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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
285/355

ACT250 準備はいいか?

 ACT250


「鬱陶しい男だね!」


 背後から衝撃を受ける。

 振り返ると、獣人の女が拳を振り抜いていた。


 痛みと衝撃に体が固まる。

 背後をとられた事と、殴られるまで気がつかなかった事。

 更に女に殴られて息が詰まるという事に、頭が追いつかない。

 そんなシュナイに、再び女は拳を振り上げ..


「ぐっ!」


 避けた筈なのに、彼は片膝をついていた。

 殴られると思ったのは騙しで、蹴りが深々と腹を抉る。


「あぁ、すっきりした。

 辛気くさい奴は、目障りなんだよ。

 他の奴らの士気が下がる。

 どうしてもウダウダしたいんなら、神様の所にいきな!

 あぁ、文句あるのかい?

 文句があるなら言ってみな、ただし、泣き言だったら容赦しないよ!」


 実に横暴な女である。


「いきなり殴る蹴るか」


「あぁ?笑えるねぇ。

 簡単に殴られるような奴が悪いんだよ。

 よぉ~く、覚えておくんだね。

 さも世の中全部の不幸を背負ったような顔しやがって、胸くそ悪いんだよ!

 不幸自慢がしたいなら、ここに来るなや、お坊ちゃん。

 ここに弱腰の足手纏いはいらないんだよ。

 それでも一緒に来るっていうなら、憂さ晴らしに付き合うのが当然だ。違うか、あぁ?

 特にアンタは長命種だ。

 よくよく覚えておきな、同道するつもりなら覚悟するんだね。」


 女はニヤリと笑った。

 シュナイは、改めて己の周りを見回す。

 探索隊とはいえ、それは偽装だ。

 ここはバルドルバ卿の群の中。

 兵士は全て獣人だった。

 もちろん、この女のように直接暴力をしかけては来ない。

 だが確かに現状、長命種に良い感情を持つ方がおかしい。


「わかった」


 そうシュナイが言うと、女は、ミ・アーハ・バザムは背を向けた。

 と、思った所でシュナイは気絶した。


 目覚めると、獣人の男がのぞき込んでいる。


「気分は、吐き気は無いか?」


「あぁ」


 曖昧な答えに、相手は気の毒そうな表情を浮かべた。


「回し蹴りが決まって、アンタ、沈んだんだよ。

 アレは、俺でも沈む。」


 どうやら、蹴り倒されたようだ。

 シュナイは体を起こして胡座をかいた。


「何でだ、イヤ、まぁ、アレか」


 意味不明の呟きに、それでも男はシュナイの後頭部を確かめながら返事をした。


「違うと思うよ。多分、憂さ晴らしをしたくなっただけだ。アンタの種族とかは関係ない。

 肉食系の女にとって、男は玩具なだけだ」


「何だそれは」


「深遠なる真実って奴よ~」


「嫌な真実だな」


「それよりアンタ、女の兵士と戦った事がなさそうだな。」


「どうしてそう思う?」


「実力が同程度の獣人の男なら、蹴りなんぞ避けていた筈だ」


 それにシュナイは顔をしかめた。


「そうなると、アンタ、ヤバいよ」


「何がだ?」


 それにユベルノートがヘラッと表情を崩した。


「当分、ミアに狙われる」


 目を見開くシュナイに、ユベルはケラケラと笑い声をあげた。

 その言葉に嘘偽りはなかった。

 探索隊の準備を手伝いに顔を出すと、何処からともなくミアが襲撃をしてくるのだ。

 実に多彩な攻撃で、体術が基本だが時折刃物も飛んでくる。

 そして連戦連敗、シュナイは地面に沈む事になる。

 もちろん、シュナイも馬鹿ではない。

 移動組と呼ばれる彼らの中でも、士官であるミアが何を考えているのか理解している。

 シュナイも人を使う立場だ。

 これが憂さ晴らしではなく、配慮である事など簡単に推測できる。

 できるが、感情は別だ。

 如何に配慮であっても、女に地面に叩き伏せられる事を繰り返されると、余計に気持ちが暗くなった。


「本当、アンタ、鬱陶しい男だね」


 今日も、夜間に訪れては準備を手伝い、ミアに地面に沈められるを繰り返していた。

 相変わらず相手が女だと思うと隙ができるようで、自分でも情けなかった。

 呆れたような声を聞きながら、確かに。と、思う。

 実に己は暗い。

 そして、どうしようもなく馬鹿で使えない男だと。


「しょうがないねぇ、モルド、ユベル、他の奴も来な」


 いよいよ、私刑か?

