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冬の狼  作者: CANDY
降臨の章
239/355

幕間 眠る前に 上

[眠る前に]


 財産と言える物は、殆ど無い。

 城の中にある嘗ては価値有る物品の殆どが、正体不明の異物で損なわれていた。


 黒色の油のような物にまみれた元芸術作品を見上げながら、カーンは首を傾げた。

 傾げたところで、それに何が描かれていたのかは、謎である。


 その油まみれの状態は、城の書類の殆どにも及んでいる。

 お陰で、シェルバン公、シェルバン領に何が起きたのかを把握するには時間がかかりそうだった。


 多くの物事を理解する上で、金銭の流れと結果の損益を見る事は重要だ。だが、そうした事務書類、料理人の帳簿でさえも損なわれている。ならばと、兵站や財産などの現物を探せば、これまた黒い蝋のような何かで固まっている。


 城の生き残りは、半植物化した何かしか見つかっていない。

 近隣の生き残りも、女子供が少数だ。

 事情経緯を知る者がいない。


 壊滅。


 結果だけを見れば、シェルバンは壊滅した。


 コルテス公の特別攻撃で壊滅。

 等と考える者はいない。

 特攻をかける前から、滅んでいたのだ。


 選んだ初手が、そもそも破滅の選択肢である。

 コルテス公の特攻は、被害の拡大を押さえたに過ぎない。


 正確なシェルバン領内の人別帳も見つからない。

 それぐらいは発見されても良いはずだ。

 領民を人とは認めなくとも、財産としての価値は記録されているものだ。


 城下が消失している為、そうした書類が残っていそうなのは城だけである。

 領地運営は破綻、財産自体も鉱山の資源を調査しなければわからないが、殆ど回収不可能。

 兵站や備蓄、余剰の財産も枯渇といっていいだろう。

 人も物も貧弱な土台故に、城の、今では塵同然の品々しか価値が見込めかなった筈だ。


 支配階級はそれなりの暮らしをしていた様子だが、民は飢餓に近い。

 酪農農耕に従事する層が貧しているから、土地は荒廃が進む。

 働き手は外貨を獲得するために出稼ぎか兵隊になる。

 三公領兵のシェルバン人の比率が高かったのは、コルテスが人を引き揚げた所為ばかりではないだろう。


 壊滅への切っ掛けは何だ?


 権力集中に傾注した公爵の、失策。

 だけが、原因とも思えない。


 コルテスという外敵を想定し一致団結をうたい、民を働かせる。

 それが限界になれば、愚劣な支配者の末路は、人民蜂起ではなく、貴族階級等の内部分裂による暗殺だ。


 権力闘争。


 正義を掲げて権力者の席に座るべく、殺し合う。


 誠の義憤にて事がおこる等、奇跡である。


 だが、滅ぶにしても、これは無い。



 シェルバン公の寝室からは、城下が一望できる。

 そこで本来ならば見えるであろう景色を想像する。




 遠く青い空と風に吹かれる雲が地平を流れる。

 その空の下には、人々が暮らす家々が見える。

 玩具のような家々と、かろうじて見える人の姿。

 騒々しくも、活気に満ちた城下街だ。

 己が兵隊も勇ましく、馬を引き連れて城門を出入りする。

 街を囲む緑、山、川の流れ。

 高く高く鳥が飛んでいく。




 自分の領地を思い出して、カーンは唇を曲げた。


 領主が己のような愚か者でも、このような馬鹿げた末路はあり得ない。


 ぼろぼろの寝室は、異臭と汚泥のような何かで歩くのも難儀だ。

 割れてすきま風が入る窓から見える景色は、赤茶けた荒野。

 そこからは色の薄い空に黒々とした煙が見える。

 瓦礫を集めて燃やしているのだ。


 荒野の真ん中で燃え上がる巨大な炎を囲むように、小さな炎が蜘蛛の目のように赤く点々と地面に見える。


 ここは腐土か?


