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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
293/355

ACT258 挿話 狐と鶉と猟師の罠と 下

 黒いうねりに息が詰まる。

 人の一番柔らかい部分に、何かが食らいついてくる。

 あぁこれは、熱帯の川底か?と、イグナシオは思った。

 川底に棲む肉食の生き物に集られたかと。

 集られても即死は免れた。

 重さで沈むが、厭になるほどの装備だ。

 目や耳、体の穴から入り込む事は阻めた。

 ビチビチと音がする。

 それでも隙間から潜り込んでは、食い千切られる。

 重要な臓器に被害は無いが、獣化をしなければ凌げるような攻撃ではない。

 それも何れ喰われるだろう。

 流れは重く、泳ぐ事もままならない。

 頭の片隅で、ヤンは、死んだか?

 と思うも、苦笑が漏れた。

 アレの生死を考える前に、己が水にふやけた死体になるのかの瀬戸際だ。

 喰われ、ふやけ、腐れた物になるなぞ、そんな無様をさらす気は無い。


 喰われて死ぬ痛みは苦しいが、恐れるのは死ではない。


 残す事こそが気がかり。

 己の肉を骨を残す事。

 地獄に行くは定め、死は祝福。


 視界は黒く塗りつぶされ、生ぬるいモノに包まれている。

 息を止めるのも、そろそろ限界だ。

 ならばと腰の物に手を伸ばす。

 堅い金属装備のお陰で指は残っている。

 叩けばいい。

 それくらいならば、まだ動ける。

 小さな雷管が潰れれば、体中に仕込んだ物が起爆するだろう。


 楽しい。と、感じた。


 息が、苦しい。

 痛みも。

 もちろん未練も、ある。

 だが、楽しい。

 惨めな気持ちから程遠く、予想とは違っていた。


 楽しい。


 楽しいと感じながら、何度も叩き、やっと雷管を潰した。


 入り込んできたモノが体を食い破る。

 それを感じながら、イグナシオは笑った。

 これで、この呪いの鎧ともオサラバだ。



















 緑の森だ。

 すがすがしい風に目を細める。

 あぁ、気分がよい。


「おっ、お前もか?」


 よぉ、と仲間が手をあげる。

 それに彼も笑って答えた。


「あぁ、先に来ていたのか」


 ここは?


 とても静かで、綺麗な場所だ。

 静かな緑の森だ。

 さわやかな風が吹いている。

 踏む大地も命が満ちていた。


「ありゃぁ何だ」


 と、彼が示す場所には、不思議な物が置かれていた。

 水晶の棚?

 棚の上には、これもまた細工も美しい本が置かれている。

 開かれた頁には、凝った藍色の文字がびっしりと並んでいた。


 二人でのぞき込むと、文字が動いた。


 禍々しい感じはしない。

 実に楽しげに文字は踊りだし、彼らの周りをくるりと囲む。

 囲んだ文字は手を繋ぎ、楽しそうに跳ねては踊る。


 すると、声が聞こえた。

 とても、優しい声だ。


(資格は得ている。

 お主等は、十分、この世の糧となってきた。

 故に、選ぶ事を許そう。)


 美しい景色に花が降る。


(一つはこのまま、還る道。

 痛み無く、後悔無く、嘆きの泉にて癒される。

 魂は、流れに戻る祝福の道。)


 花が降る、赤い花だ。


(そして又一つも、還る道。

 苦痛多く、喜びは僅か、押し寄せる業を受け止める。

 魂は、宮へと還る慈悲の道。)


 闇が漂い花が降る。

 赤い赤い花が降る。


(慈悲へと至る道程は、苦難苦痛が待ち受ける。

 故に魂は多くを得るが、向かう場所は地の底ぞ。

 堕落を選び異形となるか。

 慈悲を学び異形となるか。

 何れも向かうは宮の底。

 還るは宮の闇の中。)



 よくよく己に問うことだ。

 と、声は消え、静寂に取り残される。


 イグナシオは闇を見上げた。

 見上げる闇には、炎が見えた。

 赤い花をまき散らす、赤黒い炎。

 神の炎だ。


 美しい。


 魂を救済する輝きだ。

 それは自分自身をも焦がし、やがて魔物に変える炎。

 神の炎は、魔を宿している。

 人が手にすれば、身の破滅。

 だが、それは圧倒的な力だ。

 更なる邪悪を滅ぼす力。

 得るために、己を差し出す事は、間違いか?


