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冬の狼  作者: CANDY
降臨の章
257/355

ACT226 混沌の始まり 下

注意)本日二話目

 ACT226


 娘達の動きは四つ葉を描くように動いている。


 気を抜くと進む先を間違えてしまう。

 だから笑顔で皆、必死に先の動きを追う。


 鈴は楽しげな音楽と一緒に鳴り続けている。


 観客は手に持った花や花びらを娘達に投げかける。


 楽しげな手拍子、かけ声。



 そして、舞踏の中程で、単独で踊る部分がある。

 単独といっても、数人で四つ葉の中央で踊り、他が舞台にしゃがみ手拍子を打つ。


 特に踊りがうまい娘が数人で踊る。


 そして楽士も、独奏者が奏でて今暫く静かに皆で見守る。






 魔除けは新たな波紋を生み出し始めている。

 舞台を要にして、魔除けは囁きを新しくしていく。

 踊る舞台から滝のように流れ出る。


 順調と思って良い。

 くっきりと舞台の上だけが、場を変えて行く。

 要としての役割を得て、この小さな皿の上だけが聖域ようになった。



 だが、それとは裏腹に、奇妙な圧力を感じる。


 清らかな流れにいる筈の、私の体は勝手に震え始め。


 場を冷たく汚れた物が広がっていく。


 舞台から広がる波紋は変わらない。

 魔除けの力は発現している。

 私はぐるりと見回す。







 目だ。




 何かが見ている。

 私達を見ている。

 私は手拍子を止めた。


 踊る事を止め、目を凝らす。



 重苦しい気配がする。

 まるで泥の沼に立ち尽くしている気がした。


 正しい流れは、確かにある。



 だが、これは何だ?



 音も光りも消えていく。


 私は冷たい泥に立ち尽くしている。


 夜空には星も無く、黒い雲が。

 不安を呼ぶような渦になっていた。


 囂々と風が吹き始める。



 私は眼を細め、見回す。



 目だ。



 たくさんの人々。


 楽しげな。


 人々の姿は黒い影法師のようだ。


 だが、黒い影法師の中に目があった。


 たくさんの影法師の中に、点々と、黄色い目がぐりぐりと動いている。

 黄色い眼球は血走り、命を探していた。



 喰らう命を。



 私は娘達の命を保証した。

 命を奪われまいとした。


 だから、正しい気の流れをつくる舞台にばかり注意をしてた。


 娘達は無事だ。

 ここは偉大な力の流れにある。

 強い力に支配された領域だ。


 だが、観客はどうなる?




(カーン!)



