表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬の狼  作者: CANDY
哀歌の章
205/355

ACT186 モルソバーンにて 其の六

 ACT186


 少しだけ、ここに住まうモノに笑顔が浮かぶ。



 目覚めてしまったモノが、邪悪とばかりは限らない。

 繰り返し、蝋燭の頼りない光りに、影がいたずらをする。


(教えてくれるのかい?)


 語りかけると、影は少し揺れた。


 そうして私たちが見守る中で、影は棚からしゃがむと床をまさぐる。


 イグナシオが怒り狂うかと思ったが、図らずも影には関わらず、棚の近くにしゃがみ込んだ。


 ザムとカーンが繰り返される影の動きを見ている。

 驚いているようには見えないが、目の動きから、それが何で動いているのだと言っていた。


「お前、こう言うのはいいのか?」


 誰に対しての問いかは、当人には直ぐにわかったようだ。

 イグナシオは鼻を鳴らすと、床の木目を弄っている。

 木目の切れ目を叩くと、音が違う場所を見つけた。

 それをゆっくりと押すと、微妙なズレを見せた。

 蝶の羽のような木目を、押し上げると床の表面が音をたてて組変わる。

 カタリカタリと音がして、突然、棚の前の床が落ちた。

 ぱたりと音がして、暗い穴が現れる。

 すると、無言の影絵は煙のように消えた。


(妖精は、確か自然の物でしたね)


 遅れた私の言葉に、カーンは気の抜けた返事をした。


「お前等のその基準がわからん。何か見えるか?」


「何も、見てみろ」


 穴は、彼等がぎりぎり通れる大きさで、のぞき込んでも闇があるだけだ。

 暗闇に目が利く彼等にも、そしてグリモアの目にしても、何もうつらない。


 つまりは、闇という幕が降りている。

 それは普通の心安らぐ暗闇ではない。

 作意の幕だ。


「自分が最初に」


 ザムの申し出に、カーンは縄をつけるように指示した。


「無理はするな。降りられる場所があるなら、縄を引け。腰の壷はおいていったほうが良いだろう」


「祟るのだろ?」


「割ったらどうする」


 男達の会話に、影が当然のように応えた。

 床下の埃が文字を作っている。

 気がつかない彼等に、私がかわりに伝えた。


(やはり、私にくくりつけてください)


 それにカーンは、片眉を上げた。


「重要なのか?」


(重要だと思います。例え、割れたとしても袋事手にしていればいいのです。私が一番、争い事になった時、動かないんですから)


 役立たずとも言う。


 そこで改めて私は、皮袋を肩から斜めがけにして縛り付ける。かわりにザムは縄を腰に巻くと、穴へと体を入れた。


「鉄の取っ手があります。」


 まるで水面に沈むかのように、闇にザムの姿が消えた。

 唐突に掻き消え、闇と言うよりも淀みである事が伺えた。


 端を持つイグナシオの手からするすると縄が抜けていく。


「風の流れが少し感じられるようになったな」


「毒の淀みがなければいいがな」


(毒の淀み?)


「古い穴や、鉱山、地下道、正常な空気とは限らない。俺たちでも、そうそう長くは留まれない。お前に至っては、即死しかねない。」


 それでザムが先に行き、彼等が動かないという訳だ。


「この穴が何んであるのか、どちらにしろ、糸の先に通じているかどうかを確認して、進むのが無理なら、後にするしかないだろう。まぁ、こちらは別に急いではいないからな。それに」


 カーンは縄の動きを追いながら言った。


「イグナシオ、何か言うことがあるんじゃないか?」


 それまで黙って、縄を送り出していた男は、面倒そうに顔を上げた。


「何も」


 その会話の間に、縄がグイグイと引っ張られた。

 イグナシオは縄の終わりを金庫に巻き付けて縛り上げた。


「降りられるか?俺に掴まって降りるか」


(自分で降りられますよ。必ず、片手はあけておいた方がいい)


「その託宣は、あたりそうか?」


 私が言いよどむと、イグナシオはさっさと穴に入り込んだ。


「娘は最後にした方がいい。何が起こっても、最後なら逃げやすかろう」


「まぁ、お前が焼く時は、俺も後ろにいたいしな」


 カーンの頭が闇に消えると、私も穴の縁に手をかけた。






 床の埃が消えていく。



 三人の男

 一人は東

 一人は西に

 最後の一人は極に消え


 東の男は、今何処?