 と、地面に沈んでいるシュナイを獣人兵士が囲む。


「この鬱陶しい兄ちゃんを、どうにかしな。ツケはザムでいいや」


「何で俺!」


「わかった、ザムとトリッシュ、補佐官におねだりしてこい」


「それ虐めだと思う!」


「理由を言えば出すだろ、早くいきな。さもないと、お前等二人のツケな」


「横暴!」


「せっかく、アタシの友達呼ぼうと思ったのになぁ」


「了解!超ぱやで行ってくるぜぃ」


「トリッシュ、お前..」


 奇声をあげて走り出した男を見送り、ザムが嫌そうに後を追う。

 シュナイはユベルに手を借りて立ち上がりながら、首を傾げた。

 私刑にしては、何故か男達は優しい。

 それとも、この後、ボコボコにされるのか?


「多分、兄ちゃんは、すごい勘違いをしていると思うぜ」


 相変わらずヘラッと表情を崩してユベルが笑った。






 嫌な記憶ばかりが蘇る。

 勘気に触れた父親の処刑。

 連座で苦しい生活に落ちる家族。

 同情されての騎士見習いの日々。

 だが、一番心に刺さっているのは、そんな事ではない。

 自分でもわかっている。

 幼稚な感情だ。

 とても、情けない。


(主が姿を消した。

 普通にお役目により不在なのではない。

 奥方様が心を痛めている。

 戻らぬだろうとな、シュナイ)


 思い出すのは、宿舎の厩での会話。

 最後の会話だ。


(探しに行きたいところだが、奥方様のお命が一番だ。

 これからは色々あろう。

 お前をグリューフィウスとして届け出てある。

 後はよろしく頼むぞ。)


