ACT233 堕落の末路 其の五
ACT233
命乞い?
オリヴィアの命を助けて欲しい。
その願い方は、間違いだ。
怪人達の中で人の生き死になど、さほど重要ではない。
命とは循環する物であり、死は、人の考える悲劇では無いのだ。
では、彼らに願うタダシイ事とは何か?
ナリスの言う助命とは何か?
彼女が差し出した物により、保たれた物は何か?
壊れてしまえば良いと、自分は言った。
だが、彼女はそれを望まない。
彼女の考えと自分の望み、そしてタダシイ事。
ぐるぐると頭の中が混ぜられる。
考えた所でナリスの言う通り、願いは一つだ。
彼女を奪われたくないというだけの事だ。
では、彼女を取り戻す方法はあるのか?
答えは幾通りかある。
グリモアの示す悪意ある助言では、人族皆殺しの上、自分が彼らの仲間になるという選択肢だ。
理屈としては、人族の空白部分を他種族が埋める事で、病巣部分の削除と補填を行う。
人族の犯した罪、そして、人族を排除してしまう罪、その諸々の行為により均衡を保たせる。
担保は実行犯としての自分を地獄に叩き込む事。
ナリスもこれに賛同している..クソが。
クソのような提案だが、実現は可能だ。
人族を標的にした掃討を持ちかける。人族以外の勢力と諸外国への提案は可能で実行実現範囲だ。
獣人族の多数の賛同も得られるだろう。
しかし、そうなると融和の立場をとる部族や神聖教とは敵対する事になる。
自分は、人族皆殺しの主犯の上に内乱の首謀者、歴史に名を残す虐殺者になるわけだ。まぁ、虐殺者と呼ばれるのは今更か..。
だがそうなると理を犯した罪で宮行きの上、オリヴィアが泣く。
泣かないかもしれないが、嫌われる事確実である。
嫌われるだけならいいが。
そんな殺戮後に供物としての意味を喪失させ現世に戻すとは、彼女に生きて苦しめという事で。
更に、自分は死んでも彼女には会えない。
悪霊とグリモアは高笑いだろう。
「ミカエル・ドミニコの獅子像は百体、東西南北に置かれていた。
場所は区画の火除け地となる集合公園だ。
集合公園は、この中央公園を囲む位置にある。
現公王即位式に併せて、最初に五体ずつ。翌年から偏執狂めいた執念で作り続けた。」
「ほうほう、それは如何なる理由であるか?」
「百というきりのよい数にするためだ。王城に一体、この中央公園にも二体ある。その百体以降は、ドミニコの弟子の作品と思われている」
「思われている、とな?詳しく述べよ」
当然、怪人はわかって聞いているのだ。
ニヤニヤと口を笑いにゆがめると、奇妙に体をクネらせた。
「後に作り続けられた弟子の作品は、西側に最大の四十体、火除け地以外の辻や小公園にまで置かれている。神殿を囲むような配置だ。
それから東、こちらは立地的に像を置ける余地がなかったのだろう。それでも民も知る大通りの交差路に置かれている。
こちらは巨大な三体だ。
北はもちろん、ドミニコ以外の設置は無理だ。王城に貴族街だからな。先に挙げた十三体に、民の目に触れない王府の緑地と城とで十体あり合計で二十三、北はドミニコの作品だ。
だから、北には無い。
そして最後に南。
ここは二十五体。
商業施設や歓楽街だけでなく外郭にほど近い場所に置かれている。
見る者もいないような外郭沿いの道で、ほぼ、草木に覆われているが等間隔で並んでいる。ちょうど水晶門が中央に来る位置どりだ。」
「なぜ、オマエは詳しく知っているのかな?そこな御老人と同じく、鍛錬の為に獅子像を数えながら歩くのが趣味ではあるまい?」
問いの意味をはかる自分に、仮面の怪人は笑った。
「この場所にもあるが、あれはそのドミニコとやらの作か?」
水辺にある崩れた像を指しての問いに、頷き返す。
「そうだ」
「何故、区別がつくのだ?壊れているであろうし、過去の記録や証言などあてになるまい?」
「壊れているからだ」
この遣り取りの意味は、自分と仲間と、そして悪霊と怪人以外には理解できない。
あぁ、そこで口を閉ざされたモノは知っているか。
「さぁさぁ、それを話すのだ。さぁさぁ、楽しいお話の時間だ!
