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冬の狼  作者: CANDY
降臨の章
253/355

ACT222 巣箱の蜜蜂 其の四

 ACT222


 家々の軒先、街路樹、門扉の先。

 色々なところに、様々な提灯が吊されている。


 色とりどり、形も様々。

 雨に濡れても良いように、いずれも笠が乗っている。


 祭りは十日間。

 仕事が終わる宵の頃から始まり、深夜で終う。

 出し物は大きな噴水のある、あの中央公園に多く集中している。

 それでも、都内の数多ある公園には、それぞれ屋台や出店、大道芸などがかけられている。

 十日間の間は、許可を受けた芸人達が公園を占拠するのだ。


 その最終日に、娘達の踊りがあるのだが。


 その祭りを目前に、娘達の踊りの練習にも熱がはいる。



 下町の公園で、娘達は鈴を鳴らしている。

 やっと鈴付きの練習だ。






 本名バレリア・フォッセ・ドノヴァン。


 バフォかヴァフォー、エウロラによれば、バフォー爺さんの事だ。


 彼の長い名前は、芸名ではない。


 この立派な名前は、歌舞音曲の才に優れた彼に対して、神殿の祭事方から与えられたものだ。

 ドノヴァン領フォッセ神殿のバレリア。

 ドノヴァン領は西の遺跡群に近い場所にある。

 バフォーはそこの出身だ。

 そのドノヴァン領のフォッセ神殿が、彼の才能を保証した。

 つまり、フォッセ神殿の祭事方推薦で都に出てきたのだ。



 バフォーは、春の踊りの再編に関わっている。

 様々な芸術活動を長年続け、到達したのは王国一の舞踏振り付け師という名声だ。

 もちろん、彼自身舞踏家としても非凡である。

 しかし、年を重ね後進の育成と舞台芸術にその活動を移した為に、今は高名な振り付け師であり、創作舞踏の考案者という位置にいる。

 踊る事に関しては、その知識も深い事だろう。



 その彼もセイルと同じく、娘達の踊りを踊ってみせた。


 誰も何も言えない。

 老境に近いというのに、その肉体は無駄な部分が欠片もなく、素晴らしい動きを見せた。

 娘達が華やかな衣装で誤魔化す動きを、簡素な衣服で正確に踊ってみせる。

 迷いのない指先まで神経の行き届いた踊りには、ただ黙って見入るだけだ。


 装飾も誤魔化しもない。

 正確でありながら叙情的な踊りは、舞踏芸術だ。

 彼が言うとおり、エウロラや私達は芋掘りだと実感できる。


 もちろん、彼は皆にそこまでを望んでいない。

 娘達が、元気に楽しそうに踊れば良いのだ。

 ただし、あからさまに間違った動きで無様な様子でなければ。と、いう注意書きがつく。


 集団の踊りは、集団であるからこそ少しの乱れが目につく。

 そして春の踊りは、鈴の音も揃っていなければ、下手くそが余計に目立つのだ。


 そこで今回も、鈴を鳴らす場所と鳴らさない動きをバフォーが踊ってみせた。

 喋りながら踊っているのに、余計な鈴の音などしない。

 そして踊るバフォーの足音も聞こえなかった。


 リアンもエウロラも、そして娘達も、半分口が開いたままだ。

 そうして手本を見せた後、バフォーは当日の踊りの構成を教えた。


 昼、一回。

 基本的な踊りを見せる。

 基本の踊りを輪舞で見せるが、踊る時間は短い。


 そして昼から二刻後に、一回。

 この時は基本の踊りを二回踊り、貴族の娘達と下町の娘達が分かれて踊る。基本の踊りに、少し手を加えて、二通りの違う舞いをさせるようだ。

