ACT217 人族 中
ACT217
「貴女の望みが何か?
私には未だ満足に答える事すらできていない。
これから語る事が、貴女の望みに添うている事を願います。
まずは、この間、貴女のお友達が倒れた時の事についてお話しましょう。
襲撃の話など、蛇足にすぎませんから。」
「どういう事だ?」
「襲撃の話はすでに叔父上は知っておられる。オロフの話は、私の話の後です。
多分、姫への話を聞けば、どういう事か納得される筈だ。」
使用人がお茶を持ち込み、新たに配置されたゴート商会の護衛が毒味を終える。
そうして室内の安全をもう一度確認すると、護衛達は部屋から出ていった。
コンスタンツェは、三冊の薄い書物を取りだした。
布地の装丁で、一つは紐で綴られた灰色の物。
残り二つは、所々布地がすり切れた緑の物。
「何れも、当時の日録です」
「当時とは?」
ゲルハルト侯爵の問いに、彼は人の悪い笑みを浮かべた。
「これでも大人ですから、真面目に仕事をしていたのです。
春の祭りで事故があった年。
祭祀が取りやめになったと言われていてる年。
この間の事故の原因を調べる為に、祭りその物を調べたのです。
どうせ、他の者は今の出来事を血眼で探っているでしょう。
ですから、私が同じ事をしても無駄。
ならば、過去に同じような事がなかったかを探ることにしました。」
「何かわかったのか?」
「えぇ、わかりましたよ」
私達の興味を引けたことに満足したのか、コンスタンツェは機嫌良く答えた。
「嘘が」
「どういう事だ」
「当時、祭りは中止になった。
先代の典礼長であったボルネフェルト前公爵は、次の年まで、国が執り行う祭事を全て取りやめた。
と、これに相違はありませんよね。」
「そう記憶している」
「コルテス殿はどうです?」
「準備の途中で事故がおきて誰かが死んだと。
ただ、春の祭りは取りやめになったのですが..儀式だけは行ったと」
「民の祝いは取りやめ、神事だけは行ったという事ですね」
「そう記憶しています。
ただ、それも途中で取りやめたような話を聞いた覚えがあります。
ですので、祭りは途中まで行われたが、取りやめになったというのが正確な言い回しでしょうか」
「理由は覚えていますか?」
「なにぶん王府に軟禁状態でしたので」
「叔父上はどうです?」
「祭りの前に事故があったと記憶している。それ故、取りやめたと」
「当時、叔父上は何処に?」
ゲルハルト侯爵は、顎に手を添えた。
思いだそうとしているのか、半眼になっている。
「春は殆ど外郭の保安施設にいた。当時の王が乱発する処刑騒ぎの処理に追われていたのだ。
罪状無き処刑が横行し、それに荷担する審問部の暴走を監察する任についていた。」
「コルテス殿は?」
「先ほども言いましたが、父のかわりに王府にて軟禁状態でした。同じく混乱を極めた行政府の仕事に追われていました。」
「つまり、お二人とも実際は見ていないのですね」
「まさか、事実は違うとでもいうのか?
民も同じく、祭りは無かったと記憶しているはずだ」
「祭りはあったという者と中止になったと言う者。
事故が事前にあったと言う者。
祭りの途中で事故が起きたと言う者。
過去の公式記録を見ると、詳細な記録が抜けています。
欠落させる事で、うやむやにしているようですね。
多くが、祭りは執り行われず、代替わりが正式に認められた次の年までなかったと書かれています。
情報操作を優先した結果、人の記憶は信用できない状態です」
「多数の人間の記憶を書物のように改竄する事など不可能ですよ。だからこそ当時の行政府は、焚書により忘却を求めたのですから。仕方がない事です。」
ターク公の言葉に、コンスタンツェは笑った。
「人の記憶という物は、とても面白い構造をしています。」
コンスタンツェは、私に少し首を傾げて見せた。
「私は人の記憶や意識を読みます。
ですが人の記憶は、時々、想像によって補われている場合があります。
五感でさえも補足してしまうので、それが嘘であるとはいえません。
人の能力の一つなのです。
例えば、小さな点で一筆書きのように円を描いたとします。
それは点の集まりであって、繋がった線ではありません。
しかし、人の視覚はそれを補い線に見せます。
そして、記憶もそれを蓄積していきます。
すると、次に同じような点で描いた物を見た場合、それを人は補完してしまうのです。
点で描いた素描が、何かの形に見えるようになる。
このような体の仕組みによる誤解や錯覚が、記憶にもあるのです。
記憶は意識して変えることも、他者が作為をもって変化させる事も可能です。
忘却という手段も操作の一つですが、より確実に事実を隠蔽するのならば、似た事象と真実を混ぜるのです。
全て嘘ではなく、真実を残す事が秘訣でしょうか。
特に多数へ向けての情報操作では、単純な足し引きで物事の記憶がすり替えられる事があります。
加えて当事者として目撃していない者の記憶ほど操作がしやすいのです。
ですが、そんな偽りにも動かすことのできない部分は必ずあります。
全ての記憶が妄想であったとしてもです。
元となる動かしがたい部分が必ずある。
そうでなければ誰も信じないですからね。
私は、広場で娘達が倒れ、教師役が死んだと同じ状況が、過去にあったかを調べる事にしました。
典礼の記録では、前公王死亡時の年行事や祭事が中止になった。
原因は事故であると記されています。
これは叔父上の記憶どおりです。
しかし、それだけでボルネフェルト前公爵の言い分が通るでしょうか?