寝物語にあるように、ニンゲンは死して道を選ぶことになる。
お前たちが考える天の門をくぐるか、地の門をくぐるかである。
齋には、こうして衆生をば全ての命を秤にかける。
だがしかししかし、本来は、こぼれ落ちた魂を選び、一つ一つに道を示すのである。
お前たちが想像する神の裁きの場である。
しかし、我らが神とお前たちが顔を合わせるとは、即ち現世の行いに報いる前に救済されるに等しい事である。
故に、隷たる我らが代わりに、道を示すこととなる。
さて、ここに捕らえたモノは、齋での裁きにも相応しいが、我らの娯楽にも相応しい。
ここで一つ、貴様の発言と共に、魂の行き先を示す一つのやり方を見せようぞ」
怪人は、傍らの秤を指で弾いた。
コンコンと秤の軸を叩く。
すると奇妙な双頭の蛇が身をくねらせながら、秤の軸から抜け出した。
「死した後、魂は流れに戻る。
先ほども言うたが、流れに戻らぬ魂を、我らは選ばねばならない。
そこでこのように、我らは主より幾つもの秤を与えられている。
これはその一つ快楽の秤である。
快楽を喰らい魂をはかるものなのである。
平素は左がめしい、右の頭の目が見ている。
喰わせたものにより、この左の頭の目に色が入るなら、我らは褒美を与える。
そして、あくまでも開かぬのなら、褒美は無しなのである。
さぁさぁ、楽しいお話の時間なのである!
秤に与える快楽を、そこなモノから搾り取るのである!」
怪人に押さえつけられていた男に、蛇はウネウネと絡みついた。
細長い蛇は、男の胴に一巻きすると、双頭の頭を男の顔の前に擡げた。擡げた顔は、なにやら笑っているかのように滑稽な、普通の蛇に見えた。
赤い鋼玉のような目を見開いている姿は、その辺でよく見かける無毒の蛇に見える。
そして左で揺れている頭は、鶏冠のような鱗が逆立つ蜥蜴のようだ。
チロリチロリと起きている頭が舌を出すが、目は白く濁っている。それが男の顔の、すぐ前にあるのだ。
「獅子の像のお話をするのである。
快楽の秤にて、この魂の残滓への褒美が決まる。
そして、その褒美と共に、齋の秤も動くであろう。
さぁ、お話の時間なのであ~る、ゲヒャヒャヒャ!」
促されるも、口を開くことが躊躇われた。
この男の所為で、何の罪も無い者達までが連れて行かれてはたまらない。
仮面の怪人は、連れて行く気なのだ。
ここでこの愚かな魂が裁かれて終わる訳ではない。
裁かれた末に、本元の理の秤が傾けば、齋は行われ成ってしまう。
齋が成立し、苦しみ滅んでいくのだ。
彼女の望む明日も、彼女の姿も無いのだ。
あくまで自分もナリスも、彼女が消えてほしくないと言う強欲な考えでここにいる。
では、この怪人どもを殺せるだろうか?
この自分の考えを見抜いたように、怪人は言った。
「思うままにな。
オマエは、手に入れたのである。
故に、我らは止めはしない。
だが、供物の意味を考えるのだ。
我らの体現する意味もな。
愚かなお前たちが必要であるのと同じにだ。
こうして幾度も幾度も、繰り返される意味を考えるのだ。
それでも尚、オマエが選ぶのならば、止めはしない。」
(娘の助命を願え!)
