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冬の狼  作者: CANDY
哀歌の章
199/355

ACT180 空想の怪物

 ACT180


 新月の闇の中を軍馬の隊列が進む。

 珍しく静かな夜だ。


 公爵の護衛は、サーレル、エンリケ、イグナシオの三人が先行。

 二個小隊が公爵を囲み、荷駄が続く。

 小隊は、ミア達移動組と元々カーンが使っていた古参兵を加えた四十名程。決して大人数ではないが、全員が獣人の重武装兵士である。物々しい限りだ。

 そんな中、ザムとモルドが後尾の荷駄についている。

 その荷車には私とテトが乗っている。

 荷物扱いだが、一番気が楽だ。


 出発時、カーンは自分の馬に私を乗せようとした。

 何となく、以前もめた流れが思い出される。

 巨大な軍馬に二人乗り。

 獣人の使う軍馬とは、庶民の馬と同じ種ではない。

 重武装兵を乗せて走れる馬は、馬という名の別の生き物だ。

 私には、馬の形をした野生の牛に見える。

 品種改良された巨馬の前足が私ぐらいあるのだ。

 そして特別製の物々しい装備の鞍に二人乗り。


 無理だ。


 主に私の体が、カーンの金属装備で削れる。

 短い時間の相乗りならまだしも、数日の旅程である。

 そう主張したところ、隣で優美な馬に乗る公爵が自分の膝を叩く。

 彼の乗る馬は、普通の品種だ。

 持久力に優れたいかにも血統の良さそうな青馬である。


 笑顔で手招いて、膝を叩いている。


 孫を呼ぶ祖父のような事をしているが、公爵は祖父という感じではない。容姿だけなら夢のようだが、中身は得体が知れない。


 失礼な感想だが、正直怖い。


 それに武装していないから痛くないよ、膝に乗れ。と、いう主張もどこかおかしい。


 否、年齢的に祖父でいいのか?

 私がおかしいのか?


 軽く混乱していると、テトが盛大に両方を威嚇しこの話は終わった。

 猫ともども、ミアが荷車へと運ぶ。

 そうして荷駄に毛織りの掛け物と一緒に乗る決着となった。

 ミアの苛ついた笑顔と暖かいというのが決め手だ。

 荷駄の警備に顔見知りのザムとモルドがついた。



 暗闇の中を素早く隊列は進む。


 馬と武装した兵士の装備がたてる騒々しい音が風に消えていく。

 闇夜に紛れて痕跡を消そうというのだろうか?

