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冬の狼  作者: CANDY
降臨の章
227/355

ACT203 子供の日々

 ACT203


 ターク公とニルダヌスは、グリューフィウス家到着の次の日、王府へと出かけていった。


 朝食も取らず、朝焼けの早朝には出て行った。

 その際、私は外に出ない事。

 出かける場合は、この家の誰かと一緒に、人目の多い場所だけにする事。

 そして、ニルダヌスも公爵も笑いながら念を押した。


 不届きな輩には、決して情けをかけない事を。


 私の力を指しての言葉だ。


 ニルダヌスには解放している。

 公爵はズーラ達から聞いたのだろう。


 それでも情けをかけるならば、オービスの笛を吹けば、この辺りの警備の者なら聞き分けるだろうとの話だ。


 それから朝食の準備を手伝った。

 アンテもリアンも、そしてフェリン夫人も元気に立ち働く。

 邪魔にならぬ程度に手伝っていると、朝からリアンは途切れる事無く喋り続ける。

 食材の事、朝の市場、近頃はやっている物。

 アンテは時々気の抜けたような相づちをうち、母親は特に反応もせずに食堂へと物を運ぶ。

 まだ、眠いのかテトは窓辺で延びている。

 一通り準備ができあがり、食卓に料理が並ぶと祖母のドゥルが起きてくる。

 朝の挨拶の後、首座に着く。

 アンテも給仕ではなく、一緒に食卓に着く。

 なので、料理はすべて食卓に並んでいる。

 そうして祈りの後に食事が始まると、鐘の音が聞こえた。


 神殿とは別の、区画ごとにある時の鐘のようだ。


 静かな食卓に、相変わらずリアンのお喋りが続く。

 ようやく目覚めたテトに、食べ物を自分があげたいと騒ぐ。私の了承に台所から結構な炙り肉が持ち込まれた。


「公爵様にはちゃんと請求するから安心おし。見かけによらず大食いだそうだから、リアン、しっかりと食べさせておきなさい。空腹で余所様の鳥でも食われたら外聞が悪いからね」


 と、言いつつもドゥル夫人も肉を摘むと、テトに食べさせている。

 ちゃっかりしたもので、テトはどうやら一番の権力者を見分けたようだ。その足下に座るとドゥルを見上げて鳴いている。


「リアン、今日は学問所の日だろう。食事をさっさと終わらせなさい。確か、フェリンは仕上げで一日かかるんだろう?」


「えぇ、明日に一体下町に納品します。今日は最後の仕上げです」


「午前中はリアンは下町の学問所に行ってるんだよ。だから、姫は私と一緒に家の中だ。暇をするのももったいないから、私達について回って、体を動かすといい。まぁ、手伝いさね」