聞こえているのか、怪人は肩を揺らした。
そして自分とナリスにだけ、囁いた。
「左の頭は喰らうであろう。それがどこまで、秤を揺らすか見届けるのだ。
主は望んでおられる。
故に、オマエという魂にも、褒美を与えるのである。
褒美が何になるか、何を望むかによって、与えられるモノは変化する。
褒美は全てのニンゲンに与えられる。
生きて与えられるか、死して与えられるか、その違いだけである。
現世に止まろうとする、その兄弟の欠片も同じだ。
業火に焼かれ続けるのを望み、そうしてとり憑いているのも、一つの褒美なのである。
さぁ語るのだ。
我らは見せねばならない。
報いねばならない。
供物の価値だけ、報いねばならない。
子供にも、愚かな者にも、聞く耳を持たぬ大人にも、ニンゲンにわかるように、見せねばならない。
地獄は、何も、我らが暮らす冥府だけではないとな」
そして再び、ゲヒャゲヒャと笑うと宣言した。
「この男に一つの罪を語らせよう。
そこな魂の残滓の罪を。
失われし、魂の名を戻そう。
そこな男の名は、ネストル。
ネストル・フレド・エル・オルタス。
忌まわしき血をひく者なのである。
さぁ名を戻そう。
モーデンの望まぬ子であるネストルよ。
仮初めの器を戻そう」
怪人の言葉が終わると、ネストルの姿が揺らいだ。
重い音をたてて、足下に人の姿が転がる。
黒髪の若い男だ。
青白い頬に息があるのか無いのか。
「妻に戻すがよいのである。
空の器であるが、妻であれば、何をするがよいか知っているのである」
仮面の怪人の言葉に、スヴェンとオービスが黒髪の男を回収した。
そして未だに怪人達に捕まっているモノは、見たことも無い男だった。
長い金髪の男。
青白い顔は相変わらず口無しだが、整っている。
鮮やかな瞳と弧を描く眉も黄金だ。
怪人達に身を捕らえられ、蛇に巻かれているが、喜んでいる。
人の、自分の姿が戻った事に喜んでいるのだ。
「そうであろう、嬉しいであろう。
器を取り替えようと、その身が保つには無理がある。
グリモアも毒にしかならず、さぞや苦しみ抜いたのである。
オマエの望む、これが褒美の一つであるぞ。
悦ぶがよい」
ニタリと笑い仮面は頭を回した。
「ネストルという魂を秤に置こうぞ。
さても、この魂に因縁を持つモルデンの子よ。
獅子の像を何故、数え知っていたか話すがよい。
さぁ、子供にもわかるように、話すのだ」
奇妙なことに、自分の目には違う景色が見えた。
怪人も、瓦礫も、死体も、夜の世界もそこにあるのだが、二重に景色が見えた。
水晶の玉座に芝居めいた大広間。
崩れた舞台の観客席は、水晶の雛壇があり、そこにうっすらと青い影が揺れている。
玉座には、美しい揚羽蝶がとまっていた。
大きな黒い揚羽蝶は、羽をゆっくりと動かしている。
傍らのオリヴィアは、眠っていた。
現実の死を迎え入れた蒼白の肌色ではない。
楽しい夢を見ているかのように、うっすらと微笑んでいる。
死は、死でしかない。
死する事を恐れてはならない。
生きることと同じく恐れてはならない。
死に至るまでの苦しみや悲しみ恐怖は、死後にまで追いかけてはこない。
(ただし)
揚羽蝶が囁く。
優しい声だ。
(その安らぎをえるには、嘘つきはいけないね)
子供に言い聞かせるような、優しい声だ。
(惨いこともいけないね)
蝶の羽がゆらゆらと動く。
(思いやりもなくては)
よくよく声を聞けば、若い男の声である。
聞き分けると、視界が幻視だけに統一された。
その姿は、人と虫が一つになったような、奇妙で不快な形をしていた。
(私と子供達は、快楽を食べるんだよ)
蜻蛉のような眼球に蝶の羽が背にある。
(人の快楽には様々な形がある。
特に、歪な魂は旨いのだよ。
子供達の姿が恐ろしく、そして力が強いのは、それだけニンゲンの発する快楽への欲望が深い証拠なんだ。)
水晶の玉座に座る男は、気怠く肘をついていた。
(特に欲深い者の快楽は、苦痛と恐怖を与えると美味しいね。
けれど、私は美食にも厭きた。
夢の中で、繰り返される悲劇もね。
学ばず愚かに憎み合う。
醜い姿にも厭きた。
美食も過ぎれば、胸も焼けるだろう?
だからね、たまにはニンゲンの好む物語を作るのも楽しいと思うんだよ。
そうすれば、より快楽が増し、苦痛と恐怖を恐れるだろう?
