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冬の狼  作者: CANDY
薄明の章
281/355

ACT246 貴方を愛するという事 ②

注意)本日2話目です。

 ACT246


「それは昔話ではないのですか?

 開祖モーデンは、度重なる紛争にて命をおとされた。

 当時の敵対勢力を悪しきものとして、表現した物語なのでは」


 議長は、ざわめく室内に静粛を願うと言った。


「古の種の解釈は二通りできるだろう。

 永遠の人であるエイジャ・バルディス。

 眠りにある姫の父親である古人いにしえびとだ。

 彼らは我々を導く知恵と力を持つ者だ。

 我々ニンゲンを産み出したとも言われているが、別種と思う。

 彼らが戻るならば、幸いだろう。

 愚かな今のニンゲンを、教え導いてくれるかも知れない。

 だが、我々は、彼らを殺した。

 忘れようとしているが、今回の災厄は、彼ら、古の人を殺した事が始まりだ。

 それを神が再び与え戻してくれる訳もない。

 そんな風に与えられても、ニンゲンは再び彼らを利用し殺すぐらいしかできないだろう。

 先ほどの茶番と同じく、命を救われたとて、殺せと叫ぶだけの畜生だからな。


 では、神が戻す古の種とは何か?


 つまり、我々の元となった一世代前のニンゲンだと考えられる。」


「滅んだ人々の事でしょうか。それこそ古の人の事では?」


「古の人とは、この地上のニンゲンとは別の株の木である。

 わかりやすく言えば、創造主から向けられた牧夫だ。

 ニンゲンに似ているが、ニンゲン以上であり神未満。

 そしてその牧夫の羊は、滅ぶ度に入れ替えられた。

 今の我々の前にも、ニンゲンと呼ばれる生き物はいたのだ。

 だが、滅んだ者の事を我々は本来知ることができない。

 途絶えて、新たに誕生したのが今の我々だからだ。

 だが、途絶するはずの事が、僅かばかり伝わったのは、生き残りがいたからだ。

 それがモーデンだ。

 正しくは、皆も知るモーデンと使徒だ。

 彼らは滅びを耐えて逃げ延び、新たな我々と邂逅する。

 神のお目こぼしをうけるだけの何かがあったのか、偶さかだったのかはわからないが。

 ようするにモーデンと我々は似ているが、別の木の株なのだ。

 故に、モーデンは僅かな生き残りと、新たなニンゲンとを繋ごうとした。

 それが今の長命種と考えられている。

 元老員の方々ならば、古の人はエイジャ・バルディスと思い浮かばずとも、古の種といえばモーデンと浮かぶ筈だ。」


「では、何故、その」


 言いよどむ議長に、ジェレマイアは冷たく笑った。


「モーデンの同族、前のニンゲンが滅んだ理由。

 モーデンの死んだ理由は同じと推測している。

 ここからは、公王陛下が詳しいだろう。

 あくまでも伝承、神話とされる事だ。

 モーデンは、混合体を王に据える事を望んだ。

 彼自身は、王になることを拒んだ。

 公王陛下の存在理由でもあり、私にすれば、いい笑い話だ。」


 それにランドールは笑顔で片手を振った。


「モーデンは戦死だ。

 奇矯な理由は無い。

 ただ、我が知るところによれば、その血は毒であり、人を狂わせる。

 彼の人の人品は高潔であり、この場にいる日頃は賢しらな顔をした者どもよりも、高等である事は否定できない。ただし」


 にこやかに王は言い放つ。


「思うに、モーデンの種は、ニンゲンなどという愚かしい人形ヒトガタではなかったと、御母様は言っているね。


 死にがたく。

 永遠に若く。

 不死に近く。

 その血は毒。

 死後は腐らず朽ちず。

 生きては不敗の戦士。


 恐ろしいと思わないかい?

 これは我らが認識する同じニンゲンの事であろうか?

 モーデンが我らを家畜とすれば、我らを滅ぼす事は簡単だ。

 だが、彼は己を戒め、我らを主に据えた。

 本当に、不思議だ。

 彼ならば、王になれたろうに。

 だが、エイジャ・バルディスを友とすると、彼は、今のニンゲンの世界を作り出した。

 モーデンと共に、牧夫は愚かな我らを育てた。

 本当に、理解できないね。御母様。

 彼は死を願ったんだからね。

 千年の王国を手に入れられるというのに、彼は死を願ったんだ。

 そして、生きている間は、如何にして己の血を薄めようかと頭を悩ました。

 混合体という不自然な者を産み出し、王に据えるという法律を一番最初に作るぐらい熱心にね。


 確かに、血の濃い者ほど死を与えるのは難儀だ。業病の如く広がる邪教に心酔する者どもなぞ、死後は蠢く泥になる。

 御母様は言っているよ。

 モーデンの特性を持つ輩を、普通は何と呼ぶのだ?

