ACT218 人族 下
ACT218
幼年の終わりに与えられた剣は、今も実家の部屋にある。
子供用の軽い鋼の剣である。
最初に吸った血は、練習中に間違って刺し貫いた己のものだ。
何度も何度も己を斬った。
痛みと苦痛が常時連れ添い、今の軽々とした動きに繋がった。
足捌きと素早い太刀すじ。
動きを止めず、相手の動きを止める。
一撃でしとめるのではなく、己が嵐の直中にいるかのように、相手を翻弄する。
削り取り、切り刻む。
残忍ともいえる戦い方は、百手とよばれる一族の剣術である。
百の手があるかのように、相手を翻弄し、かつ風をおこすような体の動き。
忍んで戦うような事は無理だが、一番保つ。
一番保つとは、多人数対一人の戦いを長時間保たせる事ができる事。
一撃必殺で人数を減らすことはできないが、相手を傷つけ物理的にも精神的にも戦意を削る事ができる。
欠点は、攻撃力の高い一撃型の相手との相性だ。
組んで戦う者や軽い太刀筋の者には手数で勝る。
しかし、一撃必殺の重い攻撃で、動きを止められると押し負ける。
欠点は、つまり、軽いのだ。
鋭く素早くと追求した結果、一撃が軽い。
決まれば首をはね飛ばす事も可能だが、重武装の相手には通用しない。
護衛向きとはこの事で、攻撃よりも防御に向いている。
時間稼ぎをして、増援を待つ。
それか護衛対象を逃す。
もちろん、肉体の潜在能力を引き出せば、何の問題もない。
実は剣の一撃よりも、獣化した一撃の方が破壊力がある。
しかし、剣にて護衛をするのが矜持である。
「だもんで、一応、最初に吹き飛ばされた後、剣でぶった斬ってやろうかと思ったんすよ~。あっ、お砂糖より蜂蜜でお願いしますねぇ」
蜂蜜をお茶に入れてから手渡すと、オロフは話を続けた。
「あぁやっぱり俺、護衛するなら女の子の方がいいなぁ~我が儘言われても女の子ならいいしぃ~無茶ぶりも許せるしぃ~怪我人に暴力振るわないしぃ~ゲルハルト様、俺、怪我したし交代でいいんじゃないっすか?」
「..専属護衛の交代を要請したが、商会の派遣部署の御婦人が、お前でよろしく頼む、怪我で動けない期間は料金も無料と言ってきてだな..まぁ、当分は専属以外を派遣して凌ぐが変更無しと」
ゲルハルト侯爵の答えに、オロフの茶碗が派手に音を立てた。
「..俺の片足ぶっちぎれてんすけど、まさか、再生させて訓練無しで続行とか、今時なんつー奴隷商いなんですかぁー!
絶対それ、俺の代わり分何処かに回してんですよっ。あの守銭奴ババァー!」
「片足がちぎれているのかね?」
公爵の問いに、コンスタンツェが答えた。
「骨は何とか残っていたので、再生を注文しました。
私の体を診ている専属の医師で軍部の加工技術班ではなく王家の者です。
オロフは民間の請負業者ですから、軍では無くこちらで引き
取りました。面倒を避ける意味もありますが。ゴート商会も元通りに働けるようになるまで無料という事ですし、せっかく再生加工をするんですから、こちらも元を取らねば」
「聞いた、お嬢様聞きました?
