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冬の狼  作者: CANDY
降臨の章
236/355

幕間 狼達の午後

[狼達の午後]



「なんか、こう、あれだよな」


 珍しくロードザムが、無駄口を叩く。

 全員の耳が動いた。


 野外の探索とは別に、戦闘後一部崩落した地下通路の瓦礫を掘っている。

 シェルバン公居城の地下は、瓦礫と汚物と人骨、時々理解不能の物が出現する

 面白くもないし、早く終わらせたいので、皆、黙々と作業していた。

 そして面白くもない作業をしているのは、この下から声がするからだ。


 もちろん、人命救助ではない。

 始末し損ねた化け物探しである。


 少しでも下が開いたら、問答無用で焼きたいと全員一致で考えていた。


 だが、確認をしないで焼くと補佐官が怒る。


 そして食事に何か混入される。

 口実にしてヤられる。

 新しい薬(毒)の実験です、とか言いながら。


 唯一、確認しないで焼いても怒られない人物は、神の国の人だ。

 彼は、あくまでも例外中の例外。

 普通は怒られる。

 なので、皆、無言で瓦礫を掘っていた。


「あれって何だよ。わかんねぇよ、オイ。俺はお前のカーチャンか?」


 傍らの男が無駄口に答える。

 皆、頭がぼーっとしていた。

 肉が喰いたいとぼやく余裕もない。

 長時間の作業で、皆、少しおかしくなっていた。


「うーん、この感覚は、多分、ミアならわかるよな?」


 穴掘りの奥の奥で、苛つきながら掘っている姿に言葉を投げる。


「喋る暇があるなら、掘れ!ぶっ殺すよ」


 振り返りもせず怒声が返る。


 おぉこえぇ~、と呟きながら男達は作業に戻った。


 それから結構な時間、まじめに掘った。

 シェルバン公の城は、基本設計から増築した地下部分が広くとられており、地下水脈と繋がる通路も発見されている。

 しかし、無秩序な増築だったらしく、脆い。

 生き埋めや崩落で死んだ者も多くいたようだ。

 掘ると、化け物化していない死体が時々でる。

 気が滅入るが、城をすべて解体する勢いでやらねばならない。

 出てきた物は、城下街があったはずの荒野で焼く。

 嬉々として神の国の人が、そこで焚き火の準備を始めている。

 ちなみに、剃髪した集団は山狩りに向かった。

 言いくるめて追い払ったとも言う。

 まぁ山狩りも必要だ。


 暫く黙々と瓦礫を掘り、片づけ、運び出していたが、苛ついているミアが唐突に喋った。


「潤いが無い..」


 一瞬、何とも言えない沈黙が広がる。


「癒しが無い」


 男達は作業の手を再び動かし始める。


「可愛いものが無いっ」


 瓦礫の殆どが重い建材である。砕けているとは言え、外に運び出すのは一苦労だ。


「お前等の小汚い顔なんか見たくないぃ!」


「いや、それ酷いでしょ」


 思わず誰かが返す。


「姫様の護衛がしたかった。こんなむさ苦しい野郎共より、姫様を抱っこしてリスロンのお庭をお散歩したい!」


「うわぁ..」


 感想と心の声は押し殺した。

 獣人女性への口答えは、半殺しを覚悟しないとできない。

 果てしない作業を前に体力は温存したいので、皆、黙って耐えた。

 なのに、ザムが両手をぽんと打ち鳴らし、その聞き流そうという努力を無駄にした。


「それだよ、それ!あぁすっきりした!」


 爽やかに笑うザムを、ミアが睨んだ。


「一緒にすんな幼女趣味の変態め!」


「えっそうなの?」


 あからさまに身を引く仲間に、ザムはうなだれた。


「それ、勘弁しろよ。マジで変な噂が流れてんだぞ」


「お前の嫁の年齢は、姫様よりも若いぞ」


 ざくざくと瓦礫を掘りながらも、皆、耳だけは動いていた。


「嫁じゃねぇし、どの姫様だよ」


「可愛くて、ちっちゃい姫に決まってんだろっ。団長ぉぉ、潤いがたりないぃ!姫様のところに行きたいぃ」


 興奮しながら瓦礫をたたき壊している。