 突如として踊りの輪から飛び出した私を、観客は最初見上げるばかりだった。


 私の警告とカーンの抜刀。

 そして、兵士達の動きは素早かった。



 だが、遅い。



 あらゆる場所で、孵化が始まる。



 人が腹から弾ける。

 石榴のように弾け、吹き上げる血潮に驚愕が広がる。


 驚きに人は棒立ちになり、言葉を失う。


 本当に驚くと、人は理解できずに立ちすくむ。


 誰かが叫んで、初めて恐怖が場を支配するのだ。



 人の姿が崩れ、再び何かができあがる。

 そして驚く人々を余所に、それは再び人の姿をとる。


 逃げずに見守っていた者達は、理解の及ばない出来事に無防備だ。


 だから、簡単に喰われた。


 聞くに耐えない叫び。

 生きたまま喰われる人の声は、腹の底から震えを呼ぶ。


 それは人の影のように見えた。

 薄灰色の皮膚をした男や女。

 人の姿をしているというのに、何故か印象が薄い。

 だが、行いは野獣のように野蛮に尽きる。

 手当たり次第に、目に入る肉に食いつく。



 人にしては口が大きく見える。


 ぼんやりと頭の隅で思う。


 何が起きたかわからないし、多くの者が混乱と共に呆然としている。


 ただ、近衛の動きは素早かった。

 公王の周りを固め盾を構えて武器を抜く。


 兵士は混乱に陥りつつある人々を誘導しようと動き出す。



 多い。



  襲いかかる者の中には兵士の姿もあった。

 集まった人々を逃がそうとするよりも、どれが化け物であるかの選別ができない。


 そして退路となるべき、中央公園の出入り口付近でも、争いあっているのが見えた。


 配置された兵士達が混乱しながらも対処している。

 だが、誰が敵であるかがわからないのだ。


 振り返れば、近衛も公王の周りを固めるに留まっている。

 動けば混乱に巻き込まれるからだ。


 その間にも、悲鳴が続き、犠牲者がでている。


 カーンは、私の方へと向かっている。



(ここは、無事、大丈夫。混乱を鎮めて下さい)


 私は念じると、思案する。


 私の落ち度だ。


 何故、わからなかった?


 考えるんだ。

 と、次々と目に入る亡者に意識を向ける。



「姫、逃げないと」


 バフォーと教師達が舞台へあがると、皆を集める。


 ゲルハルト侯爵は、貴族達を誘導すべく指示を出している。


 貴族席は兵隊達がいる。


 だが、注意深く見れば、孵化前の眼が紛れていた。


「さぁ、早く」


 エウロラがリアンの手を掴んで、私を見た。


 もう、隠す事も無い。

 グリモアとアンネリーゼの力を解放する。



(舞台から、降りては駄目だ。


 この場所は清い。

 故に、腐った魂は寄りつく事ができない。


 無事な者は、ここに呼べばいい。

 奥の観覧席も、この舞台が壁になるだろう)






 身の内から、小さな小箱が浮かび上がる。

 きらきらと輝き、それに併せて古びた書物も開かれる。


 小さな小箱が輝き、開かれた頁に新しい言葉が綴られる。



 異界を認識する感覚の解放。

 再び、私は人への罪を背負う。


 小箱の力が破綻を防ぎながら、人々の感覚を変えていく。



 東での行いよりも、補助する力が洗練した術を展開させていく。

 素早い変化に、兵士達は孵化前の者どもを見つけ、人々は悲鳴を上げて逃げた。



 私は人々の感覚を解放していく。


 五感の全てを、変えていく。

 生き延びられるように。




(さぁ有情なる者よ

 闇を見通す金色の輝きを

 そのまなこに刻み

 極彩色の混沌を見通す

 闇夜を生きる者となれ


 そして罪は我に 我が身に)




「姫、奴らが来る。こっちに」


 エウロラが手を伸ばし、私に触れようとした。


「なんで..」


 だが、私の姿は朧に滲み、エウロラは掴み損ねた。


 それにリアンは悲鳴をあげ、私の胴体にしがみついた。


 彼女は私を掴めた。

 そうして舞台に集まる皆の元へとひっぱり寄せた。


 リアンがしがみついたまま、ガクガクと震えている。

 エウロラは、自分の手を見たまま黙った。


 私は舞台の下、観客達に眼を向ける。


 公爵とニルダヌス、それにシュナイはどうしたろうか?

 リアンの踊りを見に来た祖母や母親は、彼らと一緒だ。

 男達と一緒なら、無事だろう。

 リアン達が無事なら、彼らも無理をするまい。



(テト)



 私の呼び声に、鳴き声が答えた。


(テト、何処にいる?

 リアン達を守って、悪い奴らから、守って)


 舞台の下、登り口の方からテトがかけてくる。

 どうやら、既に戦っていたようで、耳から片目にかけて血にまみれていた。

 それでも元気な様子だ。


(テト、守って)


「なんだこりゃぁ」


 娘達の側にいた大人達や教師が声を上げた。


(テトが守ってくれる。だから、怯えず騒がないで)


 テトは体を揺らすとムクムクと大きくなった。

 それでも相変わらず、娘達の方を向くとしっぽを揺らして媚びを売る。


 怯えた娘達が泣き出した。


「これも化け物か」


 誰かの呟きに、テトが歯茎を剥き出しにして見せる。


(大丈夫、テトは王の猫。女を守る)


「じゃぁ野郎は守らないんだね」


 エウロラのいつもの返しに、私は頷いた。


「何なんだ、これは?