 私は荷車の揺れに酔わないように、縁に捕まり遠くの景色を見た。

 暗闇だが、目をこらすと街道の轍、勢いよく流れる景色が見える。

 藍色の大地に黒い木々が浮かび上がる。

 闇に浮かぶ世界は絵のように静かに見えた。

 毛布の中では激しい揺れにテトが小さく鳴いている。

 それも空が白み始める頃には、私もテトも荷に埋もれて眠っていた。






 夜露を身に浴び冷えたのか、荷駄の揺れに目覚めると背中が痛い。

 街道を一気に駆け抜け、景色は海辺からすっかり内陸に変わっていた。

 朝が近いのか、空がほんのり光る。

 雷雲は見えない。

 隊列の速度も落ち、景色をゆっくりと見回せる。

 毛織物の隙間から、テトと一緒に顔を出す。


 白い靄、常緑樹の緑。

 道の土が赤い。


 姫の墓へ向かった道筋を反対周りでコルテス領へ向かう為、景色も湖沼ではなく、緑あふれる原生林だ。

 見回した限り、生き物の気配が濃厚だ。

 狩猟月にはさぞかし、良い狩り場になろうという風情だが、ここはまだコルテス領ではない。

 三公の領地への分岐点に至らない、中央との緩衝地帯だ。

 旅程を大まかに聞いたところ、三公領主館のある町を避けた為、分岐点手前の川の関に着くのに時間がかかるようだ。

 三公領主館の町に人が無事でいたとしても、なるべく争いの場を避けて進むのだ。

 公爵の存在は、目立たねばならない場所だけにさらす。

 つまり、存在を表明するべき場所以外は隠すのだ。


 その為、サーレル達を常に先行させている。


 まず始めに目指す川の関は、街道の分岐点だ。

 川を遡れば、姫の墓がある湖沼に続いている。

 そして、この関から、コルテス、シェルバン、ボフダンの三つの領地への直通の街道があるのだ。

 ただし、実際はコルテスの領地は半月のように湖沼地帯から海へ向かう。その半月の内側にシェルバン、そして海岸沿いがボフダンの位置になる。

 木の年輪のように、中心がシェルバン、北の一部から西、南に向かう外側がコルテス。そして南の一部から東の外側がボフダンという位置だ。

 シェルバンが湖沼を背負い王国方向、ボフダンが海沿い。内陸中心地がシェルバンなのだ。

 しかし、実際は山や川が自然の境をつくり、それぞれの直通道が一度も他領を通過せずに進むことはできない。

 なので、ボフダンへ行くには、海路以外だと、シェルバンに一度入り、ボフダンの最南部の関を幾つか通過する事になる。

 だが、これから向かうのはコルテス領である。

 何も考えずとも、まっすぐ街道を進めば、川の関の次はコルテスなのだ。


 東マレイラは自然が豊かな場所とも言える。

 鉱物資源が豊富で、湖沼を抱え、コルテス、シェルバンは広大な原生林が広がる。

 そして極東のボフダンも山と海に恵まれた、比較的温暖で四季も美しいという。

 唯一農耕に関しては、穀物の生産量が少なく、中央中原地帯からの輸入に頼る。この為海路の貿易が重要だ。

 代わりに、南国の果物程ではないが果樹栽培が盛んだ。


 これも周りの者の受け売りで、楽しい旅の話の種だ。


 だが、この行軍を見て、誰が見聞を広める旅だと誤魔化せようか。

 兵隊に混じる自分の姿を一年前、想像できたろうか?


