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冬の狼  作者: CANDY
降臨の章
247/355

ACT216 人族 上

 ACT216


 日に一度の炊き出しを初めて三日目。

 昼間の禁足が解かれた。


 ターク公とニルダヌス、そしてシュナイに連れられてゲルハルト侯爵の館へと向かう。

 昼間の禁足は解かれたが、依然として占領は続いていた。

 道には武装した兵士が立っている。

 その武装も、金属装備だった。

 動き回るには重そうな盾も持っている。


 私達は徒歩で上級貴族の住む区画へと向かっていた。


 馬車と馬の使用は禁じられているのだ。

 例外は、商業地区の運送用の物だが、それも幌と覆いをしてはならない。

 藁や馬糞の荷などは、兵士が棒を丹念に突き刺して調べている。

 樽も同じく開けて中身を見せなけれならない。


 それ以外は、爽やかな春の朝だ。

 透明な陽射し、高く薄い色の空。

 家々の木々の若葉。

 水路の水音。

 そして人々が動き出した音。


 無粋な兵士の姿がなければ、素晴らしい一日を予感させる風景だ。

 都のほぼ中央にある大きな道を横切る。

 今日は馬車や馬の通行が無いので、珍しく斜めに横断できた。

 下町側から歩いてきたのだが、呼び止められる事はなかった。


 シュナイの顔が知れているのか、公爵と私の顔が知れているのか。

 兵士の誰何の声は無い。


 そうして徒歩としては中々の早さで上級貴族の居住区へと入る。

 区画柵の入り口は半分だけ開いていたが、シュナイと公爵の身分証を見せれば、簡単に通り抜けられた。


 上級貴族の豪勢な建物。

 意外にも塀は低い。

 何か決まりでもあるのか、塀が低く生け垣も刈り込まれており邸宅が道からよく見えた。

 その所為で、家々の護衛の姿も見える。

 上級貴族ともなれば、武装した護衛もいるというわけだ。


 ただし、敷地内に留まらなければならない。

 今のところ、武装したままの外出は禁止されているのだ。


 占領下の外出は基本的に、徒歩で手ぶらである。

 食料などを買う場合は、たびたび荷物の中身を調べられる事になる。


 私達は無言で歩く。

 会話はない。

 襲撃事件の話題も街に流れる憶測も、口に出してはならない。


 なにより、ゲルハルト侯爵に面会が許されれば、一番真実に近い情報は得られるだろう。

 そして彼の甥の安否も。



 私とコンスタンツェの間には、道ができている。

 かといって、密なやりとりができる程ではない。

 よほどの事でなければ、ああして見る事は無い。


 では、逆に意識的に繋がりを私の方から持つことは可能であるのか?


 可能である。


 ただし、支配権を私たるグリモアが握る事になる。


 それはいけない。


 私の滅びと共に、グリモアという寄生する物が、新たな苗床を求めた時に、旧来の繋がりがどのようになるのか、予想ができない。



 駄目だ。



 グリモアに問いかけそうになり、止める。

 知識として知ったところで、どちらにしろ繋がりを深くすれば、破滅だ。


 もし、今、コンスタンツェ自身が、命を失っていた場合。

 もしくは、体に大きな傷を負っていた場合。



 私が呼びかけた場合どうなるか?



 支配権などという生温い干渉ではすまなくなるだろう。

 なにしろ、ボルネフェルトは、死者を動かしたのだ。



 呼びかければ、死体も生きているかの如く答えるだろう。



 非情な考え方であるが、彼が死んでいるのなら、死んだままにしなければならない。


 彼を変えてまで生かしてはならない。

 それは救いではないからだ。


(救いではない..)



 ミシェルへ施した行いとの違いを考えていると、テトが鳴いた。

 外出には当然のようについてきている。


 その暢気な様を見てため息がでる。



(..と、わかっているのだが)


 魔物のような考え方をしていても、知った者が痛みや苦痛、そして命の危険にさらされているのだ。

 と、考えると怖かった。


 頭の中でなら、正しい事をするだろう。

 だが、現実には禁忌を犯す愚など考慮しない。


 呼びかけて使役する事はしないが、苦痛に、そして命が失われようとしていたら、私は何をするだろう?