 と、錯覚を覚えるような景色だ。



 あながち間違いではない。

 水は濁り、大気には微量の臭いがある。

 詳細な部分は手を着けていないが、エンリケは城のまわりの大気の異常を懸念している。

 何かが、あるはずだと。


 腐土で言う所の、巣だ。


 腐らせる要因が固まって活動する場所とでも言うのだろうか。

 そこでモルダレオとエンリケの二人は、城内で発見される物を調べている。


 もちろん変異体の元となる病原を探すのが本筋であるが。それが腐土の巣と同じ可能性もある。


 城の内部にまき散らされている、黒色粘液についても採取している。

 それが何であるかは、持ち帰り軍部の研究施設に持ち込む事になるだろう。

 あの半植物化した物に関しては、移動を見合わせている。

 腐土と同じく異常な現象が、環境を汚染するかもしれないからだ。


 しかし、人としての活動を記す書類等が、悉く損なわれるか無いのは妙だった。

 公爵の寝室は華美な装飾に引き替え、私物が無い。

 ここで暮らしていたのだろうか?

 疑問になるほど、生活に必要な物が無い。

 少しの衣服はあるが、身なりを整える物が無い。

 ちょっとした、普通の小物が無い。

 唯一あるのは..


 ふと、ある物が目についた。

 寝台の横にある小さな机に置かれた物だ。


 硝子の水差しに、小さな杯。

 よくある物で汚れてもいない。

 水差しの蓋を開けて匂いを嗅ぐ。


 水だ。


 腐った匂い等、異臭は無い。


 ただ、気になったのは、その小さな机だけが汚れていない事か。


 水差しを床に下ろす。

 それから机を部屋の中央に持ち出した。


 小さな引き出しがある。


 それを手前に引く。


 空っぽである。


 材質は樫だろうか。


 重さを手に持って計る。


 そして無造作に石壁に叩きつけた。


 軽い振りでありながら、堅い樫が無惨に四散する。

 すると机の引き出しの奥から鉄の箱が落ちた。


 隠し引き出しの細工もこうなると無意味だ。


 他の者が見ていたら、もう少しやりようがあるのではないかという言葉が出たろう。


 だが、そんな手間をかける性格では無い。


 落ちた鉄の小箱を拾うと、ひねくりまわす。


 これまた絡繰り細工らしく表面の金属に模様はあれど、開け口が見つからない。


 考え込んでから、床に再び置く。


 派手な音を丁度あげたところで、部下が部屋を覗いた。


「基本的に、貴方と瓦礫作業をしている輩は同じ性分なんですね」


 鉄の箱を踏みつぶして開けている姿に、サーレルは嫌な物を見た。と、手で目を隠した。


「中身が無事じゃないと、開けた意味が無いとは思わないんですか?」


「加減はしている」


「箱自体に意味があったらどうするんです」


「もう潰した後だ」


 箱の中身は小さな鍵だった。


 何の変哲も無い鉄の鍵。


「何の鍵だ?」


「重要な鍵じゃなければ隠さないでしょうしね。まさか公爵の日記の鍵という馬鹿げた話ではないでしょう」


「日記の鍵?」


 思わず二人で顔を見合わす。

 一つだけ、思い当たる書物の鍵がある。


「まさかな」


「あの訳ありげな書物の鍵がこれですか?まさか、できすぎですよ。この部屋の隠し財産か何かの鍵でしょう。それよりも、少し話し合う必要があります。」


「何か見つかったか?」


「スヴェンが言うにはですが」


 それから二人は仲間の元へと向かった。

 当初は城の中で集まるつもりだったが、丁度、オービスが戻り外で落ち合う事にした。



「やけに今日はでかいな」


「鬱憤が溜まっていたようですから」


「あんなに焼いたじゃねぇか」


「統率のとれない変異体は、所詮、腐土の死体とは違いますから」


「同じだと思うが?」


「腐土の死体は頭部を完全に潰しても動きますし、半壊では直ぐに復活します。その点、変異体は脆いですからね」