 あいつ等は、何者なんだ」


 バフォーの問いに、皆、私を見た。

 その顔は怯えと不審を浮かべていた。



 これが何か?



 私は、この期に及んで言いよどむ。


 舞台の向こう、近衛に囲まれた姿を見上げる。


 公王は、舞台を、そして人々を見ている。

 諦観か、自尊心故の虚勢か。


「知っているんだろう?お前さんなら、この化け物が何だか」


 重ねての問いに、私は頷いた。


 何れ知れる事だ。


 隠し事が結局は傷を深くしたのだ。


 怒号と悲鳴が響く中、ここだけは切り離されていた。

 娘達も、ここにたどり着けた少数の者も、そしてバフォー達も、皆、醜い争いの原因を知りたがっている。



(彼らは、死を拒んだ。


 人の成れの果て。


 この世の理を否定した者。


 滅びを呼ぶほどの知性は無い。


 ただ、死にたくなかった人達。)



「人の成れの果て?って何なんだ」


(今の人の中で、彼らのように変わる者はいない。


 人肉嗜食をしたとしても、理の流れの中で消滅しこの世界を支える熱に変わるだけ。)


「姫、わかりやすく教えてくれ。ここには、来ないのかい?」


(今は、来ない)


「じゃぁ、あの化け物は、人間なのかい?」


 エウロラはひきつった笑いを浮かべた。


 私は王を見上げた。

 彼は己の民が傷つき、兵士が戦う様を見ている。


 秘密など、必要がない。



(彼らの元は、死に損ないの長命種。


 彼らは喰らう者。


 理に招かれるべき魂が、道筋を見失った存在。


 死を失った者。


 幸いと思うなかれ。

 死を失うとは、この世から拒まれるという事。


 彼らは、こうして人を喰うからこそ、存在している。

 だが、無だ。


 知性も無い。

 しかし、この世を構成する物でもない。

 滅すれば、消失するだけ。

 循環する世界に戻る事も、新たな命を生むことも無い。


 だから、喰う。

 理の流れにある命を腹に納めれば、同じく元に戻れると思っている。

 生きている頃に、永遠を求めた時と同じに。)



 永遠の都に暮らす、永遠の人々。



 現実の世界も、徐々に様相を変えている。

 天は曇り、風は囂々と流れる。

 人々は兵士に押されて何とか逃げ出そうとしていた。

 心許ない提灯の灯りが揺れている。

 どうやら、出入り口が塞がれて中々外へと逃げ出せないようだ。



 彼らが喰らうのは、己を存在を補う為だと思う。


 彼らが祭りと踊りを妨害する目的は、想像できた。


 つまり、存在を確かにしたいのだ。


 彼らを弱める儀式を妨害する。




 だが、何故、今年なのか?

 そして、どうやって奪うつもりか?



 そう、目的は復活の筈だから。




 彼らという残滓を利用して、過去と同じく永遠を手に入れようとする生きた人間がいる。というのが、私の考えだ。


 おそらく、神殿や審判所に、その考えを持つ者がいるのだ。

 コンスタンツェが日録を手に入れて直ぐに襲われたのは、生きた誰かが手引きしているからだろう。


 恐ろしい考えではあるが、知性の低い死に損ない達と、意志疎通ができるという事は、たぶん、彼らと血の繋がりがあるだろう。


 古い古い家柄の、王に仕えた人々だ。


 公王が見ているのは、何も民が死に行く様ではない。

 己が国の何が害悪であるのかを考えて、眺めているのだ。

 この場には、その古く高貴な身分の輩が集まっているのだから。


 彼が無事、生き延びた後は、彼の祭りが始まるだろう。



 だが、それでもまだ、わからない事がある。



 娘達から命をかすめ取った者は誰だ?

