ACT205 青空に落ちていく
ACT205
空が高い。
見上げていると落ちていきそうな気がした。
中央広場へは、区画の柵にそって行くと迷わずにたどり着ける。
馬車道ではなく、徒歩で向かうには、その方が目にも楽しい。
新緑と水の流れ、柵越しの風景。
何れも朝の清々しさと共に、気持ちを軽くする。
今朝のリアンは静かだ。
弁当は私が持ち、リアンはテトを抱えている。
沈んだ表情をしていたので、テトを渡したのだ。
リアンはテトを抱えると水筒を肩に掛けた。
私はその後に続く。
気持ちの良いそよ風が、冬は去ったと告げる。
鈴は相変わらず音を立てていたが、最初の頃よりは進歩していた。
今日は飛び跳ねていないからかも知れないが。
ミシェルとは広場で落ち合う予定だ。
商業地区の店の手伝いをしてから向かうそうだ。
ちらほらと練習に向かう娘達の姿が見える。
リアンに挨拶をして駆け抜ける者もいた。
彼女の肩に顎を乗せたテトが、後ろを歩く私を見ている。
その顔は、この子、大丈夫かな?
と、言っていた。
私はリアンの腕に手を置いた。
「ん?何」
振り返った顔は、いつもの笑顔だ。
「お弁当重い?やっぱり私が持つよ」
それに私は頭を振った。
弁当の籠を片手に持ち替えると、リアンの袖を握った。
じっと見つめると作り笑いが消える。
私達は道の端をゆっくり進んだ。
どうせ練習は、貴族の娘が揃ってからだ。
朝から集まるのは、下町の娘だけだ。
「ごめんね、姫。なんだか、色々考えるんだけど、結局、ぼーっとするだけでまとまらないの。
いつも、思うんだ。もう少し頭が賢くて、もう少し、周りの人の言うことがわかるようになったらいいなって」
それは誰もが思うだろう。
もう少し、違う自分だったら、辛いことも無いのではないだろうか?
もっとうまく、すべての事に対処できるのではないか?
もっと、皆とうまくつき合えるのではないかと。
受け身の考え方だ。
優しさと弱さで自分を戒めすぎると、陥る考えだと私は思う。
私が悪い。
という考え方に傾きすぎると、生きづらい。
等と、偉そうな事を言う私も、その考え方にすぐ陥る。
人という集団に属すると、己の不器用さ、立ち回りの不味さに、時々自分が嫌になる。
ミシェルがリアンの美点として、他人を貶めないという事を上げたが。確かに、それは貴重な物だ。
そして、それがリアンを生きづらくさせてもいる。
簡単に、生きる重荷を誰かの所為にできれば、楽だ。
学ばずに誰かを攻撃できれば、一時的に気分は楽になるだろう。
だが、できない。
どこかで、自分の非を探しているからだ。
私の何かがいけなかったからだと。
もちろん、それこそが向上の切っ掛けにもなりうる。
しかし、向上するにも自己否定が強すぎては、萎れた蕾は咲かない。
(リアン)
言葉を拾い、驚いた彼女は振り見た。
良く届くように、私は彼女の腕に手を置いた。
「姫、口が動いていないよ」
(うん、動いてないよ。口では喋ってないからね。)
驚きのまま、リアンは目を輝かせた。
「凄い、凄いよ!」
(リアン)
「何?」
(元気が無い原因は何?)
リアンは何かを言おうとしたが、いったん口を閉じると肩を落とした。そして足を止め、小さな声で言った。
「私、去年踊るはずだったんだ。でも、しくじったの。
だけど、今年は大丈夫って思ってた。思ってたんだけどなぁ」
踊らない者からすれば、悩む事も無い話だ。だが、事は踊る踊らないで悩んでいる訳ではない。
多分、傷つく事が嫌なのだ。
それも自分が傷つく事ではない。
家族や友達に悲しい思いをさせるのではないか。
そして傷つけられる自分を家族に知られるのが恥ずかしい。
分かる気がする。
けれど、家族のいない私には、慰める言葉も元気にする言葉もかけられない。けれど..
