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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
283/355

ACT248 貴方を愛するという事④

 ACT248


 神聖教本殿の宝物殿に寄進された品々だけあり、どの剣も逸品には違いない。

 しかし、彼らの求める武器は、単に名高く切れ味の良い品ではない。

 たとえニンゲンを斬れずとも、魔を葬り去る事ができるならば、良い品なのだ。そして更に求めるならば、魔導の力、呪術の力に耐えうる物でなければならない。





「神話以外で聖剣という物を知らないのですが、この中にあるのですか?」


 煤けた長持を指して、サーレルが胡散臭そうに言った。


「どれも武器とは言い難い感じがしますが?」


 様々な剣が、無造作に投げ込まれている。

 それも茶色く変色した古布が巻き付けられていた。

 当然、手入れもされていない様子。

 果たして、鞘から抜ける物が残っているだろうかという有様だ。

 剣とは、只の金属の固まりではない。

 細々とした手入れが必要だ。

 放置されたままの業物ならば、日頃使う包丁の方が武器として役立つだろう。

 経過年数分の劣化もあるだろうし、抑、市場の野菜のように重ねて放置すれば、芯の歪みもでているはずだ。

 余程の名刀であったとしても、これは無いだろうという扱いでは、直ぐに使う事もできない。

 だが、それ以前に大きな問題があった。


「聖剣?」


 片膝をついたカーンが、唸っている。

 そして何故か無言のジェレマイア。


「祭司長殿」


 サーレルの呼びかけに、ジェレマイアは無表情だ。


「聖剣、喋るんですか?」


「...」


「呪いの品じゃないですよね」


「..」


「カーン、また呪いの品を掴まされてますよ!」


「..前、来た時は」


「はいはい、以前は喋らなかったんですね。で?」


「うん、呪われてる、かな?」


 箱の中身が、ケケケと笑いだした瞬間、サーレルは蓋を蹴った。

 蹴り上げられた蓋が重い音をたてて閉じる。

 ゴリン、ガツンっという音からするに、金属の重みで挟まれたら指が飛ぶか潰れたかも知れない。更に蓋に片足を乗せたのが止めか?

 幸いカーンは、挟まる寸前で手を引き抜く事ができた。


「あぶねぇ」


「危ないのは、どっちですか。貴方方は、悪い意味で怪現象になれすぎです。

 祭司長殿、呪われていない、喰いつかない物をお願いします。」


「いや、こりゃ、あれだな」


 ジェレマイアは頭を掻くと、辺りを見回した。


「もう、色々な封印が解かれているって事だよ。

 我々の世界は変化しちまった。

 見えなかった物が見えるってのは、こういう事って訳だ。」


「言い訳は結構です。見えやすいという事は、見分けやすいという利点です。

 さっさと呪いのついていない武器を渡してください。

 時間は貴重なんですよ。

 それとも貴婦人のように、湯浴みしてから化粧をする時間が欲しいのですか?」


「うわぁ、お前、絶好調だな嫌味」


「寝てねぇとコイツ、口が倍も回るんだよ」


「できれば、私は携帯するに便利な物をお願いします。カーンのように重量のある武器を片手で振り回すなど無理ですからね。

 喋らない、笑わない、呪われていない、武器をお願いします。

 もちろん、支払いはモルデン大公でお願いします。請求書は統括長に渡してくださいね」


「それギルデンに死んでこいって言ってるようなもんだろ」


「問題ありません。

 統括長を殺すと仕事が増えますから、閣下は一応我慢しますよ。

 それに統括長の奥方は、閣下の妹君ですからね。」


「親戚だから?」


 聞かれたカーンは、立ち上がると頭を掻いた。

 傷口が瘡蓋になって痒いのだ。


「俺の祖母にあたる人物が、未だに強い権力を持っている。

 如何に王国の大公位が男子に与えられようと、本来は女系だ。

 一応言っておくが、公王の母親ではないぞ。従姉妹になるか?

