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冬の狼  作者: CANDY
降臨の章
256/355

ACT225 混沌の始まり 上

 ACT225


 鳥が飛んでいる。

 白い鳥だ。


 外郭の青い影に、白い鳥の群が旋回している。


 色とりどりの祭りの飾り。

 薄紙の明るい色合い。


 子供達の笑い声。


 人々の楽しげな気配。


 音楽、歌声、人の波。


 見上げる空は高く、風は穏やかだ。


 傷一つ無い、美しい硝子の世界。


 私の産まれた世界。


 父と母が望んだ、人間の生きる世界。






 貴賓席には武装した近衛が、みっしりと王を囲んでいる。

 公王と人形と侍る者達がいる。


 そして、高貴な方々の席は、王に習い全て埋まっていた。

 兵士も礼を尽くしてはいたが、その武装は戦地にいるかのようだ。


 そして貴族とは反対側の並びには、神殿の者がいる。

 神殿兵も、物々しい。


 何れも祭りを楽しむというよりも、闘技場で人が獅子に喰われる様を見守っているかのようだ。


 取り仕切るゲルハルト侯爵は、楽士の一団と共にいる。


 顔色が良くない。


 もしも、祭りがうまく運ばねば、彼は己の首を差し出す気なのだろう。


 コンスタンツェとオロフはどうしたろうか?