 一番信じられないと感じているのは私だ。



 朝陽は静かに東の空にのぼる。


 ここ暫く空を埋めていた雲が流れ、白々とした光の帯が世を照らす。

 木々や地面から白い靄が立ち上る。

 馬体からも揺らめいて、白い湯気がきらきらと光っている。

 やがて景色は、木々が疎らになり見通しが良くなった。

 下生えも青々とした草地にでると、見慣れない様式の建物が見えた。


 白い壁石の箱型の建物。


 一行のたてる物音の他に、水の流れる大きな音も聞こえる。

 どうやら関についたようだ。


 上流とは違い、川幅は広く、泳いで渡れるような流れではない。

 深く早く流れる川は、天候が荒れれば更に急流に変化する。

 そこに石の橋が渡されていた。

 人を運ぶ馬車がようやく渡れる幅だ。

 たぶん、わざと狭い作りにして、進入するものを阻んでいるのだろう。

 先行していたサーレルとエンリケの姿が見える。


 先触れの役割もあるので、武装集団の襲撃と思い、関が混乱をする事はなさそうだ。

 ただ、検問の兵士が緊張し表情も硬いまま数十人と橋の途中に立っている。

 関は橋を渡りきった場所にあり、橋を渡る事で人数を絞られた上に、後戻りできないよう、先細りになっていた。

 本来なら、橋の終わりの建物で改めるのだろう。

 だが、今回は武装した中央軍の集団だ。

 橋を渡る前にあらかた改めたいようだ。

 なにしろ、コルテスの領主がいる。


 最初の入領の際は、記録として領主の存在を明らかにするようだ。


 公爵の招きにより、中央軍の一部隊が護衛として同行している。と、いう文書を残すのが目的だ。

 もちろん、関の役人には、非常に困惑する話だろう。

 公爵の失踪は、公式には無いのだ。

 だから、本人がここにいるという事実は、それに付随する様々な事柄を考えねばならない。

 自領が荒廃しつつあるのなら、正常な領民ならば、色々とだ。


 一番の困惑は、公爵が人質なのか、本当に護衛を軍に頼んだのか判断できないと言う事だろう。


 たぶん、この関の役人はコルテス人である可能性が高い。

 この土地は元はコルテスの南端の地所だ。

 なれば、自分達の領主の不利益になる行為を慎みたいと思うはずだ。

 ただし彼らが、今現在、どの勢力に荷担しているかにもよるが。


 緊張をはらんだやり取りは、思うよりも簡単に終わる。


 それはボフダンの特使の存在と公爵自身の態度につきる。

 ボフダン人の青年サックハイムは、顔色こそ悪いが弁が立つらしい。ボフダン公の公文書を提示しつつ、この集団が公爵の依頼である事をボフダン公の特使が保証するという署名付きの関の書類まで作成させた。


 そんなやり取りを、威圧感むき出しの集団が囲む。

 獣人達に囲まれると人族の役人の姿が見えない。

 あっという間に取り囲まれて、武装した兵士の頭ばかりがよく見える。

 どちらが悪役に見えるかと、子供に聞いたら引きつけをおこしそうな有様だ。


 否、子供でなくとも、あんな凶悪な形相の集団に囲まれたくない。

 そして、予想していた荷駄の改めがなかった。

 不思議がる私に、関の順路に進みながらモルドが説明してくれた。

 本来、中央軍の正式な使者の旗を掲げた集団の改めは、書類のみなのだそうだ。

 武装解除や装備の改めが要求できるのは、領地の高官か領地支配の貴族などが要求した場合だけである。

 そして、例の軍事特例の場合、手形によっては書類も通す必要がなくなる。

 今回は、公爵とその一行の人数の申請をかねているので、正式な手順を踏んでいるのだ。


 順路は荷駄がようやく通れる幅になる。

 特に公爵の周りを固める男達は、ぎらぎらと目を光らせて順路を警戒していた。

 この狭い中で火攻めにされてはたまらない等と、イグナシオが先頭を歩いている。

 しかし、私が見たところ、関は鄙びており、役人も塩の抜けたような木訥とした人族の年輩の者だ。

 彼らが警戒するような、兵力を隠して襲いかかるという雰囲気はまったくない。

 むしろ穏やかな風情で、一連の変異体の騒動が嘘のような感じがした。


 しかし、元はそんな穏やかな場所だったのだろうが、確かに、騒動の痕跡はあった。


 順路の途中、両脇の壁が焦げヒビが走っているのだ。

 所々、炭なのか血なのか、何かが擦れた跡も残っている。

 物騒な事があり、その痕跡を消す暇も無いという具合だ。


 残念ながら、私の楽観的な印象は間違いのようだ。


 私が怖々とその痕跡を見ていると、順路にいる関の兵士と目があう。

 それぞれが荷駄や兵士を見て、私に気がつくと目が丸くなる。

 兵士以外が乗っている事に驚いているのだろう。

 それも猫付きだ。

 役人も私の事が気になって、先頭の集団に問いかけている。

 何と答えているのだろう?

 自分の身の上を表す言葉が見つからない。

 私のこの同行は何になるのだ?