 その祖母は統括長と同じ大型肉食獣の先祖返りだ。

 アレと俺は、祖父似なんでこの通りだが、他の兄弟が猛獣型なのはその所為だ。」


「妹の旦那を虐めると、母親が怒るのか?」


 更に奥の細い通路に移動する。

 三人の目の前には、鉄の長持が幾つか放置されていた。


「大奥方様は、真面目で仕事熱心な娘婿がお気に入りです。

 不真面目で女癖の悪い夫そっくりの閣下が大嫌いです。」


「嫌いでも息子だから大公にしたのか?」


「そんな甘い理由で大公位に座れるほど、獣人社会は穏やかではありませんよ。

 今現在の安定は、既に決着がついた後だからです。

 それは祭司長殿も、お分かりになっている筈。

 浄化による勢力変化の末に、今のモルデンがある。

 つまり淘汰された末の結果なのです。

 命を勝ち得てきた者が残るのは当前。

 篩にかけられた末に生き残った者が天下を取るのです。

 それが獣人社会においては、より明確なのでしょう。」


「ふーん、ちなみに篩ってのを聞いとくか」


 手前の長持から、カーンが手をかける。

 今回はジェレマイアも近寄らない。

 宝物殿であるが、謂わば神殿長とジェレマイアの片付かない品々を入れておく倉庫である。

 因縁の無い品を探す方が難しい。


「今の大公とは面識がある程度だ。噂しか耳に入ってこないからな。

 人族大公家は、家畜みたいなもんだ。血筋以外に条件は無い。

 獣人の王様になるには、どんな資質が必要なんだ?」


「本当に聞きたいんですか?