 結局、何が違うのかわからない。

 自分が身勝手であるという愚かさだけは確かだ。

 傲慢で身勝手。


 当然のように行き先がわかっているかのような、テトについて歩く。

 テトは先頭を歩いているが..

 やはり、行き先はわかっていないらしく、ニルダヌスに時々呼ばれて方向を変えた。

 ターク公に呼ばれると意地でも振り返らない。

 どういう基準なのだろう。

 ちなみに、シュナイには牙を剥くので近づけないようにしている。






 ゲルハルト侯爵の館には、中央軍兵士が配置されていた。

 中央軍兵士の肩当てには、所属が刺繍されている。

 占領している南領の第一兵団の刺繍が見えた。

 第一兵団の兵隊は、人種混合と聞いている。

 一見して侯爵の館に配置された兵士は、種族がよくわからない。

 ただ、南領軍団にしては獣人の割合は少ないようだ。


 使用人に案内され、来客用の部屋へと通される。

 私はターク公の後ろに控えていようとしたが、シュナイにまで公爵の隣に座るよう言われる。

 既に王の客であるという暗黙の了解が、先に届いていると考えていいのだろう。


 身分は無い。

 素性は公にできない。

 しかし、王の客であり公爵と繋がりを持つ。

 ならば、相手は使用人扱いはできない。

 そして、私も必要以上に遜るのは間違いになる。

 王への礼儀として、居心地が悪かろうとも弁えなければならないのだ。


 何故か、見知らぬ土地の風景を見るように、遠くにたどり着いたという感慨が浮かぶ。


 私は何をしているのだろう。


 当然のように侍るテトを撫でていると、程なくゲルハルト侯爵が現れた。

 ターク公と挨拶を交わし、シュナイにも座るようにすすめると侯爵も腰をおろした。

 ここ数日の騒ぎは、侯爵の周辺へも影響があったのか、疲れた様子が見えた。

 一通りの挨拶が終わり、会話が途切れる。


 考えてみれば、持ち出す話題によっては、差し障りのある人間ばかりが顔を合わせている。


 しかし、こうして私の願いにより訪れているのだからと、私から侯爵に問いかけるのは、礼儀としてはどうか。

 逡巡しているうちに、ターク公の方でゲルハルトの甥であるコンスタンツェ殿下の消息を問うた。


 それにゲルハルト侯爵は、暫し、相手を見つめた。


 真意を測っているのだろう。


 そこでターク公は、私が案じていると伝えた。


 私を見、ターク公を見てから、侯爵は息を吐いた。


「此度の事、どのように伝え聞いておられる?」


「街中に流れる噂程度ですか」


「禁足が解かれた理由は?」


「いえ、何も」


「彼は?」


 ニルダヌスを指した侯爵に、ターク公は答えた。


「私の所有する者です。ご心配には及びません。南領軍からも許しは得ています。」


「ならば良しとしよう。娘御は王陛下より、配慮をと下知をいただいておる。シュナイ殿に関しても問題は無いと思う。故に伝えるが」


 侯爵は鬱々とした表情で続けた。


「襲撃した者どもは、既に死んでいるのだ」


「では、既に軍が処分したと?」


「否、それならば占領が続く事も無い。

 最初から順をおって話そう。甥の事もな」




 審判施設の襲撃に、軍は即時対応をした。

 襲撃の知らせと共に、一番近い外郭内の兵力を投入したのだ。

 その間に審判施設の兵力も反撃を始める。

 対応の早さと軍施設という場所柄か、全体的に見れば被害は少なかった。


 ただし被害は少ないが、事件としては重大だ。

 死者が少なくとも、非武装の者を狙い絶命させている。

 つまり、目的は明らかだ。


 さて、外郭軍事施設から投入された兵力が到着すると、襲撃犯の多くは逃亡した。

 それを追撃した訳だが、彼らを捕らえる事はできなかった。


 捕らえる前に死んだからだ。


「自害をしたとは、益々、不穏ですね」


 ターク公の答えに、ゲルハルト侯爵は間をはかるように口を閉じた。

