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冬の狼  作者: CANDY
哀歌の章
164/355

ACT147 金柑

 ACT147


 ニコル・コルテスの肖像




 現在の公王ランドールには、三人の妹がいた。

 それぞれに母親の違う妹だが、ニコル・エル・オルタスは人族の血が表に出ており、混血種としても準人族という定義である。

 名付けの儀式では、僅かな獣種の特徴を認められているが、実際はランドールのような珍しい純王家の血では無い。

 ランドールは、両大公家の直流同士の子供としては異例の(成功例)であり、その他の公王家の混血例は亜流同士の血の薄い者同士の子供が殆どである。

 ニコルの母親も、名ばかりの大公の姫である。

 その外見も中身も、魂の形も、ほぼ亜流の人族であった。

 長命種は三系統あり、それに近い血流を準人族、今のところ七系統ある。長命種と名乗るには、亜人に近しい寿命である為に無理がある。だが、体内の器官が長命種の特徴を持っており、老化に対する抵抗値が高い。

 混血種とは別の定義になる。

 混血種が、子供の中に別種の種を残し、あくまでもどちらかの特質に傾き、肉体的に中間や混在は無い。混血というのは、あくまでも複数の種族の元を内包するという意味だ。

 その混じらぬという部分で言えば、亜流の人族も固有の種であり、彼らも混血を残したとしても、その特質が混じるということは珍しい。

 因みに、この法則は、その者の外見に影響が見られたとしても、内臓に関しては、必ずどちらかの血に偏るという物だ。

 逆に言えば、両王家の純血同士の掛け合わせがうまく行かないのは、この法則が当てはまらず、本当に混じってしまうからだ。

 元々、内臓の構造が極端に違う場合、それが混じりあって必要な部分が形成されない。または、正常に働かないなどの欠陥がでる。

 外見や大凡の構造が似通っていても、本来は、混じれないほどの差があった。それを乗り越える為に、内部構造を必ず両親の片方に優位に傾かせる。これが混血の法則で、これは混血を繰り返す毎に、多い方の因子が取り入れられる。なので、過去に混血があれば、何れ面に出る可能性は、同族婚を繰り返せば低い。

 まぁ例外はトゥーラアモンの領主を考えれば、あるのだが。


 話は逸れたが、ニコルは成人と共に、東公領の八大貴族筆頭コルテス家に輿入れとなる。

 このニコル・エル・オルタスの輿入れは、東公領の鉱物資源の利権に関する政治的判断によるものだ。

 人族の血統優位主義の蔓延する土地に、薄いとはいえ獣人の血が混じる王家の姫が降嫁する。

 当時は様々な反響があった。

 ちなみにイ・オルタスで神に使える者との名乗りになるが、エル・オルタスは公王家の名乗りである。

 他の貴族であれば、爵位と領地やその他の位階などが長々と加わるが、王家一族に関しては無い。

 さて、そのニコルが降嫁したコルテス家は、東三公貴族であり、このアッシュガルトの港の権利を有する貴族の一つである。

 そして、本領地は東マレイラ内地の山脈地帯にある。鉱山主であり、直轄領地を複数抱える大貴族。それがコルテス家である。そして、人族優位主義者であり純血主義者の長命種でもある。