だから悪い子は、皆、優しくしてあげるんだ。
平等に、私は愛しているのだからね。
優しくヤサシク、魂が砂になるまで、咬み砕いてね。
私は、我、ワレハ、ニンゲンをアイシテイルノダカラネェ)
蝶は、牙をのぞかせ唇を歪めた。
(これから、私の子等が行う茶番につき合い、秤が地につかなかったなら、こう言うのだよ。
供物を我が手に戻したい。
代わりに癒す者を探しだし蘇らせる試練を受けよう、とね。
癒す者だよ、覚えておきなさい。
そして哀れで醜い魂を送り出すのだ。
その腐れた魂は、厭きていても食べるには不足はないからね)
再び視界は戻り、怪人が言葉を待っていた。
驚きも混乱も無く、これが彼等なりの愚かな子供への躾なのだと理解した。
故に、死を与えようとも慈悲なのである。
野蛮なニンゲンには、それ以上の野卑野蛮な行為を突きつけなければならない。
知性を示すことなく野蛮に落ちたニンゲンに、何の言葉が通じようか。幾万の言葉よりも、たった一振りの斧で解決する問題もあるのだ。
残念なことに。
「このオルタスには、邪教がある。
過去、中央王国は神聖教宗主と共に、その対立宗教を排除した。
宗教統一は何も政治や国教の改革をさしている訳ではない。
そして、他民族の土着宗教の駆逐を目指した訳ではない。
しかし一番目立つ改宗の強要の所為で、間違った認識が未だに残っている。
他宗教の弾圧行為が当時の宗教統一の趣旨ではないのだ。
国が躍起になって排除しようとしたのは、その邪教なのである。
排除理由は当時の権力対立だけではない。
その宗教儀式に残虐行為が多く、反社会的であった為だ。
食人、姦淫、殺人、窃盗。
狂った教義を潰す。それが本来の主眼であった。
だが、その過程で地方文化である諸民族の宗教も消えた。
そして目的が忘れられ、邪教だけが生き残るという馬鹿げた状態になったのだ。」
怪人達は何も言わない。
ただ、ネストルだけが押さえつけられたまま捻った。
失われた口では当然喋れまいが。
「邪教の正式な名称は失われているが、その宗教の教典は一部、国にて保管されている。」
直接の回答ではない語りに、怪人は何も言わない。
続きを黙って待っている。
「邪教の教典には、理念と役割が記されている。
邪教らしく、その信仰は多くの代償が必要だ。
命も金も全て邪教の神に捧げよというものだ。
親兄弟己の命、全てだ。
全てを委ねれば楽になる。
邪教の神が望む世界が広がれば、この世は素晴らしいものに変わる」
不意に風が流れた。
淀んだ臭気が鼻をつく。
「望む世界。
つまり、人の世に神が暮らせる場所を作るという事だ。
邪悪な神が望むのは、畜生まで堕ちたニンゲンの飼育場、生き地獄のような世界だ。
もともとニンゲンは野蛮だが、共食いを望むほど馬鹿ではない。
だが、その地獄では死が失われるという。
故に、共食いを望んでしまう馬鹿もいる。
神が望む、邪悪で残忍なケダモノのようなニンゲンの生け簀。
その生け簀で神に身を委ねれば、死の意味が失われる。
愚かにも不死を願うという訳だ。
不死の教義、不死を望む者の信仰。
つまり、理を否定する輩の集まりという事だ。
言っておくが、健やかに生きようという話ではない。
他者の血肉を喰らい盗み殺してでも、永遠に生きながらえようとする考えのことだ。
邪教の徒は、不死術と呼ぶ。
教典では不死術を得るとは、神に近づく事であり、一番の教えだ。
不死の術というが、稚拙な医術と錬金術だとする怪しげな儀式だと思っていた。
つまり、大方の俺や今を生きるニンゲンには縁の無い話で、頭のおかしい輩の妄想。況や、狂人が時折おこす暴力事件の元ぐらいの認識だった。
だが、この邪教が密かに勢力を広げていた。
そしてその不死術がまやかしではなく、現実の事象に影響を及ぼす段階にある
そう考えざるを得ない事態がおきた。
そして裏付けるような事柄もだ。
今まで否定してきた者達も、詐欺師どもの小悪事として片づけられないような事がおきた。
腐土だ。
腐土の出現は、自然なものではない。そしてその辺の悪党が引き起こせるものでもない。
そして調べれば調べるほど、その原因がわからない。
ただし、腐土領域で一つだけ証明されている事がある。
死の否定だ。
