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冬の狼  作者: CANDY
降臨の章
260/355

ACT228

注意)長文にて分割、本日二話目

 君の選んだ明日は、どれなんだい?



「モーデンは見つからなかったが、私の愛しい人は見つけたぞ。

 愛しい人の器は脆かったが、こうしてお前達が揃ったのだ。

 代わりに使えば蘇るだろう。」


 蘇る?


「後は、正しい力を体に宿らせる。

 揃えた力から学んだのだ。


 お前達が言う死の定めには、一つだけ抜け道がある。


 神の通り道に穴を開け、彼らの力を注ぐのだ。


 純粋で巨大な熱風を取り入れ、冷めた肉体に新たな命を注ぐ。


 そうすれば、死者は黄泉路を戻り、蘇る。

 不要な血肉を落とし、モーデンをも越える純粋な存在になり蘇る。」



 ディーターは、吹き出しそうにしている。


 聞いた私も、あまりのくだらなさに、男を見るだけだ。



 神、力、命、蘇り。

 何が蘇るのだ?

 何を元にして?

 純粋な存在?


 それは人ではない。


「この都を全て使い、私は復活させる。


 私の愛しい人と、私は永遠だ。


 そうして彼女が蘇り、私をもう一度産みなおしてもらうのだ。


 私は、完全な命として、神から産まれた命として、この世界に戻る。

 この忌々しい世界を、完全な姿にするのだ」



 神?







 私の知る、神は、一つだけだ。


 暗く深い穴の底にいる。


 この男のグリモアは..



 ディーターは笑っていた。


 男もだ。


 私は、恐怖した。



 男の愚かさとグリモアという道具の残酷さ。

 そしてディーターは既に、死者の宮の住人である。



 グリモアは、理に沿わぬ者には、毒だ。

 全てを巻き添えにして、手にした者を、呪う。




 この世の誰が死のうと、彼らには、娯楽。



 意味のない死であり、意味のある死なのだ。




 雷鳴が響き渡る。


 すると都のあちらこちらに、光りの柱が天に向けて伸びた。



「一つ一つを埋め、作り上げるだけに費やした年月。

 死をも乗り越えたのは、私が正しいからだ。


 お前達の御託も、私を否定する奴らも。


 裏切った者共も、皆、死んで、否、すべてが、私と愛しい人の糧になるんだ。


 魔女よ、お前なら見えるだろう。


 この素晴らしい力を。


 クラヴィス・オルウェンは愚かにも、価値無い命の為に塩の柱となった。


 ダグラス・セイルは、己が作り出した模造品に傾注し、力を放棄するという愚を犯した。


 そして、エイジャ・バルディスは、魔女のお陰で堕落した。


 お前達の言う正しさに同調し、偉大なモーデンを隠し、私を名もない姿にした。


 だが、それも今の私ならば、二つの創造の力を得た今ならば、全てを覆す事が可能だ。


 エイジャは死に、力は持ち逃げされたが、種は蒔かれた。


 この世に不要な者どもは、滅びるだろう。


 ヨルガン・エルベは逃げ隠れしているが、神の力を手に入れれば、その隠れ家など、すぐにわかろう」



 私とディーターは天を仰いだ。


 私は言葉もなく恐れに飲み込まれ、ディーターはケラケラと笑った。



 雲渦巻く天に、赤い火花を発する陣が広がっている。


 巨大な陣だ。


 無数の光り、稲光が赤い陣を支えている。


 男のグリモアは、身を捩りながら明滅していた。



「さぁ、これで終わりだ」


(これで、この男も終わりだね)



 巨大な陣は美しい紋様を編んでいた。

 禍々しく、おぞましいというのに、それは見事な絹織物ようだった。


 人、命、樹木、虫、土、水、星、美しい要素すべてを繋げて織り上げている。



 なのに、恐怖だけが伝わる。



「さぁ、愚か者ども。皆、喜ぶがいい、神の糧になり、塵一つ残さず消え去るがいい!」


 息をひきつらせながら、男は笑い転げた。


 ひぃひぃと笑う向こう、倒れているエウロラにリアンが手を伸ばすのが見えた。

 エウロラの肩が動いている。


 生きてる。


 広場の様子を見る。


 兵士は、化け物を蹴散らし、私達の方向へとがむしゃらに突き進んでくる。



 この場が保たれれば、凌げよう。



(君の受け継いだグリモアは、僕達を喰らった。


 正確には、君の父君から奪い取ったお陰で、この男は呪われた。


 だから、自分で使う事ができずに、僕に使わせた。


 何故なら、それに喰われると自我が保てなくなる。


 子である君ならば、呪われる事はない。


 呪われ、本当なら飲み込まれてしまえば、この男もとっくに破滅していたんだけどね。


 他の力も同じだ。

 結局、継承者以外が使えば呪われるのさ。


 あぁ、愉快だ。


 馬鹿だねぇ、本当に。


 神を呼ぶ?