 この亡者の群を動かす者達は想像しやすい。


 だが、命をかすめ取る行いの先にあるのは、復活だ。



 私は、受肉の儀を執り行うのだと考えていた。

 誰かが、舞台上の娘達を生け贄とし、この都の巨大な呪いを利用すると考えていた。


 だが、違うのか?



 私は、何を間違ったのだ?



「来た」


 娘達から悲鳴があがる。

 見れば舞台の端に手がかかっていた。

 無数の灰色の手だ。


 王が立ち上がり、近衛に指示を出そうとするのが見える。

 私は王に手を上げて、見つめた。


(動かないで)


 念が届いたようで、王が私を見ているのがわかった。


(大丈夫、彼らは触れる事などできない)




 私は許さないと決めたから。




 近寄ろうとする亡者を見る。

 じっと見つめる。


 魂の名は失われている。


 異形の物にさえある筈の理が見えない。

 異形の理である魔導の力も見えない。

 言うなれば、虚無、第四の領域。

 しかし、そのような存在でもない。

 実に卑小、実に愚昧。


 化け物にさえなれないのに、欲という人の業で動いている。


 もう、死者でもないのに。

 亡者と呼んだが、彼らは死者でもないのだ。


 では、異なる世界の化け物か?


 理と呼ぶ、私の世界の仕組みと同じく、異界の命は、異界ののりにて構築されている。

 私たちが理解できなくとも、その遊びには遊びの法則が存在しているのだ。


 化け物になるには、彼らの求める人間でありたいという欲を捨てねばならない。


 人でいたい。

 永遠に生きながらえる人でいたい。

 虚栄、傲慢、などの欲を捨てなければならない。

 知性を無くし、魂と呼べる程の物を無くしたというのに、その欲だけで動く物。


 まさしく、呪いだ。

 だが、


 この亡者は、哀れではない。

 彼らは何者でもない事を、自ら、望んでいるのだ。




 そして、他者の命を喰らう姿は、既に人ではない。

 退化した姿に、自然の美は無い。

 醜悪であり、無惨。



 昔話で慈悲を与えたモーデンは、優しいと思う。


 私はグリモアの頁をめくる。


「姫、姫、こわい」


 リアンの声に私は頷く。


(大丈夫、亡者はここに来れない)


「違う、姫が無くなっちゃうよ」


 私は逃げてくる人々を囲うように、力を広げた。


(大丈夫、リアンは無事に家に帰る。

 エウロラも、皆、無事に帰る。)


「姫もだよ」


 しがみつくリアンを笑ってのぞき込む。


(今年の祭りは、ちょっと騒がしい。だから、リアンはシュナイ殿が来るまで眼を閉じているといいよ)






 舞台下の多くの民がいた場所には、無惨な死体が点々と転がる。

 それが喰われ飲み込まれていく。

 亡者の群は思うより大きく、遺体を喰らっては増える。


 だが、兵士達がある程度、民をまとめて四方に下げる事ができた。


 皆の感覚が変化したからか、亡者を見分け離れる事ができたようだ。



 火は使われていない。

 どうやら、人が集まっている場所で、油薬や火薬が使えないのかも知れない。

 ただ、公王の身柄を逃すことができれば、焼くだろう。



 だが、果たして彼らは焼いて終わるだろうか?



 焼いても死なないからこそ、彼らは救われないのだ。

 剣で断ち切れるのか?