 未だオロフの体は完治してはいないだろう。

 コンスタンツェ自身も外出が許されていないと考えられる。


 どのような結末になろうと、別れは近い。


 が、彼ならばうまく生きていける。

 そんな気がした。

 もし、私がいなくなっても、彼に根付いた力が、彼を生かす。

 歪な繋がりではあったが、それでも、彼は生きていけるだろう。

 力が断ち切れたとしても、彼には彼の世界を支える人たちがいる。



 そう誰しも、支え合い、関わり合って命を繋ぐ。



 カーンにしても、そうだ。


 転じた視線の先にいる男も、たくさんの繋がりをもって生きている。


 彼自身が孤独を感じたとしても、彼を支えようとする人はたくさんいる。

 彼が思うよりも、彼は必要とされ、許されている。

 何故なら、彼は理想を持っているからだ。


 理想という言葉を言い換えれば、確固たる信念があるのだ。


 それも頭で考えているものではない。


 彼は、理想を掲げて眺める人間ではない。


 信念をもって物事に向き合うだけの、力があるのだ。


 人を害し、非道を無した男が名を奪われたのは、そこに信念が見いだせず賛同する者がいなかったからだ。



 カーンの理想。



 聞いた訳ではない。

 だが、彼が目指す場所はわかる。


 彼の仲間、種族、領地の民、女、子供を生かす。

 生きていく世界を守る事だ。


 彼の手の中にある世界を守る事。


 人類を生かす等という夢想ではない。

 己の支配と庇護を受ける者達の暮らしを守る事だ。


 だから、それ以外の命を奪うことに躊躇いがない。

 己を良く見せる気もない。



 もちろん、その理想が暴走し、他者を虐げ奪うようならば、破滅するだろう。

 没落し滅亡か、栄光と繁栄の未来。




 たぶん、この人の未来を確定する要素が、あの日だった。



 さようなら



 あの日から、今日までの私は、幻である。

 苦悩苦痛は私の真実だが、生かされた日々は幻だ。

 宮の主の娯楽の一つだ。



 カーンが私に刃物を突き立て殺したというのも、幻だ。

 私の生は、あの穴の中で、この人に別れを告げた扉の所で、終わっていたのだ。



 宮の主、死者の宮に集う者の娯楽。

 娯楽は、私の心の救いでもある。

 簡単に投げ出した命への、戒めと救いだ。


 私は、この短い間に学ぶことができた。


 大切で失いたくないという思いも得た。


 私は不完全で未熟であると心から感じ、そして、生きていたいと思う事ができた。




 さようなら




 と、別れを告げる事が、辛いと感じる。

 故に、今日は、最後だ。

 私が、心の底から、生きていたいと感じる時、終わる。

 これが、供物の定め。



 生きていたかった。



 この感情に至った者こそが、宮の主が望む供物の姿だ。





 名残を惜しみ、踊る。


 私は踊りながら、この世界が壊れないでほしいと祈る。


 貴方の生きる世界が、壊れないように。

 貴方がこれからも、人生と向き合える事を願い。

 私は、踊る。

 貴方の選んだ未来が、必ずや、勝利と繁栄に繋がる事を願う。






 最初の舞いが終わる。

 恙なく終わり、催しは続く。

 踊りと踊りの合間に、舞台は次々と芝居や芸を披露する。


 最初の舞いが終わると、控えに戻り体を休める。


 この時は、身分を問わず、舞台下の通路から休憩所へと集められる。

 そこにも、物々しい兵士がおり、煮炊きした差し入れも検査されていた。


 リアンもエウロラも可愛らしい衣装に包まれ、うっすらと化粧も施されている。


 リアンは母親の作り出す人形のようだ。

 とても愛らしい。

 エウロラは意外にも、なかなかの美人になっている。

 もちろん、口を開かねば。

 相変わらず、ぺらぺらと喋っている。


「しかし、一色の買い占めが姫様で、アタシがこれっていうのは、何だか負けた。まぁ、最初から負けてんですけどねぇ」


 首を傾げる私に、リアンが笑った。


「一色で統一するのは、相手がいますっていう意味。普通は、二三色、家族が入れるから。でも、お相手が何人もいる人も多色になるけど」


 貴族の娘達の殆どが一色である。

 それが普通と思っていた。


「許嫁がいる方や、高貴な方は一色でも意味が違うから。たぶん、お家の色をつけているっていう意味もあるね。

 でも姫の鈴は、あの人が買ったから、お家の色って訳でもないし。」


 そう笑うリアンは、二色、濃い紫と金色である。


「アタシはモテモテでこんな色になった..訳じゃなくて。近所の姉さん方がご利益を分けろって自分たちの色を押しつけたんですよ。酷い」


 エウロラは、七色というか、多色すぎて数える気もおきない。

 だが、賑やかでおもしろい。


「姉さん方って?」


「白夜街のお姉さん達ですよ。金持ちの男が寄ってくるようにってね。どうせ相手もいないなら、鈴のご利益を土産にしろって、じゃらじゃらと」


 控えは観覧席の裏側にある。


 位置関係は、王城を背後に王族などの上位貴族の席が舞台正面北側。

 それを挟むように、右側東が貴族席、左側西が神殿関係者、そして左右に続き広がるように裕福な階層の者の席が続き、かえって舞台がよく見える舞台正面、王族を眺め上げるようになる席の無い場所に民がひしめく。