 我らは勘違いをしているだけではないだろうか?

 我らは牧夫ではない。

 彼らも牧夫ではない。」


「御恐れながら、発言をお許し願えましょうや」


 静まりかえる室内に、それでも人族議員が反駁を試みようとした。


「彼の方が、偉大な祖である事に代わりはありません。愚かな生き方を選び、神の怒りに触れたのは、我ら衆生が選んだ事でしょう。

 この話が、祖が何者であるかが、古の種が戻る意味と同じとは思えませぬ。」


 ランドールは尤もらしい表情を浮かべて頷いた。だが、その声は笑いに震えている。


「おや、そうかな。

 モーデンの同族が戻る。と、言う意味かも知れないのだぞ。

 それとも血の濃さが勝る者ならば、その特質が蘇るかもしれない。」


 意味が浸透するまでに、暫く時間がかかった。

 そして、一番、部外者の気分でいたカッサンドラ公が早く気がついた。

 短い声を知らずにあげ、遠目に王と再び視線が交差する。

 王は微笑んで頷いた。


「開祖モーデンが忌み嫌った血とは、魔神が戻すといった種とは、それはそれは祝福された存在だろう。

 今のニンゲンが変質するのか、新たに、彼らが出現するのか。

 どちらにしろ、人の姿はしていようが、それが我らと同質の価値観を持つ生き物だとは限らない。


 我が甥は、案じているのだ。

 我らは生き残れるのだろうか?とね。

 我らと同じニンゲンの姿をしたバケモノがやってくるのか、それとも我らの傍らにいる者がバケモノになるのか。

 不死を望む輩も、勢いを取り戻すのではないかとも。何て忌々しいんだろうねぇ。

 腐土を広げずとも、夜が広がれば何処も地獄よ。

 モーデンが死を望む相手、モーデンが死を望んだ理由が、復活する。

 けれども、ちょっと楽しみだね。と、御母様は言っているよ。」


 公王は書簡を指でつまみ上げると、唇を引き上げた。


「モーデンは、食事をしなかったというよ。

 我々が口にする食べ物は食べなかった。

 偉大な祖は、我らと同じ食料を必要としなかった。

 では、何を食べたのだろうねぇ。

 夜の民のように、人を食した記述は無い。

 けれど何かを食べていたはずだ。

 興味を覚えるだろう?