 地獄に落ちるが、それは己には救いではないか?


 父母を焼いた罪も、友を、知人を、全てを殺し焼いた事は消えない。


 元より、地獄に生きているのだ。

 宮に、還るのは当然だ。

 生きている間の全てを、邪悪を滅ぼす事に費やす為に、汚れを受け入れる事は、正しい。


 迷うことが、あろうか?


 傍らで仲間が言った。


「そうだな、知りたいぞ。

 宮の事も、そして娘の先行きも、それから、そうだ。

 我等がカーンの行く末もだ。

 未練だらけよ。

 それにどうせ逝くなら、地獄を見てみたいぞ。

 私は、知りたいのだ。

 この世界は、どうしてこうも残酷で美しいのか。

 そしてどうして、醜く優しいのか。

 私は知りたいぞ」


 闇の中、赤い花に手を伸ばし、仲間が呵々大笑する。


「己だけ楽になるのは業腹よ、それにな、この欲がな。どうしようもない、悪い癖だ。」


 お前は、どうする?

 と、聞かれてイグナシオも笑った。


 屈託のない、そして狂った笑いである。

 それはヤンと同じ笑いだ。


「悪い癖が俺も出た。

 きれいに死ぬなど、おこがましい!

 神に捧げるは行いのみ、我が魂は地獄に落ちるは元より定め。

 そして天命ならば、苦痛苦悩を友として、更に多くを炎に包むと誓おう。

 魔物となろうと、この世の邪悪を焼き尽くす。

 焼き尽くすまで、誰が死ぬか」



 言葉と共に、文字が輝いた。

 輝き回転を増し、彼らを包む。


(名は捧げられた。

 魂が還る場所は一つ。

 生きて苦しみ、命の炎を燃やすがよい)















 激痛が走る。

 己が無様に叫んでいるのを感じた。

 本能が優位になり、肉体が驚異的な勢いで変化していく。

 人の姿から、完全な四つ足の獣体に。

 そして変化と共に、手当たり次第に噛みつき引きちぎる。

 何がどうなっているかもわからないが、ともかく痛みから逃れようと暴れた。

 噛み、走り、転がり、叩きつけ、全身で暴れた。


 口からはうなり声だけが漏れ、伸びた爪で自分を囲む物を切り裂いた。


「旦那ぁ~、正気に戻ってくれよぅ」


 間の抜けた声。

 だが、よく意味がわからない。

 コレは、殺した方がいいのか?


「イグナシオの旦那ぁ、目は見えるかい?

 抉れてないからぁ、こじ開けて、ちゃんと見ろよぅ。

 そうすりゃ、全部、始末したってわかるからよ」


 威嚇音を漏らす。

 言葉だ。

 人間の言葉。


「おぉ、すげぇなぁ。

 獣人でも大型は、こんな風になるんだねぇ。

 大戦場で、人族なんぞ紙っぺらっつうの納得ぅ。

 野生の熊よりデカいってどうよ。

 つうか、どんな内臓してんのかな、ウケケケケ!」


 殺そう、世のため人のため。


「おわっ、食いついてきたよっ!