 舞台と王族そして王城を、民は見上げるのだ。


 踊り手は神殿側の座席下を通り抜けて、水辺に面した仕切の中で休憩している。

 他の芸人などは、反対側の貴族席の下を抜けてになる。


 楽団などは、舞台下にもうけられた場所で準備をしたり休憩をとる。


 舞台が大きく段になっているのも、下の空間を利用する為だ。



 休憩をしていると、ゲルハルト侯爵とバフォー達教師がやってきた。

 娘達が固まっている場所を巡り歩く。

 体調を聞き、励まし、ほめているのだろう。


 ゲルハルト侯爵は、私を認めるとやってきた。

 そして、リアン達から私を連れ出すと、囁いた。


「アレは、家に縛り付けてきた。祭りが終わった後、時間があるようならば、立ち寄っていただけないだろうか。

 貴女の晴れ姿を見たがっていたから。

 公爵殿にも伝えておくが、まぁ、気が向いたらでいいのだが。」


 私が頷くと、彼は少し笑った。

 青白い顔が更に白く、その瞳は暗かった。


「神殿がな、武装勢力の元を知っていると言い出してな。

 それも諸悪の始まりと今回の凶事、諸処の異変の原因を把握していると今更言い出しおった。


 把握していながら、沈黙していた。

 と、神殿総意として公王陛下の前で陳謝した。


 それにより、軍部と神殿の情報交換が始まったのだが、祭りには間に合わなんだ。


 隠し事が多すぎてな、それを確かめるのに時間がかかっている。

 悪意を持つ者がいるという事なのだが、それがどうにも要領を得ない。

 只、神殿が隠しているというより、神殿の者の説明を我々が理解できないのだ。

 どうしても、わからない事があり、その間を埋める作業が難航している。


 共通の認識は、祭りを妨害、危害を加えようとする者がいる。

 それも、この娘の舞いという儀式をだ。


 公王陛下は、この祭りが護国と慰霊であり、中止する事を認めなかった。

 そして、神殿の意見としては、この祭りを行わなければ、災いが増すという。


 根拠無き意見として軍部は認めなかったが、ここにきて、軍部が彼らの意見を受け入れた。


 つまり、この後、貴女は踊らぬ方が良いと思うのだ。」


 私は侯爵を見つめ返した。


「わかっておるよ。すべての娘に同じ事を言いたい。


 皆、踊らずに逃げよ、とな。


 だが、我は言うことができない。


 故に、我も一緒に災いを受け止める。


 されど、逃げられる者は逃げて良いとも思う。

 他の娘にも、そう言いたいが言えぬ。

 王家に仕える者の子は、逃げてはならぬ。

 それが、これまで王家の庇護で生きてきた者の義務だ。

 だが、それ以外の娘は逃げても良いと思う。

 思うが、神殿は、踊る娘の数を指定した。


 数が少なくとも災いが降るとな」



 数の指定。

 私は、その情報に強い怒りを感じた。


 では、少なくとも神殿の人間は、娘の命を死す迄とは言わずとも搾取していたという事だ。




「護国慰霊の舞いには、必ず、踊らねばならぬ娘の数があるようだ。

 ただし、それはいつも同じではない。

 今度のように、人数を多く求めたのは初めてのようだ」


(どうやって決めるのです?)


