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冬の狼  作者: CANDY
降臨の章
259/355

ACT228 降臨 下

 ACT228


 魔除けの流れに沈む。

 男を力の源を探す為に。


 故に存在は無防備だ。


 だから、ここで殺されてしまうのも一つの選択肢。

 と、思った。




 そうして供物は、この愚か者に呪いを与えるのだと。








 それは、浅い考えだった。


 男の手が私を掴む前に、エウロラが飛び出した。


 火も矢も何もかもが通じない化け物に、何ができようか。

 頑健な彼女でも、それは無謀だ。


 その姿が、軽く弾き飛ばされる。

 男に建物の破片や木切れを投げつける人々。


 血だ。


 エウロラの血。



 鈍い意識に、強烈な怒りがわき上がる。



 己に対する、怒り。



 誰も、守れていない。



 誰も。



 命を、この命を



 男の手。



 目前に迫る手に、私は、急激に音を、色を取り戻す。



 リアンの泣き声、誰かの罵声、喉を掴む男の手。



「さぁ、捕まえたぞ、魔女め!

 仲間と同じく、生け贄になるがいい!」



 喉は、簡単に潰れ、骨が厭な音をたてた。

 だが、私は未だに魔除けの力に存在を残している。

 痛みも苦しさも感じない。



「人でなし!止めて、止めてぇ」



 泣き声。



「助けて、誰か、誰か」



 大丈夫。



 大丈夫。




「ハハ、ハハハッ、死ね。

 お前達のおかげで、私はずっと闇の中にいた。


 この屈辱がわかるか?

 虫のように、泥の中で混じり腐りながら。


 救いを希望を、お前達は奪い取った。


 だが、こうして私は、戻ってきた!


 お前達は滅び、私は、戻ってきた!


 お前達は負けたのだ。


 何が正しいか、これでわかっただろう。


 お前達は、燃やせと言ったな。


 だが、私は全部集めた。


 使徒の血筋の娘が揃うなど、滅多にない。


 これで全部、賄える。


 私の愛しい人は、神の器となって蘇る。



 完全な人としてだ。


 混じり物など含まない。


 私とあの人の新しい世界が、できあがるのだ。


 お前は生け贄になり、吸い尽くされ魂が消えるまで苦しめ。」



 その肩越しに、鈴の呪いの中にいる者の姿が見えた。

 押さえつけられながらも、皆が私に手を伸ばし、叫び、男に物を投げつける。


「恐ろしくて声もでないか?あぁ、喉を潰したか。ハハハハ」


 私は男の眼を見つめた。


 声もでない?


 では、やはり、セイルではないのだ。


 触れている手、この目の前の存在。


 私は力の流れにある右手を引き抜く、そうしてゆっくりと男の手に触れた。



「何だ、ようやく抵抗するのか?

 だが、無駄だ、見るがいい。この愚か者の都を。

 何の能もない屑共が、奪い合い蹴落としあって生きる、汚らしい場所を」



 冷たい。

 男の手は氷のようだ。



「汚い、汚れきった世界。こんな世界は、一度滅びればいいのだ。私の苦悩と悲しみを否定した場所などいらない。」



 汚れた世界?


 苦しく悲しい出来事があっても、私には、全てが輝いて見えた。

 それが醜く見えるほどの、苦悩?



(必要ない)



 黒煙があがり化け物と兵隊が戦う。

 そして、神殿兵が祈り、木々が燃え。

 確かに、悲しい景色だ。



(必要ないよ、オリヴィア。)



 息は既に途切れようとしていた。

 私の顔はきっとどす黒く腫れているだろう。



(必要ないよ、汚れた魂を理解する必要は、君には無い。

 それを主は望んではいない。


 悪。

 等という存在は、無い。


 しかし、堕落し、救う価値さえも失った魂はある。

 そう、君の知り合いの、神を信じている男も言っていただろう?