 最初の輪舞を二組に分けて、時間差を加えて踊らせる。

 見応えがありそうだ。


 そして夕暮れに、一回。

 本来は陽が暮れてから、本格的な娘達の舞いが始まるのだが、今回は夕暮れ時で終了する。


 最後の踊りは、昼と同じく皆で輪舞から始まり、二組に分かれて踊り、最後に再び合流して踊る。

 基本の踊りを幾度も繰り返すため、一番長い。

 祭りの結びであるから、それは当然なのかもしれない。






 一つだけ、わかっている。


 コンスタンツェとオロフが襲われた時、理解したこと。



 魂の循環に戻れないとは、消滅する事よりも恐ろしいという事。



 過去、現在、そして、明日の私。

 わからない事。

 わかった事。


 名無しの求める物。

 名無しとなる前に欲した事。


 春の祭り花祭りの娘達の踊りが、魔除けと守護に作用するなら、それを私が実際に体験すれば良いのだ。

 力を通せば、どのような作りであるかは、すぐにわかる。

 それが壊れていれば、感じる事ができるだろう。



 私はターク公に踊る事を伝えた。



 ターク公、そして公王は、反対した。


 犠牲は必要ではない。

 そして、私が死ぬことこそが、この危うい均衡を崩すきっかけになるとも。


 そうだろうか?


 リアンのように素直に自分に問うような性格ではない。

 だが、私は確信している。

 私が死ぬ、消える、その事が過ちとして、彼らの裁定に影響を与える事は無いと。


 私は、いつでも試されている。

 私の死で何が変わるというのだ?

 とも、思っている。


 生死が試されているのではない。

 生き残る事が最善ではない。


 死が破綻を早める事は無い。

 私が、何もせずに死ぬ事が駄目なのだ。


 生き残る為に努力するのが人として正しいかもしれない。

 だが、生き残る為だけに懸命では、彼らは満足しない。


 導いた人々の命を、喰らった身なのだ。


 だから少なくとも死んだ者、グリモアが吸収した者達の、真実を知らなければならない。



 踊れば禍々しい事が身に降りかかる?


 ならば、他の娘も踊らせてはならない。

 祭りを止めることができないのなら。


 私は踊る。


 そして、見極めよう。



 間違いではないだろう?

 答えのない身の内の者へと言う。



 一つ、わかったこと。

 名無しは、名無しとなる事で、還る場所を失った。

 アンネリーゼもエイジャもいなかった。

 だから、彼らの行いを止める者がいなかった。


 循環から外れた魂は、どうなるのか?


 コンスタンツェとオロフを襲った者が、一つの答え。

 そして、フェリンが人形をつくる意味。

 ディーダーを支配し、欲した事。

 私の血肉。


 名無しの行いはわからない。

 否、名無しとなる前に男が欲した事、為した事はわからない。


 だが、一つだけ理解した。


 愚行の結果は何か?

 領域の破砕ではない。

 アンネリーゼがくい止めている物でもない。


 魔除けの効果を見極めれば、確証が得られるはずだ。



 神の創りし枠よりこぼれた落ちた者は、どうなるのか?

 化け物とよばれる異形でさえ、滅すれば魂の循環へと戻る。

 それが理の世界。


 では、還らぬ者は?



 一つ、わかったこと。

 私は、招かねばならない。

 見失った者達を招かねばならない。


 それが、一つわかった。






「踊るのはいいが、どちらで踊る?

