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冬の狼  作者: CANDY
哀歌の章
152/355

ACT135 モンデリー商会

 ACT135


 助けられた船員は、七名。


 二隻の船は外洋船としては大型であるが、新型の商業船で、同型の物より乗員数が大幅に少ない。

 少ないと言っても、一隻五十から六十名。本来なら死体も上がろうと言うのに、今だに船の破片と積み荷しか見つからない。

 いったん海底に沈んだ死体が流れに乗り、浜に打ち上げられるには時間がかかる。もしくは外洋に流されたのか。

 そもそもの事故の原因が分からない。

 数少ない生き残りは傷深く、アッシュガルトの集会場に収容されている。



 巫女様が、彼らを訪う事は可能でしょうか?



 アッシュガルトには、神聖教会が無い。

 助かった船員は、神聖教徒だ。

 故郷に送還するまで、教会で預かる事も吝かではない。

 だが、今回の事故の調べや、船乗り達の殆どが動かせる状態ではない。

 そこで、城塞に巫女がいると聞いた東公領三領主の領兵が来たという訳だ。


 勿論、城塞に領兵が一人で入れるものでもない。領兵と共に、今回の事故処理に当たった、公王の貿易船の船員も一緒である。



 誰も口には出さないが、公王の船の船員は、どう見ても貿易船の船乗りに見えない。



 赤銅色の肌をお仕着せに包んだ大男。


 公王の貿易船の船員は、どう見ても肉食獣の獣面が顕著な先祖帰りの男だ。ごりごりの海兵団の猛者か、スヴェンの親戚だと名乗った方が納得できる。


 事実、海兵団の猛者なのだろうが。

 公王の貿易船が偽装であるなど、公然の秘密である。


 その連れの領兵は、青白い顔の生気の無い男だ。こちらは準人族の多い東公領らしい様相だ。




 彼らへの慰撫と訪問。

 つまり、程なく幾人かは神の国へと旅立つのだろう。

 それ故、看取りに神官、この場合は巫女を呼びたいのだ。


 クリシィはニルダヌスを共に、明日向かうと約束した。


 領兵は、今日にも来て欲しいと言う。

 しかし、クリシィも城塞内なら自由が利くが、いきなり外へ行くには無理がある。

 クリシィがというより、城塞の軍への手続きもある。

 この後、ニルダヌスが城へと報告に行く事になった。

 だが、不健康そうな領兵が、ぐずぐずと言い募る。


 死にそうな者を見捨てるのか。

 勿体ぶって、高々、顔を見せるだけではないか。

 そもそも、こちらでけが人を引き取ってこうして呼びに来てやったのに。


 頷ける部分もあるが、それを言うのは駄目だろう。私は呆れた。主に、この場所でそれを言う度胸と無知に。


 案の定、連れの無礼に、船員の体が膨らんだ。物理的にも感情的にもだ。

 言い募る男を睨みおろす。

 その眼差しは岩場を住処にする肉食獣を思わせた。威嚇せずとも十分に死の予感がする。

 すると男は、今更ここが何処で誰に物を言っているのか思い出し震え上がった。


 後二三日は神のお迎えも来ない。


 と、言い切り、船員は連れの腕を掴みあげた。

 それから、取りなすクリシィに、彼は礼を言い去っていった。


 どちらが、領兵か判らない扱いだ。少なくとも公王の貿易船の船員は、領兵など屁とも思っていないのだろう。


 彼らが去った後の奇妙な沈黙を破り、明日の手伝いは誰が来るのか?と、ニルダヌスがクリシィに聞く。

 最近は、スヴェンとオービスの二人ばかりが手伝いに来る。

 どうやら、志願しているようだ。


「街の方へ同道して頂いた方がよろしいでしょうな」


 ニルダヌスの言葉に、クリシィは考え込んだ。


 アッシュガルトとは、それほど治安が悪いのだろうか?


 巫女の装いの者ならば、王国支配圏内ならば免罪符にもなろうが。やはり、東公領では危険なのか。


「ヴィ、貴女も一緒に来る?」


 クリシィの問いに、何と返していいか判らない。


「残ると同道すると、どちらが、ご迷惑にならずにすみましょうか?」


 私の返事に、彼女は微笑んだ。


「一日、お休みをしてもいいし、下の浜で遊んでもいいのよ」


 同道し手伝うのか、教会に残り雑事を手伝うかの問いだと思ったのだが。


「私も一緒にいってもいい?」


 ビミンは、滅多に行けない城塞の外に行きたいようだ。


「なら、私は留守番を」


 と、言ったのだが、誰も聞いていない。

 明日は教会を閉めて、皆で下に行くことになった。

 下とは、城塞の住人がアッシュガルトを指してそう呼んでいる。

 どちらかというと、休みをもらったら、城塞の城の裏手の景色が見たかった。だが考えてみれば、一人で上り坂を歩ける自信は無い。ぬかるんだ斜面が固まる季節まで、諦めるしかないようだ。




