Act22 油断
ACT22
出口は見つからなかった。
さすがにカーンも疲れを見せた。
私達は乾いた場所を探し腰を落ち着けた。
お互いに背を向けて腰を下ろすと、荷物を漁った。
背嚢はそのままだったので、中の食料を背後に手渡した。
彼の持ち物は、その殆どが物騒な物で占められており、食料は私の手持ちだけだ。
量をみず栄養価だけなら、二人後三日は持つ。この地の水が飲めればだが。
見たところ、水の流れに生き物がいるようだ。
見たこともない魚だが、暗闇には奇怪な姿の物もある。火も使えれば何とかなるだろう。
それに背後の男は、迷い込んだのではない。獲物を追ってきた犬なのだ。
「少し寝る。半時たったら起こしてくれ」
剣を立てると片方の膝を立てて眼を閉じた。
一見すると、頭を少し垂れて座っているように見える。
だが、規則正しい息は少し深く。気配が眠りに支配されるのがわかった。
どんな、暮らしをしているのやら。
呆れると同時に、少し安堵する。
その思考の流れに項垂れた。
これほど、相容れない人間同士であっても、未知の事柄に怯えて頼ろうとしている。
全く、何と、愚かである。
意気地のない己が情けない。
少なくともこの男に油断をしてはならない。
瞼をしばらく閉じてから、再び見開くと周りを見回した。
恐ろしくとも注意して周りを観察するのだ。森の野営と同じである。
ここから戻るのだ。
爺達も一緒に帰るのだ。
そんな空元気も時が静かに降る中では、あまり持続はできなかった。
半時と言ったが、只の村人が時を計る物を持つわけもない。感覚で教えろというが、早くても遅くても怒られそうである。
体感は人族より優れているが、この男は獣人の相を持っている。自然を読むのに優れた私よりも、体感だけならばこの男も優れているはずだ。
この中央大陸には、数種の人族が暮らしている。
主流の人族種は三種。この三種に関しては肉体的には獣人種よりも脆弱であるが、長命と言われている。
獣人種はこの人族種との混血も含めると数限りない種類がある。その多くは強靱であり、戦闘的である。長い種族民族間の戦争の為に交配された種とも言われている。
そして、支配階級が人族種と獣人種である長命種族に対して、亜人と呼ばれる種族がいる。
この大まかな二つの種族から外れた人の形をとる者だ。
人族種の特徴もなく、獣相と呼ばれる肉体的特徴もなく、短命である。
寿命だけで言うと長命種は短命種の三倍以上を生きる。
では、私はこのどれに属するのか。
それが実に悩ましい所だ。
私は獣人ではない。
しかし、純粋な人族でもない。
混血でもないようだし、亜人というのも違っていたようだ。
実は、亜人だと最初は思っていたのだ。
だが、私は亜人ではなかった。
親でもいれば、悩まずにすんだのに。
と、下らないことを考えていると、私の視界が揺れた。
正確には、私の正面にある舞台の中央で、空気が揺らいで見える。
私は背中の男に小さく声をかけた。
男の意識が戻る。
眼だけを動かして当たりを伺う。
私の方は、正面の揺らぎが固まるのを見つめていた。
何かが固まりつつあった。
それは白い固まりで蠢き何かを形作ろうとしていた。
私はいつでも動けるように足を戻した。
しかし、白い固まりは不定形の
まま、ぶるぶると震えるばかりだ。
その震えが風となって吹き抜けると、天井に群れていた生き物が鳴き声を上げると飛び出した。
黒い刃物のような風が通りすぎる。
私はとっさに前へと転がった。
振り返ると円蓋の天井を黒い霧が旋回してる。
鳴き声から、やはり蝙蝠のようだ。だが、その黒い霧が通り過ぎると石壁がぼろりぼろりと崩れる。
首が刈り取られそうだ。
再び下へと群が旋回を始めた。
火の側に寄るか、何か身を隠さねばならない。カーンも壁の方へと転がり寄っている。
耳が痛むような鳴き声を上げて黒い刃が通り過ぎる。それを避けながら、私はいつしか舞台の端へと追い込まれていた。
そして、蝙蝠ばかりに気を取られていたが、群を避けたと同時に目の前が白くなった。
私の目の前には、あの空気の揺らぎが広がっていた。
そして、白いモノに飲まれた時。
急に力が抜けた。
寒い。
指の先、四肢が痺れて、息苦しい。
窒息する。
そう思った時には、気がつくと眼の前に、蝙蝠の群があった。
やけにゆっくりとこちらに向かってくるのか見えた。
蝙蝠、に見えたが。赤黒い眼が幾つも顔にあり、肉食なのか牙の生えた口をしていた。
蝙蝠の奇っ怪な姿がゆっくりと迫ってくるのと、耳の奥で女の悲鳴が木霊して、気持ちが悪い。
女は悲鳴を上げている。
私はその悲鳴が誰のものか知っている。
すべてが水の中のようにゆっくりとしている中で、不意に強烈な痛みがした。
カーンが私を掴んで引き倒していた。
石の床に引き倒された私は痛みに呻いた。
痛みが現実になると、女の悲鳴は何処にもなく、蝙蝠は円蓋を飛び回り、白い何かは何処にもいなかった。