ACT171 人の顔
ACT171
私はある事に気がついた。
エンリケを見て、彼がカーンとは別の獣人族である事をはっきりと見分けられたのだ。
争いの後なのか、彼の顔には入れ墨以外の濃い縞模様が浮き出ており、半ば獣化したのか黒と白の勇ましい毛並みが見えた。と言うのもあるのだが、獣人の種類が区別できる位慣れたようだ。
そのエンリケは、私をちらりと見やり後ろを振り返る。
彼が振り返る先に、疲れ切ったビミンの顔があった。
ビミンの手を引いているのは、祖父のニルダヌスだ。
ニルダヌスは半ば血と汚れで酷い有様だが、獣化はしていない。
見たところ怪我は無い。
ビミンも見える場所に怪我は無い。
無いが、表情が抜けてしまって何も見えていないようだ。
何があったのか?
私達は、未だあの丘の上にいる。
城塞からユベルと兵士数人が戻り、カーンと公爵が話を聞いている。
どうやらアッシュガルトで暴動のような物が起きており、城塞を閉じて鎮圧に兵士を出した。という話である。
規模と被害は街の住人と街に留まっている。
暴動と言い切るには、散発的であり目的も何もない。
エンリケもカーン達の話し合いに加わり、私はテトを抱えて座っているだけだ。
ふとニルダヌスと目が合った。
彼の目はとても静かだ。
まるで空っぽの部屋。
空っぽの、思い出だけが降り積もった侘びしい部屋。
空っぽで、それでいてたくさんの物が詰まっているように見えた。
彼はビミンを私の方へ押し出した。
そうして二三歩踏み出してから、彼女は初めて私に気がついた。
まじまじと見つめてから、言葉にならない何かを言った。
多分、彼女は、こう言った。
どうしよう、どうしよう
座ったまま私は手を差し出した。
彼女は膝をつくと、その手にすがりついた。
どうしよう、ねぇ、どうしよう
彼女の背後でニルダヌスは空を見上げていた。
その姿は途方に暮れているようだった。
エンリケは、皆の唾液を採取すると、何かの液体と混ぜ合わせた。
彼が言うには、感染状態がわかるそうだ。
変異体という状態になる感染症で、体内、消化器から血液中に入り込んだ寄生虫が媒介すると説明された。
体内の虫が活動期に入ると、内分泌液に変化が見られるらしい。
今の所、獣人の体内で寄生虫は見つかっていない。
体内の臓器、特に濾過器官が地上でもっとも優れているからだそうだ。
因みに、私は若干の寄生虫が見つかったが、異常な個体は見つからなかったそうだ。
城塞の医務室で血液の濾過というものを受けている。
私の種族が獣人では無い為、念の為の処置であるそうだ。
そして、このマレイラにいる間は、毎日、虫下しを飲むように言われた。
少々、精神的に打撃を受けた。
これでも女の分類に入る身として、虫が体内にいるから薬で出せと言われて気分が優れない。
凹む私に、ビミンが手を握ったまま元気づけてくれている。
先ほどは混乱した様子だったが、徐々に落ち着いてきていた。今は、医務室で濾過を受ける私の側にいる。
彼女は、アッシュガルトで何が起きているのかについては口を閉ざし、ひたすら関係のない話を続けている。
その様は、幼い子が怖い夢を見て、大人にすがりついているように見えた。
あぁ、これがすべて夢であったのならと。
彼女は、私が喉を痛めて喋れないと聞いて安堵しただろう。
私だけは彼女に尋ねる事はない。
何があったのか?と。
エンリケは、信心深いイグナシオとは又別の、独特の宗教を信仰しているようだ。
宗教統一が行われたとしても、やはり土着宗教すべてを消し去る事は無理だったのだろう。まぁ、小さな集団の宗教を押し潰す意味は無い。
そして、彼の信仰は彼の部族に伝わる精霊信仰らしい。
もちろん、精霊種という私の種族を崇めているわけではない。
万物に宿る魂を神とする信仰だ。
では、精霊種をどう思っているのか?