 私の頷きにドゥルは少し笑った。


「洗濯物は公爵様達のも含めて、エウロラって言う下働きの娘が洗濯してくれる。だから、最初は彼らの洗濯物の回収だ。」


「早く帰ってくるからね」


 リアンがテトを撫でながら言う。

 余程、猫が好きなのだろう。


「昼から、その後は姫さんの好きでいい。私ら年寄りと家の中のあれこれをして過ごすか、リアンにつきあって下町で遊ぶか。練習はあるのかいリアン?」


「うん、あるよ。姫も連れてく」


「姫も連れてくじゃないよ。一緒にいかないか聞いてからだろ?」


 外出はしたいが、迷惑をかける可能性が大きい。

 私は断るべく首を振ろうとした。


「姫も連れてくよ。 そしたら、喜ぶよ。私の友達はね、ミシェルっていうの。美人だよ。すごい、美人」


 ドゥルが苦笑したまま言った。


「悪いが、つきあってもらえるかねぇ。すぐ側の公園だ。踊りの練習の間は、親達も集まってるから人目もある。」


 危惧を悟ったかのように言われ、私は了承するしかなかった。

 もちろん、街を見たいのも確かだ。

 断る事も可能だが、私は公園という物を少し見てみたかった。



 洗濯物を集めて水場に向かうと、獣人の少女がいた。

 麦色の髪に薄い雀斑のある皮膚、少し痩せている。

 しかし、見た目とは違い沢山の洗濯物を受け取ると、元気よく水を汲み上げ洗い出す。

 エウロラという少女は、私に挨拶をするとニヤッと笑った。

 何とも奇妙な雰囲気の少女で、じろじろと私を見ると、ドゥルの眼を盗んで囁いた。


「困った事があったら、アタシに言いな。午前中はここに来るからね。夜は南の柵に白い布を縛って置けばいい。」


 驚いている私の顔を見て、彼女は再びニヤリとした。


「まぁ、ちょっとした親切だよ。」


 それ以上はドゥルに呼ばれて聞けなかった。

 部屋を手際よく掃除していく。

 老女二人の動きはゆっくりなのに、どんどん埃は外に掃き出され、木目の家具は拭き上げられる。

 私は後を追い、空気を入れ換え、要所の塵をまとめたりした。


 気がつくと昼近くである。


 制作を続けていたフェリンは、少女の人形にかかりきりで、部屋から一歩も出てこなかった。

 聞けば、徹夜もするそうだ。

 この家族は死んだリアンの父の恩給と、騎士の兄の俸給で暮らしている。だが、本来の主たる収入は貸し棟の家賃なのだ。

 建物を維持し生活をしていくには、恩給と兄の収入だけではいっぱいいっぱいである。

 しかし、リアンを働きに出すには、不安がある。

 そこでフェリンの人形の収入となるのだが。

 一体の人形の値段は高い。

 しかし、それも良い評判があっての事だ。

 上流貴族に以前は注文をもらっていたが、今は下町の下級貴族か裕福な商人の、それも悪名とフェリンを結びつけない、気にしない人だけである。


 悪名、つまり従弟のディーダー。

 夫ゲオルグの功名が打ち消すのも限界がある。


 生きるとは悩みの尽きない物だ。


 私は手があいたので、先ほどのエウロラの言動を追求したいと思い北側の庭に向かった。

 沢山の洗濯物が干されている。

 林檎の木だけが風に揺れていた。

 どうやら彼女は次の仕事に向かったようである。


 枝の芽をふり仰ぎながら、嘆息した。


 どの勢力の間諜だろうか?

 それとも親切な普通の少女?


 自分の頭がおかしくなった..と、思う方が自然か?



 リアンが戻ると軽く昼食となった。


 学問所とは、商人などの富裕層の子供が、手習いをする場所だ。

 礼儀作法の婦女子の学問所もあるが、どうやらリアンの通っている所は違うらしい。

 算術や文字の手習い所のようだ。


 貴族の通う国の教育機関ではない。

 私学である。


 これも有名な叔父の所為だろう。

 貴族としての栄達が難しいのならば、元の身分が何にせよ生活に困らないようにするのは良いことだが。


 食事をし身支度を整える。

 リアンは踊りの練習の為に、動きやすい服に着替えている。

 祭りが近くなるまでは、少年のような格好で、練習用の鈴をつける。

 足首、胴、首、両手。

 練習用の鈴は、普通の丸いもので色はついていない。

 私は見るだけなので、外套を着込み頭巾を深くかぶった。

 私の手を引くリアンは上機嫌だ。


「テトも行くの?」


 玄関を飛び出そうとしてリアンがテトに気がつく。

 おかげでゆっくり歩いていく事ができた。





 シャンシャンという音が聞こえてくる。

 暖かな陽射しが緑を照らす。

 公園の門をくぐると、沢山の鈴の音が聞こえてきた。

 傍らのリアンからも絶えず音がする。これが中々うるさい。

 ずっとこんな風に祭りの間中うるさいのだろうか?


「あぁ!練習始まってる。姫、姫はあそこの椅子で見てて。休憩になったらミシェルに紹介するからね。」


 騒がしい音を立ててリアンはかけだした。

 私は親達が見学している水辺の長椅子の一つに腰掛けた。

 良い具合に暖かく、公園の広場が良く見渡せた。

 私が座ると、テトが膝に乗る。

 準備万端で見学である。


 少女達は種族様々であったが、大体が人族だった。

 残りは殆ど亜人の少女、少数が獣人という感じだ。

 花祭りはどうも、習慣としては人族のもののようだ。

 もちろん、辺境の祭りは秋の一回が殆どだ。

 成人の儀式はあれど、祭りという規模の物は知らなかった。


 人数を数えると十数人ちょっとか。

 余所の公園でも練習はしているのだろう。当日は、どれほどの少女が踊るのだろうか?