 ニンゲン。


 確かに我らも、滅びた彼らも、そう呼ばれていた。

 モーデンはニンゲンの、長命な者どもの祖だとね。

 御母様、言葉は、とても便利だね。

 何しろ、物の見方や概念が違っていても、名前をつければ同じように思えてしまうのだから。

 異質な存在も、我らは同じと勘違いしてしまう。

 本当に愚かだよね、御母様」


 公王の言葉が終わり、室内が再びざわめきに支配された。







「面白い子が一人いたね。

 まっとうな反応を返されると嬉しいものよ。」


 機嫌の良いランドールの側で、神殿長が瞼を押さえていた。

 ここ何日も神殿の書庫に潜っていたために、目が痛むのだ。

 医師は視力に問題なしというが、これ以上、文字ともいえぬ古代の書を読みあさる気力がない。


「御恐れながら、カッサンドラ公の御息女は、やっと成人を迎えられたばかりです。

 苦労多く、病身の家族を支える奇特な御方、どうか、恩情をもってお声をおかけくださいますように」


「お前も相変わらず苦労性だね。おまけに老け顔で損をしている。まぁ、そんな風情だから敵も油断するんだろうけど。ただ御母様も、その隈はどうかと言っているよ」


「好きで老け込んでいるわけではございませんよ。世の中がもうすこし穏やかなれば、私もこのような顔を晒す必要もありません。」


 議会招集の目的は、既に果たされた。

 逃げた者に関しては、この後個別対応をとるために軍列席者側に犬を仕込んでいたので問題は無い。

 犬どもは、本日の議会参加者を記録しているし、来るべき者が来なかった場合の処置も行う。

 逃げたのが単なる保身だけなら、まぁ、じわじわと締め上げるだけのこと。

 魔が深くなる前に、できるだけ害獣は退治しなければならない。

 ランドールと神殿側の見解の一致による議会招集というわけだ。

 始まる前から結果は分かっていたようなもの。

 まさしく茶番であり、良心的な甥は不機嫌きわまりない。

 そしてかわりにランドールは上機嫌だ。

 否、深く深く怒りをたぎらせている。

 裂けた天は縫われたが、神は人を許さなかった。

 そして、彼も、許せなかった。

 だから、喜んで悪となり、他者を裁くのだ。


「さて、間引いた後に残ったのは、殆どが辺境地の貴族だね。やはり、中央に席を置いている者は殆どが駄目のようだ。」


「仕方がありません。

 使徒の家系は中央に集中しています。

 大公家として名を連ねる方々もです。

 むしろ離れた方は、心配が無いでしょう。

 集うにも理由があるというわけですね。

 その中央で嫌疑のかかる者が一人もでなかった古い氏族は、当然ですが滅亡したボルネフェルト家と没落したグリューフィウス家以外はありません。

 結果として、モーデンの教えを守った家系は、潰されたということですな。」


「使徒の家系が腐れていたとはね。

 予想外だったのは大公家だ。

 傲岸不遜にモーデンに一番近しい血だと言っていた割に、存外、死ななかったよ。

 嫌みで贅沢好きの馬鹿どもなら、全て腐れてしまうかと思ったのに。

 同じ腐った輩でも、現世の害悪だけだったようだ。あぁおもしろくないねぇ。

 大公家と使徒の家系図を更に調べるのは難儀なのだが。」


「調べておりますよ。

 大公家はモーデンの氏族と言われています。

 使徒は氏族の枝葉。

 すべて縁戚でもあり、蜘蛛の巣のようにつながっております。

 血を薄める為の婚姻の回数と割合は、命の館の記録になりましょうし。彼らの持つ記録を調べるだけならば、それほどの手間ではありません。

 むしろ、大公家の方々に、神の印があるかどうか、それを見極める事の方が難儀でしょう」


「夜が来る前に、審問を受けさせよと?」


「詳細な審問をするべきでしょう。それも全ての方々をです。高位の方から順に行えば、反発も少ないかと」


 それに不機嫌な顔どころか、公王は笑顔になった。

 笑顔になり、広い室内を見回した。

 王の席から、正面の硝子張りの壁が見える。

 薄曇りの空から差し込む光りが、室内を白く染めていた。

 議員席には、点々と人が寄り集まり話し込んでいる。

 その対面には軍幹部が数人、それらに話しかける軍人の姿がある。

 壁沿いには、神殿兵。

 今日は本格的な武装をしていた。

 甥は席を離れると、貧乏籤を引かされた娘に話しかけている。

 相変わらず慈悲深い甥の姿に、ランドールは笑顔を消した。


「私は、思うのだよ。