 神を呼んで、死人を生き返らせる?


 無理だよね。


 器が保たない。


 この都の生き物は全て死ぬよ。


 雑草一本残らないだろう。


 そして、この男もおしまいだ。


 そして、君の世界もおしまいだ。


 あぁ、おかしい。


 この男、気がついていないよ。


 グリモアを二つ?


 馬鹿だねぇ、偉大な血筋をひいている?


 一度滅びを凌いだ程度の生き残りが、偉大?


 この世界を造った神を呼ぶ?


 あぁおかしい。


 こんな見事な道化は見たことがない!)



 そして、ぴたりと笑いをおさめると、少年は私に言った。



(こんな奴に僕は全てを奪われた。


 こんな奴に、君の友人の父親やたくさんの普通の人々が処刑された。


 こんな奴の欲望のお陰で、君は、父君を殺され母君を失った。




 ねぇ、オリヴィア姫。



 憎い?



 この世界は、壊れてしまえばいいと思うかい?



 ねぇ、オリヴィア姫、供物の女、悲劇のお姫様。



 美しい魂の、森の人。



 教えてくれるかい?)





 がらがらと、外郭が崩れ、天に瓦礫が吸い上げられる。


 兵士と化け物は揺れる地面に叩きつけられた。


 舞台の上では、皆、身をよせあっている。


 遠く、近く、全てが軋み、全てが壊れはじめ。



 笑う男。



 歪む世界。



 悲鳴、炎、声、誰かの声。



「オリヴィア!」



 天の陣は輝き、私のグリモアも輝く。



「オリヴィア、それ以上、力を使うな!」



 私は、ディーターに頷いた。



 私はグリモアに描く。



 この世界は、素晴らしい。

 美しい命に溢れている。


 愚かでいい。

 世間知らずで結構だ。


 醜くとも争いあおうとも、私は、人が生き、そして明日が続くことを願っている。



 この世界は、美しい。



 欺瞞と思う者もいるだろう。


 それでも、私は、断言する。



 私で購えるならば


 私は、この愛しい全てを生かしたい。





(それが君の答え?)



 私はグリモアを広げた。


「まさか貴様、エイジャの書を手に入れているのか?」


 私は素早くグリモアに書き込む。


「何をする気だ、邪魔をするな!」



 魔除けの流れを指定。


 次にアンネリーゼの封印が解かれた場合と、それに与える熱量の供給場所を指定。


 そして、血肉の契約と共に、私はグリモアを放つ。


「オリヴィア、待っていろ、今」


 化け物を蹴散らす姿。


 活力ある魂。


 素晴らしい。


 何て素晴らしいんだろう。


 この世界は



(何一つ欠けても、この場所に、この私はいなかった。


 だって、そうでしょう?


 冬の日に巡り合わせたのは、この選択の為だった。


 例え、仕組まれたものでも、皆に出会えてよかった。


 私は、幸せだ)





 天の赤い陣は、この都の命を吸い上げ、次元を開く物だ。

 男は知らない。

 神はいないという事を。


 そして、そこから現れるのは、救いではないのだ。


「オリヴィア!バカ野郎、駄目だ、それは駄目だ!」


 私のグリモアは、小さい陣を描いた。


 それは青白く、クルクルと回転している。


 まるで花が咲いたように、可愛らしい。


 私は男を見た。


 愚かな男は、私の力を奪い取ろうと手を伸ばす。

 だが、グリモアは男の手指を弾き飛ばし、千切った。


「何を、何をし」



 アンネリーゼが消滅するのを感じた。



 音が消える。



 光りもだ。



 だが、私を介して魔除けに流れる力を使う。


 オーダロンの水晶門が粉々に砕けるのを感じた。

 それに都の水路もひび割れ、水が蒸発する。

 守護は失われたようだ。


 まぁ、この都の機能が失われたとしても、それでもきっと人は生きるだろう。


 亀裂を縫い合わせ、新たに美しい言葉で修復をする。


 エイジャが何度も行ってきた修復だ。


 素晴らしい。


 完璧だ。


 ここまでは、できた。


 後は、未だに領域を割ろうとする頭上の陣だ。


 魔除けの力は使い果たされた。


 二度目に注ぐ力はない。


 だが、誰一人として生け贄にするつもりはない。


 男の手が再び、私に伸ばされる。


 その手には、折れ尖った木切れが握られていた。


 胸の前で輝く陣に、それが振り下ろされる。


 だが、直前で、木切れは動きを止めた。



「オリヴィア、止めろ」



 私は、その瞳を見つめて、自然と笑った。



(大丈夫)