 まぁいいですよ。

 血の濃さだけでは、獣人の王にはなれません。

 そして武力や財力だけでも、無理でしょう。

 人を惹きつけるだけでも、博学というだけでも成り得ない。

 そして神の如き万能を求められる訳でもない。」


「じゃぁ偶々、神の采配で転がり込んだとでも?」


 無駄口を楽しむようにサーレルは返した。


「我々の王になるには、底知れない馬鹿者になれるかどうかが重要なんですよ。

 こいつなら、こんな馬鹿野郎なら、どんな無茶でもやりかねないってね。

 人族のお話にもあるじゃないですか。

 邪悪な竜を倒すのも、王の后を奪って逃げるのも、そして、多くの財宝を見つけだすのも、一言で表すなら、大馬鹿者なのですから。」


「そりゃ大馬鹿者っていやぁそうだけどよ。普通はそれを英雄とか勇者とか言うんじゃねぇか?」


「周りの空気を読まない大馬鹿者ですよ。

 ただし、大公位につくには、時流は読めなければなりません。

 そこが閣下の強みというか、性格です。

 人の弱みを探り出して抉るような行為が大好きですから、世の動きには敏感です。

 おかげで一党支配に近い状態で安定している。

 そしてそれを可能にしているのが、閣下個人の能力というわけです。

 人柄や真面目さ等では、南領全てを従わせる事は無理なんですよ。

 閣下は高い戦闘能力と、危機管理。所謂、時流を読むのが巧みです。

 特に獣人の集団を支配するには、その能力が不可欠です。

 そこで真面目な統括長を対外人族領対策にあて、内政に暴力と謀略をもって閣下に当たらせるという訳です」


「なんか殺伐としてねぇか?」


「まぁ言葉にすると殺伐としていますが、たぶん、人族の方が考えるよりも普通です。我々の社会は、人族社会の構造と基本的に違います。

 無法な行為に見えても、我々ではそれが言語に等しい意思伝達手段になり得る。

 暴力は悪い事ですが、暴力を否定できない社会構造なのです。

 逆に暴力に訴えねば、通用しない場面が多い。

 だからこそ、それは他の種族に向けてはならない。

 女性や子供にも、弱者には、絶対に向けてはならいという規範があります。

 そして問題は、規範を無視し暴力で全てを解決できる環境でもあるのです。」


「なるほどねぇ、だから頂点に立つ人物は、真性の嗜虐嗜好になるわけか。そんなんでお前の国は大丈夫なのか?」


「残念な事に、閣下は頂点に立つ事を望みますが、領土拡大や人種血統政策に心血を注ぐだけの根気がありません。恐怖政治を行うにも、それこそ社会構造上無理ですし」


「どうしてだ?」


「人口の半分は女性です。

 閣下は女性に対して支配するなどという無謀な事は絶対にしません。

 他種族の方には理解できないかも知れませんが、獣人社会は多重構造なんです。

 種、氏族、思想、地域、共同体、男女、色々な繋がりがあります。

 その括りの中でも、女性は常に上位なのです。

 獣人族が男女区別無く兵役についているのを見かけて、他種族の方は男女が平等と思うでしょう。

 しかし、獣人族の男女は平等ではありません。

 平均的に戦闘能力が高いのが男だとしても、個として能力が突出するのは殆どが女性です。

 知性についても獣人は元々女性が上位としてあります。

 もちろん、戦闘能力など皆無の女性もいます。

 そして女性を虐げる愚かな男もいます。

 ですが、共同体という獣人の集団では、そのような男は生き残れません。

 根幹の部分には、非常に強く賢い女性の個体がいるからです。」


「だが、王国の貴族階級で表にでるのは殆どが男だろ?」


「実際の労働を行うのは男。

 使役するのは女性。

 王国の階級で男性優位の役職配分だったとしても、それによって男という性別が上位にくる事は無い。

 種族特性という便利な言い訳もありますが、基本は強い者に従うのが原則です。

 戦闘能力に比して従うのが基本だとします。

 獣人の男が表にたって、存分に兵士を動かすのはあたりまえ。

 この考えから、王国の貴族位につくのが男だとしても、誰も非難はしません。

 ですが、知性の高い統率力のある女性が一人いるなら、強い男よりも優先して従います。」


「現地では王国階級の価値はクソか?」


「確かに否定はできませんね。

 今述べた法則により、南領の共同体を纏めている共同議会は、部族連合より上の集団です。

 部族連合が主立った氏族、王国貴族位をもった男の集団であるなら、共同議会は、主立った南領貴族の婦人会ですね。

 婦人会が福祉事業以外で活動しているのは、南領だけじゃないですか?」


「婦人会?俺が考える婦人会っていやぁ福祉活動とか奉仕活動とか、神殿への奉仕なんだが。違うのか?」


「違いますね、主な活動は部族連合で決まった議題を可決するかどうか。地域社会への貢献をしようという目的は変わりませんが、どうかんがえても穏やかな集団ではありませんよ。

