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冬の狼  作者: CANDY
喪失の章
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Act19 神と子

ACT19


 死体を解体検分している男から離れ、私は通路の先を照らし見た。

 森の中とは違い、気配を掴むのは難しいようだ。

 薄ぼんやりと続く通路は、古い時代の回廊にも見える。

 あの化け物のような何かが徘徊しているのだろうか。

 していたとして、鷹の爺らは無事だろうか。

 爺らはいるのか?

 否、そもそも王国兵が何故、辺境に来たのだ。

 答えは解体処理をしている男に聞けばいいのだ。答えるならばであるが。


「御客人、何が起きているんですか」


 おぉ、蟹みたいだ。


 と、言う言葉を聞こえないふりでやり過ごす。

 私が角灯を下ろすと、カーンは刃物を拭って鞘に戻した。


「何がって、簡単な事だ。」


俺達は羊飼いだ。


群れを離れた羊を戻しにきたのさ。


笑えない話に私が黙していると彼は続けた。



「お前らには迷惑な話だが運が悪いと諦めるんだな。こっちも面倒だが仕事でな。世の中には色んな難しくて馬鹿らしい事があるんだよ。まったく面倒臭い話しでな」


「御領主様や我らは見逃していただけるのか、御客人」


「まぁ、そうだな。俺の仕事が無事に終わればな」


 考えなくもない。

 と、言うことか。


「で、まぁ...坊主は、知らねぇ方が身のためだ。だが、こっちは色々知らなきゃならねぇ」


 粗方、解体が終わったのか、腐臭と何かが溶けるような音がした。

 私は臭いから離れるように、奥に少し進んだ。


「ここは、何なんだ?お前の田舎じゃ、生き物の肉を継ぎ合わせた化け物がいるのか」


 それはどんな地獄だ。

 この世にそんな田舎があるわけがない。

 不愉快な物から顔を背けると、もう一度奥の方に向けて角灯を掲げた。


「御客人、その問いは筋違いだ。わかっておられるはずだ」


 それにカーンは笑いを消した。


「何か知ってんだろう」


 くだらない。

 私の顔がそう言っているのだろう。彼は続けた。


「俺の仕事の話じゃねぇ、お前、ここが何だか知ってるんだろ?」


 何も知るわけがない。

 側に来た男と二人、床に転がる遺骸を眺めた。


「何も知らない。」


 私の言葉に応えるように、遺骸がグズグズと崩れた。

 どうやら、空気に触れた肉が急激に腐って溶けていく様だ。

 臭い。

 これが何か、こちらが知りたい。


「ただ、昔話はある。」


「昔話な、で、歩きながら聞くか」


 角灯を掲げると、今度は並んで歩く。道幅が広くなっているのだ。




 王国の入植が始まる遙か前の話だ。

 この地には神がいた。

 神とは、力のある人ならざるモノだ。

 神は、人の理の外にあり、本来なら交わることないモノである。

 しかし、この地は神と人との理が薄くなる場であった。

 その姿も力も人である限り、見るも感じるもできるはずはなかったが、この場にはその隔たりが紙のように薄かった。

 神は、ここで身を潜め、待った。

 神は、自らの理では満足できなかったからだ。

 神の世界が掌の小箱ならば、人の世の大きさは、脆弱な生き物の理に縛られているのに広大であった。

 つまり、神は人の世を欲した。

 かけられぬ、橋を、繋ごうとしたのだ。

 神は、この場に楔を穿った。

 生き物を寄せる餌を。

 やがて、獣が虫が、人が集まった。

 神の力、命、人が欲する餌を撒いた。

 やがて、神は生き物の中

で一番強いモノを選んだ。

 生きる力の強いものを。

 どん欲で、生きること、争うことが好きな


「まぁ、人間だな。昔話なら」


 人は、人間は、女を差し出した。

 女は器であり、神の力を宿らせるために。

 そして、神は橋を渡った。

 神は人の世に降り、この地は、荒野になり、地は裂け、人は死に、獣は智を失った。

 神は、人ならざるモノは、神であって、救いではないからだ。


「んで、神はどうしたんだ。人間の女を使って国でも創ったのか」


 神と交わった女は狂う。

 狂った女から子供が産まれた。

 子供は神に似ていた。

 残虐で、非道、冷酷、そして人間に似て、貪欲で傲慢。

 神からすれば、人間の理など意味がない。故に、どんな悪辣で無惨な事でも、それに人間の理は通じない。

 唯一の救いは、神の力は女によって、人の世に渡ったが、神その物は顕現できなかった。

 子供は人神と呼ばれた。

 沢山の女が狂った。

 大勢の人間が死んだ。

 この地は徐々に神の領域に近づいていた。


「そろそろ、昔話なら英雄の出番か?」


 通路の先に扉が見えた。

 ここまで、不審な気配も物もなかった。

 石の作りに、藍色の紋様。

 青白く光り壁と同様、びっしりと不思議な紋様が扉を埋めている。

 握り手は青銅の質素な輪だ。

 特に何かの細工はない。

 鍵穴もなく、埃もない。

 最近開けたかどうかもわからない。

 カーンが扉の反対側につくと、私に開けるように促した。

 私は両手で輪を掴むと、重い扉を引き開けた。



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