 騙され刻まれ、今何処?


 水妖の妻を持つ、東の男は今何処?






 私は闇に潜った。

 闇はこもった熱をはらんでいた。











 壁に鉄の輪がついた楔が打ち込まれており、それが足場になっていた。

 カチカチと鳴る足場に体を置くと、闇で視界が塞がれて、後は手探りになる。

 勿論、縄も降りているから、それを手繰っても良いのだが、手を放すほどの度胸がない。


 穴の中はなま暖かく、空気は密やかに動いていた。

 淀んでいるという訳でもなく、かといって流れ去るような匂いもない。

 ただただ、じんわりと暖かく、湿気ていた。


 段にして二十、不意に視界が戻る。


 相変わらずの闇の中であるが、あの幕は無く、そこが広い通路である事がわかった。


 穴は、通路の天井にあり、何処ぞの回廊らしきものに繋がったいたようだ。

 天井から床まで、結構な高さがある。

 下でまっていたカーンに飛び降りるように促された。

 まぁ、いつも通り、手荷物のように受け止められて抱き上げられる。

 背中の壷は無事だ。

 通路は左右に伸びている。

 どちらを向いても変わりなく先に先にと伸びていた。


「位置的には、多分、穴の楔の位置から見て、左が外郭外、右が街の中心方向だ。」


「どっちに向かう?糸の方向なら左だ」


 何故か、三人にのぞき込まれて、私は眉を潜めた。


「元々、お前が見えていたものだ。どっちがいい?」


 私は仕方なく、左を指さした。


 先頭をイグナシオ、カーン、ザムの順番で進む。

 私は念の為、カーンの後ろを歩く。

 不意打ちを警戒しての事だ。


 通路は何の変哲もない、普通の建物の通路である。

 だが、街の下をこのような通路を通す理由がわからない。

 通路の作りは古く、上の建物の事を考えると、石材加工の工房の施設の一つだったとも考えられる。

 だが、あの縦穴は、多分、後から造られた物だ。



 否、私が背負っている物からすれば、この場所は当然..





 地下墓地だ。





 思い至って、私は足を止めた。


(旦那)


 足を止めた私に、三人は振り返った。

 以前の愚はおかさない。

 言うべき事は言う。

 彼等が傷ついて後悔するよりは、自分が呪われた方がずっといい。


「どうした?」


(モルソバーンの地下は、多分、古い時代の墓だ。)


「墓?」


(ここは、墓だ)


「ここが墓だと?」


(この壷は、その墓から掘り出した。わざわざ、化け物を呼び出すのに、祟るように、墓を荒らしたのだ。少し、説明したい。通路端によって、他の二人にも伝えてほしい)


 私が言うと、カーンは少し唇を歪めた。

 どうやら、笑ったようだ。


「別に伝える必要は無い」


(どうしてです?)


「此奴等には、お前の声が聞こえてる。お前が喋る度に耳が動く」


 ぎょっとして私がイグナシオ達を見やると、彼等は黙って私を見下ろしていた。


 私が何も言えずにいると、イグナシオが苛ついた感じで言った。


「便利になったんだ。別段よかろうが、それよりも早く説明をしろ。」


「多分、早く焼きたいんですよ。」


 ザムの慰めに、私は薄笑いを漏らした。

 自分の馬鹿さ加減に呆れる。


「問題はあるまい。お前の声も戻れば、この聞こえるのも..」


 イグナシオは急に言葉を切った。


「どうした?」


 カーンの問いに、彼はじっと相手を見返した。


「何故、聞こえるんだ?」


「何を?」


「隊長も俺も口に出さなきゃ伝わらない。俺達の声は伝わらない」


「当たり前だ」


「おかしいだろ?」


「何を今更..」


 それにカーンは目を見開いた。


「..あぁ、畜生!」


 舌打ちの後に、カーンがゆっくりと私を見下ろす。


「嘘をついたな、オリヴィア」


 私がわからないでいると、ザムが問うた。


「どういう事です?」


「お前達は、見えない物が見えるようになった。無いものが見えるようにな。なら、オリヴィアの声が聞こえるのはどうしてだ?」


「どうしてって」


 首を傾げるザムに、イグナシオが呟いた。


「娘は、喋れない」


「それが?」


「声が出ないんじゃない。無いんだろ?」


 徐々に意味が分かったのだろう、ザムの目が丸くなった。


「怪我や病気で喋れないんじゃない。声が無いんだ。いつからだ?」


「それは..」


 言葉に詰まるザムに、カーンが続けた。


「声を無くしたんだな」


(いいえ)


