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冬の狼  作者: CANDY
降臨の章
244/355

ACT213 氷の魔物

 ACT213


 軍部から当時の時事が記録されている公文書が届いた。

 次が元老院の議事録。

 そして最後が王府と民の行政文書。


 何れも名無し在位期間の、大きな出来事の記録が記載されている。


 軍部、元老院、王府、の三つを比べても、齟齬は殆どない。


 たぶん、焚書と共に手が入っているのだ。


 記録の流れは、宗教統一など長く混沌とした時代が終わりを告げた頃に、三代目が王位を継ぎ始まる。

 少数民族との戦闘。

 北部蛮族の侵攻、絶滅領域の出現。

 三代目の後宮建設。

 神殿内部の宗教改革と審問官の人員削減。

 都で大きな災害があり、王城の一部破損と人的損失。

 この時の年行事の中止。

 三代目への異例の告発文が元老院と神殿の二つから提出される。

 ランドール公王即位。

 そして、処刑。

 焚書となる。



 改変というよりも、出来事の間の部分が抜き取られているようだ。

 王を告発する内容もしかり。


 当時、王から名前を取り上げる理由を、公的には何としたのか。


 元老院の議会記録を長々と読んでも、よくわからない。


 王国中の希少種の女性を誘拐した罪?

 と、言うわけではない。

 民族種族間の対立を不要に扇動した?

 これも違う。


 そして記録の後半に、ほんの付け足しのようにあったのは、首を傾げるような罪状である。

 だが、他に名無しの罪状らしき記入は無い。



 神殿墳墓不敬罪。

 変死者埋葬罪。

 遺物発掘罪。

 死体損壊発掘罪。



 後付けの罪状だとしても、奇妙であり、逆に薄ら寒い物を感じる。


 何があったのか?

 ランドール王の話以上の内容は、書類からは読みとれなかった。




 堅い公文書から、庶民階級の時事録を手に取る。

 王府の民向けの役所の記録である。

 当然、民が目を通しても理解できる口語が主体だ。


 一般の民向けの、年次毎の記録がおもしろい。

 砂糖の相場やはやった食べ物まで雑記帳のように書かれている。

 北が凍り付いた後の、穀物の価格の上昇。

 交易路の変更や、気候の変化も書かれている。

 当時は、絶滅領域の出現に、不安が広がったのだろう。

 たぶん、この民の不安が、戦勝よりも勝ったのだ。

 罪状は無くとも、王は失敗したのだろう。

 当時の記録官の意見も書き込まれている。


 一言、二言なのだが、下層階級ほど三代目の人気は無かったようだ。


 税が不当に高い訳ではない。

 ただ、何か問題が起こると、下層民の正当性が認められる事はなかったようだ。

 つまり、貴族と庶民が対立すれば、理由や正当性は無視され貴族に軍配があがる。

 少数種族であれば人族が優先される。



 ふと、名無しがレイバンテールの奥方と重なる。

 人族の長命種という枠に、自己同一性を求め続けた亜種の人。


 まさか、彼女のようにモーデンの血に拠り所を見つけたとでも言うのだろうか?


 多数の意見、力のある者の意見が優先される。当たり前のように考えがちだが、階級社会でも秩序を維持するには、あからさまな偏りは社会不安に繋がる。

 身分と秩序に、正当性が欠けると階級社会は崩れる。

 当時の元老院の議員構成と軍部の力関係はわからないが、公王と名乗るには中立中庸でなければならない。


 もしかすると、その公王であるという存在の作られ方が問題だったのだろうか?