「軍部も同じく問いただした。


 すると、神殿長が言うには、託宣だという。


 託宣などと言う曖昧な返答に納得がいくわけもない。

 重ねて問うと、こう答えたそうだ。


 古の物に宿る智者に問うと。


 では、智者が宿る物を見せよと求めると、神殿長その他の神官が、複数の品を持参したそうだ。


 それぞれの品の何れかに、智者が時折宿るらしい。


 馬鹿げた話だが、それに人が乗り移ったかのように答える。と、言う。


 ある時は、小さな人形に、ある時は、硝子の置物に。」



 そして、ある時は、鏡に。




 ナリスだ。




「示された品々に、皆が見守る中、問うたが答えはなかった。

 だが、虚偽であるとも断言する事はできなかった。

 その智者の託宣を公王陛下も認め、そして、一部の軍人も虚偽とはしないと受け入れた。


 すべてを疑っていては、話し合いにもならないという妥協だ。


 悪意を持つ者、つまり、国家に仇なす反逆者を殲滅するとしても、その正体がわからない。

 神殿の者が言うには、この祭りの後ならば、彼らの力は弱まり、そして滅ぼせるという話だ。


 それまでは、どうも我らの今の力では物足りないという。


 馬鹿馬鹿しいと思うが、軍部も何故かそれを受け入れた。


 この祭りを静観し、その後に殲滅作業にはいると決めた。

 敵の居場所を知っているかのようだ。

 ならば、祭りなど取りやめにして、先に滅ぼせばよいのだ。

 と、思う。

 思うが、無理なのだろう。


 だからな、せめて貴女は、踊るのを止めてはどうかと思う。

 馬鹿な大人が何を言っているのかと、思うが。

 貴女は、まだ、子供なのだ。

 事情があろうと、何であろうとな。

 無事である事が、子供のつとめ。

 生きて無事なのが、親の願いなのだから」


 私は侯爵を見つめた。



 人は優しい。

 人は残酷で利己的で、そして罪深く、そして優しい。

 本当に優しい人は、苦しみを知っている。



 私は力無く下げられた侯爵の手を握る。

 そうして、次の踊りに備えた。







 更に人が増えた。

 壇上にて踊る。

 華やかな踊りに、皆が手拍子を送り、歓声があがる。


 見守る客席も、最初とこの踊りが無事に行われている事に安堵が増す。

 晴れ渡る空に白い月が西に沈む。




 あぁ、闇だ。

 闇がくる。


 そんな思いが踊りの中にありながら、よぎる。


 輪になり、そして広がり、踊りながら、私は探す。


 あふれる寂しさから、探し回る。


 見知った顔を見て、その姿がちゃんとある事に胸をなで下ろす。


 次だ。


 最後の踊りが凌げれば、大丈夫。



 貴方の人生は、穴には還らない。



 大丈夫。








 再びの休憩。

 今度は長い。

 日没と共に最後の踊りを踊るのだ。

 飲み物や食べ物が配られる。


 二回の踊りで、娘達はいくらか緊張と不安が薄れたようだ。


 このままなら、何事もなく終わる。


 そんな安堵が皆の中にあった。


 見守るバフォー達も、表情が明るい。


「芋娘の芋掘り踊りも良い具合だ。

 どうだ、誰も調子の悪いのは、いないか?」


「爺さん、芋芋言うなや。何か呼んでるみたいだよ。行かなくて良いのかい?」


「お前の爺さんじゃぁねぇ。おう、呼ばれているようだ。おとなしく休んでいろよ、芋娘ども」


 いつものやりとりに、笑う。

 祭事方に呼ばれるバフォーの背中、段取りを確認する踊りの教師達。

 談笑する人々、リアンの微笑み、貴族の娘達が髪をなおしあう姿。

 飲み物を配る人、差配するが忙しく動く。



 あぁ、と、私は言葉にならない声を出す。

 あぁ、生きている。

 素晴らしいと感じながら、胸いっぱいの悲しみが押し寄せる。



 この営みを何故、害そうとするのか?



 休憩所にも舞台や観覧席からの、たくさんの喜び楽しむ声が聞こえる。

 これこそが、皆の楽しい嬉しいという感情が、魂を慰めるのだろうに。






 孤独な魂なのだろう。



 信じる事も、共にあろうとする事も、並び生きていこうとする事もできない者は孤独だ。


 違いを認め、居心地の悪い場所でも、己を肯定し相手を裁かない事を、弱いと思う者は、孤独なのだ。



 孤独は、蝕む。



 人は、集団になる事で生き残ってきた。

 一人では、生き残れない生物なのだ。


 だから、孤独だと感じた時。

 他者が忌まわしいと感じた時。

 絶望する前に、歩みを止めて、呼吸をし、そして生きる世界を見なければいけいない。


 自らが、孤独を選んでいないか?

 己を、否定していないか?


 そして、寂しさや悲しみを、不安と共に拒否していないか?


 寂しさや悲しみを感じたら、そのままに受け入れ、泣きくれてもいいのだ。

 明日を望まず恨み言を並べて、悲しんでもいいのだ。



 悲しんでいいのだ。



 己も他者も否定しない。



 私自身も、孤独だと思って生きてきた。

 だが、違う。

 生かされていた。


 知らぬ所で、たくさんの命に支えられてきた。


 父母やその友、そして、私を拾い上げてくれた人々、かかわり合いになった人達、見知らぬ人々もだ。


 繋がった命。




 本当に孤独な魂は、悲しみも苦しみも否定する。

 憎しみと妬みがあふれ、根底には恐怖があるのだ。


 自分以外の者が怖いのだ。


 人が怖いのだ。


 孤独な魂が、救うのは、誰かの暖かい手ではない。

 救うのは、己だ。

 己自身で救わねば、誰も助けの手を伸ばせない。

 何故なら、その助けの手でさえも、恐怖であり悪意にしか見えないからだ。




 顔も知らぬ相手を傷つける事ができる者。

 個人を否定し、命を奪おうとする者。

 弱者を不必要とする者。

 いずれも、己が生きやすい場所を確保しようとしているが、それにより己も生きずらくしている。



 何故なら、人である限り、弱者であり奪われる立場になりえるからだ。


 他者を尊重し、弱い立場の者を支えようとする事は、己を守り支えるのと同じ意味である。











 なんとなんと、立派な御高説は、誰の考えだ?

 慈悲深いのは、誰の意識だ?

 精霊の娘、救い主よ。

 賢いつもりの供物の女よ。

 賢しらに身を投げ出して、それで誰を救えると思っているのだ?


 彼らが、救うに値すると誠に思っているのか?


 愚かで醜い者共を、己が命で贖う意味が、誠にあると思うのか?