精霊と名乗る私の種に興味があるそうだ。
血を濾過しながら語るところによると、精霊種は、精霊そのものではなく、その精霊と語れる者と考えられる。
彼らの氏族が生き残っていれば、精霊種に詳しい者もいたはずだ。
だが、残念ながら、彼の故郷は滅びてしまった。
同じ氏族は軍属にいる者しか残っていない。
氏族の宗教家も書物も記録もすべて灰になってしまったそうだ。
だから、初遭遇の私の血液を少し欲しいと言われた。
別段、血の出し惜しみする理由もないので、濾過のついでに血を提供した。
私の喉を診察したのは、師団の医務官だった。
エンリケは、医者や薬師というより、研究を主にする者らしい。
見た目は筋肉質な強面の、如何にも獣人兵士なのだが、人は見かけによらないものだ。
そして医務官の診断は、喉そのものに異常は見られない。
圧迫痕、気道の傷はあるものの、喋れる筈だという。
まぁ、そうだろう。
濾過と採血の後、大きな蜂蜜の飴を貰った。
ついでにビミンの口にも放りこんだ。
蓮華の香りがする。
医務室を出るとテトが控えていた。
中に入るのを断られて怒っている。
だが、ビミンが抱えると機嫌が良くなる。
やはり女性、それも美人が好きなようだ。
強面の医務官の女性につまみ出された時は、抵抗はしなかったものの、ここまで気分が良いという表情はしていない。
カーンが見れば、女好きめ!と釣り上げるところだ。
医務室から衛生兵に案内されて、城塞を案内される。
どの通路も薄暗い。
登りか下りかも区別が付かないが、緩やかな傾斜は上に向かっており、灯り取りの小窓や通気穴から、群青色の空が見えた。
もう、夜なのだ。
途中、ビミンは宿泊施設へ。
テトも一緒に向かわせる。
一人と一匹は離れるのを嫌がった。だが、案内の女性兵に諫められ渋々途中でわかれた。
それから蟻の巣穴のような通路を通り抜け、やがて、見覚えのある場所に出た。
カーザの部屋だ。
兵士の立つ扉の前で、私は困惑する。
中に通されると、見慣れた顔が並んでいた。
バットルーガンは部屋の右手奥に、席に着いているカーザの隣に立っている。
左手の長椅子には手当を受けたニルダヌス。
その隣にはモルダレオが立ち、その対面、バットから少し離れた場所に公爵が座っていた。
カーンは私を招き入れると、扉の前に立つ。
私は扉の側の小さな椅子に座るように言われた。
カーザの仕事机とは別に、中央には円卓が持ち込まれており、一応皆、それを囲むような形だ。
そして、カーンは出入り口を塞いでいる。ように見えた。
何が話されるにしても、カーンがそこにいる限り、外には出ることはできない。
私がいる意味があるのだろうか?
私の心の声が聞こえたようで、カーンがちらりと視線をよこした。
カーザが着席を許すと、カーンとモルダレオ、そしてバットが腰をおろした。
「さて、コルテス公を交えて、今一度、現状を確認しようと思う。公においては、ひとまず我々の立場をお知らせしようと思う。宜しいだろうか?」
それに公爵は頷き、片手を上げた。
「現在、東公領にて変異体による暴力事件が多発している。当初、我々が公式に確認したのは、アッシュガルトにて起きた領兵による民間人の殺害事件だ。
この三日後、三公領主館へ続く街道にて、同じく変異体による暴力事件が発生。領主館の町の住人を殺傷。これを東公領の兵士、記録では内地の領主兵ではない東マレイラの八貴族の統合軍兵士が派遣される。
この時、彼らは我々獣人による殺戮行為と糾弾した。この段階では変異体の蛮行という考えはでていない。
これにより王国中央への直接抗議となる。運悪く、という言い方は適当ではないが、この時、城塞に中央高官が滞在中だったため、一気にこの騒ぎが大きくなった。
しかし政治的な動揺は長く続かなかった。
統合軍兵士に変異体が出現、この辺りから、変異体の出現頻度があがる。我々の方で捕らえた変異体を統合軍、つまり今現在交渉可能な三公貴族のボフダン公と五貴族へと送り、これが獣人という種の災禍ではなく、人族の災いである事を示した。
それと同時に、王国中央への変異体の発生原因の特定と報告が急務となった。王国の問題処理の方法が変わるからだ。
