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冬の狼  作者: CANDY
降臨の章
240/355

幕間 眠る前に 下

[眠る前に]


 野営地は、城の西側、コルテス方向の街道に据えている。


 荒野を見下す木々の際だ。

 澱む大気も城の方向へと流れているので、それほど臭わない。


 炊事を行う兵士が、大量の水を煮立たせている。

 シェルバンの水を使うには、煮沸後に消毒薬を混ぜる。

 獣人には影響が無いとは一応考えられるが、植物化した何かを見た後では直接摂取するのは躊躇われる。

 花が咲いた死に様になるくらいなら、消し炭にしてもらった方が良い。

 体から汚れを落とすのにお湯を貰うと、顔と手を先に洗った。

 仲間は先に食事をとっている。

 暖かなお湯に息を吐く。

 コルテスとボフダンの者を、この土地に入れるには、まだまだ時間がかかるだろう。

 審問官の集団を入れたのは、彼らの生き死にには責任をもたなくても良いからだ。


 カーンは食事をする兵士を横目に、奥の天幕へと向かった。


 殆ど寝ていない。


 ミルドレッドに一度戻る途中で立ち寄ったリスロンでの夜以来、睡眠をとった記憶がない。


 不眠の限界は、戦地で試したところ二週間前後だ。

 ただ起きているのではなく、活動できる期間だ。

 人族では勝手に意識が落ちるだろうし、通常作業に影響がでる。

 獣人の場合は思考力は落ちないが、半活性化状態らしく腹が減る。


 現に、今、空腹だ。


 ミルドレッドから直接補給に切り替えたのも、食料の現地調達による汚染も考慮されているが、元々荒廃したシェルバンに生息する野生動物を食い尽くさない為でもある。

 獣人は肉体的に万能と考えられているが、非常に燃費の悪い生き物なのだ。

 だから、領地の食料自給率と環境を保つ努力が領主には必須である。


 等と、適当な事を考えているのは、目の前の光景に既視感を覚えるとともに、食事よりも睡眠を優先したくなったからだ。

 傭兵時代、同じ光景を何度か見た。

 その度に、本当は殺す気なのではないかと疑ったものだ。


「俺は、携帯食でいいかな」


 カーンの呟きに、鍋のまわりで悶絶していた部下が答えた。


「薬物耐性の強度順に食べる規則です」


「指揮官を行動不能にしてどうするんだ。薬はのんだのか?」


「標準装備の解毒剤を試しました。血中濃度があがる時間を見ていますが、副反応が押さえられません。」


 エンリケは、利き手をカーンに見せた。


 差しのばされた手は、痙攣どころかブラブラと揺れている。


 隣ではスヴェンの擬態が半分解けていた。

 もさもさと鬣を生やしたまま、鍋の残りを食べている。


「大丈夫か?」


「喰って片付けんとな。それにどうせ、休みながら話をするんだ、ちょっと痺れて目が回ったところで..」


 途中から舌も痺れたようで、慌てて水を飲んでいる。

 隣のイグナシオは無言だ。

 無言で祈りを捧げている。

 多分、スヴェンと同じく舌が痺れているのだろう。


「サーレル」


 カーンの問いかけに、彼は肩をすくめた。

 毒物を食事に混ぜた張本人は、平気な顔で食べている。


「一度食べれば、耐性がつくんですから、本当に危険な時は専用の中和剤を飲ませますよ。それにしても麻痺の効果を期待していたんですが。エンリケ、頑張って食べた甲斐がありませんでしたねぇ」


