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冬の狼  作者: CANDY
降臨の章
233/355

ACT209 王とは虜囚なり 其のー

 ACT209


 朝焼けの空が美しい。

 窓辺の明かりが消され、森閑とした建物に物音が聞こえ始める。

 暖炉の熾火はかき立てられ、私は身繕いをする。

 縦長の窓から、うっすらと明るい景色が見える。

 街と緑と空。

 人の手が入った美しさ。


 もし、このような家で毎日を送り、将来を考え、家族と共に暮らせたとしたら、苦しみも悲しみも耐えられるのだろうか?


 気に入った小物や家具、そして、優しい家族と暖かな食事、そんな家庭があれば、世の苦しみも耐えられるのだろうか?


 おはようという家族。

 おやすみという家族。

 家族がいれば、それだけ悩みも苦しみも多くなろうが、それでも耐えて生きていけるだけの喜びと安心感があるのだろうか?


 この世の全てから孤立したような、この朝の感覚を忘れられるのだろうか?


 誰かに髪を撫でられて、一人ではないと抱きしめられれば、この凍え畏れる愚かな私も、何事も受け入れ立ち向かえるのだろうか?




 感傷を飲み込み、私は窓辺から離れた。

 夜は終わり、朝がきたのだ。

 今日は、城へと行く。

 何も考えない。

 何が待っているのか考えない。

 私は部屋を後にした。




 リアンの熱は下がった。

 踊りのことは何も言わない。

 話題はミシェルの体調と見舞いの事。

 ドゥルとアンテ、そしてフェリンは、私の着付けの相談である。

 衣装箱は既にドゥルの部屋へと運び込まれている。

 朝食の席で、私はひたすら無心を貫いていた。


「帰ってきたら、教えてね」


 何を教えるかは、聞くのも無駄だろう。

 リアンは全部という筈だ。


「ミシェルが元気になったら、教えてあげなくちゃ」


 多分、彼女の期待している煌びやかな話題は無理な気がする。

 しかし、城の装飾品や庭の話題ぐらいはできるかもしれない。


「公務の隙間での面談ですからね、公式のお目通りではありませんから。あまり緊張する必要はありませんよ」


 健啖家の公爵は、美味しい朝食をもりもりと食べている。

 見た目と違った消費量は、ニルダヌスと同じく何処へ消えていくのか。そのニルダヌスはリアンの隣が指定席になっている。

 もちろん指定しているのはリアンだ。

 そしてテトはドゥルの足下で、今朝も肉をもらっている。


 妙に馴染んだ光景に、私は笑みが浮かんだ。

 少しだけ塞いだ気持ちが楽になる。

 緊張しているのではない、憂鬱なのだ。

 憂鬱という気分は、自分でどうこうできるものではない。

 原因が己の気の持ちようなら対処もできるが、考え方一つで指を鳴らすように問題が消えてなくならない限り、どうしようもない。


「通常は午前で謁見、午後が各省庁との会合や諸々の政務、本来なら早朝に登城して謁見を待つところですが、今日は午後の政務の合間でのお目通りです。

 元老院召集会議や軍部との懇親会も無いという日は珍しいですし、滅多にありませんからね。」


「お目通りは城の方なのかい?」


 ドゥルの問いにターク公は答えた。


「庭園でお茶会ですかね。気に入りの職人を招待したようです」


 フェリンは珍しく興味を惹かれたのか、ターク公に向き直った。


「陛下の今の流行は何ですの?」


「糸編み布ですね。糸を編んで透かし模様の布を作るのです。元は儀式服の飾りですね。貴女の人形の服にも使っているでしょう?」


「手間暇もかかるし糸が高級で中々手には入りませんわ。古着と言っても飾り布がついた花嫁衣装が売りに出される事も少ないですしね」


「縁起の悪い花嫁衣装なんざ、誰も買わないし、売るとしても服を解いた端切れとしてさ。新品の飾り布は滅多に作られないからね、手間暇の割に賃仕事としては安いんだよ。」


 ドゥルの言葉に公爵は笑顔だ。

 多分、ズーラの糸編み布の商品価値を考えているのだろう。