 旦那、俺、俺だよ」


 クソッ、相変わらず動きが早いな。


「今、ぜっってぇ、ワザと食いついたよな。ヒデェ」






 呪いの鎧は木っ端微塵であった。

 叔母には悪いが、ちょっとだけ嬉しいイグナシオである。

 お陰で気分は思うより良いが、体調は最悪だ。

 おまけに油薬どころか、火薬も火種も何も無い。

 大問題である。

 全身に仕込んであった爆薬のおかげで敵は燃やし尽くせたが、手持ちが無いのはダメである。

 勿論、イグナシオ的に、ではあるが。

 そのイグナシオは、全身火達磨になるも、不意に息を吹き返し大暴れ。と、言う具合で今に至る。


「デ、ナンデ、オマエ、ムキズ」


 食いちぎられ、一部、爆発により欠損した肉は、異常活性のお陰で再生しつつある。


 己は異形となりつつある。

 汚れを受け入れて生き延びた。


 生きる事を受け入れた。


 己でも意外だが、死して許される道を拒み、汚れる事を選んだ。

 神が命じたからではない。


 神がお望みの事を遂行するには、地獄の悪鬼になる事が必要。と、自分が選んだのだ。

 少なからず、狂人の生き方に感化をうけたのかもしれない。

 己が正しくあろうとする事は、今更、卑怯だと感じた。

 人を殺めて生き残ってきたのだ。

 今更、自分だけ安らかな死を選ぶなど、卑怯。

 元々卑怯なのだ、許されてはならない。

 そして、神の元へ至る道も、一つではない。


 地の底に向かう終わりを喜びとし、多くの汚れを滅ぼさねばならない。最後の裁きには、己自身と多くの汚れた命を差し出さねばならない。

 選んだのだ。

 一心に突き進まなければ、神の御心に答えなければ。

 故に、先ずは体を戻す事が肝要。


 なので全身の傷と火傷を回復する為に、イグナシオは未だに獣の姿のままだった。

 そして地の底に広がる穴蔵を歩いている。

 何故か、無傷の狂人と共に。


 神は、とても理不尽である。


「ナンデって、そんな不満そうにぃ。

 旦那がピカッと光って爆発してくれたお陰でしょうが。

 その後、焦げ焦げで死んだかと思ったら、起きあがって大暴れだしぃ」


 奇妙な魚もどきの化け物だったそうだ。

 その群に飲み込まれたが、大方を自爆して焼き尽くし、僅かな残滓を潰したり、かみ殺したりしたらしい。

 らしいだけで、イグナシオにしてみれば、記憶が無い。


「それよりもぉ、旦那、なんだかさぁ。変じゃね?」


「ナニガダ?」


「俺の天才的感覚からすると、ここ地下じゃないよん」


 言葉はフザケているが、ヤンは真面目だ。


「地下でもないし、何か、微妙に歪んでる。

 気持ち悪い感じ、しない?」


 問われて、イグナシオはブルリと全身を揺すった。

 肉体の苦痛と感覚の麻痺が続いていたので、言われるまで気にもかけなかった。


「地下じゃないよぅ、この空気の匂いは、違う。

 目で見てることと、感じてる事が違う。

 酔っぱらってるみてぇなんだよ、旦那。

 俺は頭がオカシイけどよ、こういう感覚は狂っちゃぁいねぇんだよねん」


 それにイグナシオが唸った。

 うなり声をあげ、大きく吠える。


「ヤンヨ、ウズラ、ドコダ?」


 それに狂人は、珍しく逡巡した。


「ドウシタ」


「娘に怒られるのは、ちょっとばかし不味いからなぁ。

 帰った時がヤバい。

 口きいてくんなくなりそう、そうすっとトーチャン、寂しくて、もっと殺しちゃうかも。」


「オイ」


「でも、少し我慢しないと、公王にバレてるしぃ。

 例の条件だと、娘にもチクられるぅ。

 んで、娘は言うよねぇ~一人で都出ろとか。

 お姫様と暮らすとか。

 そうすっと、娘特製の肉の煮込みが食えない。

 ガーン、トーチャンカワイソウ。

 ムムム、つーことは見なかった事にすんのは不味い?」