そこで我々は、まず、コルテス公爵とボフダン公爵、そしてシェルバン公爵の事態への対応を確認すべく接触を図った。
コルテス公からは王国の介入拒否。ボフダン公爵は中立を保ちつつも、事態を我々に委ねるとの事でした。そしてシェルバン公爵だが、返答は無かった。接触した筈の使者も戻っていない。だが、コルテス公爵は寛大な方なので、我々王国軍はコルテス公爵に関しては何ら憂いはない。さて」
無表情の軍団長の言葉に、公爵は苦笑いだ。
「自分は先ほどから変異体と普通に言葉にしたが、今、わかっている事を明らかにしよう。モルダレオ」
モルダレオは手元の紙を手に取り話し始めた。
「結論から。変異体とは、変異した寄生虫による人体の改変です」
カーザは人差し指を上げると口を挟んだ。
「推論であり、これは最終判断ではない。改変は、王国法で重罪であり、関わる者すべては粛正対象になる。そして、改変という言葉を出したのには理由がある。続けろ」
「これが疫病、つまり自然発生的な人族限定の疫病であるならば、この東マレイラの人族すべてが浄化対象になります。そこで、我々は、これが疫病であるのか、人族の一部の暴徒による作意であるかの区別が必要と考えました」
「何処に違いがあるのでしょうか?人為的か自然発生的な疾病かの何が違うのか。結局、最後は同じでは?」
公爵の疑問に、モルダレオは淡々と返した。
「以前ならば、と、お答えします公爵」
「今は違うのかな」
「存在証明たる戦を辞める理由と同じです。そして疫病が作意ならば、必ず何らかの回避方法が在るはずです。そして、これが改変であるならば、人から人への通常の感染症の方法では、感染しない事になります。ですので、東マレイラ全住民を焼却せずにすみます」
「どうやって罹患するのか?」
「寄生虫は、卵、幼虫、成虫の三段階があります。通常、体内に取り込まれると卵はそのまま排出、幼虫又は成虫は寄生をし重金属を取り込みます。そして死骸と一緒に体外排出するのが普通です。通常、体内に入ると卵はそのまま排出、幼虫は幼虫のまま重金属を取り込み死骸を排出、成虫も同じです。
ここで外部からの先導を行う物質を虫に与える。すると本来体内産卵しない成虫が産卵し、そこから幼虫が生まれます。特別な先導物質を受け取った幼虫は、脳と生命維持部分に寄生し、宿主を仮死にし体内で増殖をはかる。この時に、肉体を改変する。寄生虫が住みやすい環境を作る為に健康な細胞を糧に、不死細胞を量産する」
「健康な細胞を糧に、何を?」
口を挟んだ公爵にモルダレオは続けた。
「不死細胞と言いましたが、これは例の場所に出現する者の肉体構成に近い細胞を指します。主に死肉から増殖する細胞で、焼却や酸などで溶解する以外に活動を停止しません。しかし、その増殖には多大な熱量が必要であり、その熱量が維持できない場合は休眠状態になります」
「待ってください。それではまるで」
「我々が作意であり改変であるという結論は、変異体を回収時点で在る程度推測する事ができました。」
額を手で押さえ、公爵は考え込んだ。
「さて、現在中央は静観の姿勢だが、我々も手をこまねいて眺めているだけという訳にもいかない。そこで変異体騒ぎの起きた場所を確認し探りを入れている段階だ。」
モルダレオの発言を切り、カーザが言った。
「不穏な動きは、シェルバン公領土と残念ながらコルテス公の領土。ただし、公爵がこうして無事で在れば事態は好転しよう。さて、我々にはもう一つ、懸念がある。只今、アッシュガルトで起きている事だ。ニルダヌス・バーレィ。地獄に行く前に発言を許す」
空っぽの男は、瞬きをした。
そこに目立った感情の動きは無かった。
「はい、お話いたします。何から話せば宜しいでしょうか?」
「最初からだ」
それに一旦考え込むと、彼は返した。
「そうしますと、ロッドベインの反乱以前になりますが?」
珍しくカーザが絶句した。
そして傍らのカーンが大きく息を吸い込んだ。
それを見やってから、ニルダヌスは、頷くと続けた。
「その後質問にお答えし、後は処刑前に記述として残します。」