「俺に嘘をついたな」


(いいえ)


「今も嘘をついてる」


(いいえ)


「まさか、さっきも何かしたな、あれで」


(いいえ、対価は払っていない。さっきの事には何も)


 私の答えに、カーンは目を光らせた。

 あぁ、怒らせた。

 と、私はその瞳を見つめながら思った。

 見つめていると、カーンは暗い通路の先を見るように背中を向けた。


「墓の話をしろ。時間がもったいない」


 その背中を見やると、イグナシオが言った。


 私は情けない気持ちを抑えると、状況を整理しようとつとめた。






 モルソバーンは攻撃を受けた。

 アーベラインが考えたように、見えない敵が、コルテスの領土を攻撃している。


 では、敵の目的は何か?


 基幹産業に打撃を与える事。

 鉱山、貿易航路、そして収入源である石材加工。

 そして、それに先んじて、主要な人物の抹殺と、その中枢近くの氏族の頭を潰す。

 立派な戦争である。


 しかし、コルテス領土全部に同じ攻撃がされているとは、考えにくい。 何故なら、領土全土に同じく攻撃があったとしたら、とうに片がついているはずだ。


 やはり、理由があると考えるべきだ。


 アーベラインが生きている事。


 普通ならば、アーベラインは殺害されている。

 その生かされる理由があるとすれば何か?

 拷問紛いの醜悪な魂の責めを行う理由とは何か?


 敵が彼を生かし、拷問するのは何故か?


「アーベラインの何かを欲しているのだろう」


 カーンが余所を向いたまま答えた。


 そうだ。

 アーベラインは、拷問されている。

 故に、彼は未だに敵に何かを譲り渡してはいないのだ。

 そして、その拷問の手段として選ばれたのが、この見えない邪悪な物なのだ。

 現実にも影響があるが、何故、このような手段をとるのか?