 推論、想像、相変わらず、わからない。

 書類をしまうと、ターク公の部屋を後にした。





 今日は朝から天気が良い。

 裏庭の洗濯紐には、たくさんの洗濯物が干されている。


 相変わらずひょろりとしたエウロラが、濡れて重い洗濯物をらくらくと搾っている。

 彼女は私に気がつくと、にやっと笑った。


「元気そうだね。何か困ったことは無いかい?あったら、言ってごらんよ。今日はまだまだ洗濯物があるからね、しばらく、ここにいるから」


 大きな盥には石鹸と敷布の山があった。


 何も質問は無い。

 人を救う方法を教えて欲しいとも言えない。

 病んでいるのかと返されるだろう。


 私は林檎の木を見上げて、戸口の石段に腰を下ろした。

 日差しは暖かく、花の香りと虫の羽音が聞こえる。

 文句のつけようもない春の日である。

 リアンは学問所へと出かけているし、テトは家の中をドゥル夫人と探検している。

 どうやら、夫人はちょくちょくお菓子を与えているようだ。

 口調は厳しいが、猫好きのようである。


「何もないのかい?ん~そうだねぇ。

 じゃぁ、アタシの養い親の、その又、恩人から聞いた話をするよ。まぁつまり、他人だね」


 彼女は洗濯板を取り上げると、勢いよく敷布を洗い出した。


「昔々、この都は小さな町だった。

 でも、人がだんだん集まってきて、どんどん大きくなったんだ。

 そしたら、悪い奴が現れて、この町から人は出て行けって言い出した。

 お金もお家も、食べ物も、全部置いて、出て行け。

 さもないと」


 エウロラは、汚水を流すと水を新たに汲み上げた。


「さもないと、冬に氷の魔物を呼びだして、みんなを凍らせちゃうぞってね」


 凍らせる?


「そこで、最初の町を作った偉い人は、壁を作った。大急ぎだったけど、冬になる前に、悪い奴が入れないように高い高い壁を作った。

 悪い奴は壁の外で怒った。

 壁を作ると言うことは、出て行かないと言うことだ。

 氷の魔物をけしかけてやるってね。」


 私が聞いている事を目で確認すると彼女は続けた。


「町の人は、魔物が来る前に、壁の外側にもう一つ大きな壁を作った。

 二つの壁なら魔物も越えられないだろうってね。


 ところがだ、氷の魔物は大きくて最初の壁を楽々と壊した。


 さぁ大変だ、次の壁を壊されたら、皆凍り付いて死んでしまう。」


 ごしごしと洗濯物を洗いながら、エウロラは楽しそうだ。

 笑い顔で私を時々見ては、話の続きを喋る。


「そこで、町の人は氷の魔物が中に入れないように、春を呼ぶことにした。

 春になれば、氷の魔物は力を失う。

 季節を変える事はできないけれど、町の中だけ春にしようってね。


 春の祭りをした。


 娘達は着飾って、成人の踊りをする。


 すると娘達が踊っていると、氷の魔物は近寄れない。


 楽しそうに壁の中で暮らしていれば、悪いものは入ってこない。」


 濯ぎ水を何度も汲んでは、洗濯物を洗う。

 手際よく搾り、あっという間に干されていくのを眺めながら、私は息を潜めていた。


「春の祭りは、そういう意味があるんだよ。

 だから、その祭りで娘が倒れるなんて、怖いって皆言ってる。


 そして春の祭りで、踊りを踊らない年は、良くないって事。


 もし、今年、誰も踊らなかったら、この都ができてから二回目って事になる。」


 春の日差しに照らされたまま、私は彼女を見つめ返した。

 私は、息が詰まるような気がした。


「街の中も少しばかり騒がしい、親切なアタシは、何にも知らないお嬢様に忠告って訳だ。


 春の祭りは、国の行事だからね。

 それを妨害するのは悪い奴だ。

 まぁ、アタシらには悪いかどうかは分からないけどね。

 でも、この家のお嬢様もお客のアンタも、十分気をつけるんだよ。

 おきれいな街でも、悪者はいるんだからね」


 妨害、を確信しているのか?


 私の内心の疑問に答えるように彼女は付け加えた。


「親切心だよ、親切心。

 ここの所、皆不安なのさ。

 去年の夏頃からだね、ちょっとばかり、おかしな事になってる。

 だから気をつけるんだ。

 アタシみたいに力の強い娘なら、大丈夫だとは思うんだけどね」


(どういう事?)


 我慢できずに手をつかんだ。

 すると、エウロラは驚きもせずに、答えた。


「都の下層、白夜街もそうだけど、身よりのない女子供が消えるんだよ。身寄りが無いし、家もない。だから、役人や兵隊も気がつかない。

 たぶん、難民の中にも、いると思うよ。」


(気がつかない?そんな)


「ここは良くできた鳥籠だけどね、こぼれてしまう者も多いんだよ。だから、アンタも気をつけな。」


(売られるとか?)


