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冬の狼  作者: CANDY
降臨の章
222/355

ACT198 悲しい約束

 ACT198


 東マレイラの冬の終わりは、その天候の良さでわかる。

 鬱々とした雲が消え、朝陽がしっかりと顔を出す。


 野山を霞が漂い、新緑の美しい景色が広がる。

 鳥が虫が戻り、水の流れも光りを含む。


 幸いな事、安堵した事がある。


 明確な呪の喪失に気がついた訳ではない。

 だが、マレイラにあった何かが消えた事はわかった。

 空気や水に含まれる一つの要素が消えた。

 そんな微かな違いであるが、ここ数日ずっと感じ取る事があった。

 そんな風に、ゆっくりと鎮護の道行きは消えたが、マレイラは人の世界に留まっている。

 秤は傾かず、悪意は力を失ったようだ。


 卑怯者は、招かれたであろうか?


 確かめに行きたいと思う輩を押さえ込み、今日も私は丘に座る。


 唯一の問題は、変異体が領内に広がり潜伏してしまった事だ。

 野生の動物の脅威以外が出現したというわけだ。

 そこで、シェルバン領においては、領境に大規模な囲いを設置することとなった。

 もちろん、そんな物で変異体が全て防げるわけではない。

 そしてシェルバンの民。

 少数の生き残りは、現実に対処できずにいるようで、コルテスがシェルバンを滅ぼした等という考えに至る者も。

 全ての原因はコルテスであると主張する者が、生き残りには多数存在していた。

 彼らの人生や今後について、私は何の意見もない。だが、生きて行くには受け入れる他無いと早く気がつけば良いと思う。


 それは私自身も同じだ。


 アーベラインの話しは、思った以上に私を傷つけた。

 いまさらであり、どうせ。という私の本心がむき出しになったからだ。


 諦め、拗ね、怖がっている。

 考えたくなくて、逃げている。


 弱いのだ。


 私は弱い。


 丘の上に座り、ごしごしと腕で目をこすった。

 滲んだ視界のまま、それでも道の向こうを見つめる。



 私は虜囚だ。

 供物であり、グリモアの器であり、不審な者として監視をうける。


 もしも..


 公爵の言った言葉が、今更わかる。

 選ばなかった道の答えがわかるならば、後悔などしなくてすむのに。


 私の選ぶ道は、全て、供物としての歩みである。

 偶然でありながら必然。


 何をすべきかは分かっている。


 アーベラインや公爵の言わんとする庇護を求める為ではない。


 既に、供物となる道を選んだと思しき、眠りにある人に会わなければならないのだ。

 嫌だと思う道こそ、私が進むべき道という訳だ。



 そして現実を見て、救わねばならない。

 ちっぽけな私が何を救う?

 救えるものなど高が知れている。

 何を救うのか?

