表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冬の狼  作者: CANDY
哀歌の章
170/355

ACT152 霧の中

 ACT152


 陽が暮れる頃、森へと続く道の遠く。

 小さな灯が見えた。






 カーンは未だ戻らず、私は歩く練習をしていた。

 ザムは食事に入っていて、私の傍らにはモルドビアンという名の兵士がいる。

 ザムと同じく獣狩りに秀でていて、ミアのお勧めの兵士らしい。

 ザムはといえば、しとめるのは自分だからと、急いで食事をとっている。


「何で、私が餌になると思うのか」


 私も狩人だ。一番弱そうな物を獲物とするのは理解できるが、私を狙うと決めてかかられると、若干の抵抗を感じる。


「大型肉食獣は、獣人の男が嫌いなんですよ。だから、それでも近寄ってくるのは、それだけ狙われているという事です」


 モルドビアンの説明に、ウンザリとする。

 群の弱い個体を狙うのが常套というのは知っているが、そういう理由で、ザムは私が狙われると確信しているのだ。


 モルドビアンは、故郷でも狩人だったという。

 主に、群で移動するココンという鹿に似た草食獣を狩る。

 肉が美味で、皮は加工品になるそうだ。

 大型の弓を使うそうで、実家には、様々な大弓がそろう。

 私と同じく弓を作る事もあり、南領では、北と違う素材を使うようである。


「湿気が多いので、歪まぬように作るのが大変なんですよ。」


 二人で弓の加工、普段はあまり他に教えない材料類について話していると、ザムが戻ってきた。


「何の話だ?楽しそうだな」


「巫女さんは、弓を使うそうだ。故郷じゃ弓で狩りをしたって話をしていたところだよ」


 ザムは弓を使わない。

 力が強すぎるのと、性格的にあわないと笑った。


「まぁ、そうだよな。お前の場合、殴る、斬る、潰すだ」


 そんな軽口のモルドビアンの背後、遠くコルテスの森に続くという道に、小さな光点が見えた。

 気が付いたザムが、皆に知らせる。

 すぐさま、休憩をとっていた者も動き出した。


「巫女さんは中へ」


 天幕に入るように促される。


「私達がお呼びするまで、顔は出さないでください」


 ミアに言われて、私は天幕の奥へと引っ込んだ。

 警戒する理由が私にはわからないが、やはり、種族、民族問題で対立しているというのは、こういう感じなのだろうか。



 馬の嘶きと、人の声が聞こえた。

 だが、何を話しているのか内容はわからない。

 朗らかな雰囲気ではない。

 言い合いになっている。と、だけわかる。


 天幕にミアが入ってきた。


「コルテスの兵士と墓守です。獣人の兵士がここにいる事を、勘ぐっています」


「勘ぐる?」


「つまり、コルテスの領土内に入り、何かよからぬ事をするのではないかと」


「ですが、ここは緩衝地帯でしょう」


「彼らにとっては、獣人が嫌いなだけですよ。で、申し訳ないんですが、顔だけ見せてもらえますか?特に、話す必要はありませんから。」


 天幕から、ゆっくりとミアに手を引かれて出て行く。

 コルテスの者達は、六名。

 見た限り、兵士と墓守の区別はできなかった。

 ただ、一人だけ身なりが上等なので、その男が墓守なのかもしれない。

 私の姿を見ると、彼らの険悪な表情が少し和らいだ。

 だが、私が近寄らずにいると、再び彼らは顔をしかめた。

 何となく、理由がわかる。


「たぶん彼らは反対に考えているんですよ」


「反対ですか?」


「彼らは貴方達が私を浚い、身代金をとるとか、売りさばくとか考えているんでしょう。」


 馬鹿らしいことだが、お互いに不信の念に捕らわれているので、勘違いしあっているのだ。

 仕方なく、ゆっくりと近づく。


「この場所に連れてくるにしては、子供ではないか」


「だから、我らが護衛だと言っているだろう」


「護衛だと?どう見てもおかしいではないか」


 聞こえてくる会話は、すぐさま状況が悪くなると言う風でもない。どちらも争いたくは無いが、見過ごせないという所だろう。


「何をそなた等は、争うておるのだ」


 嘘くさいな。と、自分でも思いながら、尊大に顎をあげた。

 クリシィの真似というより、神殿に来る貴族の真似ごとを意識する。言葉など適当すぎて、冷や汗がでた。


「巫女様、この地から立ち去れと彼らが言いまして」


 これ又態とらしいザムの言葉に、私は顎をあげたまま、コルテスの者を見回した。


「何故であるか?私は神仕えの者。姫の亡骸がここにあるというので、祈りに参った。賊のように追い払われる謂われは無い」