皆、酷い男ばっかりでしょ。優しさが欠如してると思うっしょ?」
「優しさは、わかりませんが。幸運である事は確かですよ。
普通は欠損再生の許可は国からおりませんよ。そういうものですよね?」
そのターク公の言葉を補足するべくニルダヌスが答えた。
「四肢欠損で一般の民に、再生許可がおりる事はありません。
再生技術は軍の加工技術ですから。
それでも加工技術を一般の民に適応する場合には難しい条件があります。
そして兵士にも滅多に再生許可はおりません。
傭兵殿は王家預かりの医師による加工を受けているようですが、軍の加工事例に該当するものとして説明します。
許可の下りない理由を上げると。
単純再生をした場合、完全機能回復には年単位の訓練が必要です。四肢欠損の兵士を再生するよりも、新規に兵士を育てた方が効率的です。
ここでいう単純再生とは、技術的に費用対性能率比が低いものをさしています。
そして傭兵殿片足一本を単純再生した場合の費用は、獣人平兵士の十年分の俸給と同等と思われます。
その費用には機能回復訓練費用等は含まれません。
計算する必要も無く再生よりも安価で高性能の義足を作る事が、現実的とわかるでしょう。
現場復帰をさせたい人員も、義手義足で行動範囲が保たれるのならば、再生という手段をとることはありません。
そして再生の許可が下りる場合は、その人員が必要不可欠な作戦行動において、義手義足等の補助では遂行しがたい場合。もしくは、政治的軍事的意図によって宣伝効果をもたせる人員の外見を整える場合が適応になります。
付け加えると、先天的欠損と疾病による欠損の再生は技術的に成功例はありません。そして回復率を上げる為に条件もあります。
欠損部位の損傷が軽度か、骨などの主要な部分が残存している事などの条件が細かく指定されます。」
「なるほど、無料の意味はそれか」
「一応、王族の代わりに喰われたのと、骨も残ってたんで何とか。発狂するかと思いましたけど~」
「では、その発狂するかと思った状況をお願いします」
公爵に軽く頷くと、オロフは茶碗を小卓に置いた。
「最初は人間だと思ったんだよねぇ~巨人なんて伝説だけど、獣人でも極端に変圧しちゃう奴いるしぃ」
「変圧?」
「あぁ擬態を解いて獣変化する事の俗語っす。体の中の圧力を変えるって言うか、こう気分とノリでいつもより頑張っちゃう感じっすかねぇ。
んで、デカい奴にぶっ飛ばされた後..」
扉を破りとるようにして、ソレは入ってきた。
殴りつけられた後、すぐさま跳ね起きオロフが見たモノ。
人の形をしている。
確かに人だ。
よくある簡単な胸当てと質素な服装の兵士。
人であると認める容姿をもっていたが、見て取った瞬間、オロフはソレが化け物であると判断した。
すくなくとも、人として扱うべきモノでは無いと。
それは人の形をしていた。
肌は青銅色。
濁った黄色い眼球。
巨人と認める程の大きな姿。
異種族として、ここまでは許容できる。
しかし、その青銅色の皮膚は細かに蠢き冷気を放つ。
何よりも、それの気配には、人が放つべき何をも感じられなかった。
「人が放つべき物?」
「公爵様もこの部屋にいる誰でも、息はするし心臓は動いているでしょ。」
「私の知る種族に、呼吸や息づかいの無い者もいますが?」
「そんでも瞬きするか、体液が体を循環するってもんでしょ」
「そんな物が感じられるんですか?」
「俺は耳や目の感覚だけで感じてませんからねぇ、その相手の臓物の動きがわかるんです。
もちろん勘じゃぁないですよぅ~。
因みに、俺のこのイケてる力のおかげで、そこでお嬢様の隣に座りたくてしょうがない人の専属なんすよぅ。
認識能力ってのが、普通じゃないってのと視力に全てを頼っていないって事で、耳をゲルハルト様に捻られてる人の感覚をある程度理解できるって事っす。」
「姫、お茶はいいですから、私の隣に座りなさい」
ターク公に呼ばれて、その隣に腰掛ける。
するとオロフが少し笑った。
「だからって物が透けて見える訳でも何でもないんですよ。情報量が普通より多いんです。
例えると、静かな水面に石を投げると波紋が広がるでしょ。
あれと同じで、意識を対象にむけると反響や波紋が返ってくる。
それを情報として得られるんですよ。
だから、そいつが生き物には思えなかったんです」
ソレは虫のように思えた。
蟻の集団や羽虫の固まり。
虫の集まりを見た時に感じる感覚に似ていた。
つまり、血潮の巡る動物ではなく昆虫のような感じだ。
個ではなく集団であると思えた。
それが剣を向けてくる。
相対すると、それの皮膚が波打つのがわかった。
皮膚の下を蚯蚓が這っているように蠢く。
奇妙だ。
斬りむすぶ、強い力で押される。
ただし、技術は無い。
ただただ、力が強い。
木偶の坊め!