 むしろ、普通に彼をとらえて、拷問すればいいのだ。


「公爵の時と同じだからだ」


 敵は、アーベラインを自分の手で殺害する事を忌避している。

 または、彼等を殺す事による、何らかの被害か報復を避ける為に、この迂遠な方法をとっている。


「迂遠だろうか?」


 はっきりと効果が見込める手段とは言い難い。


「手段と言うが、これは何なんだ?」


 私が思うに、これは呪術ではない。


 私は、魔導が使われたと思っている。


「そもそも、呪術やらが理解の外だ」


 呪術は、この世の理を利用する。

 魔導は、この世の理を破壊する。


 化け物が見えなかったのは、この世の、この世という、人の死も含めての森羅万象の中に無いからだ。

 精霊や妖精と称する物が、人の世で言う化け物だとしても、この世を構成する物であるのにはかわりがない。

 しかし、見えなかったあれらは、元が何であれ、魔導というこの世の理、仕組みに属さない為、この世の理に属する人には見えなかった。


 だが、本来ならば、見えないとは、相容れず関わりになることが無いという意味で、無害なのだ。


「だが、アレは人を襲った」


 そうだ。

 見えないと言う理の守りを破り、人を襲った。

 それが魔導という力だ。

 そして、魔導とは、理を壊し、この世を壊す力である。

 本来ならば、あなた方は見えずに、守られるはずだった。

 だが、相手の力が上回り、理を破った。

 だから、私も破った。

 私の所為で、あなた方も本来の得られるべき理の正しい恩恵を無くした。

 見ずに済むことが見え、知らずに済んだことを、知る羽目になった。


「俺は敵を焼かねばならんのだ。見えて何が悪い?」


「何がいけないのですか?」


 イグナシオとザムの言葉に、私は息を吸い込んだ。




 見えないという守りは、この世の理の中で一番重要な事でもある。

 この世で、人が感じる事ができる領域は、人の生きている世界である。あなた方が、当たり前に生きる場所の事だ。

 しかし、守りが一つ外れれば、人の領域、感じられる世界が広がる。

 死者を目にするかもしれない。

 魔物と呼ばれる人外をみるかもしれない。

 今まで人の理に暮らしていたが、この世の人以外の理が見えてしまうし、影響をお互いにうけるだろう。


 つまり、人が本来受けるべき恩恵を、私は呪う事で壊したのだ。

 人を呪い、魔物の世界を広げたのだ。




「一つ、聞きたい」


 しばらく考え込んでいたイグナシオが問うた。


「腐土領域で、この力はどう作用する?俺は何れ、あの場所へ行く」



 腐土領域とは、理の循環が滞る場所であり、ボルネフェルトの実験場である。

 理の循環が断たれた場所であるが故、人は長く居ると精神と肉体に影響を受ける。

 それは即ち、ゆっくりと魂の改変がおきるに等しい。


 だとして、今の貴方ならば、その改変は受け付けないだろう。

 すでに、貴方の魂に、私がその改変を行ってしまった。


 簡単に言えば、腐土の病を先に罹患し、病の抗体ができあがっている。

 今から、徐々に肉体は変化していくが、自我はそのままであり、腐土による狂乱からは免れる。


 既に、貴方は変わってしまったのだ。



「なら、俺は問題ない」



 問題はある。



「どんな問題なんです?」



 ザムは、背中を向けたままのカーンを気にしながら言った。



 問題は、この私の呪いは拡散していくのだ。



「拡散?」



 一部の人が見えるだけでは、理を壊した後では無駄になる。

 だから、この東の土地から外へ向けて呪いを拡散するようにした。

 人は、徐々に、変化する。


「それが問題ですか?」


(人も変化するが、その人が暮らす場所も変化する。

 今まで、見えなかった物が見える。

 争いがおきるかもしれない。

 人が死ぬかも知れない。)


「それは問題にならないですよ、巫女様。この世界は元々、争っているし人も死にます」


「カーン」


 イグナシオが呼んだ。

 微動だにしない背中に呼びかける。


「カーン、いつまで落ち込んでいるんだ。話を先に進めたいんだよ」


(落ち込むではなく、怒っているの間違いでは?)


「俺も落ち込んでいますよ、巫女様。結局、喋れなくなったのは、俺達の所為でしょ」


「そうなのか?」


(違う)


「違わないでしょう?喋れなくなったのは、死人を送り出した後からだ。俺達が弱かったから」


(違う)


「巫女じゃないだろ。こいつは」


「死人を成仏させるんなら、巫女様ですよ。別段、どんな神様の使いでもいいじゃないですか」


 イグナシオは私を見下ろすと鼻で笑った。


「確かに、お前が何であろうと、お前が何をしようと、俺がするべき事を阻まなければ問題ない。神への道を進む事を邪魔しないと言うのなら、それでいい。さぁ、墓の話だ」



 一つ、何故、魔導を使うのか?

 と、考えるとわかることがある。

 それは、この東マレイラには、高等呪術である不死の王が施した鎮護の道行きがある。

 それは東マレイラの鉱毒汚染を領域という理を利用して封じ込める方法だ。

 この鎮護の道行きは、三つの領地を巡っていると推察される。

 それはコルテス、ボフダン、シェルバンのそれぞれの宗主が何らかの犠牲と盟約により保たれていた。


 この中でコルテスの宗主は、生け贄を捧げる事を役割として持っていた。それが、ニコル姫様がお亡くなりになった時、その死を転嫁したのではないかと思う。


 ただし、呪術の技法として、この不死の王の術が成立する課程を見ていくと、一つ疑問がでるのだ。


 強大で広範囲の呪術を、循環するように置き続けるには、一代の生け贄一人では、購い続ける事は不可能だ。


 では、何をもって、この術の共鳴を続ける事ができるのか?


 姫の尊い犠牲で、三つの領地を守る?


 いかな不死の王とて、対価は必要である。


 では、少ない犠牲で、効率よく術を循環させるにはどうしたらよいか?

