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冬の狼  作者: CANDY
哀歌の章
179/355

ACT161 花が咲く

 ACT161


 私はひとまず、一人で館を歩かせて欲しいと頼んだ。


 不思議なことに繋がってしまうと、何処にいようと存在がわかる。

 お互いにだ。

 過保護になるなと言うと、あからさまに私の脆弱さを論う。

 だが、それでも最後に私は勝った。

 小さな勝利だ。

 つまり、お互いにどの程度離れていると、分からなくなるかを試す事にした。


 益々、常人の枠からはずれていく。


 苦々しい私の呟きに、笑いが返った。

 私が固執する普通という概念が伝わったようで、鼻で笑われたのだ。


 まぁ、旦那が神経質な男じゃなくて良かったですよ。


 徐々に辺りは明るくなっていく。

 ゆっくりと歩いていると、周りの者の反応がおかしい。

 今にも転ぶのではないかと、カーンが離れた意味が無いほど集る。

 集るのだ。


「一人歩きさせているところだ。かまわんでいい」


 左の部屋を探る男の声で、やっと集るという表現に相応しく集まっていた者が離れた。それでも、振り返るとザムが後をついてくる。

 それは仕方がない。

 さすがに、転んでも今の状態で助けは呼べない。


 ふと、この状況が、エリと同じである事に気づく。

 なるほどと、喉を押さえた。

 声を喪う意味は、単に代償ではないのだ。

 異なる者どもと繋がれば、人の言葉は喪われる。

 それこそ、半歩軸足を異界に置けば、私という存在が薄くなるのだ。


 この世にあって、この世に無し。


 言葉を喪うだけで、今は済んだ。

 あのボルネフェルトの欠片が伝えたかった事の意味がわかる。


 何れ、きたる事。

 何れ、来る時に、耐えられるだろうか?


 私は振り返り左の部屋にいる男を見て、思う。

 だが今、強い思いを抱いては伝わる。

 私はザムを見上げると、鍵のかかった扉を開いてくれと身振りした。


 男達が隠った部屋からは、物音一つしない。

 ザムが鍵で扉を開く。

 そして、開こうと押す。


 開かない。


 そこで、ザムが蹴りつける。

 蹴破れずに扉は撓んだ。

 扉そのものには、ヒビがはしった。


「どうした?」


 炊事場の方からトリッシュが顔を出した。


「奴らの部屋の扉が開かないんだ」


「壊せ」


「蹴ったらヒビったんだが、感触が堅い」


 どれどれと、トリッシュはやってくると扉を見回した。


「..隣の部屋の扉を見てみろよ。」


 私とザムは隣の扉を見た。

 それから、開かない扉を見る。


 扉は反転していた。

 気がつかなかったが、扉は反転しており、押し開こうとしたので開かなかったのだ。

 ザムはヒビの入った扉の、反転して位置が逆になった取っ手を、手前に引いた。


 壁だ。









 逃れられなかった男達は、何れも刃物で切りつけあって絶命していた。

 刃物は男達自身の物で、状況だけ見れば同士討ちしたように見える。


 まぁ、そんな訳がないが。


 己で漆喰で出入り口をふさいで死ぬ。

 という仮定も馬鹿らしい。

 一晩で、漆喰を乾かすのも無理だし、元より何処から漆喰を持ち込むのだ。ましてや扉が反転する訳がない。



 つまり今も、鎮護の道行きを乱そうという力が働いているのだ。



 死体を部屋から引きずり出し、館の正面の庭に集める。

 そこで一気に油薬で火葬した。


「建物ごと焼いた方がいいか?」


 まだ、仕掛けが何処にあるか、どんな状況かを確かめてから焼いて清めないと。

 残るとまずい。


「何処だと思う?」


 調べてない場所でしょう?


「まぁ、そうだな」





 尖塔は石積で、苔むしていた。

 ぐるりと塔の根本を回るが入り口は無い。

 見上げると館から空中に通路が架かっている。

 元は見晴らしよく楽しめる場所なのだろうが、今は崩れかかった石の山にすぎない。

 塔の中に何かあるか?と、思ったが、下手に壁を崩すと生き埋めになりそうだ。

 石壁を触っていると、視界に何かが見えた。



 花だ。



 可愛らしい薄桃色の花だ。

 冬だというのに、この塔の先、荒れ果てた庭から果樹の林の方向に花が見えた。

 藪と雑草の間に、点々と咲く。

 点々と、この館を回り込むように裏の炊事場の先、雑草で覆われた東屋の方向へ向かっている。


 花壇が荒れて残った花。

 では、無い。


 薄桃色の花は、アノ花だ。


 私達は、その花の側に向かった。

 花は地面から突き出た物に絡んで咲いていた。

 人の四肢の一部だ。

 既に、半ば干からびている。



 お花。



 きれいな花は、人の千切れた四肢に咲いていた。

 開いた花は、花心がほんのりと黄色く、咲いて蜜を含んでいた。



 お花が咲いたら?