ほんの少し、彼は目元を緩めた。
「巫女様にはお耳汚しでしょうが、お聞きください。私は過去、魔導師と呼ばれる者に縋りました。不死の御技を持つという者にです。それを死んだ妻の体に使いました。次に、義理の息子ベインが死にました。レンティーヌ、娘は母にしたように夫にも同じ事をしてくれと願いました。」
「何時、ロットベインは死んだんだ?」
カーンの問いにニルダヌスは、静かに答えた。
「ちょうど貴方がジュミテックで戦っている頃です。くだらない諍いで腹を刺されて。私は妻の事で間違いを犯し、さらなる間違いを拒否できなかった。」
私はカーンの手を触った。
彼は静かな人ですね。
感情が乏しい。
淡々と語る姿は、不自然だ。
支配を受けている可能性はあるのだろうか?。
力の支配です。
「力の支配?」
兵士の方々ならわかるでしょう。
意識の自由を制限している。
だから、彼の目は空っぽ。
「早計だ。話をすべて信じるのは。これが洗脳されているというのか」
洗脳という言葉に、モルダレオが反応した。
素早くニルダヌスに向き直ると、彼の顎を掴んだ。
それからなすがままの男の瞼に手を当て、瞳孔のぞき込む。
「軍事裁判時の医療検査では何も出ませんでしたが、あり得ます」
「裁判後の加工処理の所為では?それに何で今更話をする」
「何故でしょうか、私にもわからない。教会に、この場所に落ち着いてから、昔を思い出すようになりました。」
何かで支配が弱まったのでしょうか?
「ともかく、先を」
カーザに促されて、ニルダヌスはため息を一つつくと続きを話した。
「私は娘に乞われ、ベインを生き返らせた。もちろん、以前のベインではない。娘は喜んだが、あれは人ではない。反乱の結末が証拠です。私はベインを殺しに行きました。ですが既に力が根付き、私は一部しか回収できなかった。ベインが処刑されて、私は安堵しました。後は力を外に出さないようにし、始末するだけですから」
「未だ、あるのか?その死者を蘇らせる力が」
「正確には死者を蘇らせるのではありません。死者の腐肉に寄生した生物が死体を動かすのです。新鮮な死体なら、意識も残っています。ですが徐々に狂います。馬鹿な事です。魔導師は一時だけ別れを告げるのならば、呪われる事もない。だから、最後の別れの為に使えと忠告を残した。だが、私は妻に使い、妻は早く自分を殺してその技を燃やせと言った。妻が正しかった。だが、私は妻が苦しみ狂い腐るまで止めなかった。」
私達は、ニルダヌスの言葉をすべて信じた訳ではない。
だが、朧気にこの話が何処へ続くかがわかった。
「ここで人族が狂い体が変化するのを見た時、私が得た物と似ているのに気がついた。多分、同じ魔導師が関わっている。彼らは研究が好きだ。私の行いも彼らの研究の一つだ。」
「今、お前が魔導師から貰った力は何処にある?ベインから一部回収したのだろう?」
「あぁ、魔導師の忠告で女に必ず使えと言われた。女ならば相手に種は移らないが、男に使えば、その子種と共に女に移り、女の中で根付く。次に子供ができれば、腹の中の子を糧にして成長すると」
手を握る指に力がこもった。
私もビミンのように相手の手に縋った。
「腹の中にあるのか、それを見極めてから娘を殺そうと思った。だが、暮らしていれば、わかるだろうと高を括っていたが、娘に変化の兆しは見えない。だから殺すのを躊躇った。孫が来て、このまま生きていけるのではないかと、ずっと誤魔化していた。だが、意識が鮮明になると、どれもが私の愚かさから築かれた幻である事がわかった。レンティーヌはとっくに死んでいた。魂は既に無いのだ。妻も、娘も、息子も、私の所為で地獄に堕ちた。私の我が儘が、弱さが招いた」
ニルダヌスは、小さく微笑むと言った。
「アッシュガルトの井戸から、狂った男達と奇妙な物が溢れた。私はビミンを抱え、ウォルトは巫女様を抱えると逃げた。ウォルトは商館に走った。私は阻まれて街中へ、レンテは」
そこで言葉が詰まり、彼は両手で顔を擦った。
「縄のような、蚯蚓のような物がレンテを掴んだ。その時、レンテの腹が裂けた。内側から裂けて溢れた。死んだと思う。振り返った時には、蔦が蚯蚓を押さえ込んでいた」