 普通ならば、親子の情による愁嘆場だろう。

 だが、現実は違った。

 父は、実に、楽しそうだった。

 生き生きと、家族と平穏な暮らしを捨て去った。

 実に、実に。


「実に、薄情な男だった。

 子にも妻にも情など無い。

 一番は仕える主人、二番はその主人の家族。

 実に薄情だが、騎士の本分としては、本道。

 故に、怒りの矛先が鈍る。」


 次に心に刺さる景色は、処刑の場面だ。

 騎士団の仲間は、己を庇い隠した。

 処刑を対面で執り行おうとした王より隠してくれた。

 だが、シュナイは、隠れていたが見ていた。


 膝をつき後ろ手に縛られた父親の姿。

 実に堂々と不敵に笑う姿。

 落ちた首でさえ、笑顔。

 まさに、鬼気迫るあの姿。


 家族は、そんな男の人質にはならなかった。

 なぜなら、男は、家族を殺すと脅されても頓着しなかったのだ。

 そして家族は、使徒の家系である事が考慮され、処刑をやっと免れたのだ。


「助命嘆願を行ったのは他人だ。

 実の親は、母も含めて、子の行く末も、祖母の老後も考えない。

 正しい事をしていると。

 これもまた騎士の本道、騎士の家族の良き姿と、無理矢理納得させられた。」


 悲しみと悔しさと、生き残らねばという思い。

 毎日が恐ろしく、苦しかった。

 母は乱調子になり、行動と言動がおかしくなった。

 それでも生きていかねばならない。

 助けてくれた人達へ報いねばならない。

 家族を守ろうと、それまでの暮らしを守ろうとした。


「やがて、リアンが生まれた」


 子が産まれるまでは、地獄だった。

 誰の子供かと、祖母とシュナイは案じた。

 狂った母親が、誰と子供を作ったのか。

 不幸に不幸が重なるのではと恐れた。


「恐れた。

 心底恐れた。

 だが、産まれてみれば、リアンは救いだった。

 弱い赤子は、祖母にも自分にも、唯一の光りだった。

 そして半信半疑ながら、父の子だという神官の言葉にすがった。

 信じられずとも、それでよかった。

 守る者があれば、祖母も自分も生きていけるような気がした。」


 そして公王は代替わりし、グリューフィウスの不遇は終わった。

 生活は安定し、家族はやっと家庭らしさを取り戻す。

 だが同時に、この頃から、時々、ぼんやりとするようになった。

 酷く投げやりな気分に襲われる。

 真夜中に鏡を見ると、そこにはそっくりな顔が見えるのだ。


「情に薄く、身勝手、世間は許そうが、私は許せない。

 現実味のない話を繰り返す、母も同じだ。

 否、母と呼ぶのも厭わしい。

 毎夜、窓辺で待つのは死んだ父で、そこにはリアンも私もいないのだ。

 繰り返し繰り返し、この世を滅ぼそうとする邪悪を語り、死んだ夫の素晴らしさを話し続ける。


 だから何だ?

 私もリアンも、彼らの人生の付録ではない。

 苦心し、少しでも幸せになろうとする私達から、何度奪えば気が済むのだ。

 金を稼ぎ、日々生きるための糧を探し、少しでもリアンが、妹が苦痛を感じないようにしようとすればするほど、あの女は。」


(何れ、私がいなくなったら、今度はお前がつくるのよ)


「リアンは、お前じゃない。

 妹は、妹の人生があるんだ。

 お前が、あの男の女でいるのはいいんだ。

 俺たち子供を捨て去ったお前たち夫婦がどう生きようと関係ない。

 勝手に生きて死ねばいい。

 そうじゃないか?

 お前たちが何をしてくれた?

 何もしていない。

 何もだ。」


 そう恨み言を言い続け、親を見捨てられたなら、このような苦痛を心が感じずにすんだろう。


「だが、事実は、違った。

 俺は、くだらない人間だ」


 不意に襟首を誰かが掴んだ。

 朦朧とした視界に、実に勝ち気な女の顔がある。

 母親とは似てもにつかない、実に、不遜な女の顔だ。


「..こいつ、殴っていいよね」


「頼む、ミア、酔っぱらいだから」


「酔ってなくても、コイツ、じめじめじめじめ」


「顔は良いのにねぇ~人族の女は、こーいう湿っぽい男が好きなんじゃないのぉ」


「えぇ~私は嫌だなぁ。こんな男養うのヤダ」


 何故か、獣人の女達に囲まれていた。

 ダバダバと杯に酒が注がれる。


「何だかねぇ、こいつ人族大公家の女に付きまとわれてるらしいよぉ」


「うわぁ、気持ち悪い」


「姫の館に一緒に行ったら、何だか難癖付けられたよ。

 ウザいから、そいつ等の従者共々ぶちかましてやったけどさぁ」


「ミア、それ初耳。ヤバいから、ともかく、暴れんのやめて、報告して。俺、補佐官に殺される」


「モルド煩い」


「モルド、爺くさい」


「モルド、酒お代わり」


「モルド、つまみ」


「..酷い。俺、何かした?」


 獣人用の酒は、長命種の腰を抜かす作用があるようだ。

 シュナイは左右に揺れながら首を捻った。


「私は、何を?」


「否、お前、その湿っぽい面の原因を聞いたら、まぁ、ガキの頃からの長い話が始まったんだよ。どんだけ、根が暗いんだよ。

 つーか、反抗期長すぎ。

 で、結論は何だよ。

 嫌ってた原因がなくなって衝撃?

 今までグレてたのに、原因なくなっちゃって困る?」


 女達の視線に、シュナイは頷いた。

 酔っぱらっているので素直だ。


「父親の行動は、妥当だった。

 親としてはどうかと思うが、邪悪な者はいたのだ。

 そして、母は、母の最後は」


 部屋一面が肉片で赤黒く染まり、砕けた骨が壁に食い込んでいた。

 あの無惨な死に様が証拠だ。


「よく聞きな、お坊ちゃん」


 酒杯を手に揺れている男に、ミアは大声で怒鳴った。


「アンタに足りないもんを教えてやる」


「..」


 酒杯が三つに見えているので、なかなか、口まで運べない。


「じめじめした男だけれど、アンタは、妹と婆ちゃんをちゃんと養ってきたんじゃないか。

 多分、アンタは、良い息子過ぎたんだ。

 なぁ、グリューフィウスの坊ちゃんよ。

 アンタは、もっと怒りをもたなきゃぁダメだ。

 まさか、憎んだり怒ったりするのは間違いだとでも、思ってるのかい?

