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冬の狼  作者: CANDY
哀歌の章
156/355

ACT139 挿話 夜の遁走曲 上

 ACT139


 南領第八師団の憲兵は、百八十人いる。

 その百八十人を分隊二十に分け更に三小隊に編成し、三交代で回していた。

 本来なら、城塞内の秩序維持などに当たるのだが、今期の冬のマレイラでの活動は本来の憲兵隊の活動とは違う内容となった。


 モルダレオとエンリケは、今回、一つの憲兵小隊を率いていた。残りは元々の憲兵隊長である上級中隊長が率いている。上級中隊長は、本来の業務を二小隊で回すという、無理をこなしている。

 この無理は、軍団長補佐であるウルリヒ・カーンの提案である。

 元々の示威的武力を損なうことなく、そして、通常の業務であるかのごとく、アッシュガルトでの活動を行うには、憲兵という組織が良いと判断した為だ。

 これを某かの戦力を削る、または、組織することでおきる、情報の流出を避ける意味合いもある。


 今回の提案での活動は、憲兵が、城塞の駐留兵に対しての取り締まりに過ぎない。


 との立場でアッシュガルトを巡回し、たまたま、目に付いた事柄に対しての処置を行う。それに付随して(偶発的に)兵士以外の者に対しての捕縛拘束等の警邏業務が発生する事もある。


 この見え透いた建前の為に、現在、二人は憲兵の隊服で港町にいた。

 一人は長い黒髪を一つに編み、頬から首筋に向けて黒い入れ墨を入れている。本人に言わせると、良い精霊の印らしい。

 そのエンリケより少し背の低いモルダレオも後頭部の髪だけを頭頂部で一つに編んでいる。

 彼らは南領でも同じ部族の出だ。

 外見は只の荒くれ者だが、カーンが軍団長の時の参謀将校である。それぞれ部族内でも荒くれ者として生きてきたが、頭が無いわけではない。

 そして、今回のアッシュガルトの治安維持が本来の目的とは考えていない。

 具体的な指示はなかったが、アッシュガルトの治安回復という名目の情報収集活動だろうと考えている。

 なので通常の治安維持と警邏活動をしつつ、小隊を昼夜街に留めた。

 街並みに、憲兵の姿を馴染ませると共に、城から少しずつアッシュガルトへ兵士を送った。

 休日を過ごす兵士だ。

 酒場や、娼館、賭博にと怪しげな店から始まり、通常の商店街をうろつかせた。

 そして彼らを監視する名目で憲兵が歩き回る。


 すると、徐々に、奇妙な事がわかった。


 街の住人が、皆、健康を損ねているのだ。

 体力の低下がマレイラの現地民の間に見られた。

 だが、住人にはその自覚が薄い。

 貧血気味の肌、目の充血、覇気の無い様子。

 ただし、漁師達など海の民には、影響は見られない。

 裏町、客商売を営む者にその傾向が見受けられる。

 そこで、更に幾人かを歓楽街に向かわせた。


 すると更に奇妙な事がわかる。


「エンリケよ、俺の予想は外れたな」


 暗い夜の街並みに、街頭がぽつぽつと白い光りを放っている。


「それは皆も同じだろう。」


 彼らは、裏町と呼ばれる歓楽街から、東公領の内地に向かう街道に潜んでいた。少数の手勢で潜み、残りは街に残している。


「うむ、俺は密輸と思って楽しみにしていたのだが」


「押収品の酒もな。東領の地酒はいいな。匂いがまったく違う」


「うむ、得物も新調したのだ。酒樽をこれで開けるつもりだった」


「精霊の守護をいただいたのか?」


「お前の斧よりも小さいからな、精霊も少し小さい者を頂いた」


 闇の中で、モルダレオが手斧を腰から抜いた。

 握りのところの精霊の模様を見せ合う。


「良い図柄だ。光りと風が吹くだろう」


 二人の時間会話の後、暫くすると、歓楽街の方から人影が歩いてくるのが見えた。


 闇夜にも遠目が利く彼らに、薄暗い外灯で十分昼間のようだ。

 歓楽街からやってくるのは、六名の人族。形からすれば、東公領の三領主の兵隊だ。

 彼らは、どんな時でも青い帯をしている。

 なので青帯隊と呼ばれていた。

 今宵も歓楽街からの帰りというのに、彼らはいつも通り青い帯を締めていた。

 その趣味の悪い色合いの帯を認めて、モルダレオ達は陰に潜んだ。

 瞳が光るのを押さえるため、皆、虹彩の形を変える。

 彼らにとっては人族の、それもこの辺りの領兵程度では、夜襲も誘拐も遊びのようなものだ。

 酒気を帯び、楽しげに行き過ぎる男達。

 目的の男が混じっていた。

 彼らはそっと後を追う。

 憲兵というくくりだが、第八の中でも常識が多少あるというだけで、殺戮や遊撃等の任務につけない訳ではない。追跡や索敵の能力も十分にある。平地の夜間に酔っぱらいを尾行するなど、欠伸がでるほど退屈だ。