 お嬢ちゃんは、こっちで踊る必要はないだろう」


 参加を伝えると、思いの外、バフォーは暗い表情をした。


「いっちゃぁなんだが、ケチのついた祭りだ。

 成人前のお嬢ちゃんが、無理に踊る必要はねぇんだ。

 それに踊りたくて踊る訳でもなかろう?」


 流石に、その点はすぐに見抜かれた。

 踊りは楽しいが、祭りを楽しむ気分は無い。


 練習の休憩時間を見計らい、私とバフォーは話していた。

 噴水の縁に腰掛けている。


 他の娘達、リアンやエウロラはのびていた。

 木陰で水分を補給している。


 そして、シュナイに表面上変化はない。

 いつも通り、私達についてくると黙って見ている。


 ただ、その瞳は相変わらず美しい色でありながら、虚ろであった。


「何で踊りたいんだ?」


 バフォーの問いに、私は暫し考えた。


 私は穏やかな春の景色を見回した。

 そして、バフォーの膝に置かれた手に手を重ねた。



(私がこの場所に、この時期に、存在する理由のひとつだから。


 私は、試されている。


 踊る事により、答えがわかると考えている。


 それに答える事が、父母や親しき人々、そして郷里の者への誠意だと思う。


 私は、生かされてこの場所にいる。


 だから、踊る。

 踊ることで、私の答えが得られるからだ。


 踊りを冒涜するつもりは無い。

 だが、私が踊る事で何かが、そして誰かが救われるのならば、踊らねばならない。


 踊りを生業にする貴方から見れば、誠に訳の分からない話であると思う。


 只、これは私に与えられた問いなのだ。

 これは私という人間に対しての課題なのだ。

 祭りで踊る。

 皆のように、祭りを楽しむ事が、本来の正しい姿である事は理解している。


 だが、悪意がそこに潜んでいるのならば、この卑小な我が身により退ける事ができるのならば、私は踊らなければならない。


 師よ、この踊りの事を、貴方はどれほど知っておられるのか。

 知識を私に、分けてもらえないだろうか?)



「お前さん、何者なんだい?」


 バフォーは私の手を握り直すと、顔をのぞき込んだ。

 その強情そうな表情に、私は笑みが浮かんだ。

 どうやら踊りの師は、シュナイとは違い、予想外の事に動じる性分ではなさそうだ。



(私は見たままの者。踊りを教えて欲しい。その知識と共に)



「見たままか」


 バフォーは息をゆっくりと吐いた。


「踊りなんぞ、簡単に覚えられるだろう。芋娘の練習に混じる必要は無い。基本の踊りを覚えたら、個別に教える。合同練習になれば、輪舞の要領もすぐにわかるだろう。

 こいつらに混じると、逆に覚えるのが面倒になるからな」



 練習の後、バフォーと私は話をする為に残った。

 リアンとエウロラは一緒に帰る。

 そしてシュナイとテトは、私達についてきた。

 私達は夕暮れ時で賑わう商業区へと足を運んだ。

 小さな居酒屋に入ると早めの夕食を頼む。


「旦那、酒はどうする?」


「仕事中だ」


 バフォーは酒、シュナイと私には水を注文した。

 明るい室内に、程良い活気のある店だ。

 家族で営んでいるのか、厨房に夫婦、そして注文をとりに、腰の曲がった老婆が働いている。


「さっそくだが、お前さんが見たままというのなら、その通りのお人だと理解している。

 一人、二人と、長い年月を生きていれば、お前さんと同じような者を見たことぐらいはあるからな」


 私はバフォーの手首に指を添えた。


(私と同族の者が生きているのですか?)


「たぶん、同じだと思う。俺が若い頃には一人二人。この国では、あまり暮らしやすくないから、流れていった。

 お前さんと同じような耳をしていたから間違いない。

 俺は美人を忘れないからな。」


(そうですか)


 絶滅、した訳では無いのだ。

 今までに無い、安堵を得る。


 どこかで生きている。


 この国で存在を明らかにすれば、宗教的御柱にされかねない。そして公王はアンネリーゼの後継者を探していた。

 私はよいのだ。

 だが、他の精霊種からすれば、この国の全てが恐ろしく思えたろう。


「お前さんは、ずっと練習を見ていたから、基本の動きは理解している。踊りの動きの組み合わせもだ。頭でわかっている事を体で再現するのが、殆どになる。

 だから、一通り踊らせて、そのつど修正する。

 一日二日あれば、見られる動きになるだろう。

 これまでも、他の奴らと動いていたわけだしな。

 後は全体の構成と輪舞としての動きになじませればいい。

 まぁ、こんな具合で、エウロラを踊らせる難題にくらべれば、お前さんを踊らせるのは簡単だ。

 なにしろ、お前さんは、そういう風なアレだから」


 どういう意味かと首を傾げる私をよそに、バフォーはシュナイに言った。


「旦那は知ってるのかい?」


「何をだ」


「まぁいいか。お前さんの仲間は、踊りが好きなのさ。だから、おおっぴらに都で暮らしていないくせに、ちょくちょく白夜街に通っては楽しんでいた。だから、俺もちょくちょく見かけたってわけだ。