祭りの前に事故があったからと、死者が出たからといって、王国の祭りが取りやめになるのでしょうか?
そこで、私は誰がどのようにして死んだのかを調べる事にしました。」
「代替わりの情報操作の余波で、あの年の様々な事柄が混乱しているというのですか?」
ターク公は考え込んでいる。
確かに、彼は祭りがあったとも、無かったとも言った。
言動に整合性がないように思えたが、私は単純に勘違いだと聞き流していた。
グリューフィウス家での会話の中では、祭りは全て中止になったと聞いていたからだ。
少なくとも夏にはゲオルグは処刑、秋か冬にはあの裂け目の騒動、名無しは死に、国璽紛失により代替りが遅延したという記録が残っている。
「もちろん、私が調べている事は、娘達が倒れた事ですが。
もっと面白い事がわかりそうだと、調べていくうちに気がつきました。
さて、本来の出来事と手が入った記憶で同じ部分はどこか?
事故があった。
人が死んだ。
祭りはとりやめになった。
この三つでしょうか?
そこで関連機関の記録を閲覧し、できうる限りの人を観ました。」
「観たのか?」
「叔父上も言ったでしょう、手早く真面目にやれと。ですので、手早く真面目に、役所でも古株の者に聞きました。」
叔父の不信の眼差しに、コンスタンツェは肩をすくめた。
「壊していませんよ。
質問をし表層の記憶と意識を撫でただけです。そして、大凡、叔父上の言うところの話と一致しています。
コルテス殿の言う儀式は執り行われたという話もでました。
そして殆どの者が、春の祭り以降は中止になったと認めています。
つまり、春の祭りという物で何かがあり、人死にが出たという事は共通認識されている。
そこで焚書、改竄等に巻き込まれない書物を探すことにしました。」
「それは又、どれほど集まりました?」
ターク公の問いに、ゲルハルト侯爵が口を挟んだ。
「焚書されない物など集めた所で無駄であろう」
「普通の改竄された公文書も一応集めましたが、最初は審判施設の記録書庫を漁りました。
まぁ結果は見事なほど手が入っていて無駄でした。
そこで審問施設の記録書庫に入りました。」
ゲルハルト侯爵は甥をにらみつけた。
「怒らないんですか?」
「無意味であろう。
どうやって入り込んだのだ。」
「もちろん、お願いをしたのですよ。正式な手順を踏み、正面から入り込んで、まぁ、後は適当に内部で迷子になってみただけです。」
「それで収穫はあったのか?」
「それがこの三冊の書物です。
当時の資料として残っていました。
検閲はうけていないらしく、文字も当時の持ち主の書き散らしたそのままですね。」
「で、何が書かれていた?」
ゲルハルト侯爵の急くような言葉に、コンスタンツェは勿体ぶらずに返した。
「処刑の年、春の祭りは中止になりました。」
私達の反応を見るように、彼は続けた。
「民の言う祭りは中止に。
理由は、都内の治安を悪化させる犯罪が横行した為、人の集まる行事の中止を典礼方から提案したとあります。
そこで、神殿は神事としての儀式のみを行いました。
記録上、前公王死亡の年にも、春の祭りはありました。」
なるほど、という私達の反応を引き出すと、彼は私に顔を向けた。
「ここからが、面白い話になります。
確かに春の儀式は行われ、記録上は春の祭りはあったのです。
ですが、春の祭りは一度できなかった。」
「何がおもしろいのだ?」
人の記憶は、都合の良いように解釈を補足する。
私はコンスタンツェの顔を見返した。
言いたいことの輪郭が浮かぶ。
二つの出来事が一つの出来事のようになっているとしたら?