 虜囚ともいえない。


 虜囚といえば、ニルダヌスは公爵の馬の後ろについている。

 公爵と同じ普通の馬に乗って、その持ち物として従っている。

 奴隷としての焼き印は、両手の甲に押されており、今は包帯が巻かれている。

 奴隷の焼き印は、公爵の名前が綴られており、勝手に消すと両手を落とされる。

 他には目立った変化はない。

 公爵の許しを得て、武装もしている。

 何しろ、公爵が不慮の事故や死を迎えたら、ニルダヌスも殉死しなければならないのだ。

 彼は自分の命を守るように、公爵を守らねばならない。

 そして、公爵を守る事ができれば、彼は生活を保障され、彼の家族であるビミンへ報酬が渡される。

 私の中の罪悪感が疼くが、それでも一応の元気な姿がそこにはある。


 よかったのか、悪かったのか。


 泣いていたビミンが思い出されて、気持ちが沈んだ。




 考え事をしている内に関の建物を抜けた。

 光と風に開放感をもつ。

 関は迷路のようで、灯りがあるというのに暗く厭な場所だった。

 抜けた先に劇的な変化は無い。

 少し整えられた緑の木々、原生林に靄に朝の光。


 再び動き出した隊列に安堵する。

 そうして行き過ぎた場所を振り返った。


 関は石積みで三階建てである。

 入植者の作る建物に似て、簡素で等間隔の間取りと、半円を描く入り口が特徴だ。

 夏の陽射しに白い建物、緑の木々。そんな景色なら美しいかもしれない。

 だが、振り返った壁を見て、私は背筋が寒くなった。


 誰もそれをおかしいと思わないのだろうか?

 振り返り、見送る関の兵士の顔を見る。

 彼らは、疲れ切っていた。


 疲れ切り、獣人の兵士の方がよほど安心すると考えているのだろうか?


 私の視線を辿り、ザムやモルド、その他の兵士も振り返るが、彼らは何が目を引いているのかわからないようだった。



 もしかしたら、私だけ見えているのだろうか?

 フュリュデンの時のように?



 思い当たり、私は思わず息をのんだ。



 関の濁った空気、壁の血の跡。

 見えているのは私だけ?

 カーンは見えたろうか?

 離れているから、もしかしたら、見えなかった?


 これから、私はもっと注意を払わねばならない。

 もっと用心深く、あたりを注意をせねば。

 幸いにも、言葉を失っていたから、何も言わずにすんだ。

 もし、これが皆の目に見えていないのなら、危険だ。

 皆に見えない、危険な物なのだ。



 三階建ての関は、内に階段があるのか、備えとしての関係か、出入り口を閉じると、外側から建物に忍び込まれないように、手がかりとなる物がないように作られている。

 そして、屋上には返しが付き、縄や鍵爪が引っかからないように金属の刃が天を向いている。


 何がいいたいのか?


 つまり、関の壁は手がかりが無いツルリとした石なのだ。


 なのに


 手型だ。


 壁に、模様のように残っている。

 点々と赤い手跡が残っている。


 その手跡を辿ると、下の柱からのぼりあがり、三階の窓枠にとりついたように見えた。

 荒縄でも使ったのか?

 だが、縄を縛りおろすような取りかかりは、何処にもない。

 そして、足場になるような部分も壁には見あたらない。

 ただ、侵入者は建物の中に入り込んだのだろう。

 この関の内側から見ると、その三階の窓は粉々である。

 中は真っ暗で見えない。


 手跡。


 手跡をつけた者の血なのか、それとも?


 私は目を眇めた。

 奇妙な事に気がついた。


 もっと壁をよく見たいと思ったが、隊列はコルテスの内地へ続く街道へと曲がり、関は木々に隠れて見えなくなった。


 私は力を抜くと、荷物に背を預けた。


 流れていく空を見上げる。


 このオルタスの人間の身体的特徴は、たくさんの種類がある。

 獣人然り、亜人然り。

 壁の手跡は、人が這い回ったように見えた。

 摺り足の痕もあった。

 しかし、それにしても多いのだ。



 足より、手が多い。



 まるで四本腕の何者かが壁を血塗れで這い回った。

 そんな風に見えた。




 ばからしい想像だ。


 私は前から下がってきたミアに合図した。

 揺れる荷駄の上で、会話用に渡された小さな紙切れに文字を綴る。

 ミアは、酔うから休憩地点に着いてからにしましょうと言ったが、気にかかってしょうがないのでガクガクしながら書き綴った。


 紙切れを受け取ったミアは、走る馬を更に荷駄に寄せた。


「よくわかりましたねぇ。関も襲撃があったようで。前に駐留していた三公内地の兵士は一人も見つからないそうです。今、あそこにいたのは、コルテス領からの、臨時の補充兵士だそうです」








 急に陽が陰り、世界が暗くなったような気がした。

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