両手で顔を覆い、彼はくぐもった声で続けた。
「井戸とアレを見て、私は確信した」
「どういう意味だ?」
「教会の前の神官様は、アッシュガルトの奇病について調べていた。奇病と異教についてだ。」
「異教?」
「レンテの腹の中の実は、多分、同じだ。只、狂っていないだけだ。レンテは、私達が逃げられるようにした。異教の神は、狂った。だから、あのような醜い姿に」
「ニルダヌス、戯言は止めろ。事実を述べるのだ」
「魔導師は、私に言った。黄泉の岸辺に咲く花の実をやると。この花の実は魂を肉に繋ぐ。ただし、長く留めてはならない。女に使い、必ず最後は灰に帰せと。それが出来ぬと言うのなら、報いは多くを奪うだろうと。この地には、同じような信仰があった。黄泉の水辺に住む女、狂った女の話だ。」
「オールドカレムとフォードウィン、水妖に喰われた双子」
公爵の言葉に、ニルダヌスは頷いた。
「このマレイラには昔、水妖という化け物がいた」
「昔話です」
「多分、化け物かどうかは重要ではない。水妖とは、魔導師の寄越した実だ。その実をどんな思いで使ったかも重要ではない。実はフォードウィンを滅ぼした。そしてオールドカレムは井戸にフォードウィンを閉じこめた。仲間のラドヴェラムが裏切ったので、焼き殺す事ができなかった。だが、ここから彼らの信仰の元となる話が続く」
「まて、一つ聞きたい。オールドカレムとは何だ?それにフォードウィンとは」
カーサの問いに、公爵が答えた。
「オールドカレムとは、過去のコルテス家宗主、オールドカレム・バンダビア・コルテス。フォードウィンは、彼の妻の一族です。そして、ラドヴェラムとは、ラドヴェラム・メッシモ・シェルバン。この東の土地を開拓した祖先です」
公爵は、優しい声で冷たい言葉を返した。
「冷酷非道のオールドカレムは、化け物となった妻を井戸に閉じこめた。復讐のために、ラドヴェラムの土地の井戸に閉じこめた。以来、シェルバンの土地は呪われた。と、いう昔話ですが、ようは不作で飢饉がおきても、シェルバンの執政で人々が苦しんでも、全てはコルテスの所為です。」
「ニルダヌス、続きを」
「哀れフォードウィンは水底に消え、水妖はいなくなった。ある日、人々は重い病におかされた。業病を煩い、病人は森に捨てられた。
ところが、森の水を飲むと体の痛みも震えも消える。そこで彼らはこぞって、その水を飲んだ。その水は、飲むと痛みや苦しい気持ちがなくなる。不安も悲しみも消える。彼らは、その水を求めた」
「抽象的表現は必要ない」
「その信仰は、アッシュガルトを中心に、ある水を毎日飲み、新月の頃に儀式を行うものだ。水を飲むと多幸感におかされて判断力が鈍る。体が健康になるように思えるが、実際は極度の貧血と末梢神経の麻痺がおこる。この不健康な信仰には、やはり司祭らしき者と巫女のような存在がいる。そこで、前の神官様は、その宗教に探りを入れていた。だが、自身もその水に触れたのか、健康を損ねた」
「寄生虫か?その水とは何処にある」
「多分、新月の儀式を探った後から、体の不調が出た。神官様は水の出所と司祭と巫女の役割をしている住民の身元を明らかにしようとしていた」
「それが今回の騒動とつながるのか?」
「皆を救ったフォードウィンは聖女だ。彼女の流す涙を飲み、この世の苦しみから解き放たれる。彼らは新月の晩に儀式を行う。そして、それが元で、水が元でアッシュガルトの住民は狂った。そしてレンテは死にましたが、私達を逃がした」
「逃がした?」
「フォードウィンの昔話で、井戸に沈んだのは誰ですか?」
ニルダヌスの問いに、公爵が目を見開いた。
「双子の娘だ」
「そうです。魔導師は、私の行いが報いとなると忠告をしました。害悪は、結局人間の側にあるのです。双子の娘。レンティーヌの腹に育った物は人を殺しますが、悪ではない。住民を狂わせたのは、狂った者が使ったから。だから、同じだと思ったのです。」
カーン。
「どうした?」
カーンの問いかけに、私は紙と筆を頼んだ。
喋れないというのは不便である。