「焼く分には変わりなかろう?」


「神に捧げるには物足りないんじゃないですか?まぁ、どうでもいいですよ、燃やさなくちゃならない事には変わりないんですから」


 炎が取り込む空気の流れと、立ち上る黒煙。

 城の上階から見るよりも、迫力が違う。

 樽で油を注いでいるのだろうか。

 燃やす事への執念も、これくらい派手になると馬鹿にする者もいなくなる。

 むしろ、同じような者が集って炎を囲んでいそうだ。

 ただし、費用面では中々見過ごせない事も確かだ。

 ケチくさい事を言いたくは無いが、焼く行為の歯止めも含めて経費は詳細に提出する事が義務づけられている。

 将官の仕事は面倒ごとの処理が殆どだ。


「まぁ、あの炎の色なら感染物質も拡散しないか..ぎりぎり許容範囲だな。請求書類は、きちんと出せよ」


「わかってますよ。そうでもしないと、城を爆破していたでしょう。汚物だらけですから。と、統括には伝えます。」


 変異体の死骸が片づけられた荒野の一角、人の気配のない見晴らしの良い場所に二人は立った。


 しばらくすると、清々しい表情のイグナシオが来るのが見えた。

 その向こう、領内近隣の村を回っていたオービスの馬が続き、モルダレオとエンリケ、スヴェンが城から歩いてくる。


「ここなら、内緒話に最適です。隠れる場所もありませんしね。」


 渦を巻く黒煙を眺めながら、暫し、沈黙した。


 炎と煙、瓦礫。


 過去にも同じような景色を幾度となく見た。


 仲間達と共有するこの記憶が、今の自分を形作っている。


「今現在、わかっている事は何だ?」


 問いかけに、最初に口を開いたのはエンリケだった。


「人類の存在を脅かす出来事。

 これが一つの共通項としてわかっている。


 最初が疫病。


 我々が記憶にある最初の出来事が、人災から発生したと思われる南領浄化だ。

 疫病の元は、単純な感染症だが、後に、その病原体そのものが変異し、強毒性の致死性感染症になった。

 結果、南領は人口が激減し、生産活動も前時代に戻るほど衰退した。


 次に、我々に大きな損害を与えたのが、東南地域に発生した腐土。


 ボルネフェルトによるとされているが、その発生原因と手段は不明。

 これにより東南地域に見込まれていた資源は回収不可能、土地そのものも今の人間には居住困難に。

 そして東南地域で戦闘をしていた者、元々の住民等は、最初の腐土発生時に多くが死亡。未だに、その数は把握できていない。


 そして、このマレイラでの人族の変異。


 治療困難な疫病、生存不可能にする汚染、肉体の変異。

 何れも、今ある人間を滅ぼす原因となる物だ。


 推論は言いたく無いが、人が滅びるように仕向られているようにしか思えない。


 何れも種族民族間どうしの軋轢を呼び覚まし、資源を巡る過当競争を煽る。自滅を引き起こしかねない上に、病はそれぞれの都市国家を孤立させるだろう。」


 それにモルダレオが補足した。


「策略ありきと判断する。」


「その根拠は?」


 カーンの問いに彼は続けた。


「我々は腐土を経験した。

 それにより、ある疑問を誰しもが一度は考えたはずだ。

 腐土の発生は、死体が放置される事が一つの要因としてわかっている。


 だから、我々は焼く。


 では、あの時、我々が焼くのが後手に回り、死体が更に放置されていたら?

 たまたま、強毒の疫病が発生したから、全軍をあげて領土を焼却した。

 だが疫病が発生せずに内乱が長引いていたら?」


 荒れ果てた土地に立ち、皆で炎と黒煙を見つめる。


「一つの可能性として、あの南領浄化を決断しなければ、最初に腐土が出現したのは、我々の故郷だった。


 そう考える事は、十分可能だろう。だとすれば、これは作為だ。」



「他に、その考えを支持する意見はあるか?」


 それにオービスが口を開いた。


「作為ならば、手口を変えたと考えられないだろうか?