 そして、私達を見回すと、呟くように言った。



「溶けたのだ」



 始め、何を言っているのかわからなかった。

 だがゲルハルト侯爵は、その手入れのされた髭を擦ると続けた。

 続けて言う本人も馬鹿馬鹿しいと感じているのかもしれない。


「溶けたのだよ」


「死んで溶けたのですか?」


「死んだ。と、表現するしかなかった。

 だが、彼らは兵士に包囲されると、溶けたのだ。」


「溶けた?」


 再度の問いかけは、ターク公にしては気の抜けたような声音だった。


「人の形が崩れ、汚泥のような物になった。」


「毒を飲むとしても、人体が溶ける程の物があるのでしょうか?」


「否、そんな風ではなかったそうだ。

 殺害した襲撃者の死体も、時間がたつと溶けた。

 赤い血を流していたはずの死体が黒ずみ、汚泥のようなありさまになった。

 故に、それが何者であるかもわからない。」


 骨も残さず溶けるとは、ニルダヌスを振り返ると首を振った。

 一瞬にして死体を処理するにしても、強度の酸か高温の炉にでも投げ込むしかないだろう。

 軍の油薬でさえ一瞬で溶ける事は無い。

 油薬はあくまでも焼却が目的である。

 骨まで溶かすには時間がかかる。


「何もわからないのですか?」


「手がかりといえば、一つ。

 汚泥の残した品から、或る貴族の紋章を発見したのだ」


「偽装では?」


「偽装であろうな。何しろ、その貴族はとうに死んでおるし、親族に武力を蓄えるような人物はいない。係累の未亡人と娘が細々と暮らしているだけだ。」


「その人物は」


「モンリッツ男爵。病にて一年前に死亡している。死亡原因も明らかで、生前も問題の無い官吏であった。」


「何処に勤めていたのです?」


「財務課で、特に何か国の大事にかかわるような仕事ではない。思想的にも問題なく、審判、審問によって調べられた過去もない。

 接点は、今のところ見あたらない。


 襲撃者のおおよその数は二十名程度。


 施設内への進入経路が不明であること。


 殺害された人数は、施設内の普通職員が一三名、負傷者が三六名。

 施設保安職員で戦闘による死者が七名、負傷者十一名。

 外郭より投入された兵士に死者はない。

 この事により、襲撃者は戦闘職についていない可能性も考えられる。」


「そうなのかい?」


 ターク公の問いかけに、ニルダヌスは頷いた。


「それにしては、保安職員に死亡者がでているようですが」


 ゲルハルト侯爵に許しを得るとニルダヌスが答えた。


「施設内部での襲撃を想定していなかったのではないでしょうか。

 施設内保安職員は、内部の収容者に対しての警戒を目的としている為、外部からの攻撃を想定しておらず、不意を討たれたのではないかと考えられます。」


「つまり王都の安全な殻の中では、蛮行はおきないと油断していた訳ですね」


「問題は審判官の死者だ。

 時間が深夜であった為に、施設内の審判官は通常の五分の一の十六名。

 最上級の審判官は二名、残り十四名は下級審判官で、ほぼ文官のような者だ。

 そして、文官と同じ能力とはいえ、その下級審判官は全て殺害されている。

 上級の二名、我が甥ともう一人は、負傷、死んではいない。」


「それは何よりです。ですが」


 その先を言う前に、ゲルハルト侯爵は頷いた。


「審判官を殺害する目的での襲撃。

 と、なるが、審判官を攻撃するという事は、王国統合軍中央組織への反逆である。

 そして中央組織への反逆とは、国家への反逆である。


 審判官を害する、という目的だったとしてもだ。」


「占領は続くのですね」


「進入経路と襲撃者の元を割り出さない限り、戒厳令は続くであろう。」


「ローレ殿下の具合は?」


「あれには護衛がついている。命に別状はない。もう一人の審判官は、資料室という名の金庫室に立てこもって無事であった。発見するのが少々遅れて、酸欠で死ぬ寸前であったが。」