 不意の問いかけに、私は驚きもせずに頷いた。

 ようやっと、グリモアが口を開いた。



(是だ。


 これも又、我也。


 魔導の書たる御前の望み道理、我も又、その血肉になろう。

 父母の血を注ぎ、理に沿い、人を生かす為に。


 我は、生かす)




 私の答えに、彼らは笑った。


 何故か知らねど、その笑いは、優しかった。








「君達は、どうして踊るのを止めなかったのかい?」



 問いかける声が聞こえた。


 拾い上げた声は、奇妙に笑いを含んで聞こえた。


 不可思議な事に、グリモアの笑いが優しく思えるというのに、この者の言葉には刺を感じた。


 だが、発言した当人の表情は、心配に曇っている。


 セイルだ。


 彼は菓子袋をもってきたようだ。

 休憩所の菓子袋は大きな物で、それを休憩する娘達の真ん中に置いた。

 手を伸ばす娘達に、彼は心配そうな視線を配る。


「そりゃ、踊れっていうからだろ。何言ってんだよ」


 エウロラの答えに、セイルが肩をすくめた。


「その子も、あの子も、踊りを辞退してもお咎めがないし。君らのように雇い主から言われた訳でもない。物好きな話だと思ってね」


 リアンと私に向けての言葉に、エウロラが笑った。

 酷く、不愉快そうな笑いだ。


「へぇ、そうかい。じゃぁ、アタシ等は良いって事だね。へぇ、アンタ、そういう考えかい?