 許すという行いは、とても難しいとね。

 許すとは、とても苦痛な事だ。

 怒りと憎しみは消えるものではない。

 悔しさと悲しみもだ。

 それでも許すという事の価値を、私はわからない。

 わからないし、正しいとも、立派だとも思えない。

 ただ、とても難しい事をできる人間は、価値があると思うのだ。」


 神殿長は、王の左手下段の席にいる。

 王の席の周りには、近衛が二人控えていたが、更に目立たぬ所にも控える者がいる。

 だが、ここでは、神殿長と公王の二人きりであり、彼らの耳目は閉じてるという事になっていた。

 建前上はそうであっても、神殿長は言葉を選ばねばならず、祭司長の姿を見るだけに留めた。


「元老院の諜報関係は大丈夫なのですか?」


「主立った官吏は、残念ながら人族の割合が逆転したね。

 現場の方は、今のところあまり混乱は見られないと報告があったよ。

 元々、末端にいけばいくほど、長命種はいないからね。」


「本日は、大臣職の方々も見られませんが」


「死んだ者もいるからね。

 調整の為に、元老院召集に答えられない者は事前に面談しておいたよ。

 心配せずとも、実務方は生きているし、私の嫌いな脂ぎった男達も元気だ。」


「それは重畳でございますな」


「司法職と他の大臣達は、案外、まっとうだったようだね。おもしろくないと御母様は言っているよ。」


「御身の周りの者は、大丈夫でしょうか?」


「お前のおかげで、今のところ妙な者はいないよ。貸し出された犬は、よく調教されているね。私も、飽きずにいられるよ。」


「それはようございました」


「問題は、自領へと戻す動きは正解かどうかだね。」


 それに神殿長は、無礼を承知で鼻を鳴らした。


「久しぶりに、聞いたな。

 いつも思うけれど、本性は、どうやって隠しているんだい。

 まぁ宗教家は、皮肉屋で現実的と決まっているけれどね、御母様」


 神殿長は王に微笑んだ。

 嘘くさいとランドールは指を立てるが、それには構わず返した。


「彼らに造反の意志はないでしょう。

 その余裕をもてるほど、現状に猶予はない。

 夜が来るのは比喩では無いのですから。

 己が領地を守ることは、これから更に難しいでしょう。

 首都への物流も滞る事は間違いありません。

 それを見越して軍の方々は既に新たな国内防衛の計画を立案中です。」


「もう神殿と軍の話はついているようだね」


「腐土が現実なのです。命をかける方々に我々が手を貸すのは当たり前のことです。」


「で、聞きたいのだが。

 これからどうなるんだい?」


「それを中央以外の出身者に聞かせる為の場でしょう。

 警告をする場を設ける為の召集でもあるのですから。」


「国を割る事はできないからねぇ。

 南領がうらやましいよ。民草の処理能力が高いから、防衛予算が低くできる。

 人族はひ弱だからねぇ。

 御母様は、おかげで中央の影響力は減らないと予測しているけれど。」


 大方の軍部の者は、議員が半数に減った時点で退出していた。

 軍内部での影響が低いのは、それだけ獣人の比率が極端に偏っていた事もある。

 議会というよりも最近の中央政府の人員が偏っていたように、軍と官の乖離は進みすぎていたのだ。


「神殿の方は大丈夫なのかい。御母様は、お前達の組織が潰れることを一番心配しているよ」


「我々が潰れる時は、中央王国が潰える時でしょう。

 心配には及びません。

 洗礼を通過した者は、皆、己を正し改めております。

 与えられる試練こそ、我らに力を与えてくるでしょう。

 そして死を身近にすれば、人は賢さを得る。

 悪が力を得ても、我らが弱体する理由にはなりません。」


「つまり、中央と地方の力関係と同じという事だね。

 脅威があるからこそ、必要とされる。

 なるほど、商売上手だね、御母様」


 身も蓋もない王の言葉を聞き流すと、神殿長は首を片手で揉んだ。


「書面の解読内容を、開示いたしますか?」


「必要ないね。誰が敵か判別できていない。

 邪教徒も魔の者も、全てを炙り出せていないのだ。

 我々は、信仰心を常に持ち、道徳に準じ、国の復興を目指すのだ。

 故に御母様は、水を蘇らせることを望んでいる。

 もちろん、本来の渇水の対策も同時にだがね」


「承りました。

 軍と調整しております、水源探索の人員は略確定しております。

