ACT131 頷き
ACT131
蟻の巣のような内部を案内され、雨音も喧噪も届かない場所にたどり着く。
私達の荷物は、先に教会へと運ばれた。
実用的な戦城らしく、内装は簡素で灯りも少ない。
多分、これほど獣人種で溢れかえっていれば、灯りその物があまり必要ないのかも知れない。
訝しいほどに、会う者会う者、大柄で恐ろしげな風貌の男達ばかりだ。
ただし、クリシィを見かけると、おどおどと通路の端による。ちょうど、教師に悪戯を見つかった子供のような感じか。
それに一々立ち止まると挨拶を返している年輩の巫女を見れば、良くあることなのだとわかった。
高位の巫女は、多分、教師や母親のようなものなのだろう。
それにしても、人族や亜人種の姿が無い。私がきょろきょろと見ている事に気がついた案内の兵が、どうしたのかと訪ねてきた。
彼は見たところ、亜人種の男だった。
ちょうどクリシィが立ち止まり、兵士と挨拶を交わしていたので、私の疑問に小声で答えてくれた。
今回の巡回でミルドレッド城塞に入ったのが、獣人で編成された南領第八師団である。だから、獣人種以外の兵は城塞に常駐する兵士だけである。
獣人種だけと聞いて、私が少しひきつったのがわかったのか、兵士は同意するように頷いた。
第八師団は荒くれ者で有名ですが、彼らは神殿の巫女様には、絶対に手をあげたりはしません。ご安心ください。
と、繰り返された。
勿論、そんな心配をしたわけではない。
獣人種だけを投入するとは、よほど、ここの場所が剣呑なのではないかと訝しんだからだ。
南方の激戦区ならいざ知らず、ここは特に軍事衝突の危険が無いはずなのではないか?
そうしてたどり着いた城奥、立哨の兵士がいる部屋に私達は招き入れられた。
数名の補佐官と仕事をしていたのか、壁際の机に書類が山になっている。
奥の机、第八師団の軍団長であろう女性兵士が不機嫌そうに立ち上がった。
そして簡潔に軍団長タニア・カーザである。と、名乗った。
ここで爵位等の身分を名乗ることはない。
対して巫女の名乗りも、クリスタ・イ・オルタスと申しますと返した。
中央大陸神仕えのクリスタとの名乗りだ。
神仕え、巫女は全てイ・オルタスと名乗る。
愛称がクリシィで本来の呼び名はクリスタだ。
因みに、私は今のところただのヴィだ。
私は入信もしていない似非見習いに過ぎない。
クリシィが椅子に座るのを見届けてから、彼女も席に戻った。
巫女の身分は、現世の階級には属さないので、軍団長と言えどもクリシィには礼を尽くすのだ。
挨拶の後の細々としたやり取りを、黙って聞きながら、私は目立たないように控えていた。
タニア・カーザの印象は、不機嫌な人というところか。
黄金の瞳に、褐色の肌。
刈り込まれた髪の毛と、立派な体躯。
とても美しい肉体をした、そして、とても獰猛な女性に見える。
年の頃は、亜人族で言う、三十代だろうか?
獣種の様なので、年齢が今一つわからない。
大きな手は、骨ばった長い指をしており、さらさらと書類を仕上げていく。
眉間にしわを寄せ、少し唸るようにして補佐官に指示を出す。
不機嫌で忙しくて、大変そうだ。
そんな暢気な感想がわかった訳でもあるまいに、不意に書類から彼女は顔を上げた。
じろりと睨まれた後、何故か頷いた。
その頷きが何なのか分からないまま、クリシィに続いて退出した。一応の覚えを頂いたと言うことだろうか?
時間的には、まだ、午後の早い時間だ。
私達は、そのまま、落ち着き先である教会へと向かうことになった。
教会は、街の中でも城に程近い場所にあった。
天を切り取るような外壁は、多重構造で岩の固まりでは無いそうだ。
その外壁に沿うように、煉瓦作りの大きな建物がある。正面の尖塔に鐘が下がり、神聖教の文字が掲げられている。
想像していた物よりも遙かに大きく、これでどうやって二人で維持できるのかと見回していると、中から人が出迎えに出てきた。
女性が二人と男性が一人。
三人は親子で、老齢の男性が祖父、そして、娘と孫娘だと言う。
彼ら三人が住み込みで建物を管理しているそうだ。
これとは別に、信徒の方々が持ち回りで教会の仕事を手伝いにくる。
今、この教会に必要なのは、神事を執り行い、金銭の決済をする管理者なのだ。
私の仕事は何だろうか?
何でもこなし、働き、役立たねばならない。と、気を引き締める。このままでは、迷惑ばかりかける怠け者だ。
勢い込んで集会所の扉を開ける。
意気込みが何となく萎えるような気がした。
一人は、集会場の建物を掃除していたのか、雑巾を握りしめている。親の敵のように祭壇の硝子を磨いていたようだ。
もう一人は、やる気なさそうにハタキを説教壇にいい加減にかけていた。ハタキは何も無い空気を混ぜている。
私の後から入ってきたクリシィは、二人に労いの言葉をかけた。
その奉仕の精神の素晴らしさを。
何とも言えず見るにとどめた。少なくとも、一人は奉仕の精神に満ちあふれているのは確かだ。
二人は恭しく頭を垂れた。
それから私に目を移すと、何故か二人して頭を振った。
どうやら、何かがお気に召さなかったようだ。
イグナシオは、いそいそとクリシィの手を取り教会の内部の案内を申し出た。
サーレルは欠伸をして首を回している。
燃やされたにしては包帯も少しになり、顔がまだらに黒くなって、髪の毛が短くなった他は元気そうだ。
「いやぁ、聞いてますよ。何でも頭のオカシイ男に追い回されてるとか?お気の毒に、でもここなら大丈夫ですよ。何しろ団長は、変態が大嫌いですからね。軽く叩き殺してくれると思いますよ」
絶好調だ。
そして、その朗らかに言いのけた言葉に、軍団長の頷きの意味が分かった。
どういう名目で、私は来た事になっているのか?
事情を説明できないだけに、私は曖昧に頷き返すにとどめた。