 どうだ。と、ばかりに言う。

 頭の隅で、勘弁して欲しいという独り言が漏れた。


「巫女とな。幼い形でそのような話を信じられるか。大方、この者らに脅されてでもいるのだろう」


 一番身なりの良い男が、忌々しそうにザム達を見る。

 獣人と言うだけで、嫌っているのだ。


「では、偽りだと申すのか?」


「脅されているのなら、我らが保護しようといっているのだ」


 それに思わず鼻で笑った。

 親切なお人だ。

 だが、無理がある。

 本当にザム達が賊であるなら、とうに彼らは死んでいる。

 六人の人族に倍の獣人の兵士。

 もちろん、東ご自慢の技術で武器の威力はあるかも知れない。だが、どう見ても助けて頂くには力不足だ。

 ミアやザムが、怒らずに対処しているのは、それがわかっているからだ。力ずくでは彼らに勝ち目は無い。

 さて、どうしたものか。

 コルテスの者に、墓の事を聞く良い機会だ。

 だがもとより東公領の人族は、神聖教を信仰していない。

 詩篇の一つもそらんじればいいと言うわけでもない。


「ここに留まる事の何が良くないのか、問うて答えてもらえようか?」


 我々が何者であっても信じないと言うのなら、何が問題であるのかを聞くしかない。


「この場所は、コルテス家が守る墓である。何人もむやみに近寄る事はゆるされない」


 答えとしては無難だが、理由にならない。


 立ち入りを禁じるなら、墓に渡れないように道を塞げばいい。

 道は塞がれず、あの浮き石の通路も人が渡れる。

 つまり、湖から行き来できるようにしていなければならないのだ。

 近寄るべからず、というのに塞がない。

 そして正しくはコルテス家の墓ではない。

 ニコルの墓である。

 屁理屈にもならない返答に、やれやれと態とらしく頭を振る。

 子供と思っての適当な答えに、馬鹿らしいと見下して返す。

 それぞれに立場があり、彼らにも彼らの事情と責務があるのだろう。

 ただ、人も中々に立ち寄らぬような場所に、墓を放置しているのは事実だ。

 如何に言おうが、彼らは姫の墓を放置している。


 もちろん、ただ、放置しているのではない。


 厳重に箱に詰めて、置くべき場所に置き、なるべく、近寄らぬように。それでいて近寄れるように。


 それを否定するなら、仮の墓でも内地や公王につくらせればいいのだ。仮の墓を豪華に祀り、本物を隠せばいいのだ。



 だが、それができない何かがあるのだ。



 言わなければならない言葉を組む。

 偉そうに演説するのは嫌だが。


「ならば何故、このような場所に墓をつくる?近寄ることが許されぬという理由は何か?ましてや、墓に祈りに来たというだけで、追い払うというのなら、コルテスの者であるという、その方等こそ偽り無き者と証明できるのか?」


 男が何かを言う前に、私は続けた。


「この場所に置かねばならぬ理由を言わば、その方等は我を信じるのか?」


 表情は変わらなかったが、男は私の言葉に微かに反応した。


「理由とは何だ。特に理由など無い。おかしな事を言うな」


 どうやら墓を守る事情も、少しは知っていそうだ。

 だが、直截に聞いても答えられないだろう。


「墓所に、気配があった」


 聞きたいことを聞くまでだ。


「気配?何を馬鹿らしいことを」


「その者は、お主ぐらいの背の高さで、襟高の服を着ていたぞ。左利きなのか、その剣は主とは反対に帯びていた。」


 鏡の男の事を話すと、コルテスの者達は、あからさまにたじろいだ。


「顔は定かではないが、髪は肩口まであり服は紺色。それが鏡の中におった。そして」


「嘘を言うな!」


 墓守の声は震えていた。

 ぶるぶると体を震わせ、両手は拳に握られていた。


「嘘?では、お主等がコルテスの者ならば、今から一緒に参ろうではないか。」


「ならん、お前達は墓に行ってはならん」


「墓が立ち入り禁止とは聞いておらん。それとも王の許しを取り付けてくればよいのか?コルテスの者に、神殿の者が祈ることを阻まれたと言えばよいのか?」


 男達は、何事かを相談している。


「一つ、言うておく」


 墓守に向けて、私は言った。


「もうすぐ、ここに残りの護衛が来る。全員そろえば、主等の三倍以上の数だ。言いたくは無いが、力ずくで追い払う事は無理である。脅すわけではない。ただ、祈る事を何故そう阻まれるのか、理由を話してもらえれば、ここを速やかに立ち去らない事もない」


 と、脅した。


「私は神仕えである。無闇に争うことも、又、不要な話を外に漏らすこともない。その判断ができぬと言うのであれば、コルテスの方にお伺いを立ててみてはくれないだろうか?」