 ミアの周りからも人が離れた。

 もちろん、カーンには聞こえない。

 彼は城上階の公爵の私室を補佐官と調べている。


「そもそも姫の護衛には、女の私が一番なんだよ。何で、むっさいお前なんだよ。モルドも同罪」


「えっ俺?」


「否、偶々だし」


「んじゃ、今度は代われ」


「断る」


「ぶっ殺す!」


「断ったのはザム、俺は断ってないから、落ち着け。駄目、それ壊すと足場がなくなるから!」


 モルドビアンがとばっちりで悲鳴を上げている。

 素知らぬふりでザムは作業を続けた。


「嫁、いくつ?」


「俺、独身だし」


 仲間が作業の合間に聞いてくる。

 ザムはむっつりとしたまま答えた。


「後見人ってのになってるだけ。俺の師匠筋の娘で、親族がいなくてな。それで、俺が一番縁があったんで、名前を貸したんだ。一緒に暮らした事もないし、親戚のオジサンってところだ。」


「何がオジサンだよ、お兄様とか呼ばせてんの知ってんだぞ!休暇中はベタベタ甘やかしてんのも~」


「だから、それは崩すなって、ミア。下に落ちるから」


「お前等つきあってんの?」


 ミアを指して、仲間がこそこそ聞いてくる。

 それにザムの顔は本格的に渋面になった。


「あり得ない、勘弁して。まぁミアの妹の友達とつき合ってた事がある。色々あって別れて以来、敵認定。」


「うわぁ」


「原因が子供の後見人になった過程の色々だったから、まぁ、原因て言えばそうなんだけど」


 暇つぶしの会話が続いている中、モルドの奮闘虚しく、ミアの得物が一部だけ見えていた石の床を打ち砕いた。


 そこは獣人達である。


 異音と共に手近の崩れそうもない部分に飛び移る。

 すると異音は直ぐに轟音になり、地下が揺れた。

 埃に視界が閉ざされ、建物が軋む。

 だが、崩落は一部で留まり、生き埋めになる事は避けられた。


「補佐官怒るかなぁ」


「自然崩落だ。事故」


「うん、大丈夫、バレなきゃ」


 情けない男達を後目に、いち早くミアは下に降りた。

 もちろん、自分がぶち壊したからでもある。

 灯りに点火すると翳す。


 酷い臭いだ。


 血と汚物の臭いだ。


 薄暗い視界には、湿った石壁が見える。

 壁の金具や全体の様子から、水牢と見当がついた。

 穴が開いたのは、牢屋の手前。

 監視、否、拷問部屋だろう。

 そこからは、鉄格子と水の暗い揺らめきが見える。


 手前の部屋の椅子には、干からびた何かが転がっている。

 残り滓から、牢屋番か拷問士のなれの果てのようだ。


 瓦礫をかき分け、同じく男達が降りてくる。

 次々と灯りに点火すると、中の様子が明らかになる。


 壁には枯れた植物が垂れ下がり、煤と血と残骸が見えた。


 それが捕らえられた人のものか、捕らえた者の死骸なのか、見た限りではわからない。


 ただ、城中で発見される、奇妙な蔦と花を咲かせた生き物達と同じく、それが血と肉を吸い上げた残り滓だという事だけはわかった。


 この植物が無差別に人に寄生する性質で無い事はわかっているので、皆、興味深く眺める事ができた。


 もちろん、これが何であるかは知らない。


 未知の物である。

 だが、それが自分たちに襲いかかる事は無い。


 と、知っているのだ。


 わかるから、わかる。という妙な理屈で、彼らはそうした蔦や花には注意を払っていない。


 そして注意を払うべきは、今は沈黙し、荒い息だけを吐く牢屋の中の者だ。


 石壁の苔むした場所に、錆びた鉄金具があった。

 それの先には、無造作に松明が刺さっている。

 松明は結構な数があり、空気の流れを見てから火を入れた。


 すると、揺れる炎が部屋全体を明るくする。

 獣脂や何かが燃える臭いが混じると、更に臭気が酷くなった。


 鉄格子の入り口には鎖が巻き付けられていた。

 鍵もかかっているが、その巻き付けかたからすると、中の者が凶暴なのか、それとも逃亡されるのを恐れたのか?