 なので彼らが街から少し離れた、そして人家がとぎれ、内地の街道に差し掛かった所で起きた事は、彼らにとっては驚愕の一言につきた。


 普通に歩いていた男達。

 雲間に月が隠れたが、モルダレオにもエンリケにも、彼らの姿は見えていた。


 一人、男が立ち止まる。


 他の五人は片足を踏み出した。ところで、地に倒れた。



 追跡していた男達には、五人が倒れる理由が見えなかった。

 突然一人を残して倒れたのだ。

 そのまま、追跡者達は身を潜めた。


 一人、立つ男は、少し頭を前に倒していた。

 小刻みに体が痙攣している。



 時がゆっくりと過ぎていく。

 すると、足下の男達が、再び動き出した。

 もぞもぞと、動き出してギクシャクと立ち上がる。


 彼らは立ち上がると、無言で歩き出した。

 何事も無かったように。




 追跡者達に緊張がはしる。




 只、足下を掬われたのではないからだ。

 倒れた男達は、一度、息を止めていた。

 動き出す間、見て取る限り絶命したと思われる。

 証拠に、緩んだ膀胱と腸から排泄物を垂れ流している。

 酔って粗相をしたのではない。

 だが、一度止めた呼吸を男達はしている。

 何故だ?





 彼らが仕入れた奇妙な事柄。

 それは、歓楽街に訪れる客の事だ。

 ある日、いつもの客が、まるで別人のような感じになるという、なんとも曖昧な噂だ。

 会話も今まで通りだし記憶も姿も同じなのに、いつもの客と何となく違って見える。特に客と親密に過ごす女達が、そんな客を嫌がっているという。

 言動は同じでも性格が少し違うような、何とも小さな違いらしい。

 普通なら気が付かないが、長年の馴染み客だと、その変化が周りにも伝わるらしく、病気なのか何か悩み事があるのではないかと噂が広まるのだ。

 なぜなら、その変わったと言われる客の殆どが、粗暴になり原始的な欲求が強くなるからだ。


 もちろん粗暴で女好き等、珍しくもない。


 要注意の客等、酒と女が絡めばよくある話なのだが。

 いずれも、今までそんな態度、つまり世間に合わせられないような性格ではなかったとなれば、何が原因なのかと人は気になるものだ。


 そして一番の問題は、商品である女の体調が悪くなるのだ。


 それに気が付いた店主達は、要注意の客に女をあてがうのを渋った。

 だが、商売だ。

 彼ら専用に女を分けた。

 分けられた女は、数年と保たない。

 皆、衰弱して死ぬという噂が出た。

 だから近頃では、分けられる女は、よほどの借金か元々業病煩う不憫な身の上の女ばかりだ。

 医者も見放したような女でも、その変わった客達は文句を言わない。

 だから店主達は、そこで手を打ち他の女達は安堵した。



 では、その話の何が問題か?



 もちろん、哀れな身の上の女達が問題なのではない。世の中は不平等であり、貧しさも不幸も弱い者に押し寄せる。だが彼らの仕事は、世の不条理を正すものではない。


 只、その変わった男達というのが、何者であるかが問題なのだ。


 気が付かなかっただけという答えもあるだろうが、その殆どが東公領の三領主の兵士、つまり、今、追いかけている領兵達だ。

 性格の豹変を起こす原因を推量すると、何か薬物を使用している可能性が伺える。


 兵士に薬。


 この組み合わせは、良くない兆候なのだ。

 人族において、獣人のような肉体変化や種族特性によっての闘争本能や攻撃行動を管理し活用することは、修練や経験に頼らなくてはならない。だが、どのような新兵でも一時的に、精神の枷を外せば、著しい攻撃行動の潜在能力を表に出すことは可能である。もちろん、可能になるだけで、それが健全な状態ではないため、精神疾患や肉体の損耗ありきの話だ。

 昔から、新兵教育時の恐怖や社会常識の克服は、激しい肉体の酷使と、頭で考える前に、殺人を犯せる反射的な訓練しかない。そして、ほぼ、このような訓練の後、実際の戦闘において、精神の緊張状態を克服できる者は少数であり、長い年月が必要だ。そして、慣れたからといって、それが兵士以外の人生で幸福である訳がない。

 では、この恐怖や社会常識を遺棄させるには、教練以外に何があるのか?

 思想教育と薬である。

 思想教育だけならば、軍事国家や最小の戦闘集団でも普通のことだ。

 だが、そこに薬物が入ると、非常に危険になる。

 思想教育も危険ではあるが、薬はすべての歯止めを無くてしまうのだ。

 鞘のない剣である。

 良く訓練された兵士と、薬により理性を絶たれた一般人。

 戦闘能力は、明らかに兵士が上だが、二人を戦わせれば、薬物使用者が生き残る。または、相打ちだ。

 どんな強者でも、四肢損耗しても食らいついてくる者に対しては、恐怖が勝る。

 恐怖の喪失と潜在能力の向上。

 人の肉体は、意識や感情により、その能力を下げている場合がある。

 痛みや消耗を避けるのは、生きていく上で必要な事だからだ。

 だが、その生きる事を止め攻撃本能だけにすればどうなるか?

 人族の男が、重量獣種の男に、純粋な力だけで勝てるのか?

 薬物による、恐怖を喪失していた場合は?


 答えは、十分に人家から離れ悲鳴が届かない場所まで来たらわかるだろう。

 追跡者達は散開した。



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