 お優しい奴なんだねぇ。ちょっと盲点だったよ。

 馬鹿だねぇ、本当に、やっぱりアタシは馬鹿だよ。まぁ馬鹿で結構だけどね。」


 それにセイルは、あわてて返した。


「君達を蔑ろにするとか、そういう意味じゃぁないんだよ。ただ、向こうのお嬢さん方が、酷く、気を滅入らせていてね。

 それに比べれば、君達が楽しそうだからね」


 セイルは困ったように頭を掻いた。

 それにリアンが言葉を挟んだ。


「楽しいよ。ダメなの?」


「心配じゃないのかい?」


 他の娘達も、セイルの言葉に会話を止めた。


「倒れた原因も分からないし、未だに物騒な事件も解決していない。噂では、武装集団が祭りを妨害するという話じゃないか」


 噂とは初めて聞いた。

 どうやら、セイルの言う噂は、物騒極まりないようだ。

 だから、貴族の娘達は悲壮なのだろう。


「つまりアンタは、私達が馬鹿で、暗い顔をしていないのが不満なんだね。」


 エウロラは、笑うと牙を剥いた。

 にやにやと笑い、犬歯を剥き出しにした。


「アンタ、セイルって言ったね。舞踏家のセイル、よく覚えておくよ。親切でお優しいセイルの旦那。

 暗い顔をしているお嬢様方の機嫌でもとりにいきな」


「おいおい、怒らないでくれよ。心配しただけじゃないか」


 エウロラは取り出していた菓子を袋に戻した。

 そうして他の娘の手にしていた菓子も戻すと、セイルに押しつけた。


「さぁ、あっちのお嬢様の所へいきなよ。アタシ達は楽しいから、取り持たなくていい。萎びた爺さんの方が、まだましだよ」


「誰が萎びた爺さんだ」


「ありゃ、戻ってたのかい」


 セイルの肩を叩くと、バフォーは指を背後に向けた。

 誰かが呼んでいるらしく、セイルはエウロラ達に再び謝ると場を離れた。


「悪気はないんだ」


 バフォーの言い分に、エウロラは笑いを消した。


「爺さんとは違うね。ありゃぁ、真っ黒だ。腹黒だね」


「なんでお前はそういう人の粗を掘るんだよ。あのオヤジに似るんなら、もう少し別の部分をだな」


「オヤジは、どこもかしこも立派なイカレ野郎だろうが。アタシはまだましだろ。ところで、あのお太鼓持ちは、どこに居着いているんだい?」


「知らねぇのか、三番街の椿だ。あそこの女優のお気に入りだ」


 わからない様子の私に、エウロラが話しかけてきた。


「白夜街の一番街が、お貴族様連中が通う高級劇場なんですよ。それが一番二番と格を下げていく。

 三番は、裕福な庶民が通う、まぁそこそこの商売をしている店が多いってところですかね。

 椿ってのは、椿の花の屋号を持つ店の事です。

 まぁ、女も斡旋してる店ですね。

 で、そこの女のヒモって事で、あぁ、姫にヒモの意味を」


「教えねぇでいい。首を斬られるぞ」


「げげっ、そういや、あの旦那持ちですもんね。ヒモの意味は旦那に聞いたりしないでくださいよ。アタシの命が無くなりますから」


 それから娘達は、再び楽しげな世間話に戻った。

 それを見ながら、リアンは少し考えるように言った。


「楽しくしちゃ、ダメかな」


 リアンの呟きに、エウロラが鼻を鳴らした。


「くだらない事を言う奴は、生きてりゃ何処にでもわきますよ。

 生きる事を楽しんで何が悪いんですか。

 人を虐げてる訳でも、罪を犯している訳でもない。

 そうでしょう、姫様。

 アタシはね、優しいフリをした、意地の悪い奴が大嫌いなんですよ。

 親切ぶった助言をしたり、内心では笑っている癖にお悔やみを言うような奴がね。

 特に人の楽しみに水をさすような奴は、厭な奴ですよ。

 それもさも良い人ぶった野郎ほど、厭な奴はいない。」


「その辺にしとけや、エウロラ。

 あの男のような奴は何処にでもいるだろう」


 バフォーの言葉に、彼女は笑いを消したまま返した。


「何処にでもねぇ、あぁいやだいやだ」







 徐々に陽は傾く。


 今日が終わっていく。


 私は美しい空を見上げて、思う。


 もっと、一緒にいたかった。


 約束通り、見知らぬ暖かな国で暮らしたかった。


 くだらない日々の話をしたかった。


 濃密に関わる必要など無い。


 ただ、元気に過ごしている傍らで、時々姿を見かけて声をかける程度でいいのだ。


 もっと、一緒に。



 見上げた空は藤色に染まり、提灯に火が灯る。



 欲深いものである。

 私も人である証拠か。

 だから、今日を今のこの瞬間を名残惜しむ。


 そして、出番を待つこと無く、走り出て、側に行きたいと思う。



 だが、わかっている。


 陽が傾きだした時から、奇妙なざわつきを感じている。


 うねるような動きをだ。


 都中の敷石一つ一つが、囁いている。

 懸命に、その力を振り絞っているのが、わかる。


 私は衣装を改める。


 髪をなおし、鈴を撫でる。


 大丈夫だ。


 この美しい世界を壊す者を許しはしない。

 許すのは、理にそう真摯な者であり、愚かしさを認める者だけに向ける。


 供物の勤めを果たす。


 死者の宮殿の主に捧げよう、愚か者を全て。





 リアンやエウロラ、そして娘達に続く。

 静かに舞台にあがる。


 今までとは違い、最大の長さで踊り続ける。

 音楽は静かに始まり、私達は動き出す。



 陽は更に傾き、すでに夜は訪れようとしていた。

 一瞬の輝き、薄暮の中で、暗い新月の晩が訪れる。


 私達は踊る。

 輪になり、鈴を鳴らし、踊る。

 すると、都中の魔除けが震え始めた。


 鈴が鳴り、その音が魔除けに反響し始める。


 水の流れも囁きを止めて歌い出す。




 波紋が都の隅々に行き渡る。


 音楽と娘の踊りとは別に、魔除けが祈りを呟き始めるのが聞こえた。




 鎮魂の言葉と慰撫、それは人々の無意識に染み渡り、心を平らかにしていく。


 ここまでは、正しい儀式の流れが産まれている。


 見事な様式だ。


 祭りによって得られた人の昂揚した生気を鈴の音に乗せる。

 鈴の音に運ばれた生気は魔除けを共鳴させる。

 年に一度、この共鳴をさせて力を巡らせているのだ。


 なぜ、当日のこの最後の踊りだけが、特別なのか?


 これこそが、娘達の命が削られた理由を解く鍵だ。



 踊りは上段の貴族の娘達との混合した輪舞へと変わる。



 無意識に探した姿は、昼から同じ場所にあった。

 安堵と共に、再び、力の流れを追った。

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