「副反応がでないように加工したと思ったから、口にしたんだ。なぜ、毒性をそのままにして喰わせる必要がある!」


 そのエンリケが怒鳴り返す。


「薬物耐性が兵士の中でも上位のあなた方が食べた上での、回復時間を見ているんですよ」


「作戦行動中に我々を行動不能にしてどうする!」


「襲撃されても、その位の毒なら体活性すれば平気でしょう?」


「サーレル」


 今度はオービスが静かに名前を呼んだ。


「サーレル、腰が抜けたぞ。麻痺の効果はありそうだが。活性ができん、この歳で垂れ流しは困る。おぉ痙攣してきたぞ」


「え!」


 慌てたエンリケとサーレルが、オービスに中和剤を飲ませている。カーンは、その騒ぎにも静かなモルダレオを見た。

 彼は一人、お茶を飲んでいた。


「自分は一口だけしか食べていません。兄弟が自分の分まで食しました。故に副反応が極端にでたのでしょう。」


「何処を目指しているんだよ」


 紫色の汁物を、それでも自分の椀に盛る。

 毒殺犯の言葉通り、一度食べた毒物には耐性ができるというのは、獣人の特性である。

 何も限界まで食する必要はなく、一口二口でも良いのだ。

 ただし、その一口二口で終わらせると、残りは部下に行く。

 この六人は特に毒耐性が高いので、毒鍋を食しても後の行動に支障がない。しかし、一般兵の殆どは暫く行動に支障がでるし士気も下がる。

 食事が唯一の楽しみなのに、それではあまりに不憫だ。

 もちろん毒耐性がつくのは良いのだが、ここでつける必要は全くない。エンリケの言うとおり、痙攣の副作用を抑える加工をしてから試してもいいのだ。

 それを思うと、ここで食い終わらせたかったのだろう。


「統括を昏倒させる程度の麻酔薬の開発だそうです。超重量の先祖返りを昏倒させる薬物は、今のところ合成できておりません。そこで自然界の物質を今は調査している所だそうです。」