 嫌だよ、このじめじめ男。

 聖人じゃぁないんだ、馬鹿じゃないの?」


「怒る..何に」


 ダバダバと膝に酒が落ちる。

 酩酊している頭に、ミアの怒鳴り声だけが響く。


「あぁお前に怒りはねぇのか?

 お前の親は誰に殺された!

 お前の妹や家族から幸せを取り上げたのは誰だ!

 こうしてアタシに怒鳴られてるのは何故だ!

 ちゃんと怒るんだよ、坊ちゃん。

 一人前の男なら、しっかり腹に力を入れろ、この馬鹿野郎が!」


 がくがくと揺さぶられているうちに、シュナイの意識は不思議と澄んでいく。


「男なら、テメェの敵は殺すんだ!

 あぁ、目ぇ覚ませ、ど阿呆がっ。

 アタシはねぇ、自己憐憫に浸る男が一番虫唾が走るんだよ、わかったか!

 敵はブッ潰すんだ、いいな、わかったかっ!」


 間違っているとここまで全否定されると言葉もない。

 納得と共に、耐えきれなくなり胃液がせり上がる。


「..吐く」


「わぁ、ミア、手を離せ!トリッシュ、桶、桶もってこい!

 兄ちゃんが吐く!」


「うわぁ、ミアの説教酔いが出たぁ」


「ユベル、酒もっともってこいや」


「はいはぁーい」






 目が覚めると、何故かターク公がのぞき込んでいた。

 虫を見るような視線というのだろうか。

 休憩室に放り込まれていたシュナイは、ぼんやりと瞬きをした。


「水を」


 ターク公の奴隷が水を手渡してくる。

 それを受け取り、ゆっくりと飲んだ。


「長命種を昏倒させる酒とは、獣人の酒はすごいですね」


「間違っても飲もうなんて考えないでください。中毒死しかねません」


「シュナイ殿は大丈夫だったようだよ」


「水で割った物でしょう。原液は死にます」


「..原液だったと思います」


「失礼、瞼を見せてください。」


 ニルダヌスの顔が近づく。

 瞼をひっくり返され、舌を見せるように言われる。

 素直に従っていると、大きなため息をつかれた。


「金輪際飲まないように。

 バルドルバ卿に申し送りしておきます。

 たぶん、毒物中和剤が使われた筈です。

 本当に、死にますから、ターク様もシュナイ殿も、飲まないでください。」


 と、言いながら休憩室の棚をニルダヌスは漁りだした。


「これを一応飲んでください。

 時間経過からすれば、彼らも考えて飲ませたようですが、念のため追加で中和剤を飲んでください。

 稀釈してありますから、飲めるでしょう」


 渡された液体は、柑橘類の味がした。


「中和剤とは何だね」


「毒物全般を中和する薬品です。

 万能薬とまではいきませんが、多くの薬物に対して中和の効果があります。

 獣人対応の薬ですが、中和剤だけは、どの種族にも適応があります。

 薬の薬効を阻害するので、治療等を行っている場合は使えません。

 副作用は、臭いですね」


「臭い?」


「全身から代謝される老廃物に臭いがつきます。強制的に体外排出する為に、尿量も増えますので、水分を多くとらねば脱水にもなりますか」


 中和剤は旨かった。

 その薬の所為なのか、酒の所為なのか。

 昨日まであった心の重石が消えていた。

 悲しみも息苦しさも、確かにあるのに、今は、とても気持ちが静かだ。

 飲み干した杯に、今度は水差しから水が注がれる。

 黙って飲んでいると、ターク公が言った。


「私としては、つまらないのですが」


 顔を上げ、ターク公を見る。

 そこには、やはり冷たく無機質な顔がある。


「少しは、選ぶ方向が見えてきたようですね」


 虫かごの虫を見るような視線だ。


「あの晩、現れたのはゲオルグだと思いましたか?」


 それにシュナイは、少しだけ笑ってしまった。


「死人は死人です。

 あれが何者かなど、私にはどうでもいいのです」


 それにターク公は、満足そうに頷いた。


「貴方は、親の過ちを認めるだけの大人になりました。

 許せる事は大切です。