 費用内容を議題として神殿側から提案いたしますが、それでよろしいでしょうか?」


「莫大な寄進を要求して欲しいと、御母様は言っているよ。

 どれほどの探索になるかは、分からないからね。

 もちろん、渇水の方にも金は必要だし、国土の防衛にも益々力を入れねばならない。

 そうだね、ジェレマイアの計画にも流用できるようにすればいい。

 特に資産を無駄にため込んでいる者ほど、今ならば喜んで差し出すだろう。

 それに税金の代わりに水を奉納するようにとも進言しておくれ。

 それから」


 再び眉間から目を揉み始めた神殿長に、公王は小さな笑い声をあげた。


「大臣連中が閣議にかけるよりも、手早いからね。

 反対しようにも、神を持ち出されると、皆、反論しにくい。」


「勤めから逸脱しているように思えるのですが」


「領地へと主だった貴族議員が戻り、議会は事実上停止している。

 元老院議員は、死亡者と今回の処刑で半数以上空席だ。

 元老院合議の場に、逃げ足の遅い末端の貴族議員が補填されても困る。

 何の権限も持たない者では、何を話し合っても無駄だ。

 今、この国が望んでいるのは、良くも悪くも強権をふるう者だ。

 公王権限を拡大できる今だけは、何を行っても反発する余裕は誰にもない。」


「何れ戻されるのでしょうが、反動で離反者がでるやもしれません」


「一時的にはな。

 従わぬ者に手を差し伸べる程、迎える夜は穏やかではなかろう。

 気に喰わぬと言うのなら、早期に離反すればよい。

 その為に自領へと帰郷を許したのだ。

 そのまま戻らず議員という人質を寄越さぬのなら、こちらも、守備兵力も助けの手も、そして巡検使を向かわせる事もしない。」


「閉じてはなりません。王国は開かれておらねば、このまま軍主導で物事を進めては、同じ事になりましょう。

 王国を治めるには、武力と信仰、そして政の均衡を保つことが肝要なのですから」


「だが、均衡を保つにも、人種の割合が偏りすぎている。

 誰も口には出さないが、頭脳が人族であり、手足が獣族、そして末端を亜人とすれば、頭が腐れて行き倒れている状態だ。

 それも何故人族を尊重せねばならぬのか、納得できる理由もない。

 もちろん、モーデンは答えを持っていた。

 だからこそ、長命種から更に短命種に近い人族を増やそうと努力した。」


 ランドールは可笑しいと言わんばかりに、集う人々を見回した。


「まぁ、何れ、解決される事だと、御母様も私も知っている。

 もちろん、お前もな。

 神官は魂を見るのだ、当に気がついているんじゃぁないのかい?」


 それに神殿長は、ぼんやりとした視線を同じく室内にはしらせた。


「使徒の方々は、開祖の願いを無視し、ひたすらに同じ氏族の血を混ぜようとなされる。

 大公家は律にて混血を押し進めていますが、その周辺の人々は逆行し、血の価値ばかりを追われる。

 もちろん、死者の宮へと招かれた者の所為でもあるのでしょうが」


「命の館の者にも聞いたよ。

 彼らは、既に種として終わりに近づいているそうだよ。」


「..子供が産まれないのでしょう?」


「混血の法則が成り立たないようでね。

 割合による出生種族の決定ができない。同人種でなければ、妊娠もできないそうだ。

 これは退化なのだと言っていたよ。

 環境適応能力の退化。

 そこでだ。

 これがモーデンの答えではないかと御母様は言っているんだよ」


 神殿長は、今度は肩を揉みだした。

 お茶が配られ、王の毒味もかねて先に口をつける。

 それから、不敬としりつつも大きくため息をついた。


「正解なんだろう?

 つまり、このままいけば、夜が来ずとも、彼らは変わるのだ。

 何に変わるんだろうね、御母様。

 命の館の者も私も、少し、胸が高鳴っているよ。」


「公王陛下」


「どんな醜いバケモノになるんだろうねぇ、御母様」


 満面の笑みを浮かべた王に、神殿長はこめかみを押さえた。


「公王陛下、最近、疲れがとれないのです。そろそろ、私も引退の時期にさしかかっているのかもしれません」


 それにランドールは態とらしく表情を戻した。


「何を言っているのだ。

 恐怖と絶望が広がるにしても、未知未踏の世界に興味はあろう?

 それに私は信じているのだ。

 お前も信じているように。

 明日という日は、生き残ろうとする気概のある者だけに来るのだ。

 与えられた救いを無駄にしてはならない。

 そうではないか?