「貴様、お前、お前は、その眼は、あの男」


「うるせぇ」


 蹴り飛ばすと男の背中から、カーンは剣を引き抜いた。


「オリヴィア、待たせたな。もう、大丈夫だ。力を止めろ」


 伸ばされた手を押しとどめると、私は、見つめた。


 覚えていられるのも、今だけだ。


「何をどうした所で、もう、私の呪術は完成している。

 あれが破壊されることは無いだろう。


 命を全て吸い上げねば、収束はしない。


 この都の全てを吸い上げ、終わりにせねばな。


 あぁ愉快だ。


 私は、死なない。


 私とあの人以外は、皆死ぬんだ。」


 揺れ続ける中で、兵士達はやっと舞台と観客席へとたどりついた。

 干渉は未だに続いている。


 だが、もうすぐ、それも終わる。


「そこまでだ。お前が何処の屑かは、すっかり調べもついてる。お前の始末の仕方もな。

 ほら、お迎えが来るのが見えるだろう?」


 兵士達に守られながら、神官がやってくる。


 神殿兵とは違う、今度は神官服をまとった者達だ。


「馬鹿馬鹿しい。あんな奴らの祈りで私を捕らえられると?それに、この頭上の呪いは、止まらない。

 それに私はお前達では殺せない。

 お前達にはなぁ、ハハハハハ」


 笑い続ける男の姿が、ぶれて滲みを増した。


「大丈夫だオリヴィア、仲間が潰している。

 こいつの仕込んだ物を壊して回ってる。


 だから、今に、力も無くなる。

 オリヴィア、もう、止めていいんだ。


 取り残された者も、助かる。


 こいつも、ほら、俺の仲間が来ただろう?


 ほら、力を使うな、このままじゃぁ」



 カーンが眉を下げるのがわかった。


 喚く男も、オービスとスヴェンが取り囲む。


 あぁ、大丈夫かな?


「姫、姫の体が」


 リアンと抱えられたエウロラが私を見ていた。


 エウロラは血を吐き出すと、怒鳴った。


「死なれちゃ困るんだよ、姫様に、死なれたら、アンタの、アンタの弟が怒るんだよ!なぁ、もう、大丈夫だ。


 ほら、爺さん達もちっと怪我しただけだ。

 やっとノロマな兵隊も来たんだよ。やめろよぅ、なぁ、やめてくれよぅ」


 何故か、最後にエウロラが泣き出した。


「ハハハ、魔女もそろそろ力が尽きたか、これで、やっと忌々しい」


 不意に男は悲鳴をあげた。


 男の腹に深々と槍が刺さっている。


 無言で槍を引き抜いた男は、オービスに聞いた。


「あの女の武器は通じるようだな。ついでに燃やしてもいいか?」


「駄目だ。これの器は返さねばならん」


 私は、少し笑った。


 あぁ、大丈夫だ


(貴方は、決して一人にはならない。

 貴方は、明日に向かって生きていける。

 だから、悲しまないで。

 私は、幸せです。


 だから、大丈夫です。)



 独りよがりの、私の言葉に、その瞳が光る。

 その独特の瞳には、私の姿がうつりこんでいた。


「オリヴィア?」


 陣は完成していた。


 たくさんの犠牲を捧げて、何年もかけて男は造ったのだろう。


 本当なら、先にアンネリーゼの守っていた亀裂が崩壊し、この都とも共全てが終わっていた。


 だから、代わりに先の約束を反故にした。


 守護を諦め、後は生きる者に任せる。


 私を増幅する歯車にして、都の守護やあらゆる古の力の流れを強引に通し、修復した。


 この土地は枯れ果てて、都としての機能は無くなる。


 守護は二度と戻らない。


 水の浄化もなくなった。


 まぁ普通に人の手に戻しただけだ。


 これからの人の行いが全てを決める。


 自然に戻しただけだ。


 だが、この愚かな男が描いた陣が残った。


 人の命を捧げて、再び、領域を壊すつもりだ。


 神を呼ぶとして。


 神の代わりに、何が出てくるのか?


 では、人を捧げずにどうすれば回避できる?


 でも、よく見てみれば、それはもう、扉では無い。


 新たな亀裂だ。


 呪いは、既に、何かを受け取っていたようだ。


 私が読みとれる限り、それは受け取った分だけ、この領域を浸食する気のようだ。


 もちろん、そうなれば、図らずも、この男が用意した、誰かに力が注がれてしまうだろう。


 それで命が蘇る事はないだろうが、何が起こるかわからない。


 この世界には、不必要だ。


 この世界は、彼らの、人の、そして、貴方の生きる世界だ。


 では、器となるのは、私。


 供物となり、魂は宮の主に、血肉はグリモアに捧げた。


 私の取り分は、この為に使おう。















 不意に、熱を感じた。


 頭上を見上げると、太陽を見上げたように眼が眩んだ。


 眩しくて、熱くて、白い。


 誰かが何かを叫んでいるのがわかった。


 でも、私は、光りを見つめて思った。



 結局、私は自分の望みを優先したのだ。



 何という我が儘な事だ。



 滑稽だ。



 そうして見上げた光りに、私は溶けた。



 神は見えなかった。

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