相手の上腕を剣で削ぐ。
奇妙だ。
粘土のような感触。
事実、斬り飛ばした肉片はドロリと壁に流れた。
切り口からは血は出ない。
代わりに蛆のような姿の黒い物が盛り上がる。
ただ力任せに打ち下ろしてくる剣を避けると、首を断ち割る。
軽装備の相手だ、これで絶命するかと、人ならば死ぬ場所を斬る。
斬って、悪夢を見た。
「俺、こう見えて繊細とは縁のない方なんすけど」
「見たままだろ」
「否、マジでコンスタンツェ様もびっくらこいてたじゃぁないっすかぁ」
主従の対話に、ターク公が先を促した。
「何を見たんです?」
「いやぁ、生えたんですよ」
「生えた?」
「久々の超絶技が発動しちゃって、俺、奴の首をスパーンとはねちゃったんですよぅ。
んで、やったね俺、大絶賛!
とかしてたら、切り口から血が出ないかわりに頭部がモリモリ盛り上がって生えたんですわぁ。
再生加工なんてお呼びじゃないっつーか、にょっきり生えてエグかったっす。赤剥けの筋肉びちびちっす」
聞き入る者の顔を見まわしオロフが肩をすくめた。
「信じられないっすよねぇ。俺もびっくり、コンスタンツェ様もびっくりで、思わず隠し場所で声だしちゃったんですよね。
で、もりもり頭はやした化けもんが、そっちに突進していくから、俺、窮地」
「否、私こそが絶対絶命だったろうが。
それに声を出さないなど、あの場合無理だ」
「見えるようになったのお互い忘れてましたもんねぇ。」
「どういう事です?」
ターク公の問いにオロフは続けた。
「生えた頭ですけどね。どうみても、最初の化け物の顔じゃないんですよ。まったく別人」
「別人ですか、本当に化け物ですね」
「それも見たことあるんすよぅ。どうみても、審判所の庶務の人なんすよぉ。
好い人でねぇ、時々お菓子くれたりするんですよぅ。
仕事大変だねぇって、オジサンの奥さんが作ったお菓子なんすけど」
「本人ですか?」
「それは謎ですけど、あの晩もお仕事してたんですけど、行方不明です。多分、俺と同じ目にあったんじゃないっすかねぇ」
「襲われたと?」
「まぁ、喰われたんじゃぁないですかね。多分」
それが方向を変えた時、僅かながら某かの意識が感じられた。
それまでは羽虫の固まりのように、人の意識らしい何かを受け取る事はなかった。
ところが、隠れ潜んだ場所から漏れた音に、その化け物は意識を向けた。
散漫な思考と単調な暴力の動きはおさまり、今まさに目が覚めたかのように素早く飛んだ。
入り口から素早く部屋の隅の壁に飛ぶ。
走り寄るのではない。
跳躍した。
オロフは咄嗟に判断した。
コンスタンツェが殺られる。
では、どうするか?