「だったらいいさ。奴隷だろうがなんだろうが、息をしていられるんならね。」


 驚く私に彼女はニヤリとした。


「困ったことがあったら、合図をするんだよ」






 何者であるのか?

 と、言う問いには相変わらず彼女は答えなかった。

 念話に対しても何も言わない。

 公王の監視も、彼女には何も影響がないのだから、彼女の言うとおり親切心かもしれない。

 私がこの場所に来る前から、彼女はここで働いていたのだから。


 だが、凍る、という昔話に、私は改めて書類を広げた。

 春の祭りが行われなかったのは、年行事が中止になった年だ。

 都の災害、あぁ、ゲオルグ・グリューフィウスが処刑になった年に祭りは執り行われなかったと誰かが言っていた。


 ランドール王の言葉からすれば、彼の命を守り抜いたゲオルグは、その年に難癖をつけて名無しが処刑した。

 その年は災害があり、祭りができなかったのだ。



(...?)


 否、違う。

 順番が違う。


 この災害というものが、あのアンネリーゼが塞いだ亀裂だとしたら、順序が違う。

 そもそも名無しは処刑されたのではない。

 すでに処刑の時は死人だ。


 もう一度、時事録を見比べ、民の生活も記された帳面も一緒にする。

 物の取引などを見ていくと、祭りが中止になった時期が分かってくる。


 最初だ。


 祭りが中止になり、次に災害があった。


 災害があって、中止になったのではない。


 国璽が発見されずに祭りが執り行われなかった。のではない。


 つまり、名無しが死ぬ前に、祭りは取りやめになっているのだ。


 この流れが正しいのではないだろうか?


(だからと言って、これが何を意味するのか?となると)




 始まりを何処とするか?


 即位後の初めに、少数民族のとりまとめに着手した。

 長命種主体の政治体制を確立する為に、少数民族等を殺害している。

 蛮族の侵攻により、北の地にて大規模な戦闘になる。


 その蛮族の侵攻とは何が目的であったのか?


 そもそも北を絶滅領域にしたのは名無しである。

 名無しは、森の民を滅ぼした。

 目的は、滅ぼす事ではなかったのかもしれない。

 結果的には、北は凍り付いた。


 それを世間では、蛮族の侵攻をくい止めたという事になっている。


 では、蛮族の侵攻はなかった。

 と、仮定する。


 すると、始まりは、北を凍り付かせた事からだ。

 その頃に、エイジャ・バルディスは消えた。

 北で森の民と共に死んだのかも知れない。

 だが、その死は確認されず、生き残りの女達は捕らえられて後宮へと送られた。


 人質なのか、利用する目的があったのか、単に森の民の女が欲しかったのか。


 目的だ。


 結果は、名無しは死んだが、目的は何であったのか?


 都の守護が消えれば、己も死ぬというのに、何がしたかったのだ。

 公王という立場が苦痛だったのだろうか?

 だが、理由がわからない。

 理由。


 唯一の要求。


 それは私の血肉が欲しいというものだ。


 森の民の血肉。


 何に使う?


 しかし、それならば捕らえた森の民の生き残りでも良いはずだ。


 私でなければならない理由。


 エイジャとアンネリーゼの子供の血肉が必要な事。


 守護を破る事が何かを引き起こすとすれば。



 守護が消え、人が死ぬ。破滅だ。


 だが、欲深い者が破滅を望むだろうか?


 違う。


 何かを得るために行った筈だ。



 結果から見れば、名無しは理に手を出している。

 何らかの術を使えたのだ。

 呪術か魔導か、その性質は分からないが、術を使えた。



 そして失敗した。

 アンネリーゼは対処しただけだ。

 だが、それは結果。

 守護が壊れたというが、名無しが守護を壊したかったかどうかもわからない。

 結果として破壊したが、目的は別にあったかもしれない。

 そうでなければ、おかしい。

 強欲でなければ、人を踏みにじって笑っていられる訳がない。

 己の利益が無ければ。


 強欲?