死とは、魂と肉体の終わりを意味する。
来世や理の循環云々を抜きにして、死とは、この世界に還る事だ。
それが腐土では違う。
死後、復活した者は、一様に変化した。
生き返った訳ではない。
別の存在へと変化し、死を受け入れない物になる。
肉体を壊し焼き尽くさねば、人間を襲う。
焼き尽くせば、自由になった魂のような何かが、生きた人を狂わせる。
医学的な検証も進んではいるが、確実な対処法はわからない。
だが、そんな我々に教える者がいた。
腐土こそが、生け簀なのではないかとな。」
「誰なのである?」
仮面の怪人が初めて口をはさんだ。
「ダグラス・セイルの隷下だ」
「然もありなん」
納得する怪人の側で、ネストルが身をよじった。
何故か体に巻き付いている蛇が大きくなった。
大きく太さを増して、ズルリと這いまわる。
「馬鹿馬鹿しいと最初は思った。
だが、腐土があり、化け物が闊歩し、理屈や常識が通じない事がおきている。
生き残る為には、安心できる考え方に固執してはいられない。
妄想のような話も、いったんは肯定しなければならなかった。」
怪人達は、動かない。
「術、魔術という子供のお伽噺のような話だ。
魔術には、死者を呼び出す方法。
死者を支配する方法。
死者を動かす方法。
死者を保存する方法がある。
その中でも一番難しい術が、死人を生き返らせる方法だ。
呼び出し、支配し、動かす事はできるが、器に魂は戻らない。長らえさせても、魂は定着せずに壊れ消える。
故に、死者は不完全な死のままになり、決して死からは逃れられない。
理の中にある命が、流れに逆らうことは無理だからだ。」
それに怪人達は頷いた。
「そのような死者を使役する術を、死霊術という。
忌み嫌われ、これを邪教だとする考えもある。
だが、不死の術は、この死霊術とは根底が違う。
邪教の扱う術は、その結果を見れば全く違う事が理解できる。
死霊術は、死者を死者として扱う。
不死の術は、支配し使役する所までは死霊術と似通っている。だが、そこから先が違うのだ。
あくまでも、死者を蘇らせるのは本道ではない。
死なぬ者になるのが目的なのだ。」
自分の言葉に、怪人達は笑った。
心底可笑しいと思うのだろう。
仮面の怪人は、奇声をあげて。
口の無いその兄弟達は、肩を揺らし足を踏み鳴らした。
「さて、それが何故、獅子の像の話に繋がるか続きをな。子供にもわかるように話すのである」
「腐土の怪異の他にも、不可解な出来事が近年特に起こる。そこで、我ら武の者以外の方々に知恵を求めた。」
「つまり、お前たちは、隠し事は何もないのか?と、愚かなニンゲンの支配者に聞いたのであるな?」
「邪教が思ったよりも国の中枢に広がっている事が伺えた。そこで隷下の話を受け入れる事にした。」
「ダグラス・セイルの隷下である妻のリラネジュアであるな。
彼の者も喜んでおろう。
今日この日を喜んでな。おうおう、余計な話であるな、さぁさ続きを」
「邪教の術の中でも不死者生成は、特に難易度の高いモノである。
不死者をつくるにも、幾通りかのやり方があるのだ。
ひとつは、死霊術による生ける屍だ。
生ける屍は、生前の魂が残留するが死肉は死肉。何れ時の経過により魂は砕けて身も砂になる。死体に魂を仮留めした不完全なる死の状態だ。
次に、腐土に現れた動く屍になる事。
動く屍とは、魂と死肉が変質した状態だ。魂が砕ける事も死肉が劣化する事も無い。無いが、その元の魂とは似ても似つかない狂気に支配され、肉体は人間とは別のモノになる。
蝕まれた魂と肉により、人間から逸脱した異形だ。
当然、人間でなくなれば、死の理も変わる。
が、誰もそんな化け物にはなりたくはない。
そして不死者の術が目指す不死とは、人間の身で永遠を望む事。
不老不死を望む事。
生ける屍でも、動く屍でもない。
邪教徒達が最初に考えたのは、長命な者を喰らえば良いという考えだ。
そこで寿命の長い生き物を喰ったが、効果はない。
次に長命な生き物の肉体に、魂を移し替える事はできないかと考えた。実現するべく、医術をも学ぶ死霊術に邪教徒は群がった」
怪人は未だに笑っている。
蛇は二つの頭を揺らしている。
言葉を形にしながら、いつしか、自分が彼女のいつもの語りを真似ているような気がした。