 部族連合で決まった事でも、共同議会で不可になると差し戻してもう一度練り直さなければなりません。

 大公の予算も共同議会が決めているので、閣下は絶対に女性を弾圧したり搾取したりしません。最低の女遊びをしますが、奥様方には服従しています。抜け目ないですよね」


「その人物評価もアレだな~まぁ独裁者一直線じゃねぇならいいけど。怖いよ、その婦人会。つーか婦人会じゃねぇよ」


「それも浄化が切っ掛けですよ。それまでは徐々に中央と同じ社会構造に近くなっていたんです。

 それがあの反乱と疫病が起こり、全てが脆くも崩れ去りました。

 そこで昔ながらの共同議会で事を動かそうと言う事になって。

 馬鹿な男を政治の中枢から叩き出したいという御婦人方が元気になりましてね」


「それでよくうまくいったもんだ」


「元々あった組織ですから。

 そして共同議会筆頭が、大公の母君である大奥方様という訳です。会員は氏族長の奥様連中ですから、もう、刃向かう気持ちが最初から生まれません」


「そりゃ怖い」


「それに幸いにも、閣下は普通に政治能力があるように見える。」


「おいおい」


「閣下を祭り上げた勢力も、人物像を読み間違ってますね。

 あの手の男は思慮深く見えて、何も考えてません。

 自分より強そうな男を蹴落とすのは大好きですが、好き好んで国土を支配し搾取するような面倒は嫌いです。

 行動の基本は、面倒を避ける為に立ち回っているだけでしょう。

 そっくりな閣下の御子息方を見ればわかります。」


 自然、二人の視線はカーンに向いた。

 新たな長持の鍵を開けるのが面倒になった男が、力任せに合わせを引きちぎっている。


「なるほど、つーか、お前が怖いよ、俺は」


「この程度の世間話でそのように言われても」


「世間話なの?」


「世間話以上の内情がお知りになりたいのですか?」


「聞きたくねぇよ」


「でしょう?私も神殿の内情は仕事以外では知りたくないです」


「まぁ移住するなら、ちっとは教えて欲しい気もする。なんだよ、その顔は」


 あからさまに厭そうな表情の相手に、ジェレマイアは眉をあげる。

 二人の無駄話の間に、カーンは二つの長持を無理矢理開封すると中身を漁った。

 しかし、出てくるのは年代不明の装飾品のような武器ばかりだ。

 金目の物だが、それだけである。


「たぶん、皆さん喜ぶでしょうねぇ。

 神の使いが住まいを定めた記念だ!とか奇声をあげて大喜びでしょうよ。それとも、この際、悪魔を駆逐すべきだ!とか叫び始めるのでしょうか?ちなみに、彼らの言う悪魔とは、長」