「叔父上、姫は気がついていますよ。
春の祭りはなかった。
ただし、前王死亡の次の年の春の祭りはできなかったのです。
代替わりの式典は次の年の夏。
国璽紛失騒ぎの所為で、新年からの祭事は全て中止になっていた。
つまり、春の祭りも儀式もできなかったのは、次の年の事です。
それと前年の事が混じっている。
祭りの中止理由が明確ですよね。
国璽紛失と公王代替わりの遅延により、祭りは中止になった。
すっきりします。
王が不在ですし、国の危機ですからね。
では、前年の本当の流れはどうだったのか?
ここで、皆の共通認識で残るのは何か?
中止の理由であった筈の、人が死んだという話です。
前年の春の祭りは、犯罪の横行で中止になった?
しかし、儀式は行った。
では、どこで人死にが出たのか?」
ターク公も私も、嫌な予感と結論を得ていた。
「どこで出たのだ?」
「書物によれば、準備期間中に櫓での事故が頻発しました。
設置を引き受けていた大工達が事故で死んでいます。
これが事故で、という話に繋がるのでしょう。
そして、さらに治安を揺るがす出来事とは、祭りに参加する為に、舞いの練習をする娘達が誘拐されました。
少なくとも本人の意思で出奔したとは思えない娘達の姿が消えました。
しかし、その行方は結局見つかっていません。
そしてこの出来事の後、都内では人が消えるという事件が頻発しました。
この為、当時の警備隊による舞いの夜間練習の中止が国に申請されました。
結果、今も昼間の練習になっています。
これがボルネフェルト前公爵の表向きの中止理由です。
ですが神事としての祭りを中止する理由はありません。
神殿の儀式だけ、公王参加で執り行えばいいのですから。
しかし、当時の王は、舞いの儀式を神事で執り行うべきだと主張しました。
そこで、貴族の娘達を集めて、神事を執り行う神殿の中央にて舞いをさせる事にしました。
それならば、娘達も安全ですからね。」
「昔から舞いは神事であったはずだ」
「別に舞わずとも、ありがたい神官の祈りで十分ではないでしょうか?
もちろん、舞いも必要でしょうが、神殿の巫女に踊らせれば良いのです。
年若い娘を集めて櫓で踊らせる必要はありません。
成人の儀式としての踊りと神事は元々別ではないですか。」
ゲルハルト侯爵は押し黙った。
「そして、ここが重要です。
ボルネフェルト前公爵は、王に強固に神事中止をも進言しました。
それ故、この神事は、春には執り行われなかったのです。」
「どういう事だ?」
「ボルネフェルト前公爵の身分を剥奪したのが春の終わり。
その頃は、多くの貴族が前公王の様々な怒りに触れて、身分や命を奪われていました。
叔父上やコルテス殿が仕事に追い立てられていたのは、この所為ですよね。
ですので、当時ボルネフェルト前公爵が遠ざけられた事は珍しくもなかった。
彼が何を思い神事をも中止せよと進言したのか、人の記憶に残らなかった。単に、前公王の頭が狂ったという理由からかもしれない。
そして前王は夏が終わり、秋になろうと言う時に、この儀式を行ったのです。
結果、ボルネフェルト前公爵の意見が正しかったのか、神事は半ばで取りやめになりました。
この神事の取りやめが、祭りの中止という話にすり替わっています。
そして、この手を加えていない日録上では、事故、ではなくもっと深刻な事態が書かれていました。
舞い手の娘は、意識を失いそのまま目覚めなかったそうです。
今回のように儀式中に倒れて、そのまま寝付き目覚める事無く衰弱して亡くなっています。
又、この儀式を見届けるべき典礼方のかわりに、参加していた審問官数人が死亡。
そして一番の問題は、儀式参加をしていた神官と巫女が行方しれずになっているのです。
これにより、祭祀は中途で混乱の内に終了。
原因を探ろうにも、儀式参加していた者で、健全な者がいなかった事から、某かの策略により事故が起きたとされています。」
「確証はない」
叔父の言葉にコンスタンツェは、押さえるように片手をあげた。
「まぁ聞いてください。
無事に儀式場から出てきた者はいません。
前公王は儀式の最初だけ参加をし、途中から退出していたようです。