瞬時に自らも飛び出す。
擬態を解く、強化する、の間には、緩やかな階段を登るように助走が必要である。
その段階を無視する。
狂化に近いが抵抗を押さえる。
肉と意識が悲鳴を上げる。
硬い。
棚に取り付く前に、化け物に突貫する。
当たりは岩のようだ。
ところが、瞬時に泥のように撓む。
跳ね動かした相手が踏みとどまる。
その姿は歪んでいた。
粘土だ。
やはり粘土のように人の体が変形していた。
頭部だけが奇妙な角度で粘土からつきだしている。
次の瞬間、それはオロフに飛びかかってきた。
後ろに下がる。
だが、一歩間に合わず、ソレはオロフの片足を呑んだ。
「呑んだ?」
「そうっす。あの化け物、体がくねると頭を残して形が崩れたかと思ったら、足を包み込んだんですよ。
片足が飲み込まれたと思ったら、超激痛。
その後は俺、涎たらして白目剥いちまったようで。
良く生きてましたよねぇ、俺もコンスタンツェ様もぉ。
唯一、感謝の念をもちました。」
「唯一なのか?」
「もちろん、失神初体験に神様ありがとうと」
「そこは助けた私を崇め奉るべきだろう」
「はいはい、感謝してますよぅ~で、コンスタンツェ様は、俺がもぐもぐされているのに、好奇心に負けたんですよね」
「一応助けたつもりだが」
「俺を喰ってる奴、頭部の庶務課のオジサンの部分が残ってたんです。
で、何故か俺をもぐもぐしてる間中、その頭が寒い寒いって呟いていたらしくて。
で、逃げる前に、その頭を覗きたいと思った訳ですよね。
一応俺がやられたら、先に逃げるのが護衛契約時の手引き書にあるんすけど、逃げないで頭をいじりだしたんですよぉ。
鬼ですよねぇ~早く逃げてくれれば、増援来て、生きたまま喰われるつー経験を長引かせずに済んだのにぃ~」
「だから、詫びに再生させているだろう」
「再生もすごい激痛で、鎮痛剤なんか効かないのに、ひどいぃ~」
「何がわかりました?」
ターク公の問いに、コンスタンツェは少し逡巡した。
「何もわからないというよりも、何もかもがありすぎるという感じです。取り留めのない意識が複数、否、数え切れないほど感じられました。
感じ取る事が一瞬で苦痛に思え、相手の意識を切りました。」
「そーいう言い方だと、さも簡単に終わりにしたと思うでしょう?
罪人の尋問と同じやり方で、脳味噌から情報かきだすのに鉄の鈎爪で内臓かき回すみたいな超激痛を与えたんですよぅ。
まぁ、化け物で俺をもぐもぐしてる訳ですから、あたりまえですけど。
んで哀れ化け物の頭部はぐちゃぐちゃ、いろんな液体を耳やら鼻やら口から垂れ流しぃ。
コンスタンツェ様を恐れた化け物は逃げたそうです。
んで、ようやく目が覚めたら、生きてたし感動してたんすけど。
残念そうに化け物を掴んでいた手を見ている姿を見たら、お礼を言う気が失せましたぁ」
「何も手がかりは無いと?」
それにコンスタンツェは答えた。
「化け物に触れて唯一感じた事は、まぁ、手がかりともいえない事ですが..」
いずれも人族であるという事でしょうか?
「なるほど」
ターク公は頷き、手元のお茶に目を落とした。
それが何であるにしても、最初の原因は名無しだ。
疲れた表情のターク公もわかっている。
オロフやコンスタンツェを襲った化け物がやってきたのは、名無しの愚行からだ。
名無し亡き後、偶々取りこぼした愚行の残りが未だあったと考えるのは、楽観的すぎるだろう。
名無しが消えた後でも、その目的や利益を求めて悪行を続ける仲間がいると考えるべきだ。
たった一人で悪を行う事など、いかな権力者でも無理なのだ。
そして悪に荷担した事を知らずにいる場合もあるのではないか?