(踊れなくても、大人にはなれるからいいんじゃない?)
「えっ?」
(嫌なら、ミシェルが踊るのを見て、お祭りを楽しめばいい。)
「鈴をまた無駄にしちゃうよ。お兄ちゃんが」
(リアンの家族は、リアンが幸せなら、大抵の事はどうでもいいんじゃないかなぁ)
「そんな簡単な事じゃないよ」
(簡単な事だよ。
鈴をくれたシュナイ殿は、リアンの幸せを願った。
衣装を作ってくれたリアンのお母さんやお祖母様もだ。
だから、リアンは失敗したり、何か言われたら彼らが悲しくなるんじゃないかと不安だ。
でも、リアンの家族の願いは、リアンの幸せで、踊る事じゃない。
踊らなくても、リアンが幸せなら問題ないんだ。
リアンが踊りたかったら踊る。嫌なら踊らない。それだけだ。)
リアンはテトを抱えたまま、通りの向こう、朝陽で白くなった道を眺めた。
(どんな事があっても、リアンには味方になってくれる家族と友達がいるんだ。これって凄い事だよ。だから)
「だから?」
(うんまぁ、偉そうな事を言って、ごめん)
しまらない言葉に、リアンは頷いた。
それから少し頬を緩めた。
「..踊らなくても良いなんて、考えてもみなかったよ。」
(田舎には、そんな風習無いから)
「うわぁ、思ってたより姫って口調が大人だね」
誉められた訳ではなさそうだ。
公園というから、私が考えていたのは、今まで練習に使っていた場所より多少大きな物と考えていた。
その今まで通っていた場所でさえ、広く、村一つ分くらいはあったのだが。
中央公園は、巨大だった。
美しい木々は森といっても良い。
そして城側の広場は大きく開かれ、舞台となる木組みの高床が作られていた。
その舞台ならば、何十人もの人を一度に上げる事ができるだろう。
屋根が無い所をみると、雨天では中止なのだろうか?
音楽を奏でる場所らしき所には天幕があった。
観覧席のような段が組まれている。
そうだ、古代の闘技場のような感じか。
貴族の観覧席が城側である北。一際高い場所に誂えられ囲われた場所が公王達の席だろうか。
それ以外は、自由に座れるようにあちらこちらに席が設けられている。
当日は屋台や娯楽の店が並ぶそうだ。
公園も色々な提灯が下げられ、森の中にある水場にも装飾された灯りがともる。
私達は練習が始まるまで、木陰に置かれた椅子に座った。
人の手が隅々まで入っているのか、木陰の椅子もきれいだ。
弁当を置き、テトは番をするつもりか、その蓋の上に顎を乗せた。
それを見たリアンが笑った。
何となく、リアンの気持ちがわかる。
踊りたくない訳ではないのだ。
一番好きな春の祭りなのだから。
陽射しが高くなる頃、ミシェルが私達を見つけて手を振る。
程なく、舞台から娘達を集める声が聞こえた。
去年の事を踏まえてか、厳格そうな男達が娘達を仕切っている。
多分、あれが典礼を仕切る者達なのだろう。
まずは身分の高そうな娘達を注意深く分け、次に、他の娘達の位置を指示する。
そして踊りの教師達数人に、小分けに分けた娘達をそれぞれ担当させる。
リアンとミシェルは離されないように側にいたので、一緒の班になれた。そして教師役は運の良い事にセイルだ。
何かリアンに言ったのか、彼女とミシェルはほんのり笑顔になった。
私はため息をつくとテトと同じく力を抜いた。
足を行儀悪く椅子に引き上げると膝を抱える。
そうして、彼らの踊りをじっくりと観察する事にした。
今日は一人の弦楽士が壇上にいる。
本番は幾人もの楽士が演奏するのだろうが、今日は老いて風格のある男が一人だ。
滑り出しから早い音が流れる。
分けられた班ごとに娘達は円を描いて動く。
右回りの円だ。
回りながら教えられた動きで踊る。
鈴と弦の音が一つの音楽になり、娘達の動きたてる音が調子をとるように聞こえる。
まだまだ、不揃いだが、完全に揃えば見事な一つの舞踏になるのだろう。
そして、転調し音色が変わると、娘達の動きは逆になる。
左まわりだ。
ここで娘達の殆どが少し乱れる。
教師達が叱咤し、踊りは続く。
私は、娘達の踊り以外の動き、円の軌道と場所を見ていた。
鳥のように上から舞台を見下ろすように想像する。
娘達は大きな円を、小さな円で描いている。
舞いの動きをなぞる。
音楽と動きと位置。
私は舞いが終わるまでじっと見つめ続けた。
私は安堵と共に、空を見上げた。
踊りも娘達の動きも、そして音楽も、ただ、生きて美しく、楽しい春の舞いであり、たどたどしい動きも微笑ましい。
鈴へと力が注がれるような、何かはなかった。
何か。
取り越し苦労か?
