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冬の狼  作者: CANDY
哀歌の章
145/355

ACT128 挿話 牢屋にて

 ACT128


 妥協案として、コンスタンツェの足下にオロフが転がっている。

 護衛から引き離さないという気遣いだが、果たして彼は動けるのだろうか?


 両手足を獣人用の枷で拘束されている。

 床に引き倒されており、枷の鎖の先はカーンが握っていた。


 どうやら、抵抗しなかったらしく、オロフが酷い有様に比べてカーンはほぼ無傷だ。


 良い判断だが、そうなると、あの破壊の殆どがカーンの仕業になる。


 ところが、今回の騒動の請求に対し、コンスタンツェは全て支払うといい、詫びまでいれた。


 ただし、と言うか代わりに、正式に少女と会い続けたいという。


 祭司長の判断としては、勿論、却下だ。


 従兄弟の問題を病と考えれば、既に罹患し末期と言える。

 見たところ、少女と男達を繋げる呪とは違う。だが危険に代わりはない。


 その身はグリモアの剣呑な気配が滲んでいた。

 力を感じられる者ならば、驚くような暗い愉悦を受け取るだろう。


 状況から、彼の持つ特殊な力が、少女の内包する物を刺激した。

 グリモアは、餌を受け取ったのだ。


 餌を受け取ったグリモアは、対価を与えたのだ。従の対価だ。


 今まで、ジェレマイアが調べたグリモアは、宿主を助ける為に眷属を利用して行動する事がある。


 ボルネフェルトで言う信者達だ。


 少女への馴染み具合を見れば、新たな宿主を必要とはしていないだろう。


 ならば当然、これは従の性質を持つ感化が行われたと考えるべきだ。


 つまり..


「仕事も辞めるよ。個人的に彼女に会いたいんだ。もっと話をして、そうだね、うん。神殿に寄付するより彼女の為に」


 戯言を聞きながら、ジェレマイアはどんよりとした。


 信者、奴隷、眷属、どんどん印象の悪い言葉が浮かぶが、つまり、彼女のためにグリモアが奴隷を作ったのだ。



 知性ありで記録した方がいいのかね。



 投げやりな気分になりつつも、魔導の書が狡猾である事は疑いようがないと判断する。


 権力層であり金銭的にも裕福、そして異能を持ち発言権もある男を選ぶだけの知性、の模倣だろうか?


 救いは、グリモアの宿主が、信者や奴隷を必要としていない事か。

 むしろ、いい歳をした男が傅いたりしたら軽蔑されそうだ。


「大丈夫だよ、私の所には女手もある。彼女が成人するまで面倒を見よう。そうしたら」


 蛙の鳴き声のような呻き声が、そんな戯れ言を遮った。


 カーンがオロフを踏みつけたようだ。


「こ、コンスタンツェ、さま、空気、読もうよ、空気。俺、まだ、死にたくないっすよぅ」


 必死に床から主に訴えている。

 そのわき腹には肋をへし折る勢いで、軍靴が乗っていた。

 軍靴には鉄板が入っている。見たところ、特注で靴裏には滑り止めがついていた。

 切れ味の良さそうな靴底である。


 それに従兄弟は、微笑んで首を傾げた。物腰はお茶会の貴族だが、寝間着に大穴が開いているので狂人にしか見えない。


 螺旋が緩んだようなコンスタンツェ。

 呻くオロフと無表情のカーン。

 ジェレマイアは項垂れた。


 ボルネフェルトの信者はこうして作られたのだろうか?

 否、多分こんな間抜けな会話はしていないだろう。感化と言っても、少女から見れば、気味の悪い話だ。

 見も知らぬ男が頬を染めて、少女の世話をしたいと言う。


 気持ち悪い。


 これが変異を伴っていなければ笑い話だ。

 人間なんて塵だという感性の男が、数日で別人のように生き生きとしている。

 勿論、良いことかもしれない。犯罪を犯さなければ。

 だが、十分に犯罪を犯しそうだ。


「カーン、足をどけろ。コンスタンツェ、お前は今、正気じゃないんだ。信じられないだろうが、あの娘の中の力に当てられている。離れていれば、それなりに正気を保てるだろう。会うなんてのは、以ての外だ」