神殿という場所へと調べの手を伸ばす必要がある。
しかしもっと深刻であるのが、その仲間がこの都にいるということだ。
当時、名無しを支持していた者で、特に名前も上がらず、注目を浴びなかった者の中に、愚行を続ける者がいる。
そう考えなければならない出来事だ。
「さて、今度は私が話す番ですね。
どうして春の祭りに固執するのか?という理由ですね。」
ターク公はお茶の器に目を落としたまま言った。
「春の祭りは、女性の為の祭りです。
無事に成人し、新たな命を育む事のできる存在を言祝ぐ祭りです。
女児が無事に産まれ育つ事は、昔は現在よりも厳しいものでした。
女児を出産した家庭が貧しい場合、優先されるのが働ける親の世代、次に男児、そして祖父母、最後に女児という順番だったのもあります。
今のように、女児に教育を施そうという考えも無く、財産と同じような物としての扱いが普通にあったのです。
それを変えたのも、この国ができてからでした。
人族種以外の人権を認めるという事は、同じ人族の中の差別をも無くそうという考え方なのです。
特に女系の獣人族からすれば、人族の男達の女性への扱いは非常に受け入れがたい物でした。この女性への考え方の違いも二つの種族の溝の一つでした。
さて、そんな二つの種族は共に生きる事にしました。
そこで女性を尊ぶ獣人族の考えを取り入れ、女性の成人の祭りを国の行事とする事にしました。
女児の教育と地位の向上、そして国としても女性の労働力を取り入れるなど、まぁ。何の問題もありません..」
ターク公は顔を上げると、不愉快そうに笑った。
「元々の春の祭りは、女性の為の楽しい祭り。
皆が知るように、若い娘が着飾り踊る。何の憂いもなく、春の美しい日に踊るのです。
燦々と輝く光りのなかでね」
それに沈黙していたシュナイが思わずという感じで声を漏らした。
言葉にならない声に、公爵は頷いた。
「今現在の春の祭りは、何故か夜に踊ります。
松明を掲げ、都中に提灯を吊す、夜の祭りなのです。
ゲルハルト殿に理由を聞いてみましょう」
「神殿の神事となった為ですな」
「神殿の神事となって、何故、夜に催されるのでしょう?」
「神事が夜であった為です」
「では、その神事は何の為のものです?」
「護国の神事と承っているが」
「では、何故、春の祭りと一緒にする必要があったのでしょう?」
「時期が同じと言うことで、神事にしたと」
「いつからですか?」
「...」
ゲルハルト侯爵の沈黙に、ターク公は笑った。
「春の祭りを神事とする。別に他の神事を一緒にする必要はありません。 民の祭りであり、建国の時の融和の意義をもっての事です。
これを神事としたのは、祭りの規模が大きくなった頃、この王都ができあがった頃です。
ですが、祭りは昼間でした。
神事でも最初は昼間に行いました。」
「我が目を通した記録では、既に夜の開催ばかりであったが」
「何故なら、神事の性質が途中から変わったからです。
春の祭りは、神事とする事で国と民への影響力を広げようという神殿と国の政治的な判断からのものでした。
それが途中から、変化しました。
本当の神事を行う為に、春の祭りを偽装に使ったのです。
そして春の祭りの実際は、この永遠の都と人族、そして国を守る祭りとなったのです。」
言葉の無い私たちに、ターク公はため息混じりに続けた。
「春の祭りが夜に執り行われるようになったのは、長命種を導いたセネス・イオレア・モーデンの死からです。
つまり、この春の祭りとは偉大なる長命種モーデンの慰霊祭なのです」
(何故、慰霊祭を偽る必要があるのですか?)
当然の疑問をターク公に向ける。
モーデンは戦にて死んだ。
国をあげての慰霊祭は必要であるし隠す必要がない。
「モーデンの死は、明らかにしてはならないのです。
例え、モーデンが死んでいる過去の偉人だと、国中の人間が知っていたとしてもです。
理由は簡単です。
彼の死体を見つからないようにする事。
つまり、死んでいないという事にしたのです。」
(長命種は、塵になるのでは?)
