、夜目にも、それは奇妙に浮いていた。
枯れた倒木がある。
倒木は無秩序に置かれ、闇に白く浮いていた。
そして更に浮き上がっているのが、置かれた人だ。
見る限り、人が木の枝に。
木の枝に、人間が刺さっている。
それが四肢をだらりと垂らす。
「死んでるね。でも、生きてる気配もあるよ。それに」
ヤンはニヤニヤと笑いながら、イグナシオに目配せをした。
倒木の向こう、影から手が見えた。
ペタリと手が幹に張り付いている。
それはゆっくりと動き、体を引き上げた。
あの石の鳥だが、変異が途中のようだ。
頭は奇妙に尖っていたが、体は蝋のように白い人型だ。
少々腐れている様子もある。
火薬が無い事が残念だと、イグナシオは低く唸った。
「旦那にばっかり暴れられたら、俺の仕事がなくなるからねぇ。あ~れぇはぁ、俺の鶉だぁ」
言うなり上着の内側から刃物を引き抜くと、狂人は投げた。
短刀とも見えぬ、小振りの鉈だ。
それが回転を加えて飛び出すと、鳥の頭を割った。
「あったりぃ、脳味噌爆発ぅ!」
それでも異形と成り果てたモノは、這いだしてくる。
ヤンは腰の太刀を引き抜くと、鼻歌交じりで倒木に近寄った。
止めを指すつもりかと、イグナシオが見ていると、横たわる他の倒木にも異形が顔を出した。
結構な数である。
それを見て、イグナシオは改めて油薬や火種が無い事を嘆いた。
戦うヤンの側に向かいながら、彼は燃えさかる炎を欲した。
そして無惨な姿のモノに食らいつく。
すると異形は煙をあげた。
イグナシオが爪を立て引き裂くと、腐肉は焦げた。
まとわりつくモノを四肢でなぎ払うと、異形は赤黒く熱を持ち溶けた。
イグナシオは、這い寄る異形をあらかた始末すると、改めて周りを見回した。
異形の死骸が燃えている。
普通の炎ではない。
禍々しい赤黒い炎が渦を巻く。
それにヤンはヘラヘラと笑った。
「旦那ぁ、イケてるねぇ。
地獄にいるみてぇじゃぁねぇか。
あぁ、そっちは燃やしちゃぁだめだよぅ。
殺しちゃダメっぽな気配がするからね」
禍々しい炎だが、異形は確実に骨まで灰になっていく。
(これが答えか)
力を得るとは、堕落にも落ちやすい。
(ヤンは鏡か、神よ)
まるでイグナシオの考えがわかったかのように、狂人は言った。
「大丈夫さぁ旦那、旦那は俺じゃぁないだろう?
ちっとばかりぃ化け物っぽくなったってぇ、神様に仕える旦那は大丈夫さぁ。
旦那は神の剣だ。
力はぁ悪じゃない。
弱さは、善じゃぁないようになぁ。
まぁ今更、信心深い旦那に言うことじゃぁないけどよぅ。
俺はぁ地獄に行くがぁ、これは俺が選んだ道だ。
理由は簡単だ。
俺がぁ罪人だからさぁ。
神様は、見てる。
今なら、知ってる。
神様はぁ、見てるんだぁ、ヒヒヒヒヒ!」
枝に刺さった死体を、ヤンは切り落とした。
ドサリと地面に転がった死体は、何故か上下に分かれているのに蠢いた。
「旦那ぁ、焼いてやるのが神のお慈悲、なんだろう?」
朝陽が上る。
霧は晴れた。
森に山にと奇妙な石の塔が置かれていた。
イヤな気配がするので、それを手当たり次第に破壊する。
すると霧が晴れて、朝陽が見えた。
それを拝むと、掘り起こした者を河原に並べる。
あの崖下には、細い流れがあった。
そして、倒木の下には人間が埋められていた。
枯れ葉と土が軽くかけられ、仮死状態で置かれていた。
餌を隠したのか、それとも異形にするべく何かをしていたのか。
イグナシオが掘り、ヤンが河原に並べる。
死にかけている者は、ヤンが止めをさした。
生きながら変化しつつある者は、イグナシオが焼いた。
そして残り。
数名の女が残る。
いずれも外傷は無い。
無いが、無傷に近いことが訝しい。
それ故、殺すこともできないが、このまま連れ戻る事も躊躇われた。
祭司長かカーンに見せるとしても、どう運ぶかと悩む。
が、それもイグナシオだけだ。
ヤンは、殺すことが一番という考えである。
そして二人が河原に火をおこし、暖まろうとしていると、崖の上から誰かが滑り降りてくる。
「生きてたねぇ~ん?旦那ぁ、補佐官もぅ大分消耗してんね」
サーレルが焚き火を目指して歩いてくる。
その顔色は悪く、前屈みでガタガタと震えていた。
「それにぃ犬の気配がないよぅ、ヤラレタ、ヒヒッ?」
ヤレヤレという仕草に、サーレルがジロリとヤンを睨む。
「異常者は黙りなさい。お喋りできないように内臓を溶かしてやりましょうか?
こちらは解毒剤と中和剤の大量摂取による副作用です。
震え以外は正常です。
それよりも、それは村人ですか?」
「う~ん、匂いは普通なんだけど、起きないし、寝たまんまなのに弱ってないのが、超あやしい」
「そうですか。それにイグナシオ、貴方も痛めつけられたようですね」
イグナシオは器用に肩を竦めてみせた。
「旦那のはぁ自爆、もう、焦げ焦げで死んだと思ったら、焦げた後の方が元気。俺の方が死にそぅ」
「嘘はつくんじゃありません。さて、どうやら村の周りには幻覚を興す何かが置かれているようですね。お陰で、私の手勢は残っていません。出立して直ぐに全滅するとは、不覚です」
そんな自嘲の言葉に、イグナシオは潰した石塔を示した。
「あぁ壊したのですね。
化け物がアレを作ったのでしょうか。
それとも化け物を何者かが放ち、この村を巣にしたか。
どちらにしろ、行いは、腐土出現前に似ています。」
「うへぇ、確か共食いとか同士討ちって噂があったよねん」
「噂半分、といいたいですが。
実際、本格的に腐る前は、怪異な現象が人を死に至らしめたわけではありません。
殆どが同士討ち、当初は幻覚剤等薬物が原因かと思われていました。」
「ヨクナイ、チョウコウダ」
「火薬は十分保有していますが、これから先は、攻撃以外に火を放つ場合は油薬ではなく、普通に火種だけで燃やしてください。なるべく、火力の高い物は温存しましょう」
「んじゃぁ、イグナシオの旦那は、炊事当番決定だねん」
ヤンの言葉がわからないサーレルが首を傾げた。
それにイグナシオは、前足の一振りでヤンを弾き飛ばす。
おかげでヤンの胸当てが焦げ、図らずも答えになる。
だが、異形を灰にした一撃も、狂人には何故か通じない。
神は、とても理不尽であった。