 私が誰を生かし、誰を見捨てるのかを。


 その選択によって、裁定が下る。


 宮の主は、答えを欲しているのだ。






 滲む視界に、騎馬が見えた。

 なんて禍々しい姿か。


 私は笑った。


 滲んだ視界の向こうに見える、物々しい男の姿に笑った。


 感傷など捨て去り、私は笑う。

 あんな悪人面の男を見て、私は安堵する。


 人生の苦悩は、悩む者には大きいものだが、結局はなるようにしかならない。


 努力を放棄するのは間違いだが、悩んだところで、自分の手に余る事は変えようがない。


 私はテトを抱えると、ゆっくりと丘をくだった。






 カーンと兵士達は、館の者と何か話している。

 最初は馬から下りる様子がなかった。

 しかし、最後には諦めたように馬から下りた。

 私はテトを抱えたまま、そのやりとりを遠巻きに見ている。


 すると、不意にカーンが私を見た。

 今気がついたという感じだ。

 まるで、私の存在など忘れきっていた。という感じで不思議そうに見ている。


 わき起こる感情を、私は受け入れる。


 悲しい、寂しい、不安、小さな怒り、安堵、そしてやはり悲しい。


 テトが鳴いた。

 私が下ろすと、テトは走り出す。

 一目散に走り出すと、そのまま男に飛びかかった。

 猫は素直だった。




「何で、挨拶代わりに猫をけしかけるんだよ?」


 埃を落とす前に、テトに襲われた男は不機嫌だった。

 かじりつき、爪をたて、蹴る。

 存分に暴れた猫は、ミアに引き取られていった。

 今は兵隊達が休憩している場所から、鳴いている声が聞こえる。

 声の調子から、気分がいいと伺えた。

 今回は、カーンの頬に爪痕を残せたからかもしれない。


「土産がないから、怒ってるのか?あっちの領地には、何もおもしろい物なんか無かったぞ。」


 頬の傷をこすると、私に両手を差し伸べた。

 意味が分からず首を傾げる。


「まぁ、おもしろいというより、奇妙な花が咲いていたがな」


 ひょいと何時も通りに私を抱え上げる。

 のしのしと館へと向かいながら、カーンは嫌そうに呟いた。


「シェルバン公は蔦に吸い尽くされたようだ。城の地下には、公の氏族が隠れていたが、それも大方が腐っていやがった。

 悪臭がする花とは恐れ入ったぞ。俺も仲間も、笑って良いのか悪いのか困った。」


 館の入り口が見える場所で立ち止まる。

 行き来する人が途切れるのを待ち、カーンは続けた。


「暫く、何も語るな。俺と二人きりの時だけ、思ったことを話せ。危急の事でもだ。沈黙し、お前は何も知らぬという風にしていろ。」


(何故?)


「シェルバン人が全て死んだ訳ではない。そして裏切り者は、コルテスの内部に未だいる。公爵が領内の粛正をするのは、これからだ。」


 私を抱えたまま、カーンは首を回した。

 骨を鳴らすと、ちらりと辺りに目を配る。


「何処か、話ができる場所はあるか?」


 私は、それまでいた丘を指さした。






 灌木に腰掛けると、カーンは深く息を吐いた。


「ボルネフェルトが死に、腐土の謎は残った。

 シェルバンには、それに似た現象が起きている。

 お前は、馬鹿者どもの行いに印をつけた。

 端から見れば、お前の行いは荷担したかに見える。

 お前の力は、知らぬ者には善いも悪いも分からないだろう。

 そして、ああした者どもと渡りあう事ができると知れれば、身の破滅だ。

 コルテス公、ズーラ達は、まだ良い。

 俺と、俺の仲間も、お前が敵にならねば、それで良い。

 だが、他の人間には、知られてはならない。

 これから、シェルバンに災いをもたらした、原因を探る。

 死んだ者、腐れた者が全ての原因ではない。

 化け物を産む何か、あるいは知恵を与えた何かがある。

 マレイラの確執が、ここ数年で悪化したのは、単なる人の争いが元なのか。

 勿論、お前の力を借りれば、探るのも容易い。

 だが、その容易な手段は、お前の破滅に繋がる。

 俺が兵隊である限り、お前個人の権利を守る事は難しい。

 兵士、軍隊に個人は無いからな。

 お前の力が有用であると分かれば、利用するしかない。

 だが、知らぬのならば、建前でも、知らぬのであれば、お前を手段として利用する事をしないですむ。


 お前に嘘をつくなと言った俺が、嘘をつけという。

 実に矛盾している。

 だが、シェルバンで花を、生き腐れた愚か者の姿を見た時。


 否応無く理解した。


 この世の変化だ。

 これから、この世界は変化する。

 腐土ができあがった時は感じなかった。

 そして、このシェルバンでやっと理解した。

 今までの経験から推量する事の難しい、変化が起きているとな。」


 カーンは下草に咲く小さな菫に目線を据えていた。


「変化の先触れは、それまでの常識や概念を壊すものだ。

 今ある人の社会構造に影響があるとなれば、その変化の先に立つ者の多くは、死ぬ。

 歴史を学べばわかる。

 それが例えどんなに素晴らしいものであったとしても、既存社会の常識や慣習に逆らう存在の末路は、死だ。

 運良く免れ権力者に取り込まれたとしても、それが、お前を幸せにするかといえば、甚だ怪しい。」



 幸せ、という言葉が宙に浮いて辺りに漂う。

 幸せという言葉を、久しぶりに聞いたような、妙な違和感を覚えた。



(幸せですか?)