 脅し、宥めた。


 墓守は私を見つめ、ため息をついた。

 疲れた様子で、暗くなり揺らめきばかりが見える、湖に視線を逸らした。


「何も言う事は無い」


 墓守は繰り返した。

 だが、我々が立ち退かない事もわかったのだろう。


「今宵は、ここに留まるがいい。だが、墓に立ち入るのは止せ。」


 彼らは野営をする私達を押しのけるように、無理に通り抜けた。

 そして、あの浮き石と柱の入り口で、馬を下りると墓に渡る。

 小さな角灯が柱の合間からちらちらと見えた。

 夜の闇に薄灰色の柱が浮き上がり、湖の中心にある建物も浮かんで見えた。

 滑る水面、浮き出る姿。

 それは草原に浮かぶ蜃気楼のようで、殊更、人の世から離れて見えた。


「墓守なんぞ、ぞっとしねぇな」


 ザムの言葉に、ミアは肩を竦めた。


「臆病風に吹かれたかい?」


 それにザムは、少し頭を傾げた。


「昔は怖くなかったが、今は怖いな」


 獣人の男にしては、素直に答えた。

 ミアもからかわず、なるほどと返している。


「昔は、死んだ奴が動き回らなかったからね」


 アイツ等、気配が掴みにくいんだよ。と、ぼやいた。


「封鎖前に東南にいたんですよ。空気も悪いし、焼かなきゃ動くし。おまけに半死半生の奴と、完全にくたばってる奴の区別が中々」


 ザムが嫌そうに補足した。


「東の貴族の墓なんて、土葬が殆どでしょう?そんな場所を夜に巡回するのは嫌ですね。それにしても、さっきの話は本当なんですか?」


「何がです?」


「見たって言うのは」


「はったりですよ。そもそも、私は巫女見習いです。神意を語るは、烏滸がましい限りです」


 暫く、墓に漂う明かりを見ていたが、中々彼らは戻ってこない。

 私は天幕で休むように促された。

 夜明け頃、カーンに起こされるまで目覚めなかった。

 夢も見ずに眠ったようだ。

 起き出して、昨夜の事を聞く。

 すると、墓守は、こちらの道には戻ってこなかったという。

 たぶん同じ道を戻らずに、原野の方向か川下の方へと行ったのだろうという話だ。


 それならば安心なのだが。


 朝霧の中、霞む湖を見つめて私は震えた。


 霧の中が光っている。


 中央の墓の辺りだろう、明滅する光が見えた。

 私は忙しく朝食の用意をする者、これから暫し休む者を眺め見てから、もう一度湖の方を見た。

 明かりは、ぼんやりと不規則に明滅しているが、その色は灰色がかった霧とは違い、赤かった。

 炎の照り返しではない。

 朝陽の方角でも無い。

 赤くどす黒い光が霧を染めている。

 不安になるような、赤い色だ。


「誰か墓守が馬でどちらに向かわれたか、見ておられるか?」


 私の問いに、岸辺で顔を洗っていたトリッシュが側に来た。


「団長と帰ってきた頃は、まだ、入り口に馬があったな。一人馬番に立っていた。」


「いつ頃です?」


「真夜中過ぎかな。近寄るな、の一点張りだった。団長も事を構えるのは面倒って事で、それ以上は何も。後で正式にコルテスの方へ渡りを付けるという話ですよ」


 霧が視界を遮り、墓への通路は見えない。

 不安が大きく心にのしかかる。

 重苦しい感情に臍をかむ。

 二度寝の後の食事をとっている男を振り返る。

 その様子に、気がついていない事がわかった。

 まだ、そこまでの力の共有は認められないのだろう。

 あからさまな驚異は感じ取れるのだろうが、前兆や痕跡は辿れないようだ。

 それに安堵する一方で、これが珍しくもない現象なのか、それとも、何か予想外の事が起こりつつあるのか、判断に迷う。

 この現象を見られたくなくて、コルテスの者は帰れと言ったのか、それとも、これは彼らにとっても不測の事態なのか。


 風が西から吹き付けて、徐々に霧が流れていく。

 私は岸辺に歩み寄り、霧が湖から消えるのを待った。

 ザムとモルドビアンは、その間に交代し、朝陽の気配が確かにする頃には、カーンが側に立っていた。


 朝陽が東の空を染めている。

 今日も曇りか雨なのだろうか。

 弱々しい陽光が湖面にスッと降り立つ。


「探索はどうでした?」


「土手にあった墓と同じような物が、二カ所みつかった。コルテスの墓守は、何も喋らなかったようだな」


「お家の事情もあるでしょうし、そうそう口の軽い家臣も信用されないでしょう」


「そりゃそうだ」


「ただ、あの鏡の男には、心当たりがありそうですよ。やはり、コルテス家の方と一度話さなくては」


「中々の巫女ぶりだったそうだな」


「二度とごめんですね」


 無駄口を叩き合いながら、私は霧の流れを追う。


 霧は晴れた。


 落胆と不安に、私は目を閉じた。


「ザム、警戒に当たれ。ユベル、準備だ。トリッシュは俺に続け。ミアは撤収作業。移動に備えていろ」


 深呼吸をして、目を見開く。


 墓守の馬達は、岸辺で途方に暮れていた。

 人影は見あたらない。

 場合によっては争いの種になる。

 カーンはトリッシュの隊を引き連れて、視界が戻りつつある岸辺を歩き出した。

 今更、急いだ所で状況は変わらないだろう。

 私は食事をするようにと、ザムに手を引かれた。

 気も漫ろで、あまり食べる事ができなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