 最初は南領の地域を腐らせるのに、ちょっとした争いを利用した。

 だが、我々の決断が早く、結果、死体も病のお陰で焼却されてしまった。


 だから、戦争中の地域に今度は仕掛けた。


 戦場に死体はつきものだ。戦ってる途中で焼くなんて事は無い。基本は放置だしな。


 うまい具合に東南は腐った。と、まぁこんな具合だろうか?」


「成功はしていない」


 顔の煤を拭っていたイグナシオが口を開いた。


「何故、そう思う?」


「俺たちは戦争を止め、腐土領域を一応封じた。狂人は死んだ。」


「なるほど」


 サーレルは顎に指をあてた。


「そもそもボルネフェルトが何をしたのか、そして、何故、五番目をつれて北に向かったのか、その理由がわかっていない。


 そして、今回のシェルバンの事を強引に結びつければ、こう考えられます。


 東南の腐土は、完成されていない。


 つまり、相手にしてみればまだまだ物足りない。

 そこで、この土地で新たな挑戦に挑んだ。


 今度のやりくちは、人族を標的にしています。

 人族を殺すのではなく、種族を変化させてしまう。


 怖いですねぇ」


「お前達が想定する相手、とは何だ?」


 カーンの問いに、ここでスヴェンが手を挙げた。


「まず、腐土を出現させたと言われるボルネフェルトが、何故、北に向かったか。それを明らかにすべきだろう。」


「国外逃亡を企てた。と、して粛正命令が出たが」


 問いを投げられたサーレルは肩をすくめた。


「当初は、そのような趣旨でした。しかし、彼が死亡する事により、軍部と元老員、そして神殿では、奇妙な意見の食い違いが後からでています。」


「食い違いとは?」


「貴方の知っている情報は、間違いではありません。

 軍部は、ボルネフェルトが怪しい邪教を、つまり禁術を使ったと考えています。

 死者を使役する存在として、邪教では死霊呪術師という存在があるようで、彼はその悪しき邪教の徒であり、腐土は、その存在が求めた結果である。つまり、彼は頭がおかしいから腐土を造った、だから、狂人として始末しようという結論になったのです。


 しかし、頭が狂っているで物事を片づけられる話でもない。


 特に対象が死亡し、その目的行動が不明の場合は検証考察しなければならない。


 そこから、軍部、元老院、神殿の主張が変化しました。

 軍部は、モルダレオとエンリケのように、一個人の犯罪で説明するには無理があると考えました。つまり、ボルネフェルトの死後にも、あまり事態が好転しなかった為と、異常な出来事が色々な場所で起こり続けているからですね。

 つまり共犯者がいるのだろうという見解です。


 これは元老院でも同じような意見が出ています。

 ただし、そこからが妙に事実究明に対して弱腰になりました。

 死人に口無しを望む声が多いのです。

 それも被害を被った古参の貴族連中、戦争推奨派が勢いを失いました。ボルネフェルトが死んだというのにです。

 そしてボルネフェルトの扱いについて、貴族位を剥奪し記録を抹消するという処置を未だにしていません。

 殺人という犯罪記録は公式にあるので、ボルネフェルトは殺人犯としての犯罪歴はありますが、その貴族としての記録については、元老院は開示の拒否をし、死亡扱いで事件を終わらせたいと考えています。

 有耶無耶にしたいという理由が、一般的な物ならば納得できるのですが、被害を被っている、または敵対していた戦争推奨派までがボルネフェルトの貴族位の剥奪を渋っています。」