 次の日、暗い内からビミンと母親は弁当を拵えた。私とクリシィも、教会に集まる寄付の品々を調べて、遭難者に必要な品々を選び出して箱に詰める。

 寄付も、首を傾げるような品ばかりだったが、こうしてみれば、どれも使い道がある。普段は必要ではなくとも、何もかもを失った者には、古びた物でも生活用品は必要だ。

 個人個人に手渡すのを考えて、大きな袋も何枚か詰め込んだ。




 それから何時ものように、朝の鐘を鳴らす。

 尖塔は、教会の表の門から向かって右手にある。建物としては全て続いているので、そこまで廊下を渡り、あの神官の部屋の横にある階段を上がる。階段と言っても、緩やかで、私の足でも杖をついてなら上がれる。

 それもたいした高さではない。

 尖塔と言うが、二階の少し高くした所に小さな鐘が下がっているだけだ。

 私は耳に詰め物をし、朝の鐘を鳴らす。

 尖塔から見える景色も、それほど遠くまでは見えない。

 街から立ち上る、朝の煮炊きの煙や、行き交う人の姿。それを見ながら、薄い朝の光りを探す。

 当然、高い外壁が朝日を遮り、今だ城の上部を照らすだけだ。

 だが、今日は今までになく天気も良さそうなので、街全体が明るい。

 しかし、冬はいいが、城塞の夏は暑いのではないか?

 それを朝食の席で問うと、ニルダヌスが教えてくれた。


 夏は城の方向から海風と当たるように風が吹き下ろす。なので、城塞内の空気がこもる事は無い。陽射しに関しても、確かに暑いが、外壁のお陰で温度はそれほど上がらない。温度や空気の流れに問題は無いが、日照時間が短いので、中の者は陽が照ったら必ず日光浴が必要だ。

 そして、私もなるべく陽に当たるようにと釘をさされた。

 それに苦笑いで同意する。

 陽にあたるのは北領の民も必須と心得ている。あちらは、壁など無くとも冬に陽を拝む方が少ない。



 そうして外出の準備を整える。

 万が一を考えて、夕方の鐘は近所の者に頼む。

 さて、準備が整ったと庭に置かれた木の長椅子に腰掛けた。

 ビミンは母親と着替えて馬の側にいる。ニルダヌスは積み込んだ荷物が動かないようにと縛り付けていた。

 クリシィは私の隣で、手荷物の中身を確認している。何もする事が無いのは私ぐらいだ。

 なので腰掛けて杖を持ち、ぼんやりと教会から続く下り道の先、外壁の門を眺めていた。


 暫くすると、昨日教会を訪れた、あの貿易船の男が道を上ってくるのが見えた。


 赤銅色の肌に厳つい顔。髪は獅子のように跳ね、色は褪せた灰色だ。角張った顔に顎髭がもみあげへと続く。鼻の下には髭がない。瞳は黒々としているが、近づいて見れば金環が取りまく。

 少し語尾が間延びした喋りをするが、割れた地声が塩水と酒の所為だと伺える。


 これで、片目に眼帯をすれば、子供が想像する海賊そのままの風貌だ。

 分厚い肩に長めの両手、少し前屈みの歩き方。船員独特の歩幅でこちらに来た。


「馬車はこちらでも用意してますがぁ、どうしますかね?」


 門扉越しの問いかけに、ニルダヌスが答えた。


「こちらも馬車を出すよ。帰りは別になるかも知れないからね。巫女様はどちらにいたしますか?」


「そうですねぇ、今日の御奉仕の方が来ないと何とも」


「はぁ、手伝いも一緒にですかい?」


 船員が首を傾げた。


「えぇ、あぁ。いらしたようですわね。これで、何があっても大丈夫でしょう」


 城からの道を、一際大きな軍馬が降りてくるのが見えた。蹄鉄に朝陽が鈍く反射している。


「あの方が御奉仕ですかい?」


 ひきつる男の声に、私も内心同意する。


 これから、どこぞの村を焼きに行くという風情で、重武装とまではいかないが、その姿は物々しい。


「えぇ、今日は娘達を浜で遊ばせようと思いましたの。近頃、物騒と聞きましたからねぇ。少し、お願いをしましたのよ」


「誰にお願いを」


 船員が、私の心の声を代弁した。


「あら、勿論、タニア様ですわ」


「..でしょうね」


 何故か、苦虫を噛みしめたような表情で、船員は顎をさすった。


「本日は、よろしくお願いいたしますね」


 クリシィの言葉に、馬上から降り男は頷き、船員は腰を折った。


「皆様方、本日はモンデリー商会、ウォルトがご案内いたします。どうぞよろしくお願いいたします。」



 久しぶりに見た男は、私の杖を見て眉をしかめた。

 迷惑をかけたのだろうと、私は俯いた。

 弱虫め、目を伏せて少し笑ってしまった。


 それでも、知っている顔を見るのは嬉しくて、距離を置くべきだと思うと苦しかった。だから、殊更表情を消して顔をあげた。

 弱虫め。



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