表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬の狼  作者: CANDY
哀歌の章
218/355

幕間 落葉帰根

[落葉帰根]



 真に憎い者を前にして、自分は何を思うか?




 何も浮かばない。何もだ。




 たどり着いた場所に、憎む相手はいなかった。


 ここでも私は取り残される。



 笑う以外にない。



 埋め尽くす異形の姿。



 恐怖は無い。

 私にも、我が剣にも。


 枯れ果てた姿があった。

 蔦が絡み枯れ果て、ささやかな花を咲かせている。

 長命種の末路としては、花となっただけ世の為になったのだろうか?

 一握りの塵に還るかわりに。


 実に滑稽だ。


 それはここまで運んできた墓守りと同じ姿だ。


 枯れ果てた姿の、それが憎んでいた相手の最後である。

 ぶつけるべき言葉は宙に浮き。

 私の葛藤は立ち消えた。



 蔦の前で立ち尽くし、私はうなだれるだけだ。



 無意味だ。



 何もかもが無意味だ。


 それでも終わりにしなければならない。


 招き入れられた場所は城の広間に見えた。

 閉じられて、変異体と呼ばれる化け物が私達を囲んでいる。

 先ずはできるだけ、道連れにしなくてはならない。


 守護もこれで潰えた。


 この全身を覆う倦怠感も、ひび割れた中身も、取り繕うのも終わる。


 何れ、あの獣人達がたどり着く。


 もう、これ以上何も我慢する必要はない。

 このマレイラを縛り守る約束は、同じ故郷を持つ三つの氏族が揃わねば続かない。

 シェルバンは滅んだ。

 例え、この後誰が名を継ごうと、モーデンの王は答えない。

 高潔な王の約束は、手を取り合う事を望んでの犠牲だ。


 愚か者の望んだとおり、滅ぶ。



 ただし、滅ぶのはシェルバンと私だけだ。




 私は笑った。





「何がそんなにおかしい、気が狂ったか?」


 怪物共の間から、奇妙な姿が見えた。

 多分、人だと思う。

 人の形をしている。


 だが、全身に細かな青い花が咲いていた。


 酷い臭いだ。

 腐っている。


「漸く貴様を殺せる。これでコルテスも終わりだ。どうだ?命乞いでもして見せろ」


 私とズーラ達は、首を傾げた。

 滑稽だった。

 この生き腐れた物は何を言っているのだろう?


 終わるのは、目の前の珍妙な物とシェルバンだ。

 鉱毒も今では手に負える程に弱まっている。

 領地も中央と手を組めば持ち直すのは簡単だ。

 ボフダンの先見達も、予言している。

 秘密も無くなった。少なくとも、コルテスの秘密は終わった。

 後は、手を取り合って生き抜くだけだ。



 この汚らしい者共を殺し尽くして。



 言葉が浮かばない。

 小さな姫と同じく、言葉は唇から出ることはなかった。

 勝手に笑いが漏れる。


 こんな化け物を従えて、どうやって陽の元で生きていけると思うのだろう?

 私の民は、陽の光を受け入れた。

 手を取り合う事ができたのだ。


 彼らができて、何故、元は人らしいこの物は、できないのだろう?


「お前が死ねば、お前の息子がコルテスの宗主だ。これでコルテスはシェルバンの物だ。何れ、ボフダンも従うだろう。」


 それはあり得ない。


 宗主は娘に引き継いだ。

 中央軍のバルドルバ卿とボフダン公の甥が証人だ。

 獣人大公家の末子と公爵の甥、その証人に異議を唱えられる者がいるとすれば、それこそ狂人だ。


 それも息子とやらは、どうあがいても他人だ。

 中央の神官を呼べば偽る事も無理だ。


 日頃表情の無いズーラ達が、唇を引き上げた。


 愚かすぎて、さすがに笑いが堪えられなかったようだ。


「聞いてもいいかね?」


 妄想が過ぎる珍妙な物に、私はたずねた。


「シェルバン公のこの有様はどうしたのだ?」


「お前の息子がやったのさ。」


「どうやって?」


「お前の息子は巣に入れられた。自分の祖父である、そこに転がる豚にだ。本当なら死んでいたのにな。だが、俺が助けた。助けてやったんだよ。お陰で、俺は神の偉大な力を得たのだ!」