 過剰な警戒が伺えたが、獣人達には、人族の鉄鎖など飴細工だ。

 片手で引きちぎると鉄格子を開ける。


 最初に照明用の棒を投げ込む。

 点火済みの棒は、水牢をぼんやりと明るくした。


 暗闇でも視界に問題がない彼らも、確認するまでは目の前にある者の不思議を受け入れがたく感じていた。


 常識外の出来事が腐土以外だと中々受け入れにくい。


「補佐官を呼んでこい」


 ミアの指示で、兵士が瓦礫を駆け上がる。


 それぞれに得物に手をかけたまま、彼らはそれを遠巻きに囲んだ。


「こいつは何だ?」


 ミアの呟きに、誰も答える事ができない。




 それは水牢に腰まで浸かっている。

 両腕は鉄の輪で頭上に縛り付けられていた。


 異様なのは腹部には深々と刃物が刺さっている事。

 刺さった部分からは、赤黒い血が水に絶えず流れ落ちていた。


 しかし、とうに絶命しているはずの致命傷とその有様なのに、それは息をし兵士達に顔を上げた。


 奇妙な女だ。


 緑色の髪、黄色い眼球、口元は鋸のような歯が見える。

 長い舌が時折口から出ては、己の血を舐めとっていた。


 どの種族かはわからない。

 亜人と言うには、人族の外見を残している。

 獣人で無い事は確かだ。

 兵士達は匂いで、それが別種の者と見分けていた。


「変異体?」


「女性体の化け物は未だ発見されていないが?」


 ミアの呟きに、ザムが答えた。


「それにこの人、あいつ等みたいに、馬鹿になってない」


 まるで、その言葉に応えるように、虜囚が声を出した。




「お前達は、何処の者ぞ?


 オルウェンの子らか?


 バルディスの子らか?


 それとも、あの失敗作できそこないの手先か?


 どうやら、エルベが探し出せないとわかったようだな。


 私に、エルベとの道を開かせるつもりか?


 こうして弱体化させ、言いなりにさせるつもりだろうが、無駄だ。


 お前等の主は汚泥だ。


 形を整えたところで、泥は泥だ。


 人の形をした泥人形が、この世の人に戻れるものか」


 血を流しながら、女はニヤニヤと笑った。


 獣人達は困惑した。

 彼女の言う言葉の意味が、欠片もわからない。

 だが、どうやら、この虜囚は重要な何かを知っているという事だけは、わかった。


「なぁ、聞いていいか?」


 ザムの問いに、女は笑いを消した。


「その串刺しにしているの、抜いても平気か?」


 腹部から伸びている三つ叉の刃物を指さした。


 女は、目を細めた。


「抜いて死なれても困るし、抜かんで死んでも困る。」


 ザムの言葉を引き取る様にミアが続けた。


「敵対行動をとらねば、今すぐ殺すことはしない。我々は、中央軍兵士だ」


 と、言いつつも、獣人達は女には近寄らなかった。


 これほどの傷で意識を失わず、長時間水牢で生きていられるという事は、人外と考えてよいだろう。


 女は何も言わずに獣人達を見回した。

 順繰りに見回した後、ザムに視線を戻した。

 穴が飽きそうになるほどの凝視。

 沈黙と凝視が限界になろうとした時、女が口を開いた。


「おぬし、お主のあるじは誰ぞ?」


 虜囚の問いに、ザムは簡潔に答えた。


「バルドルバ卿だ」


 答える義務も無いし、余計な情報を与える事もまずい。

 だが、この人外の反応を見る必要もある。

 獣人達は、虜囚の表情を見つめ返す。


「違うであろう?バルディスの力を感じる。あの男の紡ぐ言葉は青白い色をしておる。

 それとも、そのバルドルバとやらが、力を得たのか?」


 その問いに答える前に、頭上から瓦礫と一緒に人が降りてきた。


「瓦礫を撤去しろとは言いましたが、作れとは言ってないんですがねぇ。

 現状保存をしながら、瓦礫をどける。

 頭脳労働が苦手だからと割り振ったんですが、どうして残骸を倍以上作り出すんでしょうか。

 もし、下に重要な物が残っていたら、どうするんです?

 慎重に掘り返せという命令が理解できないんですか?

 あぁ、そうだ。

 そんな使えない者は、瓦礫と一緒に埋め戻してしまいましょうか?」


 答えず直立不動を保つ兵士達は、補佐官から視線を逸らした。


「違うから」


 ザムの主語抜きの言葉に、何故か虜囚が頷いた。

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