わからないという子供に聞かせるように、神学を説くように。
「彼等は死霊術を学んだが、死霊術師という者の本質を間違えていた。
死霊術師は、邪教徒ではない。
彼等は人間社会からすれば、背徳の輩であるが、理に沿って生きている。
死者を死者として扱う限り、その魂は守られるのだ。
故に、邪教の徒は、彼等の秘儀である反魂術を学び取れたが、それがどのような結果になるのか、理解できてはいなかった。
死霊術による反魂術は、仮初めに血肉と魂を呼び戻すものである。
場を支配し、一時的に理の流れをせき止めた場所に召喚するのだ。
故に、不死ではない。
何れ、死人は死者の国に帰る。そして、この反魂術は死んでから早期に行わなければ成功しない。
仮初めの血肉を術により生成している事から、人の記憶が頼りであるからだ。呼び出す者の記憶が鮮明ならば、より成功率があがるのだ。
邪教の徒は、この反魂術に手を加えた。
死にかけた体から魂を、新しい器に移す術だ。
器を次々と新しいものにする。
そうすれば永遠に若く永遠に生きる。」
「それはニンゲンなのであるか、あるか?ゲヒャヒャヒャ!」
「魂を召喚し、仮初めの血肉に注ぐ死霊術。
それを任意の魂を捕らえ、用意した肉体に注ぐのが不死術だ」
「説明がたりぬぞぅ!」
「魂を交換するのが、不死術でいう反魂だ。
だが、無から力は得られない。
死霊術の反魂を行うには、一親等内の血が捧げられる。
肉体の再現に必要なだけの血だ。
人一人呼び出すのにも、死ぬほどの血を必要とする。
そうでもなければ、高い金を払っても死霊術師を呼んで家族を死者の国から呼ぼうとする者が後をたたない。
では、不死術の反魂はどれほどの対価が必要か。
まず、入れ替える健康で若い体を用意しなければならない。
そして魂と肉体を分離させた後に、交換するという愚挙を支えるには、命の理を曲げるほどの、血と死が必要になる。
生け贄だ。
死体を積み上げ、その血を啜り喰らい、そして殺す。
汚濁した儀式の場で己に一番近しい血族を使う。
できれば親子が一番だ。だが..」
「勿体ぶらずに言うのだ、皆が知り、親子で殺し合うのも一興である」
「だが、そうして儀式を行って成功する事は無い。」
「違うであろう?」
「成功させるには全てを用意できる金と、社会的に排除できない地位権力が必要だ。
だから、成功例は、その男の乳母だけだ。だが、その乳母も蘇り不死を得たとは言えない」
蛇が更に体を変えた。
ずるりと男の体を這い、足先までも絡み太さを増す。
「どうやら獅子像まで辿りつくには、長くなりそうであるな?まぁ楽しいので許すのである」
「..その男の乳母は、儀式により一度生き返る事に成功した。
だが、己が実の娘の肉に宿り、家族の血肉により命を戻した事を知ると狂乱し自殺を図った。
復活後、理を曲げた魂と器を保つために、食人を続けた事も発狂の理由になろう」
蛇の背がメリメリと割れる。
黒い針のような物が背にワサワサと突き出した。
それは蚣の足のように絡んだ男の体を弄る。
「この後、同じ様式で反魂を望むが失敗が続く。
この間に女を保存し、この男は更に不死術を研究した。」
「保存とな?」
「眠らせ凍らせたのだ」
「エイジャ・バルディスの氷の鳥籠であるな!あれはあれで、我々も注目していたのである!中々に悪意のある術であると」
「最初の失敗の後、男はこう考えた。
材料が間違っていたのではないか?と。
一親等の血族よりも、もっと稀少な素材があれば成功するのではないか?
移し替えは一応成功しているのだ。それに身近に、死なぬ存在もある。」
「事実は違うぞ、守護者は知識を財産として残す。守護者の長だけは膨大な記録を支える為に、主自らが魂の移し替えをする。
いずれも、一度は理の流れを通し清めているのだ。
誤解なのである、ここはよくよく念をおしておくのである!
まぁエイジャは未だ移し換えを行えず、知識のみが譲られたわけであるが」
「ニンゲンからすれば、その移し替えられた存在は、不死に思えた。そして不死は与えられるものだともな。
そして、そいつはこれが答えだと考えた。
モーデンのように純粋な長命種の血肉なら良いのではないか?