 だから、生まれつき踊るのがうまいのさ。

 お前さんが喋れれば、歌も上手かろうに残念だ。

 世の中がもうちっと良い方向なら、お前さんの仲間も楽しく生きていたんだろうになぁ。」


 料理が運ばれ、会話が途切れた。

 次に口を開いたのはシュナイだった。


「貴女は、本当に..」


 私は指を上げた。

 触れていいかと目で聞く。

 すると、シュナイは手のひらを差し出した。

 私は軽く手を乗せた。


(滅びたと聞いていました。だから、生きている者がいると知ってうれしいですよ)


「貴女は..」


 何を問いたいのか分からない。

 なので一応答えた。


(精霊種ですよ。私は母以外の同族にあった事はありません。)


 シュナイは瞬きを繰り返した。

 まるで散漫になる意識をかき集めているように見えた。


「旦那、急に拝み出したりしないでくれよ。わかっているとおり、珍しい娘は浚われたり、ろくでもない目にあいやすい。しっかりしてくれよ」


 小声だが、バフォーの表情は険しい。

 歯をむき出しにするようにして、囁いた。


「..あぁ」


「いつもこんななのか?頼りねぇな。

 で、話を戻すが、踊る事で何かあるとかなんとか、難しい話をしていたな。

 踊らせる事自体は、さっき説明した通り簡単だ。

 お前さんの素質は俺が保証する。

 で、何が今度の祭りでやばいか、教えて欲しいんだ。

 娘達が倒れたなんぞ、今までにないからな」


(師が踊りに携わるようになったのはいつ頃ですか?)


「四十年ほど前か」


(公王代替わりで一年行事が中止になった頃は何をしていました?)


「あの頃は都の雰囲気が悪くてな。どさ回りしたりと地方興行に力を入れていたな。

 五十年ぐらい前だよな、春の花祭り用の踊りの最初の改訂がその十年前、で、前任者が交代したのも代替わりの時だ。神殿が再び改訂して二度目。そして俺に踊りの監修依頼がきたのが十年後だ。」


(では、最初の踊り、儀式としての舞い以前からの変化をご存じか?)


「そりゃぁ監修を国と神殿から依頼されたからな。調べたぞ。

 元になった人族種の踊りは、簡単な男女の輪舞だ」


(男女?)


 男女の踊りとは初めて聞いた。

 驚く私に、バフォーは頷いた。


「女だけの踊りの部分もあるが、本来は成人男女の踊りだ。

 結婚できる年齢になった男女のお披露目ってわけだ。

 地方文化の民族舞踊では珍しくない。

 分散する人口を一つに集めて、婚姻可能な男女を見せ合うってのは、何も驚く事ではない。そうすりゃ、二つ先の村の娘が美人かどうかもわかるしな」


(それがいつから女性だけの踊りに?)


「この国ができた頃、女児が成人まで生き残る率は低かった。そこで男女の踊りから、女児の成長を祝う踊りになった。


 男児の生存率より、女児が低かったのは風土病と考えられている。


 この土地は渇水に苦しめられていたが、地下水脈がなかった訳ではない。

 しかし、その地下水脈は重金属の含有率が多かったそうだ。」


(東の鉱毒と同じですか?)