 それに彼は良い笑顔で答えた。


「正気で生きる苦しみを思えば、狂っている今の方が楽だ。君なら分かるだろう?」


 わかる。だが、それでは駄目なのだ。


「彼女が悲しむ。己の力に苦しんでいるんだ。」


「大丈夫。私がずっと側にいよう。」


 この表情を知っている。


 盲信だ。


 人を殺そうと裏切ろうと、正しいとする弱い者達によく浮かぶ。


 どう言葉をかけても、今は無理だろう。


「今暫く、面会はできない。彼女自身の健康の為だ。文句は受け付けない」


「なら、責任をとって私の所で休めば」


「あぁ、いいよ」


「おいっ」


 カーンの制止にジェレマイアは肩を竦めた。


「彼女が納得するならな」


 それに、当の男は薄気味悪い笑みを浮かべた。

 問題は、この男が精神のみならず、肉体にも変化を起こしているという事だ。


「だが、それもお前の身体を調べてからだ。その目は王家の医師の診断の後、神殿医と軍医にも見せて欲しい。」


「ジェレマイア?」


 ここまでくれば、黙っている必要もない。彼らはとっくに関わりを持ってしまった。


「腐土領域でも、お前のように身体に変異を起こす者がいる。緩衝地帯を広く二重に取ったのに、国境警備に多数の発狂する者と、お前の様に肉体に変異を起こす者がでている。それも加速度的にだ。」


 それもあって、ジェレマイアは当分、腐土領域の監視地域に行く事になっていた。


「それがここで、彼女を通して起こったとなれば、あの子はどうなる?良くて軍の実験体だ。悪くすれば、お前も知っての通り、神殿の対抗勢力の標的だ。」


 言葉にはしないが、彼女の種族は貴重だ。

 色々な意味で貴重であり、そして、厄介である。

 ジェレマイアにとっては、絶対に逃したくない手がかりでもある。


「今、俺は腐土領域に関しては誰よりも高い場所から指示できる。軍よりも元老院よりもだ。だから、お前の口を封じようと思えばできるんだよ。理解しろ」


 疲れたように、何も無い場所を見ながら彼は続けた。


「ここで一手でも間違えれば、負けてしまうんだよ。だから、今から言う事を忘れるな。」


 誰に負ける?

 見えない敵は、一つではない。

 ジェレマイアの復讐する相手も一人ではない。


「コンスタンツェ、お前は、肉体の変異に関して、医者に何を聞かれても、彼女の事は持ち出すな。これは王家と軍の両方だ。」


 不服を返される前に、声を強くして続けた。


「次に、ヨーンオロフ。お前は雇い主である大公家への報告を差し止めろ。今回の事は、コンスタンツェの病で通す。これができないようなら、お前とお前の傭兵団は、カーン達に潰させる。神殿から、軍への直接依頼としてだ。もし、逆らうようなら、神殿への敵対集団として処分する」


 本当の雇い主を持ち出されて、オロフは苦笑いを浮かべた。


「次にカーン。お前はどこまでなら、軍部に言わずにいられる?」


「内容による」


「彼女は神殿に置いておきたい。だが、当分俺は監視地域に行くことになる。かといって、連れて行けば何が起こるか不安だ。

 神殿は、開かれている分、今回のように身分でごり押しされると防げない。かといって中央に置けば、元老院か軍が何をするか不安だ。娘の感情が不安定になると今回のような想定外の影響がでるかもしれない」


「私の所は駄目なのか?」


 感化の影響で奴隷根性が発露したようだ。他人の話を聞かない男に、わかっていながら苛立ちが募る。


「お前の希望は通らないと何度言ったらわかる?お前自身の変異だけではない。お前の側にはろくでもない者が腐るほどいる。彼女の事が噂になってみろ。あっと言う間に、公王に露見するぞ」


「あぁ、あの王様、変態だもんねぇ、あんな可愛い女の子見つけたら、たい、ぐえっ。旦那、実がでる、でるからっ!」


 鎖で締め付ける男と、まったく懲りない男に、ジェレマイアは更なる疲労を感じた。


「統括長と面会する。彼女の隠遁場所を相談だ。お前達には、その場所は教えない。」


 コンスタンツェの反論を制すると


「私が許可を出すまでの間の事だ。彼女を殺したくはないだろう?」



 その時、硬い物が折れる音がした。


 拘束具から延びる鎖には、金属の錘が何本か下がっている。

 オロフを転がすために手に鎖を巻き付けて、その錘を二つ掌に握りしめていたのだ。

 それが砕けてジャリジャリと床に落ちていく。


「いや、旦那、俺降参してますんで、落ち着いてくださいよぅ」


 この男にかかる力は、何であるのか?


 冷え冷えとした視線を向ける男にジェレマイアは、やれやれと肩を竦める。



 果たして、この男は、従になったのだろうか?



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