 人の形をとっている時に切りつければ、壊れるようだ。

 だが、暫くすると形が崩れ、他の亡者と寄り固まる。

 死体を喰い、大きくなる。


 兵士と人、その逃げた先を見れば、灯りの下とわかる。

 光りの側にいれば、亡者は近寄らないようだ。

 だが、それも隙を見せれば喰らいついてくる。



 神殿兵が動いた。



 祈りの言葉を唱えながら、隊列を組んで観客席から広場へと向かう。


 亡者を叩き伏せ、道を造ろうとする。

 彼らを先頭に、近衛、王、貴族と取り残された人々を動かし外へと出すつもりなのだろう。


 広大な公園の南側の方から地響きがする。

 軍が来たのかもしれない。

 元々、何かが起こるという想定で祭りは始まっていたのだ。


「助けが来るのか?」


 幾度も何かが爆発するような音がした。

 鐘の音。


 そして炎。


 亡者を囲むようにして油薬がまかれ炎があがった。


 押し合いながら逃げる人々、その流れとは別に公園の木々を粉砕して兵隊達が現れた。


 勇ましい武装の彼らを見て、私は力が抜ける。


 カーンが指示を出し、躊躇い無く邪魔な物を破壊し尽くしていく。

 逃げ場所が無いのなら、造ってしまえというのだろう。

 今まであった筈の木々や建物、壁や彫刻が、見る間に粉々になっていく。


 魔除けとなる土台までは壊さないでくれ。

 そう思うが、仕方がない。

 多少の破壊は耐えられるだろう。



 そこに神殿兵を先頭に、走り出す。


 足腰の弱い者は背負われ、王も担がれ駆け抜ける。


 王は、私に来よ。と、身振りした。


 私は笑って手を振った。


 気安く、街中で手を振るように。


 王の眼差しに、笑う。


 驚愕の表情が滑稽で、笑う。



(皆の後に続いて、逃げて。

 逃げ出したら、灯りを絶やさずに。

 家に帰ったら、扉を閉ざし、兵隊が良いと言うまで外に出てはならない。

 奇妙だ、おかしいと感じたら、その感覚に従って。


 夜を過ぎれば、終わるから)


「リアン嬢ちゃん、姫を掴んでて。アタシが先に走るから」


 逃げようと皆が立ち上がる。

 テトは伸びをし身震いをした。


(私はいかない)


「冗談じゃないよ」


 エウロラが悲鳴のように怒鳴った。


(この場所の力を支え続けていれば、収束する。

 この亡者も、陽の光りには屈するだろう。)


「よくわからないが、駄目だ。喰われちまう」


(ここが壊れたら、もっと悪い事がおきる。

 一晩の事だ。兵隊も来た。)


「駄目だよ、アンタが、姫が一緒じゃぁなきゃアタシも逃げられない」


(何故?)


 エウロラが答える前に、舞台が揺れた。


 皆、舞台上に投げ出される。



 数多の魔除けの共振と共に、黒々とした気配が広がりつつある。

 神殿兵の祈りとは別の、言葉が流れた。


 どこだ?


 逃げる人、炎、亡者、兵士、血。


 素早くあたりを見回す。


 絶叫。


 怒声。


 眼を向けると、男を断ち斬る姿カーンが見えた。

 仲間に何事かを言い、次々と手にかける。


 その度に、黒々とした気配が止まる。


 亡者の仲間か。


 人である為、私には差異が見抜け無い。

 カーンが始末しているのが、仲間なのかも知れない。


 その間も、立ち上がれぬほど体が揺れる。

 舞台が揺れているのではない、地面が揺れている。

 都の全てが軋み、魔除けが悲鳴を上げる。


 もう少しで、正しい流れが完成する。

 力は満ちている。

 後、少しだ。


 血を流してはならない。

 争ってはならない。


 頼む。


 どうか、邪魔をしないでくれ。



(早く、逃げろ。エウロラ、リアンを頼む。

 テト、テト、お願いだ。皆を守ってくれ)