「否、ここの土地そのものが、耕作などに向かない不毛の地だった。

 土に金属、それも有害金属が含まれている。

 だから、都の建築に際しては、古い遺跡の上にしたらしい。


 それでだ、男児は新生児の死亡率が高かったが、内臓の成長が女児より早い。

 濾過と排出器官が成人と同等になるのが幼児の頃。

 なので新生児の段階で生き延びると、その後の死亡率が下がる。


 ところが、女児の濾過器官は男児より早熟なのだが排出機能は男児より劣る。

 その為に有害物質の蓄積率があがり、成長が追いつかずに幼児での死亡率があがる。

 上水が完全に都を満たすまで、女児の成長は奇跡に近いものだった。

 で、神様に感謝し、娘達をこれからもみまもってくれと娘の舞いに変わった訳だ。」


 料理に手をつける。

 酸味のある餡掛けの麺だ。


「女児の出生率云々は、人族の祭りと人族の事情だ。

 成り立ちを見れば、春の祭りは人族の祭りと言える。

 収穫祭もかねる秋の祭りが、他種族の特色をだしているが神事ではない。

 神事としての様式を取り入れたのが、この春の祭りというわけだ」


 肉料理に手をつけていたシュナイは、バフォーの言葉に何かを考えるような表情をした。


「神事としての様式とは、何だ?

 私には、踊りは只の踊りにしか見えない。

 神事の踊りと祭りの踊り。何が違うのだ?」


「そもそも踊りの元は、神様へ向けての物が殆どなんで。

 後は、意志疎通をする為に生まれた。

 腕の動き、足の動き、声も音も加われば、それが人間同士の言葉以外の会話方法だった。

 言葉という道具以外での、意志を表現する方法だった。

 鳥が鳴き羽を動かすように。

 山野の獣が特別な動きをするように。

 俺たち人間は、踊る歌う、動く叫ぶと意志を表現した。

 それが洗練されていくと、今の舞踏や歌になる。

 神事としての舞いを取り入れたとは、舞いの形に神への意味を持たせたという事だ。

 例えば腕の動きで、喜怒哀楽の意味をこめる。

 そして、動きにより言葉とは違う表現による意志を見せる。」


(神に?)


「そうだ。まぁ冷めないうちに食べろ」


 私達は暫く料理に集中した。




 徐々に仕事帰りの男達で店内が賑わい始めた。

 戒厳令は夕暮れ時の鐘から四つで区画の門扉を閉める。

 二刻で一つの鐘なので、本来なら夜間営業の店が客を呼び込む頃だ。

 夜遊びができないのなら、せめて一杯飲んで帰ろうという訳だ。


「おかげで昼興行が儲かるかといったら、そうでもない。人改めが毎日のように入るからな」


「仕方があるまい。白夜街は特殊だ。人の流動性が一番高く、人別から漏れた者がいくらでもいる」


「貧民も移民も、そして罪人も、まっとうに働いて税を払うなら文句はないでしょうが。それにお目こぼしをしているのは、お偉いさんだ。このお綺麗な場所にも物乞いもいれば娼婦も、そして後ろ暗い輩なんぞ掃いて捨てるほどいる。」


(都に入るには、厳しい身元の改めがありましたが)


「厳しい改めの中で、使い捨てに便利な人間を取り分けるんですよ。お偉いさんの使い捨ての玩具ってところだ」


「余計な事を彼女に言うな」


「余計な事じゃぁ無い。

 知っておいた方がいいって話だ。

 こんだけのデカい街で暮らしていくには、良い日もあれば悪い日もある。

 昨日まで裕福でも、今日から家もないなんて奴だっている。

 貧乏と病は、人生の中で逃れられるもんじゃない。

 不遇の身に落ちたら、このお綺麗な街からさよならか?