「ヤンヨ、カミコロスゾ」


「まっ、いっかぁ」


 逡巡も一瞬のようで、再び笑顔の狂人は指をたてると明るく言い放った。


「見えねぇけど、多分、殺して良い鶉と、殺しちゃダメな鶉が一緒に近くにいるね。見えねぇけど。多分、こっち方向?」


 指し示したのは岩壁だ。

 そうして無精髭の男が、可愛子ぶって頬に手をあてると首を傾げる。

 それにイグナシオは、前足を素早く振りかぶった。


「ぐわっ、マジで死ぬから旦那」


「シネ」


 爪はギリギリ、ヤンの胸を掠ったが、苛つくフザケた仕草で逃げた。

 イグナシオはそのまま前方に突進する。

 もちろん、ヤンに向けてではない。


 突進すると、そのまま石壁に頭突きをあてた。

 洞穴が揺れるような突撃を、手当たり次第に繰り返す。

 モウモウと粉塵が舞い、ガラガラと辺りが崩れ出した。


「わぁ旦那、生き埋め、生き埋め」


 イグナシオは吠えた。

 そして、ひび割れ始めた壁に猛然と体当たりを続ける。

 やがて土煙が落ち着くと、そこは山肌が抉れむき出しになった場所に変わっていた。


 洞穴でも地下でもない。


 山が削れ、見上げれば崖下のようだった。

 夜の闇の中、白っぽい地面は砂利のようだ。

 大小の石ころが散乱している。


 二人が辺りを見回すと、夜目にも、それは奇妙に浮いていた。


 枯れた倒木がある。

 倒木は無秩序に置かれ、闇に白く浮いていた。

 そして更に浮き上がっているのが、置かれた人だ。


 見る限り、人が木の枝に。

 木の枝に、人間が刺さっている。

 それが四肢をだらりと垂らす。


「死んでるね。でも、生きてる気配もあるよ。それに」


 ヤンはニヤニヤと笑いながら、イグナシオに目配せをした。


 倒木の向こう、影から手が見えた。

 ペタリと手が幹に張り付いている。

 それはゆっくりと動き、体を引き上げた。


 あの石の鳥だが、変異が途中のようだ。

 頭は奇妙に尖っていたが、体は蝋のように白い人型だ。

 少々腐れている様子もある。


 火薬が無い事が残念だと、イグナシオは低く唸った。


「旦那にばっかり暴れられたら、俺の仕事がなくなるからねぇ。あ~れぇはぁ、俺の鶉だぁ」


 言うなり上着の内側から刃物を引き抜くと、狂人は投げた。

 短刀とも見えぬ、小振りの鉈だ。

 それが回転を加えて飛び出すと、鳥の頭を割った。


「あったりぃ、脳味噌爆発ぅ!」


 それでも異形と成り果てたモノは、這いだしてくる。

 ヤンは腰の太刀を引き抜くと、鼻歌交じりで倒木に近寄った。

 止めを指すつもりかと、イグナシオが見ていると、横たわる他の倒木にも異形が顔を出した。

 結構な数である。

 それを見て、イグナシオは改めて油薬や火種が無い事を嘆いた。

 戦うヤンの側に向かいながら、彼は燃えさかる炎を欲した。

 そして無惨な姿のモノに食らいつく。

 すると異形は煙をあげた。

 イグナシオが爪を立て引き裂くと、腐肉は焦げた。

 まとわりつくモノを四肢でなぎ払うと、異形は赤黒く熱を持ち溶けた。

 イグナシオは、這い寄る異形をあらかた始末すると、改めて周りを見回した。

 異形の死骸が燃えている。

 普通の炎ではない。

 禍々しい赤黒い炎が渦を巻く。


 それにヤンはヘラヘラと笑った。


「旦那ぁ、イケてるねぇ。

 地獄にいるみてぇじゃぁねぇか。

 あぁ、そっちは燃やしちゃぁだめだよぅ。

 殺しちゃダメっぽな気配がするからね」


 禍々しい炎だが、異形は確実に骨まで灰になっていく。


(これが答えか)


 力を得るとは、堕落にも落ちやすい。


(ヤンは鏡か、神よ)


 まるでイグナシオの考えがわかったかのように、狂人は言った。


「大丈夫さぁ旦那、旦那は俺じゃぁないだろう?