目を閉じて、水音と風に揺れる木立の音を聞く。
気のせいか?
気のせい?
再び目を開くと、リアン達が個別に指導を受けているのが見えた。
典礼長の官吏がおり、去年の事を踏まえてか、貴族の娘達も神妙だ。二年続けて踊り手から降ろされるなどの醜聞は避けたいのだろう。
リアンも少し顔色がよい。
楽しいのだろうし、気にしている者達が自分たちの事で精一杯な事が分かったのかもしれない。
人は身勝手だ。
傷つけた相手の事など、気にもしていない事が多い。
そして傷つけても何も感じない者もいる。
私はどうだろうか?
傷つけたのだろうか?
誰を?
再び楽の音が流れ始める。
気のせい?
気のせいと思った私は、何が引っかかったのだろう?
分からずに、その日は終わった。
次の日、リアンは熱を出した。
興奮と安堵と葛藤が、彼女の許容量を越えたのだ。
練習を休む事を伝えなければならない。
私一人で出歩くのはまずいが、それほどの距離でもないし人目もある。
と、考えたがターク公は良しとせず、ニルダヌスを置いていこうとした。
それにはリアンの家人達が異を唱えた。
近所の子供に駄賃を与えて頼めばすむ話だと。
だが、私の方がそれに反対した。
リアンはミシェルに連絡したいのだ。
踊るのが嫌になって行かないのではないと。
そして私は、昨日、何が気になったのかを追求したかった。
そこで公爵が私を公園へと連れて行き、昼過ぎにシュナイが迎えに行って帰ってくる事になった。
夜勤の次の日は午前中まで勤め、帰宅するようだ。
シュナイへの連絡は近所の同じく警邏隊に勤める者に頼んだ。
「皆と仲良くなったようですね」
公爵は遠回りになるというのに、機嫌良く私の手を引いて歩く。
出がけにテトをリアンに預けたからだ。
テトは渋ったが、昼日中の街の中での危険は低い。
「私の方の諸処は、そろそろ片がつきそうです。ですがランドール殿の方の都合がなかなかつかないのですよ。働きすぎですよほんと。まぁ、同じ趣味や悪癖に財を使うにしても、働いているから良いとも言えるんですがね」
世間話に王の話題は無理なので、沈黙を続ける。
「彼の趣味は、前公王に比べれば健全ですからね。まぁ、皆、見てみない振りが上手で。誰も言わないんですよねぇ、止めろと」
余程の奇矯な趣味なのだろうか?