 そうじゃぁない。

 ここは豊かだ。

 そして救いが無いわけじゃない。

 普通からこぼれた人間が行き着く先もある。

 まぁ、路上で死ぬにしろ、ありがたい事に、この都にはでっかい魔窟があるからね。」


「いずれ無くなる。」


 不愉快そうなシュナイを見やると、バフォーは鼻で笑った。


「警備隊の旦那には、そりゃ腹立たしい事だろうがね。

 犯罪の温床だと思ってるんでしょうがぁ、まぁ、それも事実ではある。

 ただね、お綺麗な場所を守る為に、ごみ溜めをつくったのは、御貴族様なんですがねぇ。」


 バフォー言う魔窟とは、白夜街の事だ。

 莫大な税収入をもたらす歓楽街は、いわば国の事業なのだ。

 白夜街の区画だけは、人別の管理が違っている。

 余程の重罪犯でなければ、金ですべて解決がつく。

 ただし、正しい金の使い方をしなければだが。


 白夜街を統括するのは、神殿である。

 ただし、税収入は国へ、信者は神殿へとなる。

 金は国へ吸収され、人は信者という財産になる。


 そして人別から漏れた人々をまとめる者達は、金で暮らしを保証されている。

 人別から漏れた人々は、都で暮らす事はできる。

 だが、その生死は安く売り買いされ、その末路も、例え犯罪に巻き込まれたとしても、死体を焼いて終わりだ。


 死も生も金で換算され、国に報告される。


 管理された病巣とも言える。


「そして一番重要な事は、それでも白夜街は必要なんですよ。低俗で下劣な場所から、生まれる物もあるからね。

 と、まぁ話がそれた。


 俺が知りたいのは、この間の娘達が倒れた事だ。


 お前さん達は、この世の中で、唯一、神様から許された存在だ。

 だから、不思議な事がおきたら、お前さん達に聞けばいいはずだ。

 昔の年寄り、俺の曾祖母さんあたりなら、お前さん達を見かけたら、拝んで頼み込んだだろう。

 子や孫、子供らが、何か悪い事に巻き込まれないか、拝んで見てもらった事だろう。」


「何を言っているんだ」


 バフォーの言葉にシュナイは鼻白む。


「医者も兵士も、国の役人も、おまけに神官様でさえ首を傾げている事だ。

 後は、神様にでも聞くしかあるまい?

 俺が聞いたところによると、結局原因は不明。

 集団での神経症状なんぞと訳の分からない説明で終わりだ。

 おかげで、貴族の練習風景なんぞ、まるで死出の見送りに来ているような顔の親御らで、いつも迎賓館がいっぱいだ。」


 私はシュナイを思わず見た。


「私も知りませんでした..」


「下町の練習とは逆に、祭りの踊りを楽しむ余裕なんぞ、貴族の娘達には無い。

 死にそうな面して、半泣きだ。

 こんなぁ祭りは、やる意味なんぞ無い。

 娘達の為の祝いがこれじゃぁ、神様だって嬉かねぇぜ。」



 ざわめく店内、誰かの笑い声、良い香りのする料理。

 酒の匂いと人いきれ。


 不意に浮かぶ。




 もっと簡素で荒削りな雰囲気の店に、二人は座り、歓談し、酒と料理を楽しむ。




 皆で、こんな風に、楽しく飲めるなんて。




 母と父とたくさんの人々。

 店内は賑わい、過去、同じく人々の中で暮らす。





 いつか、きっとうまくいく。





 幻の中の啓示。

 私の確信と共に、身の内の者どもが身じろぐ。




(娘達の命をかすめ取り、己が命を長らえようとする輩がいるのです。

 それはたぶん、私が見ることのできない、約束事がかかわっている。


 娘達が倒れた場所、つまり、あの舞台にも意味がある。


 だが、場所をうつしても状況は変わらないと思う。


 盗人は、娘達が踊る状況の何かが揃うと、ああして命を奪いにくる。


 故に)




 私は啓示のままに言う。



(故に、私は踊る。

 愚か者を導くのが、供物のつとめ。

 主が求めし、客を招く。


 娘達の命の輝きを奪わせはしない。


 すべて、うまくいく。)



「そうですかい」


 バフォーは杯を置くと、私を見たまま続けた。


「誰も死にませんか?」


 私は頷いた。



 娘達は、死なない。



 すべてうまくいく。



(愚かな虚言として、受け取られてもかまいません。

 こんな事を確信を持って言うなど、正気を疑うでしょう。

 ですが、少しでも私の種に期待をもたれるというのなら、お願いしたい。

 どうか踊りの意味を教えて欲しい。

 私は春の祭りを理解しなければならない。)