 ニコル・コルテスの結婚生活は、財に恵まれていたとしても、政略結婚の中でも酷く寂しい物であったと想像できる。

 彼女は嫁いで十年と経たず亡くなっているのだ。







 食堂は混雑していた。

 そして、視界を埋めるのは獣人である。

 これほどの獣人の男女を目にしたのは始めてである。

 村は亜人と人族だけだった。

 獣人と言えば、その主な活動地域は南領である。北に来るのは、傭兵や兵士と村人には縁がない。

 そして、その傭兵の獣人も、彼らの言うところの重量獣種という者ではなく。外見上は人族などに近い中量獣種らしい。

 見た目の違和感が無い者の方が、個人で雇われるには有利らしい。

 なので、兵隊の中でも大型重量獣種ぞろいの軍団らしく、これぞ獣人という食事風景は圧巻である。

 巨人の国に紛れ込んだ気分である。

 因みに、巨人種という種族も過去にはいたそうだ。

 ただし、彼らは個体数の減少と環境変化に追いつけずに絶滅したという話だ。

 だが、この人波を見ると、その血も彼らに混じっていてもおかしくはないような気がする。

 私はといえば、相変わらず荷物のように運ばれている。

 逃亡防止と踏みつぶされない為だろうか。

 そして、この運んでいる男のお陰で、混雑していても道が割れる。

 略式の敬礼が割れた道筋にできる。

 位階性の面目躍如である。

 一つも嬉しくは無いが、早く食事を終わらせて引きこもりたいという気持ちになる。


「大体が肉なんだが、食えるか?」


 配膳された物は、本当に肉料理ばかりである。

 肉の汁物に、肉の焼き物に、肉の..


 狩人としては、肉は好物と言いたい所だが、実際は食べない。

 肉と毛皮は売るか加工する。

 冬の装備にするか、携帯食に薫製にするかである。

 ガツガツと肉を食べる事はまず無い。


 私の顔色を見て、カーンは自分の肉料理の他に肉の少な目の料理を運んだ。

 因みに、私は食堂に並ぶ長い食卓の椅子に座っている。

 何様という感じだが、動くなと言われているので仕方が無い。


「海辺という感じがまったくしない献立ですね」


 もちろん、贅沢という意味でだ。

 海辺なら海産物や魚介の方が食事としては安くあがるだろうに。


「肉を食わせないと働かないんだよ、馬鹿どもが」


 馬鹿どもがどの辺りかは、良く分かる。

 遠目に兵士が肉を取り合っている。子供のようで楽しそうだ。もちろん、見た目は髭面の強面であるが、内容は成長期の子供の食卓である。

 私が口を開いて騒ぎを見ている内に、目の前には料理が並んだ。

 私は肉の汁に浸る麺だ。

 そして無造作に置かれた金柑が二個。

 果物だ。

 冬の果物は貴重だ。

 そして、私は果物が好物だ。

 手にとってニヤケる。

 が、見られているのに気がついて、無表情を取り繕う。


「好きなのか?」


「村では、果物は貴重で。林檎を冬に食べるのが贅沢でした。」


 そして稼ぎを装備と果物につぎ込んだ。

 樽詰めの林檎を買い込み、保存食に苔桃や木苺を貴重な砂糖や酒で漬け込む。

 それにパンと山羊の乳があれば、天国だ。

 爺達は、それが分かっているのか、果物とつく物が村に入ると知らせてくれた。

 干した果物も好物だし、あれは携帯食にいい。

 金柑を撫で回すのは、北では滅多に食べれなかったからだ。

 東の産物である。

 考えてみれば、今は東にいるのだ。

 金柑が食べれる。

 おぉ、これは盲点だった。

 すっかり浮かれあがる私に、カーンが微妙な視線をよこした。


「そりゃ、良かったな。お前、こんなので..そうか」


 不憫だと言わんばかりに、数個の金柑をとってよこす。


「いいんですか?」


「残りは部屋で食べろ」


 教会に砂糖はあったろうか。煮詰めて食べても美味しいはず。

 持って帰りたいが、いつになるか分からない。

 あきらめると、麺を食べる事にした。

 麺も東の食文化である。

 見た目よりも油は少なく、肉も軟らかい。

 つるつると啜っていると、見覚えのある人物が斜め前に座った。

 相席の為、私は食事の手を止めると、頭を下げた。

 それに対しては、軽く挨拶を返すと、彼女は席に着いた。

 軍団長付きの当番従卒が食べ物を用意する。

 私が食べるのを止めたままなのを見て、タニア・カーザは気にせずに食べるようにと言った。

 相変わらず、素っ気ない物言いだが、立場が立場だ。

 どこかの御令嬢のような喋りだったら、それはそれでおかしい。

 と、ここで気がつく。

 この席順は、位階の順だろうか?