「泣いていたのか?」


 唐突な話題の転換に、私は言葉が返せなかった。


「何か嫌なことがあったのか?リスロンなら、滅多な事はおきないと思ったんだが。」


(皆さん、良くしていただいておりますよ。それに泣いてはいませんよ。私は十分良くしてもらって)



 幸せ?



 菫の花びらは薄い紫だ。

 露を乗せて光る葉は美しい。



「嫌な事があったら、俺に言うんだぞ。」


 視線を戻すと、猫の引っかき傷を見る。


(災いの元と呪を探しに、シェルバンへと行く事は、危険なので駄目という事ですね)


「そうだ。だが戻る事もならん。ミルドレッドには、異端審問官どもが到着したという連絡も入っている。戻るのは更に不味い。だがリスロンならば、お前に目は向かず、ズーラ達へと関心は移るだろう。」


(それは、不味いのでは?)


「コルテスの正念場だ。俺は暫くシェルバンの探索にあたる。その間、お前はリスロンにいろ。審問官といっても、ズーラの兵士と正面から武力衝突して勝利できると考える馬鹿ばかりでもあるまい。」


(審問官とは、どんな人達なのですか?)


 私の中では、イグナシオから人間味を抜いた感じか、はたまたスヴェンのような猛者を想像していた。


「坊主の集団?」


 それに対する答えは、微妙だった。


 私の眉間にしわが寄るのを見て、カーンはちょっとだけ首を傾げた。


「種族混合の組織としては、神殿兵よりも小規模だ。審問官の総数も、通常の官吏が八割。武装拷問官吏が一割と神聖教法典官吏が一割。その二割の官吏をさして異端審問官としている。」


(坊主?)


「全員が剃髪している。獣人の剃髪は想像がつかんが、異端審問官に獣人がいないとは聞いていない。

 法典官吏が罪状の裁定をし、拷問官吏が文字通り拷問と処刑を担当している。

 俺からすると、単なる気狂いの坊主だ。宗教統一の名残というか、暗黒部分の残り滓だな。」


(彼らは裁定と刑罰を内部で執り行える権利があるのですか?)


「昔ほどの強権は無い。被疑者の身分によって、彼らは起訴までという場合もある。

 貴族には中央の貴族院と元老院の権利が上にある。

 軍人には、中央軍の軍事法廷の権利が上だ。

 勝手に貴族や軍人を処刑できる程の権力は無い。」


(つまり、神殿預かりの身分や平民等の民草は、彼らに処刑できる権利があるのですね。)


「加えて言うなら、犯罪者や反逆者などの罪人処刑の権利は、中央軍統括の粛正命令が最高位だ。

 邪魔な者を消すという意味では、王族であろうと神に仕える者でも、俺たちは抹殺命令に従い実行できる権利が保障されている。」


(つまり、軍の最高位にいる人物の命令が、今のところ権力の一番頂点にあるのですか?)


「そこがちょっと複雑でな。そこに王家と大公家が挟まれるんだ。

 人族大公家は、神殿寄りの派閥だ。

 獣人大公家は、軍部より。

 元老院は貴族の利権を一番に置いているし、且つ、その均衡を保つ役割が王家だ。

 王家の権利が弱く見えるが、発言権はどの階級に対しても影響がある。

 つまり、異端審問官は制御困難な気狂いという部分を除けば、恐れる程の者ではない。」


(それは、旦那が軍人だからですよ。)


「まぁそうだな。だから、お前は極力、その気狂いどもから身を隠さねばならない。」


 難儀な事だ。

 アーベラインは王家に身を寄せよと言い、カーンは隠れよと言う。


(私を見て、私の種族を言い当てる人は、どのくらいいると思いますか?)