「云わんでいい。西は多いのか?」


「更に増えています。

 おかげさまで治安は良くなりましたよ。

 確かに良くなったのですが、問題も多くなりました。

 少々、視野が狭い集団ですからね。」


「どうおもってんだろうなぁ」


「何がです?」


 それには答えず、ジェレマイアは通路の更に奥へと進んだ。

 通路は狭くなり、壁に置かれた灯りを灯す。

 壁に埋め込まれた小さな燭台は、頼りない光りを辺りに広げた。


「剣はこの辺りの長持に放り込んである。

 だが、どうやらガラクタになっちまってるようだ。

 俺には剣と云えば、この辺りと思っていたんだが。

 グリモアは何て云ってる?」


 それに箱を片っ端らから開けていた男が不機嫌に返した。


「笑ってやがる。底意地が悪いんだよ」


「なめられてんなぁ」


「しょうがねぇだろう。悪霊どもは男が嫌いなんだ」


「どこもかしこも、誰も彼もが女好きですか。あきれますねぇ、あの化け猫も男が嫌いでしたが、このオルタスをお造りになられた神々は、そうとうの女好きなんですねぇ」


 三人は暗い通路を見回すと溜息をついた。


「お願いだけはしてみろ。これも彼女を助けるためだ」


 ジェレマイアの言葉に、カーンは嫌々頷いた。

 具体的に目に見える遣り取りがあるわけではない。

 ただし、グリモアの主となった男からは、今までにない気配があった。

 奇妙な気配だ。

 もちろん、祭司長には何か見えているのだろう。

 だから気にもかけずに、そんな事を云う。

 しかしサーレルには、酷く禍々しい行いに思えた。

 何も見えずとも、蠢いたような気配が、サーレルにも見えたからだ。

 カーンが、ではない。

 カーンという命を脅かす何かの気配が、彼の後ろで蠢く。

 影のように命に何かが寄り添い、そして気配を殺しているように感じられた。

 言葉を換えれば、カーンという存在に似た、何かがいる。

 同じ顔をしたカーンの父親を見た時と同じ、違和感だ。


「サーレル」


「はい?」


「喋らない、笑わない、呪われていない代物は、無いそうだ」


 真顔の男に、サーレルも真面目な顔で返した。


「帰りましょう」










「少なくともコイツは笑ってないぞ!」


 負け惜しみじみてきた祭司長の言葉に、サーレルとカーンが目をそらした。

 確かに、今のところ喋らないし笑ってはいない。


 ただ、部屋には歌声が響いているだけだ。

 それも幼女の楽しげな歌声である。

 深夜の人気のない、神殿の宝物殿の奥から、幼女の歌声。


「私は何でこんなところにいるんでしょうねぇ」


 結局、妥協してグリモアの指示に従っている。

 有効な武器は確かに欲しいからだ。


 剣の長持が放置されていた通路から、更に枝葉の狭い道を抜けると、小部屋にたどり着いた。

 そこは更に金目の物が置かれているようで、高価な細工の彫像や、硝子の箱等が並んでいる。

 硝子の箱の中は何れも高価な宝石が置かれていた。

 王城にも無かろうという大きな宝石の数々に、サーレルとカーンは頭を振った。

 何を思って寄進したのだろうか。

 価値を考える前に、恐ろしい諍いを呼ぶだろう品々は、暗い情念を発していた。

 その箱の群の中に、宝石では無い物があった。

 奇妙な花が咲いている。

 正確には、百合の花の置物だ。

 茎の部分が長く、何故か円を描いていた。


「これは何ですか?」


「俺も知らん、金属加工の装飾品としかな。」


 代わりにカーンが答えた。


「多分、蛇剣の一種だろう。

 柔軟性に富んだ金属を使用した剣の一つだ。

 グリモアが云うには、お前の要望に応える品だそうだ。

 刀身を円にまで撓める事ができる柔軟さと携帯性を備えている。

 本来は、柄の部分が蛇頭、刀身を蛇体とするところを、装飾性を持たせるのに、柄と鞘を花と茎にしているのだろう。」


「実用性皆無ですね」


「手にとってみろと云っている。が、まぁ」


「何ですか?」


 言い渋るカーンに、今度はジェレマイアが答えた。


「完全に呪われるな。まぁ、いざとなれば何とかする。金は取るけど」


 サーレルは頭を振ると、蛇剣に近づいた。

 剣は特に硝子の入れ物に入っている訳でもなく、真鍮の台座に据えられれている。

 一見すると美しい銀細工の花に見えるが、円を描く鞘にも装飾が施されていた。

 歌声は持ち手の部分から聞こえる。

 遠目には一輪の百合に見えたが近くで見ると、小さな花もあしらわれており複雑な形状をしていた。