 モルダレオの冷静な説明の向こう。

 オービスがにっこりと笑いながら、サーレルの頭部を掴んでいる。

 それを見ながら、カーンは紫の汁を口にした。


 食事の味としては、普通の煮込んだ肉の汁である。

 何かの野菜と茸が混じっていた。

 次に、微妙な苦みがくる。

 と、唐突に喉が痺れた。

 これなら、獣人以外だと昏倒するだろう。呼吸器に麻痺が出れば、最悪死ぬ。


 じんわりと体中が熱くなるが、カーンにはそこまでだ。

 必要な薬も効果が無いという困った体質だが、こうした毒物も、ほぼ効かない。

 自分に効果がないとすれば、統括にはもちろん効かない。

 そのまま椀の中身を完食する。

 次からは、痺れも感じなくなるだろう。


 エンリケは、多分、薬物耐性の強い患者に使える薬が欲しいのだろう。だから、あえてサーレルの趣味を見逃している。

 しかし、麻痺薬としての実験だとしても、痙攣を引き起こす毒性を残す必要は無い。

 まぁ、多分、素早く解毒分解をしてしまう体の反応を、より確実に見定める為に残したのだろう。

 趣味もかねて。


「おかしいですね、麻痺の感覚も痙攣より感じられませんし。覚醒と興奮作用も、無い」


 締め上げられた頭部をさすりながら、サーレルが首を傾げている。


「痙攣で体力を消耗して、その他の効能までは追いきれん。せめて動物実験で毒性を押さえられるまでしてから、人体実験をしろ」


 エンリケが未だに不規則に揺れる利き手を押さえつつ言った。


「えぇ~、それじゃ面白くないじゃぁないですかぁ」


 ガツッと音がすると、オービスが微笑んだまま再びサーレルの頭部を掴んでいた。


 鍋の汁は、スヴェンの努力によって無くなった。

 お代わりは無いという話に、安堵の息が漏れた。






「中央王国の建国記は学んだと思うが、ここで一応の確認の為に説明する。


 建国以前の歴史については、今のところ神話的な物ばかりで裏付けがなされていない。

 歴史とは、王国では改竄される事を前提とした創作物だ。


 何処までが本当であるか、我々にはわからない。


 ここで述べる建国記の内容は、一般庶民が与えられている情報である。

 一般庶民、まぁ、知識層から出されている情報、国の役人が流布を認めているものだ。」


 茶を飲みながら、スヴェンが顎を動かす。違和感が未だにあるらしい。それでも言葉は滑らかに出ている。


「建国記以前、我々は三つの種族で争っていた。


 獣人、亜人、人族だ。

 それを千年戦争と呼ぶ。

 そして、その戦争の末期に、長命種の王であるモーデンを柱とした国もできた。


 モーデンは長い争いに嫌気がさし、獣人の勢力と手を結ぶことにした。これが建国記の始まりにかかれている、人獣統合中央大国だ。

 これが後の中央大陸オルタス統合王国の前身である。


 公的歴史には、モーデンの尽力により獣人王家と共闘するにいたる。という簡単な説明で多くは終わる。


 この国は戦い続け勝利を手にし、宗教統一を果たし宗主国になった。


 と、こんな具合に建国記には綴られている。

 ご立派な人族とお偉い獣人の王達が、賢く立ち回り、めでたく大きな国になり、皆、幸せに暮らした。めでたしめでたし。とな。」


 毒鍋では足りなかった食事をカーンとモルダレオが食している。

 一般兵に食べさせるつもりの大鍋を食べきった他の面々は、サーレル以外無口だ。

 そしてひたすらお茶を飲んでいた。

 下から出す気なのかもしれない。

 スヴェンも沈黙して横になりたいが、そうもいかない。


「しかし、ここで共闘し戦ったのは亜人相手ではない。三種族に国ができたが、つまりは三種族それぞれに小国が乱立し、争いあっていたのだ。まるで、種族ごとに団結し、三つどもえで争っていたかのような記述だが、この大陸は様々な利権によりバラツき争っていたのだ。


 今と同じにな。


 そこでモーデンの勢力と獣人の一番大きな勢力が一つになり、国を造った。

 そして同族の小国を平らげ、各国の宗教を弾圧し、武力にて国を作り上げたというわけだ。


 これも表だって記録はされていないが、一般庶民も理解している昔話だ。


 さて、こんな風に建国記と庶民、我々の歴史認識があるわけだが。


 支配者層と宗教家には、また、少し違った建国記、つまり認識がある。


 彼らは、この国が生き残れたのは、偉大なモーデンと獣人の王であるオル・フォメス・モルデンのお陰だとは考えていないのだ」



 天幕の入り口は開いている。

 そこからは、やけに白い空と黒い地平が見えた。

 炎はここからだと見えない。

 カーンは外を眺め、食事の手を止めた。


 生きている事、全ての物事、己の人生が不意に馬鹿馬鹿しく無駄に思えた。

 無駄で無意味で、くだらない。

 虚しさではない、不意に冷静になっただけのような気がした。

 千年以上も昔から、人間は変わっていない。

 無駄に争い、疑い、殺し合う。

 そしてその血は、忌々しいことに己の中に濃く流れているのだ。



「セネス・イオレア・モーデンとオル・フォメス・モルデンは、


 我ら二人は姿は違えど、兄弟なり。


 と、いう言葉を残している。


 モーデンとモルデン、苗字は似通ってはいるが、本当に血筋が繋がっていたかは今更わからん。だが、彼ら二人は手を組んだ。


 だが、それを仲介し取り持ち、そして国としての力を与えた存在は別にいる。

 そして、古参の上級貴族、公王や大公家、神殿の上層、元老院、とまぁ、この国を動かしているお偉い人族達と一部の獣人は、それが誰かを知っている。

 建国記には名前の乗らない者達であり、本来の正しい歴史とやらの登場人物だ。

 庶民一般には、知る必要のない、もしくは知ってはならない部分というわけだ。

 故に、普通の暮らしをしている限り知ることはない。」


「異端審問官なら知っているのか?」


 カーンの問いにスヴェンは頷いた。


「当然知っている。

 審問官は、最初に学ばされるのだ。

 二度と間違いをおかなさいようにな。手遅れだというのに」


「どう言うことだ?」


 イグナシオの問いに、スヴェンはニヤリと笑った。


「それもついでに話す。待ってろ。


 モーデンが国を造る時、どうしても人族だけでは心許なかった。だから、力の強い獣人、それも他の人族に虐げられている獣人を取り込む事にした。


 それを仲介したのは、森の民、森の人と呼ばれる精霊種の一族だ。」


 男達は、無意識に息を潜めた。


「中立であり、尊敬されている精霊種。神の使いと言われた彼らが仲介した。

 それは、彼らを率いる王の夫が、モーデンの友だったからだ。」


「王の夫?」


「おぉ、すまなんだ。精霊種は女子おなごの種族だ。王ではなく女王だな。その夫こそが、我々の争いを憂いて妻の力を借りたのだ。

 中立の精霊種が人族と獣人、様々な者に働きかけて最初の国らしき物を造った。

 そこから、徐々に我々使役されていた獣人を解放し、まとまりを大きくしたのだ。


 だから、精霊種の夫でありモーデンの友である、エイジャ・バルディスこそが、国を造った救国の人なのだ。」


「そのバルディスという者の存在は、公王家と大公家ならば周知の事実という事か」


 お茶を口にすると、カーンは視線を戻した。


「この国を立ち上げた者の子孫と、宗教統一を生き残った神殿の者、そして古参の長命種は知らぬとは言えない。己等が生き残っているのが証拠だ。」


「面白いですね」


 サーレルの言葉に、スヴェンは頷いた。


「面白かろう?