「模様が複雑で大がかりになれば、幾人もで編むんだよ。だけど、同じぐらいの技量の者が集まらないと、商品として売り出せるような美しさにはならない。

 仕立屋にも編み専門の職人はいるんだけど、大体は専属だし神殿の儀式服は神殿の人間が作る。

 後は、街場の年寄りが小さな物を作って内職するぐらいだ。飾り用の糸編み布だけが売られるという事はまず無いんだ。」


 説明してくれるドゥルに私は頷く。つまり、市場はあるが作り手がいないと言うことだ。


「公爵殿の持ち込まれた衣装は、その飾り布がふんだんに使われている。姫君の衣装と言っても良いだろうね。おかげで、フェリンは上機嫌だ。編みの端切れもいただけたし、公王陛下のお好きな飾り布と同じもので人形の衣装が作れるからね。」


 フェリンを見ると、にっこりと私に微笑んだ。


「貴女を着付けるのも楽しみだわ。洒落者のターク様の持ち込んだ貴重な布に、公王陛下が興味を惹かれているのなら、彼女の衣装も同じになるでしょう。当然、社交界の流行にもなるから、人形の衣装に使えば注文も、とりやすくなるわね」


「おや、ここにも商売上手がいたようだね。」


「そのようで」


 ターク公とドゥルが笑う中、私は疑問に思ったことをニルダヌスに聞いた。

 そっと腕に手を置く。


(彼女とは、公王様の公后様ですか?)


 それにニルダヌスは噎せた。

 卵料理がぱさついていたのだろうか?


 暫くして、ようやく水を飲んで落ち着いたニルダヌスが答えた。


「公王様は、独身です」


 では妾妃を着飾らせるのだろう。


 なるほど。

 と、私が頷くのにチラリと目をやると、ニルダヌスは囁いた。


「違います」


 何の事だとわからない私に、ニルダヌスは厭そうに続けた。


「お考えの事とは違います。ですが、私の口から申すよりも、本日、お目にかかった方が納得されると思います。」


 つまり、説明したくないようだ。

 公王に接した後のニルダヌスの態度は、不可解だ。

 多分、私も会えばわかるのだろう。

 リアンへの土産話になるだろうか?

 私の再びの頷きに、ニルダヌスは困惑した表情のままだった。







 朝食の後にドゥルの部屋へと向かう。

 身体を清潔にし着付けを始めるのだ。


 様々な色合いの白の衣服が広げられる。

 布地は全て白色だが、それぞれに違う色合いで帯やひだをとっていくと、花心へと向かう花びらのように色に動きが出た。

 そして、例の糸編み布と刺繍が施された薄布が一番表を飾る。黙々と着付けてゆく大人達は無言だ。複雑な衣装であるし、着崩れをしないように慎重に調整しているのだ。


 騒いでいるのは見ているリアンだけで、又、熱がでるのではないかと心配なる。


「御義母様、これをご覧になって」


「あぁ、すごいねぇ。流石コルテス様だね」


 フェリスの差し出した最後の表帯には、刺繍と一緒に薄桃色の真珠が数え切れないほどついていた。


 感嘆する二人には申し訳ないが、借り着の上に、衣服と布地の喧伝という事で着ている私には、感動は今一つである。

 感動とは別に、服を汚さないか、その一粒の真珠を落とさないかという方が心配である。


 ちなみに、本物かどうか見分ける目など無いが、公爵の持ち物に偽物はないはずだ。

 公王に見せるのだから、まず本物だろう。


 ..疲れる。


 普通ならば一生着ることもないような豪華な衣装に喜ぶべきなのだろうが、どうも浮き立つ気持ちとはほど遠い。


 私の顔に何を見たのか、リアンがテトを抱えてのぞき込む。


「大丈夫?もしかして、私の熱がうつった?」


 子供に心配をかける、否、彼女は幼子ではないのだが、気が引けるので無理矢理口角を上げてみる。

 我ながら、何とも無様な作り笑いだ。


 今日一日に怖じ気付く気持ちと身につかない豪奢な衣装。

 昨夜の夢、己の中に根付くもの。

 胸にせりあがる混乱。

 叫び、助けを呼びたいような、追いつめられた気持ち。

 それを冷静に見つめ笑うもう一人の己。


 理解している。

 昨夜の夢にしてもそうだ。

 混乱し恐怖しても、答えはでている。


(大丈夫、私は平気)


