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冬の狼  作者: CANDY
哀歌の章
155/355

ACT138 絵札

 ACT138


 集会場まで引き返す途中に、可愛らしい貝殻の装飾が施された店があった。白く塗られた壁に、貝殻が埋め込まれている。


 店先には、様々な貝殻の細工物が置かれていた。

 土産物屋だろうか?


「何の店でしょうか?」


 意識をそらして、動揺を納める。

 自分は冷静な性格だと思っていたが、どうやら、涙もろく動揺しやすいようだ。


 それでも、薄い桃色の小さな貝殻の首飾りを見ていると、落ち着いた。

 貝殻の首飾り、奥は硝子の置物。

 小さな珊瑚の髪飾りに、忘れ去られたような風景の絵。

 金銀細工の装身具、きらきらとした物。

 土産物屋のように、様々な小物が売られているその奥。

 臙脂の布がかかっており、大きな水晶の固まりがある。

 その脇に小卓と椅子があり、料金と占いと示された木札が置かれていた。

 椅子の下には、大きな茶色い猫が寝ている。

 年をとった大猫らしく、ムクムクと太り鷹揚そうだ。


 奥の店番の長机に着いているのは、若い女、否、子供だろうか。

 少し痩せて顔色が悪い。柔らかい色合いの赤みがかった金髪をおさげにしている。

 店をのぞき込む私達を見ると、不機嫌そうに睨んできた。


「冷やかしは帰っておくれ」


 物言いはとげとげしいが、声は可愛らしい。

 どうやら、人族の少女、見た目通り幼いようだ。

 怒らせるのも気分がいいものではないので、立ち去ろうとカーンを促す。


「何か占ってもらえばいい」


 と、まるで私がそう望んでいるかのように店へと入り込んだ。

 店内は、観光客向けの土産、それも安価な装飾品が並んでいる。

 それを珍しそうにカーンは眺めながら、少女の前へと座り込んだ。


「女衒が売り物付きで来るんじゃないよ」


 うんざりした声音で、少女は鼻をこすった。

 どうやら、カーンの言う通り、私は人買いと商品に見えるようだ。

 そんな私の嫌そうな顔を見て、カーンがにやにやした。

 それから黙って、簡素な机に金を置いた。


「毎度あり」


 溜息をつくと、少女は腰を上げた。


 彼女は自分の掌よりも大きな札を使い、占うようだ。

 札の束を抱えて目の前に座る。

 それを見て、小さく体が震えた。




 絵札だ。あれの枚数が増えるほど、力が強いんだよね。

 どう見ても、百はあるね。

 たいしたものだ。




「で、アンタを占うのかい?」


「否、彼女を占ってくれ」


「嫌です。旦那こそ自分を占ってもらったらいい」


 ただの遊びでも、私は先を占いたくなかった。否、過去も含めて、何も知りたくはない。


「まぁ、いいか。アタシの目の前にいる客を占うだけさ」


 小さな手が、鮮やかに札を切り、扱う。

 商売にするだけあり、見応えのある札捌きだ。

 大きな札は机いっぱいに広がり、規則正しく並べられていく。すべて絵柄は伏せられている。


「生まれた日にちと月は判るかい?」


「俺は、夏生まれとしか知らん。」


「私はたぶん、早春の頃かと」


「ふーん、生まれた頃の陽気はどうだい」


「たぶん、晴れていたか」


「拾われた日なら、雪でしょうか?」


「よく凍死しなかったな、北領だろ?」


「えぇ、ですが、その日は雪が凪いでいたそうです。毛皮に包まれて焚き火の側に置かれていたとか」


 私達の会話に、占う少女は不思議そうに首を傾げた。


「女衒じゃないのかい?好き者の客だったか」


 彼女の言葉に、カーンが爆笑した。

 本気で体を捩って笑っている。


「旦那、いい加減にしてください。」


 机の上に札が並び終えた。

 彼女は両肘をつくと、顔の前で手を組んだ。


「さぁ、何かきいとくれ。一人五つだ」


 特に何を聞くというのか。

 思い浮かばない。明日の天気?雨に決まっている。

 私の運勢。たぶん、底辺だろう。


「そうだな。来年の今頃、俺はどうしてる?」


 カーンの問いに、彼女は札を一枚めくった。

 無造作に返された絵札は、黒い木だ。

 もう一枚めくる。

 今度は、奇妙な動物が描かれている。

 三枚目、笛を吹く神の使い。


「仕事してるね。場所は、中央の方だ。つまらない男だね。仕事、仕事、仕事って出てるよ。」


 それからもう一枚、返す。


「仕事で怪我しそうだね。気をつけな」


 最後の札には、剣と山の絵が描かれていた。


 私の番だ。


「では、同じで」


 少女は、肩をすくめると札をめくる。

 花籠の絵札、鳥の絵札、雷、そして高い塔。


 少女は少し、首を傾げた。