 集まっていた少女達が私語を止めた。


 どうやら教師役が到着したようだ。

 若い男と年輩の女性である。


 それぞれにリアンと同じく鈴をつけている。

 つけているのだが、その歩みでは音がしなかった。

 普通に歩いているのだが、微かに金属が擦れる音がするだけで鳴り響く様子はない。


 二人は噴水を背景に左右に分かれると、少女達を整列させた。

 その手には、小さな拍子木があった。


 カツンと響かせると、少女達が最初の踊りの姿勢をとった。


 ジャラジャラ、リンリンと音が響く。


「静止!」


 年輩の女性の声が響く。

 だが、少女達はひねった姿勢が取りにくいのか、鈴が鳴り止まない。


 するとカンカンと二度拍子木を打ち鳴らす。

 少女達は普通の姿勢に戻った。

 やはり騒々しい。


「私語は無し!音を立てない!そこ、練習から外しますよ。」


 教師の言葉に、少女達の口は閉じた。


「舞台に上がって恥をかくのは自分ですよ!姿勢を正しなさい。やる気がない者には教えませんよ。全員が舞台に上がれると思ったら大間違いです。公王様の目に触れる場所です。無理と思えば上げません。」


「先生が決めるの?」


 たぶん、リアンである。

 物怖じしないのは良いのだが、悪目立ちでもある。


「私が決められたらいいのですが。監督なさる方は典礼長の部下の方々です。不合格を出せば否応無く外されてしまいます。成人の舞いから外された等と、後々残る話は避けたいでしょう?」


 少女達は恐ろしそうに目を見交わした。

 さすがに口を閉じている。


「まぁ今まで外された子は、病気の子だけで滅多に無いですけどね」


 若い男の教師が付け加えた。

 ニコニコとした平凡な雰囲気の男だ。ただし、踊り手なのだろう、無駄な肉ひとつ無い鍛えられた体をしていた。


「でも、注意はあります。ですから、すべてを完全に覚え緊張しても踊れるようにしておく事。そして、無駄な動きはせず、音を鳴らさないことです。今までは、鈴無しで踊りの動きを覚える事に集中していました。今日からは、無駄な音を出さない事に注意しましょう。」


 既に動揺した少女達から、騒々しい鈴の音がしている。

 保護者も心配なのか、見学しながら顔を見合わせた。


「無理っぽいよ、息してもなっちゃうよ」


 リアンだ。

 もちろん、皆の声を代弁しているのだが、素直すぎるのも心配である。


「では、皆さん座って、そして音を極力出さないでください。」


 女教師は少女達を座らせた。

 そして、鈴の音が静まるのを待った。


「では、セイル。見本をお願いします。初めの転調部分まで」


 拍子木が独特の調子を刻む。


 セイルと呼ばれた男は、少女達が最初にとった姿勢になった。

 無音だ。

 そして拍子木に合わせて踊り出す。

 鈴は鳴り続けるのではなく、鳴らす場所で正確にチリンと鳴る。

 たぶん、本当は拍子木ではなく音楽が流れるのだ。

 その音楽に合わせて鈴が鳴る。


 踊り手が男にも関わらず、軽やかな娘の舞いが続く。

 無駄な鈴の音は無い。


 華やかな衣装の娘が踊れば、さぞかし目に美しいだろう。


 だが、見守る少女達の表情はひきつっていた。


 私でもひきつる。


 この動きを素人がこなすには、相当な鍛錬が必要だ。

 村祭りの踊りではない。

 まずは鈴をつけたままで、不要な音を出さないという事が難しい。

 そして手足の動きが揃っていない。

 裾の長い衣装で足が見えないから、鈴を鳴らす動きが複雑になっても良いという訳だ。

 皆、動きは覚えたのだろうが、鈴を鳴らさないというだけの事が難易度を跳ね上げている。



「まだいいわよ、私の時なんて教師役が振り付け師のバフォ爺さんよ。ガミガミ怒られっぱなしだったわよ」


 保護者の女性がため息をついていた。

 隣の父親らしき男性も苦笑いである。


「そうよね、優しいほうよ。根性がたりないとか言い出す人もいたし、まぁ浮かれあがった娘の気を引き締めないといけないんでしょうけどね。」


 等という保護者達の会話をきけば、毎年の風景のようである。


 リアンの奇妙なへっぴり腰の踊りを見ながら、午後は過ぎていった。




 短い休憩を挟み、水分をとっては踊る。

 相変わらず騒々しい為、女教師は考え込んでいる。どうやら、今年の少女は難物らしい。


「皆さん、鈴をお家でも可能な限りつけるようにしてください。そして、生活の中で極力鳴らさないように練習しましょう。学校やお手伝いで迷惑がかかる場所は外しても良いですが、本番までは鈴と一緒に生活してください。」