 わからない。

 それ自身が冷酷であったと他者は言う。

 しかし、どこかでアンネリーゼもエイジャも見捨てる事ができなかったようだ。

 そんな気がする。

 だからこそ、手遅れになった。





 わからない。


 推論ばかりで、あの亀裂を修復するという目的から逸れてしまう。



 元の守護の陣を読みとる事。

 名無しが干渉した力を読みとる事。

 そして、亀裂を塞いでいる術を読みとる事。


 そこから、新たに修復する方式を探す。


 元の守護の陣は巨大で緻密だ。それを読みとるには、この都の地形と建物を把握しなければならない。

 この資料はランドール王に頼む事になる。


 そして亀裂を塞いでいる術は、その元の形が理解できなければ無理だ。


 問題は、やはり、名無しの目的とした力を読みとる事だ。

 それが私の知り得る術にあるのならば、理解できるだろう。

 だが、目的が不明では、その元の方式からどのような変化を重ねたかも、失敗した要因も、何もかもがわからない。


 つまり、名無しは何をしたかったのか?


 という事になる。

 過去を知らねばならないのに、もどかしいほど、その中心の男が見えない。






 午後、典礼長であるゲルハルト侯爵がグリューフィウス家を訪れた。


 家には、ドゥル夫人と私だけである。

 リアンとフェリン、そしてシュナイは買い出しに出ている。

 男手があるのだからと、大荷物になる買い物に出かけたようだ。

 運び賃をケチる必要はない。と、言う息子のボヤキは却下されたようだ。

 店の者に運ばせた時の代金をケチるほどの大荷物とはなんだろうか?