「見舞いは可能ですか?」







「あぁ生きて再び、貴女様とお会いできるとは、まして、このような場所にお越しいただけるとは望外の幸せ。さぁ、こちらにお掛けくだ」


 布団の中から右手が素早く動いた。

 包帯だらけの指が、コンスタンツェの服の裾を摘んで押さえる。


「はいはい、先にご挨拶する順番を間違えないでくださいよ。ゲルハルト様の手が拳になってますからねん。

 ちなみに、重傷なのは俺です。

 見たとおり、死にかけてるの俺っすよぉ」


 コンスタンツェの館は、公王親族の区画にある。

 ゲルハルト侯爵の敷地からも近い。

 優美な館は、白と新緑の色で統一された女性的な建物である。


 本来なら、負傷したオロフとコンスタンツェは軍の医療施設に送られる。

 しかし、コンスタンツェは公王系譜で、王家の医者だけが自由に体を診る権利がある。もちろん、他の医者でも治療は可能だが、公王家の肉体に通じているのは、やはり王家の医者だ。

 それにそのような面倒な相手をわざわざ抱える必要も軍には無い。

 当然コンスタンツェが自宅に戻るというのなら、護衛も一緒となる訳で。

 負傷したオロフも一緒に自宅での治療となったのだ。


 そして本人の言う通り、訪れた部屋に寝ているのはオロフであり、コンスタンツェではない。


 突進する進路を変えると、ターク公に挨拶を始めた彼には、見たところ負傷した様子はない。

 その姿に安堵はしたが、代わりに寝ているオロフの姿は酷いものであった。


「失礼して、聞いても良いだろうか?」


 ターク公経由でコンスタンツェへと許しを貰うと、ニルダヌスはオロフに問うた。


「ゴート商会の護衛を負傷させる者とは、獣人か?」


 オロフの所属する傭兵団をゴート商会という。

 コンスタンツェの館は、その傭兵団が厳重に警備を固めていた。

 公王親族でも継承からはずれたコンスタンツェは、近衛ではなく傭兵が身辺を守る。

 もちろん、本来ならば継承からはずれた身であっても、純粋な公王親族の血であるから、近衛がついてもおかしくはない。


 では、ゴート商会を雇う意味は何か?