不死術の反魂が成功しなかったのは、移し替える器が良くなかったからではないか?
反魂術では不完全である。
ならば、古の人のように移し替える、新たな肉体に魂を注げばいいのではないか。
皮膚を移植するように、魂を移植するにも拒絶されない肉体が必要だ。
では、より高い次元の器であれば、この世界の理を曲げ新たに則を作り上げる事が可能ではないかと妄想した。」
「妄想のおかげで、こうして我らがここにいるのである!」
「モーデンの血族の骨肉と、神の力を用いて反魂にて作り出す器を形成する。
このオルタスに伝わる理に没した神を降臨させ、ニンゲンの女の魂と滅んだ神の器を結びつける。
不死術の反魂は、受肉の儀と呼ばれる術になった。」
「ニンゲンは、不都合な事実を忘れるようにできているのである。
器ではなく魂が拒絶するのであろうに」
「受肉の儀は、北の絶滅領域出現後におこなった。
バルディスは二つのグリモアを当時所有していた。継承者の一人から預かっていたのだ。
だが、その継承者をこの男は殺し、悪事がばれる前にバルディスを罠にはめた。」
蛇の鱗の色が変化した。
緑青色に緋色が混じる、奇怪な色になっていく。
「そして神殿にて行われた神事を利用し、受肉の儀を執り行った。
これも失敗に終わる」
「理由を知っているのであるか?」
「この時、すでにグリモアの呪いが発動していた。
当然、このネストルという男では力の制御ができない。
受肉の儀は不完全に暴発し、この世は壊れた。」
「壊れてしまえば良いものをのう、まぁ我らには娯楽が増えたが」
「それを修復したのが、森の民の王だ。
自身を壊れた部分の修復に使った。
当時、この男の行いを支持した者、邪教の信者、利益を得ようとした者が多く存在した。
故に処刑後、亡者となりはてたこの男は残った。」
「その言いざまでは、皆にわからぬであろう?」
「受肉の儀を幾度も幾度も、王の権限で行った。
沢山の女を殺した。
それを幾度も森の民の王は、阻止し女達の命を救おうとした。
そのたびに森の民の王は命を削られた。
この男の行為は、支持する者達によりどんどんと拡大し激化した。
森の民の王は自身の民も殺され、その未来がわかっていた。
この都も人間も滅ぶだろうと。
だが、この男は馬鹿だった。
人間の身で、支えきれる力ではない。
死者を戻す為に、多くの命を奪い続ける。
その行為は、受肉の儀として失敗だとしても、理を犯し滅びを呼ぶ呪詛にはなったのだ。
そして男は術とグリモアの呪いにより、悪霊となった。
森の民の王は、人間そのものには罪はないと、滅びを押しとどめる為に死んだ。
だが、馬鹿な奴らは悪霊を尊び、不死の技を求めて集った。」
ずぶずぶ、と不愉快な音がした。
ネストルの体に針が突き通る。
蛇の背から生えた黒い針が、男の体に刺さる音だ。
ゆっくりと沈むからか、血は滴程度だ。
それでも痛みがあるのか、痙攣する体を怪人達はぎりぎりと締め上げた。
「不死術の失敗や、食人を続けた者は変質する。
邪教徒の殆どが長命種だ。
死ぬと砂になるはずが、不定形の汚物のようになる。
昼間は湯気のような影で、夜になると泥のような姿に。
死んだはずなのに、蠢き、月の満ち欠けで勢いがかわる。
焼いても灰にならない事から、邪教徒はそんな泥を高貴な物としていたようだ。
モーデンの血だと。
だが、その男はそんな姿でも混合体だ。
焼かれて灰になり、その子供を媒介にして魂の救済を阻止された。
泥になる事は本来無い。
だが、邪教徒達は焼いた場所の土を、残りの灰をかき集めた。」
「詳しいのぅ~まぁ誰から聞いたかは言わずによいぞ。主も我らも情けを知らぬ訳ではないのである!」
「..封印された場所で、増え続ける泥にそれを加えた。
愚かな事に、そうして悪霊は止まり、本来は手を離れるはずのグリモアも残った。
グリモアの呪いにより、それは個を残した。
信者を通し、再び活動を再開する。
信者達は餌を与え続けた。
そして悪霊は、信者達を駆り立てた。