 点々と、花は続く。

 雑草を切り分けて進む。

 東屋を越えて、赤茶けた地面が円を描いていた。

 花は、その円を囲んでいた。

 赤茶けた地面には、何も無い。

 雑草も小石も無い。



 誰も入らないでください。



「中には入るな」


 さて、不死の王の呪いを乱す者は、置き換えを行うらしい。


 ここには花が咲き、円を描いている。

 たぶん剥き出しの土が、儀式の場所だ。


 そして本来の儀式に重ねて、違う儀式を行っている。



 では、何を行うのか?



 鎮護の道行きを反転させる。

 災いや戦乱をおさめる儀式の反転。

 供物として身を捧げた姫の儀式の反転。





 反転の儀式をするとして、私なら何をする?






 擾乱じょうらんの呪陣、であろうか?


 擾乱の呪。


 擾乱の呪なる物には、何が必要か?


 鎮護の道行きと同じ行為をしながらも、意味が逆になる行いだ。


 では、不死の王の行いは何だ?



「どうするんだ?」


 できうれば、


「できうれば何だ?」


 穢れを清めたい。


「化け物がでるのか?」


 いいえ、何があったのか教えて頂くのですよ。

 いかがです?


「すぐできるのか?」


 私は必要な物を答えた。





 土は軟らかく、その中心に歩むと足跡がついた。

 カーン達には円を描くように、花の外に立ってもらった。

 何が見えても手出しはするなと伝えてある。

 私は柔らかい土に片手を突きだし、もう片方の手で小刀を構えた。


「刃をあてるだけで切れる。引くんじゃないぞ、切れすぎて手が落ちるからな」


 皆の心配そうな顔を見て、肩をすくめると、私は掌に刃を当てた。

 良く切れる小刀は、刃先を皮膚に沿わせただけで、ざくりと切れた。

 血を絞るように拳を握る。

 柔らかな土に、血がしみる。



 供物の我が血を混ぜて、ここに沈む魂を呼ぶ。



 何があったんだ?



 ダクダクと血がしみていく。

 静まりかえったこの場所で、お花が咲いたこの場所で、私は土に呼びかけた。


 何があったんだ?






 赤黒い土から白い指が見えた。

 土をかき分け、白い指がいくつもいくつも生えてくる。

 やがて土に汚れた掌が、そして手首が見えてくる。

 沢山の土に汚れた手が、足首を膝を上着をつかんで這いだしてくる。

 なのに、その先は見えない。

 肩から上は見えず、たくさんの白い手がとりすがる。



 何があったんだ?



 繰り返すと、手が苦しそうに震えた。




 ゆっくりと瞬きを繰り返す。


 湿った大気、冬の朝。

 囲む人影と、小さな花。

 残酷で憂鬱な世界。

 斜めに切り取るように、視界が色合いを変えていく。


「オリヴィア」


 大丈夫。


 怖いことは無い。

 話してくれ。

 この世の果てのような孤独と苦痛。

 この世の果てこそが、私の中心。

 高く、低く、鳥になり、虫になる。

 草の陰、露を含んだ木立。


 瞬きを繰り返す。


 大丈夫。

 怖くない。

 私は土に倒れ、空を見上げる。

 胸苦しいような夜明けの空。


 大丈夫。

 怖くない。


 切り取られた場所を見つめる。




 君達は、いいや、君は誰だい?



 話してくれるのかい?

 悲しいお話を聞かせてくれ。

 私にも、君の悲しい話を聞かせて欲しい。

 そうしたら一緒に、この世の果ての音を聞きにいこう。

 私も何れ来る時に、皆をおいて逝かねばならないから。


 私の言葉と重なるように、円が浮かび上がる。

 ザラザラとした一重の輪。

 小さく単純な紋様に見えた。


 赤く黒く。

 忌まわしく、呪わしい、怨嗟の輪。

 迷うように延ばされた、泥まみれの手を握る。



 教えてくれ、何があった?



