Act26 手
ACT26
闇に青白い火花が散る。
切っ先が床石を抉った。
心許ない灯りが作る私の影を斬ったようだ。
私は相変わらずぼんやりと立ち尽くしていた。
男の虹彩は細くなり、口元から尖った歯が見えた。
威嚇するように息を吐き、私を睨む。すると四肢が更に重くなり、それまで感じなかった気配がした。
体が動かないので分からないが、足下や私の体のまわりに沢山の何かがいた。
体温は無いが、気配があり、そして重かった。
男が剣を振り上げる。
その軌道を見れば、私の頭が飛ぶと思った。
実際は、青白い火花が闇に数度散っただけだ。
すると、目だけが動かせるようになった。
重いと感じる四肢を見ると、手があった。
何本も背後から白い手が伸ばされている。
それが私の手足を掴みぐいぐいと引っ張っていた。
後ろへ、闇へ、私の体は動かないのではなく、逃れようと精一杯力を込めていたのだ。
「気にいらねぇな、お前ら。イヤな臭いがする。」
男は唸り不快そうに背後を見ている。
それから真っ暗な闇に向かって、剣を突き上げた。
何かに刺さる音がした。
背後でズブズブと剣が沈む。
蟀谷の横をカーンの腕がゆっくりと抜いていく。
「イヤだねぇ、生きの良い死人なんざ」
女の悲鳴がした。
不愉快な高音が耳をかきむしる。
私はたまらず、膝を付いた。
手は消えていた。
カーンは剣を戻した。
「まだ、見てやがる。死んでる癖に図々しい」
そういう問題だろうか。
「立てるか、坊主、俺の横に居ろ。」
「あれは」
「死人だってソレが言うなら、そうなんだろ」
「初めてみた」
「そりゃ、俺だって初めてだ。おもしれぇよな。見世物小屋みたいだな」
「見世物って」
田舎に来る見世物と言えば、大道芸か旅の芝居者だ。
そう言うと、カーンは王都に通年居を構える、そうした見世物を
取り扱う商売があると教えてくれた。
芝居小屋や曲芸を売り物にする店が、花街が寄り集まる地区にあるそうで、王都の白夜街と呼ぶそうだ。
「子供相手に、化け物だとかいって見物料をとるんだ」
「化け物、いるんですか」
「いるわけ無いだろ。大体は動物に張りぼてつけたりするんだろうが。まぁ、男相手に蛇女だ何だといって女の」
カーンが急に黙った。
どうしたのかと伺いみる。
「化け物か、ここに出る奴を連れて行けば金になるな」
「人間を喰いにかかる蝙蝠もどきとかですか」
「本物の蛇女とかいねぇかな」
冗談でも言って欲しくなかった。
本当になりそうだし、実際にもって帰ると言い出しそうで不安だ。
私の視線に何かを感じたのか、カーンは視線を逸らした。
「冗談じゃねぇか、笑えよ」
回廊は壁側に曲がっており、時折、カーンの言う死人の気配が漂う以外は、どこにも変化は無かった。
変化がない。
つまり、ぐるりと回って、穴のところに戻っていた。
私達は黙って見つめ合った。
曲がっているといっても、円を描くほどの傾斜も距離も歩いていない。
私は懐からナリスを取り出した。
金属板の表面は相変わらずウネウネとしていた。
それを前に掲げて改めて歩く。
数歩歩く毎にナリスは停止、逆に歩く事を示す。
暫く、その歩みを続けると、唐突に辺りの闇が消えた。
消えると共に私達の前には、奇妙な光景があった。