 他者を許せる事、そして貴方自身をも許す事もです。

 自分自身を許す事は楽な場合もあります。

 ですが、貴方には楽ではなかった。

 気持ちはわかりますよ。

 自分が憎いという感情は、許す許さないではないのですから。

 もったいない生き方をするのは、どこかで、貴方は罰を与えられる事を望んでいたからですかね。

 ですが貴方は貴方という個人であり、親とは別の存在です。

 親の人生の悲劇を、貴方が取り繕う事も正す必要もない。

 貴方に非は無いのです。」


「私は情けない男です。どうしようもなく、怖いのです」


「怖い?」


「自分の事は、どうにか折り合いをつける事ができそうです。

 ですが、私は怖い。

 リアンの、これからを思うと、どうしてよいかわからなくなる。」


「彼女が、魔神に魅入られたからですか?」


「それもありますが、それよりも使徒の使命を引き継ごうとしている事が怖いのです」


「使徒の使命?」


「グリューフィウスではなく、ボルネフェルト公爵家に伝わる慣習です」


「私は東の者ですので、首都の家系の使命は知らぬのですよ」


「グリューフィウスは、父のように命を主に捧げようとするのが本道。しかし、ボルネフェルト公爵家は元々、使徒の儀式を担っていました。

 母の人形作りもその一つだったのです。」


「女児の生誕祝いのですか?」


「女児を喰らう化け物を退けるというのが、本来の役目です。

 人形は魔除けであり、女児の命を守る事が、人々から災厄を退けると考えていたのです。

 私は古よりの慣習、祝い事に連なる季節行事みたいなものだと考えていました。ですが」

 ターク公は、意味を察した。


「ボルネフェルトとグリューフィウスが潰されたのは、故意であったと?」


「父母の最後は、普通ではありませんでした。

 特に、母の最後は、死体が四散するという恐ろしいもの。

 リアンが、父母の最後の女児であるリアンが、どうなるのか怖いのです。

 ボルネフェルト家は滅亡しました。

 縁戚である母が一番、血が濃いことになります。

 私はいいのです。

 私は、戦う事を父から仕込まれました。

 痛みにも強い、殺される最後もあるだろうと覚悟ができます。

 ですが、妹は」


「今の話を誰かにしましたか?」


「いえ」


「祭司長殿に、すぐに言いなさい。

 バルドルバ卿にもです。

 もちろん、オリヴィア姫の側にいるのが良いでしょう。

 私の方も、一つ策を施しましたから、あの館に姫といれば、手出しはできない。

 腐った輩は近寄れないでしょう。

 まして、殿下も見ておられる。

 貴方は正直に話し、そして、できる事をするのですよ。」


「できる事、ですか」


「ゲオルグの息子、ではなく。

 シュナイ・グリューフィウスという男ができる事です」






 深夜、出発前に装備の点検をする。

 隣同士で相手の装備を確認していると、癇癪持ちで暴力的な女がシュナイの前に立った。


「準備はいいかい、お坊ちゃん?」


 ニヤリと牙を剥き出しにして笑う。


「準備整いました。」


 答えると、強烈な打撃が肝臓に決まる。

 よろけずに耐えるとミアは怒鳴った。


「さぁ、邪魔者をぶっ殺しにいくよ!

 立ちふさがるモンはブッ壊せ!

 化け物はブッ潰せ!

 暴れてやるぜ野郎ども!」


「ミア、都を出るまでは自粛でお願いします。」


「さぁいくぜ!」


 それに興奮気味の兵隊達が奇声をあげる。


「やはり、あの娘から何かでているんでしょうか。まったく」


 ブツブツ言う補佐官に続いてシュナイは踏み出した。


「立ちふさがる物はブッ壊せ、か」


 亡き父親に通じる暴力論理に、シュナイは苦笑がもれる。

 そして、それが疲れ果てた心に、しっくりとおさまるのだった。

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