 問いに、カーンは暫く考え込んだ。


「正直に言えば、お前の種という者を初めて見た。俺の世代で言い当てる者は少ないだろう。

 信心深いイグナシオやスヴェン、それに医務官のエンリケもお前を亜人と考えていた。

 お前の特徴ある耳を隠せば、更に種族を言い当てるのは、神殿の人間位だろう。

 つまり、審問官共もお前を見れば気がつく可能性が高いって事だ。

 拷問官吏はだませても、法典官吏は、神官と同じ特性を保つ者が多いからな。」


(珍しい種族だからという意味ですか?)


「信仰の為と称して、奴らはお前を拉致するだろうな。そして、お前の力を知れば、どうなるかは想像しても意味がない。ともかく、良い事はまったく無いだろう。」


(ジェレマイア様は、何と神殿内部で私を説明しているのでしょうか?)


「祭司長は、聞かれない事に関しては何も答えていないだろう。

 お前は、不信心者の所為で被害を受けた辺境の民だ。神殿長と巫女頭も、ジェレマイアと同じく中庸を良しとする良識派だ。不要な事は言ってはいないし、お前の種族に関しては、漏れていないと考えていい。

 お前の種族よりも、お前の力やボルネフェルトとの関わりを問題視しているだろう。


 王都の出入りでは、慎重を期した。誰か目にしたとしても、お前のその紋様の方が目を惹いた事だろう。後、審判官とおつきに関しては、大丈夫だ。」


(ローレ審判官とオロフの旦那ですね。)


「果たしてお前の種を知っているかどうかは、わからないが。少なくとも他者にお前を奪われるのを良しとはするまい。」


(どうしてですか?やはり、職業柄グリモアが気になるんでしょうか。あぁ、影響により体を損ねたから、恨んでいらっしゃるのですね。)


 投げ出した片足に手を置くと、カーンは唇を歪めた。

 傍らの私を流し見ると、わざとらしくため息をつく。

 馬鹿にしきった顔だ。


「ともかく、しばらくはリスロンにいろ。俺の手があいたら、場所を移動する。マレイラもこれから騒がしくなるだろう。お前の置き場所としては不適切だ。」


(すっかり置物の扱いですね。まぁ仕方が無いことですが。リスロンにいなければ、駄目ですか?)


「マレイラの人族よりもズーラ達の方が信頼できる。そうだろう?」


 私もため息が出た。

 その通りだ。

 業を乗り越えた夜の民は、欲望に走りやすい私達よりも、ずっと高等である。


「まぁ、そんなに待たせる事は無い。だから、良い子にして泣かずに待っているんだな」


 馬鹿にしたように、カーンは言った。

 そして、私の顔を見て軽く目を見開いた。


「..そんな顔をするんじゃねぇよ」


(どんな顔でしょうか?)


 自分の表情は特に変えていない。

 何時も通りだ。


「ちゃんと迎えに来るから、安心しろ。忘れずに、落ち着ける場所を確保する。ちっとは信じろ。」


(大丈夫ですよ、私は)


「お前を途中で放り出すことはしない。俺の何が欠けているのか、まだ、教えてもらってないからな。そうだろ?」


(わかってます)


「わかってないな、その顔はよ。」


 膝を戻し両肘を置くと、カーンは両手を組んだ。

 私の顔をのぞき込み、少し困ったように笑った。


「お前は度胸もあるし、軟弱な新兵よりも根性がある。だから、すっかり忘れてたがよ。

 故郷から離れ、体を壊し、何の楽しい事も無い。

 こんな男や化け物につきあって、その上だ、ひとりぼっちを我慢しろと言われりゃぁ、誰だって嫌だよな。

 考えてみれば、お前の暮らしを壊したのは俺だしな。知らない人間の間に置き去りにして、脅かすような話をする。

 自分だったら、馬鹿野郎と怒鳴り返すところだ。」


 私は頭を振った。

 他人の所為にするのは簡単だ。

 だが、ここにある私は、自分で選んだ末にたどり着いているのだ。

 誰かを罵る必要は無い。


「もし、安全な場所が見つからないというのなら、お前は南領に来ればいいんだ。」


(獣人以外は体が保たないという話でしょう?)