 だが、ここでまさかの、質問はできない。

 まぁ、位階的には天辺近くなのだろうけれど、改めて見回せば、ここは一般兵がいない。

 つまり上級士官以上の席である。

 今更である。

 だが、金柑が視界の隅にあるので、余計な事は考えずに食べる。

 麺を食べたら金柑だ。

 どうせ一般兵の間で食べても、ここで食べても、場違いは同じだ。

 カーンと二人だけなら色々話すが、さすがに軍団長を前に、そしてその並びや向かい側に座る男女がいるのだ。黙々と食べる。

 黙々と食べていると、軍団長の隣に座る白銀色の髪の女性兵と目があった。

 彼女は目を見開いて私を見ている。

 浜の食堂の店員と同じでマジマジと、凝視していた。

 北の者が珍しいのだろうか?

 彼女はすらりとした体型と褐色の肌をしている。

 切れ長の瞳に大変な美人だ。

 だが、今は肉を突き刺したフォークを宙に置いたまま、私を凝視している。

 あぁ、違う。

 これは浜の食堂の店員ではない。

 乾物屋でご飯を食べていた猫だ。

 びっくりしたよ。お前、何?なんでこんな所にいんの?

 である。

 いや、そうですよね。

 と、答えたいが、素知らぬ顔で麺を啜る。

 啜るのは礼儀に反するだろうか?


「何を見てる、モルガナ?」


「否、何処から巫女様を拐かしてきたんですか、カーン」


 どうやら、席順と小さな体の所為で、食べ始めるまで気がつかなかったらしい。

 その質問には無反応で男は食事を続けている。


「否、違うしよ。下の教会から預かってるだけだよ」


 代わりにモルガナの正面の男が答えた。

 大きい。

 カーンも大きいが、この男は首が短く肩が筋肉で盛り上がっている。

 無精髭の生えた顔と全体的な様子から、スヴェンやオービスに似ていると思う。

 たぶん、同じ部族なのかもしれない。

 私が見ているのが分かったのか、笑顔で返した。

 スヴェン達と同じく、尖った歯が光って威嚇しているみたいで怖い。

 失礼な感想を押し込めると、何とか頷いて返した。


「んで明日、フォックスドレドに連れて行くんだと」


 何気なく男は続けた。

 まさか私の事かと、その男を見る。

 それはモルガナも同じだったらしく、その形の良い眉が跳ね上がった。


「言ってなかったか?俺達の泥遊びに来るって」


「誰が?」


「補佐官が、で」


 補佐官て誰だ?

 だが、美人と髭は、私の横の男を見ている。


「ややこしいんだよ。俺は出戻りだから、いろんな役職名がついててな。副長やら補佐官やら、副指揮官とか。ようは、決まった席がないんだ」


「見かけによらず、苦労してるんですね旦那。で。フォックスドレドとは」


 粗方の肉を腹に納めたカーンが補足する。


「この城から北東の平原だ。」


 食事の間、暫し無言になる。

 金柑を見つめながら、何気なく問うた。


「部屋で留守番で良いのですよね」


「フォックスドレドは、泥の湿地だ。膝ぐらいまでの泥と草の浮島がある。訓練には丁度いい」


「私は、部屋で留守番ですよね」


「たまには仕事をしないとな。装備は湿地用になる」


「..留守番じゃないんですね」


「湿地帯の一部は公王の直轄地だ」


 興味を引く事に成功した男は、水差しを引き寄せると杯に注いだ。


「そこには公王縁の者の墓がある。オンタリオというのは、東マレイラの中でも、この城塞と同じく直轄地の辺りを指す。オンタリオという名称は、元々はフォックスドレドの湿地に流れ込む河川の事だ。」