 それから、一枚多くもう一つ引いた。


 札は、墓石だった。


 少女は不機嫌そうに手札を混ぜた。


「何だった?」


 カーンの問いに、少女は肩を竦めた。


「何だかね、雑念が入っちまった。もう一度やるよ」


 再び混ぜて、札を並べる。

 カーンの札は混ぜていない。


 草原に馬、屋根に寝る猫、倒れた旗、双子の子供。


 ここまで引いて、少女はやはり、カーンの時より一枚多く引いた。


 札は、墓石だった。


 むっとした様子で、少女は今度は、もう一枚引いた。


 三人の女が、火を囲んでいる。


「何て出た」


 少女は、私を見つめてから、カーンを睨んで答えた。


「眠ってる。来年の今頃は寝ているよ」


「寝ている?どういう意味だ」


「言葉通りだ。彼女は、寝ている。目を覚まさない。誰も、眠りを邪魔できない」


「商売だったら、もう少しお愛想をいれないと客が逃げるぞ」


 カーンの言葉に、少女は眦を引き上げた。


「アタシは白い魔女だからね、嘘は言わないんだよ。嘘をつくと力が消えるからね。ともかく、彼女は眠ってる。深い眠りだ」


 魔女、ギクリとして思わず問いかけていた。


「死ぬのですか?」


 私の問いに、彼女は怒鳴り返した。


「死ぬなんて軽々しく言葉にするんじゃないよ!言葉に出せば、死に神に聞かれるからね。いいかい、アタシは寝てるって言っただろ。次は何を占う?」


「客に怒鳴るなよ。普通、何を占うんだ?」


「金運、健康運、愛情運、運勢、相性やら、好きな相手の気持ち、何でもいいんだよ。暇つぶしだ、暇つぶし」


「じゃぁ、そうだな。後、四つだから、その辺を適当に占ってくれ」


 少し飽きたカーンの言葉に、彼女は嫌そうに口を曲げた。それでも札をすべて混ぜると並べ出す。


「旦那、白い魔女って何ですか?」


 私の問いに彼は首を傾げた。

 代わりに少女が答えた。


「良い魔女の事さ。白い魔女は精霊の声を聞くんだよ。」


「では、悪い魔女もいるのでしょうか?」


「そこの旦那は知っているだろう?裏町には、魔女だらけだ」


 カーンはニヤニヤと笑った。


「確かに、魔女だらけだな」


 次々と札を置いてはめくる。暫くすると、カーンの前には数枚の札が並んだ。


「金運は、上がる。そこそこ財産を残せるね。土地もいいようだ。賭事は、良くないが、まぁ、騙されても回収できるだろう。体も健康だ。長生きできそうだ。ただ、誰かに恨まれないようにしないと刺されそうだね。これは来年の今頃が一番やばいね。アンタ、そうとう恨まれてるよ。でも、間違いなくアンタの悪運の方が勝ってるから、死なないね。そうそう、女運は、すごいよ女難の相だ。やっぱり、そっち方向の恨みじゃないかな。アンタ、程々にしないと大変だよ。」


 カーンはやれやれと首を振っている。

 聞く方も占う方も、いい加減でやる気が見えない。

 まさしく、暇つぶしなのだろう。

 次に、再び札を回収すると丁寧にきる。そして鮮やかに広げては、慎重に並べだした。


「アンタの名前を教えておくれ。愛称で良いよ」


「ヴィ」


「何で、俺の時は聞かないんだよ」


「あぁ、聞きたくないね。アンタ悪運と一緒に、厭な空気を背負ってる。余波でアタシまで厭な目にあいそうだ。それに信じてない輩は、どうせ占いなんぞ聞いてないだろ。代わりにお連れさんを、丁寧に見てやるよ。どうせなら、女に何か買ってやるのが客の礼儀だろ。占いが終わるまで、その辺を見てなよ。暇なんだろ」


 言われたカーンは、溜息をついた。

 それから、私を椅子に下ろすと、店の品を見始めた。


「誰が買うんだこんなの?」


「アンタ、失礼だね。裏町のネエさん方にバカが買うに決まってんだろ。高いのなんざ買っても無駄だし、金を落とす方が喜ばれる。話の種ってもんで、適当に花の代わりに買うんだよ。」


「ほぉ」


 お喋りの間に、綺麗に札が配られていく。


「知りたいことは無いのかい?何でも良いよ」


 私が頭を振ると彼女は、さて、裏返しの札を前に肘をついて目を閉じた。


「アタシは白い魔女だ。幸運の助言をしないとな」


 そういって、彼女は躊躇い無く七枚の札を抜き出して表に返した。


 札の絵柄は、酒の杯、二つ星、花籠、女性、天秤、墓石、高い塔だ。

 それから、その札の上に重ねるように七枚引かれる。

 剣掲げた戦士、鳥の巣、火を囲む三人の女、赤と白の花の咲く木、湖、草を刈る農夫。

 十四枚の札を再びまとめてきる。

 それから、再び伏せた。


「さて、幸せを引き寄せるおまじないだ。双子の月が守護するようだね。双子の星は、正しさと公平さを表している。つまり、悪事を働かず、優しい心で過ごす事だ。そうすれば、良い方こうに物事が向かう」