 今までの私に与えられていた明日は、あの夜に終わった。

 苦しみの質が変わったのだ。

 負わされたものではない。

 私は自分の為の苦しみを得たのだ。

 この違いは、誰にもわからないだろう。

 故に私は、我は、悪となれるわけだ。」


「公王陛下、お言葉が違います。憎まれ役が正しいかと」


 頬の鱗を撫でると、ランドールは肩を竦めた。


「やさしいねぇ、御母様」









「病室に荷物の持ち込みはご遠慮願います」


 そう言い放った看護師は、カーンと同じぐらいの高身長である。

 カーンの場合は、武装解除と消毒を命じられた。

 勿論、彼は武器を部下に渡し、消毒を受けてから入室した。

 素直に粛々と。

 相手は、カーンと同じ大型の獣人女性である。

 正当な理由無く敵対してはならない。

 決して偏見ではない。

 見るからに看護をするより、戦斧でも両手に持っていたほうが似合いそうな雰囲気、だからではない。

 差別ではない、あくまでも。

 等と考えただけで、拳が飛んできそうである。

 勘も良いのか、くだらないことを考えると睨まれた。

 兵士向きである。

 しかし、お仕着せは医療関係者だ。

 実に良い筋肉..、女性に対してそのような事を言えば、いろんな意味で寿命が縮むので視線は逸らした。

 実に拳闘向きの筋肉だ。

 などと考えたのがバレたら前歯を折られそうだ。

 何しろ肉食系の先祖返りだ。

 強烈な配置であるが、圧力に屈しない事が肝要。

 仕方がない。

 護衛を入れるような場所ではないし、かといって無防備にもできない。

 ならば、潜在能力の高い人員を置く以外にない。


「室内に荷物の持ち込みはご遠慮願います。入室の場合は、手前の部屋で消毒も受けてください。

 人数制限を設けさせて頂いておりますので後二名でお願いいたします。

 患者の免疫力が低下しております。

 感染防止の処置ですのでご了承ください。」


 丁寧に、牙を剥きだして宣う。

 もちろん、威嚇している訳ではない、筈だ...。

 と、現実逃避をしていると、寝台に横たわる者達と目があった。

 げっそりと窶れたターク公は、それでも面白そうな表情を浮かべている。


「すまないが、彼女(人形)とおつきも。隣で消毒の上で入室をお願いしてもいいだろうか?」


 それに看護師は、瞬きをした。

 ターク公の精神状態を危ぶんでいるようだ。

 もしくは、長命種貴族は馬鹿者ばかりなのかと呆れているのかも知れない。


「繰り返しますが、如何に丈夫なお体でも、傷口が腐れば治り難く、壊死すれば、おみ足を切断することになりましょう。

 身分云々で許す許さないという判断をする事ではありません。

 そしてもし、御自身の自由であるというのならば、保液治療を断行いたします。

 加えて申し上げれば、既におみ足の治療上必要となれば切断する許可を得ておりますので、保液治療も同意済みとなっております。

 これを拒否する場合は、御家族の同意が必要になりますが、その同意書を得られる迄の間は、やはり保液治療を一時的に行う事が我々の権利として保障されています。」


 保液治療とは、全身を保護液体という粘液に浸す治療である。

 兵士の間では棺桶と呼ばれる治療器具で、感染予防に全身管理もでき、なおかつ意識の無い者を衰弱から守る事もできる。

 保護液体には薬液も投入され、排泄物も浄化できる。

 これはオリヴィアを置いた保護容器の劣化版ともいえる。

 彼女が横たわる容器は、小舟のような物で中を満たすのは、不可思議な霞のような代物だ。

 古の技術で満たされたソレは、見た限りうたた寝をする体を乗せた飾り舟にしか見えない。

 そして軍の保液治療の密閉容器は棺桶にしか見えない。

 兵士の間では、不評である。

 密閉される上に様々な器具を装着する。おまけに栄養は管で入れられ、視界は水溶液ごしで音もよく聞こえない。常に清潔なのだが、二度と入りたくないと誰もが思うものである。