 完全に継承を放棄、優秀な傭兵を雇うことで近衛以上の身の安全をはかっているという表現行為である。

 その優秀故に依頼料の馬鹿高いゴート商会のオロフが、負傷する敵である。


 カーンと同等の重量獣種を痛めつけられる敵。

 ニルダヌスが興味と危惧を持つのは当然だ。


「うーん、ちなみにオッサン誰?」


 それにニルダヌスはターク公を振り返った。


「私の所有物でニルダヌスです。」


「へぇ」


 オロフの見える部分は包帯で巻かれている。

 そして彼が重傷と言う部分は左腿から先に向かって、奇妙な箱が覆っていた。

 奇妙な箱には様々な硝子の器具が組み込まれており、その中身は見えない。

 彼の左足がどうなっているのかは、全く伺い知れ無い。


「何かどっかで聞いた名前っすねぇ。で、軍に言った証言通りの返事をした方がいいんですかねぇ」


「コンスタンツェ」


 叔父の呼びかけに手を振ると、コンスタンツェは笑った。


「この私に何を制限しろと?別に、街角に立ち演説するわけでもなし。

 まぁ、何も公爵殿や奴隷に告げる事も無いというのなら、私の大切な方にだけ内緒の話をするだけです。美しい私の」


「失礼する」


 実に素早かった。


 ターク公と私は目を丸くしたまま動けなかった。


「あ~コンスタンツェ様。言ってなかったですけど、俺が動けない間、ゲルハルト様が教育してくださるそうですよ~良かったですねぇ。

 因みに、お嬢様はコルテス様の縁者で、王様から無礼なきよう良きに計らうように~って内々のお達しがあったんですよぉ。

 だから、ゲルハルト様の前で手を握ろうとしたら、駄目ですよぅ」


「..遅い」


 叩かれた頭部を押さえてコンスタンツェが呻いた。

 子供でもない甥を叩いた叔父は、手首を軽く振っていた。

 殴った方の手も痛いようだ。

 だが、痛い様子は手を振るだけに留め、無表情のままゲルハルト侯爵は詫びた。


「甥の無礼、誠に申し訳なく思う。

 改めてお詫び申し上げる。」


 それにターク公は面白そうに、黙って私を流し見た。


「未だ襲撃に動揺しているのだな。

 最近、子供の頃のようにかまってやらなんだお陰で、どうやら色々とたるんでいるようだ。

 余所様の大切な娘御に無礼を働くような、礼儀知らずとはおもわなんだ。」


「いえ、このような時期に押し掛け、見舞いをさせて頂けただけでもありがたいと思っております。」


「..では、改めて公爵殿にお願いをいたしましょう。

 このコンスタンツェ、オリヴィア姫様に一目お会いした時から、その麗しくも美しいお心とお姿に心酔し」


「初めてお会いした時ってあの時ですよねぇ~。

 神殿にいたお嬢様に無理矢理面会しようとして、叩きのめされたし。

 コンスタンツェ様じゃなくて俺がぁ~。

 次に夜中に忍びこんだお陰で、ボコボコにされたし。

 もちろん俺がっ。

 いやぁ思い出深いっすぅ~」



 重い音がした。


 私に手を差し伸べた所で、コンスタンツェは頭部を抱えて沈んだ。

 ゲルハルト公爵はコンスタンツェよりも背は低いが膂力はあるようだ。


「叔父上、一応、私は叔父上よりも身分があり、且つ成人しているので..言葉だけで十分通じます」


「最初から礼儀を持って行動するなら、手など上げぬわ、馬鹿者が!」


 再び私達に詫びるとゲルハルト侯爵は甥に向き直った。

 見苦しいところをお見せするが、と、前置きした侯爵の顔が怖い。


「他人様の前で、大人の甥を叱らねばならぬ我の方が恥ずかしい。

 だが、嘆かわしい事に多少の事では、お前は恥など感じはしまい。

 ならば、ご迷惑をお掛けしている身ながら、そのお相手の前でこうして馬鹿者でもわかるように、躾ねばならぬ。」


「躾といわれましても、私は既に大人ですと」


「大人が他家の娘御に、市井の民のように気軽に声をかけて良いという常識は無い。

 それは相手が身分下であろうと同じであるぞ。

 己が身分を考えて行動することこそ、相対する者にも礼儀となるのだ。

 そしてここで言う礼儀とは、婦女子に対する思いやりでもある。

 では、他家の娘御と言葉を交わすには、まず、どう振る舞えば良いか、幼年の学び舎で最初に教えられるのではないか?

 まずは、礼儀をもってそのご家族に願い出てからの話と教えられたのではないか?

 まして成年にならぬ相手ならば、付き添いが必要とは常識であろう。」


「オロフ、怪我が治ったら覚えていろ」


「このような幼年の男のおのこに最初に言い含めるような話を我にさせるでない。

 この現状をお前の祖父母にどう説明せよというのだ。

 毎年毎年、お前に釣り合う見合いの相手を捜し出し、腐心している方々に何と言えばいいのだ。」


「叔父御よ、私は、まだ姫に求婚をしている訳では」


「当たり前だ、馬鹿者が!」


 説教めいた愚痴から怒りが再燃したのか、ゲルハルト侯爵は甥の耳を捻りあげた。


「気に入りの相手に手順も踏まずに言い寄るようならば、我がこの手で成敗してくれる。

 父代わりと思うておる我に成敗されたいか!