「理由は何だ?」


「たぶん、神殿の考えが一つ影響を与えている可能性はあります。


 ボルネフェルトは腐土を出現させた件に関与していたのは事実ですが、神殿は、そのボルネフェルトに恩赦を望んでいるのです」


「馬鹿な!」


 イグナシオの言葉に、皆、同意するかのようにサーレルを見つめた。

 それに彼は、にやりと笑った。


「神殿の意見はこうです。


 彼は犯罪者だった。

 しかし、腐土を作り上げた後、正気に戻った。


 正気に戻った彼は、五番目を殺し、自らを滅ぼした。


 故に、彼は人殺しであるが、大きな罪を一つこの世から消した。


 と、いう訳です。


 つまり、ボルネフェルトは北に、死にに行った。

 こう、神殿は考えているのです。

 貴方と事故にあい、死んだとされる男を、彼らは恩赦にしてほしいと言っている。


 祭司長殿は、それに対しては、どうでもいいようですが。

 どうやら、神殿も元老院も、我々軍部の者が知らない裏事情があるようです。」


「坊主共もか?」


「シェルバンに追い出されているのは、その所為ですよ」


「五番目とは何者であった?」


「人族大公家の者としていましたが、実は不明です」


「誰の子供だ?」


「大公家の姫が産んだ私生児という事ですが、名付けの儀式では彼女の子供と判別できませんでした。」


「何だそれは」


「産んだ姫は、夫とされる男の名をあげておりますが、その子供の名を見ると、姫とも男とも血のつながりが見えません。


 まるで、妖精のとりかえっ子ですね」


 カーン表情を見ながら、サーレルは続けた。


「普通の名ならば、問題は無かった。

 しかし、そのとりかえっ子は、どう見ても大公家どうしの名が見えるのです。

 ところが、大きな血筋は見えても直接の親の名が見えない。

 完全な健康体の公王家の血筋ですから、本来なら公王の一番の継承者になる筈です。

 ですが、名が見えない。ましてや産んだ者の名が浮かばない子供です。

 当然、継承順位は下位にしました。

 そして産んだ姫と遠い縁戚になるボルネフェルト公爵夫人が乳母になったのです。」


「ボルネフェルト、資料からすれば、普通の男にしか見えない。幼少時、父親が内紛で死亡している以外は」


「提出した資料道理、彼の親は死んでいます。継承問題で揉めて、ボルネフェルトの家族は死んでいます。

 犯行は長子。

 ボルネフェルトの兄は父親から嫌われていました。

 道楽者というか怠け者、ですかね。

 似通った欲深い女性と勝手に結婚した為に、父親は相続人から長子をはずしたのです。

 そこで、その欲深い、裕福な商人の娘だったようですが、その女性と共謀したようです。

 これは後年調べた結果ですが、一族郎党を集めた宴席で強盗殺人に見せかけて始末したようですね。

 直接の原因と思われる義理の姉に、生き残った後引き取られます。ですが虐待を疑われて、あのゲオルグ・グリューフィウスの妻が引き取っています。


 彼の異常行動は、義理の姉が死亡し、公爵を継承したあたりからです。

 当時は成人前ですので、後見人にはグリューフィウス婦人と、五番目の家族が選ばれました。」


「異常行動とは何だ?それに義理の姉の死因、それに実の兄はどうしている?」


「義姉の死因は事故死です。自宅の階段から転がり落ちて。大理石の床に落ちたそうですよ。痛そうですね。

 実兄は、原因不明の病で寝たきりに。

 長患いの末に、死んでいるのを寝床で発見されています。

 死因を調べましたが、作為は発見できませんでした。

 ただでは死なないような夫婦ですので、たぶん、殺されたのでしょうね。


 異常行動ですが、深夜の徘徊です。王都ぐらしの少年の悪戯心というには頻回だったようで。」


「どこを歩き回っていたんだ?」


「特に記述はありませんが、夜は区画が閉じられているのに、色々な場所で補導されていたようですね」


「お前自身の見解は?」


「我々以外は、皆、知っているんじゃないですか?」


 それに男達は何も言わない。

 それは以前から、感じていたことだ。


「我々以外とは、どこまでを指す?」


「我々の種族ですよ、カーン。軍部の八割は我々です。元老院とは逆転していますね。この比率が、問題に対しての情報の比率に等しいと私は考えています。」


「理由は何だと思う?」


「私が聞きたいですね。貴方は、どう考えていますか?」


 皆の視線に、カーンは息を吐いた。

 鼻梁を指で掻く。


「考えたんだが、誰も得をしないんだよ。

 一連の事象が、すべて関連しているという前提で考えるとだ。


 腐土の拡大で、今生きている奴らの誰が得をする?


 不利益しか望めない。


 だからこそ、ボルネフェルトが狂人だったから。等という理由が通った。俺たちだって、一人の狂人の所為だと信じた。」


 そして仲間に向かって笑った。


「ならば、損得で動いていない場合は、誰が何を目的にしているのか?それを考えた。


 モルダレオとエンリケの言う、人間を滅ぼすという考えだ。


 それだと一応の理屈が通る。


 だが、それにしては、小賢しい作為が感じられる。

 目的があるだろう。

 人間を傷つけるのは副次的な事かもしれない。


 恐らくサーレルの言う通り、我々に渡されている情報は限定されている。


 つまり、この一連の問題は、我々に知られたくないという理由があるのだ。


 では、知られたら困る事とは何だ?