 リアンの腕に指を触れて言う。


 それにテトが馬鹿にしたように鳴いた。

 動物は正直だった。






 ターク公の所有する馬車で向かう。

 派手な登城用の物ではない。

 小さな箱馬車で四人ぎりぎりの二頭だてである。

 私の衣装は長時間歩くのには向いていない。

 そこでコルテス所有の馬車と御者を呼んだ。

 その様子から、所有の館もいつでも利用できる事が伺えた。

 使えないというのはやはり口実なのだろう。


 私は薄い紅茶色の外套を着ている。

 外套の頭巾は私の顔を隠し、下の衣装を覆う。

 一番最初に衣装を公王に見せる為だ。

 私をターク公の隣に乗せると、向かい側にニルダヌスが乗り込む。

 そしてテトが当たり前のように、その隣に座った。

 胸を張っている。


「まぁ、猫は自由ですから」


 三人の視線を受けて、テトは顔を洗った。



 王府とは、城の事ではない。

 城を含む行政機関の総称である。

 王族の住まう場所と大公家拝領部分が庶民の考える城だ。

 城を挟むように、軍統括の機能がある幕僚庁と貴族院、元老院の施設。各行政機関の本拠地と公王私兵である近衛師団の建物などが最内壁の中で一つになっている。

 公園から望めたのが、その中の城の上階部分で、他の施設は高さはそれほどではなく地下に広がっているそうだ。

 攻撃目標となった場合に首都機能が失わないように、重要部分は全て地下にあるのだ。


 居住地区から王府へ入る時には、最内壁と呼ばれる城壁にて最初の検査が入る。

 武器に関しては、許可がない限り携帯は不可。

 ここで武器を預ける事になる。

 出入り口は数カ所に分かれており、物々しい兵隊が人々をさばいていだ。

 身分、用向き等々で振り分けているのだろう。

 私達は事前に用向きも全ての書類も整っているので、簡単な馬車と人の改めが終わると通された。

 入り口も許可待ちの人々や貴族の馬車などとは別の場所へ案内される。人の少ない入り口で、なにやら裏口のように見えた。


 道幅は狭く、両脇には石積みの壁。

 少しうねる道は、侵入者の数を削り、ここで殲滅できるようにしてあるのだとか。

 馬車の窓辺から見える景色が壁だけになる。

 それまであった王府の喧噪は聞こえなくなり、最内壁を吹き抜ける風の音だけが聞こえた。

 その音を聞いていると、春に取り残されたような寒さを感じる。

 城は街の北側にあり、その背には北部へと続く山並みがある。この吹き抜ける風は山の雪を飛ばし降りてくる。当然、冷たいのだ。


 未だ残る冬の匂いを感じていると、馬車は木の門へと横付けされた。

 門扉には、門番が四人おり私達の到着を待っていた。

 馬車はここまでのようで、私達は身を改めて降りた。

 門番の衣服を見れば、簡易な帷子に袖無しの上着、その上着には獅子と錫杖の縫い取りがある。

 公王の兵士である近衛だ。


 彼らは公爵に、私の改めをする為に、女官が控えていると言う。

 別段拒む理由もないのだが、公爵は笑顔で拒否をした。

 私を彼らに見せる事はダメだと。

 それが無理なら帰ると伝えた。

 その真意はわからない。

 だが、暫く待たされると、私の改めは外套の上から武器がないかを簡易に探るだけとなった。


 門扉の横にある詰め所に入ると女官が二人控えていた。

 私に断りを入れると、頭部から足先までを押さえさすった。

 これならば、脱いで彼女たちに再び着付けてもらったほうがいい。

 だが、きっと理由があるのだろう。

 こそばゆい感触を暫く我慢し、私は城へと入った。



 木の門の内側は、庶民が想像する城そのものの風景が広がる。



 人の気配は少ない。

 樹木と花と水、整然と整えられた中庭を囲むように、美しい白壁の建物が周囲を囲む。

 馬車で運ばれたので、街並みよりも高い場所である事があまり実感できない。

 だが、切り取られた空は青く近い。

 お仕着せの使用人が出迎える。

 庭の西側の通路に案内されると、建物の扉が開く。

 青銅の扉は、凝った彫刻が施されており、柳の木が描かれていた。

 その扉から中に入ると、侍従らしき数人が出迎えた。

 年輩の男達が四人、そして女官らしき女性が二人。

 彼らは深々とお辞儀をすると、私達を建物の中へと招き入れた。



 臙脂の絨毯が敷かれた廊下。

 天井板を飾る絵画に黄金の装飾。


 公王の居住空間なのだろうか?