 それとも母代わりとして尻を叩くのが良いか?」


「痛いです叔父上..尻を叩くのはご勘弁を。ただ、姫との会話をお許し願いたいだけなのです。このコンスタンツェ、決して疚しき感情によりおつきあい願いたいわけではありません。」


「...」


 それに侯爵は穴があきそうな程の凝視をコンスタンツェに返した。


「今までの人付き合いを省みてから、発言した方がいいっすよぉ」


「どういう意味だ。ともかくも、姫だけには今回の事に関して、私は伝えたいことがあるのですよ。

 もちろん、貴女との一時は、私にとっての至福にほかなりませんが」


「そーいう事言わなきゃいいのにねぇ~」


 ターク公は少し微笑むと言った。


「ローレ殿下。

 私もニルダヌスも、知りたいのです。

 災いは、目を閉じていれば通り過ぎる訳ではないのですから。

 もちろん、ローレ殿下から聞かずとも、私なりの伝手で知る事も可能です。

 ですが姫と共にある私達も、殿下のお話を聞きたいと思っているのです。

 もちろん、殿下が姫と二人きりで話し合いたいというのなら」


 そこで笑みを深くするとターク公は言った。


「姫の騎士を呼び寄せてから、姫と騎士との三人でお話を聞くという事になります。」


「騎士とな?」


 ゲルハルト侯爵の呟きに、ターク公は笑顔のまま答えた。


「バルドルバ卿が本来の保護者です。」


「ちなみに、夜忍び込んだ時に、俺をボコッたのは、その旦那ですよぅ。」


 ゲルハルト侯爵は、片手で自身の目を覆った。

 甥の耳は捻りあげたままだ。


「もちろん、軍の方から箝口令がでている部分もあるでしょうが。東の人間として聞いてはならない部分だけ、姫に耳打ちされるがよいでしょう。

 それでも姫とだけ語らいたいと言うのなら、やはり、姫の騎士が同席する事になるか..」


「多分、旦那なら姫を都から自分の所へ連れてっちゃうんじゃないですか?危ないから駄目って」


「それはそれで、困るんですよねぇ。どうします?」


 問いかけられ、私は皆の顔を見回した。

 本来の目的を考えれば、二人の無事が確認できただけでも十分である。


 だが..






 テトは欠伸をすると部屋の隅で丸くなった。

 シュナイは壁際の椅子へと促される。


 そうして皆で話を聞くことにした。

 怪我人も含めての話に、ゲルハルト侯爵は館の者にお茶を運ばせる事にした。


 私はもう、ターク公にしろニルダヌスにしろ、この部屋にいる者には、何も隠す必要は無いように思えた。


 多かれ少なかれボルネフェルトとグリモアそして私という関わりに、この部屋の中の者は無関係ではないからだ。



「まだ、なんですね」


 シュナイの呟きに、私はわからず首を傾げた。


 お茶がくる間の沈黙に、オロフが吹き出した。


「うわっ、あえて俺が突っ込まなかったのにぃ~」


「ご無礼をいたしました」


「冗談でしょうから、私も流していました。」


 ターク公の言葉に、オロフが問いかけた。


「因みに本気だったら?」


「本人の意思を尊重し、全力で対処したいと思います。」


 麗しい微笑みがコンスタンツェとゲルハルト侯爵に向けられた。


「その心は?」


「まずは私と言うよりも、保護者の了承を得てからでは?」


「..ゲルハルト様、俺、失業しそうです。つーか生き残ったのに、せっかく生き残ったのに、死亡確定ですよぅ俺」


「...」


 無言の叔父にかわりコンスタンツェが首を傾げている。


「何の話だ?」


 お茶が来るまで、沈黙が続いた。

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