 反論しようにも、このままでは踊れない可能性さえある。

 少女達の一番恐れているのは、やはり踊れない、祭りに参加できない事だろう。


「先生、自分で練習する時は、どうやって音を出す場所がわかるの?」


 もう慣れたリアンの質問である。

 他の少女も、リアンの問いに助けられているので、頷いている。


「音楽に合わせるのはもう少し後、だから、数を数えるのよ。この位の早さでね」


 拍子木を叩きながら、声をだして数える。

 その隣でセイルが鈴を鳴らす。


 どうやら、規則性があるようで、八、六、三、八、六、三と繰り返し、そして時折二拍で鳴らすのが混じる。


 もちろん、踊りの動きで覚えても良いが、大体は数でも対応できるようだ。


 ズレたら目立つな。という感想が浮かぶ。


 そうこうしているうちに、練習が終わり解散となった。

 陽が傾き、外郭と王城が既に赤く染まっている。


 リアンが一人の少女の手を引いて走ってくる。

 あれがミシェルだろうか?

 漆黒の髪に白い肌、大きな瞳は新緑のようだ。

 育ちの良さが伺えるが、服装から裕福な商家の娘に見えた。


「ミシェル、この子が今度お家にいる姫だよ。姫、この子がミシェル、言った通りでしょう?」


 私は胸に手を置くと礼をし、リアンに頷いた。


「テトは猫だよ、ねぇ」


 テトは新たな美人の出現に俄然やる気が起きたようで、半眼で眺めていた態度から一転して胸を張っていた。


「初めまして、リアンの友達のミシェル・クードです。家は市民街で家業は乾物屋を営んでおります。商い共々、よろしくお願いいたします、姫様。猫ちゃんもよろしくね」


 優しげな雰囲気で、どことなくリアンの母親に似ていた。

 リアンより数歳上に見えるが、実際は同じだろう。


 リアンにこれ以上の紹介は無理のようなので、私は用意していた帳面を開くと、挨拶を書いた。

 姫呼びは、さすがに同性の少女からだと辛い。


 それから私達は公園の椅子に腰掛けると、少しお喋りをした。もちろん、主にリアンがである。


 ミシェルは裕福な商家の娘で、体があまり丈夫ではない為、上級の学校は断念しているようだ。

 代わりにリアンと同じく手習いの私学に通い、成人後は店を手伝うようだ。

 おっとりした口調で、リアンの話に適度に相づちをうちながら会話をすすめている所を見ると、頭の回転も速いようだ。


 夕刻の鐘が鳴る迄の間、ミシェルとリアンの話を聞いた。


 最近の流行の飾り布、白夜街の劇場の事、もちろん、春の祭りが楽しみである事。学問所の成績や他の子供の話。


 二人の会話を聞いていると、水場の穏やかな流れと一緒で、気持ちが落ち着き楽になった。

 空を見上げれば鳥が塒に帰って行く。


 子供の時間。


 輝かしい明日への期待。


 唯一子供だけが手にできる瞬間だ。


 ミシェルの迎えが来て、私達は分かれた。

 春がくれば、彼女もリアンも大人の仲間入りだ。


 うらやましいか?


 ただ、明日を望むその姿がまぶしく思えた。




 広い公園を抜け、あの区画沿いの道へと向かおうとした時、公園の出口に人影があった。

 夕日を受けて、その姿は赤く染まっている。


「お兄ちゃんだ!姫、お兄ちゃんが迎えに来たよ」


 長命種人族としては規格外に高身長だ。

 青白い顔に母親と同じ紫の瞳をしている。

 その髪は短く刈り込まれていた。

 無表情の大きな男は、どっしりとした腰に大振りの剣を帯びていた。

 手は純白の手袋をし、獅子と錫杖の縫い取りが見える。


 リアンを見て、小馬鹿にしたような笑い顔を見せ、私を見て少し頭を下げた。





 ドゥルの言いたかった言葉がわかる。


 歳だ。


 母親と無き父の息子が、このシュナイであるのは納得がいく。

 シュナイは青年ではない。

 大人の長命種だ。


 しかし、父親が処刑されたのは、前公王の頃だ。

 大まかに言っても、私が生まれた頃には、前公王は死んでいる。

 長命種の成人年齢は亜人と大差が無い。





 では、リアンは...。

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