 臭いは薬、そして感じる味も苦い。

 かく言うカーンも幾度か世話になったが、居心地がよいとは欠片も思えない。

 うへぇ、と言う感想が勝手に口から漏れる。

 気付いた看護師に、ギロリと睨まれカーンは床の溝を眺める事にした。


「保液も致し方なし」


 悲壮な覚悟のゲルハルト侯爵を見て、ランドールは頭を振った。


「やれやれ、忠臣に無理を強いては不憫だね。

 お前達、御母様と控えておいで。

 我は甥と中に入るよ。

 何を心配するのだね。

 このように手厚い看護をする者がいるのだ。

 城内よりも安全ではないのか?」


 召集会議より一日過ぎていた。

 外郭内の軍事医療施設には、重傷のターク公とゲルハルト侯爵が収容されていた。

 そして同じ棟には地下で発見された娘達と、その一部も置かれている。

 負傷者の中でも、特に晒す事のできない者を全てここに集めたのだ。

 もちろん、神の手が置かれた者もだ。

 あえて簡易の救護所へと残された者に衆目を寄せるように仕向けていたのだ。

 準備ができるまで、鳥籠にいれる訳にはいかない。

 そして念入りに準備が整えば、それは鳥籠ではなく、ネズミ採りというわけだ。

 今では美しい小舟のような保護容器も持ち込まれ、更にその身は安全に飾られている。

 公王からは花を贈られているから、美しい花で容器が埋まっているだろう。

 本人は、食べられる果物がよかろうに。

 そんな事をカーンは考えていた。

 室内には負傷者二人の他に、カーンとジェレマイア、そしてランドール五人だ。

 公王が入室すると、看護師は同じ病室を区切る仕切の向こう側へと移動した。

 同じ病室内だが、二重の小箱のように寝台を囲むように仕切が置かれている。室内の会話は、ある程度漏れないようになっていた。

 まぁ、漏れたとしても看護師も軍の者だ。

 話が漏れるも何も、ここの場所に配置された人物である。余程、待機する近衛の方が信用という点では安心できない。


「さて、手短にな。

 月替わりにて、水源探査隊を出す事になった。

 偽装で国からも複数送り出す。

 偽装といっても、本当の渇水対策と新たな水源調査だね。

 まぁ、皆、君の動きを追うだろうから、どこまで偽装できるかは疑問だ。

 で、君は、本拠地から人員をだいぶ呼び寄せたようだね。

 それも私のお庭に、獰猛な犬の群をね」


 それにカーンは、耳を掻いた。


「直答は許しているし、君、簡易継承儀式は済ませてるからね。

 私とは親戚になるんだよね。

 よく考えると、今日は親戚の集いだね。

 だからまぁ、うん、無礼は許そう」


 反射的に飛び出そうとする言葉を呑むと、カーンは既視感に呻いた。

 身分の高い頭のオカシイ男との会話が面倒くさい。


「親戚などと恐れ多いかと」


「欠片も思ってないね。うん。

 それよりも、ここにあまり私が留まる事の方が良くない。特にゲルハルトに注目が行くと後々差し障りがある」


「では、礼儀にはずれるが。

 庭に犬を放すは当然だ。

 自分が離れる間、託せる者は彼ら以外にない。

 彼らを引き上げさせるというのなら、彼女は連れて行く。

 他が腐れ呪われようと、かまうものか。」


「いや、ちょっと可愛くないのが嫌なだけだよ。

 折角、渾身の出来の睡蓮のお家が、髭面の野獣のような男達に囲まれている全景がね。うん、美意識に反するだけで。うん」


「こいつ、人形がないと、こんな喋り方なのか?」


「まぁこんな感じですね、今更ですけど不敬ですよ。」


「不敬ですぞ、せめて表面上は取り繕う方向で」


 負傷者二人に諭されて、カーンは呻いた。

 その年長者二人も何気に失礼だ。

 だが、それに対して公王は別段気にした様子もない。


「否、お母様について語ってもよければ、親戚の君にも色々と言いたいけど、長くなるからね。うん」


 等とニヤニヤと笑い初めたので、カーンは更に呻いる。

 それを無視すると、ジェレマイアは話に割って入った。


「宝物殿を今夜開く。

 智者の鏡は、俺のところがアタリだと言ったんだよな」


「正確にはボルネフェルトがな」


 その名前に、公王は頭を振った。


「うん、死人が普通にお出ましとは、本当に嫌な世の中になったものだね。

 で、タークは、いつ、出られるんだい?」


「いつでも、私は大丈夫ですよ。供がおりますれば」


「供も一緒に連れて行くのかい?」


 ジェレマイアと話していたカーンに、ランドールが気安く声をかける。

 魔物と語らうよりも、戸惑いが大きい。

 子供の頃に、王と対等に口をきくなど想像もしなかった。

 そして、この既視感は、オカシイ男どもが似ているからだろう。

 親戚という嫌な単語に納得しそうである。


「俺の手勢に、彼女とかかわり合いになった者。

 彼女のグリモアの感化を受けた者だな。

 ハンネローレ殿下は除外だ。

 彼女の守りの一つにしておく。

 彼自身が魔神の目を持つというのなら、邪悪な者どもがよく見えるだろうからな。

 そして、こいつは置いていくつもりだったが、本人が同行を望んでいる。後は神殿からの了承待ちだ。

 そしてターク公とその奴隷は、特に放置すれば利用されかねない。

 本人達も事の始まりを知りたがっているしな。」


「ふ~ん、じゃぁ、私から一人加えてもいいよね」


 眉を寄せた男に、公王は続けた。


「一人、ニンゲンを狩り殺すのに向いた男がいるんだよ。

 たぶん、尊いモーデン本人が蘇っても、躊躇わずに殺しに行くような男だよ。うん。

 とてもとても、人族を殺すのが好きでね」


「王陛下、近衛等は無用です。

 バルドルバ卿は、十分な兵力をお持ちですから」


「普通に喋っていいよ、ジェレマイア。

 そんな憎々しげに私を見ながらいわれてもね。

 うん、まぁ、彼女の知り合いになると思うよ。

 それに、その人物とかかわり合いになったのは、お前達が先だろう?」


「どういう事だ?」


 公王はカーンを不思議そうに見た。


「君も報告書で知っている筈だよ。

 君の部下と眠りの君がトゥーラアモンで見つけた毒物が始まりだね。

 彼の地で作られていた金属毒は特殊な構造でね。

 軍に送られた後、神殿の方へも一部流れた。

 軍では全てを解析できなかったんだよ。まるで古の技術か、神官が言う呪いの品みたいにね。

 そこまでは、君も知っている筈、うん」


「あぁ」


「解毒が難しい上に、神官の一部にしか判別不可能。

 そんな呪われた品がどれほど拡散しているか不明など恐ろしいかぎりだ。

 そこで、君は回収命令を出した。

 正確には、書類に署名して君の名で回収命令が、軍と神殿の両方に出された。

 そこでジェレマイアも、神官数名を回収作業に当たらせた。

 しかし、不幸にも間に合わなかった。」


 まだ、わからないのか?