 ここで重要なのが、術を施したのが、人ではないと言うことだ。

 不死の王とは、人ではない。

 文字通り、不死人の王。

 死者の王であり、自らは不死の神である。

 故に呪術者の上位である不死の王の考えは、善悪に非ず。


 彼の神においては、魔導であっても、古い言葉で構築された構造物にすぎないのだ。


 だから、目の前に魔導の構造物があり、それを流用する事になんら禁忌を感じる事は無い。


 効率よく耕作地に水をまく用水路のように、魔導の構造物を呪術に転用する事はあたりまえだった。


 この東マレイラの領域を守っている術は、魔導の術の基礎の上に張り巡らされた物なのだ。



 しかし、その術が健全に作用する前提条件は、基礎たる魔導の構造物が、力を持たない事にある。

 空の水路である事が条件であり、そこに流れるのは、呪術の力のみ。


 では、この魔導の構造物が力を失うとは何か?


 この世の理の中で、正しく存在させることだと愚考する。


 では、この正しく存在させる為に、人は、過去、この地の人は何をしたのか?


 邪悪な物や神を正しく存在させるには、古来より行う当たり前の事をすればいいのだ。


 崇め奉るか祓い清めるか、その相手に人の血肉があるならば、供養すればいいのだ。



 カーンがやっと振り返った。

 何も言わない、無表情の顔を見上げて、私は少し鼻の奥が痛くなった。




 多分、公爵に聞けばわかると思うが、この東マレイラに領地を広げた時、諍いがあった。

 昔話や物語になるような諍いだ。


 嘗て魔導の者がいたのだろう。


 そして、その者は負けて死した。


 負けて、死して、この地の人々は、それぞれの土地に葬ったのだろう。


「墓か」


 そうだ。

 掘り返された、あの本にしろ、この壷にしろ、本来は、静かに眠らせるべき代物だ。

 それをわざわざ、掘り返したのは、偏に、この嘗て動き働いていた構造物に、魔導の力を流す為だ。

 一度、基礎に使われた魔導の力が、その上に築かれた理の呪術より優位になれば、この土地全てが駄目になるだろう。


 鎮護の道行きが逆になるのではない。

 魔導の力が、理を遺棄し、異なる領域がここに展開するだろう。


「絶滅領域か?」


(違う。

 腐土領域に近い物だ。

 だが、もっと、いけない物だ。)


「腐土領域よりもか?」


 イグナシオの問いに、私は頷いた。



(今、何故、この話をしたか、その理由がある。)



「どんな理由だ?」


 やっとカーンが私を見た。



(未だ鎮護の道行きにより、領域は保たれている。

 だが、見えない物が理を浸食しつつある。

 だとすれば、この地には既に、違う領域ができているはずだ。)


「腐土領域がか?」


(腐土と同質ではないだろうが、あるはずだ。


 これから向かう先には、ある。

 私は、そう考えた。

 だから、先に言っておく。


 この先で人のような物がいたとしても、それは人ではない。

 この四人以外に助けるべき生きた人間はいない。

 断言できる。)


「なぜだ?行方の知れない者かもしれない」



(元はそうかもしれない。

 だが、もし、そうだとしても、知り合いに出会ったとしても、それは人ではない。

 何故なら、水の中に鳥は暮らせないし、日向で魚は息ができない。)


「俺達は?」


(もう、毒は体にある。これ以上、他の毒は入らない。)


 私の答えに、イグナシオは笑った。

 ザムは首が痒いらしく、がりがりと掻いている。

 そして毛並みを整えると、少しばかり私を見て首を傾げた。


「さっさと片付けましょう。少し腹が減りました」


 私はこれ以上言葉が続かなかった。

 自分に幻滅し、彼等をこの先へ案内する気が失せていた。


 カーンは無言で私を抱き上げた。


「ぶっこわして、焼けばいいんだな。アーベラインはそれで何とかなるか?」


(わからない。ただ、このまま先に進むと、多分、領域を越える事になる。だから)


「だから何だ?」


(傷ついて欲しくない。確かめたら、戻ろう。)


 何かするべきなのは、私だけだ。


(確認したら、戻りましょう)


「嘘つきの言葉は信じられない」


 カーンの言葉に、私は目を開き、瞬きをしないようにするだけだ。


「お前は嘘ばかりだ」



 抱え上げられ、ぎゅうっと締め付けられる。

 酸欠で目が回るのを確かめると、カーンは私を懐に抱えなおした。

 そうして黙らせると、左の通路を歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