 杯を私の前に置くと、カーンは暫し何かを考え込む。


「いや、何で巫女様を連れて行くんですか、泥の行軍に。あそこは冬でも蛇がうじゃうじゃいるんですよ」


 モルガナの呆れたという声音に、対面に座る髭の男が肩を竦めた。


「そりゃ、今回は新兵が行くんだ、死んだら祈ってもらわにゃならんしな。」


「それはアンタの所の新兵でしょ。私の所は今のところお祈りはいらないわよ」


「そうでも無かろう?今あそこで肉を取り合ってんのは、お前んとこのじゃねぇの?」


 振り返ると一際楽しそうな集団が、肉を巡って騒いでいる。

 どうやら、あの肉は特別な調理がされているらしい。

 殴り合いで、面白いように人が吹っ飛んでいく。

 その割に頑丈なのか、誰も怪我はないようだ。


「いい加減にしろ!貴様等ぁ」


 モルガナが怒鳴りながら、席を離れた。

 楽しそうだ。

 怒られながらも、騒いでいる。

 粛正の鉄拳を受けて、男が吹き飛んだ。

 更に楽しい事になって、私は目をそらした。

 そらした先には、軍団長の無表情があった。


「獣人がすべて、あのような者共という訳ではない。」


 と、いうお言葉を頂いた。

 私は黙って頷いた。

 だが、その直後にモルガナが最後まで騒いでいた兵士をつり上げると、盛大に頭突きをかました。

 凄い音がした。

 その破壊音に思わず驚いて、尻が座席から浮いた。


「この糞餓鬼どもがぁ、食事も温和しく食えんのか!立てぃ!」


 広い食堂の反対側の事なのに、声が響いて思わず見入る。

 直立不動の兵士を並べると、気合いを入れている。

 もちろん拳だ。


「見なくていいから、ほら、食べろ」


 食べ終わった麺の器の代わりに、金柑が握らされる。


 景気の良い音と共に、次々と男達が床に沈み、直後に再び立ち上がるとお礼を言う。すごい光景だ。


「やっぱり、連れて行くの止めた方がいいんじゃないですか?新兵訓練は全てあんな調子ですよ。もう、野蛮人の印象で決定じゃないですか?」


 隣で髭の男が食べながら笑っている。


 それに軍団長の眉が寄る。


「我々は理性的な行動もとれる集団だ。もちろん、すべての生活に於いて規律を重んじ..」


 真面目な口調の彼女の後では、肉の権利争奪杯が臨時で行われるようだ。

 ワーワーと再び男達が騒いで食卓を囲んでいる。

 食事自体は終わっているのか、珍しい肉料理のおやつをかけて、腕力で勝敗を決めるようだ。審判はもちろん、モルガナのようだ。

 腕相撲だろうか、あ、蹴りもありらしい。

 何の肉なんだろう?


「カーン、勘弁してくれ」


 話の途中で、何故か軍団長は、額に手を当てると目の前の男に助けを求めた。


「あいあい、剥いてやるから、食えよ。」


 私の握っていた金柑を取り上げると、皮を剥いた。

 甘く爽やかな香りだ。

 潮風や陰鬱な景色を追いやるような、鮮やかな香りだ。

 実を私に差し出す。

 ありがたく受け取り、口に含む。

 酸っぱさと甘さ、そして香り。

 久しぶりの好物に、私は頬が緩んだ。

 残りをいそいそと受け取り、頬張る。

 鼻歌が出そうだ。

 でも、ゆっくり食べよう。

 もし、教会に持ち帰れるなら、絶対に煮詰めて瓶詰めにする。

 砂糖煮でパンにかけてもいいかな。

 否、ビミンに言って焼き菓子に皮を練り込んでも。


「これも食べなさい」


 何故か、軍団長からもう一つ金柑を受け取ることになった。




 その晩、私の荷物が纏められて部屋に届いた。

 湿地は寒いとの事で、あの外套も一緒に荷物に入っている。

 部屋に荷物を持って来たのは、サーレルだった。

 皮膚の変色も殆ど無い。

 相変わらずの薄ら笑いで、人の顔を見る。


「何だか不思議ですねぇ。違和感がないのが違和感と言いますか」


 荷物と言っても私物は殆ど無いので、布地の肩掛け鞄一つで、全てが入っていた。

 ビミン達が詰めてくれたのだろうか?


「何時、フォックスドレドに行くことが決まったんです?」


「私が聞いた限りでは、貴女を連れ帰った後、ですかね。こちらが聞きたい、何があったんです?」


 問われても困る。


「旦那は何と?」


 それにサーレルは、寝室の方を見てから肩をすくめた。


「知ってます?この部屋、元は幽閉するのが目的だったんですよ。」


「そんな情報はいらんのですが」


「アッシュガルトへの外出禁止令が出ます。どうも、不穏な情勢でしてね。城塞内の街も禁足ですし、そうなると、貴女はカーンと外にいる方が安全という事で」


 それは不自然だ。

 やはり、金の記章を調べる為だろうか。


「それで、これも渡すようにと。」


 薄い書物だ。


「読めます?古い綴りの物で。急ぎというので、今の公国文字の物が見つからなかったんですよね」



 ニコル・エル・オルタスの肖像 著・ミカエル・ドミニコ



「ニコル・コルテスでは、無いのですね」


 嫁ぐ前の話だろうか?