永遠が欲しいのならモーデンを探し、そして、受肉の儀を完成させるのだと。
だが、モーデンは見つからず、復活の時期を逃したくない。
モーデンの血族の女が揃う、使徒の家系の娘が揃うという巡り合わせを利用したい。
それに今度は悪霊自身も復活しなければならない。
ネストルという男は、代替案として自分の血族を器にしようと考えた。
受肉に必要な自分の子供。
だが、一人は己が呪いと繋がり器には不適格だ。
呪いのまま使うとしても、それは最後の手段だ。
もう一人と新たに作り出した子供も途中で死んでいる。
では、自分も神の器で蘇る以外にない。
そこで術の何が失敗であるかを考えた。
一つは材料となる使徒の娘は揃っている。
二つ目は、場所だ。
儀式の場所を整えなければいけない。
今までは秘匿し転用していた。だから、最初から受肉の儀式の為に場所を用意する。邪魔な神殿勢力や軍部への陽動も、汚濁の神に相応しく穢れを広げるのと同時に行った。
そして三つ目、理という力は巨大である。
今までの失敗の多くが、理による神罰ともいえる反動である。
ならばその反動を支える身代わりを用意すればいい。」
蛇の無数に生えた針に刺し貫かれた男は、憎々しげに自分を見た。
その目玉は、汚泥のように濁って見えた。
「身代わりには何がよいか。
この男と信者は、滅びを防ぎ支える森の王を見て思いつく。
北で滅ぼしたが、まだ、生き残りは何処かにいるだろう。
森の民ならば、身代わりの生け贄に相応しい。
かき集められるだけ、かき集め、儀式の場所に並べようと」
胸に広がる怒りに、言葉がとぎれる。
「彼女の家族を、奪うだけではたりなかった。
母親を父親を殺し、親族を殺し、それでもたりず。
同じ種族をかき集め、この男は」
「彼女とは誰であるか言うのだ」
「お前たちが望んだ供物。人間を救ってくれと望んだ、この娘だ」
「ニンゲンではないのである」
怪人の反駁に見返す。
「オマエを助けて欲しいと願ったのである。
最初の願いも同じである。
オマエを助けて欲しいとあの時願ったのである。
そして、最後に願ったのも同じである。
オマエを助けて欲しいと。
ただし、最初と最後の時、供物が願った事の意味は違う。」
その言葉の意味がしみ通ると、驚きに口が開いた。
「どうだ?驚いたか。
オマエの明日が続くこと。
ニンゲンの生きる明日。
それはオマエの明日という意味である。
故に、捧げられた供物は受け取られ、オマエの名は主に届いたのである。
娘の取り分は、捧げられた。
故に、オマエは失うのだ。
さぁ、話を戻すのである。
なぜ、獅子の像の数を知っているのである?」
倒れる姿に目を当てて、押し寄せる感情に体が震える。
「オリヴィア」
憎しみと怒りが、視界を白くする。
そしてそれを上回る激しい感情が、己の体を変えていく。
「ドミニコの像以外は、獅子の彫像ではない呪具だ」
怪人達は楽しそうだ。
祖先の姿に変化する、自分の姿を見て笑っている。
「呪具は、浚った女子供の骨肉を混ぜて作っている。
新月の晩に血を注ぎ呪具の形を保っている。
そうして血で汚さなければ、芯に使われている魂が逃げるからだ。」
「つまり、つま~り!」
怪人の合いの手に、手を無意味に握り開く。
冷静さはとうに失われていた。
「忌まわしい事に、六十八体の獅子の芯には、生きたまま塗り込められ窒息した遺体が必ず一つ入っている。」
「ほうほう」
「受肉の儀で力を増幅する為と、神罰を、理の反動を受け止めさせる為に作った。
呪具故に、衝撃を加えるだけでは壊れない。
だから、祭司長に頼み呪具の呪いを解いた。
最初の一体だけは見届けた。
見届けるまでは、どこかで信じていなかった。」
「今は信じているのである」
興奮に言葉がでない。
肩で息をつぎ、獣化が面相にまで広がり牙が痛む。
「あぁ信じている。
この世界のニンゲンは、俺も含めて屑だ」
獅子の像は、女達の死体だ。
獅子の像は..
カタリ、と秤が傾いた。
蛇が鎌首をあげる。
赤い瞳は濁り、白に緋色が混じる。
ニヤリと蛇が笑った。




