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冬の狼  作者: CANDY
喪失の章
20/355

Act20 銅貨

ACT20


 ゆっくりと扉が開く。

 獣脂の燃える臭いが流れてきた。

 何者も飛びかかって来ない事を確認すると、カーンは扉を潜った。

 それに私も続く。

 どうやら、広大な円蓋の広間の様だ。

 視線が届く限り、人工の壁と天井が半分、崩れかかった岩肌が半分、と言った所か。

 所々に、壁に沿って炎が見える。

 炎屋で囲った角灯ではなく、岩棚に彫ったくぼみに脂が注がれ、炎芯が燃えているようだ。

 部屋を横切り黒々とした流れが走っている。水と空気が動いているようだ。

炎を誰が点けたにせよ、窒息して死ぬことはなさそうだ。

 下げていた角灯を消すと、私は天井を見回した。

 天井の闇にゾワゾワと蠢く影が見える。

 蝙蝠なのか。

 赤い光点が無数に蠢いている。

 灯りが牽制になってくれれば良いのだが。

 扉から右正面に舞台のような場所がある。その奥は水が流れており、元々は何かの部屋のようだった。水に沈んだ石の床は何かの花の模様が見える。

 左手は闇に沈んでいる。

 空気はその闇に向かって流れている。冷たいが外気ほどの痛さはなかった。

 ざっと見回しても時の経過により、何もなかった。

 あったとしても砂になってしまっているようで、ここに何か人の手が入っていたとしても、石や岩でできたもの以外は、何も残っていなさそうだ。

 しかし、頭上の生き物や炎を見れば、それが過去の住人の事に限るようだ。

 袋の中の虫のような最後は厭だが、免れる余地はありそうである。


 部屋の中を見回し、出入り口を探すが見あたらない。今出てきた扉はどちらかというと、物置に続くような小さなものだ。実際、あの部屋は行き止まりである。もしかしたら、あの奥の穴には意味があるのかもしれない。調べようもないが。

 くだらない事を考えていたが、この場所で行き止まりという事はないだろう。

 少なくとも頭上の彼らは生きている。

 カーンは壁を探りながら、崩れた壁と石を見て回っていた。舞台のような石の壇上に登りあがる。

 私は、男に背を向けると、灯りの輪から外れないように、慎重に部屋を見て回ることにした。

 空気の流れがあり、水がある。それだけで私の緊張は緩んだ。油断するべきではないが、少なくとも風と水があれば、出口を探すことはできる。

 多分。

 今までならば、確信できたが、自信はない。

 森や山ならば容易いのだが。

 それか、ここが地下の洞窟なら良いのだがと、半ば祈るように辺りを探った。

 廃墟。

 やはり、残っている壁には不思議な紋様が刻まれている。多分、古代の文字ではないだろうか。

 中央大陸で使われている共通語に似ているが、並びが全くと言っていいほど違う。

 音として読めるが、意味がわからない。

 それが装飾的な図柄で薄板にびっしりと刻まれ、石壁や床に張り合わされている。

 往時はさぞや美しいものであったろう。

 白い壁、紺色の模様、円蓋の天井、凝った石柱や壁の建築。

 この場所は何の部屋であったのか。

 村から出たこともない私には想像しかできない。

 人が集う場所だったのだろうか。

 半分崩れているのは、何故だろう。

 元よりそうだったのか、経過年数のせいなのか。

 人が放棄する原因だったのか?

 否、元々、ここにこんな場所に人間がすんでいたのか?

 さらさらと流れる水を見ながら、私は顔をしかめた。


 我が村より北には神の山。

 我が村より南には険しき荒野。

 それを遮る森より先に人はいない。

 西の森には獣だけ。

 智を失いし獣だけだ。


 ここは何処なんだ?


 うぞうぞと胸元で死面が動いている。



「そっちは何かあるか」



 一通り舞台の辺りを見終わったようだ。



「壁が崩れている。多分、この方向に通路があったのでは」



 流れる水は浅く透明だ。

 カーンが歩くと水の中の影が逃げた。

 何か生き物がいるのだろうか。



「どっかに出入り口があるはずだ。ほら」



 差し出された手には小さな銅貨があった。

 使い古されたものではない。

 真新しい通貨は、ここ最近この場所に落とされたのだろう。

 渡された銅貨を掌に転がしながら、私は水に半ば沈んだ石柱に腰掛けている。

 カーンは壁が崩れた辺りを見て回っていたが、それらしい隙間も扉もなかった。



「暇ならさっきの話の続きでもしろよ」



 言われてから、話が途中だったことを思い出した。

 動き回っても何も出てこないので、お互いに声は普通に出していた。

 少し、疲れたので私は休んでいた。

 体感的には、もう夕暮れは過ぎて、夜のはずだ。

 もう少ししたら、ひとまずここで体を休めるように促すつもりだ。

 少なくとも頭上の輩も大人しいし、灯火は消える気配もない。

 休める時に休んだ方がいいだろう。

 悪夢は続きそうだから。



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