「モーデンの遺体と彼と同じ体質の氏族だけは塵にならないのです。
幸いな事に、今現在のモーデンの子孫は殆どその特徴を備えていません。
ですから、その係累をたどっても長命種としての死は、一握りの塵になるだけです。
ところが、モーデンと最初の一族は亡くなると塵にはならず、朽ちなかったのです。
そこで火葬という手段がとられました。
一族は全て骨になり、後に溶け土にかえりました。
ところが、モーデンの遺体だけは、火葬できなかったのです。
そこで秘密の場所にモーデンを埋葬したのです。
墓荒らしを恐れて、彼らはモーデンが眠る場所を秘密にしたのです。」
「国で管理すればいい。それに埋葬した者はどこにモーデン王が眠っているか、わかる筈だ。」
コンスタンツェの言い分に、ターク公は答えた。
「彼らを埋めたのは、建国に貢献した古の人とその妻です。公王でさえも、その場所は知らないのですよ。
後に古の人も行方知れず、彼の人の妻は亡くなり、モーデンの居場所は分からなくなりました。
国で管理したとしても安心できなかったのでしょう」
「墓荒らしをか?だが、厳重に兵士を配置すればよいだろう」
「不死を得られたとしてもですか?」
異様な言葉にコンスタンツェが口を閉じた。
「長命種人族の中に、業病を煩う者がいるのです。
この業病とは、不死を願うという病です。
単に、不老長寿の薬を探すというのなら、個人の勝手です。
ですが大昔から、寿命の長い者を喰らえば己も不死になると考える輩がいるのです。
永遠の人から不死を与えられたという噂のモーデンの遺体です。
朽ち消えない長命種の遺体は貴重です。
長命種の死が一握りの塵になるのは、喰われない為ではないかと私は考えてしまいます。」
聞き入るゲルハルト侯爵に向きをかえると、ターク公は続けた。
「慰霊祭は、モーデンを埋めた古の人が始めました。
慰霊祭であり護国を願う。そして、これも又、永遠を約束する儀式であるという話です。
ですので、この春の祭りだけは、人族は執り行おうと懸命になります。
この慰霊祭を行うと、眠るモーデンの身は守られ、この都も共に守りが強くなると言う事なのです。
祭りを妨害する出来事があるのならば、それこそ祭りが実行されなければならない。
根底にある公王家の考え方がこれです。
多分、神殿は強固に儀式を執り行うべし。と、ゲルハルト殿に言っているでしょう。
そしてランドール殿も、儀式は執り行う方向で検討するようにという考えを寄越している。
反対しているのは、軍部と少数の元老院議員のみ。
という具合です。
そして過去の儀式の失敗と同じような何かが暗躍しているというのなら、やはり、祭りは執り行われる事になるでしょう。
そして、問題の娘達の舞いもです。
これは春の祭りであるという建前の所為です。
ただ、殿下のお調べにより、儀式に不具合や何か敵対者による隙があるのならば、手を早めに打つことが重要です。」
沈黙が落ち、私たちはそれぞれ考えに沈んだ。
永遠という言葉に私は陰鬱になった。
まるで呪いの言葉ではないか。
一度壊れかけた永遠の守護の補強に神事が関わっているというのなら、具体的な内容を調べるべきだ。
神事の失敗と名無しの行動、そしてあの裂け目の因果関係を調べる。
それが今の方向としては正しいようだ。
そんな重苦しい沈黙の中、オロフが包帯の結び目を直しながら何気なく呟いた。
「火が通らないって事は、生食って事か..熟成しすぎた肉って逆に硬くなるんだよねん。つーか何年物の肉だよ、乾物?朽ちないって事はやっぱ生..」
ゲルハルト侯爵の一喝が室内に響きわたった。
何故か、コンスタンツェが頭部を庇う。
「楽しい方々ですね、姫」
ターク公は茶菓子の皿を背後に差し出した。
受け取ったニルダヌスとシュナイは、何も言わなかった。