 二つの星と天秤の札が返される。


「酒の杯は成果、草を刈る農夫と、努力を必要とする事が起きる暗示だ。努力というのは、人それぞれの天分を生かすために必要だ。怠ると無に帰す。こっちの鳥の巣と花の咲く木も同じ。怠けると、己にツケがまわる」


 次に、花籠と女性と、火を囲む三人の女を返す。


「この札は、三枚とも女を示す。アンタの連れの女難と同じだよ。この三つは一見良い札に見えるが、女を占って出ると逆になる。男の場合は、花籠は女からの良い便り。女性は、恋人、三人の女は、祝福を捧ぐという意味で、三枚そろえば、男がいい気になるくらい女が寄ってくる。裏町に行く男なら喜ぶだろう。女の場合は、嫉妬や憎悪を吸い寄せる、女に恨まれる札だ」


 他の手札を山に戻して、その三枚を並べる。


「残りの札も、二度も出た墓石、塔、それから湖。墓石は縁起が悪そうに見えるが、物事の終わりや、結末といういう意味でも良い。ただし、塔は、停滞や袋小路の悪い手札だ。湖も一見綺麗な意味かと思うが、流れず、留まり、と、川や海とは違う」


 私の顔を見て、彼女は少しすまなそうな表情をした。


「何度やっても、悪い札が押さえられない。アンタは、良くも悪くも、争いごとに巻き込まれる。この戦士の札だ。味方も敵も、わからないような争いだ。アンタは、公平に優しい心でいれば良い。ただし、味方や敵と同調すると自滅する。あくまでも、争いの中心になってはならない。結末はあまり良くない。」


 それから、彼女は札を混ぜた。

 よく混ぜてきると、扇のように広げた。


「さて、幸運の鍵だ。一枚引いて」


 考えずに一枚引き出す。

 絵札は、奇妙な生き物が描かれている。

 鱗、長い体、角、髭が生えている。


「あぁ、幸運の鍵にしては、荒っぽいな。神の札だ。眼が描かれていないのは、眼が見えたら裁きが下る。終わりって事だ。札の意味は色々あるが、まぁ、これが幸運の方向を指すとすれば、正直に振る舞えって事だ。後は、そうだね。前の札からすれば、真実を見極めるまでは、人を裁くなって事かな」


 不思議な絵札に見入る。


「まぁ、こんなところだけど。何だい?」


「綺麗な絵札ですね」


「まぁね。白い魔女にはそれぞれ、精霊の声が聞こえるような、道具があるのさ。買うのは決まったかい?」


 店内を物色していた男に、少女は不機嫌そうに呼びかけた。

 私は、カーンと少女の声をぼんやりと聞きながら、絵札を見ていた。


 絵札。

 彼女は言葉を濁していたが、墓石の絵札は、死だ。信じるなら。

 これが、暇潰しの余興であるとわかっている。

 わかっていて、意地の悪い声に耳を傾けてしまう。

 何故なら、客相手の絵札遊びにしては、目の前の絵札は、力ある言葉がぎっしりとつまり、少女が触る度に燐粉のように輝き飛び散るのだ。





 火を囲む三人の女、憎悪と怒り。

 湖、汚辱の秘密。

 眼の無い神、救い無き混沌。

 読み方を変えたら、厭な札ばかりだね。

 取り上げた札の意味を全部言おうか?




 やり直した占いの意味は分かってる。

 来年の今頃、私は死んでいる。深く冷たい場所で。

 彼女は並べた絵札を、幾度も取り替えた。

 悪い運勢ばかりが続いたから。

 どうやら彼女は、本当に良き魔女らしい。

 少し、ほんの少し、気が楽になった。

 それは私が惰弱だからだ。

 だからこそ、死する定めに安堵して、生きる努力を怠ってはならないと言う助言だ。

 つまり、良き魔女は、正しい行いをして生きる努力をしろと言っている。


 絵札を見て、小さな笑いをおさめる。

 良き魔女の絵札を知っているなら、悪い魔女の事も、私は知っているのではないだろうか?


 知識。

 邪悪な行いに対する知識は私の中にある。

 神の札を見ながら考えに耽っていると、不意に髪に何かが触れた。


 銀の拵えに紫の小さな水晶が付いた髪飾りだ。それを髪にぐいっと差し込まれた。ついでに耳にも飾りを付けられる。

 私が眉を顰めていると、少女が満足そうに頷いた。


「ついでに、首飾りはどうだい。アンタ、羽振りが良さそうだから、そろいのを買いなよ」


 勘弁して欲しい。

 私は土産物を手にする男と、売りつけようとする少女を止めようと振り返った。



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