 さて、バルディスと妻は、この国を造った。

 よく考えて見ろ、国の祖と言われるモーデンよりも、重要な役割を果たした彼を、我々は知らない。


 大昔の人間だからか?


 獣人を解放し、本当に人と認めたのは彼らだったとも考えられるのに?」


 イグナシオは驚いたように、スヴェンを見た。


「北の絶滅領域は、蛮族侵攻を公王がくい止める為に、古の武器を使った為に出現したと記録されている。


 北の絶滅領域は元は、どの国のものだったかわかるか?」


 沈黙する彼らに、スヴェンは何でもないことのように続けた。


「精霊種が森の人と呼ばれるのは、北に広がる山々の森林に暮らしていたからだ。

 精霊種は、蛮族と呼ばれる人々とも仲良くしていた。


 美しく、心穏やか、そして自然と暮らす美女達の国だ。


 夢のようだろう?」


 イグナシオの顔がひきつる。

 その肩をサーレルが押さえた。


「真に野蛮は、誰であったか?何となく、先がわかってきましたよ。王国の誰かは、精霊種を捕らえようとして失敗した。

 滅ぼしてしまったんですね。

 そして、開祖のモーデンの顔に泥を塗った。

 彼の友人であり、国をつくる手伝いをしてくれた男の家族。

 妻の一族を滅ぼしてしまった。

 だから、歴史から記述を消してしまった。

 こんなところでしょうか?」


「蛮族を異教徒とし、北を絶滅領域とする先棒を担いだのが、異端審問官だ。

 北にいる者は、神の使いではなく、魔女であるとしたのだ。」


「何故、見なかったんだ!神官が見れば、一目瞭然だろう」


 イグナシオの言葉に、スヴェンは笑った。


「見たろうよ。神の言葉を身に刻んだ女達を見たはずだ。

 だが、ゲスどもには、ただの無力な女にしか見えなかったのだろう。

 我こそは正しき神の使いと厚かましくも名乗り、女達を狩ったのだ。


 消えたのか滅んだのか、私にもわからない。

 ただ一ついえる事は、異端審問官どもは、間違った者を信奉した。


 彼らは信仰を向けるべきは神だけだ。

 身をかけて信仰すべき神の使いという建前がなくなれば、奴らは単なる差別主義者の集団だ。


 異民族異種族を虐げ、姿形の見た目や趣味趣向の違い、性別、そして貧富の違いで人を分ける、ただの心の無い者にすぎない。


 奴らが信仰という言葉を口にする度に、私は奴らを殺したくなる。


 私自身も、心の狭い愚か者だな。」


「間違った者とは誰だ?」


 イグナシオの問いに、スヴェンは話を続けた。


「もちろん、絶滅領域を作り出した者だ。そして、その後の騒ぎは皆も知っているだろう?


 あらゆる種族の女を集め、生き残りの精霊種を、結局は殺してしまった男だ。」


「処刑された先代か、では、その時、バルディスとやらの勢力は何をしていた?妻の一族の迫害時は」


「大切な前提を話していなかったな」


 スヴェンは杯を置くと腕を組んだ。


「モーデンの友は、古の人だと言われている。古の人は永遠を象徴していた。

 古の人の体に刻まれた神の言葉は、永遠。

 時を受け入れぬ人と呼ばれており、先代の頃も姿はあった。

 その妻となる女も又、精霊種という長命種よりも長い寿命をもっていた。だから、先代の頃、彼らは、居たのだ。」


「なら、尚更おかしいではないか。北を人の住めなくする場所にされ、己が妻の一族の生き残りを..あぁそうか」


 イグナシオは肩に置かれたサーレルの手をはずすと、顔を上にあげた。


「殺ったんだな。女達を手に入れる為に、バルディスを北で始末したんだな。

 大方、北が凍り付いたから助けてくれとでも呼び出したんだろ。蛮族との争いを止める手助けをして欲しいとでもいったのかもしれない。

 俺でも想像つくんだ。

 当時は、すぐ、わかったんだろ?」


「わかったからといって、それが公になる事も、正しい結末になるとも限らない。


 私が知る限りでは、バルディスは行方不明になり、その妻は倒れた。

 庶民は蛮族の侵攻をくい止めた先代を英雄とした。

 神殿は、その手助けをしてしまった形になり、事を明らかにできなくなった。

 審問官が神の使いを殺した。

 とは言えまい?