「俺の領地ならば大丈夫だ。本拠地は巨大な浄化設備が置かれている。空気も土地も、南領随一の清浄な場所だ。

 一度、滅んだ土地だ。

 生き残りを集めて、改めて作り上げた場所だ。

 亜人であろうと人族であろうと、生活に困る事は無い。

 南領辺境に向かわねば、お前でも十分に暮らせる。

 それに俺の領地で人狩りを許すような事は無い。ましてや異端審問官など、現地住民だけで駆除できる。」


(得体の知れない私でもですか?)


「約束しよう。お前が俺や俺の仲間を裏切る事無くあるならば、俺も仲間も、お前を受け入れる。

 口約束だと軽く思うなよ。

 お前が、年老いて死ぬまでの暮らしを、領地において支えると誓う。

 安心して婆さんになれるように、毎日、お前の好きな果物を差し入れしてやる。どうだ?」


(年寄りになるまでですか?それは随分と豪勢ですね。)


 カーンは右手を差し出した。

 私は奥歯を噛みしめたまま、同じく右手を差し出した。


 約束の身振りだ。


 お互いに手を握りあい、相手の手の甲に額を当てる。

 そうして約束しあうのだ。

 子供の頃、明日の遊びの約束をする時等、こうして手を握り額を寄せたものだ。


「俺が死んでも、この約束は守られるようにしておく。」


(私より先に死ぬなんて、駄目ですよ。果物を差し入れしてくれるんでしょう?)


 それにカーンは笑った。

 私も笑顔を作りながら、目を閉じた。












 カーンは一晩館で体を休めると、次の日の早朝にはリスロンを出立。

 シェルバンの探索を諦めた私は、見送るついでに臓腑の壷をカーンに渡した。開封せずに、例の本と共に神殿へ送るようにと念をおす。


 そしてその三日後に、リスロンには異端審問官が到着。


 ズーラの存在とコルテス公爵に対する審問は、結局のところ行われなかった。

 これ見よがしに、神聖教の威光により、夜の民が改心したという建前を法典官吏に示すのと同時に、公爵自身の審問官に対する態度がそれを許さなかった。

 その態度は、まさに専横的な領主その物であった。

 自領の民を使い、堕落した異教徒たるシェルバンの怪異と戦ったのだという主張を繰り返す。つまり一切相手の言葉は聞かなかった。

 そうしてズーラの武力による威圧を含めて、彼らをもてなした。

 自分たちの調子に相手を引きずり込むと、公爵は彼らに別の標的を与えた。

 カーンが私からズーラに注目を集めさせるように、公爵は、ズーラからシェルバンの土地に残った不浄なる者どもに注意をそらした。

 武闘派の拷問官吏にしてみれば、ズーラと戦うことも頭にあったろう。だが、高位貴族の持ち物に戦いを挑むよりも、現実的な邪悪の徒に対する粛正をとるだけの理性は持ち合わせていた。

 それにズーラは逃げ隠れもしていない。改めて監視を、続けていけばいいだけの事でもある。

 そうして審問官達はシェルバンへと送り出された。




 変異体に喰われてしまえばいいですね。


 と、笑顔で公爵が呟いていたのが印象的だった。


 審問官がシェルバンでどのような活動をしたのか、私は知らない。

 公王からの召喚状がコルテス公爵へと、審問官と入れ替わるように届いたからだ。

 そして公爵は身の回りを整理すると、ニルダヌスと私、テトを連れてリスロンを出立した。












 嘘つきで、ごめんなさい。

 私は、置き手紙を残すこともできずに、リスロンを出た。

 それがマレイラでの日々の最後であった。

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