 多分、見た目よりも使うのに便利な細工になっている。

 と、サーレルは思った。

 武器とは疑わしい形状だが、持ち手の花は使用者の手が握りしめやすいようになっている。

 そして指と指の間から小さな蕾が覗くが、それは装飾ではなく相手を殴りつけるのに向いている。

 実用性は無いと云ったが、仕込み武器と考えれば、それなりに需要はあったのかも知れない。

 近接戦闘用か。

 鎬を削る場面で殴打する為の飾りだろうか。

 両手で剣を台座から持ち上げる。

 すると、歌声がピタリと止んだ。

 見た目は軽く思えた。

 だが、重い。

 信じられないほどの重さである。


「鋼ではありませんね」


 獣人だから手に取れた。

 他の種族の男では、余程の怪力自慢でなければ台座から取れない。

 そして怪力自慢に、この手の剣は必要ない。


「由来は、神殿に寄贈される由来はご存じですか?」


「確か、遺品だ。死んだ旦那の持ち物を貴族の奥方が持ち込んだ。

 悲しくて手元に置いておきたくないって事だ。

 持ち込まれたのは、確か、ずいぶんと昔だな。これを売り払おうとして、持ち出せなかった。」


「重くてですか?」


「いや、坊ちゃんと俺とで運び出そうとしたところを、管理の婆さんにみつかって、しこたま怒られた。重いのか?」


「手を出さなくて良かったですね。子供二人で、これの下敷きになって死んでたかも知れませんよ。」


「そんなに重いのか?だって、それ持ち込んだの人族の貴族だぞ。死んだ旦那も普通の」


 サーレルの眉間に皺が寄った。

 両手で捧げ持っていた剣を厭そうに見る。

 すると、剣がフフフと可愛らしく笑った。


「呪われてるな」


「呪われてるようだ」


「面白がっているでしょう!」


 それでも剣帯に装飾過多の留め金で固定する。

 すると重さは馴染み、笑い声が止んだ。


「抜いてみろ」


 サーレルは柄に手をかける。

 音もなく刀身が引き出された。

 手入れなどされている筈もないのに、滑らかに剣は抜き出された。

 1パッスあるか無いか、細い刀身は引き出されると真っ直ぐに伸びた。


「刺突武器に近いが斬る事も可能だろうか。それにしては脆弱すぎる。重装備には歯が立たないだろう」


 カーンの言葉に、サーレルが頷く。

 すると、ヒソリ、と何かが囁いた。

 言葉ではないが、子供の声が何かを呟く。

 するとサーレルの手の中で、それは形を変えた。

 無言になる男たち。

 そして暫くの沈黙のあと、サーレルは剣を鞘にしまった。

 剣は鞘に向けると元の形に戻り、素直に収まる。


「剣帯から外れません」


「帯ごとはずせ」


「帯が締め付けてきます」


 三人の視線が交錯して、最後にカーンが言った。


「彼女はお前が気に入ったようだ。よかったな、お前、人外の女にはモテるようだ」


「失敬な、普通の女性にもモテます。」


「否定するところが違うだろう。どれ、俺がお払いしてやる」


 それにサーレルが頭を振った。


「いえ、結構です。なかなか、賢いお嬢さんのようですから、私のお願いなら聞いてくださるでしょう」


「何か聞こえたのか?」


「お友達になってくださるようですので」


「それが呪われてるっていう事だぞ、阿呆!」


「呪われていますかねぇ?」


 サーレルは首を傾げた。

 確かに不気味であるが、邪悪な気配はない。

 邪悪というのは、カーンに取り憑いた物だと彼は思った。

 アレに比べれば、幼い子供の怨霊など、可愛らしいものである。

 と、本人は気がついていないが、しっかりと呪われていた。

 呻いて脱力する祭司長を余所に、カーンは自分の得物を探すべく部屋を見回す。

 それを眺めながら、サーレルは感心したように剣を撫でた。


「まるで稲妻のような刀身になりましたねぇ」


 それにジェレマイアは頭を振った。

 感心よりも呆れている。


「稲妻というより、撲殺用の棘付き鈍器みたいだったぞ。重くも感じるわけだ。あれが本体なんだろう。」


「淑女に対して重いというのは失礼だそうです」


「あぁ呪われてる、因みに彼女の名前は?」


「知らない男には教えないそうです」


「お前、一生独身だな」


「どういう意味ですか?」


「無事帰ってきたら呪い解いてやるからな。金は取るけど。

 で、カーン。

 お前の武器はどこら辺で待ってるんだ?」


 ふざけた問いに、カーンは更に奥を指さした。


「いる、そうだ。」


 ノシノシと奥に進む背中を見送ると、残された二人は笑いを消した。