 腐った魂。


 子を親を、殺す者。


 もちろん、そこに殺さねば、逆に殺される事情があったとしたら、哀れだ。


 だが、己の利害のみで肉親を殺す者。

 欲望で子を、老いた弱い者を殺す者。



 この男はね。



 自分だけが可愛いのさ。

 誰かを救うとか、愛するとか。


 言葉だけさ。


 絶望?


 代わりに、僕が語ってあげる。


 君は供物。

 美しい世界を信じる者だ。


 汚い欲望を理解する必要はない。


 だから代わりに、僕が語ってあげる。


 この腐り、汚れた魂をね)



 男の手が、ぼとり、と、私を舞台に落とした。

 見上げれば、男は驚き手を開いている。



「何をしたっ、魔女!」



 私は何もしていない。



「くそっくそ、ダグラスの器でも保たぬのかっ!」



(さて、この男の何を語るか。

 何も無い人生だけどね。


 この男はね、生きるのが、怖かったのさ)



 少年は、男の手を掴んでいた。

 そうして、わめく男を笑った。


 舞台は相変わらず、囂々と風が吹いている。


 下では兵隊と化け物の攻防は続き、黒い陣も人を喰らおうと蠢いていた。



 そして、宮の世界が重なろうとしている。


 ディーダーが現実に干渉できる程、死の世界が近づいていた。




(供物の女、その真名は主に預けられた。


 だから、魂は美しいままだ。


 美しい魂のオリヴィア。


 この男の真実は、実にくだらないんだよ。



 彼はね、乳母やが一人いたんだ。

 美人で、気の優しい、普通の女だ。


 だがね、彼女は、病で没した。


 早世と言える年齢だね。

 彼がまだ、少年と言える年齢の頃だ。


 彼は、彼女の死が、何かの罰だと考えた。

 人族である彼女が死んだ理由は、彼女の行いの中にあると考えた。


 長命種ならば、早死にしないのに。


 そうだ、長命種に他の血を混ぜたから、罰が下ったのだ。


 とね。


 寂しく孤独な子供。


 彼女の死体を奪うと、その原因を探した。

 解体し、並べて、考える。


 唯一愛情を感じられた相手に固執する。


 愛情だと本人は考えている。


 これが普通の子供なら、周囲の大人が、教育に尽くしたろうね。


 それか権力に手が届かないようにしただろう。


 けれどその時は、死体を取り上げるだけで、終わりにしてしまった。


 倫理を学ぶ前に、命という物に対して、奇妙な価値観を持った。


 この男には、石ころと命の区別がよくわからない。

 人の感情や思考が、よくわからない。

 好き嫌いだけは、わかる。

 自分の感情だけはね。


 次に彼が再び、その間違った考えを増大させたのは、彼の親族だね。

 彼の親族は、二つの血が入り交じっている。

 特異な種族でね。


 そして二つを混じり合わせると、子供は奇形になる。


 それがわかっていながら、彼らは血を混ぜ続けた。



 それの真の意味は、何か?



 彼は気がついた。

 つまり、偉大な血筋を絶やす事だ。



 君も薄々は考えただろう?