 巣という言葉に、一つだけ思い当たる事があった。

 もし、私の考えが当たっているのならば。

 キリアンには、そう、あの者には酷い苦痛を強いた事になる。

 私がもっと、しっかりと全てを見、考えていれば。


 もちろん、後悔などしても、私の愚かさは変わらない。


「いつから、シェルバンは儀式を辞めたのだ?」


「辞めてなどいない。ただ、投げ入れる生け贄を変えただけだ。そう、お前の氏族を生きたまま喰わせた。おかげで、どんどんと増えたぞ!」




 我々は、封じた物に糧を与えてきた。

 自領に封じた物にだ。

 コルテスにもそれはあり、祖が約束したとおり、我々は死した者をそれに与えた。

 死した同族を与える。

 塵になる前に、それに喰わせるのだ。

 何れ許されるまで。



 そしてこの地に再び凶事が起こった。

 我々は願った。

 二つ目の願いを叶える為に、自然に死んだ者をその時々に与えるのではなく、一定の周期で与え続ける事になった。

 我々だけでは足りず、コルテス領で死者がでると、人族の同じ氏族ならばと与えた。


 それでも足りない時は。


 愚かだった。


 モーデンの血を僅かでもひいていればと、儀式を執り行う。

 大切な人の亡骸を失う。

 そのすべてを失う。

 思いでさえも、その最後に奪われてしまう。


 考えてみれば、この者の行いと私の行いに差は無い。

 私は手順を踏み、死者を作り出し喰わせた。


 禁忌となる生き餌を与えなかっただけだ。

 それも同族以外を捧げなかっただけだ。



「どうなるか、考えなかったのか?」



 無駄な問いだとは分かっていた。

 だが、聞かずにはいられなかった。



「水妖は神のしもべと、なったのだ!これからは、俺の手足となるのだ!このマレイラは、いや、この大陸すべてに、我らの神の国をつくるのだ!」



 祖に知恵を授けた方は言った。

 呪われた地が許されるまで、人の犠牲を忘れる事無く。

 手を取り合い、生きていけば、いつか許される時が来る。

 愚かに争う前に、今一度、振り上げた拳の行き先を考えるのだ。


 そう言うと、忠告をした。


 おとなしやかな水の者も、人の汚れを受ければ変わる。

 だから、捧げる物は命無く、土になるべき物のみを与えよ。

 その身をもって妖も、土になるべく時を刻む。



「神の国とな、シェルバン公も賛同したのか?」


 広間いっぱいの異形を指し示す。

 私の問いに、答えは返らないと思った。

 だが、それは答えた。


「簡単だ。あの豚は、死にたくない。誰よりも生き、死にたくない。だから死なぬ物を欲した。それをかなえてやっただけさ!」


 その答えに、一番の嫌悪を示したのは、我がズーラ達だった。

 なまじ人と同じ感性を有した彼らの先祖は、己を厭い苦しんだ。

 彼らが自然死を得たのは、人を食す事を止め長き月日の後の事だ。

 それ以前は地に還る事もかなわず、この世に生きる呪いを受けていた。


 死なぬ事を望むのは、普通だ。


 だが死なぬということは、この世界から孤立する事だ。

 四季の移ろいからも、人の輪からも孤立する。

 永遠とは呪いだ。

 死を悲しみと苦痛であると捕らえたのだろうか?


 皆が死なぬ、変わらぬのが幸福だと望む考えもわかる。


 だが死を拒否した結果が、生を捨てる事なのだとしたら。


 哀れだ。



「それでお前はどうコルテスを手に入れるつもりか?」



「偉大な神の使いの意に従うのは当たり前だ。お前の息子は、既に俺の力の下にいる。」



 まこと哀れだ。



「マレイラを守りし慈悲を否定するのか。古の魔を蔓延らせるのが、正しい行いというのか?」



 誇大妄想なのか、珍妙な物が花を揺らして大声で喚く。



「慈悲だと?この土地に縛り付けられ、無用の蔑みと貧しい暮らしを強いる事がか。俺と神が代わりにお前達に罰を与えるのだ。驕り高ぶった、権力を笠に着る豚め!真の崇めるべき神と正道を示し、マレイラを治めるのは俺だ!」



 何処に、その治める土地に暮らす民がいるのだろうか?

 正道と言うが、化け物だけしか見えない。

 シェルバン公の民も、臣下も、兵士も、何処にもいない。

 歴史ある居城には、枯れ果てた公と、化け物だけだ。



「他の者はどうした?お前一人なのか?」



 私の問いがわからないようだった。


 もしかしたら、この珍妙な者には、この化け物の群が人に見えるのかもしれない。



「お前は誰なんだ?」



「見てわからないのか?」



 分かるわけがなかった。

 小花を生やした奇妙な生き物。

 生臭く腐った臭いを発する、人の形をした何か。



「俺こそが、神の力を受け継ぐシェルバンの宗主だ!宗主として、この土地に穿たれた囲いを外し、神の僕を広げたのだ。」



 あぁなるほど、と納得する。

 何者でもない。

 それが、これの正体だ。

 シェルバンが従えた名も無き民。


 その血を受け入れた、シェルバン公の嫡子。


 馬鹿な事だ。


 シェルバン公は老い、その目的とする忌まわしい血を薄める事をせず、逆に取り込まれたのだ。

 故郷を離れた理由を結局捨てられなかった。

 苦心惨憺し、やっとたどり着いた安住の地にて、心安らかに生きることができなかったのだろう。


 多くがシェルバンの民として、古い慣習と宗教を放棄した。


 だが、この男のように、その血筋をより所として生きている者もいたのだろう。



「さぁ、もういいだろう。最後の餌だ。お前を喰わせたら、更にあれは大きくなり力を増すだろう。」



 異形が私達を囲む。



「やっとだ、忌々しい公王の血族もこれで知るだろう。我が神の偉大な力を、さぁ、コルテスの宗主を餌にするのだ!」



 無駄な会話に意識が濁る。

 それでも私は剣を抜き、ズーラ達は構えた。


 どのくらいもつだろうか?


 足元でシェルバン公の蔦が蠢いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