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冬の狼  作者: CANDY
喪失の章
27/355

Act27 境界

 ACT27


 回廊は崩れて終わっていた。

 私達は、その崩れた端に立っていた。

 見渡す景色は、地下であるはずなのに広大で明るかった。

 光源は分からない。

 そして、広さも測れない。

 遠く霞む端まで、足下に広がる景色は石の都市である。

 私達が立っている場所は、壁の高い場所にある。石の都市は更に下にあり、その高い場所に作られた建物の更に上に、私達は出たようだ。

 そして、すぐ下には円形の広場があり、彼らがいた。


 そう、彼らだ。


 円形の広場は、排水溝のような溝があった。それは中央から放射状に広がっている。

 その溝が集約するのは長方形の石の台で、三つある。

 台からはしる溝は、広場の端に続き円を描いていた。


「何をしているんだ」


 私の呟きにカーンもナリスも答えない。

 広場の中央には台座がある。

 その台座は皿のようになっているが、何も乗っていない。

 その台座の横には二人の男がいた。

 多分、領主の元に来た男達だ。

 そして、彼らの連れである騎士や従者達は、彼らを囲むように二手に分かれていた。

 私は爺達と領主の姿を探した。

 領主と爺達は、二手に分かれた一方にいた。

 ここまでは、声が聞こえないが、何か双方で言い合いが起きているようだ。

 注意して見ると、爺達の集団は相手より少なく、ジリジリと後退してる。

 そして、一方は対峙しながら、台座の方へと近寄っていた。

 敵対ではなく、どうやら、爺達が彼らを引き留めている。そう見えた。

 そっちに行ってはいけないと。


「御客人、あれは」


「坊主、良い子にしてな」


 カーンは下に降りる足場を探して降りていく。




 娘よ、あの場所に行ってはならぬ




「どういう事だ。爺達がいるんだぞ」


 続こうとして、ナリスに制止を受けた。



 ならば、尚の事

 すでに洗礼を受けし女よ

 血を呼ぶのは本意ではなかろう



 私は眼下の無言劇を見やった。

 身なりの良い長い髪の男が、並んでいた甲冑の男に手を置いた。

 すると、空気が抜けたように甲冑の男が倒れた。

 それを見る二つの集団が動きを止めた。

 長い髪の男の長衣が揺れて、風が広場を吹き抜けた。

 その風が私の所まで吹き上げる。

 酷い血の臭いがした。

 長い髪の男は、その痩躯から考えられないほど膂力で甲冑の男を片手で引き擦ると石の台に乗せた。




 贄だ




  ナリスの声に混乱がわきあがる。

 私はカーンの姿を探した。

 カーンは半分崩れかかった壁を一気に滑り降りた。

 それに下の者も気が付いたようだ。

 中央の男と二派の中間にゆっくりと割ってはいる。

 何かを言っている。


 私には聞こえなかった。


 風が囂々と吹き上げてくるからだ。

 どうして、この風に立っていられるのだろう。

 私の周りに渦を巻く風、しかし、眼下を見れば誰一人として、その体を揺らしてはいない。



「風が吹いていない、のか」




 もう、遅い




 何がと、私が聞く前に、長衣の男が一番近くにいた集団を手招きした。

 すると、男の一人が膝を付いた。

 もう一人、更に一人。

 バタバタと床に倒れ伏していく。

 もう一方の集団が剣を抜くも、やはり、一人、二人と膝をつく。

 爺達も領主も膝を付くのが見えた。

 たまらず、私は向かい風に突き進んだ。

 生臭い風は暖かく湯の中を進むように感じた。

 カーンはその中でも、剣を握ると長衣の男に近寄っていく。

 すると、長衣の男は片手をあげてカーンを制止するような仕草をした。

 何かを喋っている。

 歯痒い、何も聞こえないのだ。

 只、風の音が私を包んでいた。

 長衣の男は台の男を指さしている。

 それにカーンが頭を振って、剣を突きつける。


 交渉は決裂。


 私はやっと崩れた壁沿いにたどり着いた。

 爺達は動かない。

 早く下に降りなければ。

 脆い足場に、私がもたついていると、声が聞こえた。

 下を見ると、鷹の爺が私を見ていた。

 爺は投げ出した四肢を怠そうに片手だけ上げて、払うようにした。



 逃げろ



 爺は確かにそう言った。

 私の口からは悲鳴しか出なかった。

 カーンが長衣の男を斬る。

 すると、男は遠目でも分かるように笑うと、消えた。

 男の長衣だけがその場に落ちて残る。

 それを見たカーンは、すぐさま台の上に剣を下ろした。

 鮮やかな手並みは変わらず首が飛ぶ。

 その血飛沫が石の台を伝い溝に流れ…。

 私は何とか下にたどり着いた。

 そして不意に風が止んだ。




 娘よ。

 輪から出るのだ。




「輪とはなんだ」


 爺達の元へ走る。

 皆いる。

 領主は蒼白だが、息がある。



 贄の輪だ



 爺達を揺り動かすと、何とか起きあがらせる事ができた。

 しかし、歩くことができない。



 下を見ろ



 上から見たとおり溝が掘られた床は、壁際近くまで延びていた。



 輪、とは溝の事だ。



 私は爺達を背負うと運び出すことにした。

 力の抜けた人間は重い。

 一人、二人と運ぶと息が上がる。

 それでも、鷹の爺と領主を残して村の者は運び出せた。

 それに周りの者も段々と動けるようになりつつある。

 私が鷹の爺を背負おうとすると、領主を先にしろ怒られる。怒る元気が出てきたようだ。

 そして、領主も何とか立ち上がる事ができたようで、爺と領主の二人を両側に置き支えて壁際に逃れる。


 そう、ここまでは間に合った。



「輪の中に入ってはいけないそうです。帰り道は」


「わかっている。だが、戻れない」


 私の囁きに領主が答えた。


「どういう事です」


「お前と爺達は戻るんだ。爺にも言ったが出入り口を崩して埋めるんだよ。」


「何を言っているんです」


「爺達には後のことは任せてある。お前は何も知らない。爺達もお前もここには来なかった。私と彼らが森に入っただけだ」


 馬鹿な話に爺達を見る。

 だが、彼らは否定しなかった。


「何があったのです」




 娘よ

 目を閉じろ




 その忠告に私は従えなかった。

 爺達と引き下がった輪の中には、男達がやっと立ち上がろうとしていた。

 そして、石の台の側では、首を袋に詰めるカーンがいる。

 カーンを逆賊と罵る男達。

 その殆どが例の長衣の男の側にいた者だ。


「何が起こるんだナリス」




 血がたりぬ

 故に来る



「何が来る」



 宮の眷属、人の言う闇の者どもよ



 私はカーンに逃げるよう叫んだ。

 何故か、再び、血腥い風に包まれ。私の声は届かなかった。



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