 リアンは母と兄とのお出かけに浮かれていた。

 楽しそうでなによりである。

 そして、留守番となった私と夫人は、ちょうど午後のお茶をするところであった。


 先触れもなく訪れたゲルハルト侯は、どうやらランドール王から私の事を聞いたようである。

 勿論、気にかけている程度の話だ。

 しかし、その一言二言が重要でもある。

 ゲルハルト侯は、元々ターク公に挨拶に来るとは言っていたが、どうやら、夫人と私でもいい話を持ち込んできたようだ。


 夫人のもてなしに礼を言いつつ、ゲルハルト侯は、私を同席させると前置き無しで用件を語った。


「花祭りの祭事は、今年も滞りなく行われる。

 正式な決定がなされた。

 そこで、成人を迎える娘の数を規定どうり揃えねばならない。

 この前の事故により、辞退者がでる事が予想される。

 そこで、最初から神殿より各家庭に、奉仕が与えられるだろう。」


「奉仕ねぇ、つまり、強制参加ですね。」


「そうだ。都在住の信徒の家庭に奉仕の願いが通達される。」


「集まりますかね」


「たぶん、庶民の裕福な家庭の者は辞退するだろう。そうすれば、貧しい者や裕福な家に雇われている者の家族も、参加はすまい。」


「辞退しますかね」


 ドゥルと私に、ゲルハルト侯は頷いた。


「本来なら、神殿の奉仕はこぞって皆参加する。

 神殿に逆らう事は、庶民の富裕層では考えられない。

 だが、花祭りは縁起を担ぐものだ。

 不吉と思われる出来事のあった年に踊る必要もない。

 それに具合の悪くなった娘を、今一度踊らせるという事を親ならば止めるだろう。

 事実、こちらとも深い関わりのあるクード商会の娘は臥せったままと聞く。」


「まぁ確かにそうだ。それでも祭事を執り行うと?」


「中止とまでは言わずとも、様子を見るべきだと進言したが。

 神殿と元老院が強固に反対をした。

 結局合議に持ち込んだが、毎年の事でこれまでの費用の回収もしなければならない。と、まぁ私の力が足りなかったという事です。

 ボルネフェルト公爵殿は、当時、そうとう責められたでしょうな。それでも祭事を中止に持ち込んだ。英断でしたな」


 思いもしない名前が出た事に驚く。

 それを見たドゥルが、口の端を少し引き上げた。


「ボルネフェルトはボルネフェルトだが、あの男の父親の方さね。

 ゲルハルト殿と同じく典礼長を勤めていたのさ。

 私の息子が処刑された年のは、ボルネフェルト公爵が仕切っていた。

 唯一、祭事が流れた年だ。祭りの準備で人が」


「ドゥル夫人」


「おぉそうだった。

 その年は災害やらなんやらで、その年の祭り全てを中止にしたんだ。

 本来ならやるべき全ての事を、全面的に取りやめた。

 各方面から公爵は責められた。

 だが、全ての責任は自分にあるが、今年は祭りを執り行ってはならないと強固に主張したんだよ。

 その時は神殿も味方したんだ。

 でも王の勘気に触れ、役職はすべて解かれた。

 その後の騒ぎで祭りはできなかったから、後になってみれば早い内に中止にしたおかげで、損失は少なかったという訳だ。」


 驚きを表に出さないようにするだけで精一杯だった。



 あぁ、繋がった。

 繋がったのだ。



 死霊術師の始まりは、ここだ。

 父親が、典礼長だった。

 名無しの王の、公王家の祭事、神事を扱っていたのだ。


 何か、異変を感じたのかもしれない。

 または、何かを手伝っていたのか?


 血族で争い死した?


 そして息子はグリモアを得た。


 それこそ偶然などと馬鹿馬鹿しい考えだ。



「神殿からの奉仕の願いは、貴族家庭にも届くはずだ。

 男爵以下まで参加させてやっと埋まる程度だ。

 そこで辞退者が出た場合、王命が下るだろう。」


「お気遣いありがとうございます」


 侯爵に礼を言ってから、ドゥルは私に言った。


「つまり、その前に病にて辞退しろということだよ。神殿の奉仕願いが届く前に言っておけば、不敬にもならずにすむ。

 我が家の場合、何をやっても気に障るという人間がいるからね。


 それに姫、お前さんもだよ。


 底意地の悪い人間なら、余所から来た娘でもいいから踊らせろとか嫌がらせをされるかもしれないだろう?

 まぁコルテス殿が許しゃぁしないだろうがね」


「あながち、的外れな事でもない。

 もしも、人が集まらなければ、下々の者で適齢の娘なら誰でも良いという事にもなりかねない。

 それでは逆に、当日の守りが不安だ。

 王の御前に身元の分からぬ者を近づける事になる。」


「中々に悩みは尽きないねぇ」


「いかにも、娘達の体調不良の原因が分かればよいのだが」


「分からなかったのですか?」


 それにゲルハルト侯爵は、ドゥルに目配せをした。


「..そうですか。なるほどねぇ、他の方々は?」


「皆、代替わりして知らぬのよ。困ったことだ。甥に命じたが、どこまで探れるかにもよる。

 どちらにしろ、貴女と家族、それにコルテスの姫よ、早めに届け出を出し、不用意に関わらぬ方がよい。」


 ゲルハルト侯爵の顔は、相変わらず厳しい。

 最後に私の頭を何故か撫でると、彼は疲れた様子で帰った。


「侯爵どののお孫さんも、舞いの適齢にかかるんだよ。だから、事故の原因がわからないと、不安でしょうがないのさ。まさか、典礼長の家族が辞退する訳にもいかないからね」


(祭りを中止にできない理由があるのですか?)


 差し出した帳面を見て、ドゥルは答えた。


「色んな理由があるんだろう。まぁ、結局は金銭の事が一番じゃぁないのかね。人間だからね。

 その点、ボルネフェルト公爵は、無欲の人だった訳だ。

 金の損失よりも人の安全をとったんだからね。

 そんな御仁が最後は惨死とは、世の中、間違いが多すぎるよ、本当にね」


 自身の息子も、理不尽に亡くした彼女からすれば、ボルネフェルト公爵の不遇の息子を引き取るのは、当たり前の事だったのだろう。



 当時の祭りの事を調べる事はできるのだろうか?



 茶器の片付けをするアンテを手伝う。


 午後の日差しに雲がかかる。


 私は、大きく息を吐いた。


 あの冬の日と同じ、厭な予感がした。

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