そして長い舞いの間は、儀式場には神官と巫女、舞い手と見届け役の審問官のみで観客はいませんでした。
そして当時、この都は荒れており、この事件は事故として処理してしまいました。
その後に前公王の処刑という大きな出来事があったからです。」
「なるほど」
ターク公は目を閉じると片手で額を押さえた。
「なるほど」
二度同じ言葉を呟いた。
「原因は儀式その物にあるというのか?」
ゲルハルト侯爵の問いに、コンスタンツェは答えた。
「少なくとも、前ボルネフェルト公爵は、何かに気がつき儀式を執り行わないようにと進言をしたのです。
ですが、彼の公爵はあっという間に没落し亡くなってしまいました。
何か彼の残した資料等があれば良いのですが、少なくとも息子のディーターを調べた際には、父親が所持する記録書類などはありませんでした。」
「だとすれば、今回も儀式の何かが障っていると考えるべきか」
「その儀式の詳細を調べようとした所で、我々は襲われた訳ですが」
「まさか、それを持ち出し調べようとしたから襲われたとでもいうのではあるまいな。
以前の祭祀の取りやめといっても、昔の事。それもその日録とやらが信じられたらの話。
今回の、人死には病死でもある。
襲撃する理由としては、よほどお前達の日頃の仕事のほうが考えられように」
「まぁ本来ならば、そう考えるのが妥当でしょうね。
ですが、無関係ともいえないのですよ」
そう言うとコンスタンツェは緑の装丁の書物を手に取ると、頁を開いた。
「三冊の内、灰色の帳面は神殿の儀式方の下男が記しています。
今、語った事が一応時系列で綴られていました。
そしてこちらの緑の二冊は、雑用係りの私物らしく、日々の事が繋がり無く書かれています。
ですが、どうも口に出せない事柄を文字にしていたようで、中々読むと面白い。さて、ここのあたりでしょうか..」
「..私が儀式場に入ると、白い壁一面に赤黒い蔦が生えていた。
蔦はまるで血の涙を流すかのように、赤い液体を滴らせている。
寒いと感じた。
生暖かな夜の筈なのに。
とても寒かった。
神官様のお姿が無い。
娘達が倒れている。
一面の赤黒い蔦の中に、娘達の白い姿が点々と倒れていた。
私は仲間を呼ぶと、娘達を助け起こした。
息はあった。
必死で揺するが、目覚めない。
その時、祭壇に寄りかかるように絶命していた審問官様の体が床に倒れた。
湿った麻袋が倒れたような嫌な音がしたのを覚えている。
床に倒れ、その穴の開いた胸から赤黒い血が吹き出した。
その異様な様に皆で驚き、娘達を抱えると外にでようとした。
振り返ると、男の体が溶けていく。
真っ黒い何かになって、石の床に広がった。
すると壁の蔦が動き出した。
私達はあわてて外に出ると儀式場の扉を閉じた。
それが昨日の夜の事。
眠れないし、恐ろしくて部屋から出る事ができない。
部屋の壁や床の継ぎ目から、あの蔦や黒い液がにじみ出てきそうで怖い。
神殿の方々は、あの儀式場を焼いた。
神官様はどうなったのだろう。
夜が怖い。
アレは何だったのか?
思い出す、目..」
コンスタンツェは書物を閉じた。
「目、という文字の後は、別の話が書かれています。
正気かどうか、嘘偽りかどうかは、わかりません。
ただ、これは儀式において審問官が死亡している為に、当時、押収されたと考えられます。
しかし、その後の前公王の死亡、政変、神殿での宗教改革、など、審問官自体もこの事件を掘り下げるべき時期を逃したようです。
現実味の無い化け物話よりも人間同士の争いの方が重要だったという訳ですね。
この日録の書き手が存命であるか、調べるつもりです。」
もう一冊の緑の書物を取ると、再び頁をめくった。
「酷い臭いがするので、今日は墳墓の清掃をする。
墓荒らしの横行など、世も末だ。
墓地の奥にある共同の墓を開ける。
鎖と鍵で厳重に封印しているというのに、この奥が特に臭いが酷い。
今日は二人で掃除をした。
壁中に何か赤黒い液体がしみこんでいる。
あまりの量と生臭さに相方と無言で水を汲んでは流す。
最後に血では無いと二人で言い聞かせるように言い合う。
時間のたった血液にしては、あまりにも..。
どす黒いのは内臓から出た血?