「それは、公主の肖像画を描いた画家の自伝です。公主の書物という事で探したのですが。生憎、王家のお亡くなりになった方の一般的な書物というものが、この城には無く。まぁ、軍略図やら軍事関係なら充実しているんですがね。識字率も士官以外は低いですから」


「亡くなられているのですか?」


「えぇ、この地の風土病にかかられて。長命種の血筋と言う建前ですが、実際は亜流の大公家の血ですから。純血種のような強さはなかったようですね」


「建前というより、そこの所は公になっているのですね」


「隠す程の秘密ではありませんし、亡くなられたのが病ですから。」


 私は薄い本を開いた。

 美しい革の装丁である。

 最初に透けるような紙の頁、次に表題を記した場所には、一面野薔薇の模様が描かれていた。

 高価な本だ。


「どうやら、問題なく読めそうですね。その博識さは何処から来たんです?」


「カーンの旦那は、何処へ?」


 答えずに返すと、サーレルは笑った。


「明日の準備に下に行ってますよ。先に休んでいるようにと。そうそう、薬を飲むのを忘れるなと言うことでした。」


 薬を飲み終え、サーレルが出て行くのを確かめると、私は本を再び開いた。



 肖像画家の半生が綴られている。

 前半は、貧しい亜人の少年が、立身出世をしていく。胸が躍るような話が短く纏まっている。

 後半は、晩年の作品の解説とその背景だ。

 一番の代表作が、ニコルの肖像画だ。

 彼は、前公王のお抱え肖像画家となるが、その中でもニコルの肖像画が評判を呼ぶ。

 ただ、その肖像画の所為で、彼女は東公領の筆頭貴族に嫁ぐ事になったのだ。

 題名にもなった、その彼女の肖像画を見たコルテス家の当時の家長が、嫡子の嫁にと望んだのだ。

 しかし、当時、コルテス家の嫡子には婚約者がおり、この公王家からの降嫁により、許嫁は自殺した。狂い死に子供を残したとあるが、この子供はコルテス家の跡取りとはならなかったようだ。

 本が古いので、この後のコルテス家については、書かれていない。

 ニコルが嫁いで一年ほどで家長が急死、嫡子が跡をとるも、この時からニコルは本宅のある領地から出た。

 ニコルには子供もなく家長も死に、差別の嵐の中に取り残された。本来なら、離縁という道もあったが、当時の政治状況からそれは許されず、彼女はオンタリオ領にて幽閉に近い状態であった。

 画家は、彼女を描くために東公領を訪れ続けた。

 そして絵は、中央に現公王の元へと運ばれた。

 彼の連作は、美しさと陰鬱な雰囲気が話題となり、一般への公開も許されるようになる。

 もしかしたら、公王は妹を呼び戻す事を考えていたのかもしれない。

 しかし、そんな矢先にニコルは病で没す。

 当時は遺骸を中央に戻すという話があったが、コルテス家が断固として拒否をした。

 差別冷遇の末に殺したという噂を消すために、大がかりな霊廟が建てられたとある。

 画家は、コルテス家を余程嫌ったのか、最初に彼女を結婚へと導いた絵を、公王に願い出て、コルテス家から引き上げさせた。


 その絵は、美しく華やかで幸せに満ちた少女の絵だそうだ。

 公王の、兄のランドールの執務室に、少女の肖像がかかっている。




 暖かな部屋の中で、私は窓を見る。

 暗い夜で、雨と風が吹き荒む。

 その窓の前の小卓には、金柑が。

 肉争奪戦の後、戻ってきたモルガナも何故かくれたので、コロコロと山になった。


 ニコル・コルテス


 その名の意味は何だろうか?

 そもそも船員への記章はどうして送られたのだろうか?

 それとも、全く違う比喩なのだろうか?

 金柑を明日の荷物に加えようと、私は明るい色の果物に手を伸ばした。



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