 この国は、モーデンの血を尊ぶが王にはしなかった。

 そして、長命種の王は、たてなかった。


 長命種である者が王になる事を忌避している。


 表向きは融和という名目で。

 だが、何も血を混ぜて混血王を一番上に置く理由は無い。


 それも混合体の王の子供が、次の王になる訳でもない。

 毎度毎度、血の一番濃い長命種の親族から新たに縁組みをさせて、その子供を継承者にする。


 それも、肉体を減弱させた混合体をだ。


 そうして混血の王を置く事で、何を保つのか。


 政治的な事や因習という要素を抜けば、簡単だ。


 長命種という種族が王になっては、まずいのだ。

 そして、濃い血筋を、人族の血を絶やそうとしている。


 人族の場合、一代でも多種族が入ると、原種に戻る事は稀だ。


 つまり、どの比率に傾くかなんだよね。


 そして獣人には、純血統という考えは、無いんだ。


 獣人と人族の混血の八割は、獣人に属性が傾く。

 亜人との混血は、出生率が極端に低くなるし、子供の殆どが獣人の比率になる。亜人との混血は、亜人であるという常識も時々忘れるほどにね。

 ここでも種としての強さが表にでるんだ。


 だから、実は、純血統などという考えは無い。

 外見も様々だしね。


 だからね、獣人の大公家は表向き人族大公家と同じ、純血統なる特別な血筋と言っているけど、事実は違う。


 人族大公家だけが特別な血統で、彼らは、獣人と子供を作ると、混合体になるんだ。

 つまり問題は、人族の長命種の、一部の、氏族にある。


 で、男は考えた。

 これは、陰謀であると。

 尊い血を絶やそうとする下等な種族の陰謀だ!


 やれやれ、幼稚な子供みたいだろ?ふふふっ..)



「魔女め、また、何かしたな!」



 男は足を前に出そうとして、よろめいた。

 ディーダーは笑いながら膝裏を蹴り、男を四つに這わせた。



(この男は混合体だ。


 だが構成部分が問題の長命種に傾き、特に悪い特徴が出た。


 悪い、というのは、何も体の事ばかりじゃないよ。


 君には理解できない魂の持ち主だ。)



 少年は笑う。



「邪魔したつもりだろうが、もう、手遅れだ。

 お前達が言う大切な者達、全てを皿の上に載せ、兵隊達も塵になるだろう。

 少し物足りないが、あの傀儡の王も、これで終わりだ!」


 憤怒に顔を歪める男の顔が、奇妙に滲んで見える。


(この男の言う正しい人の姿は幻だ)



「さぁ、お前の魂を寄越せ、この都中の命も全部使ってやる。

 汚らしい奴らの命は供える意味もないがな。


 生き残るのは私と彼女、そして、認められた正しい命だけだ。


 ざまを見ろ、人間様と名乗る図々しい輩は、全部、塵となれ。


 腐り落ちて、すべて潰えろ!」



 四つに這い、男は私に再び手を伸ばす。

 笑う顔は、滲み、その指先もぶるぶると震えていた。


(彼の言う人間とは、長命種の事だ。


 ただし、今の長命種ではない。

 夜の民と同じく、前の時代に生き滅びた者だ。


 今の君ならば理解できるだろう。


 滅ぶには、滅ぶ理由がある。


 モーデンは、素晴らしい人物であった。


 だが、その種としての属性は、この世界の主軸になるには、相応しくなかった。


 それを長であるモーデンは知り、今の姿の長命種になるまで、交配を続けた。)



 私の髪を掴む指を、ディーダーが引き剥がす。

 ぶるぶると震える指を、馬乗りになった少年が笑って掴みとる。



(君ならばこう考えるだろうね。


 災いを薄める為に、混血の王を頂点に据えたとね。


 腐った魂とならぬように。


 君ならば救いであり、善意だと解釈するだろう。


 だが、歪んだ者には通じない。



 おぞましい化け物であるのに、素晴らしいと勘違いしている!

 愚かで、欲望だけは人一倍!


 自分以外の命を尊ぶなど、欠片も思わない。)



 腐った魂、比喩ではないのか?



(人肉を喰らうズーラは、草をはむ動物と同じく、それが生物としては当たり前の事だった。

 だが、それを長い年月と知性により、克服した。

 むろん、克服する必要はなかった。

 だが、彼らは人類との共存を望み、社会性を学ぶ事を選択した。

 より環境に順応したと言うことだ。


 でも、この愚かな長命種、否、長命種と呼ぶことも、すでにおかしいかな。

 混合体ですらも無いコレは、燃やし尽くされた亡者と同じだ。

 ズーラが夜の民ならば、コレは影の民とでもよぼうか?