 そして、生き残った女達を狩り集め先代の元へと送った等と。」


「当時の元老院と軍部はどう動いたのだ?知る限り、先代の愚行を処刑し処断したあるが。」


「次代が調達できるまで、静観した。そして調達できたところで、皆が知るとおりになったのだ。


 我々の前の世代では当たり前の知識が、消し去られている。


 エイジャ・バルディスとモーデンの建国記は、無い。


 そして先代の功罪もだ。


 処刑された王としてだけ、残っている。」


 やっと腰が立ったオービスは、立ち上がると天幕の外に呼びかけた。

 食器をすべて下げさせる。

 それから改めて簡易な卓を置くと、荷物から円筒形の筒を取り出した。

 筒の留め金を外し、取り出した紙を広げる。


 大まかな中央大陸が描かれていた。


「話を続けてくれ。儂には、少し複雑すぎてよくわからん。地図でも見ながら聞くとしよう」


 そして地図の上に様々な木の駒を転がす。

 木の駒は、様々な形に削られており、それを紙の上にたてていく。


「ここが娘の居た村だ。そして、こっちがボルネフェルトが向かった穴。精霊種が滅びた山に、こっちが南領の争いの発端になった場所だ。」


 次々と木の駒が立てられる。


「よくできていますね。あの娘が蝶で、この鬼は腐土ですね。次がマレイラの..」


 サーレルも地図を見ながら、駒を動かしていく。

 そうして暫し、皆で地図に見入る。

 それぞれに駒と地図を見ながら、徐々に顔つきがかわった。


「中々に面白いですね。スヴェンの話も面白いですが、こうして地図で見てみると、実にはっきりとしていますねぇ。


 案外、人間は簡単に滅びるかもしれません」


 地図で位置関係を明らかにすると、ちょっとした円ができあがる。


 北の絶滅領域。


 西は砂漠地帯は近年渇水にて、放棄されつつある。


 南は、浄化後復興途中。


 東南は、腐土。


 北東のマレイラ。



 南領とマレイラが腐土に落ちていれば、中原と首都を囲むように人の暮らす場所が囲まれた筈だ。


 腐った土地に囲まれたままなら、何れ中心部も蝕まれてしまうだろう。


「スヴェン、で、その昔話はどこに繋がるんだ?」


 カーンの問いに、スヴェンは顎を擦った。


「古の人であるエイジャ・バルディス。

 古の人とは、我々が誕生する前の文明を担っていたと言われている。

 古の人自体は、その滅んだ世界の者であり、その知識を我々に与えた。

 神のような、神に近しい人だ。


 古の人には、それぞれ隷下と呼ばれるしもべが付き従っていた。多くが異形の姿であり、頑丈な者だった。

 隷下は、知能も高いが、古の人を守る為か、狡猾な立ち回りをする。


 古の人を記述した書物に多くかかれている隷下の姿は、女子おなごである。

 その舌は長く伸び、鋭い槍のように物を貫くそうだ。

 土気色の肌に黄色い眼球、異形は非常に頑健で病一つかからない。」


「そのような種族は知らんな」


「それにそっくりの、バルディスという名を語る虜囚を見つけた。」


「釣り餌にしては、そのバルディスという者を知らなければ意味がないな」


「餌ではなく、あれは巣ではないかと思うのだ。」


 カーンは駒を手に取った。

 蝶の羽は蔦のような模様が描かれていた。


「巣か」


「虜囚の腹から毒の血が水に落ちている。本人が言うには、土が腐るそうだ。だから、腹の傷を塞がぬ限り、水から引き上げてはならないそうだ。」


 コトリコトリと駒を拾い手に納める。


「なるほど」


「我々は色々知らぬ事が多い。だが、彼らも知らぬ話を、その者から聞けるとしたら、これは面白い事になると思わぬか?」


 カーンは駒を地図の上に転がした。

 転がった駒は倒れ重なり、動かない。


 眠るには、まだまだ時間がかかりそうだった。

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