 ちっとばかりぃ化け物っぽくなったってぇ、神様に仕える旦那は大丈夫さぁ。

 旦那は神の剣だ。

 力はぁ悪じゃない。

 弱さは、善じゃぁないようになぁ。

 まぁ今更、信心深い旦那に言うことじゃぁないけどよぅ。

 俺はぁ地獄に行くがぁ、これは俺が選んだ道だ。

 理由は簡単だ。

 俺がぁ罪人だからさぁ。

 神様は、見てる。

 今なら、知ってる。

 神様はぁ、見てるんだぁ、ヒヒヒヒヒ!」


 枝に刺さった死体を、ヤンは切り落とした。

 ドサリと地面に転がった死体は、何故か上下に分かれているのに蠢いた。


「旦那ぁ、焼いてやるのが神のお慈悲、なんだろう?」
















 朝陽が上る。

 霧は晴れた。

 森に山にと奇妙な石の塔が置かれていた。

 イヤな気配がするので、それを手当たり次第に破壊する。

 すると霧が晴れて、朝陽が見えた。

 それを拝むと、掘り起こした者を河原に並べる。

 あの崖下には、細い流れがあった。

 そして、倒木の下には人間が埋められていた。

 枯れ葉と土が軽くかけられ、仮死状態で置かれていた。

 餌を隠したのか、それとも異形にするべく何かをしていたのか。

 イグナシオが掘り、ヤンが河原に並べる。

 死にかけている者は、ヤンが止めをさした。

 生きながら変化しつつある者は、イグナシオが焼いた。

 そして残り。

 数名の女が残る。

 いずれも外傷は無い。

 無いが、無傷に近いことが訝しい。

 それ故、殺すこともできないが、このまま連れ戻る事も躊躇われた。


 祭司長かカーンに見せるとしても、どう運ぶかと悩む。

 が、それもイグナシオだけだ。

 ヤンは、殺すことが一番という考えである。

 そして二人が河原に火をおこし、暖まろうとしていると、崖の上から誰かが滑り降りてくる。


「生きてたねぇ~ん?旦那ぁ、補佐官もぅ大分消耗してんね」


 サーレルが焚き火を目指して歩いてくる。

 その顔色は悪く、前屈みでガタガタと震えていた。


「それにぃ犬の気配がないよぅ、ヤラレタ、ヒヒッ?」


 ヤレヤレという仕草に、サーレルがジロリとヤンを睨む。


「異常者は黙りなさい。お喋りできないように内臓を溶かしてやりましょうか?

 こちらは解毒剤と中和剤の大量摂取による副作用です。

 震え以外は正常です。

 それよりも、それは村人ですか?」


「う~ん、匂いは普通なんだけど、起きないし、寝たまんまなのに弱ってないのが、超あやしい」


「そうですか。それにイグナシオ、貴方も痛めつけられたようですね」


 イグナシオは器用に肩を竦めてみせた。


「旦那のはぁ自爆、もう、焦げ焦げで死んだと思ったら、焦げた後の方が元気。俺の方が死にそぅ」


「嘘はつくんじゃありません。さて、どうやら村の周りには幻覚を興す何かが置かれているようですね。お陰で、私の手勢は残っていません。出立して直ぐに全滅するとは、不覚です」


 そんな自嘲の言葉に、イグナシオは潰した石塔を示した。


「あぁ壊したのですね。

 化け物がアレを作ったのでしょうか。

 それとも化け物を何者かが放ち、この村を巣にしたか。

 どちらにしろ、行いは、腐土出現前に似ています。」


「うへぇ、確か共食いとか同士討ちって噂があったよねん」


「噂半分、といいたいですが。

 実際、本格的に腐る前は、怪異な現象が人を死に至らしめたわけではありません。

 殆どが同士討ち、当初は幻覚剤等薬物が原因かと思われていました。」


「ヨクナイ、チョウコウダ」


「火薬は十分保有していますが、これから先は、攻撃以外に火を放つ場合は油薬ではなく、普通に火種だけで燃やしてください。なるべく、火力の高い物は温存しましょう」


「んじゃぁ、イグナシオの旦那は、炊事当番決定だねん」


 ヤンの言葉がわからないサーレルが首を傾げた。

 それにイグナシオは、前足の一振りでヤンを弾き飛ばす。

 おかげでヤンの胸当てが焦げ、図らずも答えになる。

 だが、異形を灰にした一撃も、狂人には何故か通じない。


 神は、とても理不尽であった。

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