 礼儀もわきまえず見回す。

 壁紙にしろ壁の灯りの金具一つにしろ、洗練された意匠が施されており、それが室内を暖かく見せていた。


 暖かくだ。


 壁にかけられた絵画は、花々と蝶が穏やかな色彩で描かれている。

 壁紙はよく見れば、可憐な小花と緑の若葉。

 灯りがともる火屋には、蜜蜂のかざりがついていた。

 天井板の絵でさえも、妖精と小動物が描かれた春の様子。


 絢爛豪華であるというのに、幼い少女の為の部屋のような、なんとも可愛らしく暖かなつくりなのだ。


 と、ここでニルダヌスは控えの間で待機となる。

 入り口からほど近い部屋には、休めるように暖炉に火が入っておりお茶の支度もなされていた。

 公王以外なら最後までニルダヌスはついてこれるが、公王の私的招きには無理だ。

 私とターク公は、ニルダヌスと分かれると奥に進む。


 そして何故かテトに関しては、門番から使用人全てが黙認していた。



 長々と通路を進むと縦に長い両開きの扉にたどり着く。

 それを侍従二人が押し開く。

 そこからの景色は、庶民には想像外のものだった。

 異国風の回廊が吹き抜けを囲む。

 踏み出した回廊から見えるのは、きらきらと輝く建物だ。


 それは硝子でできた建物で、ターク公の説明によれば温室というものらしい。

 温室は光りを取り入れ、冬でも暖かく気温を保ち、植物を育てる場所らしい。

 公王の温室は巨大であり、中は木々が生い茂り南国の鳥や小動物が放し飼いになっている。


 鋼鉄の骨組みは、それさえも洗練された意匠をしており、渦を巻き円を描く。

 天井からは光りが差し込み、緑の蔦が下がる。


 回廊から踏み出すと、玉虫色に輝く敷石の道が温室に続いていた。

 敷石も様々な形を描いている。

 花、動物、植物、虹。

 道の先には、近衛が立つ入り口が見えた。

 彼らの姿だけは現実味があり、物々しい長剣を地面に突き立て直立している。

 本来ならば安心する姿、なのだろうが。

 何故か、この場所には無粋で不似合いであり、厭な物に思えた。


 再び、身の改めがあるのか、と思われた。

 だが、それをやはり公爵は拒否した。

 ターク公だから許される事なのかもしれない。

 相手も形式上は、改めたいと伝えねばならないのかもしれない。

 そしてやはり、私達はそのまま温室へと通された。

 何か、滑稽な芝居のようにも思えてくる。

 どれもこれも、私とは遠い出来事であり、浮遊感を覚えるほどだ。


 温室の中は、暖かく湿っていた。

 だが、不愉快になるほどの湿気ではない。

 初夏の暖かさと心地よさ程度だろうか?