 美しい世を醜く変えた、その事実を私に。


 赤い光に飲み込まれようとする、小さな光を捕らえる。

 すると、粘つく悪意が押し寄せた。


 それは白い手を握りつぶすと、かわりに腐りかけた色の細かな毛の束になって絡んできた。

 髪の毛ではない。

 何かヌルヌルと湿った生き物の手足に見えた。

 それが手首に巻き付くと、そこから焼けるような痛みが伝わる。

 ビリビリと痺れ、毒のように痛む。





 愚か者!

 愚か者め!

 くだらぬ欲にまみれた俗人め。

 美を知らぬ哀れな醜い者め。


 その愚か者に仕える卑しき者よ。

 その醜い姿を恥ずかしげもなく晒すとは、なんたる増上慢。

 月の光でさえ、その卑しい姿を隠すことはできぬと言うに、陽の光の元に現れるとは!

 さぁ、その卑しい手を外すのだ。

 さもなくば、跡形もなく消してやる。

 否、外さずとも消す。

 我らの前に、出来損ないの身を晒すとは、誠、笑止千万。

 消滅に値する愚挙なり!



 傍若無人に私の方へと押し寄せた力を、グリモアと死霊術師の欠片がはねのけた。



 完全なる調和を乱す者よ。

 供物の犠牲を軽んじる輩よ。

 それほど望むのなら与えよう。

 絶望を、苦痛を、愚か者に相応しい末路を。

 望む快楽のかわりに、肉と血に沸き立つような痛みを与えよう。

 望む栄華のかわりに、骨を砕くような恥辱の末路を与えよう。

 さぁ、そのほうらを唆した愚かな輩の名を、告げるのだ。

 死者の声をきく我らが、そのほうらの無念をすくい上げよう。

 そして、恐怖を喜びとする主に、愚か者どもを捧げるのだ。



 忌まわしい力を、怒りと共に退ける。

 だが、その怒りもまた厭わしい。

 私の体から出て行こうとする怒りの力を、そっと押さえる。

 押さえる手にある小刀を地面へと落とした。



 私は、震える手を握り、もう一度問いかけた。



 君の話を聞かせて欲しい。

 最後にお別れを言いたい人の事でもいい。

 何があったか苦しくて言えないのなら、言わなくていい。

 ただ、このような醜い出来事を断ち切る事ができるように。

 君の話を聞かせて欲しい。



 手が、私を掴み握り返す。


 すると、目の前には、無惨な姿の娘がいた。


 暴力の嵐にあい、痛めつけられた姿。

 顔が体が、殴られ、蹴られ、そして、切り刻まれて、痛まぬ場所など何処にもない。

 まとう物も無く、亡者の姿で震えている。

 冷たい両手は震え、重なった場所から、恐怖だけが伝わってくる。


 恐怖。


 私は、その暴力の記憶と痛みに圧倒された。

 ぶるぶると震え、私は手を握りながら歯ぎしりした。

 私の人生での暴力の記憶は少ない。

 幸いなことに、殴られ蹴られ脅された事も少ない。

 無いとは言い切れないが、それでも少女の受けたような残虐な行為は受けたことがない。

 だから、初めて感じる圧倒的な暴力の記憶は、私を打ちのめした。


 なぜなら、笑っていたのだ。


 彼女を切り刻んだ者も、殴った者も、そして、死ぬまで暴力を振るう存在達は、笑っていた。

 彼女の記憶の中で、暗い世界で、彼らは笑っていた。

 這い蹲る彼女を蹴りながら、涙を流す姿を笑う。

 恐怖と苦痛で叫ぶ声を、嘲り馬鹿にして笑う。



 なんという記憶だ。

 この化け物達は、本当に人なのか?