「まぁ私も言いませんけど。害は、私にはありませんからね。それに公王なんて立場になって楽しい事なんて一つもないでしょうから。趣味ぐらいは許されて当然ですからね。まぁ、初めてお目にかかった者は、正気を疑うでしょうけど。」
意味がわからないと私が、背後のニルダヌスを振り返る。
「公務などでお目にかかる時以外のお姿を見て、侮らぬようにというご忠告です。
ご趣味であろう奇矯な振る舞いは、それが本当であろうとなかろうと、それに対する振る舞いによって相手をはかるやも知れぬということです。」
(見たの?)
お目にかかるという雰囲気ではないので、珍獣を見たのか?という感じで聞いてしまった。
それにニルダヌスは、遠くを見つめた。
まじめな顔をしていたが、私の質問には心底答えたくないという感じである。
「高貴な方のお考えや振る舞いは、私には分かりかねます。」
分かりたくないし、関わりになりたくないらしい。
「アルディラから謁見用の服がそろそろ届くでしょう。髪結いも着付けもドゥル婦人が心得ているから大丈夫でしょう。彼は美しい物が好きですからね。死ぬほど。」
私の視線に、ターク公はいたずらっぽく眉を上げた。
不安しか感じない話に、彼は付け加えた。
「この巨大な王国の舵をとる王です。理性と優れた判断力がなければ生き残れません。庇護を受ければ、この国では生きられる。逆を言えば、彼の人の怒りは、死なのです。ですが、その怒りを恐れる者を、ランドール殿は嫌います。公王に意見を言えない者は、駄目なのです。その点、ゲオルグをランドール殿は認め、同じように不器用な息子を認めた。馬鹿者に馬鹿だと言ってしまう不器用な部分を認めたのです。
良い部分を見分ける目をもっているのですが、その目が曇る事が一つだけあります。
美しい物、可愛らしい物です。
公園の猫の出入り規制を却下したのはランドール殿です。
私がズーラ達にひたすら美しい織物や衣服を作らせるのもこの為です。
だから、ランドール殿の趣味の否定だけは控えてください。それだけで十分に彼との会話は成り立ちます。」
(冗談ではないのですね?)
振り返るとニルダヌスは態とらしく朝陽に目を細めていた。
人目のある場所に腰を落ち着けるのを見届けると、公爵とニルダヌスは王府へと出かけていく。馬車道に出て辻馬車を拾うのだろう。
程なくミシェルが来たので、あらかじめリアンが書いた部分と私の補足を見せて、今日は休むことを伝えた。
決して後ろ向きな気分で休んだわけではないと。
お弁当が食べたかった等とかいてある。
私が代わりに今日はミシェルのお弁当を食べる事になった。
そして、娘達が踊る。
楽士の絶技。
教師達の声。
鈴の音。
青い空。
私は見入るのだが、何が気になるか分からない。
分からないのに、何かが気になる。
どこまでも春を享受する一日の風景でしかない。
穏やかで清々しい。
木陰で私はゆっくりとしている。
憂いの無い春の日の一瞬だ。
音楽、鈴、声。
ちりん、と、私の耳に響く鈴の音に聴き入っていると、不思議に一つだけ音が私に届く。
一つだけ、はっきりとした音が聞こえた。
どこから聞こえてくるのかわからない。
だが、娘達と楽士の方向からではない。
ちりん、ちりん、ちりん。と、はっきりと鳴る音は、公園の中から聞こえるのに場所がつかめなかった。
これが昨日の気にかかったことか?
舞台から聞こえる音とは別に、何か別の場所からも聞こえるのだ。
舞台の音響か仕掛けがあるのかもしれない。
観客に聞かせる為に。
そう考える側から、私は椅子から立ち上がった。
聞き分けた途端に、不安がむくむくと腹の底のから全身に膨れ上がったからだ。
不吉であると、良くない気配がすると、だからこそ、気にかかる。
私は穏やかな景色を見る。
ぐるりと見渡す。
広々とした公園の木々や、置かれた彫刻、美しい小道。
見渡し、散策する人々の姿を見るが、肝心の何かがつかめなかった。
ちりん
ちりん ちりん りん
微かな鈴の音は、次第に途切れていく。
舞台の音楽は楽しげだ。
なのに私は、一人で冷や汗をかいていた。
どこにもおかしな物も人も気配もない。
だが、私は感じている。
私の中の者達が、大きく息を吸い込むように目覚めていく。
(どこから?)