 影の民は、永遠の命が欲しくて、共食いをするんだよ。



 モーデンと使徒のお話を覚えているかい?

 共食いを防ぐ為に、身代わりの人形は作られた。


 モーデンの氏族は、特別だった。


 本来の長命種である、頑健で長命な人だった。

 だが、彼らも又、ズーラと同じく、環境に順応しようとした。

 特別頑健で長命である事は、今の世界では不必要だから。


 何故か?


 彼らの魂は、長命であると病んでしまうからだ。



 魂は、特別製じゃなかったんだ。やれやれ。



 ひとりぼっちで生きるのは、寂しいからね。

 皆と仲良く手を取り合って、生きていく事ができないと、寂しくて悲しいからね。


 だから血を薄め、今ある長命種の姿にまで弱めた。


 長命種と呼ばれる今の者だって長生きだろ?

 モーデンの氏族は、古の人と同じく長生き、だと思っていただろ?

 違うんだよ。


 古の人の肉体は何度も滅び、魂は流転している。

 長生きではないんだ。

 何度も何度も生まれ変わって現れている。

 記憶を受け継いでね。

 だから、古の人は、同じ魂であるけれど、新しい命として時を越えているんだ。


 でも、モーデンは、この世界の前に滅んだ種族の生き残り。


 この世界に使わされた古の人よりも、長く長く孤独に生きていたんだ。

 だから、戦で死ぬ時、モーデンは願った。

 この救いを、彼らにも与えて欲しいと。


 残る氏族の者から、永遠を取り上げてくれってね。


 ところが、それに逆らう者達がいた。

 それが共食いをして、永遠を手に入れようとする影の民だ。


 モーデンの血を浴びた男が始まりだ。


 戦で血を流したモーデン。

 それを偶然浴びた男は、狂った。


 モーデンの血は劇薬でね。


 肉体が活性をし不死身に近くなるが、精神が崩壊する。


 ただし、同じ血族を喰えば、壊れない。


 否、壊れても耐えられる。

 君が知る人の良い部分が死んで、欲望だけが生き残る。

 悲しい事も辛い事も、わからなくなる。


 愛情を失ってしまうんだね。


 悪鬼となった仲間をモーデンは殺し、物語はめでたしめでたし、になるはずだった。


 彼らは肉体を失い、理に戻るかと思われた。

 だが、君も知っているように、彼らは泥のように寄り集まり、昇天する事を拒んだ。


 新月になると、人を喰らって蘇ろうとする。


 手当たり次第に喰うから、もう、食人鬼かな。


 モーデンの血が中々薄まらない。


 そこで、君の父君に相談した。


 この都は、大きな大きな墓標だ。


 皆が騒々しくも生きる事で、何とか、彼らの怨念を鎮める。

 永遠を望む怨霊を鎮める為の墓標。

 彼らが増えれば、第四の領域が広がるかも知れないからね。)



 ディーダーに取り憑かれた男は、私を掴めずに歯噛みする。


「あぁいいだろう。どうせ、同じだ。


 あの人が蘇れば、私も再び、取り戻す事ができる」



 そうして男は立ち上がろうともがく。

 私は舞台に転がったまま、その姿を見上げた。


 不思議だ。


 男の体が滲んでいる。


 ディーダーは、にやにやと笑い、男の隣に立っている。

 そして、後ろ手に手を組み、私を見た。



(そろそろだね。


 さて、この男が何をするにしても、今日この時が、分かれ道だ。


 僕としては、この男が主の娯楽になればいいと思うけれど。


 でも、勘違いしては駄目だよ。


 この男は、齋の為の材料に過ぎない。


 そして、君もだ。


 選択は慎重にね。


 君は供物、要因の一つ。


 コレは、その為の秤だ。



 さぁ、オリヴィア、供物としての役割を果たそう。



 君の選んだ明日は、どれなんだい?)

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