 人の尊厳を貶める行為を笑いながら行う。

 なんと醜い。


 と、そこまでの少女の感情の中に、奇妙な物が見えた。



 花だ。



 笑う化け物達に蔦が絡み、あっという間に花が咲いた。

 少女は死にかけながら、それを見ていた。


 花が咲く。


 きれいな花だ。


 彼女を、少女達を苛んでいた者達は、全て蔦に覆われ花になった。


 彼女の記憶はここで途切れた。



 するとまた、別の手が私にすがりついた。

 小さな手だ。

 切った掌を差し出すと、指先を握りこむ。


 やせ細った女の子だ。

 外見に暴力の痕跡は見えない。




 彼女からは驚きが伝わる。

 彼女が見たのは半ば食われる男達、少女に暴力を振るっていた者達が異形の蔦に覆われていく姿だ。

 そして、その身は呑まれていく。

 どのくらいの時が流れたのかは、わからない。

 やがて女の子の視界に違う男達が見えた。


 墓守達だ。


 彼らは仲間を呼んでいたが、件の男達は既に蔦の肥やしになっている。暫くすると諦めたのか、少女の死体を切り始めた。


 狂気の沙汰の行い。


 よく見れば、他にも沢山の死体がある。

 それを切り刻み、内臓を取り出している。

 取り出した内臓を、この円の土地に埋めて土とこねている。

 あまりの事に女の子は、泣いて笑う。

 すると最後の仕上げとばかりに、そのこねた土の真ん中に、彼女を埋めた。


 生き埋めだ。


 ざくざくと土が上から降ってくる。

 やめてと何度も叫んでいるが、喉にも鼻にも土が入って苦しくなる。

 苦しくなって。





 私も苦しくて喘いだ。

 酷い話だ。

 狩り集められた少女達の末路がここだ。


 グリモアよ。

 彼らは何をしたのだ?

 擾乱の呪陣などではない。

 死霊術といえども、このように原始的な行いをとる事は少ない。

 死霊術とは、死者と語り、その力を借りる事。

 魂と神を取り持つ技だ。

 こんな洗練とは、ほど遠いものではない。

 これは単なる殺戮に過ぎない。


 否、だからこそなのか?


 呪術師なのか?


 知識はあるのだろうが反転の行いをするとしても、このような蛮行を大真面目に執り行うのは、どうしてか?


 誠、愚か者か、真実、憎悪と狂気にまみれているのか?



 だが、単なる愚か者では無い。

 現に不死の王の呪いが干渉を受けている。



 では、どうするか?



 腑を分けたのは、呪術の反動を恐れたからだ。

 呪術とは、行いが大きい物ほど代償が必要だ。

 命の支払いに供物や生け贄の命で購うように、人を呪うという事は、己も呪われるという事だ。

 呪い(まじない)と呪い(のろい)は同じだが、心のあり方に差がある。

 命の借財を購うのは、命だ。

 ならば奪う者にも、同等の報いがある。

 それでも願うのならば、強くあらねばならない。

 覚悟を決めねばならない。

 だが愚か者には、そんな覚悟などないだろう。

 代償を払わずに奪うつもりで、臓腑を抜いたのだ。

 唾棄すべき行為は、殺した者の怨嗟を誤魔化す行為なのだ。

 一見するとより冒涜的であるが、臓腑を混ぜ合わせ土に残すのは、呪いを避ける為なのだ。

 その土が依代の役割をし、魂を混沌に堕とす。

 混乱する魂は、呪詛の代償を求める迄に至らない。

 自分達を殺した者に目が向かないのだ。

 苦しみと悲しみが幾つも混じり、同じ場所に留まる。

 彼らは混じり、寄り集まった悪霊と同じように混乱を続ける。

 そして、鎮護の道行きを乱すのだ。

 穢れた物が、怨嗟の呼び声に惹かれて。


 改めて赤黒い呪陣を見る。

 言葉だけを見れば呪術として、齟齬は無い。

 しかし、よくよく言葉を追えば、そこには精霊語も古代語も含まれていない。乱雑な共通語の古語だ。


 輪の紋様、言葉の一つ一つに手を触れる。

 術を分解しながら、私はようやっと理解する。

 私が行うとすれば、理の秤を戻すこと。

 神にお慈悲を願うこと。


 彼女達を助ける事ができないと言うこと。


 分解した言葉を換えていく。

 一つ一つ、言葉を変えて輪に乗せる。


 言葉は簡単に、古語を使って書き換える。

 神への許しも混ぜ、理の秤に乗る者とする。

 理を乱した者の持つ秤に乗る者。

 助ける事ができない。

 臓腑を抜かれた遺骸は失われている。

 そして、彼女達の魂は癒着して離れない。


 だから





 呪詛をかえした。





 相応の報いを受けよ、愚か者め。

 如何に罪科を逃れようとしたところで、神は、そして因果の理は、その身を逃すものか。


 自然に私が笑むと、少女が女の子が笑う。


 白い手は私を離れると、土に消えた。

 流れを阻害する穢れは消えた。

 花が咲く。


 たぶん、どこかで花が咲いた。

 報いの花だ。

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