 案内にたつ侍従の背を追いながら、私は緑の世界に目を奪われていた。

 鳥の声があちらこちらから聞こえる。

 目の前を蝶の集団が戯れるように行き過ぎていく。

 花が咲いている。

 緑と鮮やかな花、小さな羽虫、甘い匂い。

 手を引くターク公は、何も言わない。

 温室に入ってからは、無言だ。


 温室の中は、そうした自然にあふれ、動物達の気配で満ちていた。

 だが、それと同時に、複数の人の気配もあった。

 気配は等間隔に室内にある。

 多分、公王の身を守る者達だ。

 目に付かずに潜んでいるのだろう。


 曲がりくねる緑の道の先、温室の中心にたどり着いた。

 鋼鉄の螺旋階段が見える。

 階段は天井まで続き、見上げた様子から編み目の足場が見えた。

 天井が開閉して外が眺められるのだろう。

 その螺旋階段の下には、一段高い舞台のような空間があった。

 そこにはやはり金属を加工した円卓と椅子が置かれている。

 数脚ある椅子には柔らかな敷物が置かれ、円卓にはお茶の支度が整っている。


 そして、そこには数名の人物が円卓を囲んでいた。


 どうやら、ここが公王のお茶会の場所らしい。





 侍従は私達を道の所に留めると、側仕えに到着を告げた。

 茶会の給仕をする女官の姿は二人ほど。

 茶菓子をちょうど取り分けていた。


 机を囲んでいるのは男が四人、女が二人だ。


 どれが公王なのかと、頭巾の影から見つめる。


 中年の男が三人、青年が一人である。


 美しい女性の隣に腰掛ける青年は身なりからして貴族だ。


 しかし、他三人の身なりは平服。

 貴族とわかる服装は、青年と女性だけである。

 もう一人の女性も、服装は貴族の物には見えない。

 だが、彼らは楽しそうに談笑している。


 侍従は茶会の行われているすぐ側まで行くと、青年と一緒にいた女性に言った。


「失礼いたします奥様、コルテス公とお連れ様が到着なさいました。」


 すると青年が答えた。


「御母様、お待ちかねのタークだよ。生きてるくせに爵位を娘に渡すとか。相変わらず国法を無視するフザケた男が来たよ」


 青年は侍従に指先を振って指示した。

 私達は呼ばれるまま歩み寄る。


「やぁターク、御母様はね、待ちくたびれてしまったよ。少し機嫌が悪いんだ。この機嫌の悪さを払拭できるお土産はあるのかい?」


 深い藍色の髪に濃い緑の瞳。

 白い肌には鱗が見えた。

 青年の容貌は冴えわたる月のように冷たい。

 それでいて微笑みを刻む唇からは、白い牙が見えた。


 獣人にしても異相、人族にしては奇妙。

 貴族階級に亜人はいないはずだ。


「先ずはアンネリーゼ様にご挨拶をしてもよろしいでしょうか、ランドール殿?」


 公爵は頭を垂れると、そう返した。


「かまわないよ、義弟よ。御母様はね、退屈が過ぎて怒っているだけだからね」


 獣人大公家と人族大公家の混血である公王、その人であった。

 血肉が混じる混合体でありながら、滅多に誕生しない健康体。

 その異相が何よりの証拠だ。

 長命種の特徴と、獣人の特徴が臓腑にまで混在しているのだ。


 私が膝を折ろうとすると、ターク公は私の手を引き向きを変えた。


「最初にご挨拶するのは、こちらの方だよ。アンネリーゼ様だ。」


 公王の隣に、ひっそりと座る女性に向き直る。


「長のご無沙汰でございましたアンネリーゼ様。もう、お忘れかもしれませんが、タークにございます。これなるは..」


 私は公爵に習い膝を折る。

 頭をたれると同時に、ニルダヌスの困惑が理解できた。


 説明もなにも、これがどういう意味なのか凡人にはわかりかねる。

 大がかりな冗談なのか、それとも..。


 その間にも、公爵は真面目にアンネリーゼを賛美し、美辞麗句を滔々と並べていく。

 私はその隣で、口を開きっぱなしにしないように歯を食いしばった。


「ターク、相変わらずだね。御母様もあきれているよ」


「真心をこめて女性を賛美することは喜びにございます。」


「まぁいいか。さて、お土産を見せておくれよ。御母様は、それはもう楽しみにしていたんだからね」


 そういうとランドール王は、牙をむき出しにして笑った。
















 青年王は、等身大の人形を母と呼び、それを介して話しかける。


 後から聞いたが、彼のことを人形王と呼ぶ人もいるそうだ。

 傀儡という意味ではない。

 生き人形を殊の外好み、腕の良い人形制作者を雇っては作らせているそうだ。

 そして、彼は必ず人形を介して話しかける。

 直接対話を嫌い人形を傍らに置かねば機嫌を損ね、人形を粗略に扱うと怒りを買う。

 執着が生き物でない事が救いかもしれない。


 そして唯一直接話しかけるのは、相手を処刑する時ぐらいだそうだ。




 グリューフィウス家が首一枚の皮で長らえたのも、父親と長男の献身以外に、フェリンの人形制作の腕もあったのかもしれない。



 ..リアンへの土産話には、当然、不向きな人物であった。

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