 可能性としては、我々は被害者であり、部外者という事だ。


 我々が関わっているのは、目の前の現象への対処だ。

 それは偶々、我々の種族が軍人などの荒事に従事しているからだ。

 人としての権利を得る為に義務を果たしているからだ。


 だがもし、我々が、その義務の所為で、己の種族が命の危険にさらされている。それも我々には、まったく関わりのない事で、獣人領地の民が危険になっているとしたら。


 今の獣人大公家は、どう考えるだろうか?」


 カーンの笑いに、皆も笑顔を返した。

 嫌な、笑いだ。


「すべての獣人兵力を南領に戻す事は可能だ。南領だけで、我々の生活は完結できるだろう。

 人口も、あの浄化で激減している。

 外に出ている獣人を戻しても、食糧問題も土地も、なんら不都合は無い。

 農耕も畜産も、環境改善と大気循環装置の技術が定着した。

 単独の国としての働きは、今なら十分保てる。

 腐土に関しても、今の兵力を南領に集中し、防御を固め境界をつくれば対処できるのではないだろうか?


 我々が、この北部東部、中原にて軍事活動を継続する利益は、少ない。

 多大な犠牲を払うだけの、意義は今となっては無い。」


 風向きが変わり、黒煙は東の空に流れていく。

 胸苦しい色の空に黒が混じる。


 この世の終わりではなく、人の終わりを感じさせる景色だ。


「情報が流れてこない理由は、こんな所だろう。

 我々の、獣人の離反が怖いのだ。


 我々が独立し、同等の立場で国を立ち上げる事を恐れている。


 我々が、同じ人であるという前提をどこかで、未だ人族は馴染めていないのだろう。

 だから、我々が怖い。

 我々の力が怖い。

 利用している身でありながら、我々の離反を恐れている。


 敵対者となった時の、我々の潜在能力は人族を凌駕する。

 王国に所属する意義は、公王家の所有する古の知識。その一点のみだ。

 そして、公王家は中立とは言え、その立ち位置はモーデンという開祖の子孫だ。」


 つまり、人族である。


「獣人大公家は、強固な法度を守る事、我々が知性ある人である事を示す意義をもって、中央王国に所属している。


 しかし、それも自国の民、獣人族が迫害を受けず、人としての生を全うできる事が前提だ。


 利用する、されるにしても、我々だけが不利益を被り、情報さえも与えられず使い捨てにされるいわれはない。


 南領の反乱や疫病の背後に、人族の思惑があったとしたら、我々が独立する理由としては十分だ。だから..


 と、まぁ話がそれた。

 つまり、事を面倒にし理解を妨げている原因は、人族にあるのだ。

 人族の思惑があり、本当の原因を見えなくしている。

 我々は推測するばかりで、そのまわりを走り回るだけだ。


 そして、こういう場合は、素直になるのが一番良い」


 大凡似合わない言葉に、一同は声を出して笑った。


「ボルネフェルトの貴族籍を抜かず、我々への情報提供を妨害し、全ての物事を知っている。そういうお偉いさんな奴に、聞く」


「聞くんですか?」


 真面目な顔を作り、男は続けた。


「公王を拉致するのは、まぁ獣人王家に聞いてからだな」


「拉致はできますが、普通に統括が貴方を殺しにきますよ」


「理由があれば何とかなる。まぁ、公王よりも、古株の貴族、つまり戦争推奨派の元老院議員に、素直に、聞くのが一番早いだろう」


「素直に、拉致して、拷問するんですか?何れも上位貴族ですよ」


「素直にと言ったろう?」


 それにサーレルは何かに思い当たったのか、目を見開いた。


「理解できたか?」


 カーンの念押しが聞こえないのか、何か考え込んで呟いている。


「元老院には素直に聞く。そして、神殿の思惑は祭司長を呼ぶ。神殿の意見は、ジェレマイアを通していなくとも、奴なら大凡の理由は推測しているだろう。


 最初の前提である、ボルネフェルトと腐土に関しての、元老院と神殿の考えと情報を吐かせる。


 今は、こんなところか?」


 仲間に問うと、スヴェンが手を挙げた。


「使い捨ての駒だからこそ、得られる情報もあるようだ」


「続けろ」


「地下にシェルバンの虜囚を発見した。この地元の者と思われる。」


「地元住民か?」


「人族ではない。姿は異形であるが、この状況を知る者である事は、まず間違いがない。


 それに対しての、ある知識を共有するべきだと考える。」



 少し長くなるが、いいか?

 と、スヴェンは言った。


「それじゃぁ食事にしましょう」


 サーレルの言葉に、スヴェンが呻いた。

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