「駄目、一緒に逃げる」


「そうだよ、早くしろよ」


 娘達を何とか舞台から下ろし、逃げようとする人の流れに乗せようとバフォー達が動く。

 だが、地面が揺れ、皆、思うように身動きができない。






 もっと力が欲しい。

 もっとだ。


 私はグリモアに願う。


 もっとだ。

 美しいこの世界を、愛しい命を、守って。


 永遠を望まぬから。


 どうか、力を。



 私が手を伸ばすと、何者かが笑う気配がした。



 グリモアに新たな言葉を織り込む。



 新たな理を、失わせた守りの変わりに。



 力を




 私の足掻きに答えるように、魔除けの輝きが変化する。

 呼吸をするように、明滅し、亡者にこの世の理を焼き付ける。


 行き場の無い存在に、形を与える。




 無に、形と意味を持たせる。



 お前達は、光りを恐れ、火に焼かれる者だ。

 お前達は、人と同じく、罪を犯せば罰を与えられる者だ。

 お前達は、滅び、戻る事無く、理に従う。


 だから、



 魔除けの共振と共に、グリモアの作り出した新たな理が広がる。

 再び、改変する領域に、地鳴りと世界が軋む。





 変化は、直ぐに現れた。



 亡者が炎に包まれ、あっという間に灰になる。

 それまで、斬っても焼いても、ひと固まりの姿になって肥大していた姿が、燃える。


 次々に炎に包まれ、転げ回り叫ぶ。


 異臭と共に、兵士が亡者を切り刻む。


 新たな約束事を強引に馴染ませる。


 許しではない。

 だが、これが一番、簡単な方法だ。


 罰を与える為に、許す。

 存在を許す。


 愚かで忌まわしい者共め。

 焼かれて、この世の糧になれ。


 許すつもりはないが。


 許さねば彼らは増える。だから、許す。













 あぁ、寒い

 暗くて、寒いな









「姫、大丈夫?姫」


 四肢が震え、息が苦しい。


(皆、今ならば逃げやすい。早く)


「誰か、姫、顔色が」


(皆、早く。禍々しい気配が消えない。どうしてだ?

 リアン、家族の所へ早く。テト、テト)


「大丈夫、兵隊達がいっぱい来たよ。姫、しっかりして」


(駄目だ、まだ、王は無事か?)


「うん、王様はもう、見えないよ。でも、まだ、街の人達が残ってる。舞台にも」


(リアン、エウロラ、聞いてくれ)


「姫、見えてないの?眼が見えて..」


(まだ、いる。大きな気配だ。

 禍々しい。

 今ならば、逃げ出せる。

 お願いだ、皆を早くここから、少しでも遠くへ。

 頼む。)


「駄目だよ。姫が一緒でなけりゃぁ。アタシは逃げられないんだよ」


(どうして)


「アタシのオヤジを助けてくれた人がね、アンタを守ってくれってね。それが報酬。アタシはね、姫を担いででも逃げなきゃならないんだよ。

 でも、アタシの手じゃぁ、どうしても姫が掴めないんだ。

 チクショウ、力持ちのアタシなら、姫なんて軽いのに」


(馬鹿馬鹿しい、逃げるんだ。早く)


「だから..何だよ、あれ」






 誰かの笑い声




 誰だろう、どこかで聞いた笑い声だ。





「さて、準備も整った。

 思った以上に、素晴らしい贄も手に入れる事ができた。


 全ての血筋が揃うとは、誠、めでたい事よ。


 ましてや、予想外にも奴らを燃やし尽くしてくれるとは、これで、更なる余力もできた。


 あぁ、汚らしい奴らの掃除をしてくれてありがとう。

 おかげで、私の邪魔をする奴らもいなくなった。」



 汚れた気配が広がる。

 何かが呼吸を始めた。


 私を掴むリアンの手。


「何を言ってんだ、こいつ」


 エウロラの呟き。



「さて、始めようか」



 ようやく暗闇が薄れ、視界が戻る。

 舞台に倒れる娘達。

 バフォー達大人も膝をついている。

 囂々と風が吹いて、この舞台だけが重い何かに押さえつけられているかのようだ。


 娘達を庇う彼らと、投げ出された人々、そして私を抱えるリアン。

 エウロラと傍らのテトが牙を剥く。



 そして、舞台の東端にいた男は、笑う。



「愛しい人を取り戻す。


 バラバラになった貴女を取り戻す。


 この世の神が役に立たぬのなら。


 私の神を、呼ぶだけの事」




 男は笑う。


 男は、笑いながら手近にいた者の胸を抉った。


 男の足下から、黒い蜘蛛の巣のような陣が広がった。



「さぁ、慈悲を乞いながら死になさい。

 その苦しみが..」







 神を呼ぶのです

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