 啓示は続いている。

 賑やかな人々の声を余所に、仄暗い景色が脳裏をよぎる。



 暗い場所を掘り起こす、その姿が見える。

 薄灰色の空、黒い雲が流れる。


 名無しの罪状は間違いではない。

 あの溶けた化け物。


 私の中の者共は、ひれ伏した。

 私が回答に近づいたからか、アンネリーゼの記憶のおかげが。




 それから区画の門扉が閉じるギリギリまで、バフォーと踊りの意味を話し合った。


 シュナイは私の手を握ったまま、ずっと店の客を見ていた。









「ランドール殿からです。

 花嫁衣装のようですね..ズーラの靴も取り寄せました。

 早馬で、彼らの一番嫌う昼にも馬をとばしてきたそうですよ。

 彼らは姫が大好きのようですね」


 祭りの衣装だ。

 私の意志が変わらぬとわかると、公王は衣装をつくらせた。

 ズーラの透かし模様の布をふんだんに使った純白の衣装だ。


「魔除けの銀冠に、布と糸すべてを神殿にて清めました。

 ランドール殿お抱えの裁縫士を動員しての素早い仕事ぶりです。

 後は、鈴ですね。

 今日は鈴を求めに行きましょう。」


 バフォーとの話し合いから二日。

 今日は練習が無い。

 二つに分かれていた練習が、明日から統合して練習する事になったのだ。

 集合練習は七日間。

 そして祭りが始まる。



 リアンを案内に、ターク公、ニルダヌス、そしてシュナイと私は商業地区へと向かう。

 テトはリアンに抱えられている。


「何色にするの?

 タークおじさんとニルダヌスおじさんに買ってもらうなら、青い色になるかな?

 おじさん達の目の色って綺麗な空色だよね。

 それとも、姫の瞳の色にする?

 琥珀色ってあるかなぁ」


 私が踊ると表明して以来、リアンは少し元気を取り戻していた。


「買う者の瞳の色にするのですか?」


 ターク公の問いに、リアンは首を振った。


「決まりは無いよ。でも、昔から、送り主の色をあげるか、本人の色を選んであげるの。まったく関係の無い色でもいいんだけどね」


 因みにニルダヌスの瞳の色は、実は空色ではない。

 春の陽射しに体を調節していたようで、普段は濃い群青色だ。


 商業地区に入る。

 馬車道の向こう、区画中央にある大きな遊歩道が見えた。


「お祭り前になると、ああして鈴の露天が並ぶの。地方から来た人のお土産にもなってるんだよ。

 それから、野生の動物除けに荷物につける人もいる。縁起がよいからって大きな音のする動物除けにいくつかくっつけて使うんだって。」


 遊歩道は街路樹が等間隔に並び、水路に沿っている。

 そこに色合いも楽しげな屋台が並んでいる。

 祭り用の鈴しか扱っていないというのに、屋台の数はざっと見ても十数軒にのぼる。


「鈴の素材は昔と違って色々な種類ができたんだって。だから、色の種類も増えて、半分透明の透けてるのもあるんだよ。」


 私たちは一軒一軒見て回る。


 あめ玉のような色の物もあった。

 どれも賑やかで楽しい。


 ターク公とニルダヌスから、好きな色を選ぶようにと進められた。

 だが、あまりの種類に選びかねた。


 楽しい筈の鈴選び。

 私は途方にくれてしまう。


 私が困ったように立ち尽くしていると、ターク公が話しかけようと口を開いた。


 だが、それより先にシュナイが前にでる。

 腰の剣に手を置くと、私を公爵の方へと押した。


「リアン下がれ」


 兄の声に驚いたリアンが、テトを取り落とした。

 テトは落とされると、不機嫌そうに一声鳴いた。


 そうしてシュナイを振り返り、まるで馬鹿にしたようにもう一度鳴くと、再び前を向いて威嚇した。


 威嚇しながら走り出す。


 そしていつも通り、爪でひっかこうとした後に喰いついた。

















「なんで、最初に猫をけしかけるんだよ」


 長閑な風景にそぐわない男がぼやいた。

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