誰かの悪戯にしては、不気味だ。
夜になり、墓荒らしを防ぐために見回りをする。
この時は念のために三人でまわる。
武器を持つ相手だと危険だからだ。
神殿の地所から離れている墳墓は、都の内というのに静かだ。
一晩で二度見回りをする。
今夜は何もないようで安堵した。
帰ってきて休んでいると、他の見回りの者があわてて駆け込んでくる。
ちょうど夜明けまで数刻という時間帯だ。
訳を聞くと、恐ろしい化け物を見たという。
我々は棒などを持ち、墓地へと向かう。
あわてていた者も人数が増えて落ち着く。
しかし、墓は酷い有様である。
墓石は倒壊し、道には汚物。
いたるところにあの赤黒い液体がまかれていた。
臭うし、寒い。
我々が後かたづけをする間、最初に化け物を見たと言う男の話を聞く。
化け物は、大きな人の姿をしていた。
黒い影が人の輪郭をとっていた。
それに人の顔らしきものが無数に見えた。
と、酒でも飲んだような事を言う。
私達は笑い飛ばした。
そうしないと、これから夜の見回りが恐ろしくてできないからだ。」
書物を閉じると、コンスタンツェは息を吐いた。
「狂人の日記か大衆向けの読み物といった具合ですか。
これも神殿に裏をとるつもりです。
さて、問題は神殿での顛末にある溶ける死体ですか。」
「馬鹿な」
「まぁ、そうですけど。
事はそんな簡単な話ではなさそうですし、ねぇ」
ターク公と私は、答えをもっている。
詳細な出来事はわからない。
だが、原因は明白だ。
春の儀式は秋に。
そして名無しは死んだのだ。
だが、想像だけでは口に出すことはできない。
「神殿の祭祀に問題があるという事ですからね。
おまけに、我々を襲った輩と日録が関係するなら、神殿なら詳細がわかっている可能性さえある。」
「春の祭祀の中で行われる神事が問題であるとは言えまい。先の事故は練習であった。
まったく状況が違うであろう?
襲撃も何も無関係であるかもしれない。ましてや、お前やその書物が狙い目などというのも、勘違いやも知れぬ」
「勘違いでも結構です。
それを利用し神事の奥義を開示請求できれば、叔父上の悩みも軽くなります。
典礼方が祭りの事を調べたとしても、神殿の本当の秘事秘儀について知り得る事などできないのですから。」
「我の悩みなどどうでも良いのだ。
昔の事とは言え、先代の恥部ともなりえる神殿での審問官の死亡。
神官と巫女の行方まで知れぬ事が本当ならば、大事すぎる」
「本当、なら、誰が隠したのでしょうねぇ。
死亡した娘達と審問官、それに行方知れずの神官と巫女の素性。
大がかりな隠蔽です。
国の誰が関わっているかも調べたいですねぇ」
「本筋からはずれるでない。それらは過去の話であるぞ」
「もし襲撃者が過去のそれらに関わりがあるのなら、私は調べなければなりません。そして、祭りそのものを中止にするか否かを、叔父上も決めなければならない」
(今の状況では中止ではないのですか?)
「あぁ姫、申し訳ございません。
お話しするのを忘れておりましたが、この春の祭りが取りやめになるのは、王が不在であるか戦争や災害で失われる以外には無いのです。
それ以外の理由で取りやめる場合は、やはり、神事だけは行われる訳です。
この状況は、まさしく日録の中の出来事にそっくりですね。」
(娘達は踊らぬのでしょう?)
「叔父上、今回、祭りがとりやめになったなら、もちろん娘達は踊らぬでしょう?」
私の代わっての問いに、ゲルハルト侯爵は唸った。
「実は、祭りが中止とは決まっていないのだ」
「何故です?このような状況では無理でしょう」
「このような時だからだ」
それまで黙っていたターク公が指を上げた。
叔父と甥は公爵に向き直ると口を閉じた。
「殿下を襲った者の事をお聞きしたい。
それを聞いてから、今度は私の話を聞いてもらいましょう。
典礼方の長であるゲルハルト侯爵を前にして、私が祭りについて語るのは烏滸がましい事ですが。
多分、何故、祭りにこだわらねばならぬか?
その問いに王家の立場で語ることができるでしょう。」
「公爵殿の話との相違があれば、典礼方の考えもその後に」
「わかりました。では、オロフ、あの夜の事を..」
彼は薬が効いているのか、眠っていた。
実に平和な寝顔である。
公爵は肩をすくめると茶器に手を伸ばした。
私はその手を押しとどめると、お茶のお変わりを注ぐべく立ち上がった。
ゲルハルト侯爵は無言で甥に顎をしゃくる。
いそいそと私を手伝おうとしていたコンスタンツェが、嫌そうに口を曲げた。
侯爵の右手が拳になった..ように見えた。
「...」
新たなお茶をターク公に渡す。
すると背後で重い音がした。
振り返ると、オロフが呻いている。
シュナイは見なかったことにしたのか、ニルダヌスに茶菓子を手渡していた。
そのニルダヌスは、頑健な獣人男子を心配する様子はない。
お茶は飲めるのだろうか?
と、私は新たな茶碗を用意した。