 と、公王は首を傾げ、考え込んだ。


「あぁそうか、君にはこう伝わっているかな。

 グリューフィウスの下働きの娘は、神殿の勢力と一部の長命貴族から接触がある。とね。」


「エウロラですね。ですが、彼女は最後まで姫を助けようとしていましたよ。」


 ターク公の指摘に、公王は頷いた。


「その娘は義理堅いようだね。

 よかったよかった、金を積まれて寝返るようなら、私の方で始末していたところだよ。

 幸いにも、眠りの君の為に、最後まで抵抗してくれた。

 父親の命を救ってくれた甥に、心から感謝をし、その恩を返そうとしたんだね。

 例の回収から漏れた刃物で刺された父親を助けるのは、神殿の義務だったのにね。」


 男二人の表情を見ながら、公王は、頬を擦り少し考えるように続けた。


「だが、ジェレマイアも君も、少し調べが甘かったね。

 偽装が巧みだったのもあるんだけれど。

 父親が世話になっている先が白夜街の総頭取だからね。

 どうやら、幼なじみが頭取の妻のようでね。

 不正入都に不正居住、まぁ、不法滞在の犯罪者ってわけでね。

 まぁ、私の方で気がついたのも、直接、面識があったからね。

 彼の家族が死んだ時にね、ずっと昔の事だよ。」


「娘、ではなく父親か?」


「もちろんだよ、娘の方は元気になり次第、眠りの君のお世話に向かわせるよ。

 君の探索隊には、父親を入れる。

 役に立つと思うんだ、うん。

 彼はね、人族を殺すのが大好きなんだよ。

 それも長命種の貴族がね。

 たぶん、長命種のバケモノを殺すのも好きだよ。

 娘を助けてくれた眠りの君を、邪魔に思うようなニンゲンも殺してくれるよ。

 義理堅いのは、娘の父親も同じのようだよ。

 それにね、彼は一流だよ。

 君なら、彼の名前を知っているんじゃないかい?

 フェンネル地方のシーリィヤンだよ、うん」


「狂人ヤンか」


「誰だそれは?」


 ジェレマイアの問いに、視線で公王に流すと肩をすくめた。


「人族専門の人殺しだよ、それも酷い殺し方のね」


「暗殺者ではない。

 惨殺型の殺人鬼だ。」


 カーンの補足に、ジェレマイアの我慢が切れた。


「いらん!そんな狂人を探索隊に混ぜるな、馬鹿か!」


「甥に叱られたよ、王なのに馬鹿と罵られたよ、これは斬首でいいよね、ターク」


「聞こえませんでしたし、神殿の祭司長を、今、斬首にすると面倒ですよ、ランドール殿」


 話についてこれないゲルハルト侯爵が枕に頭を落とした。

 聞いていて心の安まる話ではないだろう、気の毒に。と、カーンは思った。


「利点があるのか?」


 それに公王は頬を撫でると、真面目な表情に戻った。


「私はね、今回の出来事の始まりを、ずっと考えていたんだよ。

 私が問題なのか?とね。

 正確には、混合体の王である私の何かが間違っているのだろうか?

 私の血か、私自身の行いに問題はないのか?とね。

 そして、責任転嫁したいと考えた。

 まぁ、その惰弱な考えも、間違いでないと思うんだよね。

 つまり、問題は、始まりだ。

 この国の始まりに、問題がある。

 その修正に多大な犠牲を払ったが、結果は得られなかったのではないか?とね。

 だから、一人、長命種を殺すのにたけた男を加えようと思うんだよ、うん」


「そこに帰結する理由は何だ」


 ジェレマイアの問いに、公王は、これもまた不思議そうに視線を返した。

 公王が答えては差し障りもあろうと、代わりにカーンが答えた。


「俺が獣人だからだ。

 獣人の俺が問題に対処すると、国としては迷惑を被る。

 だから、一人、問題にならない者を混ぜたいんだろう。

 狂人の犯罪としての建前が欲しいのだ。

 獣人の、モルデンの系譜が人族を始末するのは不味い。

 それも古い血筋の長命な者を始末した場合は特にな。

 免罪符というところだろうか?」


 それにジェレマイアは盛大に舌打ちをした。


「不敬だよね、まぁ、気持ちはわかるよ。うん」


 公王の発言は、聞き流された。

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