「祭司長殿、この宝物殿の中身は、早急に目録をつくり管理しないと、化け物の巣になりますよ。

 宝物殿管理のお嬢さんが食べられでもしたら大変です」


「..うん。喰われそうもない婆さんだけどヤバい事は確かだ。つーか何が居るんだよぉ」


「私が知るわけ無いでしょう」


「聞いてみ」


 剣を指さされて、サーレルは、あぁと気がついた。

 鞘を撫でると、可愛らしい子供の笑い声が答える。


「..犬がいるそうです」


 さっとジェレマイアは顔を両手でおおった。


「ぜったい普通の犬じゃないんだろぅよぅ。神殿長、どうしよう。ここの掃除なんて出発までに終わらねぇ。丸投げしたら、巫女頭の婆さんにも怒られる」


「長年放置するからですよ。片づけなさいと常々怒られていたんじゃないですか」


 どうやら本当に言われていたらしく返事がない。

 代わりにカーンの向かった方から、うなり声が聞こえてくる。

 観念すると二人も、そちらに向かう。

 宝飾品の箱の奥に、今度は小さな犬の彫像があった。

 両耳がピンと立った真鍮の犬だ。

 足を踏ん張り胸を張っている。

 カーンが手を伸ばすと、その小さな犬は食いつく仕草をして頭を振った。


「どうみても、武器じゃねぇ」


 それでも動き回る犬の首を掴むとつり上げた。

 暴れて怒り、牙をむき出す。

 それに男は、逆に牙をむき出しにすると大きく吠えた。

 キャンっと犬が鳴く。

 驚いたのか、犬は尻尾を腹に巻き込むと急に大人しくなった。

 近くで見ると、真鍮ではなさそうだ。

 もちろん、真鍮の犬が動くわけもない。

 と、それは見る間に体表を黒く変化させる。

 黄金の目をした黒犬だ。

 それは掴まれたまま、カーンを見上げる。

 じっと見つめてから、それはニヤッと笑った。

 そして再び体を変化させると、ドロリと溶けた。

 溶け液状に変化し、三度姿をかえると動かなくなった。


「なんだそれは?」


 カーンの手の中には奇妙な形の柄と鍔が残された。

 禍々しい獣の口が開いたような形の鍔と、長い金属の柄だ。

 重みも、まるで刀身があるかのような重量だ。

 だが、刃は無く、柄と鍔だけだ。


「吠える者と名乗った。

 吾は吠える者。それだけだ。

 こいつは誰が持ち込んだ物だ?」


「それは神殿長のだ。誰から持ち込まれたのかは、彼に聞けばわかる。確か群島の品のはずだ。出土品と聞いたような気がする」


「西じゃないのか?」


「群島の筈だ。あっちは..」


 祭司長が急に黙る。

 それから、嫌々、カーンの手の中の物をのぞき込んだ。


「何か知ってるのか?」


「群島の土着信仰に、神への祈願として、処女の心臓を捧げる儀式がある。

 だが、処女を惜しんで犬の心臓を捧げた者がいた。

 神は犬の心臓を喰わされて怒り狂い、人々に災いを振りまいた。

 犬の魔物が出た。

 吠え、暴れ、喰い、人々を恐怖に陥れたそうだ。

 特に真夜中に、吠え声を聞いた者は、気が狂う。

 そして、昼に犬に出くわした者は、吠え声で引き裂かれた。と、まぁ、そんな昔話を聞いたことがある。」


「誰が退治したんです?」


「誰も退治なんぞするか。神罰は神が満足するまで続いた。

 犬は、そのままだ。

 群島の犬の彫像なんぞ、良い意味の装飾品ではないだろう。」


 カーンは柄を懐に納めた。


「普通の刀身に使えますかね」


「柄と鍔だけか」


「刃の部分があるかも知れない。ともかく神殿長に聞いてみよう」





 宝物殿からの帰り道。

 カーンの手に入れた物の所為なのか、外に放されている犬どもが群をなして集まってきた。

 そして、何故かカーンを見ると喜んでじゃれついてくる。

 だが、じゃれつかれる当人は命がけである。

 巨大な猛獣の群が涎をたらして向かってくるのだ。


「呪われてるな」


「呪われてますね」


「ふざけんじゃねぇぞ、この野郎!」


 犬を殴り飛ばす男を残して、サーレルは引き上げる事にした。


「おい、置いてくな!」


「祭司長殿に間違って飛びかかられてはたまりませんから。さぁ帰りましょう、バカバカしい」


「あぁ、後でオッサンの所に来いよ」


 背後で何か叫んでいるような気がしたが、サーレルは振り返らなかった。

 どうせ、これから厭になるほど厄介事が続くのだ。

 これくらいの憂さ晴らしは許されるだろう。


 その心中に答えるように、剣がフフフと笑った。

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