私は再び舞台を見た。
ちりん、と鈴が鳴り、一人の少女が膝をついた。
りんりん、と鈴が鳴り、教師役の一人が後ろに倒れた。
ちりんちりん、と鈴が鳴り、誰かの悲鳴があがる。
舞台の少女達が、その場に倒れる。
幾人も、ふいに天を仰ぐと舞台に倒れた。
現実味の薄れた視界に、己を取り戻した典礼の官吏が駆け寄る。
楽士の年寄りは手を止めて、何かを叫んだ。
音が消え、鈴の音も消えた。
私は倒れたミシェルの方へと走った。
セイルがミシェルを抱えている。
その周りの少女は、かろうじて意識があった。
「来ては駄目だ。何が原因かわからない!」
駆け寄る私に、セイルが叫んだ。
極度の衰弱と医者は言う。
下町の少女が一人、貴族の娘が二人、目覚めない。
他の娘達も意識はあるが、虚脱感が酷く、暫くは安静を言い渡された。
教師二人が意識を失い倒れ、一人がそのまま死亡。
元々の疾患が、極度の衰弱により悪化した為だ。
典礼長の官吏は、医者を呼ぶと共に、警衛に連絡し中央公園を封鎖。
完全に人の出入りを遮断するのに時間がかかった為、この事故の時に現場近くにいた者をすべて足止めするには至らなかった。
ただし、舞台近辺にいた娘達の関係者は、ほぼ、その場に足止めする事ができた。
封鎖後、娘達は官吏が呼んだ王府の医者によって隔離するも、診察の結果解放。
極度の衰弱であり、疾病等は見受けられなかったからだ。ただし、意識の戻らない者と衰弱の度合いの激しい者は、王府の医局に収容する手筈に。
しかし、衰弱だけの症状とはいえ、原因は不明である。
気温や運動量が衰弱を引き起こすとは考えにくく、ましてや、指導し見守るだけの教師が一人、疾病があったとしても死亡している。
現場に王府医局からの要請で、軍の疾病疫病専門の兵士が投入される。しかし、公園内の水も土も空気からも、薬物やその他の害になる物は検出されず、封鎖の根拠となる物は発見されなかった。
彼らの見解としては、分解速度の早い薬物の可能性もあるが、疫病や毒物が原因とは思えない。そして集団で舞踏する事による心因性の神経症に近い何かではないかという推測を述べるに留めた。
この事態に典礼長であるゲルハルト侯爵は、神殿に連絡をいれる。
原因が分からぬ限り、春の典礼を行う訳にもいかないが、勝手に中止にする事もできない。
まずは原因究明と共に、神事としての対処をしなければならない。
そしてもう一つ困ったことがある。
公園内の人間をどうするかだ。
原因を探る為に留め置きたくとも、病でもない。
だが、これが人為的なものであった場合、尋問もしなければ自由にする事もできない。
これは神事であるが国の典礼でもあるからだ。
ゲルハルト侯爵は、情報の拡散を抑止する事にした。重要なのは、迅速な行動と結果である。
公園内に白い布が敷かれ、動けない者を並べて寝かす。
私は荷物と共にミシェルの側にいる。
ミシェルは目覚めない。
私は、無能な己が腹立たしい。
娘達は、衰弱している。
なにしろ、魂から、ごっそりと精気がえぐり取られているからだ。
私には、見えなかった。
感じていたのに、見えなかった。
盗人を見逃してしまった。
私は青空を見上げた。
馬鹿だ。
私は馬鹿だ。
何の為にここに来たんだ。
寝かされた娘に向き直る。
せめて、償いをせねばならない。
まずは、ミシェルに手を伸ばした。




