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冬の狼  作者: CANDY
喪失の章
18/355

Act18 人と獣と

ACT18


 それはとても冷たかった。

 たった今まで動いていたとは思えない。

 身じろぎもせず、カーンに押さえつけられている姿からは、生者の気配は無かった。

 頭部への一撃で絶命したのか、胸を潰されたからか。

 近寄り見下ろすと、不自然な事に気がついた。

 人間の縮尺とは、すこし体の位置が違っている。

 頭はカーンより大きい。肩幅は狭い。そして腕は両方とも長さが違っている。

胸は厚く腰が細いが、腿の太さが左右とも違う。まるで、不器用な手で縫われた縫いぐるみのようだ。

 そこまで考えて、押さえつけている男を何故か見た。

 男の変わらないニヤニヤ笑いが、乱れそうになった考えを留めた。


「何してる、早くとれ」


 少なくとも、この男は怖がってはいないし、こんな奇妙な状況を楽しんでいる。

 その事が、私を落ち着かせた。

 兜は額と頬の所に掛け金があった。面頬は骨のような堅い白い何かで出来ている。

つなぎ目も小骨のような物が噛み合っていた。だが、掛け金と思ったが、奇妙な事に頭部の兜に癒着しており、何処から脱がせて良いのか、取り掛かりがわからない。

 私が戸惑っていると、力尽くでかまわないと小刀を寄越した。

 小さな刃を頬の掛け金の所に差し込むと、肉を抉る手応えがした。

 ギクリと身構えたが、骸骨兵は動かなかった。

 やはり、死んでいるのだろうか。

 そのまま刃を梃子にして面頬を浮かそうと力を込めた。

 ぞぶり、と肉を更に抉る感触がした。そして、メリメリと厭な音もだ。

 獲物の解体と同じ感触だ。

 骨と肉が剥離する手触り、腱が断ち切れる音。まるで、この骸骨の面がこの兵の素顔であるかのようだ。

 微かに、ほんの微かに、仮面が浮き上がると臭いがした。

 死臭だ。

 カーンが頷いたので、私は顎下から反対側の頬に向けて一気に刃をくり抜くように滑らせた。

 乾いた音と共に面頬が割れるように浮く。

 縁に手をかけて引き剥がす。

 不愉快な音と共に私の手の中に骨の仮面があった。

 力任せに引いたので後ろによろける。手の中の不気味な物は、金属ではなかった。

 正に骨のようで、裏返すと仮面の縁は刃のように歪に尖っている。それに赤黒い色がこびり付いていた。

 反動で二三歩下がっていた私は、意識してソレから眼をそらした。

 仮面からカーンの背中に目を移し、あえて下を見なかった。

 カーンが立ち上がる。

 死んでいるのだろう。

 振り返った男の眼を、この時初めて見た。

 カーンと呼ばれる蛇の兵隊の虹彩は、白かった。

 眼球の白目は青みがかっており、虹彩は黄色の混じった白。影になると境がわからなくなり瞳孔は縦に割れていた。

 蛇の兵隊と言ったが、男の眼は爬虫類のそれだった。

 頭巾の下から白く見えたのは、この両眼の光だった。

 獣人。

 考えてみれば、これほどの大きな男が脆弱な人間であるわけもない。

 私の凝視に、カーンは歯を見せた。

 笑っているように見えたのは、犬歯が口をひきつらせていただけなのか。


「こんな化け物が辺境にはうじゃうじゃいるのか、ん?」


 否、普通にこの男はニヤニヤ笑っている。笑い上戸らしい。

 逃げる間もなく男は私を引き寄せた。

 頬が鎧の腹にあたって痛い。そのまま頭をグリグリと死体に向ける。


「これは何だ?」


 喉をならしている。どうやら、蛇より肉食獣の様だ。

 私は、嫌々ソレを見たあと、手に持っていた仮面を捨てた。

 吐き気を堪えるのに、凶暴な男にしがみついた。

 男はゲラゲラ笑った。

 多分、街中ならば、間違ってもこの狂った男の哄笑に頼ろうとは思わない。

 だが、悪夢が足下に転がっていたら、より強そうな何かを頼りたくなる。

 愚かな選択ではある。

 横たわる死体。

 確かに死体である。

 認める限り、鎧と覚しき骨は肉に食い込んでいる。

 肉に食い込み繋がり、外皮の様に密着している。

 見開いた眼は、濁り黄色く腐敗していた。が、額から目元は美しいままだ。

 青黒い死人の肌、私の間違いでなければ女だ。

 しかし、その上半分と繋がっている下半分は人ではない。

 肉の穴に鋸の歯が並んでいる。

 奥から垂れている舌は長く鋭かった。

 人ではない。

 多彩な人種を誇る中央大陸とはいえ、このような異相は無い。

 不意に、この余所者にまだ、肝心の忌み地の話しをしていない事に気がつく。

 だが、こんな状況になってから話すのは、馬鹿な事に思えた。

 カーンは片手に私を抱えたまま、剣を振り上げた。

 片足で化け物を押さえたまま、両刃の大剣を振り上げる。

 綺麗な青い光がはしると、重い振動と共に足下のそれに深々と刺さった。

 すると、死んだとばかり思っていた化け物が眼を見開き絶叫した。

 暗い世界に、それは木霊し、私も知らずに悲鳴を上げていた。


挿絵(By みてみん)

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